説明

ARB及び/又はグリタゾン系血糖降下物質を含有するOATP−R遺伝子発現増強組成物

【課題】本発明は、安全性がより高く、かつ、OATP−R遺伝子発現増強作用を有するOATP−R遺伝子発現増強組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】アンジオテンシンII受容体阻害物質(ARB)及び/又はグリタゾン系血糖降下物質をOATP−R遺伝子発現増強組成物として用いる。上記ARBとしては、ロサルタン、カンデサルタン、カンデサルタン・シレキセチル、オルメサルタン、バルサルタン、イルベサルタン、エプロサルタン、テルミサルタン、EXP3174(ロサルタンの代謝物)、及びRNH6270(オルメサルタン活性体)を好適に例示することができる。また、グリタゾン系血糖降下物質が、ピオグリタゾン、トログリタゾン、ロシグリタゾン、及びマレイン酸ロシグリタゾンを好適に例示することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、OATP−R遺伝子発現増強組成物や、TCAサイクル代謝物濃度上昇抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
腎不全患者等の腎機能障害を有する患者、特に腎透析を受ける患者の数は年々増加の一途を辿っており、現在20万人の患者が維持透析治療を行っており、さらに毎年3万人以上が新たに透析導入に至っている。透析療法には、一人あたり年間約500万円の費用がかかるため、20万人に対して約1兆円の医療費が恒常的に必要となっている。また、近年、慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)という疾患概念が提唱され、その予防・治療の重要性に対する認識が高まりを見せている。CKDはCommon Diseaseであり、患者数は膨大(約2000万人)であることから、CKD対策が急務の課題となっている。以上のような状況下において、腎不全やCKD等の腎機能障害の症状の予防法や、そのような症状を緩和し、透析導入を遅らせる治療法が開発されれば、患者のQOL(クオリティオブライフ)に資するだけでなく、医療費の大幅な削減が可能となり社会に大きく貢献することが出来る。
【0003】
腎臓には多種多様なトランスポーターが存在し、多様な物質輸送に関与している。なかでも有機アニオントランスポーター(OATP:organic anion transporting polypeptide)ファミリーは、生体内から不要となった有機アニオン等を体外に出すための排出・解毒ポンプとして機能するトランスポーターのファミリーであり、該トランスポーターはその幅広い基質認識性と多岐にわたる臓器分布から、内因性物質や薬物の体内動態において重要な役割を行うトランスポーターと考えられている。本発明者は、世界に先駆けて15個以上の有機アニオントランスポーターを単離し、胆汁酸、甲状腺ホルモン、ステロイドホルモン、プロスタグランジン類等が単に拡散でなく有機アニオントランスポーターにより細胞膜輸送されるという知見を世界に先駆けて報告してきた。更に、本発明者は、腎臓にのみ発現している有機アニオントランスポーターであるOATP−R(OATP4C1やOATP−M1とも呼ばれる)を世界で初めて発見し(非特許文献1)、その内容に関する特許出願が日本において特許登録された(特許文献1参照)。
【0004】
さらに、本発明者らは、そのOATP−Rの発現調節を明らかにするために、5’上流転写領域を詳細に解析したところ、ダイオキシンの核内受容体であるアリルハイドロカーボン受容体(AHR)が結合する繰り返し配列として知られるxenobiotic response element(XRE)類似配列が、ヒトやラットのOATP−R遺伝子の5’上流転写領域に存在することを見い出した(特許文献2参照)。さらに、本発明者らは、ヒトOATP−Rの5’上流転写領域の下流にレポーター遺伝子を配置したプラスミドを、AHRを発現するACHN細胞にトランスフェクトした細胞を作製し、該細胞を用いたレポーターアッセイを行なった。その結果、AHRに結合する3−メチルコランスレン(3−MC)によって、レポーター遺伝子の転写活性が上昇すること、及び、前述の5’上流転写領域中に、転写開始点より上流−100塩基付近のXRE類似領域が存在する場合において、転写活性の上昇傾向が特に顕著であることが分かった(前述の特許文献2参照)。また、5’上流転写領域中のXRE類似領域の配列を除去又は改変することにより、レポーター遺伝子の転写活性が顕著に低下することから、ヒトOATP−R遺伝子の転写制御には、XRE類似領域が関連している可能性が示唆された(前述の特許文献2参照)。以上のように3−MCは、OATP−R遺伝子発現増強活性を有しているが、3−MCはダイオキシン類似物質であるため、毒性等の観点から、ヒトに投与することはできなかった。
