説明

(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩の製造方法

タキサン誘導体の合成に有用な構成要素である、式(I)で示される(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩のエナンチオ選択的な製造方法。この方法は、ラセミのthreo−フェニルイソセリンアミドの分割およびそれから(I)への変換を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、タキサンの半合成、特にパクリタキセルおよびドセタキセルの合成に有用な構成要素である(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩(I)の製造に関するものである。
【0002】
【化1】

【0003】
発明の背景
パクリタキセル(II)は、成長の遅いイチイ(Taxaceae科Taxus属)の数種に低濃度存在する天然ジテルペノイドのタキサンであり、治療抵抗性進行卵巣ガン、乳ガンおよびカポジ肉腫の処置に承認されている。
【0004】
【化2】

【0005】
ドセタキセル(III)は、乳ガン、局所進行または転移性非小細胞肺ガン(シスプラチンと併用)および前立腺ガン(プレドニゾンと併用)の処置に承認されている合成ジテルペノイドのタキサンである。
【0006】
【化3】

【0007】
タキサン核の複雑な構造が原因で、パクリタキセルおよびドセタキセルの全合成は非常に長く、高価であることから、工業規模に適さない。今までのところ、これらの化合物の大規模製造は、パクリタキセルの生合成前駆体である10−デアセチルバッカチンIII(IV)(以下10−DAB IIIと呼ぶ)
【0008】
【化4】

【0009】
およびC−13の3−フェニルイソセリニル側鎖のエナンチオマー的に純粋な前駆体などの適切な出発物質からの半合成により達成されてきた。本出願人名でのUS2005/0049297は、7位の保護された10−DABと式(V)の化合物
【0010】
【化5】

【0011】
の間の反応を開示しており、これは、今度は(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩(I)から製造される。
【化6】

【0012】
化合物(V)は、容易に除去可能な窒素保護基(2−ニトロフェニルスルファニル部分)を有することから、パクリタキセルおよびドセタキセルの両方の合成に使用することができ、これは、工業的な見地から実に好都合である。
【0013】
エナンチオマー的に純粋な(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステルの合成方法は、文献に報告されている。
【0014】
Natural Product Letters vol.6, pp.147-152は、ラセミ化trans−3−フェニルグリシド酸(phenylglicidic acid)メチルエステルを得るための、ナトリウムメトキシドの存在下でのベンズアルデヒドとクロロ酢酸メチルエステルの反応を開示しており、これは、ベンゼン中での気体状HClを用いたエポキシド開環およびそれに続くAmberlite 400(OH)を用いた処理によるエポキシド閉環を経てラセミのシス異性体に変換される。次いで、ラセミのcis−エポキシドは、カリウム塩を得るためにエタノール中でKOHを用いて処理され、このカリウム塩にHClが添加されてラセミのcis−フェニルグリシド酸が遊離される。D−(+)−エフェドリンを用いた処理は、ジアステレオマー塩混合物を提供し、この混合物からアセトンを用いた分別結晶によりcis−(2R,3S)−3−フェニルグリシド酸(+)−エフェドリン塩を30%の収率で回収することができる。エフェドリン塩の酸処理により、光学活性フェニルグリシド酸を得ることができ、これをアンモニアで処理して(2R,3S)−3−フェニルイソセリン酸を提供することができる。この工程のスケールアップは厄介である。それは、その著者らによってもまた報告されているように、cis−フェニルグリシド酸は不安定であり、その光学分割は、迅速に実施した場合にのみ成功するが、迅速な実施は、一般に工業規模で達成することが非常に困難である。
【0015】
Synthetic Communications, 31 (23), 3609-3615 (2001)は、ラセミのcis−3−フェニルグリシド酸メチルエステルを得るための類似の手順を開示している。その後、この方法は、ラセミのcis−3−フェニルグリシド酸メチルエステルをアンモニアで処理してラセミのthreo−3−フェニルイソセリンアミドを得ることを含み、これは、水酸化バリウムを用いてラセミのthreo−3−フェニルイソセリン酸に加水分解され、ベンゾイル化されて、ラセミのthreo−N−ベンゾイル−3−フェニルイソセリン酸が得られる。ラセミ混合物は、S−(−)−メチルベンジルアミンを用いた分別結晶により分割され、(2R,3S)−N−ベンゾイル−3−フェニルイソセリン酸が得られる。この化合物は、(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル(I)の生成に適さない。それは、ベンゾイル基の除去が過酷な条件(すなわち、6N HCl、還流、48時間)を必要とし、分子の立体化学的性質に影響するおそれがあるからである。
【0016】
米国特許第6,025,516号では、ラセミのtrans−3−フェニルグリシド酸メチルエステルは、アンモニアと反応され、ラセミのerythro−3−フェニルイソセリンアミドを生成し、これは、酒石酸、ジベンゾイル酒石酸、乳酸、マンデル酸またはカンフルスルホン酸などの分割剤で処理されてジアステレオマー塩混合物が得られる。(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミドは、適切な溶媒から再結晶後にエナンチオマー的に純粋な形態で回収することができる。しかし、C−2不斉中心は、まだS−立体配置にあり、立体配置の反転にはさらなる工程が必要である:アミノ基は、アセチル部分で保護しなければならず、2−OH基は、そのメタンスルホン酸誘導体に変換して、オキサゾリン化合物を提供しなければならず、これは、エタノール中でHClを用いて処理され、所望の(2R,3S)−3−フェニルイソセリン酸メチルエステルが得られる。
【0017】
したがって、上記欠点を克服する(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステルを製造するための改良法が依然として必要である。
【0018】
発明の説明
本発明は、(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩(I)の製造方法に関し、
【0019】
【化7】

