説明

FMCWレーダ装置

【課題】目標物体に関する情報を算出する際の演算周期を短くでき、よって、目標物体の検知の際の応答性を向上することができるFMCWレーダ装置を提供すること。
【解決手段】レーダ装置1では、第1コア35と第2コア37とを用い、上り変調時の受信データ(上りビート信号)が得られた場合には即座に第1コア35でFFT等の演算を行い、下り変調時の受信データ(下りビート信号)が得られた場合には、第1コア35での演算と並列に、即座に第2コア35でFFT等の演算を行う。つまり、演算に必要な信号が得られた場合には即座に各コア35、37で演算を行うことができるので、上りビート信号と下りビート信号が得られるのを待って演算を行う必要がない。そのため、各演算処理の負荷(FFT等の演算負荷)が高負荷であっても、レーダ装置1における目標物体の認識のための演算周期を短くでき、よって、車両等の目標物体の検知の応答性を向上できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば移動体の衝突防止等に使用され、周波数変調されたレーダ波を送受信することにより、目標物体との相対距離や相対速度に関する情報などを取り出すFMCW方式のレーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、レーダ装置を自動車に搭載し、衝突防止等の安全装置として応用する試みがなされている。この車載用のレーダ装置としては、目標物(先行車等)の距離と相対速度とを同時に検出可能で、しかも構成が比較的簡単で小型化・低価格化に適したFMCW(Frequency Modulate Continuous Wave)方式のレーダ装置(以下、FMCWレーダ装置とよぶ)が用いられている(特許文献1参照)。
【0003】
このFMCWレーダ装置では、図6(a)に実線で示すように、三角波状の変調信号により周波数変調され、周波数が時間に対して直線的に漸次増減する送信信号Ssをレーダ波として送信し、目標物体により反射されたレーダ波を受信する。この時、受信信号Srは、図6(a)に点線で示すように、レーダ波が目標物体との間を往復するのに要する時間、即ち目標物体までの距離に応じた時間Tdだけ遅延し、レーダと目標物体との相対速度に応じた周波数Fdだけドップラシフトする。
【0004】
このような受信信号Srと送信信号Ssとをミキサで混合することにより、図6(b)に示すように、これら信号Sr,Ssの差の周波数成分であるビート信号Sbを発生させ、このビート信号SbのデジタルデータをFFT変換処理(高速フーリエ変換処理)することによりパワースペクトルを求める。
【0005】
そして、このパワースペクトルから、送信信号Ssの周波数が増加する時のビート信号Sbの周波数(上り変調時のビート周波数)fu、送信信号Ssの周波数が減少する時のビート周波数(下り変調時のビート周波数)fdを抽出し、このfu、fdを使用し、目標物体との距離R及び相対速度Vを、以下の(A1)(A2)式を用いて算出する。
【0006】
R={c・T/8・ΔF}・(fu+fd) ・・・(A1)
V={c/4・Fo}・(fu−fd) ・・・(A2)
なお、cは電波伝搬速度、Tは送信信号を変調する三角波の周期、△Fは送信信号の周波数変調幅、Foは送信信号の中心周波数である。
【0007】
また、この種のFMCWレーダ装置においては、例えば図7に示す手順にて、目標物体の距離などの情報を求める処理を行っていた。
具体的には、上り変調時のビート信号取得処理、下り変調時のビート信号取得処理、上り変調時のFFT変換処理、下り変調時のFFT変換処理、上り変調時の方位推定処理、下り変調時の方位推定処理、目標物体(車両)の物体化認識処理などを、順次行っていた(特許文献2、3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3804253号公報
【特許文献2】特開平9−222474号公報
【特許文献3】特開2000−147102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上述した従来技術では、例えば1つのマイクロコンピュータで、前記図7に示したような処理を順次行うが、これらの演算処理の負荷は高負荷であるので、FMCWレーダ装置における目標物体の認識のための演算周期が短くできず、よって、車両等の目標物体の検知の応答性を向上することが難しいという問題があった。