【0005】
腎不全等の腎疾患の治療剤としては様々なものが知られている。例えば、アンジオテンシンII受容体阻害物質(ARB)は降圧剤として既に実用化されているが、このアンジオテンシンII受容体の中のサブタイプの1つであるAT受容体のアンタゴニストを腎不全等の治療剤として使用することが知られている(特許文献3参照)。また、グリタゾン系物質は血糖降下剤として既に実用化されているが、このグリタゾン系物質を腎不全等の治療剤として用い得ることが知られている(特許文献4参照)。しかし、アンジオテンシンII受容体阻害物質やグリタゾン系血糖降下物質が、OATP−R遺伝子発現増強作用や、腎不全時に上昇している血中のTCAサイクル代謝物濃度の上昇抑制作用を有していることは知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】日本国特許第4008481号公報
【特許文献2】特開2008−100927号公報
【特許文献3】特表平11−513395号公報
【特許文献4】特開平10−139665号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】PNAS March 9, 2004. vol.101, no.10, 3569-3574
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、これまでに、前述の特許文献2のアッセイ系を利用して、様々な薬物の中からヒトOATP−R遺伝子発現増強作用を有する薬物を行なったところ、高脂血症剤としてすでに実用化され広く用いられているスタチンがヒトOATP−R遺伝子の発現を増強する作用を有していることを見い出している(特願2008−264675号)。しかし、スタチンは、シトクロームP−450(cyp1a)遺伝子を誘導するため、投与量が多過ぎると薬物耐性や肝肥大や黄紋筋融解症を惹起する可能性もあった。本発明の課題は、安全性がより高く、かつ、OATP−R遺伝子発現増強作用を有するOATP−R遺伝子発現増強組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、前述の特許文献2のアッセイ系を利用して、様々な薬物の中からヒトOATP−R遺伝子発現増強作用を有する薬物のスクリーニングを行なったところ、降圧剤として知られるアンジオテンシンII受容体阻害物質や、又はグリタゾン系血糖降下物質が、ヒトOATP−R遺伝子の発現を増強することを見い出した。また、意外なことに、OATP−R遺伝子発現増強作用を有する上記物質が、腎不全時に上昇している血中のTCAサイクル代謝物濃度の上昇抑制作用を有していることも見い出した。本発明者らは、以上の知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、(1)アンジオテンシンII受容体阻害物質(ARB)及び/又はグリタゾン系血糖降下物質を含有するOATP−R遺伝子発現増強組成物や、(2)ARBが、ロサルタン、カンデサルタン、カンデサルタン・シレキセチル、オルメサルタン、バルサルタン、イルベサルタン、エプロサルタン、テルミサルタン、EXP3174、及びRNH6270から選択されることを特徴とする上記(1)に記載のOATP−R遺伝子発現増強組成物や、(3)グリタゾン系血糖降下物質が、ピオグリタゾン、トログリタゾン、ロシグリタゾン、及びマレイン酸ロシグリタゾンから選択されることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載のOATP−R遺伝子発現増強組成物や、(4)ARBが、RNH6270であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載のOATP−R遺伝子発現増強組成物に関する。
【0011】
