説明

MOS型トランジスタのシミュレーションモデルおよびそれを用いた回路のシミュレーション方法

【課題】ゲート幅の大きいMOS型トランジスタにも適用でき、ゲート幅の異なる複数のMOS型トランジスタのパラメータセットを容易に準備することのできるシミュレーションモデル、およびそれを用いた回路のシミュレーション方法を提供する。
【解決手段】パラメータセットが、前記SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出するパラメータ抽出ソフトにより抽出された基本パラメータセットにおいて、前記MOS型トランジスタのゲート幅に対応して、前記MOS型トランジスタの移動度U0のパラメータ値のみが、前記パラメータ抽出ソフトにより抽出されたパラメータ値から、前記MOS型トランジスタのドレイン−ソース間における電流−電圧特性に合わせて、設定変更されてなるシミュレーションモデルとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MOS型トランジスタのシミュレーションモデルおよびそれを用いた回路のシミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
MOS型トランジスタのシミュレーションモデルとモデルパラメータの抽出方法が、例えば、特許第2699844号公報(特許文献1)および特許第3420102号公報(特許文献2)に開示されている。
【0003】
特許文献1のシミュレーションモデルでは、ドレイン電流を、しきい値電圧,拡散層抵抗率,ゲートバイアス電圧に依存する実効移動度,及びゲートバイアスに依存するゲート拡散層オーバラップ長を構成要素にもつ解析式モデルで表わしている。特許文献2では、回帰直線を用いて、任意のしきい値電圧または電流増幅率のサンプル素子に関するモデルパラメータを求めている。
【0004】
MOS型トランジスタを含む回路のシミュレーションには、近年、回路シミュレータ(SPICE、Simulation Program with Integrated Circuit Emphasis)が一般的に用いられる。
【0005】
SPICEには、MOS型トランジスタのシミュレーションモデルとして、例えば、以下に示す特徴を持つ基本シミュレーションモデルが格納されている。
【0006】
LEVEL1と呼ばれる基本シミュレーションモデルは、チャネル長、チャネル幅およびゲート酸化膜厚が極めて大で、しかも基板濃度が薄く、均一基板濃度のデバイスを仮想したデバイスモデルである。回路の原理を学ぶ場合に使用すると便利である。
【0007】
LEVEL2と呼ばれる基本シミュレーションモデルは、実際のデバイスにおいて起こる物理現象をモデル化した、初めての実用的なデバイスモデルである。しかし、この基本シミュレーションモデルは、チャネル長5μm程度のデバイスに対しても、高精度なパラメータを抽出するのが困難である。また、電圧−電流特性の不連続もあり、回路シミュレーションでの発散も発生する。
【0008】
LEVEL3と呼ばれる基本シミュレーションモデルは、チャネル長5μmレベルの半経験モデルであり、LEVEL2での不連続の解決およびコンピュータ負荷の軽減が図られている。パラメータの融通制がよく、物理性を無視すれば、チャネル長1.0μm以上のデバイスに対しては精度的に対応できる。パラメータが少なく、パラメータ抽出が容易である。
【0009】
また、BISM(Berkeley Short Channel IGFET Model)と呼ばれる基本シミュレーションモデルがある。
【0010】
BSIM1と呼ばれる基本シミュレーションモデルの基本式は、チャネル長3μm程度の物理現象をモデル化したもので、電圧依存パラメータにより精度向上(0.8μm程度対応)が図られている。また、各パラメータに対してL,W依存を設定し、以下に示す数式1の数学処理を施している。パラメータ数は3倍となっているが、複数のパラメータセットにより、サブミクロンデバイス対応が可能になっている。パラメータ抽出は、複雑である。
【0011】
(数式1) P=P0+P1/L+P2/W
BSIM2と呼ばれる基本シミュレーションモデルの基本式は、サブミクイロンデバイス(0.25 μm程度)を対象にして、物理現象を巧妙に数学関数により表現したものである。各パラメータに対する数学的処理はBSIM1と同様で、パラメータ数は多く、抽出はより複雑である。
【0012】
BSIM3v2(HSPICE:LEVEL=47)と呼ばれる基本シミュレーションモデルは、擬二次元解析をベースとしたサブミクイロンデバイス対応の本格的な物理モデルである。BSIM3の物理モデルの大きな特徴は、デバイス構造の物理値、すなわちチャネル長(L)、チャネル幅(W)、ゲート酸化膜厚(TOX)、拡散深さ(XJ)、チャネル濃度(NCH)を可能な限り物理現象モデルに入れたこと、更に各物理現象モデルを独立にして(この結果、物理モデルの割にパラメータ数が多い)、電流式全体を組み立てたことである。
