説明

Al合金鍛造製品の製造方法

【課題】生産性向上、コスト削減を図りつつ、高品質のAl合金鍛造製品を得る。
【解決手段】本発明の製法は、Fe:0.2〜0.35%、Cu:0.05〜0.20%、Mn:0.3〜0.6%、Mg:1.3〜2.0%、Zn:4.6〜5.1%、Si:0.30%未満、Zr:0.1%以上かつTiとの合計量で0.2%未満含有し、「[Ti質量%]/[Zr質量%]≧0.2」の関係を満たし、残部がAl及び不可避不純物からなる合金組成を有するAl合金鍛造素材を得る工程と、Al合金鍛造素材に対し、350〜500℃の温度で熱間鍛造を行った後、400〜500℃の温度で溶体化処理を行うことにより、Al合金鍛造製品を得る工程と、Al合金鍛造製品に対し、自然時効処理を行わずに、人工時効処理を行う工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鍛造加工によってAl合金製品を製造するためのAl合金鍛造製品の製造方法及びその関連技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高強度が必要なオートバイ部品を、アルミニウム(Al)合金の鍛造製品によって製造する技術が周知である。このような鍛造製品は、例えば下記特許文献1に示すようなAl−Zn−Mg系合金の鍛造素材を鍛造加工することによって製造されている。
【0003】
一般のAl−Zn−Mg系合金素材の鍛造加工においては下記特許文献1に示すように、耐応力腐食割れ性や引張強度を向上させるために、型成形後のT6熱処理工程で、100時間程度室温に保持する自然時効処理を行った後、人工時効処理を行うようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−168553
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来の鍛造加工方法においては、型成形後に長時間の自然時効処理を行うようにしているため、生産に要するサイクルタイムが長くなり、生産効率の低下及びコストの増大を来してしまう。また場合によっては、自然時効処理によるワークの保管期間が長くなることにより、結露等による腐食が生じて、製品の品質を低下させるという問題が発生する。
【0006】
この発明は、上記の課題に鑑みてなされたもので、生産効率の向上及びコストの削減を図りつつ、高品質のAl合金鍛造製品を得ることができるAl合金鍛造製品の製造方法及びその関連技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明は、以下の構成を備えている。
【0008】
[1]Fe:0.2〜0.35質量%、Cu:0.05〜0.20質量%、Mn:0.3〜0.6質量%、Mg:1.3〜2.0質量%、Zn:4.6〜5.1質量%、Si:0.30質量%未満、Zr:0.1質量%以上かつTiとの合計量で0.2質量%未満含有し、「[Ti質量%]/[Zr質量%]≧0.2」の関係を満たし、残部がAl及び不可避不純物からなる合金組成を有するAl合金鍛造素材を得る工程と、
前記Al合金鍛造素材に対し、350〜500℃の温度で熱間鍛造を行った後、400〜500℃の温度で溶体化処理を行うことにより、Al合金鍛造製品を得る工程と、
前記Al合金鍛造製品に対し、自然時効処理を行わずに、人工時効処理を行う工程と、を含むことを特徴とするAl合金鍛造製品の製造方法。
【0009】
[2]前記合金組成を有するAl合金溶湯を、連続鋳造して得られたAl合金鋳塊に対して均質化処理を施すことによって、Al合金鋳造部材を得る工程を更に含み、
前記Al合金鋳造部材を前記Al合金鍛造素材として用いるようにした前項1に記載のAl合金鍛造製品の製造方法。
【0010】
[3]前記人工時効処理として、90〜120℃の温度で2〜12時間保持した後、直ちに130〜170℃の温度で2〜12時間保持するようにした前項1または2に記載のAl合金鍛造製品の製造方法。
【0011】
[4]溶体化処理後のAl合金鍛造製品に対し、1時間以内に人工時効処理を行うようにした前項1〜3のいずれか1項に記載のAl合金鍛造製品の製造方法。