また、本発明は、上記(1)〜(4)のいずれかに記載のOATP−R遺伝子発現増強組成物を含有するTCAサイクル代謝物濃度上昇抑制剤に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物は、腎臓に特異的に発現するOATP−R遺伝子の発現を増強することができる。また、スタチンは、シトクロームP−450(cyp)遺伝子を誘導するため、投与量が多過ぎると薬物耐性や肝肥大や黄紋筋融解症を惹起する可能性もあったが、本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物はcyp遺伝子を誘導しないため、安全性がより高い。また、本発明のTCAサイクル代謝物濃度上昇抑制剤は、腎疾患時に異常に上昇しているTCAサイクル代謝物の濃度を低下させることによって、TCAサイクル代謝物の濃度を正常化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】ARBについて、ACHN細胞を用いたヒトOATP−Rのルシフェラーゼアッセイを行なった結果を示す図である。
【図2】グリタゾン系血糖降下物質について、ACHN細胞を用いたヒトOATP−Rのルシフェラーゼアッセイを行なった結果を示す図である。
【図3】ACHN細胞を用いたヒトOATP−R遺伝子発現アッセイ(定量RT−PCR)の結果を示す図である。
【図4】低容量RNH6270投与群やコントロール群のラットの血圧、体重、血清クレアチニン、クレアチニンクリアランスの推移を示す図である。
【図5】インビボにおけるOATP−R遺伝子発現アッセイ(定量RT−PCR)の結果を示す図である。
【図6】低容量RNH6270投与群やコントロール群のラットの血液中のカチオン類等の解析結果を示す図である。
【図7】低容量RNH6270投与群やコントロール群のラットの血液中のアニオン類の解析結果を示す図である。
【図8】図7で解析したアニオン類のうち、TCAサイクルの代謝物に該当する物質の解析結果を、TCAサイクルと共に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物としては、アンジオテンシンII受容体阻害物質(以下、「ARB」とも表示する。)及び/又はグリタゾン系血糖降下物質を含有している限り特に制限されない。ここで、本明細書における「ARB」には、OATP−R遺伝子発現を増強する活性を有している限り、ARBの誘導体をも含む。かかるARBとしては、例えばロサルタン、カンデサルタン、カンデサルタン・シレキセチル(カンデサルタンのプロドラッグ)、オルメサルタン、バルサルタン、イルベサルタン、エプロサルタン、テルミサルタン、EXP3174(ロサルタンの代謝物)、及びRNH6270(オルメサルタン活性体)、又は、薬学上許容され得るこれらの塩若しくは誘導体を好適に例示することができ、中でも、カンデサルタン、オルメサルタン、バルサルタン、エプロサルタン、テルミサルタン、EXP3174、及びRNH6270(オルメサルタン活性体)をより好適に例示することができ、中でも、RNH6270を特に好適に例示することができる。前述のグリタゾン系血糖降下物質としては、OATP−R遺伝子発現を増強する活性を有するグリタゾン系血糖降下物質である限り特に制限されないが、例えばピオグリタゾン、トログリタゾン、ロシグリタゾン、及びマレイン酸ロシグリタゾン、又は、薬学上許容され得るこれらの塩若しくは誘導体を好適に例示することができ、ピオグリタゾン、トログリタゾン、ロシグリタゾン、及びマレイン酸ロシグリタゾンをより好適に例示することができる。これらのARBやグリタゾン系血糖降下物質は、それぞれ2種類以上併用することもできるし、また、ARBとグリタゾン系血糖降下物質を併用することもできる。なお、上に例示したARBは降圧剤として既に市販されており、グリタゾン系血糖降下物質は血糖降下物質として既に市販されているため、容易に入手することができる。
【0015】
「薬学上許容され得る塩」には、例えばナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、バリウム、アンモニウムなどの無毒性アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩などが包含される。この他、上記塩には、ARB又はグリタゾン系血糖降下物質と適当な有機酸ないし無機酸との反応による無毒性酸付加塩も包含される。代表的無毒性酸付加塩としては、例えば塩酸塩、塩化水素酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、重硫酸塩、酢酸塩、蓚酸塩、吉草酸塩、オレイン酸塩、ラウリン酸塩、硼酸塩、安息香酸塩、乳酸塩、リン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩(トシレート)、クエン酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、コハク酸塩、酒石酸塩、スルホン酸塩、グリコール酸塩、アスコルビン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、ナプシレートなどが例示される。かかる塩は、当業界で周知の方法により調製することができる。これらの塩の中のうち、無毒性アルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩を好適に例示することができ、ナトリウム塩やカルシウム塩を特に好適に例示することができる。