【0010】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであり、目標物体に関する情報を算出する際の演算周期を短くでき、よって、目標物体の検知の際の応答性を向上することができるFMCWレーダ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)上記目的を達成するためになされた発明である請求項1に記載のFMCWレーダ装置では、基本的に、レーダ波として送信するため、時間に対して周波数が上昇又は下降して変化するよう変調された高周波の送信信号(例えば時間に対して直線的に周波数が変化するよう三角波状に変調された高周波の送信信号)を生成し、目標物体により反射された前記レーダ波の受信信号に、前記送信信号をローカル信号として混合し、該混合された信号の周波数差を成分とするビート信号に基づいて、目標物体との距離及び相対速度のうち少なくとも一方の目標物体の情報を求める。
【0012】
特に本発明では、目標物体の情報を算出する演算手段として、第1演算手段と第1演算手段と並列に演算可能な第2演算手段とを備えている。そして、第1演算手段では、送信信号の周波数が上昇する上り変調時の上りビート信号に基づいて、目標物体の情報の演算(例えばFFT演算や方位推定)を行い、第2演算手段では、第1演算手段の演算と並列に、送信信号の周波数が下降する下り変調時の下りビート信号に基づいて、目標物体の情報の演算(例えばFFT演算や方位推定)を行う。
【0013】
つまり、本発明では、上りビート信号が得られた場合には、その上りビート信号を用いて第1演算手段で速やかに演算を行い、下りビート信号が得られた場合には、その下りビート信号を用いて(第1演算手段と並列に)第2演算手段で速やかに演算を行うことができる。従って、本発明の場合には、演算に必要な信号が得られた場合には即座に各演算手段で演算を行うことができるので、従来の様に、上りビート信号を用いての第1演算手段による演算の終了を待って第2演算手段による演算を行う必要がない。
【0014】
そのため、本発明では、従来に比べて、各演算処理の負荷が高負荷であっても、FMCWレーダ装置における目標物体の認識のための演算周期を短くでき、よって、車両等の目標物体の検知の応答性を向上することができるという顕著な効果を奏する。
【0015】
(2)請求項2の発明では、第1演算手段の演算及び第2演算手段の演算の後に、第1演算手段による演算結果と第2演算手段による演算結果を用いて、第1演算手段又は第2演算手段によって、更に目標物体の他の情報の演算(例えば距離や相対速度の演算)を行うことができる。
【0016】
(3)請求項3の発明では、第1演算手段及び第2演算手段として、単一のマイクロコンピュータに配置された2つのコアを採用できる。
ここで、コアとは、命令発行器や演算器などを組み合わせた1つの部品として動作するプロセッサコアのことであり、プロセッサコアが複数収納されたパッケージであるマルチプロセッサでは、各プロセッサコアは他のプロセッサコアに影響されることなく動作できる。
【0017】
(4)請求項4の発明では、第1演算手段及び第2演算手段として、異なるマイクロコンピュータを採用できる。
このマイクロコンピュータとしては、いわゆるワンチップマイコンを採用できる。
【0018】
(5)請求項5の発明では、目標物体として、車両を採用できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例1のFMCWレーダ装置の全体構成図である。
【図2】2コアと1コアの場合の演算処理の違いを示す説明図である。
【図3】上り変調時のデータと下り変調時のデータを区別して記憶するRAMの記憶ブロックを説明する説明図である。
【図4】実施例1のFMCWレーダ装置で行われる演算処理の手順を示すフローチャートである。
【図5】実施例2のFMCWレーダ装置の全体構成図である。
【図6】FMCWレーダ装置の原理を表す説明図である。
【図7】従来装置の問題点を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明のFMCWレーダ装置として、車両前方に存在する先行車等の物体を認識する車両用物体認識装置に用いられる車載のFMCWレーダ装置を例に挙げて説明する。
【実施例1】
【0021】
a)まず、本実施例のFMCWレーダ装置(以下単にレーダ装置と記す)の全体構成を説明する。
