説明

Crを含有するフェライト系鋼管の炭素総量測定機及び浸炭深さ評価装置

【課題】Crを含有するフェライト系鋼管の浸炭層を含む炭素量の総量を精度良く測定する装置の提供。
【解決手段】Crを含有するフェライト系鋼管の浸炭層を含む炭素量の総量を直流磁気特性から算出する炭素総量測定機であって、鋼管の管肉部を軸方向に磁化するための励磁コイルとヨークとを備えた電磁石と、前記ヨーク間に配置され、前記鋼管の円周方向にコイルを巻回して鋼管の管肉部の磁束変化を検出する検出コイルと、前記電磁石の磁場強度と前記検出コイルの出力値の積分に基づく磁束密度から前記鋼管の管肉部の直流磁気特性を測定する磁気測定部と、前記鋼管の管肉部の直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータを備える演算部とを備え、測定された鋼管の管肉部の直流磁気特性から、浸炭層を含む炭素量の総量を算出することを特徴とする炭素総量測定機。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非破壊的手法による、Crを含有するフェライト系鋼管の内部の炭素総量を磁気的特性により測定する測定機に関するものであり、またCrを含有するフェライト系鋼管において直接測定が困難な鋼管の内表面部の浸炭深さを評価する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
石油化学プラントのエチレン製造工程で用いられる、オーステナイト系のステンレスを用いたクラッキングチューブは、長時間使用されることにより内表面部に浸炭層を生じることが知られている。この浸炭層の発生は、クラッキングチューブの寿命を大きく低減する要因となるため、定期的に浸炭層の深さ(浸炭深さ)を測定し、その進行状況を的確に把握することが必要である。この場合には、浸炭により非磁性体のクロムカーバイド(Cr-C)が生成し、生成近傍のCr濃度が低下して、一部が強磁性体であるフェライト系のステンレスに変化する。非磁性体である母材からこの強磁性体の生成による磁気特性の変化を把握することによって、浸炭量を精度よく推定することが可能で、浸炭の程度を評価することができる。
【0003】
一方、石油化学プラントの加熱炉用のチューブに使用されるCrを含有するフェライト系鋼管の場合には、鋼管の外表面部、内表面部とも浸炭の影響を受けて非磁性体のCr-Cが生成するが、母材が強磁性体であるため、浸炭で生成した非磁性体のCr-C量を推定することは、容易ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−139220号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された方法は、電磁気特性を利用して磁性体からなる鋼材内外面の浸炭深さを交流磁化法で測定する方法であって、センサープローブの形状、磁場方向、励磁電流強度、励磁周波数の適正化を行ったものである。センサープローブの形状としては、C型コイルプローブを用い、励磁周波数は、40〜50Hzで磁場方向については、水平磁場を用い、第3高調波強度により、内外表面の浸炭深さを求めるものである。
【0006】
本方法では、鋼管の局所領域(長手方向)の炭素濃度は測定できるが、円周方向の炭素濃度が測定できない点、また交流磁化法の第3高調波強度測定では鋼管外表面の酸化スケール等の影響を受けやすく、信号強度も大きくないため、測定精度に欠けると言う問題がある。
【0007】
上記問題を解決すべく、鋭意研究を行った結果、直流磁化方法を用いて、鋼管の磁気特性を評価することにより鋼管の円周方向の炭素量の総量を精度良く測定できることを見出し本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するべく、本発明の請求項1に記載の炭素総量測定機は、Crを含有するフェライト系鋼管の浸炭層を含む炭素量の総量を直流磁気特性から算出する炭素総量測定機であって、鋼管の管肉部を軸方向に磁化するための励磁コイルとヨークとを備えた電磁石と、前記ヨーク間に配置され、前記鋼管の円周方向にコイルを巻回して鋼管の管肉部の磁束変化を検出する検出コイルと、前記電磁石の磁場強度と前記検出コイルの出力値の積分に基づく磁束密度から前記鋼管の管肉部の直流磁気特性を測定する磁気測定部と、Crを含有するフェライト系鋼管の直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータに基づき、測定された鋼管の管肉部の直流磁気特性から、浸炭層を含む炭素量の総量を算出する演算部とを備えたことを特徴とする炭素総量測定機である。