【0020】
この方法は、以下の工程を含む:
a)ラセミのthreo−3−フェニルイソセリンアミド(VI)
【0021】
【化8】

【0022】
を、エナンチオマー的に純粋な有機酸を用いて分割して(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミドの対応する酸塩を提供すること;
b)(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミドの有機酸塩を、プロトン性溶媒中の無機強酸を用いて処理して、(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミド無機酸塩を提供すること;
c)(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミド無機酸塩を、プロトン性溶媒中の塩酸を用いて処理し、続いて酢酸で処理して、(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩(I)を結晶化すること。
【0023】
工程(a)は、好ましくは、エナンチオマー的に純粋な(+)−酒石酸または(−)−ジベンゾイル酒石酸などのその誘導体を使用して、溶媒としてエタノール中で、還流温度で実施される。(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミド塩酸塩および酒石酸またはジベンゾイル酒石酸との(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミドの塩は新規であり、本発明のさらなる目的である。
【0024】
工程(b)は、好ましくは、硫酸または塩酸を使用して、溶媒としてエタノール中で、40〜45℃の温度で実施される。工程c)における塩酸または硫酸を用いた処理は、こ好ましくは、溶媒としてメタノール中で、室温で実施され、最終生成物の結晶化は、好ましくは、溶媒として酢酸エチルとヘプタンの混合物を使用して実施される。(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩(I)は、99.0%を超える、エナンチオマー的およびクロマトグラフィー的な純度を有する。
【0025】
ラセミのthreo−3−フェニルイソセリンアミド(VI)は、例えば、Synthetic Communications, 31 (23), 3609-3615 (2001)に記載されたように、ラセミのcis−3−フェニルグリシド酸メチルエステル(VIIa)を、メタノール中の気体状アンモニアを用いて処理することにより製造することができる。
【化9】

【0026】
ラセミのcis−3−フェニルグリシド酸メチルエステル(VIIa)は、今度は、公知の方法により、例えばNatural Product Letters vol.6, pp.147-152に記載されているように製造することができる。本発明の好ましい態様によると、ラセミのtrans−3−フェニルグリシド酸メチルエステル(VIIb)
【0027】
【化10】

【0028】
を形成させるための、ベンズアルデヒドとクロロ酢酸メチルエステルの間のダルツェン(Darzen)反応の後に、化合物(VIIb)は、芳香族非プロトン性溶媒中で無水ヒドロハロ酸を用いて処理され、ラセミのthreo−ハロヒドリン(VIII)
【0029】
【化11】