図1に示すように、本実施例のレーダ装置1は、目標物体(物標)との距離、相対速度、方向等を検出できる装置であり、主として、レーダ波の送受信を行う送受信部3と、レーダ装置1の制御や(目標物体の検出のための)各種の演算等の処理を行う信号処理部5を備えている。
【0022】
詳しくは、レーダ装置1は、変調指令Cに従って、三角波状の変調信号Mを生成するD/A変換器7と、D/A変換器7にて生成された変調信号Mに従って発振周波数が変化する電圧制御発振器(VCO)9と、VCO9の出力を送信信号Ssとローカル信号Lとに電力配分する分配器11と、送信信号Ssに応じたレーダ波を放射する送信アンテナ13とを備えている。
【0023】
また、レーダ装置1は、レーダ波を受信する複数の受信アンテナ15で構成された受信側アンテナ部17と、各受信アンテナ15からの信号を選択して後段側に供給する受信スイッチ19と、受信スイッチ19から供給される受信信号Srとローカル信号Lとを混合してビート信号Sbを生成するミキサ21と、ミキサ21が生成したビート信号Sbを増幅する増幅器23と、増幅器23にて増幅されたビート信号SbをサンプリングしてデジタルデータDに変換するA/D変換器25とを備えている。
【0024】
このうち、前記受信側アンテナ部17は、N個(Nは2以上)の受信アンテナ15が等間隔にアレイ状に並べられたアダプティブアンテナであり、複数の受信アンテナ15に入力された到来波の受信信号Sr(=xi(t)、(i=1〜N))は、受信スイッチ19にて結合されて、ミキサ21側に伝えられる。なお、受信アンテナ部17と受信スイッチ19とにより、受信部20が構成されている。
【0025】
前記ミキサ21は、上述の様に、受信信号Srとローカル信号Lとを混合し、これらの信号の差の周波数成分であるビート信号Sbを生成するものであり、このビート信号Sbの周波数成分がビート周波数である。なお、上述の様に、ビート周波数のうち、送信信号Ssの周波数が増加するときのビート周波数が上り変調時のビート周波数fu、送信信号Ssの周波数が減少する時のビート周波数が下り変調時のビート周波数fdであり、FMCW方式による目標物体の距離及び相対速度の演算に用いられる。
【0026】
前記信号処理部5には、周知のマイクロコンピュータ27を備えており、このマイクロコンピュータ27は、各種の演算を行う演算処理ユニット29とRAM(SRAM)31とROM33とを備えている。
【0027】
特に本実施例では、前記演算処理ユニット29には、各種の演算を並列して処理することができる第1コア35と第2コア37とを備えている。
そして、マイクロコンピュータ27では、A/D変換器25によってデジタル値に変換されたビート信号(デジタルデータD)に基づいて、後述するMUSICの処理における方位の推定(算出)を行うとともに、FMCWによる距離や相対速度の算出を行う。
【0028】
つまり、後に詳述する様に、マイクロコンピュータ27は、A/D変換器25を介して取り込んだデジタルデータDについて、演算処理ユニット29の両コア35、37によって、高速フーリエ変換(FFT)処理等を実行するとともに、レーダ波を反射した物体が存在する方位の推定を行い、更に、物体との距離及び相対速度の算出等の処理等を実行する。
【0029】
b)次に、本実施例のレーダ装置1にて行われる処理の要部について説明する。
なお、ここでは、上り変調時の処理及び下り変調時の処理を、それぞれ2回づつ行う例を挙げて説明する。
【0030】
図2に示す様に(2コア参照)、本実施例では、第1コア35と第2コア37とで、目標物体を検知するための処理を、並列して行う。
具体的には、第1コア35では、最初(1回目)の上り変調時の区間(アップ区間)の終了時点で、1回目の上り変調時の受信信号Ssのデータを用いて、1回目の上り信号処理(u1)を行う。この1回目の上り信号処理(u1)とは、後述する1回目の上り変調時におけるビート信号取得処理とFFT変換処理である(図4参照)。
【0031】
続いて、第1コア35では、次(2回目)の上り変調時の終了時点で、同様に、2回目の上り変調時の受信信号Ssのデータを用いて、2回目の上り信号処理(u2)を行う。この2回目の上り信号処理(u2)とは、同様に、2回目の上り変調時におけるビート信号取得処理とFFT変換処理である。
【0032】
続いて、第1コア35では、1回目の上り信号処理(u1)の結果と2回目の上り信号処理(u2)の結果を用いて、方向推定処理(udoa)を行う。