【0013】
BSIM3v3と呼ばれる基本シミュレーションモデルの基本式は、BSIM3v2に更に物理モデル、数学モデルを追加し、電圧領域ごとの三つの電流式、(1)弱反転領域電流式、(2)強反転線形領域電流式、(3)強反転飽和領域電流式を、単一式で表現したものである。高精度なパラメータ抽出も極めて容易である。
【0014】
MOS型トランジスタのシミュレーションモデルとして、近年、上記BSIM3v3がよく用いられている。
【特許文献1】特許第2699844号公報
【特許文献2】特許第3420102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
特許文献1に開示されたMOS型トランジスタのシミュレーションモデル、および上記SPICEに格納されているBSIM3v3等の基本シミュレーションモデルでは、ドレイン(D)−ソース(S)間における電流IDSは、一般的に、以下に示す数式2の形の関数式となる。
【0016】
(数式2) IDS=W/L・F(S1,S2,・・・)
数式2において、LはMOS型トランジスタのゲート長であり、WはMOS型トランジスタのゲート幅である。また、S1,S2,・・・は、MOS型トランジスタのゲート長Lとゲート幅W以外のSPICEパラメータである。SPICEパラメータS1,S2,・・・は、UTMOST(シルバコ社)等のSPICEパラメータ抽出ソフトを用いて、MOS型トランジスタのドレイン−ソース間における電流−電圧特性等から抽出される。
【0017】
上記SPICEに格納されているBSIM3v3等の基本シミュレーションモデルによれば、電流IDSは、ゲート幅Wに正比例する。しかしながら、例えば高耐圧CMOSトランジスタ(HVCMOS)のゲート幅Wが大きくなると、発熱による影響で実際の電流IDSがシミュレーション値に較べて低下し、BSIM3v3によるシミュレーション結果と実測結果が一致しなくなる。
【0018】
図5に、その一例を示す。図5は、MOS型トランジスタのドレイン(D)−ソース(S)間における電流−電圧(IDS−VDS)特性について、ゲート(G)−ソース間における電圧VGSをパラメータとして、シミュレーション値と実測値を比較したものである。上のグラフはゲート幅Wが10μmのものであり、下のグラフはゲート幅Wが100μmのものである。それぞれ、実線がシミュレーション値であり、○印が実測値である。尚、図5の2つのグラフにおけるシミュレーション値は、全てのSPICEパラメータを共通にして、ゲート幅Wが10μmと100μmの2つのMOS型トランジスタ特性をシミュレートしたものである。BSIM3v3では数式2の関係があるため、ゲート幅Wが100μmのMOS型トランジスタでは、ゲート幅Wが10μmのMOS型トランジスタに較べて、IDSのシミュレーション値が10倍となる。
【0019】
図5に示すように、ゲート幅Wが10μmのものでは、図中の全ての電圧VGSについて、シミュレーション値と実測値が一致している。これに対して、ゲート幅Wが100μmのものでは、図中の高い電圧VGSについて、シミュレーション値と実測値が乖離している。
【0020】
このように、MOS型トランジスタのゲート幅Wが大きくなると、SPICEパラメータS1,S2,・・・を一定にしたままでは、シミュレーション結果と実測結果が一致しなくなる。そこで、シミュレーション結果と実測結果を一致させるためには、図6に示すように、ゲート幅Wが異なるMOS型トランジスタ毎に、SPICEパラメータ抽出ソフトを用いて、それぞれのIDS−VDS特性に合致するパラメータセットを抽出しなければならない。
【0021】
図7は、ゲート幅Wが異なるMOS型トランジスタを幾つか含む回路のシミュレーションにあたって、回路のシミュレーション前の準備作業である従来のSPICEパラメータ抽出フローと、抽出されたパラメータセットの例を示す図である。また、図8は、図7のフローに従って得られたパラメータセットのテーブルと、SPICEによる従来の回路のシミュレーションフローを示す図である。
【0022】
図7に示すように、従来のSPICEパラメータ抽出フローにおいては、ゲート幅Wが大きい場合、それぞれのIDS−VDS特性に合致するSPICEパラメータを抽出しなければならない。このため、ゲート幅Wが異なる複数種のMOS型トランジスタを含む回路のシミュレーションにあたっては、各MOS型トランジスタの特性に適合するパラメータセットの準備に、多大な工数を要する。
【0023】
