説明

黄色ブドウ球菌由来のα毒素に対するヒトモノクローナル抗体、及び膿瘍形成の治療又は予防におけるその使用

本発明は、黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的なヒトモノクローナル抗体、及び該モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマに関する。加えて、本発明は、少なくとも1つの抗体、又は該抗体をコードする少なくとも1つの核酸を含む医薬組成物に関する。さらに、本発明は、膿瘍形成の治療又は予防のための上記モノクローナル抗体の使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黄色ブドウ球菌(S. aureus)のα毒素に特異的なヒトモノクローナル抗体、該抗体を産生するハイブリドーマ、該抗体をコードする核酸、及び該核酸をトランスフェクトした宿主細胞に関する。さらに、本発明は、上記モノクローナル抗体を製造する方法に関する。加えて、本発明は、少なくとも1つの抗体、又は該抗体をコードする少なくとも1つの核酸を含む医薬組成物に関する。さらに、本発明は、膿瘍形成の治療又は予防のための上記モノクローナル抗体の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は、日和見病原体であると考えられる通性嫌気性、グラム陽性の球状細菌である。黄色ブドウ球菌は一般的に、健康なヒトの鼻、皮膚、及び胃腸管の粘膜表面に定着する。その集団のおよそ20%〜30%に、いつでも黄色ブドウ球菌が定着している。これらの細菌は多くの場合、健康な個体において軽度の感染症、例えば吹き出物及び腫れ物を引き起こす。通常、粘膜障壁及び表皮障壁(皮膚)は、黄色ブドウ球菌感染に対する保護をもたらす。傷害(例えば熱傷、外傷又は外科処置)によるこれらの天然の障壁の破壊(Interruption)は、感染のリスクを劇的に増大させ、重度の及び/又は全身性の感染症を引き起こす可能性もある。免疫系を損なう疾患(例えば、糖尿病、末期腎疾患、がん、AIDS、及び他のウイルス感染症)に加えて、免疫抑制療法(例えば、放射線療法、化学療法及び移植療法のような)も、感染のリスクを増大させる。日和見性の黄色ブドウ球菌感染症は、相当重篤になることがあり、心内膜炎、菌血症、骨髄炎及び膿瘍形成を引き起こし、重度の罹患率又は死亡率をもたらす可能性がある。黄色ブドウ球菌感染症は、限局性感染症、例えば肺炎、並びに臨床的により複合的な黄色ブドウ球菌感染症、例えば血流感染症、及び遠隔臓器播種(distant organ seeding)により引き起こされる膿瘍形成に分類することができる。
【0003】
黄色ブドウ球菌は、世界中での血流、皮膚、軟部組織、及び下気道の感染症の主因である。院内感染症及び市中感染症の両方の発症頻度が、ここ何年かで、着実に増大している。加えて、これらの感染症の治療は、多剤耐性菌株の出現により、より困難なものとなっている。米国等の先進国では、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌株(MRSA)におけるβ−ラクタム抗生物質に対する耐性が、病院及び他の医療現場における主な問題である。とりわけ、全ての侵襲性MRSA感染症(病院外での感染症を含む)の発症率は、他の細菌病原体と比較して高く、これらの感染症のうち20%が死をもたらす。加えて、バンコマイシンに対する獲得耐性の出現により、重度の黄色ブドウ球菌感染症に対する治療の選択肢が更に制限されていた。
【0004】
黄色ブドウ球菌には、疾患の発病に寄与する病原性因子が多様に含まれている。これらは、表面タンパク質と細胞外分泌タンパク質とに大きく細分類することができる。表面タンパク質は、細菌の細胞壁の構造成分(例えばペプチドグリカン及びリポテイコ酸)と、指数成長中に選択的に発現される表面タンパク質(例えばプロテインA、フィブロネクチン結合タンパク質及びクランピング因子)との両方を含む。分泌タンパク質は概して、細菌の成長の定常期中に細菌細胞から排出され、幾つかの毒素、例えばα毒素(溶血素αとしても知られる)、エンテロトキシンB、ロイコシジン(パントンバレンタインロイコシジン(Leukocidine)(PVL)を含む)、リパーゼ及びV8プロテアーゼを含む。しかし、これらの毒素の生化学的特性及び分子特性についての広い知識にもかかわらず、黄色ブドウ球菌感染症の発病におけるこの毒素の正確な役割は完全には理解されていない。
【0005】
実験的な証拠及び疫学的データにより、他の細胞毒素の中でも、α毒素が肺炎の発病に関与する可能性があることが示唆されている(非特許文献1)。α毒素は、感受性を有する宿主細胞の表面受容体と結合することにより細胞表面に結合すると考えられる。この事象により、毒素のヘプタマープレポア(pre-pore)へのオリゴマー化、及び孔径2nmのβ−バレル構造の細胞膜中への挿入が促進される。孔の形成は、膜の完全性の喪失を引き起こし、細胞を不安定化させ、最終的にはアポトーシス及び細胞溶解を引き起こす。特にリンパ球、マクロファージ、肺胞上皮細胞、肺内皮及び赤血球は、α毒素による孔形成に対して感受性を有する。しかしながら、顆粒球及び線維芽細胞は溶解に対する耐性を有するようである(非特許文献1)。
【0006】
細菌感染に対する炎症応答及び自然免疫応答の誘導におけるα毒素の正確な役割は、十分には理解されていない。黄色ブドウ球菌は多数の他の病原性因子を発現し、現在まで、疾患の顕在化に対する各病原性因子の寄与は十分には理解されておらず、臨床的に複合的な黄色ブドウ球菌感染症の予防法及び治療法の開発に対して課題を提示している。
【0007】
α毒素は、宿主における黄色ブドウ球菌感染の確立に関する病原性因子の1つであることが知られており、多数の研究により疾患におけるα毒素の重要性が強調されており、例えばウサギ又はラットの肺組織への精製したα毒素の注入により血管漏出及び肺高血圧が誘発されるが、これは種々のシグナル伝達分子(例えばホスファチジルイノシトール、一酸化窒素、プロスタノイド及びトロンボキサンA)の放出に起因するものである。文献では抗α毒素免疫が毒素の有害な効果に対して保護的であることが示されているが、α毒素に対するワクチンの設計は、依然として重要な課題である。
【0008】
非特許文献2は、マウスにおける肺疾患の重症度が特定の黄色ブドウ球菌単離株により産生されるα毒素のレベルと相関することを実証した。さらに、著者らは、孔形成しないα毒素変異体に対する免疫化により、黄色ブドウ球菌により引き起こされる肺炎に対する免疫が誘導されることを示した。これらの知見は、α毒素がCA−MRSA(市中感染型メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)肺炎の発病に重要であることを実証する、同じグループによる研究結果と一致している。別の設定において著者らは、α毒素に対する抗体が、黄色ブドウ球菌に誘導される溶解からヒト肺上皮細胞を保護することも実証した(非特許文献2)。
【0009】
これらの結果はα毒素が肺組織の破壊に寄与することを示しているが、上で記載された実験における動物の死が、毒素による肺細胞の直接的な破壊により起こったのか、過度の炎症応答により起こったのか、又はその両方により起こったのかはまだ明らかでない。α毒素抗体の受動伝達により、急性肺傷害を伴うことが知られるサイトカインであるインターロイキン1βの血中レベルが顕著に低減した。したがって、α毒素に媒介される肺損傷に炎症応答が寄与し得ると結論することが合理的である。
【0010】
ヒトにおける肺炎等の限局性感染症の間に、黄色ブドウ球菌肺炎を有する患者のおよそ40%が血流感染症及び散在性疾患を発症する。細菌感染の散在は、血流感染症及び遠隔臓器播種を引き起こすことがある。血流感染症は、急速に進行し致命的となることが多い黄色ブドウ球菌感染症の合併症である、敗血症を引き起こすことがある。
【0011】
黄色ブドウ球菌感染の散在は、黄色ブドウ球菌肺炎動物モデルでも一般的に観察され、更に、およそ40%の動物が、組織損傷、並びに上皮層から血流及びリンパ組織への感染の拡散により散在性菌血症を発症する。それにもかかわらず、散在は、使用される動物系統の遺伝的背景、及び成長を制御する好中球活性化等の自然免疫系の潜在能力に大きく依存する。例えば、好中球を欠乏させたC57B/L動物は黄色ブドウ球菌による腎臓感染症に非常にかかりやすく、免疫応答性を有する動物は感染に耐性を有する。対照的に、A/J動物は、主として腎臓への好中球の動員の遅延のために、感受性が非常に高かった(非特許文献3)。
【0012】
黄色ブドウ球菌のタンパク質の構造及び機能に関するデータはより包括的なものとなったが、効果的なワクチンの開発は依然として課題のままである。
【0013】