一方、第2コア37では、前記第1コア35での処理と並列に、最初(1回目)の下り変調時(ダウン区間)の終了時点で、1回目の下り変調時の受信信号Ssのデータを用いて、1回目の下り信号処理(d1)を行う。この1回目の下り信号処理(d1)とは、後述する1回目の下り変調時におけるビート信号取得処理とFFT変換処理である。
【0033】
続いて、第2コア37では、次(2回目)の下り変調の終了時点で、同様に、2回目の下り変調時の受信信号Ssのデータを用いて、2回目の下り信号処理(d2)を行う。この2回目の下り信号処理(d2)とは、同様に、2回目の下り変調時におけりビート信号取得処理とFFT変換処理である。
【0034】
続いて、第2コア37では、1回目の下り信号処理(d1)の結果と2回目の下り信号処理(d2)の結果を用いて、方向推定処理(ddoa)を行う。
そして、第2コア37での方向推定処理(ddoa)が終了した場合には、第1コア35にて、後述するように、両コア35、37での演算結果を用いて、ペアリングや目標物体との距離や相対速度の検出などの物体化認識処理を行う。
【0035】
従って、後に詳述するように、従来の様に、1コアで、順次、u1→d1→u2→d2→udoa→ddoa→物体化認識処理の様な各処理を行った場合に比べて、目標物体の検出のための演算時間を短縮することができる。
【0036】
なお、ここでは複数回(2回)の上り信号処理(u1、u2)及び下り信号処理(d1、d2)を例に挙げて説明したが、各1回の上り信号処理(u1)及び下り信号処理(d1)のみを採用して処理を行ってもよい。
【0037】
c)次に、本実施例のレーダ装置1にて行われる処理について、更に詳細に説明する。
<データの記憶方法>
まず、レーダ装置1で受信された信号のデータの記憶方法について、図3に基づいて説明する。
【0038】
図3に示す様に、送受信部3によって得られたビート信号Sbは、A/D回路25で、上り変調時及び下り変調時において、それぞれ所定のタイミング(例えば200kHz)でサンプリングされ、RAM31に順次記憶される。
【0039】
具体的には、RAM31の所定の記憶ブロックMu1に、1回目の上り信号処理(u1)に用いるサンプリングデータ、即ち1回目のアップ区間に対応するデジタルデータ(u1データ)を格納する。詳しくは、記憶ブロックMu1に対応する所定のアドレスに、時系列に沿って順次サンプリングデータを格納する。
【0040】
また、RAM31の他の記憶ブロックMu2に、2回目の上り信号処理(u2)に用いるサンプリングデータ、即ち2回目のアップ区間に対応するデジタルデータ(u2データ)を格納する。詳しくは、記憶ブロックMu2に対応する所定のアドレスに、時系列に沿って順次サンプリングデータを格納する。
【0041】
同様に、RAM31の所定の記憶ブロックMd1に、1回目の下り信号処理(d1)に用いるサンプリングデータ、即ち1回目のダウン区間に対応するデジタルデータ(d1データ)を格納する。詳しくは、記憶ブロックMd1に対応する所定のアドレスに、時系列に沿って順次サンプリングデータを格納する。
【0042】
また、RAM31の他の記憶ブロックMd2に、2回目の下り信号処理(d2)に用いるサンプリングデータ、即ち2回目のダウン区間に対応するデジタルデータ(d2データ)を格納する。詳しくは、記憶ブロックMd2に対応する所定のアドレスに、時系列に沿って順次サンプリングデータを格納する。
【0043】
なお、サンプリングされたデータが、u1、u2、d1、d2のどの処理に用いられるデータであるか、即ち、サンプリングされたデータを、どの記憶ブロックのアドレスに格納するかは、変調指令Cの出力タイミングに基づいて判別可能とされている。
【0044】
つまり、送信アンテナ13から送信される信号のタイミング(時刻)は、マイクロコンピュータ27から出力される変調指令Cの出力タイミングによって規定されているので、この変調指令Cの出力タイミングに基づいて、A/D変換器25から入力されるデジタルデータD(従ってRAM31に格納されるサンプリングデータ)の受信タイミングが決まる。よって、この受信タイミングに基づいて、受信されたサンプリングデータを、どの記憶ブロックのアドレスに格納するかを決定することができる。つまり、受信タイミングと格納アドレスとの紐付けを予め実施しているため、格納アドレスが決定できる。
<両コアでの演算方法>
次に、両コア35、37で行われる処理内容について、図4に基づいて説明する。
【0045】
なお、図4では、両コア35、37での演算がパラレルであることを示すために、同じフローチャートで示している。
