説明

II−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物の製造方法

【課題】高輝度・高エネルギー効率を示す蛍光体を製造するために、付活剤(付活金属)を任意にドープすることにより蛍光体母材として利用可能なII−VI族化合物半導体の製造方法を提供すること。
【解決手段】II族およびVI族元素の化合物から構成される六方晶系II−VI族化合物半導体から、六方晶と立方晶を含むII−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物を製造する方法であって、六方晶系II−VI族化合物半導体に10kg/cm〜500kg/cmの範囲の圧縮圧力を加えて、六方晶系の結晶相の少なくとも一部を立方晶系に相転移させることを特徴とするII−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物の製造方法によって上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、II−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
II−VI族化合物半導体粒子、例えば、硫化亜鉛等を主成分とする半導体粒子は、マンガン、銅、銀、テルビウム、ツリウム、ユーロピウム、フッ素等の付活元素を添加することにより、光、電子線等の照射や電圧の印加によって発光するという性質を有している。このため、硫化亜鉛等を主成分とする蛍光体は、プラズマディスプレイ、エレクトロルミネッセントディスプレイ、電界放射型ディスプレイ等の表示装置に蛍光体材料として利用されている。
【0003】
硫化亜鉛が有する2つの結晶構造、すなわち、立方晶(閃亜鉛鉱型)および六方晶(ウルツ鉱型)は、いずれも蛍光体の母材となり得ることが知られている(例えば、特許文献1および2)。したがって、硫化亜鉛粒子を蛍光体母材として利用する場合には、用途・目的に応じて、立方晶系若しくは六方晶系の結晶、又は、立方晶系及び六方晶系が混在する結晶粒子を任意に入手し得ることが重要となる。
【0004】
特に、高輝度・高エネルギー効率の蛍光体を製造するためには、蛍光体母材に付活元素を均一に導入することが必要であるが、そのためには個々の粒子内に両結晶系が共存しているような母材粒子が望ましいとされる。これは、一粒子内に両結晶系が存在する場合には結晶にひずみが生じることから、このひずみを利用することによって付活元素のようなドーパントを結晶粒子に均一に導入することが可能となると考えられるからである。この点に関し、別個独立に調製された立方晶及び六方晶の結晶粒子を混合して得た混合物では、各粒子の特性が異なるため、混合物全体にドーパントが均一に導入されないという難点がある。
【0005】
結晶粒子内に異なる結晶系を存在させる方法としては、結晶構造相転移を利用する方法が考えられるが、以下のような問題がある。
一般に、硫化亜鉛の結晶は、750℃以下では立方晶として安定に存在し、また1000℃以上では六方晶として安定に存在することが知られている。そのため、六方晶を得るためには、硫化亜鉛結晶を1000℃以上の高温の下に置く必要があり、多量のエネルギーを必要とする。
【0006】
また、硫化亜鉛の結晶は、500℃以上の高温の下では、硫黄を放出しながら、分解することが知られている。したがって、高温条件下で亜鉛:硫黄の比率を1:1に維持したまま結晶構造の一部のみに相転移を生じさせることは困難である。
例えば、非特許文献1には、硫化亜鉛が、いくつかの異なる温度条件の下で、六方晶と立方晶が混在した状態で存在し得ることが示されている。しかしながら、温度変化によって誘起される相転移を制御して所望の六方晶/立方晶の組成比を有する硫化硫黄の結晶粒子を工業的規模で製造することは技術的に困難である。
【0007】
したがって、相転移によって蛍光体母材の結晶粒子内に異なる晶系の結晶相を任意の組成比率で共存させる方法は確立されてはおらず、高輝度・高エネルギー効率の蛍光体の製造のために、付活希元素の均一な導入が可能であるような蛍光体母体の結晶粒子の製造方法の開発が望まれていた。
【非特許文献1】Journal of Colloid and Interface Science 257(2003) 47-55
【特許文献1】特開2004−339293号公報