【0012】
[5]前項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法によって製造されたAl合金鍛造製品を、オートバイフレーム部品に仕上げるようにしたことを特徴とするオートバイフレーム部品の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
発明[1]のAl合金鍛造製品の製造方法によれば、生産効率の向上及びコストの削減を図りつつ、高品質のAl−Zn−Mg系合金鍛造製品を得ることができる。
【0014】
発明[2][3]のAl合金鍛造製品の製造方法によれば、上記の効果に加えてさらに、より一層確実に高強度溶接構造用に適したAl合金鍛造製品を得ることができる。
【0015】
なお、本発明において、「高強度溶接構造」とは、高強度が要求される溶接構造材に適した構造と言うことである。
【0016】
発明[4]のAl合金鍛造製品の製造方法によれば、生産効率をより一層向上させることができる。
【0017】
発明[5]のオートバイフレーム部品の製造方法によれば、生産効率の向上、コストの削減を図りつつ、高品質のオートバイフレーム部品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は実施例(対比例)及び比較例の各サンプルの合金組成におけるZr含有量とTi含有量との関係を示すグラフである。
【図2】図2は合金組成分析用のディスクサンプルを示す斜視図である。
【図3】図3はAl合金鍛造製品としてのオートバイフレームの一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本実施形態においては、Al合金鋳造部材を鍛造素材として、鍛造加工を行うようにしている。
【0020】
本実施形態における鍛造素材としてのAl合金鋳造部材は、特有の合金組成に規定される共に、金属組織において特有の晶出物の粒径及び分布状態に制御されている。
【0021】
このAl合金鋳造部材は、所定の組成を有するAl合金溶湯を、所定の条件下で連続鋳造することによってAl合金鋳塊を得、そのAl合金鋳塊に対し、所定の均質化処理を施すことによって得られるものである。
【0022】
まず始めにこのAl合金鋳造部材の構成について、その製造手順に従って詳細に説明する。
【0023】
本発明における鋳造素材としてのAl合金溶湯は、Feを0.2〜0.35質量%、Cuを0.05〜0.20質量%、Mnを0.3〜0.6質量%、Mgを1.3〜2.0質量%、Znを4.6〜5.1質量%、Siを0.30質量%未満、Zrを0.1質量%以上かつTiとの合計量で0.2質量%未満含有し、「[Ti質量%]/[Zr質量%]≧0.2」の関係を満たし、残部がAl及び不可避不純物からなる合金組成を有している。
【0024】
上記の合金組成のうち、Feは、鋳造時の鋳塊割れや溶接時の溶接割れを抑制し、粗大再結晶を抑制する元素であり、本発明においては、Feの含有率(濃度)を0.2〜0.35質量%に調整する必要がある。
【0025】
Feの含有率が0.2質量%未満では前記効果が小さく、0.35質量%を超えるとAl−Fe−Mn系の粗大晶出物が増加し、鍛造時の塑性加工性を阻害し、また、鍛造加工後の鍛造製品が最終的に車体等に組み付けられた際に、その鍛造製品(組付部品)における伸性(延性)、靭性、疲労強度及び衝撃特性が低下するので望ましくない。
【0026】
Cuは、アルミニウムマトリックスに固溶して、固溶体中の溶質の過飽和度を上げるなどして、強度を付与する元素であり、本発明においては、Cuの含有率(濃度)を0.05〜0.20質量%に調整する必要がある。
【0027】
Cuの含有量が0.05質量%未満では、十分な強度向上効果が得られず、0.20質量%を超えると、強度は向上するが耐応力腐食割れ性が著しく低下し、溶接割れを発生させる危険性も生じるので望ましくない。
【0028】
Mnは、粗大再結晶を抑制する元素であり、本発明においては、Mnの含有率(濃度)を0.3〜0.6質量%に調整する必要がある。
【0029】
