COシフト触媒
【課題】従来の粉末状のCOシフト触媒では使用できなかった部位に使用することができる板状合金製のCOシフト触媒を提供する。
【解決手段】Arイオンビームの照射領域にCu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されている板状合金を用いたことを特徴とするCOシフト触媒。Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起は、その形状が円錐体、円柱を含む横断面丸形または角錐台のものであり、3μm以下の底面外形に対する長さの比であるアスペクト比が5以上であって、真空中で板状のCu−Zn合金表面に多摩エネルギービームを照射することにより、励起した金属原子の表面拡散によって形成される。
【解決手段】Arイオンビームの照射領域にCu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されている板状合金を用いたことを特徴とするCOシフト触媒。Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起は、その形状が円錐体、円柱を含む横断面丸形または角錐台のものであり、3μm以下の底面外形に対する長さの比であるアスペクト比が5以上であって、真空中で板状のCu−Zn合金表面に多摩エネルギービームを照射することにより、励起した金属原子の表面拡散によって形成される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合成ガス中などに存在するCOをCO2に転化するためのCOシフト触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
工業的操業においては、下記の式1によって示される水性ガスシフト反応がCOをCO2に転化するために使用される。
【0003】
CO+H2O→CO2+H2 H=−9.84 Kcal/mol at 298°K (式1)
【0004】
COシフト触媒として、特許文献1には、Cu及びZnの硝酸塩溶液から共沈法にて作成した触媒粉末をペレット状に作成し、テフロン(登録商標)ディスパージョン液に含浸・乾燥しテフロン(登録商標)をペレット表面に付着させることを特徴とするシフト触媒の調整法と調整された触媒が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、約5〜約70重量%の酸化銅、約20〜約50%の酸化亜鉛、約5〜約50重量%の酸化アルミニウムを含み、銅表面積が少なくとも約22m2/gであることを特徴とする低温水性ガスシフト触媒が開示されている。
【0006】
上記開示に係る発明においては、触媒自体は粉末状のものであって、耐熱性に乏しく、かつ使用部位が限定される。例えば、メタノール改質触媒が配置された反応チャンバー内では、晒される温度が高すぎるため改質触媒と共存配置することができない。また、改質触媒を備えた反応部から改質ガスを輸送する際輸送管内にシフト触媒が配置され、COを除去できればシステムがコンパクトとなるが、通常配管の内径は細すぎるため、粉末触媒をウォッシュコートできたとしても目詰まりを起こす可能性が高く、改質触媒反応部とは別にシフト触媒を設置するための反応部を設置しなければならないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−089813号公報
【特許文献2】特表2005−520689号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、合金系触媒にして、従来の粉末状のCOシフト触媒では使用できなかった部位に使用することができるCOシフト触媒を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するためになされた本発明のCOシフト触媒は、Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されている板状合金を用いたことを特徴とするものである。
【0010】
上記した発明において、Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起は、その形状が円錐体、円柱を含む横断面丸形または角錐台のものであり、3μm以下の底面外径に対する長さの比であるアスペクト比が5以上であることを特徴とする。
【0011】
また、上記した発明において、真空中で板状のCu−Zn合金表面に高エネルギービームを照射することにより、励起した金属原子の表面拡散でCu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
