説明

ITOの製造方法

【課題】高純度のITOを、低コストで効率よく得ることができるITOの製造方法を提供する。
【解決手段】フラットパネルディスプレイのガラス基板などのITOが付着しているガラス基板を、400℃以上、ガラス基板の溶融温度未満で、30秒乃至1時間、加熱処理する。加熱処理後、水または冷えた雰囲気中で急冷処理を行うことにより、ガラス基板の熱膨張率とITOの熱膨張率との差により、ガラス基板からITOを分離させる。さらに、ガラス基板から分離した急冷処理後のITOを、再度400℃以上で加熱してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に液晶ディスプレイやプラズマディスプレイ、EL等のフラットパネルディスプレイから、希少金属であるインジウムを含む透明電極材料のITOを製造するITOの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
液晶テレビやプラズマテレビ等の薄型ディスプレイは、省電力、省資源、省スペースが可能であることから、近年その普及が著しく進んでいる。また、低価格化や画質の向上などにより、需要がさらに拡大し、今後これらの破棄量も増大することが予想される。
【0003】
2009年4月から液晶テレビおよびプラズマテレビが家電リサイクル法の対象になり、リサイクル率50%が製造業者に義務づけられた。また、フラットパネルディスプレイには、透明電極としてITO(Indium Tin Oxide;インジウムスズ酸化物または酸化インジウムスズ)が使用されており、希少金属であるインジウムの回収、再利用が重要な課題となっている。
【0004】
従来、液晶パネルからITOやインジウムを回収する方法としては、可燃性物質が燃焼または炭化する温度以上で、かつガラスの溶融温度未満で加熱する工程と、サンドブラストでガラス基板の付着物を分離除去する工程とを有する方法がある(例えば、特許文献1参照)。また、液晶パネルを塩酸に浸漬することによってガラス表面のITO膜を溶出させ、インジウムを回収する方法もある(例えば、特許文献2参照)。さらに、エッチングあるいは研磨によりガラス基板上の薄膜を回収する方法(例えば、特許文献3参照)や、スクレーパを使用してガラス基板上の薄膜を削り取る方法もある(例えば、特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−255387号公報
【特許文献2】特開2005−334838号公報
【特許文献3】特開2001−337305号公報
【特許文献4】特開2008−191253号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、サンドブラストのメディア成分が大量にITOに混入するため、ITOの純度が低下するという課題があった。また、特許文献2に記載の方法では、塩酸を使用するため、廃液の処理に多大なるエネルギーやコストを必要とするという課題があった。特許文献3に記載の方法では、エッチングにおいては、廃液が発生するため、その処理に多大なるエネルギーやコストを必要とし、研磨においては、ガラス面まで研磨する恐れがあり、インジウムを含むITOの濃度を低下させる可能性があるという課題があった。特許文献4に記載の方法では、スクレーパの位置を精緻に制御する必要があり、装置が複雑化し、そのコストが嵩むという課題があった。
【0007】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、高純度のITOを、低コストで効率よく得ることができるITOの製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係るITOの製造方法は、フラットパネルディスプレイのガラス基板などのITOが付着しているガラス基板を加熱処理した後、急冷処理を行うことにより、前記ガラス基板からITOを分離することを、特徴とする。
【0009】
本発明に係るITOの製造方法は、液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイ、EL等のフラットパネルディスプレイなどのガラス基板に使用されているITO(Indium Tin Oxide;インジウムスズ酸化物または酸化インジウムスズ)を、ガラス基板から分離することにより、再製するものである。ガラス基板を加熱処理した後、急冷処理を行うことにより、ガラス基板の熱膨張率とITOの熱膨張率との差により、ガラス基板からITOを分離することができる。これにより、使用可能なITOを再製することができ、ITOをリサイクルすることができる。また、得られたITOから、稀少金属のインジウムを抽出することもできる。
【0010】