【0016】
上記の「OATP−R遺伝子発現を増強する活性を有する物質」とは、OATP−R遺伝子を発現し得るヒト又はラット腎細胞株と共培養したり、ヒト又はラットに投与した場合に、不存在又は非投与の場合と比較して、腎細胞等のOATP−R遺伝子を発現し得る細胞内におけるOATP−R遺伝子を発現し得る細胞内におけるOATP−Rの発現が、mRNAレベル及び/又はタンパク質レベルで上昇する物質をいう。ヒトの場合についてより具体的には、後述の実施例1におけるルシフェラーゼアッセイや、後述の実施例4におけるヒト腎癌細胞株を用いたヒトOATP−R遺伝子発現アッセイにおいて、コントロール(ARBやグリタゾン系血糖降下物質非投与)の場合より、ヒトOATP−R遺伝子のmRNA発現や転写活性が上昇する物質を含み、ラットの場合についてより具体的には、後述の実施例5のラットを用いたインビボにおけるOATP−R遺伝子発現アッセイにおいて、コントロール(水)を投与した場合より、ラットOATP−R遺伝子のmRNA発現が上昇する物質を含む。
【0017】
上記のOATP−R遺伝子のmRNA発現の上昇の程度としては、特に制限されないが、コントロールと比較して、割合として、好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上、さらに好ましくは15%以上である場合を好適に例示することができる。なお、上記のOATP−R遺伝子としては、OATP−Rのコード領域の上流にXRE類似配列を備えているOATP−R遺伝子である限り特に制限されず、ヒトOATP−R遺伝子、ラットOATP−R遺伝子を特に好適に例示することができる。
【0018】
本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物としては、上記のARB及び/又はグリタゾン系血糖降下物質を含有している限り特に制限されないが、任意成分として、OATP−R遺伝子を増強する他の成分や、薬学上許容される担体をさらに含有していてもよい。薬学上許容される担体としては、例えば賦形剤、結合剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、緩衝剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、着色剤などの任意成分を配合することができる。
【0019】
本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物の剤型としては、特に制限はなく、上記のARBやグリタゾン系血糖降下物質そのものであってもよいし、散剤、顆粒剤、錠剤等の固形製剤であってもよいし、溶液剤、乳剤、懸濁剤などの液剤であってもよい。また、本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物の投与方法としては、経口投与や静脈投与等を例示することができるが、投与が簡便であることから、経口投与を好ましく例示することができる。
【0020】
本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物の投与量としては、OATP−R遺伝子発現を増強する活性が得られる限り特に制限されず、投与対象に応じて適宜投与量を調整することができる。投与対象としては、OATP−R遺伝子発現を増強する活性が得られる限り特に制限されないが、哺乳動物を例示することができ、中でもヒト、ラットを好適に例示することができ、特にヒトを好適に例示することができる。
【0021】
本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物は、腎機能予防・治療剤としても使用することができる。OATP−Rは、胆汁酸、ジゴキシン、ウアバイン、cAMP等の腎不全物質を対外に排出する活性を有することが知られており、OATP−R遺伝子の発現を増強することによって、腎機能を改善して腎不全物質の体外への排出機能が促進されて、腎機能障害の予防効果や治療効果が得られると考えられるからである。
【0022】