黄色ブドウ球菌のα毒素抗原と特異的に結合する抗体と、別の細菌抗原と特異的に結合する抗体との組合せを含む組成物の使用により、α毒素及び黄色ブドウ球菌細菌に対する免疫を安全に付与する試みがなされた(特許文献1)。これらの組成物は、単独では効果的でない量の抗体を含むものであるが、それにもかかわらず、抗体の組合せの相乗活性により、感染を中和し、及び/又は感染に対する保護をもたらす。
【0014】
黄色ブドウ球菌単離株による細菌負荷後72時間での黄色ブドウ球菌毒素中和抗体及びオプソニン抗体の上記組合せの保護の有効性が、中和抗体単独又はオプソニン抗体単独による免疫化の保護効果と比較して実証される。オプソニン抗体と毒素中和抗体との組合せは、皮膚及び軟部組織の感染並びに臓器播種の予防における保護効果を示した。しかしながら、その特許出願自体により開示される抗α毒素中和抗体は、臓器播種/膿瘍形成を予防するのに、又は感染を中和するのに十分ではない。
【0015】
黄色ブドウ球菌α毒素に指向性を有するヒト及びマウスのモノクローナル中和抗体を記載する非特許文献4及び非特許文献5により、更なる試みがなされた。IgG/λサブタイプのヒトモノクローナル抗体が、配列により特徴付けられ、中和を示す。
【0016】
非特許文献4により記載される抗α毒素抗体を産生するヒトハイブリドーマは、黄色ブドウ球菌αトキソイド試験ワクチンにより事前に免疫化された健康なボランティア由来の末梢血白血球を使用して単離された。Hevekerの研究において使用されたαトキソイドは化学的に修飾されたα毒素を表すが、該修飾は抗原決定基の免疫原性を低下させ、又は更には免疫原性を喪失させると考えることができ、それによりこのアプローチは、他の細菌毒素、例えばコレラ毒素について実証された(トキソイドワクチンが抗毒素抗体を刺激したが、感染に対する免疫は付与されなかった)(非特許文献6)ように、同様に効果的な免疫をもたらすことはできないであろう。
【0017】
文献中で、毒素、ペプチドグリカン、細胞外因子及び酵素等の様々な因子が、膿瘍形成に関する重要な病原性因子として特定されている。膿瘍の形成におけるα毒素の潜在的な役割が、非特許文献7により仮定された。α毒素が膿瘍形成に必要であることを実証することはできなかったが、α毒素は膿瘍の成熟化により膿瘍中に劇的に蓄積すると報告されている。Adlam et alによる第2の公表文献(非特許文献8)は、α毒素について、膿瘍形成における主要な役割を否定した。著者らは、自然の集団感染で見られる拡散出血型(spreading hemorrhagic form)のウサギ乳腺炎青胸部(blue-breast)においてα毒素が主要な役割を果たすことを実証した。著者らは、2つの無関連のブドウ球菌株を用いて、研究室において臨床像を再現した。抗α毒素の高い血中力価により、この致死的な形態の乳腺炎に対する保護がもたらされた。したがって、この中和力価は、より軽度の膿瘍状態へと臨床像を変更することにより、致命的な転帰を予防することができた。しかしながら、α毒素の中和は、ウサギにおける膿瘍形成に影響を及ぼさず、これを予防しなかった。より最近の公表文献である非特許文献9において、マウスモデルでの脳膿瘍形成におけるα毒素の役割が調査された。著者らは実験的に、野生型黄色ブドウ球菌株及びその突然変異体を前頭葉の脳組織に移植し、各菌株の脳膿瘍を誘導する能力を評価した。著者らは、例えばsarA遺伝子座及びagr遺伝子座(両方が重要な病原性因子の全体的な調節に関与する)における突然変異体のような、既知の病原性因子の発現に関連する遺伝子座における突然変異株を使用した。α毒素はsarA/agr調節系の制御下にあるため、著者らは、α毒素突然変異株も実験に含めた。実験データにより、α毒素又はsarA遺伝子座/agr遺伝子座に関する突然変異体の細菌株の複製物は、頭蓋骨中に細菌細胞を注射した際、その同質遺伝子対照株RN6390と比較して病原性が低減しており、同質遺伝子株を投与されたマウスにおける大きく十分に形成された膿瘍と比較して、検出対象の動物の脳中の細菌数の低下及び炎症巣の縮小をもたらしたことが実証された。
【0018】
しかしながら、突然変異株は実験的脳膿瘍モデルにおいて完全に非病原性という訳ではなく、α毒素に加えて付加的な因子(複数も可)が脳膿瘍形成において重要な役割(複数も可)を果たすことを除外することはできない。
【0019】
局所性、全身性及び膿瘍形成性の黄色ブドウ球菌感染症モデルの分析において非特許文献10により概説されるように、膿瘍形成におけるα毒素の役割が、別の実験設定において評価された。著者らは、マウスの膿瘍モデル及び創傷モデルにおいて非溶血性黄色ブドウ球菌株が時間の経過とともに多くなるが、全身性感染症と関連する臓器組織内では多くならないことを注記した。例えば、膿瘍モデルにおいて黄色ブドウ球菌株RN6390の全ての変異体(高溶血性(hyperhemolytic)、溶血性及び非溶血性)を使用する混合感染症では、感染後7日目に高溶血性の群は顕著に減少したが、非溶血性集団は顕著に増大した。シグネチャータグ付き突然変異体のうちの幾つかのシークエンシングにより、α毒素活性及びδ毒素活性の両方の低下をもたらすagrC遺伝子中の又はagrA−agrC遺伝子間領域内の突然変異が示された。感染症の膿瘍モデル、創傷モデル及び全身モデルにおいてagr活性に関する特定の突然変異株(agr−)及びα毒素に関する特定の突然変異株(hla−)を分析すると、agr−突然変異株及びhla−突然変異株は、親野生型株(RN6390)と比較して、4日目でのマウスの膿瘍において細菌数の差異を示さなかった。局所性感染症(創傷モデル)についても同じことが言えたが、感染症の全身モデルではhla突然変異株及びagr突然変異株の大幅な消失が起こった。結果は、全身性感染症におけるα毒素の重要性を明らかに示していたが、局所性感染症又は膿瘍形成における重要性は示さなかった。実際、膿瘍モデルにおけるhla−突然変異株及び野生型株による混合感染により、野生型株に対してhla突然変異体集団にもたらされる僅かな利点が示された。著者らは更に、agr突然変異がα毒素及びδ毒素の発現の低減を引き起こし、これが、膿瘍及び創傷に存在する黄色ブドウ球菌細胞の混合集団内のこのagr突然変異体群の成長の利点に寄与すると結論した。結果は、α毒素産生の欠如により細菌の病原性が低減するというKielian et alにより説明される結果と明らかに矛盾する。したがって、膿瘍形成におけるα毒素の役割は明らかでない。
【0020】
概して、膿瘍形成における主要な駆動因子として単一の病原性因子を指摘する証拠が存在しない。それにより、研究は、膿瘍形成における共通の主要因子としての、黄色ブドウ球菌により完全には制御されない付加的な因子、例えば環境因子、又は特定の構造モチーフの存在に焦点を当てた。例えば、膿瘍の形成に影響を及ぼす病原性因子に関する最新のデータは、キレート化されない二価金属イオン、例えばMn++及びCa++の、膿瘍形成、及び膿瘍内での細菌の成長に対する効果を指摘している。動物における金属イオンのキレート化により、肝臓膿瘍の形成が抑制され、膿瘍における黄色ブドウ球菌の成長が抑制された(非特許文献11)。一方、非特許文献12では、黄色ブドウ球菌等の生物は、組織中に膿瘍等の病理学的構造を確立するために、その細菌細胞上に存在する病原性因子を必要とするという仮説が立てられた。非特許文献12では、膿瘍の臨床例と強く関連する菌株が、双性イオン荷電モチーフ(正味の総電荷は0であり、したがって電気的に中性であるが、異なる原子上に形式的な正電荷及び負電荷を有する化学的化合物)を有する細胞壁関連多糖を1つ又は複数有し得ることが実証された。双性イオン荷電モチーフの非存在下では、膿瘍形成を観察することはできなかった。著者らは、これらの多糖ポリマーが、この生物による膿瘍誘導を変調させる可能性があると結論付けた。加えて、著者らは、コア多糖CP5及びCP8だけでなく、細胞壁内の十分に特徴付けられた付加的な病原性因子であるリポテイコ酸(LTA)にも関する確認データを提示した。著者らは、LTA内の双性イオン荷電モチーフも特定し、ひいては、膿瘍形成に関する自身の仮説を、膿瘍形成に関する任意の中枢的な病原性因子における双性イオン荷電モチーフの存在へと一般化した。
【0021】
様々な因子が黄色ブドウ球菌に媒介される膿瘍形成に寄与することを示す結果に基づくと、当業者は、単一の因子の中和により膿瘍形成が予防されるとは考えないであろう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】国際公開第2007/145689号
【非特許文献】
【0023】
【非特許文献1】McElroy MC et al., 1999: Alpha-toxin damages the air-blood barrier of the lung in a rat model of Staphylococcus aureus induced pneumonia. Infect and Immun 67, 5541-5544.
