説明

CXCR3阻害剤を含有する医薬組成物

CXCR3阻害剤を含有することを特徴とする、その生存及び/又は転移がケモカイン・レセプターCXCR3を介するシグナル伝達の影響下にある癌の治療のための医薬組成物、及びそのような癌の治療及び診断方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は癌の予防及び治療、さらに詳しくはその生存及び/又は転移がケモカイン・レセプターCXCR3を介するシグナル伝達の影響下にある癌の治療のための医薬組成物、並びにそのような癌の治療及び診断方法等に関する。
【0002】
リンパ節転移は多くのヒトの腫瘍における最も初期の転移形式の一つであり、悪性黒色腫の場合には60%以上の症例でリンパ節転移が起きている。癌転移の機序はリンパ行性転移と血行性転移に大別されるが、これらは独立というより、同時に起こっている。リンパ管静脈シャントなどの存在により、癌細胞は局所(領域)リンパ節(regional lymph node)をバイパスし、早期から全身に循環すると考えられている。癌(悪性腫瘍)の悪性度は、発現部位や進行速度、及び転移傾向の強さにより判定することができる。従って局所リンパ節への転移傾向は癌の生物学的な悪性度を反映しており、その評価は予後の予測や治療法の選択に重要である。
【0003】
悪性腫瘍は、通常、転移性であるが、現在行われている転移癌の外科的、内科的処置の有効性は未だ十分でない。実際、利用可能な化学療法剤の多くは原発性癌に有効であっても、再発性の転移性癌には効果が低いか殆ど無いと言われている。また、癌の治療は早期であればあるほど成功率が高いことから、転移癌を効果的に治療するためには、その早期発見、早期治療が重要である。
【0004】
癌は腫瘍マーカーを用いる方法、ポジトロンCT検査などにより診断しているが必ずしも確実に癌を発見できるとは限らない。特に転移癌の多くが難治性であり、その治療成功率は原発癌より低いのが通常である。また、リンパ節を介する遠隔転移の場合、癌の発見が遅れがちである。このように癌治療の発展には、発見された癌の治療のみならず、転移の防止、特にリンパ節への転移の防止及び/又は転移癌の治療のための効果的な手段を確立することが不可欠である。
【0005】
癌細胞の機能発現にはケモカイン−受容体相互作用を介するシグナル伝達が深く関与している。ケモカインは4つのシステイン残基の位置が保存された構造上の類似性をもつ分子量約1万の小型のサイトカインファミリーであり、システイン残基の位置によりCXC、CC、C、CX3Cの4つのファミリーに分類され、7回膜貫通G蛋白質受容体を介してその作用を発揮する。ケモカイン−受容体系が関与する疾患としては炎症、感染症、組織障害、アレルギー疾患、心血管性病変に加え悪性腫瘍などが知られている。悪性腫瘍におけるケモカインの役割は複雑であり、免疫細胞を刺激したり血管新生を抑制することで抗腫瘍効果を示す場合がある一方で、腫瘍細胞の増殖や運動性を促進したり血管新生を起こし腫瘍の増殖や転移を亢進させる場合もある。癌の転移に関して、メラノーマ、乳癌、卵巣癌などで、ある種のケモカイン・レセプター(CXCR4等)が重要な役割を持つことが報告されている(非特許文献1〜3)。
【0006】
特許文献1には、CCR7、CXCR4あるいはCCR10等のケモカイン・レセプターを介するシグナル伝達を阻害することにより癌細胞の転移又は維持を阻害する方法が記載されている。該特許文献1の記載からは癌細胞におけるこれらケモカイン・レセプターの発現が該癌細胞の転移に関連するか否かが不明であり、最も初期の転移巣の一つであり、遠隔転移における重要な器官の一つであるリンパ節への転移については言及されていない。
【0007】
他のケモカイン・レセプターであるCXCR3は、メラノーマ、悪性リンパ腫などの腫瘍で発現しており、培養細胞の実験で走化性を誘導することが報告されている(非特許文献4、5)。しかし、癌の転移における役割はもとより、転移に関与するか否かも知られていない。
特許文献2には、CXCR3を介するシグナル伝達により、感染性疾患及び癌の処置に有益な白血球機能が選択的に刺激されるとの観点から、CXCR3リガンド又は促進剤の投与が該受容体の機能を刺激し、上記疾患の治療に有用であると記載されている。そのようなCXCR3機能の促進剤として、例えば抗体、別の種に由来する天然リガンドのホモログ及び受容体に結合することなく受容体機能を促進する物質が例示されている。しかしながら、CXCR3と癌の発生、特に転移癌の発生における役割との解明が充分になされているとは言えず、癌の治療、特に転移癌、とりわけリンパ節への転移の有効な処置法の開発に対する要望に応えるものではない。
【0008】
CXCR3はT細胞がIFN-γ刺激を受けTh1細胞に分化すると発現してくる。またそのリガンドであるCXCL9、CXCL10、CXCL11はIFN-γ刺激により増加し、炎症部位にTh1細胞を引きよせることに関与している。従ってCXCL9とCXCL10はIFN-γを介してIL-12の抗腫瘍効果に少なくとも部分的には関与していると言われている(非特許文献6)。実際、CXCL9遺伝子治療をIL-2抗体の融合蛋白と併用するとマウス大腸癌細胞の増殖や肺転移を抑制することが報告されている(非特許文献7)。また、CXCL9は腫瘍部位に直接注入することで癌細胞の壊死を促進することも報告されている(非特許文献8)。一方でCXCL9とCXCL10は腫瘍の微少環境に対して抗腫瘍作用とは逆に作用することも報告されている。例えば、CXCL9はRhoA、Rac1を活性化しアクチン骨格の再構成を誘導し走化性や浸潤性を促進する(非特許文4)。
このように、CXCR3が癌の生存、さらにはその転移にどのように関わっているかは、未だ解明されていない状況である。
【0009】
【特許文献1】特表2003-516324
【特許文献2】特表2002-513388
【非特許文献1】Muller, A.ら、A. Involvement of chemokine receptors in breast cancer metastasis. Nature., 410: 50-56, 2001.
【非特許文献2】Wiley, H. E.ら、Expression of CC chemokine receptor-7 and regional lymph node metastasis of B16 murine melanoma. J. Natl. Cancer Inst., 93: 1638-1643, 2001
【非特許文献3】Scotton, C. J.ら、Epithelial cancer cell migration: A role for chemokine receptor? Cancer Res., 61: 4961-4965, 2001
【非特許文献4】Robledo, M. M.ら, J. Expression of functional chemokine receptors CXCR3 and CXCR4 on human melanoma cells. J. Biol. Chem., 276: 45098-45105, 2001
【非特許文献5】Trentin, L.ら、The chemokine receptor CXCR3 is expressed on malignant B cells and mediates chemotaxis. J. Clin. Invest., 104: 115-121, 1999
【非特許文献6】Tannenbaum, C. S.ら、The CXC chemokines IP-10 and Mig are necessary for IL-12 mediated regression of the mouse RENCA tumor. J. Immunol., 161: 927-932, 1998
【非特許文献7】Ruehlmann, J. M.ら、MIG (CXCL9) chemokine gene therapy combines with antibody-cytokine fusion protein to suppress growth and dissemination of murine colon carcinoma. Cancer Res., 61: 8498-8503, 2001.
【非特許文献8】Sgadari, C.ら、Mig, the monokine induced by interferon-γ, promotes tumor necrosis in vivo. Blood., 89: 2635-2643, 1997
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、癌の予防及び治療のための新規な手段を開発することを目的としており、さらに詳しくは癌の生存及び転移の阻止を通して、長期的な癌治療の有効性を確立することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、癌の生存、転移におけるケモカイン−ケモカイン・レセプター系の関与を解明するために鋭意研究を重ね、これまで癌転移との関係が知られていなかったケモカイン・レセプターの一つであるCXCR3が、癌細胞の生存と転移、主としてリンパ節転移に重要な役割を果していることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下の発明に関する。
(1)CXCR3阻害剤を含有することを特徴とする、癌を治療するための医薬組成物。
(2)癌が、CXCR3が発現している転移癌である、請求項1記載の組成物。
(3)癌が、メラノーマ、乳癌、腸癌及び卵巣癌から選択される、(1)又は(2)に記載の組成物。
(4)癌細胞のリンパ節転移又は癌細胞の生存を阻害又は抑制するものである、(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物。
(5)CXCR3阻害剤が、(A)癌細胞におけるCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤及び(B)CXCR3の発現に対する阻害剤から選択される、(1)〜(4)のいずれかに記載の組成物。
(6)(A)癌細胞におけるCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤が、CXCR3アンタゴニスト並びにCXCR3のリガンドに対する抗体及びその抗原結合活性を有するフラグメントからなる群から選択される物質であり、
(B)CXCR3の発現に対する阻害剤が、CXCR3のアンチセンス、siRNA及びCXCR3発現阻害剤からなる群から選択される物質である、(5)記載の組成物。
(7)リガンドがCXCL9、CXCL10又はCXCL11である、(6)記載の組成物。
(8)CXCR3アンタゴニストが、CXCR3抗体、CXCR3抗体の抗原結合活性を有するフラグメント、CXCR3のリガンドの突然変異体、リガンド結合の阻害剤、抗イディオタイプ抗体を含む、(6)又は(7)記載の組成物。
(9)CXCR3のアンチセンスが、配列番号2の塩基配列からなるDNAのコーディング配列又は5’ノンコーディング配列の中のDNA断片と相補的な配列をもつDNA若しくはそのDNAに対応するRNA、又はそれらの化学的修飾体である、(6)記載の組成物。
(10)癌を治療するか、その転移を阻止する方法であって、そのような処置を必要とする対象に(1)〜(9)のいずれかに記載のCXCR3阻害剤を投与することを特徴とする方法。
(11)癌が、CXCR3が発現している転移癌である、(10)記載の方法。