本発明に係るITOの製造方法によれば、加熱処理および急冷処理による簡易かつ安全な方法によりITOを製造することができ、設備コストや製造コストの低減を図ることができる。酸やアルカリなどの廃液が発生しないため、その処理エネルギーや処理コストが発生しない。また、分離されたITOに、サンドブラストのメディアなど、外部からの他の物質が混入しないため、ITOの純度の低下を防ぐことができる。このように、本発明に係るITOの製造方法によれば、高純度のITOを、低コストで効率よく製造することができる。なお、ガラス基板はITOが付着しているものであれば、フラットパネルディスプレイのガラス基板に限らず、いかなるものであってもよい。
【0011】
本発明に係るITOの製造方法は、前記加熱処理を、400℃以上、前記ガラス基板の溶融温度未満で、30秒乃至1時間行うことが好ましい。この場合、特に効率よく高純度のITOを製造することができる。400℃より低い温度で加熱すると、急冷処理後に得られるITOの量が減少するため、加熱温度は400℃以上が好ましい。また、ガラス基板の溶融温度以上に加熱すると、ガラス基板が溶け出し、ガラス基板からITOを分離するのが困難になるため、加熱温度はガラス溶融温度未満が好ましい。加熱時間は、ガラス基板全体が加熱温度で均一になればよく、ガラス基板の大きさによる影響を考慮すると、30秒乃至1時間程度が好ましい。
【0012】
本発明に係るITOの製造方法は、前記急冷処理を水または冷えた雰囲気中で行うことが好ましい。この場合、特に低コストで効率よく高純度のITOを製造することができる。急冷処理は、加熱処理後のガラス基板を急激に冷却可能であれば、水で行っても、冷えた雰囲気中で行ってもよい。なお、水を使用する場合、急冷処理後に分離したITOを乾燥させることが好ましい。使用した水は、繰り返し何度でも使用可能であり、廃液にはならないため、効率的である。
【0013】
本発明に係るITOの製造方法は、前記ガラス基板から分離した前記ITOを、再度400℃以上で加熱してもよい。この場合、再加熱により、ガラス基板から分離したITO中に含まれる可燃性の不純物を燃焼させることができ、より高純度のITOを製造することができる。
【0014】
本発明に係るITOの製造方法で、得られるITOが、径20〜200μmで、ガラスを割ったような形状の粉末から成ることが好ましい。この場合、高純度の粉末状のITOを、低コストで効率よく製造することができる。また、製造された粉末状のITOから、稀少金属のインジウムを抽出することもできる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高純度のITOを、低コストで効率よく得ることができるITOの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態のITOの製造方法により得られたITO粉末のXRD(X線回折)分析結果を示すグラフである。
【図2】図1に示すITO粉末の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図3】図1に示すITO粉末の熱分析結果を示すグラフである。
【図4】液晶パネルのITO付着面をサンドペーパーで削って回収した、比較試料の粉末の熱分析結果を示すグラフである。
【図5】図1に示すITO粉末を再度加熱処理した後のITO粉末の熱分析結果を示すグラフである。
【図6】本発明の実施の形態のITOの製造方法の加熱処理に関し、加熱後の液晶パネルの自然放冷による温度変化を示すグラフである。
【図7】図6に示す液晶パネルの放冷時間と、得られたITOから回収されたインジウムの単位面積あたりの回収量(Indium recovery)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面に基づき本発明の実施の形態について説明する。
図1乃至図6は、本発明の実施の形態のITOの製造方法を示している。
本発明の実施の形態のITOの製造方法では、まず、フラットパネルディスプレイのガラス基板を、電気炉に入れ、400℃以上、ガラス基板の溶融温度未満で、30秒乃至1時間、加熱処理を行う。このとき、400℃より低い温度で加熱すると、得られるITOの量が減少するため、加熱温度は400℃以上にする。また、ガラス基板の溶融温度以上に加熱すると、ガラス基板が溶け出し、ガラス基板からITOを分離するのが困難になるため、加熱温度はガラス溶融温度未満にする。加熱時間は、ガラス基板全体が加熱温度で均一になるよう、ガラス基板の大きさに応じて、30秒〜1時間程度にする。
【0018】
加熱処理後、冷水または冷えた雰囲気中で急冷処理を行う。これにより、ガラス基板の熱膨張率とITOの熱膨張率との差により、ガラス基板からITOを分離することができる。分離したITOを乾燥させることにより、粉末状のITOを製造することができる。
【0019】