【非特許文献2】Wardenburg, J.B., and Schneewind O. 2008: Vaccine protection against Staphylococcus aureus pneumonia. J. Exp. Med. 205:287.-294.
【非特許文献3】Von Kockrick-Blickwede M. et al.,2008: Immunological Mechanisms Underlying the Genetic Predisposition to Severe Staphylococcus aureus Infection in the Mouse Model. The American Journal of Pathology 173 (6), 1657-1668.
【非特許文献4】Heveker N. et al., 1994a: A human monoclonal antibody with the capacity to neutralize Staphylococcus aureus alpha-toxin. Hum. Antibod. Hybridomas 5: 18-24.
【非特許文献5】Heveker N. et al., 1994b: Characterization of Neutralizing monoclonal Antibodies directed against Staphylococcus aureus alpha-toxin. Hybridoma 13: 263-270.
【非特許文献6】Levine MM. et al., 1983: New Knowledge on Pathogenesis of Bacterial Enteric Infections as Applied to Vaccine Development. Microbiol. Reviews (47), 510-550.
【非特許文献7】Kapral F.A. et al., 1980. Formation of Intraperitoneal Abscesses by Staphylococcus aureus. Infect and Immun. 30: 204-211.
【非特許文献8】Adlam C. et al., 1977: Effect of Immunization with Highly purified Alpha- and Beta-Toxins on Staphylococcal Mastitis in Rabbits. Infect and Immun. 17: 250-256.
【非特許文献9】Kielian T. et al., 2001: Diminished Virulence of an Alpha-Toxin Mutant of Staphylococcus aureus in Experimental Brain Abscesses; Infect and Immun. (69), 6902-6911.
【非特許文献10】Schwan W.R. et al., 2003: Loss of hemolysin expression in Staphylococcus aureus agr mutant correlates with selective survival during mixed infections in murine abscesses and wounds. FEMS Imm and Med Microbiol 28, 23-28.
【非特許文献11】Corbin B. D. et al., 2008: Metal Chelation and Inhibition of Bacterial Growth in Tissue Abscesses Science 319, 962-965.
【非特許文献12】Tzianabos A.O. et al., 2001: Structural rationale for the modulation of abscess formation by Staphylococcus aureus capsular polysaccharides. PNAS 98: 9365-9370.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
したがって、本発明の目的は、臨床的に複合的な黄色ブドウ球菌感染症、例えば膿瘍形成の予防法及び治療法に関する手段及び方法を提供することである。
【0025】
したがって、本発明の基礎をなす技術的課題の1つは、臨床的に複合的な黄色ブドウ球菌感染症、例えば膿瘍形成に対するin vivoでの保護能力を有する、黄色ブドウ球菌由来のα毒素に特異的なモノクローナル抗体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
この技術的課題は、以下で規定されるようなモノクローナル抗体により解決される。
【0027】
本発明は、黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的な243−4と称されるモノクローナル抗体であって、該抗体の軽鎖の可変領域がCDR1領域における配列番号1、CDR2領域における配列番号2、及びCDR3領域における配列番号3のうちの少なくとも1つを含み、該抗体の重鎖の可変領域がCDR1領域における配列番号4、CDR2領域における配列番号5、及びCDR3領域における配列番号6のうちの少なくとも1つを含む、黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的な243−4と称されるモノクローナル抗体、又は黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるその断片若しくは突然変異タンパク質(mutein)であって、該モノクローナル抗体の該突然変異タンパク質が、重鎖若しくは軽鎖のCDR領域のいずれか1つに少なくとも1つの保存的置換を保有する、黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるその断片若しくは突然変異タンパク質を提供する。
【0028】
本発明の好ましい1つの実施の形態によれば、黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的なヒトモノクローナル抗体であって、該抗体の軽鎖の可変領域がCDR1領域に配列番号1、CDR2領域に配列番号2、及びCDR3領域に配列番号3を含み、該抗体の重鎖の可変領域がCDR1領域に配列番号4、CDR2領域に配列番号5、及びCDR3領域に配列番号6を含む、黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的なヒトモノクローナル抗体、又は黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるその断片若しくは突然変異タンパク質であって、該モノクローナル抗体の該突然変異タンパク質が、重鎖若しくは軽鎖のCDR領域のいずれか1つに少なくとも1つの保存的置換を保有する、黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるその断片若しくは突然変異タンパク質が提供される。
【0029】
驚くべきことに、本発明によるモノクローナル抗体が膿瘍形成に対して高い保護能力を示すことが見出された。本発明によるα毒素特異的ヒトモノクローナル抗体の投与により、マウス腎臓モデルにおいて膿瘍形成の予防が示された。毒素の性質、すなわち、細胞壁関連成分(多糖)ではなく分泌タンパク質であることに基づくと、いかなる直接的な殺菌効果、例えば細菌細胞の死滅、又は間接的な免疫系に関連するエフェクター機能、例えば補体媒介性オプソニン化食作用も、除外することができ、また膿瘍形成の欠如を説明しない。
【0030】
本明細書で使用する場合の「モノクローナル抗体」という用語は、該モノクローナル抗体が得られる取得源と関係なく、任意の部分ヒトモノクローナル抗体又は完全ヒトモノクローナル抗体を包含する。完全ヒトモノクローナル抗体が好ましい。ハイブリドーマによるモノクローナル抗体の産生が好ましい。ハイブリドーマは、哺乳動物、例えばマウス、ウシ又はヒトのハイブリドーマであり得る。好ましいハイブリドーマはヒト起源のものである。モノクローナル抗体は、遺伝子工学、特にバックグラウンド抗体のCDR領域を特許請求の範囲に規定されるような特定のCDRセグメントで置き換えることによる、利用可能なモノクローナル抗体上への特許請求の範囲に規定されるようなCDRセグメントのCDRグラフティングによっても得ることができる。
【0031】
「CDR領域」という用語は、抗体の相補性決定領域、すなわち特定の抗原に対する抗体の特異性を決定する領域を意味する。軽鎖及び重鎖の両方における3つのCDR領域(CDR1〜CDR3)が、抗原との結合に関与する。
【0032】
重鎖内のCDR領域の位置は以下の通りである:
CDR1領域 Vエクソン内のアミノ酸26〜33、
CDR2領域 Vエクソン内のアミノ酸51〜58、
CDR3領域 Vエクソン内のアミノ酸97〜110。
【0033】