Mnの含有率が0.3質量%未満では前記効果が小さく、0.6質量%を超えるとAl−Fe−Mn系の粗大晶出物が増加し、鍛造時の塑性加工性を阻害し、また、鍛造加工後の鍛造製品が、最終的に車体等に組み付けられた際に、その鍛造製品(組付部品)における伸性、靭性、疲労強度が低下するので望ましくない。
【0030】
Mgは、Znと共存することにより、MgZn2金属間化合物(η相)を析出させて機械的強度を向上させる元素である。本発明においては、Mgの含有率(濃度)を1.3〜2.0質量%に調整する必要がある。
【0031】
Mgの含有率が1.3質量%未満の場合には前記効果が小さく、2.0質量%を超える場合には応力腐食割れ性や焼入れ感受性が低下するので望ましくない。
【0032】
Znは、上記したように、Mgと共存することによりMgZn2金属間化合物(η相)を析出させて機械的強度を向上させる元素である。本発明においては、Znの含有率(濃度)を4.6〜5.1質量%に調整する必要がある。
【0033】
Znの濃度が4.6質量%未満の場合には前記効果が小さく、5.1質量%を超える場合には応力腐食割れ性や焼入れ感受性が低下するので望ましくない。
【0034】
Siの含有率は、0.30質量%を超えない量に調整する必要がある。すなわちSi含有量が多すぎると、製品における延性、靱性、疲労強度及びw衝撃性が低下するので望ましくない。その上さらに、Siの含有率が多くなると、Mgと反応し、時効析出挙動が変化し、熱処理時の自然時効が必要となるので好ましくない。
【0035】
Zrは、粗大再結晶を抑制し、溶接部の結晶粒微細化を促進する元素であり、本発明においては、Zrの含有率(濃度)を0.1質量%以上に調整し、かつ「TiとZrとの添加量(含有率)合計が0.2質量%を超えないように調整する必要がある。
【0036】
Zrの濃度が0.1質量%未満では前記効果が小さい。またZrを大量に添加すると、鋳造時の結晶粒微細化のために添加されるTiB2のBと反応して、ZrB2を生成し、結晶粒微細化を阻害する。このため、TiB2を大量に添加する必要が生じる。しかし、TiB2及びZrB2は硬質粒子であるため、鍛造加工後の鍛造製品に対し切削加工を行う際に、その切削加工時のバイト寿命を短くするため、あまり大量の添加は望ましくない。そこで、Zrの添加量(濃度)としては、上記したように、0.1質量%以上に調整し、かつTiとZrとの添加量合計を0.2質量%未満に調整する必要がある。
【0037】
なお本発明において、より好ましくは、Tiの添加量を0.03〜0.05質量%、Zrの添加量を0.10〜0.15質量%に設定するのが良い。
【0038】
更に本発明のAl合金組成では、TiとZrとの間において、「[Ti質量%]/[Zr質量%]≧0.2」の関係を満足させる必要がある。
【0039】
すなわち、Zrは前述したように、鋳造時の結晶粒微細化のために添加されるTiB2のBと反応して、ZrB2を生成し、結晶粒微細化を阻害する。そのため、Zr添加量に対するTiB2添加量が少ないと、鋳造時の結晶粒が粗くなり、機械的強度及び伸び(延び)の低下を生じ、更には、鋳造時に鋳塊の割れを生じるため、Ti及びZrの質量比(Ti質量%/Zr質量%)が0.2以上となるように、TiB2及びZrの添加量を制御する必要がある。
【0040】
また本発明のAl合金組成では、SiとMgとの間において、「[Si質量%]≦0.2×[Mg質量%]−0.1」の関係を満足させるのが好ましい。
【0041】
すなわちSiは不純物として含有される元素であり、Siの含有量が多過ぎる場合、鍛造加工後の鍛造製品における伸性、靭性、疲労強度が低下するおそれがある。そればかりか、Si含有量が多過ぎる場合、Mgと反応し、時効析出挙動が変化し、熱処理時の自然時効が必要となるので望ましくない。これらの挙動は、Siの単独の働きだけではなく、Mg量とも関連があるため、上記したように[Si質量%]≦0.2×[Mg質量%]−0.1となるようにSi含有量を制御するのが好ましい。
【0042】
本実施形態においては、以上の合金組成を有するAl合金溶湯を、連続鋳造することによってAl合金鋳塊を得るものである。
【0043】
