説明

C12A7エレクトライドからなる導電性素子材料表面に対するオーミック接合形成方法

【課題】冷電子放出源や有機EL等の素子へC12A7エレクトライドを応用するために
、大気中でも界面が劣化することが少ない、オーミック表面を形成すること。
【解決手段】12CaO・7Alエレクトライドを導電性素子材料として、その表
面に金属を蒸着してオーミック接合を形成する方法において、該素子材料表面をリン酸処
理して改質した後、該素子材料表面に金属を蒸着することによって、該素子材料表面と該
金属との界面の接触抵抗を0.5Ω・cm未満とすることを特徴とするC12A7エレ
クトライドからなる導電性素子材料表面に対するオーミック接合形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、12CaO・7Al(以下、「C12A7」と記す)エレクトライドか
らなる導電性素子材料表面と蒸着金属とのオーミック接合の形成方法に関するものである

【背景技術】
【0002】
C12A7化合物は、結晶中のケージに包接された酸素イオン(「自由酸素イオン」と呼
ぶ)を還元処理することにより電子に置換することができる。該電子は、ケージ間を移動
するために、還元処理によりC12A7に電気伝導性を賦与することができる。電子含有
量が約1×1021cm−3を超えるC12A7では、その電気抵抗は温度の上昇ととも
に減少する金属型電気伝導となる(非特許文献1)。本明細書において、包接された酸素
イオンを、電子で部分的(1×1019個電子cm−3超2.3×1021個電子cm
未満)又は完全(2.3×1021個電子cm−3)に置換した化合物をC12A7エ
レクトライド(C12A7:e)と定義する。
【0003】
本発明者らは、単結晶や微粉末の静水圧プレス成形体をアルカリ金属又はアルカリ土類金
属蒸気中で700℃程度に保持する等の方法でC12A7に電気伝導性を賦与する方法と
該方法で得られた電子放出材料の発明について特許出願した(特許文献1)。また、原料
を溶融した後ガラス相状態の形成温度まで急冷する方法で電気伝導性C12A7結晶を製
造する方法の発明について特許出願した(特許文献2)。また、原料物質を溶融し、酸素
分圧10Pa以下の低酸素分圧の雰囲気中に保持した後、冷却凝固して導電性マイエナイ
ト型化合物を製造する方法の発明について特許出願した(特許文献3)。さらに、チタン
金属蒸気中でC12A7化合物を処理して室温での電気伝導度が5×10S/cmを超
えるC12A7エレクトライドを製造する方法と該方法で得られた電子放出材料の発明に
ついて特許出願した(特許文献4)。
【0004】
C12A7エレクトライドは、常温常圧で安定な物質であり、2.4eVという極めて小
さい仕事関数もつことから、FEDの冷電子放出源(非特許文献2)、PDPの2次電子
放出源、有機EL素子のための電子注入電極(非特許文献3)、熱電子発電素子(特許文
献5、6)等としての応用が期待されている。
【0005】
これらの素子材料では、通常、その表面に真空蒸着により金属層を蒸着させて電極を形成
している。しかし、C12A7エレクトライドからなる素子材料表面に対向する金属電極
を蒸着させ、該素子材料と電極間に電圧を印加した場合には、10Ω・cm2以上の高い
接触抵抗が観測されるのみならず、そこを流れる電流の増加は印加した電圧の大きさに対
して非線形となる。すなわち、金属型伝導を示すC12A7エレクトライドを導電性素子
材料とする場合に、オーミック電極を作成するのが困難であった(以下、オーミック電極
が作成可能な表面を「オーミック表面」と呼ぶ。)。金属状態のC12A7エレクトライ
ドと金属との単純な界面(金属−金属接合)は、理論的には、オーミック接触になるはず
である。オーミック表面が得られない原因は、C12A7エレクトライド表面に電気絶縁
層が存在するためと考えられる(非特許文献4)。
【0006】
【特許文献1】再表2005−000741号公報
【特許文献2】特開2005−314196号公報
【特許文献3】再表2005−077859号公報
【特許文献4】WO2007/060890
【特許文献5】特開2007−037319号公報
【特許文献6】特開2007−346326号公報
【非特許文献1】S.Matsuishi, et al.,Science,301,626-629,(2003)