図4に示す様に、第1コア35では、ステップ(S)100にて、最初(1回目)の上り変調時の終了時のタイミングから、1回目の上り変調時におけるビート信号取得処理を開始する。
【0046】
具体的には、1回目の上り変調時におけるサンプリングデータ(u1データ)を、RAM31の記憶ブロックMu1から取得する。
続くステップ110では、前記サンプリングデータ(u1データ)を用いて、周知のFFT処理(高速フーリエ変換処理)を行って、ビート周波数情報を得る。即ち、1回目の上げ変調時におけるパワースペクトルPu1を求める。なお、このパワースペクトルPu1から、上り変調時のビート周波数fu(即ちu1データに基づく上りビート周波数fu1)を求めることができる。
【0047】
なお、前記ステップ100、110の処理が、u1の処理である。
続くステップ120では、2回目の上り変調時の終了時のタイミングから、2回目の上り変調時におけるビート信号取得処理を開始する。
【0048】
具体的には、2回目の上り変調時におけるサンプリングデータ(u2データ)を、RAM31の記憶ブロックMu2から取得する。
続くステップ130では、前記サンプリングデータ(u2データ)を用いて、同様なFFT処理を行って、ビート周波数情報を得る。即ち、2回目の上げ変調時のパワースペクトルPu2を求める。
【0049】
なお、前記ステップ120、130の処理が、u2の処理である。
続くステップ140では、前記ステップ110のFFT処理によって得られたパワースペクトルPu1と、前記ステップ130のFFT処理によって得られたパワースペクトルPu2とを用いて、周知の方位推定処理を行う。
【0050】
この方位推定処理については、例えば従来より知られた電波の到来方向を推定する手法を採用できる。具体的には、例えば、各アンテナ素子(チャネルともいう)が受信した受信信号間の相関を表す相関行列に基づいて角度スペクトラムを生成し、この角度スペクトラムをスキャンすることで高分解能の推定を行うMUSIC(Multiple Signal Classification)法,ESPRIT(Estimation of Signal Parameters via Rotational Invariance Techniques)法等を採用できる。
【0051】
ここでは、例えば特願2007−019644号(特開2008−185471号公報)等に記載のMUSIC法を例にあげて、その概要を以下に簡単に説明する。なお、アレーアンテナは、上述の様に、N個(Nは2以上の整数)のアンテナ素子を一直線上に等間隔で配置した、いわゆるリニアアレーからなるものである。
【0052】
具体的には、まず、前記ステップ110のFFT処理によって得られたパワースペクトルPu1と、前記ステップ130のFFT処理によって得られたパワースペクトルPu2に基づき、物体からの反射波に基づく信号成分が存在するとして抽出された周波数に対してMUSIC処理を行う。
【0053】
選択された周波数の信号成分(FFT処理結果データ)を、全チャネルch1〜chNのパワースペクトルから抽出して配列してなる受信ベクトルX(i)を生成する。次に、この下記式(1)の受信ベクトルX(k)を用いて、下記(2)式に従ってN行N列の相関行列Rxxを求める。
【0054】
ここで、Tはベクトル転置、Hは複素共役転置を示す。
【0055】
【数1】

【0056】
次に、この相関行列Rxxの固有値λ1 〜λN (但し、λ1 ≧λ2 ≧…≧λN )を求め、ノイズ閾値TH(=熱雑音電力σ2 )より大きい固有値の数から到来波数L(<N)を推定すると共に、固有値λ1 〜λN に対応する固有ベクトルe1 〜eN を算出する。
【0057】
そして、ノイズ閾値TH以下となる(N−L)個の固有値に対応した固有ベクトルからなる雑音固有ベクトルENOを下記(3)式で定義し、方向θに対するアレーアンテナの複素応答をa(θ)で表すものとして、下記(4)式に示す評価関数PPU(θ)を求める。
【0058】
【数2】

【0059】
この評価関数PMU(θ)から得られる角度スペクトラム(MUSICスペクトラム)は、θが到来波の到来方向と一致すると発散して、鋭いピークが立つように設定されているため、到来方向の推定値θ1 〜θL は、MUSICスペクトラムのピーク(ヌルポイント)をサーチすることにより求めることができる。
【0060】
つまり、上述した周知の方位推定処理により、レーダ波の反射波の到来方向、即ち、目標物体の方位を推定することができる。