CDR領域の位置は、抗体のクラス、すなわちIgM、IgA又は(of)IgGと無関係である。
【0034】
λ型軽鎖内のCDR領域の位置は以下の通りである:
CDR1領域 Vλエクソン内のアミノ酸26〜33、
CDR2領域 Vλエクソン内のアミノ酸51〜53、
CDR3領域 Vλエクソン内のアミノ酸90〜101。
【0035】
エクソン、Vχエクソン及びVλエクソンのアミノ酸アライメントは、V Baseデータベース(http://imgt.cines.fr/IMGT_vquest/share/textes/)から得ることができる。
【0036】
「断片」という用語は、黄色ブドウ球菌のα毒素と結合することが可能である抗体の任意の断片を意味する。断片は、少なくとも10個、好ましくは20個、より好ましくは50個のアミノ酸の長さを有する。断片が、抗体の結合領域を含むことが更に好ましい。断片が、Fab、F(ab’)、一本鎖又はドメイン抗体であることが好ましい。Fab断片若しくはF(ab’)断片、又はその混合物が、最も好ましい。抗体断片はグリコシル化され、例えば、抗体の可変領域に炭水化物部分を含有していてもよい。
【0037】
したがって、本発明は、Fab、F(ab’)、一本鎖又はドメイン抗体断片である、本明細書中で規定されるようなモノクローナル抗体を更に提供する。
【0038】
「突然変異タンパク質」という用語は、少なくとも1つのアミノ酸の付加、欠失、及び/又は置換により異なる、モノクローナル抗体の任意の突然変異タンパク質を包含する。好ましくは、モノクローナル抗体の突然変異タンパク質は、特許請求の範囲に示されるように、重鎖及び/又は軽鎖のCDRのいずれかに少なくとも1つの保存的置換を保有する。より好ましくは、突然変異タンパク質は、5個以下、4個以下、好ましくは3個以下、特に好ましくは2個以下の保存的置換を有する。抗体の断片又は突然変異タンパク質の、黄色ブドウ球菌のα毒素と結合することが可能な能力は、実施例の節に記載されるような直接ELISAにより決定される:精製したα毒素をELISAプレートの固相上に固定化する。抗体断片又は抗体の突然変異タンパク質を固定化したα毒素とともにインキュベートし、結合した抗体又はその突然変異タンパク質を、好適な酵素結合型二次抗体により可視化する。
【0039】
「保存的置換」という用語は、特定の物理化学的な群に属する1つのアミノ酸の、同じ物理化学的な群に属するアミノ酸による置き換えを意味する。物理化学的な群は、以下のように規定される:
非極性アミノ酸の物理化学的な群は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、プロリン、フェニルアラニン及びトリプトファンを含む。非荷電の極性側鎖を有するアミノ酸の群は、アスパラギン、グルタミン、チロシン、システイン及びシスチンを含む。正に荷電した極性側鎖を有するアミノ酸の物理化学的な群は、リジン、アルギニン及びヒスチジンを含む。負に荷電した極性側鎖を有するアミノ酸の物理化学的な群は、アスパラギン酸及びグルタミン酸を含み、これらのカルボキシレートアニオンはアスパルテート及びグルタメートとも称される。
【0040】
更なる1つの実施の形態によれば、本発明は、黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的なモノクローナル抗体であって、該抗体の軽鎖の可変領域が配列番号7のアミノ酸配列を有し、重鎖の可変領域が配列番号8のアミノ酸配列を有する、黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的なモノクローナル抗体、又は黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるその断片、若しくは黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能である上記抗体の変異体であって、該抗体の軽鎖の可変領域のアミノ酸配列が配列番号7と少なくとも85%の同一性を有し、該抗体の重鎖の可変領域のアミノ酸配列が配列番号8と少なくとも85%の同一性を有する、黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能である上記抗体の変異体を提供する。
【0041】
本明細書で使用する場合の「変異体」という用語は、そのアミノ酸配列が、配列リストに記載されるようなアミノ酸配列と或る特定の度合いの同一性を示す、ポリペプチドを表す。
【0042】
当業者に既知である「%の同一性」という用語は、配列間の一致により決定される、2つ以上のポリペプチド分子の間の関連性の度合いを指す。「同一性」の割合は、ギャップ又は他の配列特徴を考慮して、2つ以上の配列における同一領域の割合から見出される。
【0043】
相互に関連するポリペプチドの同一性の割合は、既知の手順により決定することができる。通例、特別な要件を考慮したアルゴリズムを含む特別なコンピュータプログラムを使用する。同一性の決定のための好ましい手順により、最初に、検討対象の配列の間の最大の一致が生成される。2つの配列間の同一性の決定のためのコンピュータプログラムは、GAPを含むGCGプログラムパッケージ(Devereux J et al., (1984)、ジェネティクス・コンピュータ・グループ(ウイスコンシン大学、Madison, WI))、BLASTP、BLASTN及びFASTA(Altschul S et al., (1990))を含むがこれらに限定されない。BLAST Xプログラムは、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)から、及び他の供給元(BLAST Handbook, Altschul S et al., NCB NLM NIH Bethesda MD 20894; Altschul S et al.,1990)から取得することができる。同一性の割合の決定のために、既知のSmith Watermanアルゴリズムを使用することもできる。
【0044】
配列比較のための好ましいパラメータは、以下を含む:
アルゴリズム: Needleman S. B. and Wunsch, C.D. (1970)
比較マトリクス: Henikoff S. and Henikoff J.G. (1992)由来のBLOSUM62
ギャップペナルティ: 12
ギャップ長ペナルティ:2
【0045】
GAPプログラムは、上記のパラメータを用いる使用にも好適である。上記のパラメータは、アミノ酸配列比較のための標準的なパラメータ(デフォルトパラメータ)であり、末端におけるギャップは同一性の値を減少させない。基準配列と比較して非常に小さい配列を用いると、最大で100000まで予測値(expectancy value)を増大させること、及び場合によっては最小で(down to)2までワード長(ワードサイズ)を低減させることが、更に必要となる場合がある。
【0046】
Program Handbook(Wisconsin Package、第9版、1997年9月)で命名されているものを含む更なるモデルアルゴリズム、ギャップ開始(opening)ペナルティ、ギャップ伸長(extension)ペナルティ及び比較マトリクスを使用することができる。選択は、実行される比較に、更には配列の対の間で比較が実行される(この場合、GAP又はBest Fitが好ましい)か、又は1つの配列と大規模な配列データベースとの間で比較が実行される(この場合、FASTA又はBLASTが好ましい)かに依存する。上述のアルゴリズムを用いて決定される85%の一致を、85%の同一性と記載する。同じことが、より高い同一性の度合いについても適用される。
【0047】
好ましい実施の形態では、本発明による変異体は、85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有する。
【0048】
本発明の好ましい1つの実施の形態によれば、モノクローナル抗体はヒト抗体である。本明細書で使用する場合の「ヒト」という用語は、ヒトモノクローナル抗体が異種(foreign species)のアミノ酸配列を実質的に含まず、好ましくはヒトモノクローナル抗体がヒトのアミノ酸配列から完全になることを意味する。
【0049】
本発明によるモノクローナル抗体の軽鎖は、κ型又はλ型のものであり得る。
【0050】
本発明の好ましい1つの実施の形態では、軽鎖はλ型のものである。軽鎖は、自然に再構成される(rearranged)鎖を含む自然に発生する鎖、遺伝子的に改変される鎖、又は合成型の軽鎖であり得る。
【0051】
本発明のモノクローナル抗体の重鎖は、IgM、IgA又はIgGのアイソタイプから選択することができ、好ましくはIgGであり得る。
【0052】
本発明の更なる好ましい1つの実施の形態によれば、モノクローナル抗体の重鎖は、IgG型のものである。
【0053】
本明細書で使用する場合の「を結合することが可能である」という用語は、或る抗体と、その認識される抗原(該抗体が該抗原に対して産生された)との間に起こる結合を表す。この種類の結合は、抗原の非存在下において起こる非特異的結合とは対照的に、特異的結合である。
【0054】