【非特許文献2】Y.Toda et al.,Adv.Mater.,16,pp.685-689,(2004)
【非特許文献3】宮川 仁 他、表面科学 Vol.29,No.1,pp.2-9,2008
【非特許文献4】T. Kamiya, S. Aiba, M. Miyakawa, K. Nomura, S. Matsuishi, K. Hayashi, K. Ueda, M. Hirano and H. Hosono: Field-Induced Current Modulation in Nanoporous Semiconductor, Electron-Doped 12CaO・7Al2O3; Chem. Mater., 17, 6311-6316, (2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
C12A7エレクトライド層にオーミック表面電極を実現するために、表面を活性化する
手段としては、超高真空中で600〜900℃に加熱する方法、オゾン雰囲気中での紫外
線照射方法、アルゴンプラズマ照射方法などの物理的方法が考えられるが、大気中で長期
にオーミック表面を維持するのは困難である。
【0008】
冷電子放出源や有機EL等の素子では、素子の動作に電流の注入が必要であり、素子材料
の界面に高抵抗の非オーミック接触が存在する場合、動作電圧の増大をもたらし、結果と
して、素子の低寿命化、消費電力の増大につながる。また、素子を長期間大気中で使用中
に特に、大気中の水分の影響により界面が劣化し、接触抵抗が増大することもある。それ
故、これらの素子へC12A7エレクトライドを応用するためには大気中でも界面が劣化
することが少ない、表面改質されたオーミック表面を形成することが課題になっている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、発明者らは、鋭意研究の結果、第1に、リン酸水溶液にC12A7エレクトライ
ドを浸漬して表面改質処理する(以下、「リン酸処理」と呼ぶ)と、低抵抗のオーミック
表面が得られることを見いだした。リン酸処理後のC12A7エレクトライド表面に金(
Au)電極を蒸着すると、0.2Ω・cm2以下の低い接触抵抗を示すオーミック接触が得
られた。これは、リン酸処理により、C12A7エレクトライド表面の高抵抗層が取り除
かれ、本来の電気伝導性C12A7エレクトライド表面と金属の直接的な接合が得られた
ためである。接触抵抗の低下は金電極を他の金属、例えば、白金、In−Ga合金に代え
ても同様に見られた。
【0010】
第2に、リン酸処理後の表面は単に金属電極との接触抵抗が低くなるのみならず、耐水性
を有するように表面改質され、リン酸処理後のC12A7エレクトライドは水に不溶とな
ることを見いだした。これは、セメント原料のC12A7が、水に容易に水和・溶解する
のとは対照的である。この表面改質は、リン酸処理により、C12A7エレクトライド表
面の高抵抗層が除去されるだけでなく、該表面がリン酸イオン(PO43-)によって化学修飾
され、空気中の酸素や水分との反応が抑制されると考えられる。このような表面改質反応
は、前述の物理的活性化方法では生じない反応である。
【0011】
リン酸自体は電子伝導性を持たないが、リン酸基による修飾は該表面のごく薄い領域に限
られるため、C12A7エレクトライドの電子伝導性を阻害することはない。1段階の高
濃度のリン酸水溶液への浸漬処理によって高抵抗層の除去とリン酸基による修飾が同時に
生じるが、再度低濃度のリン酸水溶液へ浸漬することによってリン酸基による修飾のみを
付加してもよい。
【0012】
すなわち、本発明は、(1)12CaO・7Alエレクトライドを導電性素子材料
として、その表面に金属を蒸着してオーミック接合を形成する方法において、
該素子材料表面をリン酸処理して改質した後、該素子材料表面に金属を蒸着することによ
って、該素子材料表面と該金属との界面の接触抵抗を0.5Ω・cm未満とすることを
特徴とするC12A7エレクトライドからなる導電性素子材料表面に対するオーミック接
合形成方法、である。
【0013】
また、本発明は、(2)リン酸濃度50重量%〜90重量%の水溶液に浸漬することによ
ってリン酸処理することを特徴とする上記(1)のオーミック接合形成方法、である。