さらに本実施形態においては、上記のAl合金鋳塊に対して均質化処理を行って、Al合金鋳造部材を得るものである。
【0044】
こうして得られたAl合金鋳造部材は、鍛造素材として用いられる。すなわち上記Al合金鋳造部材としての鍛造素材を、350〜500℃の温度条件で、熱間鍛造することによって、Al合金鍛造製品を製造するものである。
【0045】
ここで、熱間鍛造時の温度が350℃より低い場合には、鍛造時の塑性加工性が悪化し、所望する形状の鍛造製品が得られないばかりか、金型の破損、鍛造製品の割れを生じる原因となる。また熱間鍛造時の温度が500℃よりも高い場合には、共晶融解により、鍛造製品の表面付近に穴欠陥が生じたり、融点が低い金属の凝集が生じるおそれがある。従って本発明においては、熱間鍛造時の温度条件を、350〜500℃に調整するのが望ましい。
【0046】
また本発明においては、上記ように得られたAl合金鍛造製品に対し、400〜500℃で溶体化処理を行うことによって、鍛造製品の機械的強度をより一層向上させることができる。
【0047】
この溶体化処理において、処理温度が400℃よりも低い場合、析出強化元素の固溶量が少なくなるため、その後の人工時効処理での析出量が少なくなり、十分な機械的強度が得られなくなるおそれがある。また処理温度が500℃よりも高い場合には、共晶融解により、鍛造製品の表面付近に穴欠陥及び融点が低い金属の凝集が生じるおそれがある。
【0048】
本発明において、溶体化処理を行ったAl合金鍛造製品は、自然時効処理を行わずに、人工時効処理を行うものである。
【0049】
ここで本発明における時効処理は、自然時効処理と、人工時効処理とに大別される。
【0050】
自然時効処理は、溶体化処理後、製品を室温で放置し、低温で時効を進行させるというような処理であり、具体的には、室温(0〜50℃程度)で24〜72時間保持するような処理である。
【0051】
これに対し、人工時効処理は、人工時効処理は、溶体化処理後、製品を熱処理炉に投入し、高温で時効を進行させる処理である。具体的には、鍛造製品に対し、温度を室温から1時間かけて100℃まで上昇させて6時間保持する。その後、温度を100℃から1時間かけて150℃まで上昇させて、8時間保持した後、空冷によって室温まで温度を低下させるように処理するものである。
【0052】
また本発明において、Al合金鍛造製品は、生産性の向上、コストの削減及び品質の向上を図るために、溶体化処理後、長時間放置せずに、直ちに次の処理(人工時効処理)を行うのが好ましい。具体的には、Al合金鍛造製品に対し、溶体化処理後、1時間以内、望ましくは、溶体化処理直後に、人工時効処理を行うのが好ましい。
【0053】
本発明においては、この人工時効処理を行うことによって、伸性、靭性、疲労強度及び衝撃特性を十分に向上させることができ、所望の機械的強度を備えた高品質の鍛造製品を確実に得ることができる。
【0054】
以上説明したように、本発明のAl合金鍛造製品の製造方法によれば、鍛造加工の型成形後に溶体化処理を行った後、自然時効処理を行わずに、直ちに人工時効処理を行うものであるため、生産効率の向上及びコストの削減を図ることができる。
【0055】
また、本発明の製法により得られたAl合金鍛造製品は、後述の実施例からも明らかなように、割れや穴欠陥、粗大な再結晶等の不具合が発生するのを防止できるとともに、十分な引張強度及び破断伸び性を有し、優れた性質を備えるものである。更に自然時効により鍛造製品が長時間放置されることもないため、その長時間の放置に起因して、結露等による腐食が生じるのを確実に防止でき、高い製品品質を維持することができる。
【0056】
また本発明の製法により得られたAl合金鍛造製品は、上記したような優れた機械的特性を備えるものであるため、車両用フレーム部品等の高強度溶接構造用の部品として好適に使用することができる。例えば本発明による鍛造製品は図3に示すように、端部にシャフト(2)が挿入固定されるオートバイフレーム(1)として利用することができる。
【実施例】
【0057】
【表1】

【0058】
次に表1及び図1を参照しつつ、本発明の実施例及び比較例について詳細に説明する。