従来の触媒は、Cu−ZnO系またはCu−ZnO−Al2O3系が中心であり、いずれの場合も粉末状の触媒をペレットに成型、あるいはコージェライトハニカム等の基材にウォッシュコートして用いられている。しかしながら、Cu−ZnO自体の耐熱性は必ずしも高くないため、その使用部位は限定されていた。本発明においては、Arイオン照射処理によって板状合金表面に活性種を作り出すことにより、従来の粉末状触媒に比べて耐熱性に優れ形状自由性を持ちかつ使用範囲が広範なCOシフト触媒を作り出すことができた。応用の一例として、高温を必要とする燃料改質容器の内壁にこの板状合金を用いた触媒をライニングすることで、改質触媒によって生成した合成ガスから即座にCOシフト反応を起こすことが可能になり、システムの小型化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】Arイオンビーム非処理品の表面を示すSEM写真である。
【図2】Arイオンビーム10分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図3】Arイオンビーム30分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図4】Arイオンビーム70分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図5】照射時間によるナノ・マイクロ突起の体積の変化を示すグラフである。
【図6】Johnson-Mehl-Avramiプロットを示すグラフである。
【図7】Arイオンビーム20分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図8】Arイオンビーム40分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図9】反応容器と試料の充填状態を示す概念図である。
【図10】反応装置の概略構成図である。
【図11】各処理品の転化率を比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0015】
初めに、板状合金の表面にナノ・マイクロ突起を形成する方法について説明する。
【0016】
本発明においては、板状のCu−Zn合金の表面に低真空下でArイオンビームを照射して、ナノ・マイクロ突起を形成する。まず、Cu−Zn合金からなる合金板を用意する。合金板としてはCu65%Zn35%の真鍮板を用いることができる。本発明においては合金板として、7:3黄銅、6:4黄銅を用いることができ、また、Zn濃度20〜80%のCu−Zn合金を用いることができる。また、合金板として鋳造材、熱間鍛造材、熱間圧延材を用いてもよいが、冷間圧延等の冷間加工を施して自己集合組織化して、塑性歪を蓄積させたものを用いるのが望ましい。塑性歪を開放させることによってナノ・マイクロ突起を迅速に成長させることができるからである。合金板は希塩酸等で酸洗して表面を活性化させておく。
【0017】
次に、合金板に真空下でArイオンビームを照射して励起したCu原子、Zn原子の表面拡散で突起を成長させる。真空度は10−2〜10−3Pa程度のいわゆる低真空とする。10−2Paより真空度が低いとZnの酸化が進行してZnOとなってしまうからであり、10−3Paより真空度は高いとArイオンビームの照射が困難となるからである。
【0018】
さらに、Arイオンビームの照射角度を、板面に対して20〜90°とし、加速電圧は、2−20kVとするのが望ましい。照射角度が20°未満では、効率よくArイオンビームのエネルギーを供給するのが難しく、望ましい円錐状などのナノ・マイクロ突起が形成されないからであり、90°を上限としたのは、それを超えて照射を行う必要がないからである。また、加速電圧を2−20kVとするのは、高エネルギービームであるArイオンビームを照射する場合には、点欠陥などの照射欠陥や注入イオンが導入されにくい20kV以下の低電圧とするのが望ましく、一方2kV未満では電圧が弱すぎるからである。ぺニング型イオン源を用いた場合には、加速電圧5−10kV、照射角度20〜90°、照射時間10〜90分が望ましい。また、Arイオンビームの電流は、0.5〜1.5mAが望ましい。
【0019】
なお、本発明において照射せしめられるビームは、Arイオンビームに限定されるものではなく、ナノ・マイクロ突起を成長させうる高エネルギービームであればよく、Arイオンビームのほかに電子線、レーザービーム、X線、γ線、中性子線、粒子ビーム等を用いることができる。
【0020】
好適なナノ・マイクロ突起の形状は、ほぼ円錐体で横断面丸形であるが、円柱を含んでいてもよい。また、角錐台状であってもよい。ナノ・マイクロ突起は、その底面の3μm以下の直径dに対する突起高さhの比であるアスペクト比(=h/d)が5以上であるのが望ましい。アスペクト比を5以上とするのは、5未満では電子放出特性等において十分な効果を発揮できないからである。一方アスペクト比に上限を設けないのはこれがいくら大きくなっても利用するうえで支障がないからである。
【実施例】
【0021】