上記の腎機能障害としては、腎臓における尿形成や排泄に関連する機能の障害である限り特に制限されず、例えば、急性腎不全、慢性腎不全、急性腎炎、慢性腎炎、急性尿細管壊死、尿細管間質障害、慢性腎臓病、ネフローゼ症候群、多発性のう胞腎、糖尿病性腎症、及び腎硬化症を好適に例示することができる。
【0023】
上記の腎機能予防・治療剤には、本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物の他に、任意成分として、他の腎機能の予防・治療剤をさらに含有していてもよい。
【0024】
また、本発明のOATP−R遺伝子発現増強組成物、好ましくはARBを含有するOATP−R遺伝子発現増強組成物、より好ましくは、RNH6270を含有するOATP−R遺伝子発現増強組成物は、TCAサイクル代謝物濃度が異常に上昇した状態を正常化するTCAサイクル代謝物濃度上昇抑制剤としても使用することができる。
【0025】
さらに、本発明には、OATP−R遺伝子発現増強組成物の製造におけるARB及び/又はグリタゾン系血糖降下物質の使用方法や、腎機能障害の予防・治療剤の製造におけるARB及び/又はグリタゾン系血糖降下物質の使用方法や、ARB及び/又はグリタゾン系血糖降下物質の腎機能障害の予防・治療における使用や、ARB及び/又はグリタゾン系血糖降下物質を哺乳動物(特にヒト又はラット)に投与することを特徴とするOATP−R遺伝子の増強方法や、ARB及び/又はグリタゾン系血糖降下物質を哺乳動物(特にヒト又はラット)に投与することを特徴とする腎機能障害の予防・治療方法も含まれる。これらの使用や方法における文言の内容やその好ましい態様は、前述したとおりである。
【0026】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0027】
[ヒト腎癌細胞株であるACHN細胞を用いた、ヒトOATP−Rのルシフェラーゼアッセイ1]
ARBがヒトOATP−R(hOATP−R)遺伝子のmRNA発現を増強するか否かを確認するために、ヒト腎癌細胞株であるACHN細胞を用いて、ヒトOATP−Rのルシフェラーゼアッセイを行なった。具体的には以下のような方法で行なった。
【0028】
pGL3プラスミドに、ヒトOATP−R遺伝子(SLCO4C1)の転写活性領域を組み込み、該転写活性領域の下流にヒトルシフェラーゼ遺伝子を組み込んでレポータープラスミドを作製した。このレポータープラスミドを、ヒト腎癌細胞株であるACHN細胞株にトランスフェクションして、ヒトOATP−Rのルシフェラーゼ用のレポーター細胞を作製した。なお、ヒト腎癌細胞株であるACHN細胞株は、東北大学加齢医学研究所医用細胞資源センターより供与された。
【0029】
このレポーター細胞を24ウェルプレートに、1ウェル当たり2.4×10cellずつ分注し、特定の培地(RPMI1640培地に、FBS、ペニシリン、ストレプトマイシンを、それぞれ最終濃度がFBS10%、ペニシリン100U/ml、ストレプトマイシン100μg/mlとなるように添加した培地)中、37℃、5%COの条件下で48時間培養した。レポーター細胞が70−80%のコンフルエントになったのを確認してから、培地を無血清培地であるOPTI−MEMIに交換し、4時間培養した後、24ウェル内の無血清培地と等量の特定の培地を、それぞれのウェル内に添加した。この特定の培地としては、20%FBS/RPMI1640培地に、サンプルとしてARBを最終濃度10μM又は30μMで添加したサンプル培地を用いた。また、サンプル培地に代えて、サンプル無添加(control)の20%FBS/RPMI1640培地(ネガティブコントロール培地)を用いた。サンプルに用いたARBは、ロサルタン、EXP3174(ロサルタンの代謝物)、カンデサルタン、カンデサルタン・シレキセチル(カンデサルタンのプロドラッグ)、オルメサルタン、RNH6270、バルサルタン、イルベサルタン、エプロサルタン、テルミサルタンの10種類である。
【0030】
これらの特定の培地を添加してから24時間培養した後、各レポーター細胞のルシフェラーゼ活性を測定した。それぞれのサンプルについて、コントロールの場合のルシフェラーゼ活性を1.0としたときの相対ルシフェラーゼ活性を算出し、それらをグラフ化した。各種ARBの結果を図1に示す。図1の結果から分かるように、10種類のいずれのARBを添加した場合であっても、コントロールと比較して、ルシフェラーゼ活性が上昇した。すなわち、10種類すべてのARBが、腎臓細胞におけるヒトOATP−R遺伝子のmRNA発現を上昇させることが示された。なお、各種ARBについてのより詳細な結果は以下のとおりである。括弧内の数値はそのARBの上記の相対ルシフェラーゼ活性の値である。