【0059】
なお図1は実施例及び比較例の各サンプルの合金組成におけるZr含有量とTi含有量との関係を示すグラフである。同グラフにおいて、「実」は実施例、「比」は比較例、丸数字は実施例及び比較例の各番号を示し、実施例は「○」印、比較例は「×」印で示している。更に同グラフにおいて、線分(A1)は「Zr質量%=0.1質量%」、線分(A2)は「[Ti質量%]+[Zr質量%]=0.2質量%」、線分(A3)は「[Ti質量%]/[Zr質量%]=0.2」で特定される線分をそれぞれ示す。従ってこれらの線分(A1)〜(A3)で囲まれる領域が、ZrとTiの関係の基で本発明の要旨に相当する部分である。更に図1において破線で囲まれる領域は、本発明の好適範囲である。
【0060】
<実施例1〜6>
表1及び図1に示すように、実施例1〜6の各サンプルを作製するために、各サンプルに対応する組成のAl合金を溶解し、各サンプルに対応するAl合金溶湯を準備した。
【0061】
こうして得られた各Al合金溶湯を金型に鋳込んで、図4に示すような形状のディスクサンプル(3)を採取し、JIS H 1305に記載の発光分光分析により分析した。
【0062】
なおディスクサンプル(3)の各種サイズ(s1)〜(s6)は次の通りである。すなわちs1が18mm、s2が30mm、s3が50mm、s4が35mm、s5が5mm、s6が5mmである。
【0063】
分析の結果、表1に示す目標成分値の各サンプルが得られたことを確認した後、各サンプルに対応するAl合金溶湯に対し、気体加圧式ホットトップ鋳造機を用いて、連続鋳造を行い、各サンプルに対応する直径55mmの丸棒状のAl合金鋳造部材(鋳塊)を作製した。その後、連続鋳造部材を定尺に切断し、460℃で7時間の均質化処理を施した。
【0064】
更に均質化処理後の連続鋳造丸棒を直径50mmに外周切削して、60mmの長さに切断して鍛造素材とした。そしてその鍛造素材を、450℃で予備加熱した後、丸棒側面方向から厚さ10mmに据え込んだ。その後、その据込品(Al合金鍛造製品)に460℃で溶体化処理を施した。溶体化処理の後、各据込品に対し、自然時効を行わずに直ちに人工時効処理を行った。人工時効処理としては、110℃で6時間保持後、連続して昇温し、150℃で8時間保持した。
【0065】
<実施例1〜7の対比例(自然時効有)>
Al合金鍛造製品(据込品)に対し、溶体化処理を行った後、人工時効処理を行う前に、室温(25℃)で100Hr保持する自然時効を行った以外は、上記実施例と同様にして、対比例1〜6の鍛造製品サンプルを得た。
【0066】
<比較例1〜16>
上記実施例と同様にして、表1に示すように、各比較例に対応する合金組成のAl合金鋳造部材としての鍛造素材をを作製した。
【0067】
さらにその鍛造素材を、表1に示す条件で予備加熱した後、丸棒側面方向から厚さ10mmに据え込んだ。続けて、その据込品(鍛造製品)に表1に示す条件で溶体化処理を施した。
【0068】
その後、その据込品に対し、上記と同様の自然時効を行った後、もしくは自然時効を行わずに直ちに、上記と同様の人工時効処理を行った。
【0069】
<評価>
【0070】
【表2】

【0071】
表2に示すように、得られた試料(サンプル)を、溶剤除去性浸透探傷試験(カラーチェック)により試料表面の割れ及び穴欠陥の有無を確認した後、試料を切断し、断面を研磨した。その後、研磨した試料をエッチングし、光路に偏光ガラスを挿入した金属顕微鏡にて観察し、表面及び内部における粗大再結晶の有無を確認した。
【0072】
なお、結晶粒径の測定は、光学顕微鏡写真上で切片法によって求め、500μm以上の結晶粒がある場合について、粗大再結晶粒「有り」と判断し、それ以外の場合を粗大再結晶粒「無し」と判断した。
【0073】
また、顕微鏡観察の際には、切削性を悪化させるTi系の金属間化合物がないかどうかについても確認した。
【0074】
更に、元々の素材長手方向に平行な方向からJIS14A比例試験片を採取し、引張強度、0.2%耐力、破断伸びを測定した。
【0075】