冷間圧延した真鍮板から幅2mm×長さ10mm×厚さ0.2mmの試料を切り出して基板を作成した。真鍮板は、fcc構造のα相とCsCl型のβ’相とからなる。この基板を1.6モルの塩酸水溶液にて酸洗した後、大気中で150℃に加熱した。その後直ちに真空室に挿入し、真空度10−3Paに保持するとともに、Arイオンビームを照射角度40°、加速電圧5kVまたは9kV、電流0.5mAの条件下で、10〜70分照射した。照射後に照射面のナノ・マイクロ突起と下地の形状を走査電子顕微鏡、Laser Scanning Microscopy(LSM)にて観察するとともに、組成と相をEPMA、Glancing Angle X-ray Diffraction(GAXRD)にて解析した。
【0022】
加速電圧9kV、照射時間0分、10分、30分、70分での真鍮板の表面の走査電子顕微鏡写真を図1〜4に示す。非処理品においては、当然ながら突起は成長していない。10分照射で再結晶して表面に隆起が現れた。その後30分、70分と照射時間が長くなるにつれて円錐体状のナノ・マイクロ突起が成長していくことが認められる。
【0023】
図5に示すように、円錐体状のナノ・マイクロ突起について、ナノ・マイクロ突起の底面の直径X、高さh又はh’から突起体の体積を求めた。図5(a)は加速電圧5kV、図5(b)は加速電圧9kVにおける照射時間と突起体体積との関係を示すものであるが、いずれの場合においても、体積は時間とともに増加するが、その後ある時間で飽和した。
【0024】
次に、Johnson-Mehl-Avrami方程式によって円錐体状突起の成長機構の推定をおこなった。Johnson-Mehl-Avrami方程式は、以下の式2、3である。
X=1−exp(−Btk) (式2)
lnln{1/(1−X)}=klnt+lnB (式3)
【0025】
上記した式2、3において、Xは体積分率、Tは時間、kはAvrami指数である。よって、klntとlnln{1/(1−X)}との関係からkを求めて成長機構を推定することができる。
【0026】
図6(a)は、加速電圧5kVにおける上記関係を示すグラフであるが、kは約2.27であった。また、図6(b)は、加速電圧9kVにおける上記関係を示すグラフであるが、kは約1.81であった。両者のkの値が異なることから、ナノ・マイクロ突起の成長は拡散律速であるが、加速電圧で成長速度が異なる可能性がある。例えばk=1.5〜2.5では、核生成点が減少しながら拡散律速で成長していることが考えられる。
【0027】
EPMA分析において、ナノ・マイクロ突起にZnの濃化しているものが認められた。また、Znの濃度帯には、Zn35−40mass%のα相とZn45mass%のβ’相との2領域があることを確かめた。また、加速電圧9kVにおける下地部分では、照射時間の増加とともにZn濃度は増加傾向にあることが分かった。
【0028】
図7、8に、加速電圧9kV、照射時間20分、40分処理品での走査電子顕微鏡写真を示す。図7に示すものは20分処理品であって、微量のZnを含むがCu主体の小さいナノ・マイクロ突起であり、その底面の直径は0.5〜1μm、アスペクト比は10〜20であった。また、図8に示すものは40分処理品であって、1μm程度の微小な多数のナノ・マイクロ突起のほかに、比較的大きなCu−Znからなるナノ・マイクロ突起が散見される。微小なナノ・マイクロ突起のアスペクト比は約10であった。
【0029】
以上のような20分処理品、40分処理品を未処理品とともに用いて、COシフト反応におけるCO転化率を測定した。なお、比較材としてArイオンビーム非照射の非処理品を用いた。
【0030】
図9に反応容器と試料の充填状態を示す。反応容器はSUS316製であって、上方に開口部を有し、容器内高さ10mm、内径25mmである。この反応容器の内部に未処理品、20分処理品、40分処理品を各9枚ずつ図のように十字状に並べた。
【0031】
図10に反応装置の概略構成を示す。すなわち、上下の触媒加熱用ヒータ−の間に9枚の試料を充填した反応容器を挿入して加熱するとともに、ヒーターの内部にCOを含む反応ガスを挿通させて、反応容器に導き、反応後のガスを四重極質量分析器に導入してCO転化率を測定した。なお、反応前のガス組成は、CO(1%)+H2O(5%)+He(残部)であり、ガス流量は40ml/min、反応温度は400℃とした。
【0032】
測定の結果、未処理品のCO転化率は2.2%であったが、20分処理品のCO転化率は15.4%、40分処理品のCO転化率は13.5%であって、処理品は未処理品に対して約7倍にCO転化率が高められていることが分った(図11)。したがって、本発明は、従来の粉末触媒では使用できない部位に使用できるCO転化率の高い板状のCOシフト触媒として、工業的価値大なものであることが確かめられた。
【0033】
また、真鍮板にArイオンビームを、加速電圧5kVにて40分照射してナノ・マイクロ突起を形成した合金板について、上記と同様にしてCO転化率を測定したところ、CO転化率8%であることを確かめた。
【技術分野】
【0001】
本発明は、合成ガス中などに存在するCOをCO2に転化するためのCOシフト触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
工業的操業においては、下記の式1によって示される水性ガスシフト反応がCOをCO2に転化するために使用される。
【0003】