【0009】
請求項1に係る炭素総量測定機の発明によれば、Crを含有するフェライト系鋼管の管肉部を軸方向に磁化するための励磁コイルとヨークとを備えた電磁石と、ヨーク間に配置され、鋼管の円周方向にコイルを巻回して鋼管の管肉部の磁束変化を検出する検出コイルと、電磁石の磁場強度と検出コイルの出力値の積分に基づく磁束密度から鋼管の管肉部の直流磁気特性を測定する磁気測定部と、Crを含有するフェライト系鋼管の直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータに基づき、測定された鋼管の管肉部の直流磁気特性から、浸炭層を含む炭素量の総量を算出する演算部とを備えているため、浸炭層を含む炭素量の総量を従来法の交流磁化法と比べて精度良く算出することができる。
【0010】
Crを含有するフェライト系鋼管が浸炭されると、非磁性体であるCr-Cが強磁性体である母材のフェライト組織から生成するが、本発明の直流磁気特性は、従来の交流磁気特性、例えば第3高調波強度を用いる方法より、炭素量の総量の検出に優れている。また鋼管の円周方向にコイルを巻回して鋼管の管肉部の磁束変化を検出する手法を採用しているので、鋼管の円周方向の浸炭量を反映した測定結果となり、測定精度の信頼が高まる。
【0011】
請求項2に記載の炭素総量測定機は、直流磁気特性が、飽和磁束密度又は保磁力であることを特徴とする請求項1に記載の炭素総量測定機である。
【0012】
請求項2に係る炭素総量測定機の発明によれば、直流磁気特性が、飽和磁束密度又は保磁力であれば、炭素量の総量との相関係数が高く、精度良く鋼管の管肉部の炭素量の総量を算出することができる。
【0013】
請求項3に記載の炭素総量測定機は、鋼管と接するヨーク端面の断面形状が、前記鋼管に円周方向から接するように鋼管の外径の半径とほぼ同等の半径の半円形状になっていることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭素総量測定機である。
【0014】
請求項3に係る炭素総量測定機の発明によれば、鋼管と接するヨーク端面の断面形状が、鋼管に円周方向から接するように鋼管の外径の半径とほぼ同等の半径の半円形状になっているため、励磁コイルで生成した磁束がヨークを通じてヨークと接している鋼管に均一に侵入し、管肉部の直流磁気特性の測定精度が向上する。
【0015】
請求項4に記載の炭素総量測定機において、前記ヨークは、端面の断面形状が前記鋼管の外径の半径とほぼ同等の半径の半円形状からなるそれぞれ第1と第2の部材とからなり、前記第1と第2の部材との組み合わせで前記鋼管を全円周方向から取り囲んで接するようなヨークであることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭素総量測定機である。
【0016】
請求項4に係る炭素総量測定機の発明によれば、ヨークの構成を、端面の断面形状が鋼管の外径の半径とほぼ同等の半径の半円形状からなるそれぞれ第1と第2の部材とからなり、第1と第2の部材との組み合わせで鋼管を全円周方向から取り囲んで接するようにしたため、励磁コイルで生成した磁束がヨークを通じヨークと接している鋼管の全円周方向から均一に侵入し、管肉部の直流磁気特性の測定精度が更に向上する。
【0017】
請求項5に記載の炭素総量測定機は、Crを含有するフェライト系鋼管が、1.9wt%以上、10wt%以下のCrを含むことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の炭素総量測定機である。
【0018】
請求項5に係る炭素総量測定機の発明によれば、対象とするCrを含有するフェライト系鋼管が、1.9wt%以上、10wt%以下のCrを含むことを特徴とするものであり、石油化学プラントの加熱炉用のチューブに良く使用されるCr−Mo系の鋼管、例えば2.25Cr−1Mo鋼管、9Cr−1Mo鋼管の浸炭評価に特に有効である。なお、2.25Cr−1Mo鋼管の規格ではCrの下限量は1.9wt%以上であり、9Cr−1Mo鋼管の規格ではCrの上限は10wt%以下である。
【0019】