【0014】
さらに、本発明は、(3)上記(2)のリン酸処理の後、さらにリン酸濃度3重量%〜1
0重量%の水溶液に浸漬することによってリン酸処理することを特徴とする上記(1)の
オーミック接合形成方法、である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法により、C12A7エレクトライドを導電性素子材料として用いる素子に、
接触抵抗の小さいオーミック接合を形成することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
C12A7エレクトライドを電子放出源に使うには、C12A7エレクトライドの単結晶
をそのまま電極にする方法や、C12A7エレクトライドの微結晶を金属中に分散させて
電極にする方法などがある。また、支持部材の表面に形成して電子注入材料やコレクタ材
料として用いるには、PLD法やCVD法によるC12A7エレクトライドの蒸着、C1
2A7エレクトライドの微結晶を溶かした溶媒を支持部材の表面に塗布して乾燥させた後
に熱処理や機械的処理を施す方法、エアロゾルデポジション法により支持部材の表面にC
12A7エレクトライドの微結晶を散布した後に熱処理や機械的処理を施す方法、及びC
12A7エレクトライドの結晶を微粉末にして支持部材に焼結させる方法などがある。
【0017】
C12A7エレクトライドを浸漬するリン酸水溶液は、リン酸(H3PO4)、亜リン酸(
3PO3)、次亜リン酸(H3PO2)、メタリン酸(HPO3)、またはこれらのNa、
K、NH4塩であるリン酸化合物の中から選択される1または2以上のリン酸水溶液を用
いることができる。その濃度は、処理温度、処理時間との関係で好ましい濃度を適宜選択
することができるが、50〜90重量%程度の高濃度が好ましい。90重量%を超えても
処理時間の短縮効果は少ない。
【0018】
上記リン酸水溶液の温度は室温以上100℃未満でよい。加温すれば表面反応は促進され
る。室温で表面改質処理する場合は、処理時間の観点からはリン酸水溶液の濃度はより好
ましくは70〜90重量%程度である。
【0019】
上記リン酸水溶液への浸漬時間は、3秒〜30秒程度が好ましい。3秒未満では表面改質
処理の操作性が良くない。30秒を超えると表面層が過剰に溶解除去されるのでC12A
7エレクトライドの薄い層を使用する場合には好ましくない。リン酸水溶液への浸漬した
後、取り出してエタノール等のアルコール液に浸してから取り出し、C12A7エレクト
ライド表面から余剰のリン酸水溶液を取り除いて乾燥する。
【0020】
上記の表面改質処理により高抵抗層が溶解除去されるとともに表面にリン酸基(PO)が
吸着し、修飾されると考えられる。このリン酸基による修飾は該表面のごく薄い領域に限
られる。また、ごく表面は水に不溶なリン酸アルミニウム(AlPOなど)に近い組成
の耐水性層になっていると考えられる。
【0021】
特に、接合界面に耐水性を付与する場合には、上記リン酸水溶液への浸漬による表面改質
処理の後、さらに低濃度、好ましくは3〜10重量%程度のリン酸水溶液へ短時間浸漬し
て、表面に水に不溶なリン酸アルミニウム(AlPOなど)に近い組成の耐水性層を形
成することが好ましい。
【0022】
上記リン酸水溶液への浸漬によるC12A7エレクトライドの表面改質処理により、C1
2A7エレクトライドを導電性素子材料として、その表面に金属を蒸着した場合、界面の
接触抵抗が0.5Ω・cm未満のオーミック接合を形成することができる。また、接合
界面における電気抵抗の増加率を100%/日未満とすることができる。
【実施例1】
【0023】
CZ法で製造したC12A7単結晶を母結晶とし、チタン金属片とともに、シリカガラス
管中に真空封入し、1000℃、10時間焼成し、電気伝導性を付与したC12A7エレ
クトライドを製造した。このC12A7エレクトライドの電気伝導度は1000S・cm
−1、体積抵抗は0.05 Ωであった。このC12A7エレクトライドを1×1×5m
の小片に切り出した。この小片を85重量%リン酸水溶液に室温で10秒間浸漬した
後取り出した。その後、エタノールに浸すことでC12A7エレクトライド単結晶表面か
ら余剰のリン酸水溶液を取り除き大気中で自然乾燥した。
【0024】