[式中、Xはハロゲン原子を表す]が得られ、
これは、有機塩基または無機塩基、好ましくは水に溶かした炭酸ナトリウムを用いた処理により化合物(VIIa)に変換される。
【0030】
本発明の工程は、工業的見地から特に好都合である。それは、この工程が、従来技術の工程、特に2位に不斉中心の立体配置の反転を必要とする米国特許第6,025,516号の工程よりも簡単な方法でthreo−フェニルイソセリンアミドの分割を直接実施できるようにするからである。
【0031】
以下の実施例は、本発明をより詳細に例示するものである。
【0032】
実施例
製造1 − ラセミの3−ブロモ−2−ヒドロキシ−3−フェニル−プロピオン酸メチルエステル(参照実施例)
メタノール(320.0g)中のベンズアルデヒド(212.0g、2.0mol)とクロロ酢酸メチル(282.0g、2.6mol)の混合物を窒素下で0℃に冷却した。ナトリウムメトキシド(30wt%メタノール溶液を466.0g、2.5mol)を2時間かけて加え、この混合物を0℃でさらに60分間撹拌した。次いで、この混合物を22℃に到達させ、この温度でさらに2時間撹拌した。酢酸(30.0g、0.5mol)をゆっくりと加えた後で、トルエン(465.0g)および水(670.0g)を連続的に加えた。水相を分離し、水およびメタノールを除去するために有機層を蒸留した。蒸留物170.0gを除去した後で、この混合物を25℃に冷却させた。温度を25℃に保ちながらHBr(120.0g、1.5mol)を4時間かけて加えた。添加の完了後に、温度を25〜30℃の間に保ちながら水300.0gに溶かした重炭酸ナトリウム15.0gの混合物を滴下した。次いで水層を分離し、トルエン(175.0g)を加え、水分を除去するためにトルエン115.0gを蒸留した。この混合物を20℃に冷却し、トルエン(115.0g)およびヘプタン(260.0g)を連続的に加えた。0.5gのラセミの3−ブロモ−2−ヒドロキシ−3−フェニル−プロピオン酸メチルエステルを用いて種とした後で、混合物をゆっくりと0℃に冷却し、さらに3時間撹拌した。沈殿した生成物を濾過し、ヘプタン200.0gで洗浄し、45℃で真空乾燥した。収量:234.0g(0.9mol、45%)。
【0033】
H NMR CDCl(δ):3.23(1H),3.79(3H),4.40(1H),5.31(1H),7.22(3H),7.48(2H)。
【0034】
製造2 − ラセミのcis−3−フェニルグリシド酸メチルエステル(参照実施例)
ラセミの3−ブロモ−2−ヒドロキシ−3−フェニル−プロピオン酸メチルエステル(VII)(259.1g、1.0mol)を水(700.0g)に懸濁し、この混合物を50℃に加熱した。炭酸ナトリウム(112.4g)を水(660.0g)に溶かした溶液を1時間かけてゆっくりと加えた。この混合物をさらに60分間撹拌し、トルエン(365.0g)を加え、この混合物を室温に冷却させた。水層を分離し、有機残渣を水(180.0g)で洗浄した。有機層を分離し、真空中で濃縮し、油として生成物を回収した。収量:157.4g(0,88mol、88%)。
【0035】
H NMR CDCl (δ):3.58(3H),3.83(1H),4.290(1H),5.01(3H),7.39(5H)。
【0036】
製造3 − ラセミのthreo−3−フェニルイソセリンアミド(参照実施例)
ラセミのcis−3−フェニルグリシド酸メチルエステル(VIII)(430.0g、2.41mol)をメタノール(2000.0g)に溶解させ、次いで温度を25℃に保ちながら気体状アンモニア400.0g(23.5mol)をゆっくりと加え、この混合物を60℃に加熱し、さらに18時間撹拌した。次いで、結果として生じた懸濁物を10℃に冷却し、さらに60分間撹拌した。生成物を濾過し、メタノール200.0gで洗浄し、55℃で真空乾燥させた。収量:324.4g(2.1mol、75%)。
【0037】
H NMR d−DMSO(δ):1.79(2H),3.88(1H),4.12(1H),5.35(1H),7.25(7H)。
【0038】
製造4 − (2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミドジベンゾイル酒石酸塩
ラセミのthreo−3−フェニルイソセリンアミド(IX)(120.0g、0,67mol)および(−)−ジベンゾイル酒石酸(240.1g、0.67mol)をエタノール(1080.0g)に懸濁した。この懸濁液を2時間還流し、次いで室温に冷却し、さらに60分間撹拌した。この生成物を濾過し、エタノール(400.0g)で洗浄し、50℃で真空乾燥させた。収量:180.6g(0.34mol、50%)。
【0039】
H NMR CDOD(δ):4.36(1H),4.55(1H),5.92 (2H),7.42(91H),7.63(2H),8.15(4H)。
【0040】
製造5 − (2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミド塩酸塩
(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミドジベンゾイル酒石酸塩(X)(180.6g、0.34mol)をエタノール(535.0g)に懸濁し、この混合物を42℃に加熱した。次いで、温度を約45℃に保ちながら濃塩酸(32%)46.2gをこの懸濁液にゆっくりと加えた。添加の完了後に、この混合物を1時間かけて0℃に冷却し、さらに1時間撹拌した。生成物を濾過し、エタノール(100.0g)で洗浄し、80℃で真空乾燥させた。収量:60.5g(0.28mol、82.0%)。
【0041】
H NMR d−DMSO(δ):4.21(1H),4.39(1H),6.57(1H),7.40(5H),8.54(3H)。
【0042】
製造6 − (2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩(I)
(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル塩酸塩(XI)(20.0g、0.092mol)をメタノール(140.0g)に懸濁した。温度を約25℃に保ちながら気体状HCl、7.0gをゆっくりと加えた。添加の完了後に、この混合物をさらに3時間加熱還流した。メタノール85.0gを蒸留後に、この混合物を室温に冷却した。
【0043】
酢酸エチル220.0gの添加後に、温度を25℃に保ちながらトリエチルアミン20.0g(0.2mol)を加えた。195.0gの溶媒を蒸留後に、さらに酢酸エチル195.0gを加えた。この懸濁液を50℃で濾過し、残渣を酢酸エチル50.0gで洗浄した。濾液を40℃に冷却し、沈殿が形成するまで酢酸9.0g(0.15mol)をゆっくりと加えた。この混合物を0℃に冷却し、さらに2時間撹拌した。生成物を濾過し、酢酸エチル30.0gで洗浄し、50℃で真空乾燥した。収量:20.3g(0.08mol、87%)。
【0044】
H NMR d−DMSO(δ):1.89(3H),3.52(3H),4.09(2H),5.01(3H),7.31(5H)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)ラセミのthreo−3−フェニルイソセリンアミド(VI)
【化13】