(12)転移癌が、メラノーマ、乳癌、腸癌及び卵巣癌から選択される、(10)又は(11)記載の方法。
(13)転移がリンパ節への転移である、(10)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(14)次の工程
1)試験化合物をCXCR3発現細胞に接触させる工程
2)試験化合物がCXCR3を阻害するか否かを確認する工程
を含む、CXCR3が発現している癌の治療剤をスクリーニングする方法。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】マウスメラノーマ細胞B16F10におけるケモカイン・レセプターの発現をRT-PCRで調べた結果(A)、該細胞を移植した同系マウス(C57BL/6)の3週間後の原発巣と転移巣を、免疫組織化学染色(B)〜(G)で調べた結果を示す写真の模写図である。
【図2】CXCR3を介した走化性、浸潤性、細胞骨格の再構成、FAK、パキシリンのリン酸化、細胞生存の亢進を示す図であり、(A)及び(B)はケモタキシスアッセイ、ケモインベージョンアッセイによるCXCL9、CXCL10、CXCL11、CCL21に対する走化性(A)と浸潤性(B);(C)はCXCL9投与後にファロイジンによりアクチン細胞骨格を蛍光染色した写真の模写図であり、局所に集積した像(+CXCL9)と細胞全体に均一に分布する像(-CXCL9)を示しており;(D)及び(E)はCXCL9投与後の経時的なFAK(E)、パキシリン(F)のリン酸化についてウエスタンブロット法で検討した結果の模写図;(F)は血清添加時(10%, 0.1%)と血清非添加時におけるCXCL9(100ng/ml)投与後48時間後の生存細胞数を示すグラフである。
【図3】アンチセンスCXCR3導入後のB16F10細胞について、(A)はCXCR3とβ-アクチンのウエスタンブロット法(上段)と定量化(下段)の結果を示す写真の模写図、(B)はCXCL9投与後の細胞内Ca2+濃度の増加を示すグラフ、(C)はCXCL9(100ng/ml)に対するケモタキシスアッセイの結果を示すグラフ、(D)は細胞増殖アッセイ(48時間後)の結果を示す図である。
【図4】CXCR3の発現低下によるB16F10細胞のリンパ節転移能の抑制を調べた結果を示す図であり、(A)は定量的RT-PCRによるリンパ節内に検出される腫瘍マーカーTRP-1を定量化したグラフ、(B)は親株、EV1株、AS1株、AS2株を接種したマウスの膝下リンパ節の代表例(各マウスより1つのリンパ節を採取)の写真の模写図である。
【図5】リンパ節におけるケモカインの発現と蛋白抽出物に対する走化性を調べた結果を示す図であり、(A)はCFA又はPBS刺激後3日目のリンパ節のケモカインについての)定量的RT-PCRの結果を示すグラフ、(B)はリンパ節からの蛋白抽出物(1mg)に対するケモタキシスアッセイの結果を示すグラフである。
【図6】CFA刺激によるB16F10細胞のリンパ節転移能の促進、及びCXCR3発現低下又はCXCL9+CXCL10抗体によるリンパ節転移能の抑制を経時的に調べた結果を示す図であり、(A)は定量的RT-PCRによるリンパ節内に検出されるTRP-1の定量化したグラフ、(B)はPBS+親株、CFA+親株、CFA+AS1株、CFA+AS2株を接種したマウスの膝下リンパ節の代表的な写真の模写図、(C)は親株接種後対照(コントロール)IgGを接種した群、及びCXCL9+CXCL10抗体を接種した群の代表的な写真の模写図である。
【図7】ヒトメラノーマ細胞におけるCXCR3発現を調べた結果を示す図であり、(A)はC32TG、G361、HMV-1、SK-Mel28細胞株のFACSでの検討結果、(B)はC32TG細胞株の蛍光染色の結果を示す写真の模写図である。
【図8】CXCR3を強制発現させたCXCR3陽性の組換え大腸癌細胞株DLD-1-CXCR3又はCXCR3陰性のDLD-1-EVをヌードマウスの直腸に接種し、一定期間後の大動脈周囲リンパ節を採取し定量的PCR 法にて転移した癌細胞の数を計測した結果を示す図である。
【図9】大腸癌患者92症例において、CXCR3陽性腫瘍又はCXCR3陰性腫瘍であることと、切除術後の生存率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、CXCR3が癌の生存・転移に関与することを初めて見出した結果、達成されたものである。すなわち、実施例1に記載したように、本発明者らは、CXCR3のアンチセンスを導入してCXCR3の発現を抑えたマウスメラノーマ細胞B16F10をマウス(C57BL/6)に接種すると、リンパ節転移が抑制されること、完全フロインドアジュバント(CFA)処理によってリンパ節(「LN」)内のCXCR3リガンドであるCXCL9、CXCL10発現量を増大させるとリンパ節転移が促進されること、この反応が抗CXCL9抗体、抗CXCL10抗体で抑制されること、及びメラノーマ細胞の生存とリンパ節への転移には、CXCR3/CXCL9、CXCL10又はCXCL11からなるレセプター−リガンド系が関与していること等を見出した。また、B16F10細胞のリンパ節転移にCXCR3のシグナルが重要な役割を持っており、肺転移にはあまり関与しないことをも明らかにした。センチネル・リンパ節は癌抗原に対する特異的免疫反応が生じる重要な部位であり、該反応が全身的な腫瘍免疫に関係する。抗腫瘍反応の効果は、腫瘍細胞のもつ内因性の免疫原性に加え、センチネル・リンパ節に達する癌細胞の様式や量に依存する。実際、リンパ節は腫瘍に反応して病理組織学的にリンパ濾胞過形成、洞組織球症、リンパ球枯渇、繊維化、血管増殖、サルコイド様反応などの反応を呈することが知られている。そのような宿主の反応が癌の進展に関してどの様に関与しているかについては未だ分かってはいない。つまり、癌細胞が原発巣からセンチネル・リンパ節へ到達することは抗腫瘍作用という点で、また文字通り転移巣の形成という点で、極めて重要な過程であると考えられる。上記の結果は、リンパ節で発現しているCXCL9とCXCL10がCXCR3シグナルを通じて種々の反応、即ち細胞骨格の再構成、走化性、浸潤性、細胞生存の亢進を介してB16F10細胞のリンパ節転移を促進することを初めて明らかにするものである。
また、本発明者等は、後述の実施例2に示すように、ヒト大腸癌細胞株の中にもCXCR3を発現しているものがあり、その発現はリンパ節転移と有意に相関していることを明らかにした。すなわち、マウス直腸にCXCR3を強制発現させたCXCR3陽性の大腸癌細胞株を移植すると、該陽性細胞は非発現細胞に比べて高いリンパ節転移頻度を示した。また、大腸癌患者のうちCXCR3発現腫瘍を有する患者では、発現とリンパ節転移との間に有意な相関性が認められること、及び発現患者の予後が悪いことを明らかにした。
以上の結果はCXCR3が広範な癌細胞で発現しており、少なくともリンパ節転移において重要な役割を果たしていることを示している。従って、CXCR3又はそのリガンドの機能を解明することにより、癌の治療又は転移の予防、さらには診断等が可能であると考えられる。本発明はこれらの知見を得て完成された。
【0014】
以下に、本発明を詳細に説明する。
I.癌
本願の特許請求の範囲及び明細書中、「癌」という語句は、医学、薬学等、当該技術分野で通常用いられている意味を有する。一般に、癌は自律性を失った細胞増殖を伴う腫瘍のうち、浸潤、転移を特徴とする悪性腫瘍を指す。本発明は、ケモカイン・レセプターCXCR3を細胞表面に発現しており、その生存、転移に係る種々の機能が該レセプターCXCR3を介するシグナル伝達の影響下にある癌細胞を含む、あらゆる癌を対象としている。そのような「癌」の具体例として、メラノーマ、乳癌、腸癌、卵巣癌などが挙げられるが、上記条件を満たす限り、これらに限定されない。
【0015】
本発明の対象となる癌であるか否かの判定は、原則として、癌を構成する癌細胞がCXCR3を発現しているか否か、その癌細胞がCXCR3受容体を介するシグナル伝達により生存又は転移が左右されるか否かに基づいて行うことができる。対象となる癌のスクリーニングは当該技術分野で既知の方法を利用して行うことができ、例えば、後述のアッセイに関する箇所で述べる方法、具体的には実施例1(2)に記載のRT-PCR、免疫組織化学染色、蛍光抗体法等によって実施可能である。本明細書中、CXCR3を発現している癌細胞(生存・転移がCXCR3を介するシグナル伝達の影響下にある癌細胞)を「CXCR3陽性癌細胞」と呼称することもある。
【0016】
II.レセプターCXCR3及びそのリガンド
本願の特許請求の範囲及び明細書中、「CXCR3」とは、天然の又は内因性の哺乳類CXCR3を意味する。霊長類、特にヒトCXCR3が好ましい。CXCR3アンタゴニストやCXCR3のリガンドとの関係から、本発明において「CXCR3(蛋白)」というとき、それは、天然又は内因性のCXCR3のみならず、該天然又は内因性CXCR3と同じアミノ酸配列を有する蛋白質(組換え、合成蛋白質等)を包含する。CXCR3は例えば、哺乳類CXCR3を産生する細胞、組織、器官から単離精製することができ、あるいは既知のDNA配列を導入した組換え宿主の培養物から得ることができる。なお、CXCR3の塩基配列、アミノ酸配列情報はアクセス可能なデータベース(NCBI、National Center for Biotechnology Information等)から得ることができる。NCBIのデータベースにはヒトCXCR3の塩基配列及びアミノ酸配列が、それぞれ登録番号X95876、CAA65126、マウスCXCR3の塩基配列及びアミノ酸配列が、それぞれ登録番号AB003174、BAA34045で登録されており、容易に入手することができる。ヒトCXCR3のアミノ酸配列を配列番号1に、塩基配列を配列番号2にそれぞれ示す。
【0017】
また、「CXCR3リガンド」は、既知のCXCR3に対するケモカインを意味し、例えば、哺乳類(ヒト、マウス等)CXCR3リガンドとして、CXCL9(Mig)、CXCL10(IP-10)、CXCL11が挙げられる。これら哺乳類CXCR3リガンドが好ましく、ヒトCXCR3リガンドがより好ましく、CXCL9及びCXCL10が特に好ましい。「CXCR3リガンド」は、天然又は内因性のCXCR3リガンドのみならず、該天然又は内因性CXCR3リガンドと同じアミノ酸配列を有する蛋白質(組換え、合成蛋白質等)、変異体であって元のリガンド活性を維持しているもの(例えば1以上のアミノ酸の欠失、置換、挿入により得られる変異体)など、CXCR3と結合して特定のシグナルを伝達しうる蛋白質、ペプチドをも包含する。
【0018】
III.CXCR3阻害剤(阻害物質)
本発明に関連して、請求の範囲及び明細書で用いられる「CXCR3阻害剤」という語句は、CXCR3とそのリガンド(CXCL9、CXCL10又はCXCL11等)との反応であって、CXCR3陽性癌細胞の生存や転移に関わるシグナルを伝達するような反応を阻害する物質を意味する。そのような阻害剤として(A)癌細胞におけるCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤又は(B)CXCR3の発現に対する阻害剤を挙げることができる。上記(A)の例として、CXCR3アンタゴニスト又はCXCR3のリガンドに対する抗体又はその抗原結合活性を有するフラグメント、(B)の例として、CXCR3のアンチセンス、siRNA、及びCXCR3発現阻害薬物が挙げられる。
【0019】