10μMのロサルタン(1.19)、30μMのロサルタン(1.35)、10μMのEXP3174(1.25)、30μMのEXP3174(1.21)、10μMのカンデサルタン(1.33)、30μMのカンデサルタン(1.65)、10μMのカンデサルタン・シレキセチル(1.03)、30μMのカンデサルタン・シレキセチル(1.32)、10μMのオルメサルタン(1.62)、30μMのオルメサルタン(1.57)、10μMのRNH6270(1.33)、30μMのRNH6270(1.50)、10μMのバルサルタン(1.28)、30μMのバルサルタン(1.47)、10μMのイルベサルタン(1.38)、30μMのイルベサルタン(1.26)、10μMのエプロサルタン(1.57)、30μMのエプロサルタン(1.53)、10μMのテルミサルタン(2.00)、30μMのテルミサルタン(2.54)。
【実施例2】
【0031】
[ヒト腎癌細胞株であるACHN細胞を用いた、ヒトOATP−Rのルシフェラーゼアッセイ2]
次に、グリタゾン系血糖降下物質がヒトOATP−R(hOATP−R)遺伝子のmRNA発現を増強するか否かを確認するために、上記実施例1と同様の方法にて、ヒトOATP−Rのルシフェラーゼアッセイを行なった。用いた4種類のグリタゾン系血糖降下物質(ピオグリタゾン、トログリタゾン、ロシグリタゾン、マレイン酸ロシグリタゾン)の相対ルシフェラーゼ活性の結果を図2に示す。図2の結果から分かるように、4種類のいずれのグリタゾン系血糖降下物質を添加した場合であっても、コントロールと比較して、ルシフェラーゼ活性が上昇した。すなわち、4種類すべてのグリタゾン系血糖降下物質が、腎細胞におけるヒトOATP−R遺伝子のmRNA発現を上昇させることが示された。
【実施例3】
【0032】
[ヒト腎癌細胞株であるACHN細胞を用いた、cyp1a1のルシフェラーゼアッセイ]
ダイオキシン類をはじめとするAhRリガンドは、生体内で薬物代謝酵素の誘導、発癌、内分泌撹乱、奇形の誘導、免疫不全、体重減少などの副作用を起こす可能性が指摘されている。そこで代表的AhRリガンドであるダイオキシン類によって誘導のかかるXRE配列をその5’上流に持つ解毒酵素cyp1a1の転写領域を単離し、該転写領域の下流にルシフェラーゼ遺伝子を組み込んで、レポータープラスミドを作製した。このレポータープラスミドを、ヒト腎癌細胞株であるACHN細胞株にトランスフェクションして、cyp1a1のルシフェラーゼアッセイ用のレポーター細胞を作製した。このレポーター細胞について、実施例1と同様のアッセイを行なったところ、10種類のいずれのARBも、腎臓細胞におけるcyp1a1遺伝子のmRNA発現を上昇させないことが示された。このことは、ARBが安全であることや、発癌などの副作用をもたらさないことを強く示唆した。
【実施例4】
【0033】
[ヒト腎癌細胞株であるACHN細胞を用いたヒトOATP−R遺伝子発現アッセイ]
ARBがヒトOATP−R(hOATP−R)遺伝子のmRNA発現を実際に増強するか否かを確認するために、ヒト腎癌細胞株であるACHN細胞を用いて、ヒトOATP−R遺伝子についての定量RT−PCRを行なった。具体的には以下のような方法で行なった。
【0034】
ACHN細胞はOATP−R遺伝子を発現し得る細胞である。このACHN細胞を24ウェルプレートに、1ウェル当たり2.4×10cellずつ分注し、特定の培地(RPMI1640培地に、FBS、ペニシリン、ストレプトマイシンを、それぞれ最終濃度がFBS10%、ペニシリン100U/ml、ストレプトマイシン100μg/mlとなるように添加した培地)中、37℃、5%COの条件下で48時間培養した。ACHN細胞が70−80%のコンフルエントになったのを確認してから、培地を無血清培地であるOPTI−MEMIに交換し、4時間培養した後、24ウェル内の無血清培地と等量の特定の培地を、それぞれのウェル内に添加した。この特定の培地としては、20%FBS/RPMI1640培地に、サンプルとしてRNH6270(オルメサルタン活性体)を最終濃度10μM又は30μMで添加したサンプル培地を用いた。また、サンプル培地に代えて、サンプル無添加(control)の20%FBS/RPMI1640培地(ネガティブコントロール培地;C)を用いた。
【0035】
これらの特定の培地を添加してから24時間培養した後、培養細胞を10mlのTRIZOL液(インビトロジェン社製)に加え、ポリトロン破砕機の最大速度(100,000rpm)で1分間ホモジエナイズした。ホモジナイズした溶液に2倍量のクロロフォルム液を加えて攪拌後、遠心分離し、水相部分を別のチューブに移した。この水相に2倍量のイソプロピルアルコールを添加し、15000rpmで冷却遠心を行ってRNAを抽出した。抽出したRNAをテンプレートとし、SuperScriptIII RTS ファーストストランドcDNA合成キット(インビトロジェン社製)を用いてcDNA合成を行った。TaqMan Probe(アプライドバイオシステム社製)を用いて定量RT−PCRを行い、培養細胞中のヒトOATP−R遺伝子のmRNA発現量を定量した。