をエナンチオマー的に純粋な有機酸で処理して、(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミドの対応する酸塩を提供する工程;
b)プロトン性溶媒中で(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミドの酸塩を無機強酸で処理して、(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミド無機酸塩を提供する工程;
c)プロトン性溶媒中で(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミド無機酸塩を塩酸で処理し、続いて酢酸で処理して、(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩(I)を結晶化する工程
を含む、
(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩(I)
【化12】


の製造方法。
【請求項2】
工程a)のエナンチオマー的に純粋な有機酸が、(+)−酒石酸または(−)−ジベンゾイル酒石酸であり、溶媒がエタノールである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
工程b)が、溶媒としてのエタノール中の硫酸または塩酸を使用して実施される、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
工程c)のプロトン性溶媒がメタノールであり、(2R,3S)−3−フェニルイソセリンメチルエステル酢酸塩(I)が、酢酸エチルとヘプタンの混合物から結晶化される、請求項1〜3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
(−)−酒石酸または(−)−ジベンゾイル酒石酸との塩の形態である(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミド。
【請求項6】
(2R,3S)−3−フェニルイソセリンアミド塩酸塩。

【公表番号】特表2010−519262(P2010−519262A)
【公表日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−550666(P2009−550666)
【出願日】平成20年2月11日(2008.2.11)
【国際出願番号】PCT/EP2008/001015
【国際公開番号】WO2008/101608
【国際公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【出願人】(397068654)インデナ・ソチエタ・ペル・アチオニ (20)
【Fターム(参考)】