一般に、「アンタゴニスト」という語句は、レセプター(受容体)と特異的に結合し特定の情報を細胞内部に伝える情報物質であるアゴニスト(作動薬)と拮抗し、該レセプターと結合するが、特定の情報を伝達することができない物質を指し、遮断薬とも称する。従って、CXCR3アンタゴニストには、CXCR3抗体、CXCR3の天然リガンドの突然変異体、その他のリガンド結合の阻害剤、さらに、受容体に結合することなく受容体機能を阻害する物質(例えば抗イディオタイプ抗体)が包含される。
【0020】
(A)癌細胞におけるCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤
(i)抗体
本発明に用いる「抗体」は、哺乳類CXCR3に固有の結合活性、シグナル伝達活性等の機能を阻害する活性を示すものであり、そのような抗体はCXCR3とリガンドとの結合を妨げ、CXCR3−リガンド系を介するシグナル伝達を選択的に阻害することができる。
以下、特記しない限りCXCR3の「リガンド」は、CXCL9、CXCL10又はCXCL11を意味する。
本発明には、CXCR3又はリガンドのいずれに対する抗体であっても、上記活性を示す限り有用である。抗体はポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のどちらでもよい。さらに、抗体又はその抗原結合活性を有するペプチドフラグメントであってもよい。
【0021】
抗原となるCXCR3蛋白、リガンド蛋白、又はそれらのエピトープを含むペプチド断片等を用い、常法により適宜動物を免疫することにより、CXCR3やそのリガンドを認識する抗体、さらにはその活性を中和する抗体を得ることができる。抗体が市販されている場合、それらを用いてもよい。
CXCR3のアミノ酸配列又はそれをコードするヌクレオチド配列は既知であり、前記の通り、NCBIのデータベースにはヒトCXCR3の塩基配列及びアミノ酸配列が、それぞれ登録番号X95876、CAA65126、マウスCXCR3の塩基配列及びアミノ酸配列が、それぞれ登録番号AB003174、BAA34045で登録されている。これらの配列に基づいて、抗原ペプチドを合成し、それに対する抗体(ポリクローナル、モノクローナル抗体)を作成することもできる。なお、配列番号1に記載のヒトCXCR3のアミノ酸配列を用いてもよい。
CXCR3抗体は、後述するように、CXCR3陽性癌細胞を発現している癌を検出するためのスクリーニング、免疫学的診断、及びそのような癌細胞の生存や転移の阻止を通して癌の治療に有用である。免疫学的診断法は、イムノブロット法、放射免疫測定法(RIA)、酵素免疫測定法(ELISA)、蛍光あるいは発光測定法等から適宜選択できる。
【0022】
また、CXCR3リガンドであるCXCL9、CXCL10及びCXCL11のアミノ酸配列又はそれをコードするヌクレオチド配列も既知であり、NCBIに以下の番号で登録されている。
ヒトCXCL9の塩基配列及びアミノ酸配列はそれぞれ、BC063122及びAAH63122、ヒトCXCL10の塩基配列及びアミノ酸配列はそれぞれ、BC010954及びAAH10954、ヒトCXCL11の塩基配列及びアミノ酸配列はそれぞれ、AF030514及びAAC39775の下で登録されている。これらの配列情報に基づいて、CXCL9、CXCL10及びCXCL11に対する抗体(ポリクローナル、モノクローナル抗体)を作成することができる。
【0023】
ポリクローナル及びモノクローナル抗体の製造法は、既知である。例えば、Antibodies; A Laboratory Manual,Lane,H,D.ら編,Cold Spring Harber Laboratory Press出版 New York 1989年、Kohlerら,Nature,256:495-497(1975)及びEur.J.Immunol.6:511-519(1976); Milsteinら,Nature 266: 550-552(1977);Koprowskiら、米国特許第4,172,124号)等を参照。以下に製造方法を例示する。
(1)ポリクローナル抗体
一般に、特定の蛋白質又はそのペプチドフラグメントに対するポリクローナル抗体を得るには、該蛋白質又はペプチドを抗原として動物を免疫する。免疫は哺乳動物(例えばラット、マウス、ウサギ、ヒトなど)に静脈内、皮下又は腹腔内に投与することにより行う。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは2〜3週間間隔で、1〜10回、好ましくは4〜5回である。最終の免疫日から7〜10日後に抗体価を測定し、最大の抗体価を示した日に採血し、抗血清を得る。抗体価の測定は、酵素免疫測定法(ELISA)、放射性免疫測定法(RIA)、免疫組織染色法等により行うことができる。
抗血清から抗体の精製が必要とされる場合は、硫安塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過、アフィニティークロマトグラフィーなどの公知の方法を適宜選択して、又はこれらを組み合わせることにより精製することができる。
【0024】
(2)モノクローナル抗体
1)免疫
モノクローナル抗体を得るには、一般に、抗原蛋白又はそのペプチドフラグメントを用いて動物を免疫する。免疫は、哺乳動物(例えばラット、マウスなど)に静脈内、皮下又は腹腔内に投与することにより行う。抗原の1回の投与量は、マウスの場合1匹当たり30μgである。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは2〜3週間間隔で、最低4〜5回行う。そして、最終免疫後、抗体産生細胞を採集する。抗体産生細胞としては、脾臓細胞が好ましい。
【0025】
2)細胞融合
次いで、脾臓細胞等の抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞融合を行う。ミエローマ細胞として、マウスなどの動物由来の細胞であって一般に入手可能な株化細胞を使用することができる。使用する細胞株として、薬剤選択性を有し、未融合の状態ではHAT選択培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン及びチミジンを含む)で生存できず、抗体産生細胞と融合した状態でのみ生存できる性質を有するものが好ましい。例えば、ミエローマ細胞の具体例としてはP3X63−Ag、X63Ag8.653などのマウスミエローマ細胞株が挙げられる。血清を含まないDMEM、RPMI-1640培地などの動物細胞培養用培地中に、抗体産生細胞とミエローマ細胞とを所定の割合(例えば3:1)で混合し、ポリエチレングリコール等の細胞融合促進剤存在の下で、あるいは電気パルス処理(例えばエレクトロポレーション)により行う。
【0026】
3)ハイブリドーマの選別
次いで、ハイブリドーマを選別する。例えば、ヒポキサンチン(100μm)、アミノプテリン(0.4μm)及びチミジン(16μM)を含む培地を用いて培養し、生育する細胞をハイブリドーマとして得ることができる。次に、増殖したハイブリドーマの培養上清中に、目的とする抗体が存在するか否かをスクリーニングする。ハイブリドーマのスクリーニングは、通常の方法に従えばよく、特に限定されるものではない。例えば、ハイブリドーマとして生育したウェルに含まれる培養上清の一部を採集し、免疫染色法、酵素免疫測定法(ELISA)、RIA等によってスクリーニングすることができる。
【0027】
4)クローニング
融合細胞のクローニングは、限界希釈法等により行い、最終的に単クローン抗体産生細胞であるハイブリドーマを樹立する。樹立したハイブリドーマからモノクローナル抗体を採取するには、通常の細胞培養法等を採用することができる。
細胞培養法においては、ハイブリドーマを10%牛胎児血清含有RPMI-1640培地又はMEM培地等の動物細胞培養培地中、通常の培養条件(例えば37℃、5% CO2濃度)で 例えば14日間培養し、その培養上清からモノクローナル抗体を取得する。
【0028】
5)精製
抗体の精製が必要とされる場合は、硫安分画法、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィーなどの公知の方法を適宜に選択して、又はこれらの方法を組み合わせることにより精製することができる。
なお、本発明のモノクローナル抗体は、免疫沈降物の電気泳動により分離した蛋白質の質量分析法による解析に基づいて選択することができる。
【0029】
(3)その他の方法
抗体は、ファージベクター又は類似のベクターからなる抗体ライブ ラリーからの選択によっても得ることができる(Huseら、(1989)「Generation of a Large Combinatorial Library of the Immunoglobulin Repertoire in Phage Lambda」, Science 246:1275-1281;及びWardら、(1989)Nature 341:544-546)。
【0030】
(4)抗体の修飾
抗体は、キメラ抗体又はヒト化抗体等の形であってもよい。特にヒトに適用する場合は、免疫反応を最小にするためにヒト化することが好ましい。そのようなヒト化抗体の作成方法は当該技術者にとって既知である。また、目的に応じて適宜、放射性核種、酵素、基質、コファクター、インヒビター、蛍光性標識、化学発光性標識、磁気粒子など、検出可能な標識を用いて標識することができる。
【0031】
(ii)その他のシグナル伝達阻害剤
CXCR3又はそのリガンドと特異的に結合し、CXCR3のシグナル伝達を阻害することができることを条件として、抗体以外の特異的結合性物質を用いることができる。そのような物質としてCXCR3、CXCL9、CXCL10の変異体、ポリマー又は化学的試薬等が挙げられる。
【0032】
(iii)癌細胞におけるCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤の利用法
CXCR3抗体等のCXCR3アンタゴニスト、CXCR3リガンドに対する抗体等の「癌細胞におけるCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤」を用いて、CXCR3陽性癌細胞を有する癌を診断又は治療するには、例えば以下の方法が利用可能である。但し、これらに限定されない。
上記阻害剤をそのままで、又は毒素若しくは放射性核種等と結合させてCXCR3陽性癌に罹患している患者に投与すると、これらはケモカイン・レセプターCXCR3を介するシグナル伝達を阻害し、癌細胞を殺傷し、及び/又は癌細胞の転移を阻止することができる。
抗体等の阻害剤は、直接的に、又はリンカーを介して間接的に薬物又は他の治療剤に結合させることで薬物の標的化にも有用である。
【0033】
また、上記阻害剤を用いて、CXCR3に結合する能力、及び/又はケモカインに対する化学的遊走、Ca2+フラックスを阻止する能力、又はCXCR3−リガンド反応を阻害する能力に関して薬物をスクリーニングし、候補化合物を同定することができる。次いで、適当な生物学的アッセイを利用し、該候補化合物が所望の結合活性又は阻害活性(例えば、アンタゴニスト活性)を有するか否かを決定する。スクリーニングの対象には低分子物質も含まれる。例えば、レセプターへのリガンド結合を阻害する低分子物質のスクリーニング法は、当該技術分野で既知である。そのような分子は、天然のCXCR3リガンドである、CXCL9、CXCL10又はCXCL11と競合してCXCR3に対して選択的に結合し、天然のリガンドの結合をブロックすることができる。また、ケモカインシグナル伝達経路の下流のシグナル伝達経路の妨害活性について、薬物をスクリーニングすることも可能である。