ここまでのステップ100〜140の処理が、第1コア35にて、最初に実施される処理である。
【0061】
一方、第2コア37では、前記第1コア35にて行われたステップ100〜140の処理と(上り変調時か下り変調時かは異なるが)ほぼ同様な処理が行われるので、以下に、簡単に説明する。
【0062】
前記図4に示す様に、第2コア37では、ステップ150にて、最初(1回目)の下り変調時の終了時のタイミングから、1回目の下り変調時におけるビート信号取得処理を開始する。
【0063】
具体的には、1回目の下り変調時におけるサンプリングデータ(d1データ)を、RAM31の記憶ブロックMd1から取得する。
続くステップ160では、前記サンプリングデータ(d1データ)を用いて、周知のFFT処理(高速フーリエ変換処理)を行って、ビート周波数情報を得る。即ち、1回目の下り変調時におけるパワースペクトルPd1を求める。
【0064】
なお、前記ステップ150、160の処理が、d1の処理である。
続くステップ170では、2回目の下り変調時の終了時のタイミングから、2回目の下り変調時におけるビート信号取得処理を開始する。
【0065】
具体的には、2回目の下り変調時におけるサンプリングデータ(d2データ)を、RAM31の記憶ブロックMd2から取得する。
続くステップ180では、前記サンプリングデータ(d2データ)を用いて、同様なFFT処理を行って、ビート周波数情報を得る。即ち、2回目の下り変調時のパワースペクトルPd2を求める。
【0066】
なお、前記ステップ170、180の処理が、d2の処理である。
続くステップ190では、前記ステップ160のFFT処理によって得られたパワースペクトルPd1と、前記ステップ180のFFT処理によって得られたパワースペクトルPd2とを用いて、上述した様な例えばMISIC法による周知の方位推定処理を行う。
【0067】
つまり、上述した方位推定処理により、下り変調時のパワースペクトルを用いて、レーダ波の反射波の到来方向、即ち、目標物体の方位を推定することができる。
ここまでのステップ150〜190の処理が、第2コア37にて、最初に実施される処理である。
【0068】
次に、この第2コア37でのステップ150〜190の処理が終了すると、その処理が終了した旨と、その処理結果を、第1コア35に送信する。
そして、第1コア35では、ステップ200にて、上述した第1コア35でのステップ100〜140の処理結果と、第2コア37でのステップ150〜190の処理結果を用いて、周知の物体化認識処理を行う。
【0069】
具体的には、この物体化認識処理として、まず、ペアリング処理を行う。
このペアリング処理とは、周知の様に、上り変調時と下り変調時とで、同じ方位にあるピーク周波数同士を組み合わせる処理である。
【0070】
そして、その組み合わされたピーク周波数から、FMCWレーダにおける周知の手法(上述した従来技術に記載したA1、A2式を用いた手法)を用いて、目標物体との距離と相対速度を求め、これらの距離、相対速度、及び方位とを、共に目標物体の情報として出力し、本処理を終了する。
【0071】
なお、目標物体の距離や相対速度を算出する際には、上述の様に、上り変調時と下り変調時とにおける各パワースペクトルを用いるが、各パワースペクトルがそれぞれ複数ある場合には、それらを平均化したパワースペクトル、即ち上り変調時の複数のパワースペクトルを平均したものと、下り変調時の複数のパワースペクトルを平均化したものとを用いてもよい。
【0072】
d)以上説明したように、本実施例のレーダ装置1においては、第1コア35と第2コア37とを用い、上り変調時の受信データ(上りビート信号)が得られた場合には即座に第1コア35でFFT等の演算を行い、また、下り変調時の受信データ(下りビート信号)が得られた場合には、第1コア35での演算と並列に、即座に第2コア35でFFT等の演算を行っている。
【0073】
つまり、本実施例の場合には、演算に必要な信号が得られた場合には即座に各コア35、37で演算を行うことができるので、従来の様に、上りビート信号と下りビート信号が得られるのを待って演算を行う必要がない。
【0074】
そのため、従来に比べて、各演算処理の負荷(FFT等の演算負荷)が高負荷であっても、レーダ装置1における目標物体の認識のための演算周期を短くでき、よって、車両等の目標物体の検知の応答性(即ち、初期検知の応答性)を向上することができるという顕著な効果を奏する。