また据込品から、2mm×4.3mm×42.4mmの試験片を切り出し、4.3mm×42.4mmの面の中央部に、3点曲げ治具を用いて耐力の70%に相当する応力を負荷した。負荷の際には、試験片と治具との間は電気的に絶縁した。腐食液として、純水1リットル当り、酸化クロム(IV)36g、二クロム酸カリウム30g、塩化ナトリウム3
gを溶解させ、95〜100℃に保持した溶液を用意した。応力を負荷した試験片をこの腐食液中に16時間浸漬した後に、試験片を外観観察し、割れが発生しているかどうかについて確認した。
【0076】
なお、表2においては、データの比較を容易に行えるように、実施例1〜7のサンプルと、対比例1〜7のサンプル(自然時効を行った以外は実施例1〜7と同様のもの)とを同行に記載している。すなわち「実施例/対比例」の各行において、「自然時効無[B]」の列には、実施例サンプルの物性値(引張強度、0.2%耐力、破断伸び)が記載され、「自然時効有[A]」の列には、対比例サンプルの物性値(引張強度、0.2%耐力、破断伸び)がそれぞれ記載されている。さらに「割れ、穴欠陥の有無」「粗大再結晶の有無」「応力腐食割れの有無」の各評価については、実施例のものも、対比例のものも同じ評価結果となるため、列を分けずに同列に記載している。
【0077】
また各比較例1〜16において、物性値(引張強度、0.2%耐力、破断伸び)については、自然時効を行ったもの(「自然時効有[A]」)と、自然時効を行わなかったもの(「自然時効無[B]」)との各2種類のサンプルに対する評価結果がそれぞれ記載されている。さらに「割れ、穴欠陥の有無」「粗大再結晶の有無」「応力腐食割れの有無」の各評価については、自然時効の有無にかかわらず、同じ評価結果となるため、列を分けずに同列に記載している。
【0078】
<結果>
本発明の要件を全て満たしている実施例1〜6については、試料に割れ及び穴欠陥は発生せず、表面及び内部に粗大な再結晶は認められなかった。更に実施例1〜7は、引張強度、0.2%耐力、破断伸びがそれぞれ優れており、優れた物性(特性)を備えるものであった。なおこれらの物性の良否を判断するに際しては、引張強度が400MPa以上、0.2%耐力が350MPa以上、伸びが10%以上のものを「優れている」と評価した。
【0079】
自然時効を行わない場合(実施例[B])に対し、自然時効を行った場合(対比例[A])における各特性値の低下率([A]/[B])に関しても、実施例1〜7のものは、対比例に対しても遜色がなく、優れた評価が得られた。
【0080】
なお本実施例においては、自然時効有無による物性値低下率の良否を判断するに際しては、低下率が1.05以下のものを「優れている」と評価した。
【0081】
比較例1のものは、Mg含有量が少ないため、自然時効の有無にかかわらず、引張強度、0.2%耐力が不十分であった。また自然時効を省略したものでは、引張強度及び0.2%耐力等の特性が低下していた。
【0082】
比較例2のものは、Mg及びZnの含有量が少ないため、自然時効を省略したものでは、引張強度及び0.2%耐力等の特定が低下していた。
【0083】
比較例3のものは、Fe、Mn及びZrの含有量が少ないため、自然時効の有無にかかわらず、加工ひずみが溶体化により開放される際に、表面及び内部に粗大再結晶を生じた。また、この粗大再結晶により引張特性、特に伸びが大幅に低下していた。
【0084】
比較例4のものは、Ti−B添加量が少なく、結果的にTi含有量が少ないため、鋳造時に結晶粒が微細化できず、鋳塊割れを生じた。
【0085】
比較例5のものは、Cu、Mg及びZn添加量が少ないため、自然時効の有無にかかわらず、引張強度及び0.2%耐力等の物性が低下していた。
【0086】
比較例6のものは、Mg含有量及びSi含有量がいずれも多すぎるため、引張強度及び0.2%耐力は優れているものの、自然時効を省略したものでは特性が低下していた。
【0087】
比較例7のものは、Mg含有量が多すぎるため、伸びが大きく低下していた。
【0088】
比較例8のものは、Zn含有量が少ないため、主要強化成分の析出強化が十分に行われず、引張強度及び0.2%耐力が低下していた。
【0089】