CO+H2O→CO2+H2 H=−9.84 Kcal/mol at 298°K (式1)
【0004】
COシフト触媒として、特許文献1には、Cu及びZnの硝酸塩溶液から共沈法にて作成した触媒粉末をペレット状に作成し、テフロン(登録商標)ディスパージョン液に含浸・乾燥しテフロン(登録商標)をペレット表面に付着させることを特徴とするシフト触媒の調整法と調整された触媒が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、約5〜約70重量%の酸化銅、約20〜約50%の酸化亜鉛、約5〜約50重量%の酸化アルミニウムを含み、銅表面積が少なくとも約22m2/gであることを特徴とする低温水性ガスシフト触媒が開示されている。
【0006】
上記開示に係る発明においては、触媒自体は粉末状のものであって、耐熱性に乏しく、かつ使用部位が限定される。例えば、メタノール改質触媒が配置された反応チャンバー内では、晒される温度が高すぎるため改質触媒と共存配置することができない。また、改質触媒を備えた反応部から改質ガスを輸送する際輸送管内にシフト触媒が配置され、COを除去できればシステムがコンパクトとなるが、通常配管の内径は細すぎるため、粉末触媒をウォッシュコートできたとしても目詰まりを起こす可能性が高く、改質触媒反応部とは別にシフト触媒を設置するための反応部を設置しなければならないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−089813号公報
【特許文献2】特表2005−520689号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、合金系触媒にして、従来の粉末状のCOシフト触媒では使用できなかった部位に使用することができるCOシフト触媒を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するためになされた本発明のCOシフト触媒は、Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されている板状合金を用いたことを特徴とするものである。
【0010】
上記した発明において、Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起は、その形状が円錐体、円柱を含む横断面丸形または角錐台のものであり、3μm以下の底面外径に対する長さの比であるアスペクト比が5以上であることを特徴とする。
【0011】
また、上記した発明において、真空中で板状のCu−Zn合金表面に高エネルギービームを照射することにより、励起した金属原子の表面拡散でCu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
従来の触媒は、Cu−ZnO系またはCu−ZnO−Al2O3系が中心であり、いずれの場合も粉末状の触媒をペレットに成型、あるいはコージェライトハニカム等の基材にウォッシュコートして用いられている。しかしながら、Cu−ZnO自体の耐熱性は必ずしも高くないため、その使用部位は限定されていた。本発明においては、Arイオン照射処理によって板状合金表面に活性種を作り出すことにより、従来の粉末状触媒に比べて耐熱性に優れ形状自由性を持ちかつ使用範囲が広範なCOシフト触媒を作り出すことができた。応用の一例として、高温を必要とする燃料改質容器の内壁にこの板状合金を用いた触媒をライニングすることで、改質触媒によって生成した合成ガスから即座にCOシフト反応を起こすことが可能になり、システムの小型化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】Arイオンビーム非処理品の表面を示すSEM写真である。
【図2】Arイオンビーム10分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図3】Arイオンビーム30分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図4】Arイオンビーム70分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図5】照射時間によるナノ・マイクロ突起の体積の変化を示すグラフである。
【図6】Johnson-Mehl-Avramiプロットを示すグラフである。
【図7】Arイオンビーム20分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図8】Arイオンビーム40分処理品の表面に形成されたナノ・マイクロ突起を示すSEM写真である。
【図9】反応容器と試料の充填状態を示す概念図である。
【図10】反応装置の概略構成図である。
【図11】各処理品の転化率を比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0015】
初めに、板状合金の表面にナノ・マイクロ突起を形成する方法について説明する。
【0016】