【特許文献2】特開2004−263068号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、高輝度・高エネルギー効率を実現する蛍光体を製造するために、付活剤を任意にドープして蛍光体母材として利用可能なII−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討の結果、六方晶系II−VI族化合物半導体の結晶粒子に高い圧力を静圧的に加えると、六方晶系の結晶相が立方晶系に部分的に相転移することを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、II族およびVI族元素の化合物から構成される六方晶系II−VI族化合物半導体から、六方晶と立方晶を含むII−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物を製造する方法であって、六方晶系II−VI族化合物半導体に10kg/cm〜500kg/cmの範囲の圧縮圧力を加えて、六方晶系の結晶相の少なくとも一部を立方晶系に相転移させることを特徴とするII−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物の製造方法に関する。
【0010】
なお、本明細書では、II族およびVI族元素の化合物から構成されるII−VI族化合物半導体を単にII−VI族化合物半導体と略記する。
また、本明細書中に使用する「結晶多形体混合物」の用語は、多形化合物の結晶粒子生成物において、少なくとも一部の結晶粒子が、同一粒子内に結晶系の異なる複数の結晶相を共存ないし混在させた状態で得られる場合を意味するものとする。
【本発明の効果】
【0011】
本発明の方法によると、六方晶系の一部が立方晶系に相転移したII−VI族化合物半導体の結晶粒子生成物(結晶多形体混合物)が得られる。この方法により得られるII−VI族化合物半導体の結晶粒子生成物は、付活元素を均一に導入し得ることから、高輝度・高エネルギー効率の蛍光体を製造するための蛍光体母材として有用である。また、本発明の方法によると、結晶粒子に付与する圧力を制御して結晶粒子生成物を構成する六方晶系と立方晶系の比率を任意に変化させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明において利用される結晶系の変化は、圧力によって誘起される結晶構造相転移に基づくものであり、高い圧力を静圧的に六方晶のII−VI族化合物半導体の結晶粒子に加えることによってもたらされる。
【0013】
本発明では、六方晶系のII−VI族化合物半導体を用い、その結晶系を部分的に立方晶系に変化させることが出来る。II−VI族化合物半導体としては、硫化亜鉛、セレン化亜鉛、硫化カドミウム、セレン化カドミウムおよびこれらを母材とし、銅、マンガン、銀、ハロゲン、希土類金属を発光中心としてドープされたものを使用することが出来る。
【0014】
本発明に使用する結晶粒子の大きさに特に制限は無いが、圧力を効率的に付与するために、粒子同士の間に空隙を生じさせない方が好ましい。かかる観点から、本発明では、粒子の粒度分布曲線からD50を求めることによって得られる平均粒径の値が1nm〜200μm、好ましくは10nm〜100μmの範囲にある粒子を用いている。
【0015】
本発明によれば、六方晶系II−VI族化合物半導体に対して、10kg/cmの圧力を少なくとも1秒以上かけることにより、結晶系を変化させることができる。結晶系の変化によってもたらされる六方晶と立方晶の組成比率は、圧力および加圧時間を任意に変動させることによって制御可能である。
【0016】
ただし、10kg/cm以上であっても必要以上に高い圧力ならば、加えた圧力に見合う相転移の効果が得られず、むしろエネルギー効率的には不利になることから、本発明では、好ましくは10kg/cm〜500kg/cm、より好ましくは20kg/cm〜120kg/cmの範囲の圧力を用いる。
【0017】
また、圧力を付与する時間は、所定の圧力に到達後、少なくとも1秒以上、特に10秒以上が好ましいが、1時間を越えると結晶相に顕著な変化はみられなくなることから、通常10秒〜1時間の範囲で適宜選択される。
【0018】
本発明において、好ましい立方晶/六方晶の組成比率は、導入しようとする金属イオンの種類に依存するため、特定の数値に限定されるものではないが、蛍光体の発光中心として一般的に使用される元素、すなわち、銅、マンガン、プラセオジム、セリウム、ツリウム、ユーロピウムなどを導入する場合は、立方晶/六方晶の組成比率は、両者の合計を100とした重量比で20/80〜80/20、より好ましくは、40/60〜60/40の範囲であることが好ましい。

これらの組成比率は、粉末X線回折法により得られる、立方晶又は六方晶に由来する回折ピークの強度データに基づいて算出することができる。
【0019】
本発明で圧力を付与する際の温度は、室温付近から200℃程度までの範囲であればよいが、通常、本発明は室温付近の温度環境の下で実施される。
【0020】
一般に、高圧を加える方法・装置には、機械的に加圧して一定時間一定圧力を維持することができる静的圧縮方式と、爆薬衝撃などにより瞬時に圧力を発生させる動的圧縮方式とが知られているが、本発明では、前者の方式を採用して、結晶粒子に圧力を付与する。
【0021】