請求項6に記載の濃度分布評価装置は、Crを含有するフェライト系鋼管の炭素量の総量を直流磁気特性から算出する炭素総量測定機と、前記鋼管の外表面部の炭素濃度を測定する外表面炭素濃度測定機と、前記外表面炭素濃度測定機に測定された炭素濃度に基づき所定の式に従って外表面部の浸炭量を算出し、前記炭素量の総量から外表面部の浸炭量と母材炭素量を差し引き、鋼管の内表面部の浸炭量を求め、所定の式に従って内表面部の浸炭量の濃度分布を評価する濃度分布評価機とを備えた鋼管内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置であって、前記炭素総量測定機は、鋼管の管肉部を軸方向に磁化するための励磁コイルとヨークとを備えた電磁石と、前記ヨーク間に配置され、前記鋼管の円周方向にコイルを巻回して鋼管の管肉部の磁束変化を検出する検出コイルと、前記電磁石の磁場強度と前記検出コイルの出力値の積分に基づく磁束密度から前記鋼管の管肉部の直流磁気特性を測定する磁気測定部と、Crを含有するフェライト系鋼管の直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータに基づき、測定された鋼管の管肉部の直流磁気特性から、浸炭層を含む炭素量の総量を算出する演算部とを備えたことを特徴とする、Crを含有するフェライト系鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置である。
【0020】
請求項6に係る濃度分布評価装置の発明によれば、Crを含有するフェライト系鋼管の炭素量の総量を直流磁気特性から算出する炭素総量測定機と、鋼管の外表面部の炭素濃度を測定する外表面炭素濃度測定機と、外表面炭素濃度測定機に測定された炭素濃度に基づき所定の式に従って外表面部の浸炭量を算出し、炭素量の総量から外表面部の浸炭量と母材炭素量を差し引き、鋼管の内表面部の浸炭量を求め、所定の式に従って内表面部の浸炭量の濃度分布を評価する濃度分布評価機とを備えた鋼管内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置であって、炭素総量測定機は、鋼管の管肉部を軸方向に磁化するための励磁コイルとヨークとを備えた電磁石と、ヨーク間に配置され、鋼管の円周方向にコイルを巻回して鋼管の管肉部の磁束変化を検出する検出コイルと、前記電磁石の磁場強度と前記検出コイルの出力値の積分に基づく磁束密度から前記鋼管の管肉部の直流磁気特性を測定する磁気測定部と、Crを含有するフェライト系鋼管の直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータに基づき、測定された鋼管の管肉部の直流磁気特性から、浸炭層を含む炭素量の総量を算出する演算部とを備えたことを特徴とする、Crを含有するフェライト系鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置を提案するものである。そのため鋼管の炭素量の総量から、外表面部の浸炭量と母材炭素量を差し引くことにより、内表面部の浸炭量が求められ、所定の式に従って、直接測定が困難な鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布を非破壊的に評価することができる。
【0021】
請求項7に記載の濃度分布評価装置は、直流磁気特性が、飽和磁束密度又は保磁力であることを特徴とする請求項6に記載のフェライト系鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置である。
【0022】
請求項7に係る濃度分布評価装置の発明によれば、鋼管の炭素量の総量を、炭素量の総量との相関係数が高い飽和磁束密度又は保磁力で算出するので、算出された炭素量の総量の信頼度が高く、鋼管内表面部の浸炭量の濃度分布評価の精度が高いものとなる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、Crを含有するフェライト系鋼管の浸炭層を含む炭素量の総量を非破壊的手法である直流磁気特性から精度良く算出することができ、また鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布を評価することができるので、浸炭によるフェライト系鋼管の保守管理に役立つものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、石油化学プラントの加熱炉用のチューブとして使用された鋼管の炭素濃度の分布図である。
【図2】図2は、浸炭材の肉厚方向の炭素濃度分布の概念図である。
【図3】図3は、本発明の炭素量の総量を算出する炭素総量測定機の構成例である。(a)鋼管の軸方向と平行な方向から見た概略図 (b)鋼管の軸方向に垂直な方向から見たヨークとの関係を示す概略図