【0034】
(iv)イムノアッセイ
ある癌が本発明の組成物又は方法に対して応答性であるか否かを診断するには、イムノアッセイを利用する。イムノアッセイは既知の方法(例えば、Stites及びTerr(1991年編)Basic and Clinical Immunology(第7版))により実施することができる。適当なイムノアッセイによって細胞表面におけるCXCR3の発現を評価し、本発明の組成物又は方法に感受性の原発性癌又は転移性癌を診断することができ、効率的な治療が可能になる。例えば、ある癌組織におけるCXCR3を発現している癌細胞の数、型により評価する。癌の治療又は転移を予防するためには、これらの癌を特異的に標識してもよい。
【0035】
レセプター蛋白又はペプチドの測定のためのイムノアッセイは、当業者に公知の種々の方法によって実施することができる。一例として、競合的結合アッセイ又は非競合的結合アッセイが挙げられる。
前者の場合、サンプル中の被検物質と、固定化した捕捉因子の特異的結合部位に関して、標識化したアナライトを競合させる。捕捉因子は、上記のCXCR3特異抗体であることが好ましい。捕捉因子に結合した標識化アナライトの濃度は、サンプル中に存在する遊離の被検物質の量と逆比例する。
後者(競合的結合イムノアッセイ)の場合、サンプル中に存在する被検物質質と標識化蛋白とが、固定化又は非固定化特異的結合因子(例えば、CXCR3特異的抗体)との結合に関して競合する。適当な方法で非結合標識化蛋白質から結合標識化蛋白質を分離し、結合した標識化蛋白質の量を求める。サンプル中に存在する非分析物質の量は、結合した標識化蛋白質の量と逆比例する。
【0036】
ホモジニアスイムノアッセイも利用可能であり、この方法では分離工程が不要である。この場合、標識化蛋白質の標識が、特異的結合因子との結合により変化し、例えば、標識から放射されるシグナルの減少又は増加をもたらす。その結果、イムノアッセイ終了時の標識を測定することにより、非分析蛋白質の検出又は定量が可能となる。
【0037】
CXCR3の診断的検出はまた、種々の既知の非競合的イムノアッセイ(例えば、二部位(two-sites)固相サンドイッチ イムノアッセイ)でも実施できる。このアッセイでは、例えば、蛋白質に対する結合因子(例、抗体)を、固体支持体に結合させ、第2の蛋白質結合因子(例、異なる部位で蛋白質に結合する抗体)を標識する。被検蛋白質の2つの部位で結合が生じた後、結合していない標識化結合因子を除去し、固相に結合した標識化結合因子の量を測定する。結合した標識化結合因子の量は、サンプル中の被検蛋白質の量と正比例する。
【0038】
患者から得たサンプル中のCXCR3蛋白の存在はウェスタンブロット分析によって行うことができる。例えば、CXCR3の存在が疑われる組織サンプルを電気泳動に付して蛋白質を分離し、適切な固体支持体(例えば、ニトロセルロースフィルター)に転写した後、該固体支持体を、この蛋白質と反応性の一次抗体と共にインキュベートする。一次抗体は標識されていてもよい。次いで、該一次抗体と結合性の標識化二次抗体とインキュベートすることにより、サンプル中のCXCR3蛋白を検出することができる。
【0039】
上記のイムノアッセイに用いる成分の標識化は、当該技術分野で既知の方法で直接的又は間接的に行うことができる。通常、3H,125I,35S,14C,又は32Pを組み込んだ放射性標識が使用される。非放射性標識としては、標識化抗体に結合するリガンド、発蛍光団、化学発光剤、酵素等が挙げられる。標識の選択は、必要とされる感度、標識化の容易性、安定性など、並びに利用可能な装置に依存する。使用され得る種々の標識化又はシグナル生成系は、米国特許第4,391,904号等に記載されている。
【0040】
(v)CXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤を用いる癌の治療、転移阻止
本発明のCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤(以下、「CXCR3阻害剤」と略称)を用いてCXCR3陽性癌細胞の生存や転移を阻害・抑制するには、CXCR3阻害剤の有効量を、単独で、あるいは別の薬物と組み合わせて、適当な経路で、治療等が必要な患者に投与する。
【0041】
本発明のCXCR3阻害剤は、他の癌治療法(化学療法、照射療法、免疫療法又は外科的方法)と組み合わせて投与してもよく、アルキル化剤、核酸、代謝拮抗剤、細胞分裂毒、抗ホルモン、種々の症状のための治療(例えば、鎮痛剤、利尿薬、抗利尿薬、抗ウイルス剤、抗生物質、栄養補給剤、貧血治療薬、血液凝固治療薬、骨治療薬、ならびに精神医学的及び心理学的治療薬)等との併用も可能である。
【0042】
CXCR3アンタゴニスト、リガンドに対する抗体等を含有する組成物は、薬学的に許容される適当な担体、賦形剤と無菌的に混合することにより、例えば注射用製剤(溶液、懸濁液、乳濁液)、埋め込み製剤として調製される。本発明組成物は、通常、非経口投与で、好ましくは、静脈内に投与される。蛋白質又はペプチドアンタゴニストは、ヒト対象にとって免疫原性であり得るので、従来のIV投与セット又は皮下デポーによりゆっくり投与することが好ましいかもしれない。アンタゴニスト(抗体等)は水、生理的食塩水のような水溶性ビヒクル、又は種々の添加 剤及び/又は賦形剤と共に、又はこれらを用いずに緩衝液中で投与することもできる。あるいは、亜鉛懸濁液のような懸濁液中に含有させても良い。そのような懸濁液は、皮下(SC)、皮内(ID)又は筋肉内(IM)注射に用いうる。CXCR3阻害剤の濃度は、特に限定されないが、約5〜30mg/ml、好ましくは10〜20mg/mlの範囲である。
【0043】
CXCR3阻害剤の投与量は、治療目的、患者の体重、年齢、症状等の種々の因子に基づいて臨床医により決定される。癌治療のためには、最適量よりやや低用量から投与を開始し、副作用を観察しながら所望の効果が達成されるまで少しずつ増加させることが好ましい。治療最適用量の決定は、例えば、患者から一定量の試料を得、該試料中のCXCR3発現細胞数を監視することで行うことができる。また、癌細胞の転移を防止するために投与する場合、上記癌治療のための投与法に準じて行えばよい。そのような方法は臨床医によって、適宜決定される。なお、投与量は、選択したCXCR3阻害剤と治療対象の症状の重篤度にも依存して変化する。
【0044】
リガンドに特異的に結合する抗体又はそれらのフラグメントの投与量は、通常、1週間の総量として、体重1kg当たり、約0.01mg以上、より一般的には、約0.1mg以上、好ましくは約1mg以上である。投与量の上限は症例ごとに異なるが、1週間の総計として、一般に、体重1kg当たり1,000mg以下、好ましくは100mg以下、より好ましくは10mg以下である。
【0045】
CXCR3アンタゴニスト(例えば、抗体、結合フラグメント)の投与量は、通常、1週間の総量として、体重1kg当たり、約0.01mg以上、より一般的には、約0.1mg以上、好ましくは約1mg以上である。投与量の上限は症例ごとに異なるが、1週間の総計として、一般に、体重1kg当たり1,000mg以下、好ましくは100mg以下、より好ましくは10mg以下である。
【0046】
その他のCXCR3阻害剤の投与量も上記の場合を参照して症例ごとに適宜決定される。なお、本発明の組成物又は治療法における「有効量」は、癌細胞の所望の治療効果を達成するのに有効なCXCR3阻害剤の量を意味する。例えば、転移又は原発性腫瘍の消滅のみならず、その症状、サイズあるいは増殖を緩和するために充分な量をも意味する。そのような所望の治療効果は、個々の症例に応じて広範囲に変化しうることは当業者ならば理解しうることである。
【0047】
(B)癌細胞におけるCXCR3の発現に対する阻害剤
(i)CXCR3のアンチセンス
本明細書において、「配列番号:2の塩基配列からなるDNAのコーディング配列又は5’ノンコーディング配列の中の断片DNAと相補的な配列をもつDNA若しくはそのDNAに対応するRNA」とは、2本鎖DNAのアンチセンス鎖のDNA又はそのアンチセンス鎖のDNAに対応するRNAであって(以下、アンチセンスオリゴヌクレオチドという)、DNAもしくはRNAに結合し、CXCR3の発現を調節するものを意味する。アンチセンスオリゴヌクレオチドは、例えばCXCR3蛋白をコードする遺伝子の塩基配列を基にしてDNAとして製造するか、又はこのDNAをアンチセンスの向きに発現プラスミドに組み込むことでRNAとして製造することができる。このアンチセンスオリゴヌクレオチドは配列番号2の塩基配列からなるDNAのコーディング配列、5’ノンコーディング配列のいずれの部分のDNA断片と相補的な配列であってもよいが、好ましくは転写開始部位、翻訳開始部位、5’非翻訳領域、エクソンとイントロンとの境界領域もしくは 5’CAP領域に相補的配列であることが望ましい。
【0048】
CXCR3のsiRNA
本明細書において、「siRNA(short interfering RNA)」とは、mRNAに相同的な21〜25塩基程度で両方の3’末端が突き出た短い二本鎖RNAである。siRNAは、CXCR3のcDNAを鋳型として合成することができる。本発明に用いられるsiRNAは、配列番号2の塩基配列に対して、上記アンチセンスオリゴヌクレオチドと同様の関係を有するものであってよい。
【0049】
上記「DNA若しくはそのDNAに対応するRNA」の「化学的修飾体」(以下、アンチセンスオリゴヌクレオチドの化学的修飾体という)としては、DNA又はRNAの細胞内への移行性又は細胞内での安定性を高めるために修飾された誘導体であり、例えば、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエート、アルキルホスホトリエステル、アルキルホスホナート、アルキルホスホアミデート等の誘導体("Antisense RNA and DNA" WILEY-LISS刊 1992 P.1-50)が挙げられる。この化学的修飾体は、同文献等に記載の方法に従って製造することができる。このアンチセンスオリゴヌクレオチド又はその化学的修飾体を用いて、CXCR3蛋白をコードする遺伝子の発現を制御することにより、CXCR3陽性癌細胞の生存、転移を阻害することができる。アンチセンスオリゴヌクレオチド又はその化学的修飾体をそのまま投与する場合は、このアンチセンスオリゴヌクレオチドの好ましい長さとしては、例えば5〜200塩基のものが挙げられ、さらに好ましくは10〜50塩基のものが挙げられ、特に好ましくは15〜30塩基のものが挙げられる。
【0050】
(ii)CXCR3のアンチセンスの利用法
アンチセンスオリゴヌクレオチドを発現プラスミドに組み込む場合は、このアンチセンスオリゴヌクレオチドの好ましい長さとしては、1000塩基以下、好ましくは500塩基以下、より好ましくは150塩基以下である。アンチセンスオリゴヌクレオチドを発現プラスミドに組み込んだ後、目的の細胞に常法に従って導入する。導入はリポソームや組換えウイルスなどを利用する方法で行うことができる。アンチセンスオリゴヌクレオチドの発現プラスミドは通常の発現ベクターを用いてプロモーターの下流、逆向きに、すなわちCXCR3遺伝子が3’から5’の向きに転写されるように、連結することにより作製できる。
【0051】
CXCR3のsiRNA
siRNAは、細胞内に導入されると、標的mRNAを配列特異的に認識して切断することにより標的遺伝子の発現を抑制する。siRNAは、直接細胞内に導入するか、SiRNA発現ベクターに組み込んで導入することができる。(「RNAi実験プロトコール」羊土社)