このように、本発明の実施の形態のITOの製造方法によれば、液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイ、EL等のフラットパネルディスプレイのガラス基板に使用されているITOを、ガラス基板から分離して、使用可能なITOを再製することができ、ITOをリサイクルすることができる。また、得られたITOから、稀少金属のインジウムを抽出することもできる。
【0020】
本発明の実施の形態のITOの製造方法によれば、加熱処理および急冷処理による簡易かつ安全な方法によりITOを製造することができ、設備コストや製造コストの低減を図ることができる。酸やアルカリなどの廃液が発生しないため、その処理エネルギーや処理コストが発生しない。また、分離されたITOに、サンドブラストのメディアなど、外部からの他の物質が混入しないため、ITOの純度の低下を防ぐことができる。このように、本発明の実施の形態のITOの製造方法によれば、高純度の粉末状のITOを、低コストで効率よく製造することができる。
【0021】
本発明の実施の形態のITOの製造方法では、ガラス基板から分離した冷却処理後のITOを、再度400℃以上で加熱してもよい。この場合、再加熱により、ガラス基板から分離したITO中に含まれる可燃性の不純物を燃焼させることができ、より高純度のITOを製造することができる。
【実施例1】
【0022】
本発明の実施の形態のITOの製造方法により、以下のようにして、液晶パネルからITOを製造した。まず、液晶パネルを5cm角に切断し、それらを600℃に加熱した電気炉に入れて、30分間加熱した。その後、速やかに冷水に入れた。冷水に液晶パネルを入れる処理は、急速に(液晶パネルの一部が水に触れてから、全部が水中に浸されるまでの時間は、1秒あるいはそれよりも短い時間であったと思われる)行われた。これにより、液晶パネルのガラス表面から薄膜が離脱し、水底に粉末が沈んだ。沈んだ粉末を回収して、乾燥した。なお、使用した冷水は、繰り返し何度でも使用可能である。
【0023】
得られた粉末をXRD(X線回折)法で分析した結果、および、得られた粉末の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を、それぞれ図1および図2に示す。図1に示すように、得られた粉末は、ITOであることが確認された。また、図2に示すように、得られたITO粉末は、径20〜200μmで、ガラスを割ったような形状の粉末であることが確認された。
【0024】
得られたITO粉末の熱分析結果を、図3に示す。図3に示すように、約200℃以上の温度で、僅かではあるが重量(Weight)の減少が確認された。このことは、僅かの可燃性物質が燃焼したことを示しており、得られたITO粉末には、まだ、有機不純物が残存していたことを示している。しかし、400度以上の温度では、重量の減少が緩やかとなり、500度以上では、重量の減少はほぼ止まっている。したがって、約400度以上に加熱することで(望ましくは500度以上に加熱することで)、不純物成分を相当程度除去し、純度の高いITOを回収できることがわかる。
【0025】
[比較試料]
比較試料として、5cm角に切断した液晶パネルのITO付着面をサンドペーパーで削り、粉末を回収した。回収した粉末の熱分析結果を、図4に示す。図4に示すように、比較試料では、約400℃を超えると重量(Weight)の減少が始まり、460℃付近に発熱ピークがあり、約600℃で重量の減少が収まる様子が確認された。これは、回収した粉末に含まれる可燃性物質が燃焼したことを示している。
【0026】
図3に示す本発明の実施の形態のITOの製造方法により得られたITO粉末の熱分析結果と、図4に示すサンドペーパーで削って得られた比較試料の熱分析結果とを比べると、図4の比較試料の方が重量減少が大きいことから、比較試料には、サンドペーパーの削りカスや削られたガラスなどの不純物が多く含まれていると考えられる。これに対し、本発明の実施の形態のITOの製造方法によれば、不純物が少ない高純度のITO粉末を得ることができるといえる。
【実施例2】
【0027】
実施例1で得られたITO粉末を、再度、600℃の電気炉に入れ、30分間加熱処理を行った。再加熱処理後のITO粉末の熱分析結果を、図5に示す。図5に示すように、再度加熱処理したITO粉末の重量(Weight)の減少、および、発熱・吸熱ピークが全く観察されなかった。このことから、再加熱処理により完全に可燃性物質を除去することができ、より高純度のITO粉末が得られたことが確認された。また、再加熱処理後のITO粉末のXRD解析結果(図示せず)からは、ITOのピークのみが観察された。
【実施例3】
【0028】