α毒素を結合することが可能である抗体はハイブリドーマ技術を使用して作製され、ここでB細胞は、哺乳動物、例えばマウス、ウシ又はヒトのB細胞である。好ましくはB細胞はヒトのB細胞である。代替的には、α毒素を結合することが可能であるモノクローナル抗体は、利用可能なモノクローナル抗体上への特許請求の範囲に示されるようなCDR領域のCDRグラフティングを行い、それにより本発明による黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的なモノクローナル抗体を作製することにより得ることができる。
【0055】
本発明の更なる1つの実施の形態では、哺乳動物のB細胞、例えばマウス、ウシ若しくはヒト、好ましくはヒトのB細胞、又は該ヒトのB細胞とミエローマ細胞若しくはヘテロミエローマ細胞との融合により得られるハイブリドーマから取得可能である、黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるモノクローナル抗体が提供される。
【0056】
更なる1つの実施の形態では、本発明は、本明細書中で規定されるような黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるモノクローナル抗体を産生することが可能であるハイブリドーマを提供する。
【0057】
本明細書で使用する場合の「α毒素」という用語は、黄色ブドウ球菌により産生される細菌性タンパク質を表す。α毒素は、宿主細胞の細胞表面との結合後にオリゴマー化を受けてヘプタマープレポアとなる。孔の形成が、アポトーシス及び細胞溶解の主因である。したがって、モノクローナル抗体の、黄色ブドウ球菌由来のα毒素のモノマー形態及びオリゴマー形態の両方と結合する能力は、強力な保護のために根本的な重要性を有するものである。
【0058】
本発明の更なる好ましい1つの実施の形態によれば、本発明のモノクローナル抗体は、黄色ブドウ球菌のα毒素のモノマー形態及びオリゴマー形態を特異的に結合することが可能である。本発明の更なる1つの実施の形態によれば、本発明のモノクローナル抗体、又はその断片若しくは突然変異タンパク質は、黄色ブドウ球菌のα毒素のモノマー形態若しくはオリゴマー形態、又はその両方を特異的に結合することが可能である。
【0059】
本明細書で使用する場合の「オリゴマー形態」という用語は、α毒素のモノマー形態以外の形態、例えばα毒素のダイマー形態、トリマー形態、テトラマー形態、ペンタマー形態、ヘキサマー形態、ヘプタマー形態等、又はポリマー形態、例えばヘプタマープレポア形態を含む。
【0060】
更なる好ましい1つの実施の形態によれば、本発明のモノクローナル抗体は、N末端において、内部において又はC末端において修飾される。修飾は、例えばジシクロヘキシルカルボジイミドを使用して架橋することによる、モノマー形態のダイマー化、オリゴマー化又はポリマー化を含む。そのようにして作製されるダイマー、オリゴマー又はポリマーを、ゲルろ過により互いに分離することができる。更なる修飾は、それぞれ、側鎖の修飾、例えばε−アミノ−リジン残基の修飾、又はアミノ末端及びカルボキシ末端の修飾を含む。更なる修飾は、タンパク質の翻訳後修飾、例えばグリコシル化及び/又は部分的若しくは完全な脱グリコシル化、並びにジスルフィド結合形成を含む。抗体は、標識、例えば酵素標識、蛍光標識又は放射標識と複合体形成していてもよい。好ましくは、修飾は、オリゴマー化、グリコシル化、又は薬剤若しくは標識との複合体形成のうちの少なくとも1つから選択される。
【0061】
さらに、本発明は、本発明のモノクローナル抗体の重鎖及び軽鎖をそれぞれコードする核酸を提供する。核酸は、生殖系列から又はB細胞において起こる再構成から得られる自然に発生する核酸であってもよく、代替的には、核酸は合成したものであってもよい。合成核酸は、分解に対する核酸の耐性を増大させるための、ホスホチオエステルを含む修飾ヌクレオシド間結合を有する核酸も含む。核酸は、遺伝子工学的に作製してもよく、又はヌクレオチド合成により完全に合成的に作製してもよい。
【0062】
本発明は、本発明のモノクローナル抗体の軽鎖をコードする少なくとも1つの核酸、及び/又は本発明のモノクローナル抗体の重鎖をコードする少なくとも1つの核酸を含むベクターを更に提供する。核酸は、同じベクター中に存在していてもよく、又はバイナリーベクターの形態で存在していてもよい。ベクターは、好ましくは、軽鎖及び/又は重鎖をコードする核酸の発現を促進するために、核酸と作動的に連結されるプロモーターを含む。好ましくは、ベクターは、複製起点及び宿主細胞における維持も含む。ベクターは、軽鎖又は重鎖をコードする核酸の5’に位置するシグナル配列をコードするヌクレオチド配列も含み得る。シグナル配列は、コードされる鎖の培地中への分泌を促進し得る。
【0063】
好ましくは、ベクターは、アデノウイルス、ワクシニアウイルス、バキュロウイルス、SV40ウイルス、レトロウイルス、植物ウイルス、又はバクテリオファージ、例えばλ誘導体若しくはM13から導かれる。特に好ましいベクターは、ヒトIg重鎖及びヒト軽鎖の定常領域を含有するベクター、例えば、Persic et al., 1987により記載される免疫グロブリンの真核生物発現のための組込み型(integrated)ベクター系である。
【0064】
さらに、本発明は、ベクター、及び/又は該ベクターの発現に好適な核酸を含む宿主細胞を提供する。当該技術分野では、多数の原核生物発現系及び真核生物発現系が知られており、真核生物の宿主細胞、例えば酵母細胞、昆虫細胞、植物細胞、及び哺乳動物細胞、例えばHEK293細胞、PerC6細胞、CHO細胞、COS細胞又はHELA細胞、並びにその誘導体が好ましい。ヒト産生細胞株が特に好ましい。トランスフェクトされた宿主細胞が、産生した抗体を培養培地中に分泌することが好ましい。細胞内発現が達成されたら、標準的な手順、例えばBenetti et al., 1998により記載される手順等に従って再生を行う。
【0065】
本発明によるヒトモノクローナル抗体は、回復期患者の血液リンパ球から生成され、それにより、感染に対する中和及び効果的な保護のための高い親和性を有する、自然に精製及び選択された抗体がもたらされる。
【0066】
本発明は、モノクローナル抗体を製造する方法も提供する。1つの実施の形態では、モノクローナル抗体は、上で記載されるハイブリドーマを培養することにより産生される。産生されたモノクローナル抗体は上清中に分泌され、従来のクロマトグラフィ技法を適用することにより該上清から精製することができる。
【0067】
代替的には、モノクローナル抗体は、本発明によるベクターを含む宿主細胞、及びコードされる抗体鎖の組換え発現に好適な条件下で該宿主細胞を培養することにより産生される。好ましくは、宿主細胞は、軽鎖をコードする少なくとも1つの核酸及び重鎖をコードする少なくとも1つの核酸を含み、哺乳動物、好ましくはヒトのB細胞により産生されるモノクローナル抗体の3次元構造と同等の3次元構造が生成されるようにモノクローナル抗体を構築することが可能である。重鎖と別々に軽鎖が産生される場合、両方の鎖を精製した後、哺乳動物、好ましくはヒトのB細胞により産生されるようなモノクローナル抗体の3次元構造を本質的に有するモノクローナル抗体を作製するように構築することができる。
【0068】
モノクローナル抗体を、コードされる軽鎖及び/又は重鎖の組換え発現により得ることもでき、ここで核酸は、モノクローナル抗体をコードする核酸を既知の方法で単離すること、及び単離された核酸上への特許請求の範囲に規定されるようなCDRをコードする核酸配列のグラフティングにより作製される。
【0069】
本発明は、少なくとも1つのモノクローナル抗体、並びに/又は該モノクローナル抗体の軽鎖及び/若しくは重鎖をコードする少なくとも1つの核酸を含む医薬組成物を更に提供する。
【0070】
医薬組成物は、好ましくは本発明のモノクローナル抗体と組み合わせて、抗生物質、例えばストレプトマイシン、ペニシリン及びバンコマイシン等を更に含んでいてもよい。
【0071】
医薬組成物は、体重1kg当たり0.1mg〜100mgの用量範囲でモノクローナル抗体を含む。
【0072】
医薬組成物は、静脈内投与、筋肉内投与、皮内投与、皮下投与、腹腔内投与、局所投与、鼻腔内投与、又は吸入スプレー等の任意の既知の方法で、投与することができる。
【0073】
本発明の好ましい1つの実施の形態では、医薬組成物を、哺乳動物、例えばウシ、ブタ、ネコ、イヌ、ウマ、ヒトの患者の臓器における膿瘍形成の予防法又は治療のために使用する。本発明の好ましい1つの実施の形態では、医薬組成物を、ヒトの患者に適用する。本発明の更なる1つの実施の形態では、膿瘍形成は、黄色ブドウ球菌感染により引き起こされる。さらに、本発明の医薬組成物により治療される黄色ブドウ球菌感染症は、例えば乳房の感染症、例えば乳腺炎であり得る。
【0074】
したがって、本発明は、哺乳動物、好ましくはヒトの患者の臓器における膿瘍形成の予防法又は治療のための医薬組成物の調製のための、本明細書中で規定されるようなモノクローナル抗体、又は軽鎖及び/若しくは重鎖の可変領域をコードする核酸の使用を提供する。
【0075】