【0052】
アンチセンスオリゴヌクレオチド、アンチセンスオリゴヌクレオチドの化学的修飾体又はsiRNAをそのまま投与する場合、安定化剤、緩衝液、溶媒などと混合して製剤した後、抗生物質、抗炎症剤、麻酔薬などと同時に投与してもよい。こうして作成された製剤は様々な方法で投与可能である。投与は連日又は数日から数週間おきになされるのが好ましい。また、この様な頻回の投与を避けるために徐放性のミニペレット製剤を作成し患部近くに埋め込むことも可能である。あるいはオスモチックポンプなどを用いて患部に連続的に徐々に投与することも可能である。通常投与量は作用部位における濃度が0.1nM-10μMになるように調製する。
【0053】
IV.薬物のスクリーニング
本発明により、CXCR3は、それを発現している癌の生存及び転移に重要な役割を担っていることが明らかになった。従って、該受容体を発現している細胞を用いてCXCR3陽性である癌を治療するための薬物をスクリーニングすることができる。そのようなスクリーニングは、(1)試験化合物をCXCR3発現細胞に接触させる工程及び(2)試験化合物がCXCR3の機能を阻害するか否かを確認する工程を含む。
ここで、CXCR3陽性細胞は、後述の実施例に記載のメラノーマや大腸癌由来の細胞、あるいはCXCR3遺伝子を適当な発現ベクターに組込み、宿主細胞に導入し、CXCR3を発現させた細胞を用いることもできる。宿主細胞としては、CXCR3を発現しうる任意の原核性、真核性等の既知の宿主細胞を使用できる。例えば、実施例に記載のマウスメラノーマ細胞株(B16F10)、ヒトメラノーマ細胞株(32TG、G361、HMV-1)、ヒト大腸癌細胞株(Colo205、HCT116、HT29、RKO、WiDr)等のそれ自体が発現している細胞に加えて、強制的に(人為的に)CXCR3を発現させた細胞株(例えば、DLD-1-CXCR3 細胞)等が挙げられるが、これらに限定されない。
発現ベクターの構築や宿主細胞の形質転換法は当業者に既知である。また、CXCR3の機能を阻害するか否かは、試験薬物の存在下と非存在下でのCXCR3陽性細胞の生存、増殖状態等を比較する方法のほか、例えば、上記の「癌細胞におけるCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤の利用法」等に記載のアッセイなどを利用して実施することができる。
以下に実施例を挙げて本発明を詳しく説明するが、本発明は、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0054】
実施例1 マウスメラノーマにおけるCXCR3発現
以下の実施例において使用したメラノーマ細胞はマウスメラノーマ細胞株B16F10であり、これは同系マウス(C57BL/6)でリンパ節転移をおこす有用なモデルである (Whalen, G. F.らAnn. Surg., 215: 166-171, 1992)。特記しない限り、これらの細胞、マウスを用いた。
【0055】
I. 転移性マウスメラノーマ細胞株(B16F10)でのケモカイン・レセプターの発現
B16F10細胞におけるケモカイン・レセプターの発現をRT-PCRによりスクリーニングした。
(1)RT-PCRによるケモカイン・レセプターの検出
培養細胞からISOGEN(Nippon Gene社)を用い、供給者の指示に従ってRNAを抽出した。2μgの各RNAを逆転写反応に付し、次いで以下の条件下、PCR反応を行った(変性:94℃, 30秒、アニーリング:58℃, 30秒、伸長:72℃, 1分、計35サイクル)。
CXCR3に用いたプライマー:
5’-GCCGGAGCACCAGCCAAGCCAT-3’(配列番号3)
5’-AGGTGGAGCAGGAAGGTGTC-3’(配列番号4)
CCR10に用いたプライマー:
5’-CTGGAATCTAGGAAGTACCAC-3’(配列番号5)
5’-CCAAAAAGGCATAAAGCACCG-3’(配列番号6)
サンプルの量を標準化するためにGAPDHを内部コントロールとして用いた。結果を図1(A)に示す。図1(A)から、B16F10細胞はケモカイン・レセプターとしてCXCR3とCCR10を発現していることが明らかである(GAPDHは内部コントロール)。なお、B16F10細胞において他のケモカインレセプターの発現は認められなかった(データ示さず)。また、リガンドについても検討した結果、CXCR3リガンド(CXCL9、CXCL10、CXCL11)及びCCR10リガンド(CCL27、CCL28)のいずれも発現していなかった。(データ示さず)
【0056】
(2)腫瘍を接種したマウスにおける免疫組織化学染色と蛍光抗体法
移植腫瘍におけるCXCR3蛋白の蛋白レベルの発現をインビボで免疫組織染色法により調べた。
方法と結果:
雌の同系マウス(C57BL/6マウス、6〜8週齢)の足蹠部にB16F10細胞(5X105cell/30μl PBS)を接種し、3週間後にマウスを剖検し、原発巣、リンパ節、肺を摘出し、免疫組織化学染色(図1B〜G)で転移の有無を調べた。
【0057】
ホルマリン固定したパラフィン包埋切片をCXCR3抗体(Santa Cruz社)を用い、アビジン-ビオチン免疫ペルオキシダーゼ法にて染色した。IgG isotypeをネガテイブ・コントロールとして用いた。その結果、図1(B)〜(G)に示すように、初期移植の原発巣に加え、リンパ節転移巣、肺転移巣においてもCXCR3の発現が確認された。図中、(B)、(C)は原発巣、(D)、(E)はリンパ節転移巣、(F)、(G)は肺転移巣を示す。ここで、(B)、(D)、(F)はIgG isotypeを用いたネガテイブ・コントロールであり、これらの図における黒点はメラノーマ細胞の産生したメラニン色素である。また、(C)、(E)、(G)はCXCR3抗体により染色(図中、黒)した結果である。(図1のScale bar=100μm)。
【0058】
II. ケモカインを介した走化性、浸潤性(侵襲性)
(1) ケモタキシスアッセイ、ケモインベージョンアッセイ
CXCL9、CXCL10、CXCL11に加え、CCL21もマウスにおいては、弱いながらもCXCR3に結合することが報告されている。そこで、これらの組換えケモカイン(Peprotech社)を用いて走化性、浸潤性の誘導をインビトロアッセイ(ケモタキシスアッセイ、ケモインベージョンアッセイ)で試験した。
方法と結果:
走化性(ケモタキシス)と浸潤性(ケモインベージョン)は、24-ウエルTranswell culture chamber(8μm-pore メンブラン、Coster社)を用いて検討した。(Saiki, I.ら、Cancer Res., 50: 3631-3637, 1990)。
フィルターを予めフィブロネクチン(1020μg/ml)又はMatrigel(30mg/インサート)でコートしてから、B16F10細胞((5×104(ケモタキシス用)又は2.5×105 (ケモインベージョン用)cells/ml)を上室に加え、6時間(ケモタキシス)及び24時間(ケモインベージョン)培養し、フィルター下面に遊走した細胞を少なくとも異なる5視野以上(x200)で計測した。実験群は、下室に各種ケモカインを添加したものを用い、コントロール群はケモカイン非添加のものを用いた。
【0059】
各実験は少なくとも3回以上行った。走化性と浸潤性の指標(ケモタキシス指標、ケモインベージョン指標)は実験群の遊走細胞数とコントロール群の遊走細胞数で除して得た比率で表した。ケモキネシスをチェックボードで試験したが、全ケモカインで陰性であった。
【0060】
結果を図2に示す。図2(A)はCXCL9、CXCL10、CXCL11、CCL21に対する走化性を示し、横軸はケモカイン濃度(ng/ml)、縦軸はケモタキシス指標を表す。(B)は浸潤性を示し、横軸はケモカイン濃度(ng/ml)、縦軸はケモインベーション指標を表す。(Mean±SD(Student’s t-test; *P<0.01)。
図から明らかに、ケモカインCXCL9、CXCL10、CXCL11はマウスメラノーマ細胞株B16F10細胞の走化性及び浸潤性を濃度依存的に亢進したが、CCL21は500ng/mlにおいても、いずれの反応も誘導しなかった。なお、B16F10細胞が反応したケモカインの濃度(50〜100ng/ml)は白血球について認められる濃度とほぼ同等である。
【0061】
(2)CXCL9を介したアクチン細胞骨格の変化、接着斑(focal adhesion)形成及び細胞生存の亢進
培養白血球上のレセプターへのケモカインの結合は、細胞運動と遊走の必須条件であるアクチン重合の引き金となることが知られている(Bleul, C. C.ら、J. Exp. Med., 184: 1101-1109, 1996)。その結果、アクチン細胞骨格が変化し細胞運動が起こるが、これを以下の方法で試験した。
方法と結果
FAK(focal adhesion kinase;)、パキシリンのリン酸化
B16F10細胞(4×106個)をコラーゲンコートした6cm培養皿で無血清条件下、2時間培養してのち、CXCR3のリガンドであるCXCL9(100ng/ml)と共にインキュベートすることによりCXCL9処理した。次いで、1mlのlysis buffer (50mM Tris, 150mM NaCl, 1mM EGTA,2mM Na3VO4, 50mM NaF, 1% NP-40, 4mM Na4P2O7, プロテアーゼインヒビター、 pH7.4)で溶解し、蛋白質を抽出した。サンプル各0.45mlずつをFAK抗体(anti-FAK)、パキシリン抗体(Upstate Biotechnology社)でprotein G-Sepharoseを用いて免疫沈降した。沈降物の半分をブロットし、ECL リン酸化検出キット(EGL phospholylation detection kit, Amersham Pharmacia社)にてリン酸化蛋白を検出した。残りの半分はFAK抗体、パキシリン抗体を用いる蛋白質の検出に供した。
結果を図2の(C)〜(E)に示す。p-Tyrとは、リン酸化チロシンを表し、Anti P-Tyrはチロシン残基がリン酸化された蛋白質に対する抗体を意味する。図2(D)のp-Tyrはリン酸化FAK、(E)のp-Tyrはリン酸化パキシリンに対する抗体を用いた結果を示している。
【0062】
(C):細胞にCXCL9(100ng/ml)投与し、5分後にファイロジン(phalloidin)にてアクチン細胞骨格を蛍光染色した。局所に集積した像(+CXCL9)と細胞全体に均一に分布する像(-CXCL9)の代表例を示した。
(D)及び(E):細胞へのCXCL9を投与後の経時的なFAK(D))とパキシリン(E)のリン酸化をウエスタンブロット法で検討した。ウエスタンブロット法は既知の方法で行った。
図2(C)に示すように、アクチン繊維が局所に集積したものは約2倍に増加した(20.2±3%から38.4±5.6%に増加; P<0.01)。そして細胞全体に均一に分布するものは約半分に減少した(45.7±5%から22.8±1.9%に減少; P<0.01)。
【0063】
さらにCXCL9は接着斑(focal adhesion complex)の形成に重要なFAK、パキシリンのリン酸化を促進した(図2(D)、(E))。FAK、パキシリンのリン酸化はCXCL9添加後即座に生じ、約10分間継続していたが、30分経過した時点では基線(baseline)レベルまで下がっていた。FAK等の蛋白キナーゼやその基質であるパキシリン、タリン(talin)、テンシン(tensin)はβ-1インテグリンの形成する接着斑に集積することが知られている(Craig, S. W.ら、Curr. Opin. Cell Biol., 8: 74-85, 1996)。従ってCXCL9はリンパ節の細胞外基質とのβ-1インテグリンを介した接着を急速にかつ一過性に促進すると考えられる。