比較例9のもは、Zn含有量が多すぎたため、アルミニウムよりも卑な金属間化合物が粒界に多量に連続析出し、この粒界に沿って応力腐食割れが生じた。
【0090】
比較例10のものは、Mg含有量が多すぎたため、アルミニウムよりも卑な金属間化合物が粒界に多量に連続析出し、この粒界に沿って応力腐食割れが生じた。
【0091】
比較例11のものは、[Zr量]+[Ti量]が0.2質量%以上であるため、光学顕微鏡観察にて、機械加工の際に刃具の摩耗やバリの発生の原因となるTi系の金属間化合物が多数観察された。
【0092】
比較例12のものは、鍛造温度が低すぎため、伸び不足による限界割れを生じた。
【0093】
比較例13のものは、鍛造温度が高すぎたため、熱間脆化による粒界割れを生じた。
【0094】
比較例14のものは、溶体化温度が低すぎたため、析出強化元素の固溶が十分に行われず、析出量が不足したため、引張強度、0.2%耐力が低下していた。
【0095】
比較例15のものは、溶体化温度温度が高すぎたため、共晶融解を生じ、試料の表面に穴欠陥を生じた。
【0096】
以上の実施例から明らかように、本発明によれば、自然時効を行わずとも、引張強度、0.2%耐力、破断伸び等の各種物性に優れたAl−Zn−Mg系鍛造製品を得ることができ、高品質のAl合金鍛造製品を効率良く安価に製造することができる。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明のAl合金鍛造製品の製造方法は、高品質のAl鍛造製品を製造するための鍛造加工技術に適用可能である。
【符号の説明】
【0098】
1:オートバイフレーム(鍛造製品)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe:0.2〜0.35質量%、Cu:0.05〜0.20質量%、Mn:0.3〜0.6質量%、Mg:1.3〜2.0質量%、Zn:4.6〜5.1質量%、Si:0.30質量%未満、Zr:0.1質量%以上かつTiとの合計量で0.2質量%未満含有し、「[Ti質量%]/[Zr質量%]≧0.2」の関係を満たし、残部がAl及び不可避不純物からなる合金組成を有するAl合金鍛造素材を得る工程と、
前記Al合金鍛造素材に対し、350〜500℃の温度で熱間鍛造を行った後、400〜500℃の温度で溶体化処理を行うことにより、Al合金鍛造製品を得る工程と、
前記Al合金鍛造製品に対し、自然時効処理を行わずに、人工時効処理を行う工程と、を含むことを特徴とするAl合金鍛造製品の製造方法。
【請求項2】
前記合金組成を有するAl合金溶湯を、連続鋳造して得られたAl合金鋳塊に対して均質化処理を施すことによって、Al合金鋳造部材を得る工程を更に含み、
前記Al合金鋳造部材を前記Al合金鍛造素材として用いるようにした請求項1に記載のAl合金鍛造製品の製造方法。
【請求項3】
前記人工時効処理として、90〜120℃の温度で2〜12時間保持した後、直ちに130〜170℃の温度で2〜12時間保持するようにした請求項1または2に記載のAl合金鍛造製品の製造方法。
【請求項4】
溶体化処理後のAl合金鍛造製品に対し、1時間以内に人工時効処理を行うようにした請求項1〜3のいずれか1項に記載のAl合金鍛造製品の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法によって製造されたAl合金鍛造製品を、オートバイフレーム部品に仕上げるようにしたことを特徴とするオートバイフレーム部品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−261061(P2010−261061A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−111079(P2009−111079)
【出願日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年4月21日社団法人軽金属学会発行の「第116回春期大会講演概要集」に発表
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【Fターム(参考)】