本発明の好ましい1つの実施の形態では、本明細書中で規定されるような医薬組成物、モノクローナル抗体、又は軽鎖若しくは重鎖の可変領域をコードする核酸を、臓器、例えば腎臓、心臓、肝臓、胆嚢、膵臓、小腸、大腸、肺、脳、皮膚、眼、リンパ組織又は脾臓における膿瘍形成の予防法又は治療に適用する。本発明の好ましい1つの実施の形態では、治療対象の膿瘍は腹部膿瘍である。したがって、治療対象の腹部臓器は、肝臓、胆嚢、脾臓、膵臓、小腸、腎臓及び大腸である。
【0076】
本明細書で使用する場合の「膿瘍形成」という用語は、臓器、例えば腎臓、心臓、肝臓、胆嚢、膵臓、小腸、大腸、肺、脳、皮膚、眼、リンパ組織又は脾臓における膿瘍の形成を表す。本明細書で使用する場合の「膿瘍」という用語は、感染プロセス(通常、細菌又は寄生生物により引き起こされる)に基づいて組織により形成される腔に蓄積した膿の集積物(collection)を意味する。これらの増殖中の細菌により放出される毒素は、細胞を破壊し、炎症応答を誘発し、該領域へ多数の白血球を引き寄せ、局所血流を増大させる。これらの白血球は、死組織を分解し、食作用により細菌を吸収する。濃い緑色又は帯黄色の膿が、蓄積した分解後の組織、死細菌及び白血球並びに細胞外液から形成される。膿瘍は、膿が近隣の構造に感染するのを回避するために隣接する健常細胞により形成される膿瘍壁による被包を特徴とする。これは、身体の他の部分への感染性物質の拡散を防止するための組織の防衛反応である。膿瘍は、任意の種類の固体組織において、しかし最も頻繁には皮膚表面(ここでは膿瘍は表在性の膿疱(腫れ物)、又は皮膚深部の膿瘍であり得る)上で、肺、脳、腎臓及び扁桃腺において起こり得る。主要な合併症は、膿瘍物質の拡散、例えば隣接する又は離れた組織への臓器播種、及び広範な局所組織死(壊疽)である。膿瘍形成は、臓器内の細菌量(bacterial load)を評価することにより検出される。
【0077】
本明細書で使用する場合の「腹部膿瘍」という用語は、腹腔の臓器における膿瘍を表す。腹腔は、内臓の本体(bulk)を保持し、胸腔の下(すなわちその下方)、骨盤腔の上に位置する身体腔である。腹腔は腹骨盤腔の一部である。腹腔の臓器は、胃、肝臓、胆嚢、脾臓、膵臓、小腸、腎臓及び大腸を含む。
【0078】
本明細書で使用する場合の「臓器播種」は、感染症の局所部位から遠隔組織及び遠隔臓器への生きた細菌の散在を意味する。臓器播種は、被包された肉眼で見える細菌細胞のコロニーの形成を伴わない、健常組織における生きた感染細菌細胞の存在を特徴とする。
【0079】
本明細書で使用する場合の「細菌量」は、固体成長培地、例えば寒天プレート上でコロニーに成長する細菌細胞の量として表される、十分に規定された解剖学的組織内の生きた細菌細胞の量と定義される。臓器内の細菌量を評価するために、臓器を周囲組織から外科的に取り出し、臓器組織を、無菌生理食塩溶液中において無菌条件下でメッシュ処理して(meshed up)、十分に構造化された組織の構造を破壊し、哺乳動物の組織から細菌細胞を分離する。所定量の細胞懸濁液(又は無菌生理食塩水におけるその段階希釈液)を、固体細菌成長培地上に広げる。細菌量は、腎臓1個当たりの「コロニー形成単位」(例えばcfu/腎臓)と表す。
【0080】
本発明は、少なくとも1つの本発明のモノクローナル抗体、及び必要に応じて診断試験を実施するための更なる好適な成分を含む、黄色ブドウ球菌感染症の診断のための試験キットも提供する。
【0081】
診断試験を実施するのに好適な成分は例えば、280mOsm/リットル〜320mOsm/リットルの範囲内の浸透圧(osmolality)及びpH6〜8の範囲内のpH値を有する緩衝溶液、キレート剤を含有する緩衝溶液、約0.02M〜約2.0Mの範囲の緩衝組成物の総カチオン濃度で一価若しくは二価のカチオンを含有する緩衝溶液、並びに/又は0.01%〜20%の濃度で動物若しくはヒト由来の血清を含有する緩衝溶液である。
【0082】
試験キットは、黄色ブドウ球菌感染症の特異的な信頼性の高い診断に好適である。試験アッセイは、液体型又は膜結合型の従来のELISA試験に基づくものであり得る。検出は、当該技術分野において知られているような直接的又は間接的なものであってもよく、抗体は必要に応じて、酵素標識、蛍光標識又は放射標識と複合体形成する。
【0083】
したがって、本発明は、試料におけるα毒素との結合を検出するための、少なくとも1つの本発明によるモノクローナル抗体の使用も提供する。α毒素との本発明による抗体の結合は、例えばHRP結合型ヤギ抗ヒトIgG二次抗体を用いて検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】ヒトモノクローナル抗体243−4の重鎖可変領域のDNA配列及びアミノ酸配列を示す図である。243−4のCDR1領域は26位〜33位に存在し、243−4のCDR2領域は51位〜58位に存在し、243−4のCDR3領域は97位〜110位に存在する。
【図2】ヒトモノクローナル抗体243−4の軽鎖可変領域のDNA配列及びアミノ酸配列を示す図である。243−4のCDR1領域は26位〜33位に存在し、243−4のCDR2領域は51位〜53位に存在し、243−4のCDR3領域は90位〜101位に存在する。
【図3】ヒトモノクローナル抗体243−4の抗原特異性を示す図である。抗体243−4の抗原特異性を、ELISAアッセイにおいて細菌毒素のパネルとの結合により評価した。精製した毒素でコーティングしたマイクロタイタープレート上でELISAを行った。室温で終夜のインキュベーション後、マイクロタイタープレートをBSAでブロッキングし、固定化した毒素とのmAb243−4の結合を、HRP結合型ヤギ抗ヒトIgG二次抗体を用いて検出した。黄色ブドウ球菌α毒素とのヒトモノクローナル抗体243−4の結合は、試験した他の全ての毒素との結合よりも明らかに選好される。
【図4】ウエスタンブロット実験における伝染性の黄色ブドウ球菌株のα毒素とのヒトモノクローナル抗体243−4の結合を示す図である。12個の伝染性の黄色ブドウ球菌株のα毒素産生を、成長の定常期の細菌培養物からモニタリングした。培養後、正規化した細菌上清及び精製したα毒素を、SDS−PAGEゲル上に装荷し、エレクトロブロッティングに供した。ブロッキング後、ニトロセルロース膜を、精製したヒトモノクローナル抗体243−4とともにインキュベートした。ヒトモノクローナル抗体243−4の結合により、評価したいずれの伝染性菌株からも、モノマー及び/又はヘプタマーのα毒素の両方の産生及び認識が示された。図4において、Mはサイズマーカーを意味し、1〜12の番号は伝染性の黄色ブドウ球菌株であり、αToxは精製したα毒素である。
【図5】BIAcoreによるヒトモノクローナル抗体243−4の親和性決定を示す図である。ヒトモノクローナル抗体243−4の結合の速度論について、BIAcore2000機器を使用して解析した。種々の濃度のα毒素を、mAb243−4を固定化したフローセルに適用した。結合段階及び解離段階を記録して、抗体の解離定数を算出した。速度論データを、ソフトウェアBIAevaluation4.1を使用して全体(global)フィッティングにより評価した。
【図6】ヒト肺胞細胞傷害の組織培養モデルにおけるヒトモノクローナル抗体243−4によるα毒素の中和を示す図である。ヒトA549肺胞上皮細胞を、アイソタイプ対照抗体又はモノクローナル抗体243−4の存在下でα毒素とともに16時間共培養した。その時間の後、α毒素により引き起こされる細胞傷害の計測値を提示し、適用した抗体により達成され得る保護の度合いを明らかにする乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)アッセイにより、細胞を分析した。細胞溶解の度合いの結果の解釈のために、最大濃度のα毒素によるプレインキュベーションから得られた細胞溶解を100%に設定した。毒素のみで処理した細胞は、適用したα毒素濃度に依存する溶解の滴定結果を示した。α毒素をアイソタイプ対照抗体とともにプレインキュベートした場合、同様の滴定結果が観察され、アイソタイプ対照が保護効果を有しないことが示された。対照的に、ヒト肺胞(alveloar)上皮細胞は、ヒトモノクローナル抗体243−4とのインキュベーションによりα毒素依存性の溶解から保護された。実験は独立して3回行い、その各々により、抗体243−4の保護性(protectivity)が確認された。
【図7】多臓器感染症の中心静脈カテーテル関連マウスモデルにおけるヒトモノクローナル抗体243−4の保護効果を示す図である。カテーテル留置の24時間後に、マウスに1×10CFUの黄色ブドウ球菌株US300、及び7.5mg/kgのmAb243−4又はPBSをカテーテルを介して投与した。2日後、処理群のマウスに第2の用量の抗体(5mg/kg)を投与し、対照群のマウスにPBSのみを投与した。外科処置の5日後、マウスを安楽死させて、腎臓の細菌量及び腎臓の膿瘍形成をモニタリングした。モノクローナル抗体243−4で免疫化したマウスは細菌量の強い低減を示し、腎臓の膿瘍形成は観察されなかったのに対して、全ての対照マウスが、腎臓の高い細菌量及び強い膿瘍形成を示した。
【発明を実施するための形態】
【0085】