【図4】図4は、本発明の炭素量の総量を算出する炭素総量測定機の構成の変形例である。(a)鋼管の軸方向と平行な方向から見た概略図 (b)鋼管の軸方向に垂直な方向から見たヨークとの関係を示す概略図
【図5】図5は、炭素量の総量の異なる鋼管の磁気特性ループを示す図である。
【図6】図6は、炭素量の総量と規格化した飽和磁束密度との関係を示す図である。
【図7】図7は、炭素量の総量と規格化した保磁力との関係を示す図である。
【図8】図8は、炭素量の総量と規格化した残留磁束密度との関係を示す図である。
【図9】図9は、本発明のCrを含有するフェライト系鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置の構成例である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1には、石油化学プラントの加熱炉用のチューブとして使用された肉厚5.2mmの9Cr−1Mo鋼管を内外表面を脱スケールして、内外表面から0.3mmずつ削り出してはEPMAを用いて炭素濃度(C濃度)分布を求めたものである。これらのデータから、浸炭量の差異はあっても内外面からのC濃度分布はそれぞれの表面から、ほぼ一次関数的に減少することが判明した。このC濃度の外表面からの傾きKOを、内表面からの傾きをKiとすると9Cr−1Mo鋼でのKOは−0.4(wt%/mm)程度であり、Kiは0.3(wt%/mm)程度であることが判明した。
【0026】
また、別のCrを含む鋼種の浸炭処理の結果においても、浸炭量の差異はあっても内外面からのC濃度分布はそれぞれの表面から、ほぼ一次関数的に減少することが判明し、鋼種に対応して、C濃度の外表面からの傾きKO、内表面からの傾きKiが異なることが判明した。
【0027】
上記の結果から、内外表面から浸炭されるCrを含む鋼管の肉厚方向において、浸炭後の鋼管の炭素量の総量SCAから、浸炭前の母材炭素量SCBを差し引いたものが、浸炭処理により増加した炭素量となる。この炭素量は、外表面部からの浸炭量SCOと内表面部からの浸炭量SCIの和であるから、鋼種のKO、Kiが与えられ、鋼管外表面のC濃度COが測定されれば、外表面部からの浸炭量が計算され、内表面部の浸炭量SCIが決まることになる。また内表面部の浸炭量とKiから内表面浸炭深さdiが評価できることになる。
【0028】
以上のように、浸炭後の鋼管肉厚方向の炭素量の総量SCAを非破壊的に測定できれば、鋼管外表面のC濃度COを測定することで、鋼管内表面の浸炭の状態を評価できることになる。図2には、このような浸炭材のC濃度分布の概念図を示す。図2では、外表面浸炭深さdOは外表面のC濃度COから傾きKOで減少し、母材C濃度Cになる厚さ、内表面浸炭深さdiは内表面のC濃度Ciから傾きKiで減少し、母材C濃度Cになる厚さであり、また鋼管肉厚tよりも外表面浸炭深さdOと内表面浸炭深さdiの和が小さいことを前提としている。なお、炭素量の総量SCAは、鋼管肉厚方向のC濃度C(t)を厚みtで積分した∫C(t)dtで表されるものである。
【0029】
したがって、鋼管肉厚方向の炭素量の総量SCA、母材炭素量SCB、外表面部からの浸炭量SCO、内表面部からの浸炭量SCIは、以下の計算式で求められる。
CA=SCO+SCI+SCB=∫C(t)dt ・・・(A)
CB=Cb×t ・・・(B)
CO=(CO−C)× dO/2 ・・・(C)
CI=(Ci−C)× di/2 ・・・(D)
また、外表面浸炭深さdOと内表面浸炭深さdiは、
O=(CO−C)/KO ・・・(E)
i=(Ci−C)/Ki ・・・(F)
で求められ、内表面浸炭深さdiは、更に
i=2{SCA−(CO−C/(2×KO)−C×t}/Ki ・・・(G)
で求められる。
【0030】
上記(G)式において、あらかじめ鋼管外面のC濃度COを測定しておけば、CO、Cb、KO、Ki、tは既知であり、更に鋼管肉厚方向の炭素量の総量SCAが測定されれば、内表面浸炭深さdiが求められることが計算上も明らかである。そのためCrを含むフェライト系鋼管の浸炭後の炭素量の総量SCAを非破壊的に計測できる技術が必要であった。
【実施例】
【0031】
図3(a)、(b)に、本発明の炭素量の総量を算出する炭素総量測定機1の概念図を示す。炭素総量測定機1は、被測定対象の鋼管Pの管肉部を軸方向に磁化するための電磁石11、磁化された管肉部の磁束変化を検出するための検出コイル12、直流磁気特性の磁化曲線を測定する磁気測定部13、直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータに基づき、測定された鋼管Pの管肉部の直流磁気特性から、浸炭層を含む炭素量の総量を算出する演算部14とから構成されている。