本発明においては、板状のCu−Zn合金の表面に低真空下でArイオンビームを照射して、ナノ・マイクロ突起を形成する。まず、Cu−Zn合金からなる合金板を用意する。合金板としてはCu65%Zn35%の真鍮板を用いることができる。本発明においては合金板として、7:3黄銅、6:4黄銅を用いることができ、また、Zn濃度20〜80%のCu−Zn合金を用いることができる。また、合金板として鋳造材、熱間鍛造材、熱間圧延材を用いてもよいが、冷間圧延等の冷間加工を施して自己集合組織化して、塑性歪を蓄積させたものを用いるのが望ましい。塑性歪を開放させることによってナノ・マイクロ突起を迅速に成長させることができるからである。合金板は希塩酸等で酸洗して表面を活性化させておく。
【0017】
次に、合金板に真空下でArイオンビームを照射して励起したCu原子、Zn原子の表面拡散で突起を成長させる。真空度は10−2〜10−3Pa程度のいわゆる低真空とする。10−2Paより真空度が低いとZnの酸化が進行してZnOとなってしまうからであり、10−3Paより真空度は高いとArイオンビームの照射が困難となるからである。
【0018】
さらに、Arイオンビームの照射角度を、板面に対して20〜90°とし、加速電圧は、2−20kVとするのが望ましい。照射角度が20°未満では、効率よくArイオンビームのエネルギーを供給するのが難しく、望ましい円錐状などのナノ・マイクロ突起が形成されないからであり、90°を上限としたのは、それを超えて照射を行う必要がないからである。また、加速電圧を2−20kVとするのは、高エネルギービームであるArイオンビームを照射する場合には、点欠陥などの照射欠陥や注入イオンが導入されにくい20kV以下の低電圧とするのが望ましく、一方2kV未満では電圧が弱すぎるからである。ぺニング型イオン源を用いた場合には、加速電圧5−10kV、照射角度20〜90°、照射時間10〜90分が望ましい。また、Arイオンビームの電流は、0.5〜1.5mAが望ましい。
【0019】
なお、本発明において照射せしめられるビームは、Arイオンビームに限定されるものではなく、ナノ・マイクロ突起を成長させうる高エネルギービームであればよく、Arイオンビームのほかに電子線、レーザービーム、X線、γ線、中性子線、粒子ビーム等を用いることができる。
【0020】
好適なナノ・マイクロ突起の形状は、ほぼ円錐体で横断面丸形であるが、円柱を含んでいてもよい。また、角錐台状であってもよい。ナノ・マイクロ突起は、その底面の3μm以下の直径dに対する突起高さhの比であるアスペクト比(=h/d)が5以上であるのが望ましい。アスペクト比を5以上とするのは、5未満では電子放出特性等において十分な効果を発揮できないからである。一方アスペクト比に上限を設けないのはこれがいくら大きくなっても利用するうえで支障がないからである。
【実施例】
【0021】
冷間圧延した真鍮板から幅2mm×長さ10mm×厚さ0.2mmの試料を切り出して基板を作成した。真鍮板は、fcc構造のα相とCsCl型のβ’相とからなる。この基板を1.6モルの塩酸水溶液にて酸洗した後、大気中で150℃に加熱した。その後直ちに真空室に挿入し、真空度10−3Paに保持するとともに、Arイオンビームを照射角度40°、加速電圧5kVまたは9kV、電流0.5mAの条件下で、10〜70分照射した。照射後に照射面のナノ・マイクロ突起と下地の形状を走査電子顕微鏡、Laser Scanning Microscopy(LSM)にて観察するとともに、組成と相をEPMA、Glancing Angle X-ray Diffraction(GAXRD)にて解析した。
【0022】
加速電圧9kV、照射時間0分、10分、30分、70分での真鍮板の表面の走査電子顕微鏡写真を図1〜4に示す。非処理品においては、当然ながら突起は成長していない。10分照射で再結晶して表面に隆起が現れた。その後30分、70分と照射時間が長くなるにつれて円錐体状のナノ・マイクロ突起が成長していくことが認められる。
【0023】
図5に示すように、円錐体状のナノ・マイクロ突起について、ナノ・マイクロ突起の底面の直径X、高さh又はh’から突起体の体積を求めた。図5(a)は加速電圧5kV、図5(b)は加速電圧9kVにおける照射時間と突起体体積との関係を示すものであるが、いずれの場合においても、体積は時間とともに増加するが、その後ある時間で飽和した。
【0024】
次に、Johnson-Mehl-Avrami方程式によって円錐体状突起の成長機構の推定をおこなった。Johnson-Mehl-Avrami方程式は、以下の式2、3である。
X=1−exp(−Btk) (式2)
lnln{1/(1−X)}=klnt+lnB (式3)
【0025】
上記した式2、3において、Xは体積分率、Tは時間、kはAvrami指数である。よって、klntとlnln{1/(1−X)}との関係からkを求めて成長機構を推定することができる。
【0026】
図6(a)は、加速電圧5kVにおける上記関係を示すグラフであるが、kは約2.27であった。また、図6(b)は、加速電圧9kVにおける上記関係を示すグラフであるが、kは約1.81であった。両者のkの値が異なることから、ナノ・マイクロ突起の成長は拡散律速であるが、加速電圧で成長速度が異なる可能性がある。例えばk=1.5〜2.5では、核生成点が減少しながら拡散律速で成長していることが考えられる。