以下の実施例は本発明を例示するが、本発明の範囲を限定することは意図していない。本明細書を検討し、周知の一般的知識を考慮すれば、更なる実施形態が当業者には明らかであろう。
【実施例】
【0086】
実施例1
243−4のDNA配列及びアミノ酸配列
抗体の特異性を、それぞれDNA配列及びアミノ酸配列により決定する。重鎖及び軽鎖の可変断片のDNA配列を決定した。RNAの単離のために、5×10個のハイブリドーマ細胞を、遠心分離によりペレットにし、Qiashredderカラム(#79654、Qiagen)を使用してホモジナイズした。それから、供給業者の取扱説明書に従ってRNeasy−Kit(#74124、Qiagen)を使用することにより、ホモジナイズしたハイブリドーマ細胞ペレットからmRNAを単離した。単離したmRNAに基づいて、Superscript II逆転写酵素(#18064−022、Invitrogen)を使用する逆転写によりcDNAを合成した。抗体243−4の遺伝子を、供給業者の取扱説明書に従ってAdvantage2 PCR Kit(#639206、Clontech)を使用して、合成したcDNAから増幅した。抗体遺伝子の特異的増幅は、ヒト再構成IgG可変領域遺伝子の増幅のために設計されたプライマーの組合せ(Welschof et al., 1995)の適用により保証した。重鎖可変ドメイン(VH)及び軽鎖可変ドメイン(VL)の両方の増幅のために、一組の鎖特異的順方向プライマーを、重鎖又は軽鎖の定常ドメインにおいて特異的にアニーリングする1つの逆方向プライマーと組み合わせて使用した(VH増幅 CH IgG(VH1、VH2及びVH3と組み合わせて)、VL増幅 CLλ(VLλ1、VLλ2/5、VLλ3、VLλ4a、VLλ4b及びVLλ6と組み合わせて)、表1を参照されたい)。それからPCR増幅物(amplificates)をTOPO TA Cloning Kit for Sequencing(#K457540、Invitrogen)のプラスミドpCR4−TOPOにクローニングし、最後に、精製したプラスミドDNAを、TOPO Cloning Kitのプラスミド特異的プライマー(T3及びT7、表1を参照されたい)を使用するシークエンシングのために送付した(send)(Microsynth, Balgach, Switzerland)。得られたDNA配列を、clone managerソフトウェアパッケージ(#875−501−1787、Scientific&Educational Software)を使用して加工し、整列させた。行ったアライメントから、コンセンサス配列を規定し、その後全てのヒト生殖系列の可変領域の配列のV Baseデータベース(http://imgt.cines.fr/IMGT_vquest/share/textes/)を使用して解析した。初期のシークエンシングの結果に基づいて、更なる鎖特異的な内部プライマー配列(VL−atox as及びVH−atox as、表1を参照されたい)を、先に使用したプライマーの組合せのアニーリング領域において特定した抗体配列を確認するために設計し、適用した。それにより生成された抗体遺伝子を、図1及び図2に示されるように、上で記載されるようなシークエンシングに適用した。
【0087】
【表1】

【0088】
実施例2:
ヒトモノクローナル抗体243−4の抗原特異性(ELISA)
抗体243−4の抗原特異性を、ELISAアッセイにおいて細菌毒素(α毒素:#120、List Biological Laboratories、他の全ての毒素:社内で(in house)作製、Kenta Biotech AG)のパネルとの結合により評価した。各々1μg/mlの濃度の精製した毒素でコーティングしたマイクロタイタープレート(#439454、Nunc MaxiSorp)上でELISAを行った。室温で終夜のインキュベーション後、マイクロタイタープレートを0.5%BSAで2時間ブロッキングし、固定化した毒素とのmAb243−4(1μg/ml)の結合を、希釈倍率1:2000のHRP結合型ヤギ抗ヒトIgG二次抗体(#62−8420、Zymed Laboratories, Invitrogen)を用いて検出した。反応をHClで停止した。
【0089】
図3に示されるように、Softmax Pro(登録商標)ソフトウェアを使用して、ELISAリーダーにより490nmで光学密度を読み取った。
【0090】
実施例3:
ウエスタンブロット実験における伝染性の黄色ブドウ球菌株のα毒素との結合
12個の伝染性の黄色ブドウ球菌株からのα毒素の産生を、BHI培地(#255003、Becton Dickinson)における37℃、16時間の成長後にモニタリングした。菌株は、ドイツ黄色ブドウ球菌資料センター(ロベルトコッホ研究所、Wernigerode)から得たものであり、現在のところ黄色ブドウ球菌感染症を引き起こす最も流行している伝染性菌株を表す。これらの菌株の中には、異なるシグナル強度をもたらす他の菌株と比較して、より少ないα毒素を産生するものもある。
【0091】
評価した菌株の種々の遺伝子型を表2に示す。培養後、細菌を遠心分離によりペレットにし、培養上清を、初期細菌培養物のOD600=0.6に対して正規化した。各上清25μlを4%〜20%のSDS−PAGEゲル(#EC60252、Invitrogen)上に装荷し、その後エレクトロブロッティングを1時間行った。精製したα毒素(#120、List Biological Laboratories)1μgを、基準として並行して装荷し、ブロッティングした。5%粉乳による1時間のブロッキング後、ニトロセルロース膜(#LC2000、Invitrogen)を、50μg/mlの精製したヒトモノクローナル抗体243−4とともにインキュベートした。最後に、図4に示されるように、α毒素との抗体243−4の結合を、希釈倍率1:2000のHRP結合型ヤギ抗ヒトIgG二次抗体(#62−8420、Zymed Laboratories, Invitrogen)を用いて検出した。
【0092】
【表2】

【0093】
実施例4:
親和性決定(BIAcoreによる)
表面プラズモン共鳴を、BIAcore2000機器(BIAcore)を使用して測定した。全ての実験を、20mM Mops緩衝液(pH7.0)、150mM NaCl、及び0.1mg/ml BSA中で行った。最初に、ヤギ抗ヒトIgG(#81−7100、Zymed Laboratories, Invitrogen)を、BIAapplicationsハンドブックに記載されるようにアミンカップリングによりおよそ13200RUまでCM5チップ(BIAcore)上に固定化した。初期共有結合コーティングに加えて、抗体243−4を、事前に固定化した抗ヒトIgG抗体との相互作用を介してセンサーチップに結合させ、最終的に、およそ240RUの更なる固定化レベルを得た。抗原−抗体相互作用の速度論的特徴付けのために、50μl/分の流速で、漸増濃度のα毒素(3.9nM、7.8nM、15.62nM、31.25nM、62.5nM、125nM、250nM及び500nM、#120、List Biological Laboratories)のパルスを注入した。各測定サイクル(5分間の結合の後、30分間の解離)の後、10mM グリシン−HCl(pH1.7)による表面の再生により、抗体−抗原複合体を分離させた。抗体243−4の解離定数の算出のために、結合段階及び解離段階を記録し、ソフトウェアBIAevaluation4.1(BIAcore AB、図5に示されるように)を使用して全体フィッティングにより評価した。全体フィッティング解析では、これらの抗原濃度のみを考慮し、それにより、ラングミュアの1:1結合モデルに従う(≦125nM、表2)BIAcoreのマニュアルに概説されるような解析が可能となった。
【0094】
【表3】


【0095】
実施例5:
ヒト肺胞細胞傷害の組織培養モデル
ヒトA549肺胞上皮細胞を、1ウェル当たり細胞数3×10個という密度でRPMI培地(#R0883、Sigma-Aldrich)中でプレート培養した。並行して、漸増濃度のα毒素(5μg/ml〜50μg/ml、#120、List Biological Laboratories)を、培地のみ、20μg/mlのアイソタイプ対照抗体(ヒトIgG1λ、精製ミエローマタンパク質、#I5029、Sigma-Aldrich)、又は20μg/mlの精製したモノクローナル抗体243−4とともにプレインキュベートした。37℃で4時間のインキュベーション後、α毒素又はα毒素−抗体溶液を細胞に添加し、インキュベーションを更に16時間継続した。その時間の後、図6に示されるように、培養培地中への細胞のLDH放出に関する計測値を提示する乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)アッセイ(#04744934001、Roche)により、細胞を分析した。
【0096】
実施例6:
多臓器感染症のマウスモデル