【0032】
電磁石11は、励磁コイル111と軟磁性材料、例えば軟鉄製のヨーク112とから構成されている。励磁コイル111はヨーク112を巻回するように取り付けられ、ヨーク112の両端は、被測定対象の鋼管Pに円周方向から接するように、断面形状が鋼管の外径とほぼ同等の半径の半円形状になっている。そのため励磁コイル111で生成した磁場が、ヨーク112を磁化し、その磁束がヨーク112の片方の端部から被測定対象の鋼管Pに流入して、鋼管Pの管肉部を軸方向に磁化し、もう片方のヨーク112の端部から磁束が流出し、磁路を形成することになる。このように本発明ではヨーク112端面の断面形状が、鋼管Pの外径とほぼ同等の半径の半円形状になっているため磁路長のロスが少なく、鋼管Pを一様に飽和磁化まで磁化することが可能となる。
【0033】
磁化された管肉部の磁束変化を検出するための検出コイル12は、ヨーク112間に配置される。検出コイル12の構成は、鋼管Pの円周方向にコイルが巻回されており、コイルで囲まれる面内の磁束の時間変化を電磁誘導電圧として検出するものである。検出された電圧は、磁気測定部13の増幅・積分器133に入力される。なお実機管の場合には、現場で検出コイル12を巻回することが困難な場合があり、そのような場合には、フラットケーブル状のコイルで両端子間のコネクタ接続が隣接のケーブルとされることでケーブルが螺旋状に接続されるコイル等を使用することができる。
【0034】
磁気測定部13は、本実施例では、検出コイル12からの誘導電圧を増幅、積分する増幅・積分器133と励磁コイル111を励磁するための発振器131と電力増幅器132、増幅・積分器133からの出力を磁束密度に変換し、電力増幅器132からの出力を磁場強度に変換して磁化曲線を生成する磁気特性評価器134とから構成されている。発振器131の周波数は、渦電流の発生を抑えるため、低周波、例えば0.01Hz程度が良好であり、三角波又はSIN波を利用することができる。電力増幅器132は、発振器131の出力を増幅して励磁コイル111に出力すると同時に、磁気特性評価器134に出力信号を出力する。磁気特性評価器134はこの出力信号を電磁石11の磁場強度に変換し、また増幅・積分器133からの出力に対応する磁束を鋼管Pの管肉部の断面積から磁束密度に変換して直流磁気特性の磁化曲線を生成する。なお、ホール素子をヨーク部先端に設置して磁場強度を計測し、その測定値を磁気特性評価器134に入力するような方式でも良い。
【0035】
直流磁気特性の磁化曲線から、初期透磁率μ、最大磁束密度Bm、飽和磁束密度Bs、残留磁束密度Br、保磁力Hc等のデータが得られる。なお鋼管Pに残留磁化が残っている場合には、原点からスタートできないので、測定前に発振器131の周波数を例えば60Hz程度にして、電力増幅器の出力を徐々に低下させる消磁を行えば良い。
【0036】
浸炭層を含む炭素量の総量を算出する演算部14は、Crを含有するフェライト系鋼管の直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータを有している。つまり、初期透磁率μ、最大磁束密度Bm、飽和磁束密度Bs、残留磁束密度Br、保磁力Hc等の各磁気特性と炭素量の総量との相関を示すデータを有している。演算部14は、測定された鋼管Pの管肉部の直流磁気特性を、直流磁気特性と炭素量の総量との相関を示すデータと比較して、浸炭層を含む炭素量の総量を算出する。なお、後述するが9Cr−1Mo鋼管では、最大磁束密度Bm又は飽和磁束密度Bsと炭素量の総量とは負の相関を示し、炭素量の総量が増加すると最大磁束密度Bmと飽和磁束密度Bsは減少するが、保磁力Hcと炭素量の総量とは正の相関を示し、炭素量の総量が増加すると保磁力Hcも増加する。残留磁束密度Brと炭素量の総量とについては、相関が認められなかった。また最大磁束密度Bm又は飽和磁束密度Bsと炭素量の総量との相関係数、保磁力Hcと炭素量の総量との相関係数は比較的高く、特に最大磁束密度Bm又は飽和磁束密度Bsと炭素量の総量との相関を示すデータを用いれば、浸炭層を含む炭素量の総量を極めて精度良く算出することができる。
【0037】