そこで本発明は、SPICEに用いるMOS型トランジスタのシミュレーションモデルであって、ゲート幅の大きいMOS型トランジスタにも適用でき、ゲート幅の異なる複数のMOS型トランジスタのパラメータセットを容易に準備することのできるシミュレーションモデル、およびそれを用いた回路のシミュレーション方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0024】
請求項1〜6に記載の発明は、回路シミュレータに用いるMOS型トランジスタのシミュレーションモデルに関する発明である。
【0025】
請求項1に記載の発明は、回路シミュレータ(SPICE)に用いるMOS型トランジスタのシミュレーションモデルであって、前記シミュレーションモデルのパラメータセットが、前記SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出するパラメータ抽出ソフトにより抽出された基本パラメータセットにおいて、前記MOS型トランジスタのゲート幅に対応して、前記MOS型トランジスタの移動度のパラメータ値のみが、前記パラメータ抽出ソフトにより抽出されたパラメータ値から、前記MOS型トランジスタのドレイン−ソース間における電流−電圧特性に合わせて、設定変更されてなることを特徴としている。
【0026】
このシミュレーションモデルでは、SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出する、汎用のパラメータ抽出ソフトを利用することができる。このパラメータ抽出ソフトを用いて、発熱による電流低下のないゲート幅Wの小さいMOS型トランジスタの電流−電圧(IDS−VDS)特性に適合させるようにして、基本パラメータセットを抽出する。基本パラメータセットを用いて、移動度U0の値のみを別の値に適宜設定するだけで、発熱による電流低下が起きるゲート幅Wの大きな種々のMOS型トランジスタのIDS−VDS特性に適合させることができる。
【0027】
従って、上記シミュレーションモデルは、SPICEに用いるMOS型トランジスタのシミュレーションモデルであって、ゲート幅の大きいMOS型トランジスタにも適用でき、ゲート幅の異なる複数のMOS型トランジスタのパラメータセットを、移動度U0の値のみを適宜設定するだけで容易に準備することのできるシミュレーションモデルとなっている。
【0028】
請求項2に記載のように、移動度のパラメータ値を適合させる前記電流−電圧特性には、実測によって得られた電流−電圧(IDS−VDS)特性を用いることができる。また、請求項3に記載のように、計算時間は要するものの発熱を含めた正確なシミュレーション結果が得られる、デバイスシミュレータによるシミュレーション値であってもよい。
【0029】
請求項4に記載のように、上記シミュレーションモデルは、前記ゲート幅Wが10μmより大きく、発熱による電流低下が起きて、上記基本パラメータセットを用いたシミュレーション値が、IDS−VDS特性の実測値やデバイスシミュレータによるシミュレーション値に適合しない場合に有効である。
【0030】
請求項5に記載のように、上記シミュレーションモデルについては、SPICEに格納された前記基本シミュレーションモデルが、近年最も多用されているBSIM3v3である場合にも有効である。
【0031】
請求項6に記載のように、上記シミュレーションモデルは、前記MOS型トランジスタが、発熱による電流低下が大きい高耐圧CMOSトランジスタである場合にも適用することができる。
【0032】
請求項7〜14に記載の発明は、上記シミュレーションモデルを用いた、回路のシミュレーション方法に関する発明である。
【0033】
請求項7に記載の発明は、ゲート幅の異なる複数のMOS型トランジスタを含む回路の回路シミュレータ(SPICE)によるシミュレーション方法であって、少なくとも一つの前記MOS型トランジスタに関するシミュレーションモデルのパラメータセットとして、前記SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出するパラメータ抽出ソフトにより抽出された基本パラメータセットにおいて、前記MOS型トランジスタのゲート幅に対応して、前記MOS型トランジスタの移動度のパラメータ値のみが、前記パラメータ抽出ソフトにより抽出されたパラメータ値から、前記MOS型トランジスタのドレイン−ソース間における電流−電圧特性に合わせて、設定変更されてなるパラメータセットを用いることを特徴としている。
【0034】
請求項7〜12に記載の発明の効果は上記したとおりであり詳細説明は省略するが、上記シミュレーションモデルにより、回路に含まれる各ゲート幅のMOS型トランジスタに対応したシミュレーション前のパラメータセットの準備作業が容易になる。
【0035】
例えば、請求項13に記載のように、前記移動度のパラメータ値のみが設定変更されるMOS型トランジスタに関するシミュレーションモデルのパラメータセットを、前記基本パラメータセットから、前記移動度のパラメータ値のみを除いた共通パラメータセットと、前記MOS型トランジスタの各ゲート幅とそれに対応する前記設定変更された移動度のパラメータ値からなるテーブルとして、前記SPICEによる回路のシミュレーションの前に、予め準備しておくことができる。