【0064】
(3)細胞増殖、細胞生存アッセイ
CXCL12/SDF‐1α(間質細胞由来因子1α;stromal cell-derived factor 1)がCXCR4と結合することで走化性に加え細胞増殖や細胞生存が細胞種によっては亢進することが知られている。そこでCXCL9がB16F10にそのような反応を引き起こすかを調べた。B16F10細胞(1×106個)を血清添加(10%, 0.1%FCS)又は血清非添加培地で、CXCL9(100ng/ml)の存在下又は非存在下、48時間インキュベートした。生存細胞をトリパンブルー色素排除試験(dye exclusion test)により、計測した。各実験は少なくとも3回行った。結果を図2(F)に示す。図はCXCL9の存否(横軸)と生存細胞率(%)(縦軸)の関係を示している。Mean±SD(Student’s t-test; *P<0.01)
細胞増殖に関しては、CXCL9は高濃度血清添加時(10%FCS)でも低濃度血清添加時(0.1%FCS)でも変化をもたらさなかったが、細胞生存に関しては、血清非添加時においてコントロール(untreated control)にくらべ有意に細胞生存の亢進を誘導した(P<0.05)。
【0065】
III. CXCR3アンチセンスRNA導入による影響
(1)CXCR3アンチセンスRNA導入細胞(トランスフェクタント)の作製
CXCR3の機能を調べるために、CXCR3発現が抑制された、アンチセンスRNA導入細胞(B16F10トランスフェクタント)を作成し、解析した。
B16F10トランスフェクタントクローン細胞株の作成は以下の方法で行った。
マウスCXCR3 cDNA(NCBI登録番号:AB003174)の5’側544 bpセグメントをRT-PCRで増幅後、先ずpCRII(Invitrogen社)のTA cloning siteにサブクローニングした。次いで、BamHI/XbaIフラグメントとしてpcDNA3.1/Hygro (Invitrogen社)にアンチセンスの方向で挿入した。
アンチセンスRNAの生成に用いたプライマーは以下のものである。
5’-AAGCCATGTACCTTGAGGTTA-3’(配列番号7)
5’-CAGACAGAGACCCCATACAAGC-3’(配列番号8)
また、サブクローンした遺伝子の挿入部分の方向性については、数種類の制限酵素(Hind III、Bgl II)を用いたマッピングと配列決定(シークエンス)で確認した。リン酸カルシウム法でB16F10細胞に遺伝子導入を行い、ハイグロマイシンB(200μg/ml)を含んだ選択培地で3週間培養することで安定発現株を分離した。かくして3つのアンチセンスRNA形質移入体(以下、「アンチセンス株」と呼称)(AS1、AS2及びAS3)と2つの空ベクター形質移入体(以下、「空ベクター株」と呼称)(EV1、EV2)を樹立した。
【0066】
CXCR3の蛋白量は細胞溶解液40μgに関して、ウエスタンブロット法にて定量化した。β-アクチンを用いて補正(正規化)した。結果を図3(A)に示す。上段はCXCR3とβ-アクチンのウエスタンブロット法の結果を、下段は定量化の結果を示す。図はクローン(横軸)ごとのCKCR3相対密度(relative CXCR3 density)(縦軸)を示している。(Mean±SD, n=3(Student’s t-test; *P<0.01)。図3(A)のウエスタンブロットの結果から、アンチセンス株のCXCR3の蛋白レベルが親株や空ベクター株の約20〜25%に減少していることが分る。
【0067】
次にCXCR3の機能を評価するため細胞内Ca2+濃度(移動)の測定、ケモタキシスアッセイ、及び細胞増殖の検討を行った。
1)細胞内Ca2+濃度(移動)の測定(カルシウム移動アッセイ)は、20μM Fluo-3AM (Molecular Probes社)と予備インキュベーションした後、Fluoroskan Ascent FL(Labsystems社)を用い、CXCL9(300ng/ml)添加後の相対的な(relative)蛍光強度を計測することで行った。また、ケモタキシスアッセイは上記(3)に記載の方法に準じて行った。さらに、細胞増殖の検討では細胞(1×105個)を5%FBS含有培地で48時間培養後に細胞数を計測した。
【0068】
結果を図3(B)〜(D)に示す。図3(B)は、CXCL9投与後の細胞内Ca2+濃度測定の結果を示す。CXCL9投与後の細胞内Ca2+濃度の増加が、アンチセンス株では抑制されていることが分る。また図3(C)は、CXCL9(100ng/ml)に対するケモタキシスアッセイの結果を示す。(Mean±SD(Student’s t-test; *P<0.01)。細胞内Ca2+濃度の上昇はケモカインに反応して即時に引き起こされる反応であり、B16F10細胞へのCXCL9投与で15〜20%上昇している。空ベクター株の場合も同様であったが、アンチセンス株の場合にはその上昇は約5%程度に抑制されている(図3(B))。この結果とも一致して、ケモタキシスアッセイではCXCL9による走化性はアンチセンス株では殆ど消失していた(図3(C))。図3(D)は細胞増殖アッセイ(48時間後)の結果を示す。細胞増殖に対するCXCR3抑制効果の可能性を除外するために、親株、空ベクター及びアンチセンストランスフェクタントB16F10クローンの増殖速度を調べたが、親株、空ベクター株、アンチセンス株の間に違いは認められなかった(図3(D))。
【0069】
(2)アンチセンス株でのリンパ節転移能の抑制
リンパ節転移におけるCXCR3の役割を検討するため、B16F10細胞を同系マウスの足蹠に接種した。一週間後に膝下リンパ節(LN)を採取し、破砕(ホモジェネート)し、ISOGEN(Nippon Gene社)を用い、供給者の指示に従ってRNAを抽出した。ゲノムDNAの混入を防ぐためDNaseI処理を行った後、逆転写反応に供しcDNAを合成した。その後、cDNAを増幅し、ABI-7700 DNA Sequence Detector(Perkin-Elmer社)を用い、供給者の指示に従い、以下のプライマーとプローブを用いて定量的RT-PCRで調べた。なお、メラノサイト・マーカーであるTRP-1のmRNAの発現量はリンパ節の微少転移を調べる感度の良い検出法であり、実際の臨床のメラノーマの治療においても用いられている(Bieligk, S. C.ら、Ann. Surg. Oncol., 6: 232-240, 1999)。
【0070】
TRP-1: 5’-CCTAGCTCAGTTCTCTGGACATGA-3’(配列番号9)、
5’-TCGCAGGCCTCTAAGATACGA-3’(配列番号10)及び
5’-Fam-CTGCCTGGGCCACAGTTCACCTCTAATT-Tamra-3’ (配列番号11);
CXCL9: 5’-AGAACTCAGCTCTGCCATGAAGT-3’(配列番号12)、
5’-AACTCCACACTGCTCCAGGAA-3’(配列番号13)及び
5’-Fam-CGCTGTTCTTTTCCTTTTGGGCATCA-Tamra-3’(配列番号14);
CXCL10:5’-CCAGTGAGAATGAGGGCCATAGG-3’(配列番号15)、
5’-CTCAACACGTGGGCAGGAT-3’(配列番号16)及び
5’-Fam-AAGCTTGAAATCATCCCTGCGAGCC-Tamra-3’ (配列番号17);
CXCL11:5’-CAGGAAGGTCACAGCCATAGC-3’(配列番号18)、
5’-CAAAGACAGCGCCCCTGTT-3’(配列番号19)及び
5’-Fam-CCACAGCTGCTCAAGGCTTCCTTATGTTC-Tamra-3’(配列番号20);
CCL21: 5’-CAAAGCAGCCACCTCATGCT-3’(配列番号21)、
5’-ATGGCCGTGCAGATGTAATG-3’(配列番号22)及び
5’-Fam-TCCACACCCTTGCCCTGCTTCAA-Tamra-3’(配列番号23)
なおGAPDHmRNAレベルを内部標準として補正した。PCR反応の条件は上記I(1)に記載の条件と同様である。
連続希釈実験(serial dilution studies)にてTRP-1シグナル(TRP-1、Tyrosinase Related Protein-1)の検出限界は、ネズミリンパ節細胞5×10個に当たり、僅か50細胞程度のメラノーマ細胞であることが確認された。
【0071】
図4に示すように、CXCR3の発現低下によりB16F10細胞のリンパ節転移能が抑制された。図4(A)は定量的RT-PCRによるリンパ節内に検出される腫瘍マーカーTRP-1の定量化を示す。Mean±SD(Student’s t-test; *P<0.05)。図4(B)は、接種後3週間後の親株、EV1株、AS1株、AS2株を接種したマウスの膝下リンパ節の状態を示す代表例である。各マウスより1つのリンパ節を採取した。Scale=1mm。
【0072】
一週間後は、足蹠の原発巣を直視下に同定が可能となる頃であり、マウスによってはリンパ節転移も同定された。TRP-1mRNAの発現量はアンチセンス株(AS1、AS2)を接種したマウスの場合は、空ベクター(EV1)を接種したマウスの場合の約1/4〜1/8程度にまで減少(P<0.05)していた。一方、親株を接種した場合は空ベクターの場合と同程度の発現量であった(図4(A)参照)。なお培養条件下において親、空ベクター株、アンチセンス株の各種細胞株の間にTRP-1の発現量自体に差は認められなかった(8〜9pg/ng cDNA)。また、接種後3週間リンパ節転移の有無を検討した結果、この時期には足蹠の原発巣は径1cmほどに達していた(図4(B))。親株と空ベクター株の場合は合計で40%(10/25)に転移が生じていたが、アンチセンス株の場合はAS1、AS2合わせて6.3%(1/16)にまで減少していた(表I参照; P<0.05 Studentのt検定)。
【0073】
詳細には親株、空ベクター株がそれぞれ37.5%(6/16)、44.1%(4/9)であったのに対し、AS1株、AS2株はそれぞれ12.5%(1/8)、0%(0/8)であった。なお原発巣のサイズに関しては各細胞株間に有意な差は認められなかった(表I)。また肺転移に関しても各細胞株間に差は認められなかった。原発巣から蛋白抽出物を得、CXCR3の発現量をウエスタンブロット法で常法により調べたところ、アンチセンス株ではin vivoでも抑制効果は保たれていた。これらの結果はCXCR3がB16F10細胞のリンパ節転移に重要な役割を果たしていることを示している。
【0074】
【表1】

【0075】
IV. siRNAを用いたヒトCXCR3の発現抑制
以下の方法でsiRNAを用いたヒトCXCR3の発現抑制実験を行った。
CXCR3DNA遺伝子上の標的部位と、siRNAは以下の通りである。
1)CXCR3siRNA1
DNA標的配列:配列番号2の442-462位
5'-AAGTGGCAGGTGCCCTCTTCA-3’ (配列番号29)
siRNA二本鎖
センス: 5'-GUGGCAGGUGCCCUCUUCAdTdT (配列番号30)
アンチセンス: 5'-UGAAGAGGGCACCUGCCACdTdT (配列番号31)
2)CXCR3siRNA2
DNA標的配列:配列番号2の162-182位