体重27g〜31gの雌性Balb/cマウス(Charles River, Sulzfeld, Germany)を、外科処置の前に14日間順化させた。マウスは、病原体を有しない規格のものを、供給業者から得た。カテーテルの留置のために、マウスを、キシラジン(体重1kg当たり8mg)/ケタミン(体重1kg当たり100mg)を用いて腹腔内に麻酔した。上大静脈に単管ポリエチレンカテーテル(外径0.6mm、Fohr Medical Instruments, Seeheim, Germany)を留置するために、剃毛した首の左側で最小限の水平方向の皮膚切開を行った。カテーテル留置の24時間後に、マウスに1×10CFUの黄色ブドウ球菌株US300(100μl中)、及び7.5mg/kgの精製したmAb243−4又はPBS(50μl中)をカテーテルを介して投与した。2日後、処理群のマウスに第2の用量の抗体(5mg/kg)を投与し、対照群のマウスにPBSのみを投与した。外科処置の5日後、マウスを安楽死させて、腎臓の細菌量及び腎臓の膿瘍形成をモニタリングした。したがって、安楽死させた動物から腎臓を無菌的に回収し、生理食塩水中でホモジナイズした。臓器の取り出しの前に上大静脈中のカテーテルの位置を確認し、腎臓をホモジナイズする前に臓器を膿瘍形成に関して肉眼で検査した。最後に、臓器のホモジネートの段階希釈液を、MPKプレート上で37℃で少なくとも48時間培養した。コロニー形成単位(CFU)を算出し、図7に示されるように、CFU/腎臓として記録した。
【0097】
【表4】

【0098】
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国際公開第2007/145689号 Use of Alpha-Toxin for treating and preventing Staphylococcus infections.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的なモノクローナル抗体、又は黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるその断片若しくは突然変異タンパク質であって、前記抗体の軽鎖の可変領域がCDR1領域に配列番号1、CDR2領域に配列番号2、及びCDR3領域に配列番号3を含み、前記抗体の重鎖の可変領域がCDR1領域に配列番号4、CDR2領域に配列番号5、及びCDR3領域に配列番号6を含み、前記モノクローナル抗体の前記突然変異タンパク質が、前記重鎖又は前記軽鎖のCDR領域のいずれか1つに少なくとも1つの保存的置換を保有する、黄色ブドウ球菌のα毒素に特異的なモノクローナル抗体、又は黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるその断片若しくは突然変異タンパク質。
【請求項2】
前記抗体の軽鎖の可変領域が配列番号7のアミノ酸配列を有し、前記重鎖の可変領域が配列番号8のアミノ酸配列を有する、請求項1に記載のモノクローナル抗体、又は黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能であるその断片、若しくは黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能である前記抗体の変異体であって、前記抗体の軽鎖の可変領域のアミノ酸配列が配列番号7と少なくとも85%の同一性を有し、前記抗体の重鎖の可変領域のアミノ酸配列が配列番号8と少なくとも85%の同一性を有する、黄色ブドウ球菌のα毒素を結合することが可能である前記抗体の変異体。
【請求項3】
前記抗体断片がFab、F(ab’)2、一本鎖又はドメイン抗体である、請求項1又は2に記載のモノクローナル抗体。
【請求項4】
前記抗体がヒト抗体である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体。
【請求項5】
前記軽鎖がλ型のものである、請求項1〜4のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体。
【請求項6】
前記重鎖がIgG型のものである、請求項1〜5のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体。
【請求項7】
前記抗体が、黄色ブドウ球菌のα毒素のモノマー形態及びオリゴマー形態を特異的に結合することが可能である、請求項1〜6のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体。
【請求項8】
前記抗体が、N末端において、内部において又はC末端において修飾される、請求項1〜7のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体。
【請求項9】
前記修飾が、オリゴマー化、グリコシル化、又は薬剤若しくは標識との複合体形成のうちの少なくとも1つから選択される、請求項8に記載のモノクローナル抗体。
【請求項10】
哺乳動物のB細胞、又は該哺乳動物のB細胞とミエローマ細胞若しくはヘテロミエローマ細胞との融合により得られるハイブリドーマから取得可能である、請求項1〜8のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体。
【請求項11】
請求項1〜8又は10のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体を産生することが可能であるハイブリドーマ。
【請求項12】
請求項1〜8又は10のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体の軽鎖をコードする核酸。
【請求項13】
請求項1〜8又は10のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体の重鎖をコードする核酸。
【請求項14】
請求項12に記載の軽鎖をコードする少なくとも1つの核酸、又は請求項13に記載の重鎖をコードする少なくとも1つの核酸、又は請求項12に記載の軽鎖をコードする少なくとも1つの核酸及び請求項13に記載の重鎖をコードする少なくとも1つの核酸を含むベクター。
【請求項15】
前記ベクターが、前記核酸の発現を促進するために、前記核酸と作動的に連結されるプロモーターも含む、請求項14に記載のベクター。
【請求項16】
請求項15に記載のベクター、又は請求項12若しくは13に記載の核酸を含む宿主細胞。
【請求項17】
請求項1〜8又は10のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体を製造する方法であって、抗体の分泌を可能とする条件下で請求項11に記載のハイブリドーマを培養すること、又は前記モノクローナル抗体の発現に好適な条件下で請求項16に記載の宿主細胞を培養することを含む、請求項1〜8又は10のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体を製造する方法。
【請求項18】
少なくとも1つの請求項1〜9のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体、又は少なくとも1つの請求項12若しくは13に記載の核酸、及び薬学的に許容可能な担体又は成分を含む医薬組成物。
【請求項19】
臓器における膿瘍形成の予防法又は治療に使用される、請求項1〜9のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体、又は請求項12若しくは13に記載の核酸。
【請求項20】
臓器における膿瘍形成の予防法又は治療のための医薬組成物の調製のための、請求項1〜9のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体、又は請求項12若しくは13に記載の核酸の使用。
【請求項21】
臓器における前記膿瘍が腹部膿瘍である、請求項19又は20に記載の使用。
【請求項22】
前記臓器が、腎臓、心臓、肝臓、肺、脳、皮膚又は脾臓である、請求項19〜20のいずれか一項に記載の使用。
【請求項23】
前記膿瘍形成が、黄色ブドウ球菌感染により引き起こされる、請求項19〜22のいずれか一項に記載の使用。
【請求項24】
少なくとも1つの請求項1〜10のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体、又は請求項12若しくは13に記載の核酸を含む、試料における黄色ブドウ球菌感染症の診断のための試験キット。
【請求項25】
試料におけるα毒素との結合を検出するための、少なくとも1つの請求項1〜10のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2013−501506(P2013−501506A)
【公表日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−524142(P2012−524142)
【出願日】平成22年8月10日(2010.8.10)
【国際出願番号】PCT/EP2010/004884
【国際公開番号】WO2011/018208
【国際公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(507272979)ケンタ バイオテク アーゲー (4)
【Fターム(参考)】