図4(a)、(b)に本発明の炭素量の総量を算出する炭素総量測定機1の変形例を示す。本変形例では鋼管Pと接するヨーク112は、端面の断面形状が鋼管の外径とほぼ同等の半径の半円形状からなるそれぞれ第1の部材112aと第2の部材112bとからなり、第2の部材112bを第1の部材112aにネジ止め等することで、第1の部材112aと第2の部材112bとの組み合わせで鋼管Pを全円周方向から取り囲んで接するようなヨーク112であることを特徴とする。このようなヨーク112構成であれば、鋼管Pの全円周方向から鋼管Pの管肉部を軸方向に磁化することができるので、鋼管Pの管肉部を貫通する磁束がより均一になり、検出コイル12から検出される電磁誘導電圧をより正確に検出することができる。
【0038】
なお、図3(a)、(b)に示した電磁石11を2個使用し、ヨーク112の端部を突き合わせるようにすれば、鋼管Pの全円周方向から鋼管Pの管肉部を軸方向に更に一様に磁化することができるので、鋼管Pの管肉部を貫通する磁束がより均一になり、検出コイル12から検出される電磁誘導電圧を更に正確に検出することができる。
【0039】
新材の9Cr−1Mo鋼管(サンプルNo.1)と種々の浸炭雰囲気に暴露した9Cr−1Mo実機鋼管(サンプルNo.2〜7)の7つのサンプルを用いて、本発明の検討を行った。鋼管のサイズは外径114mm、内径102mm、肉厚6mmのものである。なお、新材の9Cr−1Mo鋼管のC濃度は、化学分析により、0.12(wt%)と決定されており、浸炭層がないので炭素量の総量は、C濃度に肉厚6mmを掛けた0.72(wt%・mm)と計算上なるが、サンプルNo.2〜7と同じく、鋼管を切り出して、内外表面から0.3mmずつ削り出しては可搬型発光分析装置を用いて肉厚方向のC濃度が0.12(wt%)であることを確認した。サンプルNo.2〜7の浸炭雰囲気に暴露した9Cr−1Mo実機鋼管の場合は、鋼管を切り出し、内外表面を脱スケールしてから、内外表面から0.3mmずつ削り出しては可搬型発光分析装置を用いて肉厚方向のC濃度分布C(t)を求めた。そして、C(t)を厚みtで積分した∫C(t)dtにより炭素量の総量を計算した。表1に各サンプルの炭素量の総量を示す。
【0040】
【表1】

【0041】
直流磁気測定は、図4(a)、(b)に示す装置により行い、ヨーク112はSS400相当の軟鉄を用い、ヨーク112の第1の部材112aと第2の部材112bのそれぞれの半径は鋼管Pの外径の半径より1%大きい57.6mmとして設計した。発振器131は、0.01Hzの三角波を出力し、電流増幅器132では、三角波の出力に対応し、最大値の10Aと最小値の−10Aを出力する。この最大値10Aは、励磁コイル111を励磁して、ヨーク112から鋼管Pに作用する磁場として4000A/mに該当する。
【0042】
図5は、浸炭層のない炭素量の総量が最も少ないサンプルNo.1(実線で示す)と浸炭層のある炭素量の総量が最も多いサンプルNo.7(破線で示す)の磁気特性のループを示したものである。この磁気特性のループから、炭素量の総量が多いほど最大磁束密度Bmが低いことが解る。本実施例の場合には、ヨーク112から鋼管Pに作用する磁場が4000A/mと大きいので、最大磁束密度Bmを飽和磁束密度Bsと見なすことができる。厳密には、直接、飽和磁束密度Bsで評価するのが良い。新材のサンプルNo.1の磁気特性である飽和磁束密度Bs、保磁力Hc、残留磁束密度Brで規格化した各サンプルの磁気特性の相対値を表1に示す。
【0043】
図6には、炭素量の総量と飽和磁束密度Bsの相対値の関係、図7には、炭素量の総量と保磁力Hcの相対値の関係、図8には、炭素量の総量と残留磁束密度Brの相対値の関係をそれぞれ示す。図6から明らかなように、炭素量の総量と飽和磁束密度Bsの相対値は一次関数で表され、極めて高い相関関係(相関係数R=0.97)を示し、炭素量の総量を直流磁気特性の内の飽和磁気特性から求めることができる。また図7から、炭素量の総量と保磁力Hcの相対値の関係を一次関数で評価すると、相関係数R=0.64の相関が得られ、ある程度の相関があることが解った。一方、図8から炭素量の総量と残留磁束密度Brの相対値の関係を一次関数で評価すると、ほとんど相関がないことが明らかとなった。
【0044】
以上のような構成で、9Cr−1Moフェライト系鋼管の直流磁気特性である飽和磁束密度Bsと炭素量の総量との高い相関関係を示す一次関数のデータが得られたので、このデータに基づき、測定された鋼管の管肉部の直流磁気特性、例えば飽和磁束密度Bsから、その鋼管の肉厚方向の浸炭層を含む炭素量の総量を逆に算出することができる。
【0045】