【実施例2】
【0075】
次に、実施例2について説明するが、実施例1と同様な内容の説明は省略する。
本発明は、前記実施例1の様に、1個のマイクロコンピュータ(いわゆるワンチップマイコン)にマルチコア(例えばディアルコア)を搭載したレーダ装置ではなく、図5に示す様に、レーダ装置51の信号処理部53に、マイクロコンピュータ(ワンチップマイコン)55、57を複数個(例えば2個)用いたものである。
【0076】
そして、第1マイクロコンピュータ55では、前記第1コアと同様に、上り変調時の受信データ(上りビート信号)が得られた場合には即座にFFT等の演算を行う。また、第2マイクロコンピュータ57では、下り変調時の受信データ(下りビート信号)が得られた場合には、前記第2コアと同様に、第1マイクロコンピュータ55での演算と並列に、即座に第2マイクロコンピュータ57でFFT等の演算を行っている。
【0077】
これによって、前記実施例1と同様に、従来の様に、上りビート信号と下りビート信号が得られるのを待って演算を行う必要がないので、各演算処理の負荷(FFT等の演算負荷)が高負荷であっても、レーダ装置51における目標物体の認識のための演算周期を短くでき、よって、車両等の目標物体の検知の応答性を向上することができるという顕著な効果を奏する。
【0078】
なお、以上、本発明の実施例について説明したが、本発明は上記の具体的な実施例に限定されず、本発明の範囲内でこの他にも種々の形態で実施することができる。
例えば本発明は、自動車において、その先行車などとの距離や相対速度や方位等を求める場合に限らず、航空機や船舶や電車等の目標物体の情報を求める場合に適用できる。
【符号の説明】
【0079】
1、51…レーダ装置
5、53…信号処理部
7…送受信部
9…電圧制御発振器
11…分配器
13…送信アンテナ
15…受信アンテナ
17…受信側アンテナ部
19…受信スイッチ
20…受信部
21…ミキサ
27…マイクロコンピュータ
31…RAM31
35…第1コア
37…第2コア
55…第1マイクロコンピュータ
57…第2マイクロコンピュータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーダ波として送信するため、時間に対して周波数が上昇又は下降して変化するよう変調された高周波の送信信号を生成し、目標物体により反射された前記レーダ波の受信信号に、前記送信信号をローカル信号として混合し、該混合された信号の周波数差を成分とするビート信号に基づいて、目標物体との距離及び相対速度のうち少なくとも一方の目標物体の情報を求めるFMCWレーダ装置において、
前記目標物体の情報を算出する演算手段として、第1演算手段と該第1演算手段と並列に演算可能な第2演算手段とを備えるとともに、
前記第1演算手段では、前記送信信号の周波数が上昇する上り変調時の上りビート信号に基づいて、前記目標物体の情報の演算を行い、
前記第2演算手段では、前記第1演算手段の演算と並列に、前記送信信号の周波数が下降する下り変調時の下りビート信号に基づいて、前記目標物体の情報の演算を行うことを特徴とするFMCWレーダ装置。
【請求項2】
前記第1演算手段の演算及び前記第2演算手段の演算の後に、第1演算手段による演算結果と第2演算手段による演算結果を用いて、第1演算手段又は第2演算手段によって、更に目標物体の他の情報の演算を行うことを特徴とする請求項1に記載のFMCWレーダ装置。
【請求項3】
前記第1演算手段及び前記第2演算手段は、単一のマイクロコンピュータに配置された2つのコアであることを特徴とする請求項1又は2に記載のFMCWレーダ装置。
【請求項4】
前記第1演算手段及び前記第2演算手段は、異なるマイクロコンピュータであることを特徴とする請求項1又は2に記載のFMCWレーダ装置。
【請求項5】
前記目標物体は、車両であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のFMCWレーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−103203(P2012−103203A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−253930(P2010−253930)
【出願日】平成22年11月12日(2010.11.12)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】