5'-AACGAGAGTGACTCGTGCTGT -3’ (配列番号32)
siRNA二本鎖
センス:5'-CGAGAGUGACUCGUGCUGUdTdT (配列番号33)
アンチセンス: 5'-ACAGCACGAGUCACUCUCGdTdT (配列番号34)
3) 方法と結果
大腸癌細胞Colo205細胞に、直接、CXCR3 siRNA1又はCXCR3 siRNA2をRNAiFect Transfection Reagent (QIAGEN)を用いて遺伝子導入し、標的遺伝子であるCXCR3の発現抑制効果を検討した。遺伝子導入後24時間経過時点での蛋白レベルをウエスタンブロット法にて調べたところ、非導入大腸癌細胞Colo205細胞に比較して、CXCR3 siRNA1導入細胞では50%、また、CXCR3 siRNA2でも50%に有意に発現が抑制されていることが確認された。またmRNAレベルでの発現を半定量的RT-PCR法にて調べたところ、CXCR3 siRNA1では、非導入大腸癌細胞Colo205細胞に比較して32%に、CXCR3 siRNA2では66%に有意に抑制されていることが確認された。
【0076】
V. CFAによるCXCL9及びCXCL10誘導の影響
(1)CFAにより誘導されたCXCL9及びCXCL10によるB16F10細胞の走化性亢進
CFA(完全フロインドアジュバント)により誘導された、ケモカイン(CXCL9及びCXCL10)のリンパ節における発現と、蛋白抽出物に対する走化性を検討した。
CXCR3のリガンドであるCXCL9及びCXCL10は定常状態においてリンパ組織においてのみ高発現しており、肺、肝臓、脳においては発現していない(Gattass, C. R.ら、J. Exp. Med., 179: 1373-1378, 1994; Amichay, D.ら、J. Immunol., 157: 4511-4520, 1996)。また、CFAにより生じる局所炎症はその所属リンパ節においてTh1細胞により産生されるIFN-γによりCXCL9とCXCL10を誘導することが知られている。炎症刺激されたリンパ節におけるCXCR3のリガンドを調べるために、CFA(炎症刺激)又はPBS(コントロール)接種後3日目のリンパ節におけるCXCL9、CXCL10、CXCL11、CCL21のmRNA発現量を、上記(7)に記載の条件下で、定量的RT-PCRにて計測した。上記と同様に、免疫組織染色にてリンパ節内におけるCXCL9及びCXCL10の局在について検討した。さらに、上記と同様に、炎症刺激されたリンパ節内に誘導されたケモカインの生物学的活性度を調べるために、正常リンパ節、CFA刺激されたリンパ節から蛋白抽出物(1mg)を用いてケモタキシス(遊走)アッセイを行った。結果を図5に示す。
【0077】
図5(A)はCFA又はPBS刺激後3日目のリンパ節(LN)のケモカインについての定量的RT-PCRによる検討の結果である。図5(B)はリンパ節からの蛋白抽出物(1mg)に対するケモタキシスアッセイの結果である。*P<0.01, **P<0.01(サンプル3 vs. 4-9)、+P<0.05(サンプル4又は6 vs. 8)。
CFA刺激によりCXCL9、CXCL10のmRNAはそれぞれ2.0倍、6.7倍に増加した。一方CXCL11のmRNAは殆ど発現しておらず、またCCL21のmRNAは逆に1/5に減少した(図5(A))。なおCCR10のリガンドであるCCL27、CCL28のmRNAはいずれもリンパ節には発現していなかった。(CCL27は皮膚特異的なホメオスタシスケモカインである)。
【0078】
CFA又はPBS刺激後のリンパ節でのCXCL9及びCXCL10淡白の発現を調べるために、凍結組織用包埋剤OCT 化合物(Milles Lab製)で包埋し凍結したリンパ節の切片(4μm)を用い、CXCL9抗体(R&D社)又はCXCL10抗体(Santa Cruz社)のいずれかと、CD11b抗体(Pharmingen社)で二重染色を行い、ビオチン化抗ヤギ二次抗体とフルオレセインアビジンDCS(Vector Laboratories社)又は抗ラットAlexa594 抗体(Molecular Probes)と反応させて染色した。
その結果、CXCL9、CXCL10のいずれも主に辺縁洞から皮質洞にかけて発現しており、同部位はCD11b(+)細胞の局在ともほとんど一致することが確認された。この実験から、PBS刺激した場合に比べ、CFA刺激した場合は有意に増加していること分かった(データ示さず)。
腫瘍細胞は輸入リンパ管を通ってリンパ節の辺縁洞に初期転移巣を形成することが知られており、これはCXCL9とCXCL10の局在とも一致している。
【0079】
CFA刺激されたリンパ節から蛋白抽出物を抽出しケモタキシス(遊走)アッセイを行い炎症刺激されたリンパ節内に誘導されたケモカインの生物学的活性を調べた(図5(B))。
正常リンパ節又は炎症腫大したリンパ節から、プロテアーゼインヒビターの入ったTris-HClで蛋白成分を抽出した(Hujanen, E. S.ら、Migration of tumor cells to organ-derived chemoattractants、 Cancer Res., 45: 3517-3521, 1985)。
【0080】
中和実験では、抽出した蛋白質をCXCL9抗体、CXCL11抗体(R&D社)、CXCL10抗体、CCL21抗体(Peprotech社)各々と予備インキュベーションした。
正常リンパ節に対しCFA刺激したリンパ節は約2倍の走化性を示した(サンプル3)。予想通りにCXCL9抗体やCXCL10抗体は濃度依存的に有意に走化性を抑制した(サンプル4〜7)が、CXCL11抗体やCCL21抗体は抑制しなかった(サンプル10〜13)。更にCXCL9抗体とCXCL10抗体を組み合わせた場合にはより強く抑制された(サンプル8、9)。
【0081】
(2)CFAにより誘導されたCXCL9及びCXCL10によるリンパ節転移能の促進
CFA刺激によるB16F10細胞のリンパ節転移能の促進、CXCR3発現低下又はCXCL9+CXCL10抗体によるリンパ節転移能の抑制を調べた。結果を図6に示す。各実験のタイムスケジュールが呈示されている。図6(A):定量的RT-PCRによるリンパ節内に検出されるTRP-1の定量化。Mean±SD(Student’s t-test; *P<0.01, **P<0.01)。図6(B):PBS+親株、CFA+親株、CFA+AS1株、CFA+AS2株を接種したマウスの膝下リンパ節の代表例。図6(C):親株接種後コントロールIgGを接種した群、及びCXCL9+CXCL10抗体を接種した群の代表例である。(Scale=1mm)。以下に詳細に説明する。
【0082】
所属リンパ節内のCXCL9及びCXCL10がB16F10細胞の転移を促進しているか否かを、腫瘍(メラノーマ細胞)細胞の接種3日前に宿主マウスにCFA刺激を行い、接種から一定期間後、上記と同様にしてマウスから採取したリンパ節でのTRP-1mRNAの発現量を調べて確認した。
その結果、1週間後には、CFA刺激した場合はPBS刺激した場合に比べ約11倍に増加していた(図6(A);P<0.01)。CFA刺激によるこのTRP-1mRNAの増加は親株や空ベクタークローンを接種した場合と、基本的に同じであったが、アンチセンス株AS1又はAS2を用いた場合には、EV1クローンの場合に比較してmRNAレベルは約1/3〜1/6に有意に減少していた(P<0.01 図6(A))。
【0083】
接種後3週間では親B16F10株は、予めPBSを注射して刺激したマウスの場合には30%(6/20)に転移が認められたのに対し、CFAを注射で刺激されていたマウスの場合には91%(21/23)に転移が認められた(表II; P<0.01)。しかしながら、CFAを先ず注射して刺激した後にアンチセンス株(CXCR3アンチセンスのトランスフェクタントクローン)を用いた場合には転移能の亢進は有意に抑制された(図6(B)、表II; P<0.01)。AS1株、AS2株(AS-1,AS-2トランスフェクトクローン)の場合、それぞれ46%(7/15)、33%(5/15)しか転移は認められなかった。転移病巣は比較的小さかった。なお原発巣のサイズに関しては親、空ベクター及びアンチセンス株、の各細胞株間に有意な差は認められなかった(表II)。また肺転移に関しても各細胞株間に差は認められなかった。
【0084】
【表2】

【0085】
さらにCXCR3及びそのリガンドの転移における役割を調べるために、CXCL9抗体及びCXCL10抗体を用いてB16F10のリンパ節転移が抑制されるかどうか検討した。すなわち、リンパ節のある膝下領域に中和抗体(CXCL9抗体+CXCL10抗体)を繰り返し接種しコントロールIgGの場合と比較した(図6(C))。親株(B16F10細胞)接種後3週間後には、IgG接種群の場合、7匹全てにリンパ節転移が認められたのに対し、中和抗体接種群の場合、7匹中3匹のみにしか転移は認められなかった。なおIgG処置群(コントロール)の場合、転移巣は全て2−4mmの大きさであったのに対し、中和抗体処置群では1mm以上の転移巣は1匹のみであった。以上の結果はCFA刺激により増加したCXCL9及びCXCL10は、B16F10細胞のリンパ節転移を促進すること、CXCR3発現の抑制もしくはリガンドケモカインの中和により、CXCR3の活性を阻害すると、転移の頻度、病巣のサイズが抑制されることを示している。
【0086】
V. ヒトメラノーマ細胞におけるCXCR3の発現
メラノーマ細胞でのCXCR3の発現については標識したCXCR3抗体(R&D Systems1社)を使ってFACScan (Becton Dickinson社)でフローサイトメトリーにより解析した。また、蛍光抗体法でCXCR3の発現を調べた。結果を図7に示す。
【0087】
FACSにより4種類のヒトメラノーマ細胞株(C32TG、G361、HMV-1、SK-Mel28細胞株)を調べたところ、C32TG、G361、HMV-1の3種はCXCR3を発現していたが、SK-Mel28は殆ど発現していなかった(図7(A))。蛍光抗体法により、CXCR3の発現はC32TG、G361、HMV-1の3種で確認された(図7(B))。
【0088】
上記の結果はB16F10細胞のリンパ節転移にCXCR3のシグナルが重要な役割を持っており、肺転移にはあまり関与しないことを示している。これらの結果から、メラノーマの転移先臓器は、発現しているケモカイン・レセプターの影響を受け、CXCR3はリンパ節転移に、CXCR4は肺転移に関与していると考えられる。
【0089】
実施例2 CXCR3強制発現ヒト大腸癌細胞株のリンパ節転移能
I.ヒト大腸癌細胞株におけるCXCR3発現
CXCR3陽性癌についてさらに検討を行った。10種類のヒト大腸癌細胞株(Colo205、HCT116、HT29、RKO、WiDr、DLD-1、SW480、LS174T、caco2、HCT15細胞株)においてCXCR3の発現についてヒトCXCR3抗体(R&D Systems)を用いてウエスタンブロット法により解析したところ、Colo205、HCT116、HT29、RKO、WiDr細胞株でCXCR3発現を確認した(データ示さず)。非発現細胞DLD-1を以下の実験で用いた。
II. CXCR3強制発現細胞のリンパ節転移能
CXCR3と癌転移との関係を調べるために、CXCR3を発現していないヒト大腸癌細胞DLD-1細胞を用いて、マウスCXCR3を強制発現した細胞(DLD-1-CXCR3)とCXCR3を導入しない空ベクター導入細胞(DLD-1-EV)を作成し、各細胞におけるCXCR3の発現をRT-PCRにより検討した。