600℃に加熱した電気炉に液晶パネルを入れ、一分間保持し、その後液晶パネルを電気炉から取り出し、大気中で自然放冷した。そのときの液晶パネルの温度変化を、図6に示す。なお、実験は2回行っている。液晶パネルの温度は、30秒後には450度程度にまで、60秒後には250度程度にまで低下している。図7は、液晶パネルを横軸に示す放冷時間だけ放冷したあとで、常温(約25度)の水の中に入れた場合に、回収されたインジウムの単位面積あたりの回収量(Indium recovery)を示す。図中には、6点の実験データ(自然放冷時間は、それぞれ約0秒、15秒、30秒、60秒、120秒、300秒)と、実験データに対する近似曲線が示されている。これによれば、加熱処理後の自然放冷時間が短いほど、言い換えれば、液晶パネルの温度が高いほど、ITOの回収率が高いことがわかる。そして、液晶パネルの温度を400℃以上、望ましくは500度あるいは600度以上程度の状態で、水の中に液晶パネルを入れることが、ガラス表面からのITOの離脱に特に有効であると言える。
【0029】
なお、図7にはデータを示さなかったが、10分間自然放冷して温度が50℃以下にまで低下した液晶パネルを水の中に入れても、ガラス表面からITOが離脱することはなかった。一般に、液晶パネルを水に入れた場合には、液晶パネルの少なくとも表面付近は、急速に水温に近づく。ここで、水温が20度であったとして、液晶パネルが約0.1秒で水温に近づいたと仮定すれば、0.1秒あたり30度(毎秒300度)程度の冷却率ではITOの離脱がおきないことになる。ITOの離脱が起きる限界の冷却率を「臨界冷却率」と呼ぶことにすれば、本発明における急冷処理は、この臨界冷却率よりも急激な冷却率で行われるべきものと言うことができよう。
【0030】
ITOが液晶パネルから離脱する一因としては、液晶パネルとITOとの熱膨張係数の違い(熱膨張の温度依存性の違い)が挙げられる。すなわち、液晶パネルとITOの急激な収縮の差によって作用する急激な剥離力が、両者の接合力を上回る場合にITOが離脱すると考えられる。この観点からは、本発明における「急冷処理」は、ITOの剥離を与える程度には、急速に行わなければならないと言える。
【0031】
また、ITOの剥離が両者の熱膨張係数の違いにあるとする観点からは、加熱した液晶パネルの温度と、その後に入れる水の温度差が400度以上(望ましくは500度あるいは600度以上)であることが望ましいと言える。つまり、水が常温あるいはそれ以下の温度である必要は必ずしもなく、60度以上や80度以上を示すような状態であってもよいと推測される。また、必要となる温度差も、対象とする液晶パネルの熱膨張係数に応じて、適宜、選択すればよい可能性がある。例えば、300度以上であればよい場合や、500度以上とすべき場合もありえると考えられる。
【0032】
本発明における急冷処理は、典型的には、水(これは純水であっても、各種の水溶液であってもよい。なかでも、水道水は、安価である点で優れている)や、その他の液体に、液晶パネルを急速に浸すことで行われる。重力を利用して、あるいは、機械的強制力を利用して、例えば、5秒以内、望ましくは1秒以内程度の短時間に、こうした液体に沈めることにより、急速な冷却が可能となる。また、液晶パネルにおけるITOの付着面に、大量の液体を振りかけることでも、急冷できる可能性がある。なお、液体の代わりに、気体を利用できる可能性もあるが、熱容量が大きい液体を用いる方が効率がよいであろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラットパネルディスプレイのガラス基板などのITOが付着しているガラス基板を加熱処理した後、急冷処理を行うことにより、前記ガラス基板からITOを分離することを、特徴とするITOの製造方法。
【請求項2】
前記加熱処理は、前記ガラス基板を、400℃以上、前記ガラス基板の溶融温度未満の温度にする処理であることを、特徴とする請求項1記載のITOの製造方法。
【請求項3】
前記急冷処理は、前記ガラス基板を、前記ガラス基板よりも低温の液体に浸す処理であることを、特徴とする請求項1または2記載のITOの製造方法。
【請求項4】
前記ガラス基板から分離した前記ITOを、再度400℃以上で加熱することを、特徴とする請求項1、2または3記載のITOの製造方法。
【請求項5】
得られるITOが、径20〜200μmで、ガラスを割ったような形状の粉末から成ることを、特徴とする請求項1、2、3または4記載のITOの製造方法。


【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−16692(P2011−16692A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−163040(P2009−163040)
【出願日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】