図9は、本発明のCrを含有するフェライト系鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置100の構成例である。鋼管内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置100は、前述の鋼管Pの炭素量の総量を直流磁気特性から算出する炭素総量測定機1と、鋼管Pの外表面部の炭素濃度を測定する外表面炭素濃度測定機15と、外表面炭素濃度測定機15に測定された炭素濃度に基づき所定の式に従って外表面部の浸炭量を算出し、炭素量の総量から外表面部の浸炭量と母材炭素量を差し引き、鋼管Pの内表面部の浸炭量を求め、所定の式に従って内表面部の浸炭量の濃度分布を評価する濃度分布評価機20とを備えており、炭素総量測定機1は、鋼管Pの管肉部を軸方向に磁化するための励磁コイル111とヨーク112とを備えた電磁石11と、ヨーク112間に配置され、鋼管Pの円周方向にコイルを巻回して鋼管Pの管肉部の磁束変化を検出する検出コイル12と、電磁石11の磁場強度と検出コイル12の出力値の積分に基づく磁束密度から鋼管Pの管肉部の直流磁気特性を測定する磁気測定部13と、Crを含有するフェライト系鋼管Pの直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータに基づき、測定された鋼管Pの管肉部の直流磁気特性から、浸炭層を含む炭素量の総量を算出する演算部14とを備えたことを特徴としている。
【0046】
外表面部の炭素濃度を測定する外表面部浸炭量測定機15として本実施例では、可搬型の発光分析装置を使用したが、外表面部のC濃度が測定できるものであれば発光分析装置に限られない。濃度分布評価機20には、炭素総量測定機1の演算部14から算出された鋼管Pの炭素量の総量と外表面炭素濃度測定機15から測定された鋼管Pの外表面部のC濃度が入力される。濃度分布評価機20は、入力された外表面部の炭素濃度に基づき、鋼種に対応したC濃度の外表面からの傾きKO、内表面からの傾きKiのデータと母材C濃度により、外表面部の浸炭量を算出して、炭素量の総量から外表面部の浸炭量と母材炭素量を差し引き、鋼管Pの内表面部の浸炭量を求める。更に前記の内表面からの傾きKiのデータに従って前述の(F)式、(G)式で求められるように内表面部の浸炭量の濃度分布を評価することができる。
【0047】
浸炭雰囲気に暴露した9Cr−1Mo実機鋼管を用いて、本発明の検討を行った。鋼管のサイズは外径114mm、内径102mm、肉厚6mmのものである。図4(a)、(b)に示す炭素総量測定機で、直流磁気特性の飽和磁束密度Bsから算出された炭素量の総量は、2.7(wt%・mm)であった。また可搬型の発光分析装置で測定された鋼管の外表面部のC濃度は、1.1(wt%)であり、本装置の濃度分布評価機は、KO=−0.4(wt%/mm)、Ki=0.3(wt%/mm)、母材のC濃度0.12(wt%)から、外表面部の浸炭量を1.2(wt%・mm)と算出し、また母材C量が0.72(wt%・mm)から、内表面部の浸炭量は、0.78(wt%・mm)と算出した。更にKi=0.3(wt%/mm)より、内表面浸炭深さdi=2.28mmと評価した。
【0048】
一方、鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置の評価の妥当性を評価するため、前記の9Cr−1Mo実機鋼管の一部を切り出し、内表面部から0.25mmずつ削り出しては発光分析装置を用いて内表面部からの浸炭量の分布を求めた。その結果、内表面部からの浸炭距離は、2.25mmと実測され、濃度分布評価装置から得られた内表面部の浸炭量の評価が、妥当であることが確認された。
【0049】
以上説明したように、本発明に係る炭素総量測定機は、Crを含有するフェライト系鋼管の浸炭層を含む炭素量の総量を直流磁気特性から算出するので、フェライト系鋼管の測定に用いられてきた従来の交流磁化法に比べ、鋼管外表面の酸化スケール等の影響を受けにくく、信号強度も大きいため、浸炭層を含む炭素量の総量をより高い精度で算出することができる。また上記の炭素総量測定機と、外表面炭素濃度測定機と、炭素総量測定機と外表面炭素濃度測定機から出力される信号から所定の演算を行って内表面部の浸炭量の濃度分布を評価する濃度分布評価機とを備えた鋼管内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置によれば、直接測定が困難であった鋼管の内表面部の浸炭深さを正確に評価することが可能となった。
【符号の説明】
【0050】