(1)CXCR3強制発現細胞の作成とCXCR3の機能解析
1)ヒト大腸癌細胞DLD-1へのレトロウイルスを用いた遺伝子導入
マウスのCXCR3 cDNA はRT-PCR にて増幅後、レトロウイルスベクターpMX(Onishi M ら、Exp. Hematol. 24:324-329, 1996)にサブクローンした。RT-PCR に使用したプライマーは以下の配列を有する。なお、PCR反応の条件は上記実施例1(1)に記載の条件と同様である。
5’-GAATTCAAGCCATGTACCTTGAGGTTA-3’(配列番号24)
5’-CTCGAGAATTACAAGCCCAGGTAGGAG-3’(配列番号25)
(アンダーラインは制限酵素EcoRI又はXhoIサイトを表す)
PCR 産物を制限酵素EcoRIとXhoIで常法に従って断片化し、配列を決定し、公表されているマウスCXCR3の配列(GenBank Accession No. AB003174)と一致していることを確認した。CXCR3 cDNAは、レトロウイルスベクターpMXのinternal ribosomal entry site (IRES)enhanced green fluorescent protein (EGFP)配列の上流に組み込まれるように設計されている。このようにして、pMX-CXCR3-IRES-EGFPを作製した。
【0090】
GP-293 パッケージング細胞(Exp. Hematol. 24:324-329, 1996(同上))にFuGene6 試薬(Roche Diagnostic Corp)を用いてpMX-CXCR3-IRES-GFPとpVSV-G (BD Biosciences, vesicular stomatitis virus の envelop glycoprotein (VSV-G)をコードしたプラスミド)をともに遺伝子導入し、細胞上清を集めてウイルス溶液とした。同様に、CXCR3遺伝子が導入されていない空ウイルスベクター(pMX-IRES-GFP)を用いてウイルス溶液を得た。
CXCR3を発現していないヒト大腸癌細胞DLD-1細胞(細胞密度30〜50%)をポリブレン (8μg/ml)を添加したウイルス上清中で培養し、ウイルス感染を行った。培養条件は以下の通りである。
培養液:10%ウシ胎児血清添加 Dalbecco's Modified Eagle Medium 液
温度:37℃
感染効率は10%余りであったが、EGFP を指標として細胞集団をFACSにてソーティングすることでCXCR3 を高発現した細胞集団を樹立した。
本明細書中、pMXCXCR3-IRES-EGFP を遺伝子導入した細胞を「DLD-1-CXCR3 細胞」、空ベクターpMX-IRES-EGFP を遺伝子導入した細胞を「DLD-1-EV 細胞」と表記する。
各細胞におけるCXCR3の発現を、RT-PCRとケモタキシスアッセイにより検討した。
RT-PCRは上記と同様に行い、DLD-1-CXCR3ではCXCR3が発現しており、DLD-1-EVでは発現していないことを確認した。(データ示さず)
ケモタキシスアッセイはリガンドとしてCXCL10を用い、「実施例1、II.、(1)ケモタキシスアッセイ、ケモインベージョンアッセイ」に記載の方法に準じて行った。その結果、LD-1-CXCR3は、100ng/ml CXCL10に対して有意な走化性を示したのに対し、DLD-1-EVは走化性を示さなかった。(データ示さず)
これらの結果より、DLD-1-CXCR3でCXCR3が発現し、機能していることが確認された。
【0091】
2)in vivo の転移実験
リンパ節転移に対するCXCR3の役割を検討するため、DLD-1-CXCR3とDLD-1-EVをヌードマウス(BALB/c nude (nu/nu) mice;CLEA Japan)直腸に接種した。直腸癌リンパ節自然転移モデルにおいては、ヒト大腸癌細胞(DLD-1-CXCR3 細胞)の懸濁液(1x106 cells/50 μl PBS)をヌードマウスの直腸粘膜に注入した。対照動物には、空ベクターを導入した細胞DLD-1-EV 細胞を同様に接種した。1週間後には直腸癌が確認され、時間とともに大きくなった。接種14 日目と28 日目に大動脈周囲リンパ節を採取し定量的PCR 法にて転移した癌細胞の数を計測した。また、接種6週間後に大動脈周囲リンパ節を採取しGFP蛍光に基づいて蛍光顕微鏡下にて観察し、肉眼的に転移巣の有無を判定した。なお大動脈周囲リンパ節は腹部大動脈から左右の総腸骨動脈の周辺に認められ、マウス1匹あたり平均2〜4 個存在していた。結果を表3に示す
【表3】

CXCR3を強制発現したDLD-1-CXCR3細胞を接種したマウスでは、59%に大動脈周囲リンパ節への転移が認められたが、DLD-1-EVを接種したマウスでは14%しか転移は認められなかった。それぞれの原発巣の大きさに差は認められなかった。一方、肺や肝臓への転移の頻度は少なく、両群で差は認められなかった。これらの結果は、CXCR3がCXCR3陽性癌のリンパ節転移促進機能を有することを示している。また、肺や肝臓への転移には影響しないことをも示すものであり、実施例1の結果と一致している。
【0092】
3)転移癌細胞の定量化(経時的変化)
ヒト大腸癌細胞のリンパ節への転移は、ヒトβ-グロブリン関連配列(HBB;GenBank accession No. NG 000007)を指標として定量化した。リンパ節からDNA を抽出し、ABI-7700 DNA Sequence Detector (Perkin-Elmer Corp)を用いて定量的PCR 法にて測定した。PCRの条件は上記と同様である。使用したプライマーとプローブは以下の通りである。
5’-CACTGACTCTCTCTGCCTATTGGTC-3' (配列番号26)
5'-AGGAGTGGACAGATCCCCAAA-3'(配列番号27)
5'-Fam-CTACCCTTGGACCCAGAGGTTCTTTGAGTC-Tamra-3’(配列番号28)
なおこの方法の検出感度は、リンパ節1つあたり50 個あまりの癌細胞であることを希釈実験により確認している。
結果を図8に示す。図から、2週間後ではDLD-1-CXCR3とDLD-1-EVで差は認められないが、4週間後ではDLD-1-CXCR3で転移が促進されていることがわかる。
【0093】
4)臨床検体におけるCXCR3の発現
大腸癌におけるケモカイン受容体の臨床的意義について検討するため、92 症例の臨床検体におけるCXCR3の発現を、免疫組織染色法で検討した。免疫染色法は上記と同様に行った。次いで、CXCR3の発現の有無と臨床病理学的パラメーターとの相関性について検討した。結果を表4に示す。
表4に示すように、CXCR3 はリンパ節転移(P < 0.01)、TNM stage(P < 0.01)、リンパ管侵襲(P = 0.016)及び脈管侵襲(P = 0.033)と有意に相関していることが明らかとなった。リンパ節転移に関しては、CXCR3 陽性症例の場合は31 症例中24 症例(77.4%)においてリンパ節転移が生じていたが、CXCR3 陰性症例の場合は61 症例中14 症例(22.9%)しかリンパ節転移は生じていないことが分かる。これらの結果は、CXCR3の発現がリンパ節転移と有意に相関していることを意味する。また、CXCR3陽性の腫瘍を持つ患者の切除術後の生存率を調べた結果、CXCR3陰性の腫瘍を持つ患者に比べ有意に生存率が低く、予後が悪いことが明らかとなった。(図9参照)
【0094】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明は、レセプターCXCR3を抑制することでメラノーマや更にはCXCR3を発現する他の種類の癌の治療、並びにリンパ節転移を阻止するための有効な方法を提供するものであり、難治性である転移癌の予防を通して癌治療の発展に貢献しうる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CXCR3阻害剤を含有することを特徴とする、癌を治療するための医薬組成物。
【請求項2】
癌が、CXCR3が発現している転移癌である、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
癌が、メラノーマ、乳癌、腸癌及び卵巣癌から選択される、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
癌細胞のリンパ節転移又は癌細胞の生存を阻害又は抑制するものである、請求項1〜3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
CXCR3阻害剤が、(A)癌細胞におけるCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤及び(B)CXCR3の発現に対する阻害剤から選択される、請求項1〜4のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
(A)癌細胞におけるCXCR3を介するシグナル伝達の阻害剤が、CXCR3アンタゴニスト並びにCXCR3のリガンドに対する抗体及びその抗原結合活性を有するフラグメントからなる群から選択される物質であり、
(B)CXCR3の発現に対する阻害剤が、CXCR3のアンチセンス、siRNA及びCXCR3発現阻害剤からなる群から選択される物質である、請求項5記載の組成物。
【請求項7】
リガンドがCXCL9、CXCL10又はCXCL11である、請求項6記載の組成物。
【請求項8】
CXCR3アンタゴニストが、CXCR3抗体、CXCR3抗体の抗原結合活性を有するフラグメント、CXCR3のリガンドの突然変異体、リガンド結合の阻害剤、抗イディオタイプ抗体を含む、請求項6又は7記載の組成物。
【請求項9】
CXCR3のアンチセンスが、配列番号2の塩基配列からなるDNAのコーディング配列又は5’ノンコーディング配列の中のDNA断片と相補的な配列をもつDNA若しくはそのDNAに対応するRNA、又はそれらの化学的修飾体である、請求項6記載の組成物。
【請求項10】
癌を治療するか、その転移を阻止する方法であって、そのような処置を必要とする対象に請求項1〜9のいずれかに記載のCXCR3阻害剤を投与することを特徴とする方法。
【請求項11】
癌が、CXCR3が発現している転移癌である、請求項10記載の方法。
【請求項12】
転移癌が、メラノーマ、乳癌、腸癌及び卵巣癌から選択される、請求項10又は11記載の方法。
【請求項13】
転移がリンパ節への転移である、請求項10〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
次の工程
(1)試験化合物をCXCR3発現細胞に接触させる工程
(2)試験化合物がCXCR3を阻害するか否かを確認する工程
を含む、CXCR3が発現している癌の治療剤をスクリーニングする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【国際公開番号】WO2005/084708
【国際公開日】平成17年9月15日(2005.9.15)
【発行日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−510797(P2006−510797)
【国際出願番号】PCT/JP2005/004098
【国際出願日】平成17年3月9日(2005.3.9)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】