リン酸処理した小片を真空蒸着装置内に入れて、その端面(1×1mm)に金電極を500
nm蒸着して接合を形成した。図1(a)に、測定したリン酸処理前及び処理後のC12A7
エレクトライド単結晶と金電極の間の電圧-電流特性(印加電圧―2〜2V )を示す。処
理前の試料では、電流が電圧に比例せず非線形となる非オーミック性を示し、1V印加時
の接触抵抗の値は12kΩ・cmと大きい。リン酸処理後の試料では電流が電圧に比例
するオーミック性を示し、1V印加時の抵抗値は12Ω・cmにまで低減された。
【0025】
オーミック表面の持続性を検証するために、金電極を形成した1週間後に測定した電圧-電
流特性を図1(b)示す。処理前の試料では、1V印加時の接触抵抗値が170kΩ・cm
なり、オーミック性が見られないばかりか、金電極−C12A7エレクトライド間の電気
的接触の劣化が見られたが、リン酸処理後の試料では、依然、オーミック接触が得られ、
接触抵抗値の変化も見られなかった。
【実施例2】
【0026】
実施例1の方法において、85重量%リン酸水溶液から取り出し、小片を4重量%リン酸
水溶液に5秒浸漬し、取り出し大気中で自然乾燥した以外は実施例1と同じ方法で接合を
形成した。測定したC12A7エレクトライド単結晶と金電極の間の電圧-電流特性は実
施例1とほぼ同じであった。
【0027】
接合前に小片の表面の組成の分析を行うために、X線光電子分光(XPS)スペクトルを測
定した。図2に結果を示す。アルミニウムのピーク(Al2s及びAl2p)のピーク強
度を基準とすると、リン酸処理後、リン(P2s、P2p)及び酸素(O1s)のピーク
強度が増加していることがわかる。これは、リン酸基(PO)がC12A7表面に吸着し
ていることを示す。一方、Ca (Ca2p、Ca2s)のピーク強度に若干(〜15%
)の減少が見られることから、ごく表面は水に不溶なリン酸アルミニウム(AlPO
ど)に近い組成になっていると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の方法により接触抵抗の小さいオーミック接合を形成することが可能となったので
、FEDの冷電子放出源、PDPの2次電子放出源、有機EL素子のための電子注入電極
、熱電子発電素子等としてのC12A7エレクトライドの応用が促進される。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】リン酸処理を施さない場合及び施した場合のC12A7エレクトライド単結晶と金電極の間の電圧−電流特性を示すグラフ((a)金電極取り付け直後。(b)金電極取り付け1週間後)。
【図2】リン酸処理を施さないC12A7エレクトライド単結晶の場合、及び低濃度リン酸水溶液によるリン酸処理を施した場合のC12A7エレクトライド単結晶のX線光電子分光(XPS)スペクトル(点線:処理前、実線:処理後)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
12CaO・7Alエレクトライドを導電性素子材料として、その表面に金属を蒸
着してオーミック接合を形成する方法において、
該素子材料表面をリン酸処理して改質した後、該素子材料表面に金属を蒸着することによ
って、該素子材料表面と該金属との界面の接触抵抗を0.5Ω・cm未満とすることを
特徴とするC12A7エレクトライドからなる導電性素子材料表面に対するオーミック接
合形成方法。
【請求項2】
リン酸濃度50重量%〜90重量%の水溶液に浸漬することによってリン酸処理すること
を特徴とする請求項1記載のオーミック接合形成方法。
【請求項3】
請求項2記載のリン酸処理の後、さらにリン酸濃度3重量%〜10重量%の水溶液に浸漬
することによってリン酸処理することを特徴とする請求項1記載のオーミック接合形成方
法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−45228(P2010−45228A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−208753(P2008−208753)
【出願日】平成20年8月13日(2008.8.13)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】