【0036】
各サンプルについてN=5にて定量し、各サンプルごとにmRNA発現量の平均値を算出した。水の場合のmRNA発現量の平均値を1として、各サンプルのmRNA発現量の平均値を補正し、相対mRNA量を算出した。以上の定量RT−PCRの結果を図3に示す。図3の結果から分かるように、RNH6270(ARB)の添加によって、ヒトOATP−R遺伝子のmRNA発現が有意に上昇することが示された。
【実施例5】
【0037】
[インビボにおけるOATP−R遺伝子発現アッセイ]
ARBのOATP−R遺伝子発現増強作用が、インビボにおいても得られるか否かを確認するために、ラットを用いて、インビボにおけるOATP−R遺伝子発現アッセイを行なった。具体的には以下のような方法で行なった。
【0038】
10匹のWisterラットを水(コントロール)投与群(control)(5匹)、RNH6270投与群(RNH)(5匹)に分けた。RNH6270投与群には、0.5%NaHCO水溶液を溶媒としてRNH6270を低容量(0.3mg/kg/day)で7日間、飲水投与した。コントロール群には、RNH6270投与群に投与したのと同量の0.5%NaHCO水溶液を投与した。なお、Wisterラットについて、コントロール又はRNH6270投与前1週間から、投与後3週間経過まで、その血圧、体重、血清クレアチニン、クレアチニンクリアランスを計測し(図4)、それらをあまり大きくは変化させないRNH6270の投与量として、0.3mg/kg/dayとした。
【0039】
前述のコントロール投与群及びRNH6270投与群について、7日間の投与終了後、各Wisterラットを解剖して、腎臓を摘出した。摘出した腎臓1gを10mlのTRIZOL液(インビトロジェン社製)に加え、ポリトロン破砕機の最大速度(100,000rpm)で1分間ホモジエナイズした。ホモジナイズした溶液に2倍量のクロロフォルム液を加えて攪拌後、遠心分離し、水相部分を別のチューブに移した。この水相に2倍量のイソプロピルアルコールを添加し、15000rpmで冷却遠心を行ってRNAを抽出した。抽出したRNAをテンプレートとし、SuperScriptIII RTS ファーストストランドcDNA合成キット(インビトロジェン社製)を用いてcDNA合成を行った。TaqMan Probe(アプライドバイオシステム社製)を用いて実施例4記載の方法と同様の方法で定量RT−PCRを行い、ラット腎臓細胞中のOATP−R遺伝子のmRNA発現量(GAPDHに対する相対発現量)を、各サンプル群についてN=5にて定量し、各サンプルごとにmRNA発現量の平均値を算出した。コントロールである0.5%NaHCO水溶液を用いた場合のラットOATP−R遺伝子のmRNA発現量を1として、各サンプルのmRNA発現量の平均値を補正し、相対mRNA量を算出した。これらの結果を図5に示す。図5から分かるように、RNH6270のOATP−R遺伝子発現増強活性は、インビボにおいても得られることが示された。
【実施例6】
【0040】
[RNH6270投与群のラットの血液の解析]
上記実施例5の結果から分かるように、ARBの1種であるRNH6270の投与によって、インビボにおいても、OATP−R遺伝子の発現が増強されることが示された。そこで、上記実施例5におけるRNH6270投与群及びコントロール群のラット(RNH6270又はコントロールの投与開始から7日間経過したラット)の血液を採取し、キャピラリー電気泳動質量分析装置(CE−MS)を用いてその血液を解析した。本発明者らの先願である特願2008−264675号にも示したように、OATP−Rはアニオンだけでなく、カチオンも輸送することを既に確認しているので、上記血液中のアニオン類とカチオン類の解析を行なった。カチオン類の解析結果を図6に、アニオン類の解析結果を図7に示す。なお、本明細書中における「カチオン類」には、塩基性条件下でカチオンとなる物質も含まれ、例えば、塩基性条件下でカチオンとなるアミノ酸類も含まれる。
【0041】