すなわち、本発明に使用する圧力付与の方法および装置は、静的圧縮方式による加圧を実施できるものである限り特に制限はなく、加圧成型に通常利用されているプレス装置、成型機などを用いることが出来る。加圧方法の例としては、一軸加圧、等方圧(静水圧)による加圧など挙げることができる。
【実施例】
【0022】
以下に、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明が以下の実施例に限定されるものではない。
【0023】
実施例1−7
20mmφ打錠試験機(理研精機株式会社製 RIKEN POWER P−1B−04)の試料ホルダーに六方晶系硫化亜鉛(堺化学製RAK-LC)3gを詰め、同試験機の油圧ポンプを作動させて、各実施例ごとに予め決められた圧力を室温で加えた。所定の圧力に到達させた後、所定の時間(実施例1〜5では2分、実施例6では5分、実施例7では10分)が経過するまで圧力を一定に保った。その後、圧力を開放して硫化亜鉛を回収した。得られた硫化亜鉛の微結晶粒子を粉末X線結晶回折装置(株式会社リガク製 RINT2400 Ru-H2R)にかけて、回折ピーク強度を測定した。さらに、同装置に付属のデータ解析用ソフトウエアTopas ver.2によりピーク強度データを処理して、原料の六方晶から相転移によって生じた立方晶の量を重量比として算出した。得られた結果を表1に示す。
【0024】
比較例1
実施例と同様の手順で打錠試験機を用いて、六方晶系硫化亜鉛3gを室温で加圧成形した。ただし、試料に加えられた圧力は、5kg/cmであり、圧力を付与した時間は10分であった。得られた硫化亜鉛の微結晶粒子を粉末X線結晶回折装置(株式会社リガク製 RINT2400 Ru-H2R)にかけてピーク強度を測定し、データ解析用ソフトウエアTopas ver.2で処理して、原料の六方晶から相転移によって生じた立方晶の量を重量比として算出した。結果を表1に示す。
【0025】
比較例2,3
実施例と同様の手順で打錠試験機を用いて立方晶系硫化亜鉛(堺化学製RAK-N、立方晶99.5重量%、六方晶0.5重量%)3gを室温で加圧成型した。試料に加えられた圧力は250kg/cmであり、圧力を付与した時間は、比較例2では2分、比較例3では30分であった。得られた硫化亜鉛の微結晶粉末を粉末X線結晶回折装置(株式会社リガク製 RINT2400 Ru-H2R)にかけてピーク強度を測定し、データ解析用ソフトウエアTopas ver.2で処理して、原料の立方晶から相転移によって生じた六方晶の量を重量比として算出した。結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
上記の通り、六方晶硫化亜鉛に10kg/cm以上の圧力を所定の時間付与して立方晶を相当量含む硫化亜鉛が得られた。しかしながら、立方晶硫化亜鉛に250kg/cmの圧力を所定の時間付与しても、ほとんど晶系の転移は見られなかった。
また、実施例で得られた生成物の中から100μm程度の粒径の結晶粒子を選び出し、粒子をすりつぶすことなく粉末X線回折測定を行ったところ、結晶粒子内に新たに生成した結晶相(立方晶)が六方晶とともに存在することを確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明によれば、六方晶II−VI族化合物半導体に、所定の圧力を所定の時間付加することによって、蛍光体母材として利用可能な六方晶と立方晶を任意の組成比率で含むII−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物を製造することが可能であることから、高輝度・高エネルギー効率を与える蛍光体の製造に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
II族およびVI族元素の化合物から構成される六方晶系II−VI族化合物半導体から、六方晶と立方晶を含むII−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物を製造する方法であって、六方晶系II−VI族化合物半導体に10kg/cm〜500kg/cmの範囲の圧縮圧力を加えて、六方晶系の結晶相の少なくとも一部を立方晶系に相転移させることを特徴とするII−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物の製造方法。
【請求項2】
該II−VI族化合物半導体が硫化亜鉛である請求項1記載のII−VI族化合物半導体の結晶多形体混合物の製造方法。

【公開番号】特開2008−105877(P2008−105877A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−288726(P2006−288726)
【出願日】平成18年10月24日(2006.10.24)
【出願人】(506297717)クラレルミナス株式会社 (20)
【Fターム(参考)】