1 炭素総量測定機
11 電磁石
12 検出コイル
13 磁気測定部
14 演算部
15 外表面部浸炭量測定機
20 濃度分布評価機
100 濃度分布評価装置
111 励磁コイル
112 ヨーク
112a 第1の部材
112b 第2の部材
131 発振器
132 電力増幅器
133 増幅・積分器
134 磁気特性評価器
P 鋼管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Crを含有するフェライト系鋼管の浸炭層を含む炭素量の総量を直流磁気特性から算出する炭素総量測定機であって、
鋼管の管肉部を軸方向に磁化するための励磁コイルとヨークとを備えた電磁石と、
前記ヨーク間に配置され、前記鋼管の円周方向にコイルを巻回して鋼管の管肉部の磁束変化を検出する検出コイルと、
前記電磁石の磁場強度と前記検出コイルの出力値の積分に基づく磁束密度から前記鋼管の管肉部の直流磁気特性を測定する磁気測定部と、
Crを含有するフェライト系鋼管の直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータに基づき、測定された鋼管の管肉部の直流磁気特性から、浸炭層を含む炭素量の総量を算出する演算部とを備えたことを特徴とする炭素総量測定機。
【請求項2】
前記直流磁気特性が、飽和磁束密度又は保磁力であることを特徴とする請求項1に記載の炭素総量測定機。
【請求項3】
前記鋼管と接するヨーク端面の断面形状が、前記鋼管に円周方向から接するように鋼管の外径の半径とほぼ同等の半径の半円形状になっていることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭素総量測定機。
【請求項4】
前記ヨークは、端面の断面形状が前記鋼管の外径の半径とほぼ同等の半径の半円形状からなるそれぞれ第1と第2の部材とからなり、前記第1と第2の部材との組み合わせで前記鋼管を全円周方向から取り囲んで接するようなヨークであることを特徴とする請求項1又は2に記載の炭素総量測定機。
【請求項5】
Crを含有するフェライト系鋼管が、1.9wt%以上、10wt%以下のCrを含むことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の炭素総量測定機。
【請求項6】
Crを含有するフェライト系鋼管の炭素量の総量を直流磁気特性から算出する炭素総量測定機と、
前記鋼管の外表面部の炭素濃度を測定する外表面炭素濃度測定機と、
前記外表面炭素濃度測定機に測定された炭素濃度に基づき所定の式に従って外表面部の浸炭量を算出し、前記炭素量の総量から外表面部の浸炭量と母材炭素量を差し引き、鋼管の内表面部の浸炭量を求め、所定の式に従って内表面部の浸炭量の濃度分布を評価する濃度分布評価機とを備えた鋼管内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置であって、
前記炭素総量測定機は、
鋼管の管肉部を軸方向に磁化するための励磁コイルとヨークとを備えた電磁石と、
前記ヨーク間に配置され、前記鋼管の円周方向にコイルを巻回して鋼管の管肉部の磁束変化を検出する検出コイルと、
前記電磁石の磁場強度と前記検出コイルの出力値の積分に基づく磁束密度から前記鋼管の管肉部の直流磁気特性を測定する磁気測定部と、
Crを含有するフェライト系鋼管の直流磁気特性と炭素量の総量との関係の所定のデータに基づき、測定された鋼管の管肉部の直流磁気特性から、浸炭層を含む炭素量の総量を算出する演算部とを備えたことを特徴とする、
Crを含有するフェライト系鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置。
【請求項7】
前記直流磁気特性が、飽和磁束密度又は保磁力であることを特徴とする請求項6に記載のCrを含有するフェライト系鋼管の内表面部の浸炭量の濃度分布評価装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2012−37315(P2012−37315A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−176130(P2010−176130)
【出願日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 設備技術専門委員会 財団法人石油学会 平成22年5月28日
【出願人】(592244376)住友金属テクノロジー株式会社 (43)
【Fターム(参考)】