図6の結果から分かるように、RNH6270投与群の血液では、コントロール投与群の血液と比較して、メチオニン(methionine)、チロシン(tyrosine)、グルタチオン(酸化型)2価(glutathione (ox) divalent)、システイン−グルタチオン ジスルフィド(cysteine-glutathione disulphide)、及び、β−アラニン(bea-alanine)の濃度が低下していた。また、図7の結果から分かるように、RNH6270投与群の血液では、コントロール投与群の血液と比較して、フマル酸塩(fumarate)、コハク酸塩(succinate)、2−ヒドロキシペンタノエート(2-hydroxypentanoate)、2−オキソグルタレート(2-oxoglutarate)、シス−アコニット酸塩(cis-aconitate)、N−アセチルノイラミネート(N-acetylneuraminate)、グリコール酸塩(glycolate)、マレイン酸塩(malate)、グリセロリン酸塩(glycerophosphate)、安息香酸塩(benzoate)、トランス−アコニット酸塩(trans-aconitate)、3−ホスホグリセリン酸塩(3-phosphoglycerate)、糖酸塩(saccharate)、グリコール酸塩(glycocholate)の濃度が低下していた。
【0042】
図6及び図7の結果によると、RNH6270投与群においては、OATP−Rの各種基質の濃度が低下していた。すなわち、RNH6270投与によってOATP−Rタンパク質の発現がインビボで増強されており、その結果、その個体のOATP−Rの活性が上昇していることが示された。特に、腎不全物質であるトランス−アコニット酸塩は、TCAサイクル中における重要な酵素であるアコニターゼを抑制して、TCAサイクルを止め、クエン酸などのTCAサイクル代謝物の濃度を上昇させる。また、本願発明者らのこれまでの研究において、トランス−アコニターゼは血圧を上昇させ、腎尿細管での酸化ストレスを産生することが解明されている。腎不全ラットにARBを投与してトランス−アコニット酸塩の血中濃度が低下したことは、腎不全時の腎を含めた臓器の障害の軽減と、降圧(レニン−アンギオテンシン系に関しない降圧)をもたらすと考えられる。
【0043】
また、本発明者らは、RNH6270投与群の血液で濃度が低下していた前述の図7記載の物質の中に、トランス−アコニット酸塩にもTCAサイクルを構成する代謝物が多いことを見い出した。図8に、TCAサイクルを構成する代謝物と、その代謝物の図7における結果を示す。図8の結果から分かるように、RNH6270投与群では、TCAサイクルを構成する代謝物の濃度が、コントロール群と比較して低下している。このことから、RNH6270等のARBは、腎不全時に異常に上昇しているTCAサイクルの代謝物の濃度を低下させることによって、TCAサイクル代謝物の濃度を正常化する作用を有していることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、OATP−R遺伝子発現の増強や、TCAサイクル代謝物濃度の上昇抑制に関連する分野で好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンジオテンシンII受容体阻害物質(ARB)及び/又はグリタゾン系血糖降下物質を含有するOATP−R遺伝子発現増強組成物。
【請求項2】
ARBが、ロサルタン、カンデサルタン、カンデサルタン・シレキセチル、オルメサルタン、バルサルタン、イルベサルタン、エプロサルタン、テルミサルタン、EXP3174、及びRNH6270から選択されることを特徴とする請求項1に記載のOATP−R遺伝子発現増強組成物。
【請求項3】
グリタゾン系血糖降下物質が、ピオグリタゾン、トログリタゾン、ロシグリタゾン、及びマレイン酸ロシグリタゾンから選択されることを特徴とする請求項1又は2に記載のOATP−R遺伝子発現増強組成物。
【請求項4】
ARBが、RNH6270であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のOATP−R遺伝子発現増強組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のOATP−R遺伝子発現増強組成物を含有するTCAサイクル代謝物濃度上昇抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−63518(P2011−63518A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−212962(P2009−212962)
【出願日】平成21年9月15日(2009.9.15)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】