【0027】
EPMA分析において、ナノ・マイクロ突起にZnの濃化しているものが認められた。また、Znの濃度帯には、Zn35−40mass%のα相とZn45mass%のβ’相との2領域があることを確かめた。また、加速電圧9kVにおける下地部分では、照射時間の増加とともにZn濃度は増加傾向にあることが分かった。
【0028】
図7、8に、加速電圧9kV、照射時間20分、40分処理品での走査電子顕微鏡写真を示す。図7に示すものは20分処理品であって、微量のZnを含むがCu主体の小さいナノ・マイクロ突起であり、その底面の直径は0.5〜1μm、アスペクト比は10〜20であった。また、図8に示すものは40分処理品であって、1μm程度の微小な多数のナノ・マイクロ突起のほかに、比較的大きなCu−Znからなるナノ・マイクロ突起が散見される。微小なナノ・マイクロ突起のアスペクト比は約10であった。
【0029】
以上のような20分処理品、40分処理品を未処理品とともに用いて、COシフト反応におけるCO転化率を測定した。なお、比較材としてArイオンビーム非照射の非処理品を用いた。
【0030】
図9に反応容器と試料の充填状態を示す。反応容器はSUS316製であって、上方に開口部を有し、容器内高さ10mm、内径25mmである。この反応容器の内部に未処理品、20分処理品、40分処理品を各9枚ずつ図のように十字状に並べた。
【0031】
図10に反応装置の概略構成を示す。すなわち、上下の触媒加熱用ヒータ−の間に9枚の試料を充填した反応容器を挿入して加熱するとともに、ヒーターの内部にCOを含む反応ガスを挿通させて、反応容器に導き、反応後のガスを四重極質量分析器に導入してCO転化率を測定した。なお、反応前のガス組成は、CO(1%)+H2O(5%)+He(残部)であり、ガス流量は40ml/min、反応温度は400℃とした。
【0032】
測定の結果、未処理品のCO転化率は2.2%であったが、20分処理品のCO転化率は15.4%、40分処理品のCO転化率は13.5%であって、処理品は未処理品に対して約7倍にCO転化率が高められていることが分った(図11)。したがって、本発明は、従来の粉末触媒では使用できない部位に使用できるCO転化率の高い板状のCOシフト触媒として、工業的価値大なものであることが確かめられた。
【0033】
また、真鍮板にArイオンビームを、加速電圧5kVにて40分照射してナノ・マイクロ突起を形成した合金板について、上記と同様にしてCO転化率を測定したところ、CO転化率8%であることを確かめた。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されている板状合金を用いたことを特徴とするCOシフト触媒。
【請求項2】
Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起は、その形状が円錐体、円柱を含む横断面丸形または角錐台のものであり、3μm以下の底面外径に対する長さの比であるアスペクト比が5以上であることを特徴とする請求項1に記載のCOシフト触媒。
【請求項3】
真空中で板状のCu−Zn合金表面に高エネルギービームを照射することにより、励起した金属原子の表面拡散でCu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されていることを特徴とする請求項1に記載のCOシフト触媒。
【請求項1】
Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されている板状合金を用いたことを特徴とするCOシフト触媒。
【請求項2】
Cu−Znからなるナノ・マイクロ突起は、その形状が円錐体、円柱を含む横断面丸形または角錐台のものであり、3μm以下の底面外径に対する長さの比であるアスペクト比が5以上であることを特徴とする請求項1に記載のCOシフト触媒。
【請求項3】
真空中で板状のCu−Zn合金表面に高エネルギービームを照射することにより、励起した金属原子の表面拡散でCu−Znからなるナノ・マイクロ突起が成長・形成されていることを特徴とする請求項1に記載のCOシフト触媒。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−157825(P2012−157825A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−19377(P2011−19377)
【出願日】平成23年2月1日(2011.2.1)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月1日(2011.2.1)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】
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