【0036】
また、請求項14に記載のように、前記移動度のパラメータ値のみが設定変更されるMOS型トランジスタに関するシミュレーションモデルのパラメータセットを、前記基本パラメータセットから、前記移動度のパラメータ値のみを除いた共通パラメータセットと、前記設定変更された移動度のパラメータ値を与える前記MOS型トランジスタのゲート幅の関数として、前記SPICEによる回路のシミュレーションの前に、予め準備しておくことができる。
【0037】
これによれば、回路に含まれる各ゲート幅のMOS型トランジスタの全てについて、移動度のパラメータ値を適宜設定変更してIDS−VDS特性の実測値に合わせ込む必要がなくなる。数点のゲート幅のMOS型トランジスタ試料で上記設定変更された移動度のパラメータ値を与えるゲート幅の関数を作成し、他のゲート幅のMOS型トランジスタについては、上記関数を用いて設定変更される移動度のパラメータ値を外挿することができる。これにより、シミュレートする回路がゲート幅の異なるMOS型トランジスタを多数含む場合において、各MOS型トランジスタに関するパラメータセットの準備作業を大幅に簡略化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、図に基づいて説明する。
【0039】
本発明は、MOS型トランジスタのシミュレーションモデルのパラメータセットおよびそれを用いた回路のシミュレーション方法に関するものである。
【0040】
本発明のシミュレーションモデルは、回路シミュレータ(SPICE)に用いるMOS型トランジスタのシミュレーションモデルであって、前記シミュレーションモデルのパラメータセットが、前記SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出するパラメータ抽出ソフトにより抽出された基本パラメータセットにおいて、前記MOS型トランジスタのゲート幅に対応して、前記MOS型トランジスタの移動度のパラメータ値のみが、前記パラメータ抽出ソフトにより抽出されたパラメータ値から、前記MOS型トランジスタのドレイン−ソース間における電流−電圧特性に合わせて、設定変更されてなることを特徴としている。
【0041】
図1に、その具体例を示す。図1は、図5および図6と同じMOS型トランジスタの電流−電圧(IDS−VDS)特性について、本発明のシミュレーションモデルによるシミュレーション値と実測値を比較したものである。
【0042】
上のグラフは、発熱による電流低下のないゲート幅Wが10μmのものであり、図5および図6の上のグラフと同様に、SPICEに格納された基本シミュレーションモデルであるBSIM3v3でシミュレートしたものである。
【0043】
下のグラフは、発熱による電流低下が発生するゲート幅Wが100μmのもので、本発明のシミュレーションモデルにおけるパラメータセットを適用して、上記実測値のIDS−VDS特性をシミュレートしたものである。
【0044】
本発明のシミュレーションモデルは、SPICEに格納されたBSIM3v3等の基本シミュレーションモデルを利用するものである。従って、本発明のシミュレーションモデルにおけるパラメータセットは、SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出する、汎用のパラメータ抽出ソフトを用いて抽出された基本パラメータセットを利用するものである。
【0045】
本発明のシミュレーションモデルでは、上記SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットにおいて、移動度のパラメータU0とそれ以外のパラメータを分離して扱う。移動度以外のパラメータは、電流低下のないゲート幅のIDS−VDS特性から抽出された上記基本パラメータセットをそのまま用いる。一方、本発明のシミュレーションモデルでは、ゲート幅Wに対応して、移動度のパラメータU0の値のみを、上記パラメータ抽出ソフトにより抽出されたパラメータ値からIDS−VDS特性に合わせて設定変更するものである。
【0046】
図1の下のグラフにおけるシミュレーション値は、上のグラフのIDS−VDS特性から抽出された移動度以外のパラメータをそのまま用い、移動度のパラメータU0の値のみを、U0=430からU0=373に設定変更してシミュレートしたものである。W=10μmのパラメータセットと全く同じパラメータセットでシミュレートした図5の下のグラフと異なり、図1の下のグラフでは、図中の全ての電圧VGSについて、シミュレーション値と実測値をほぼ一致させることができた。また、図1の下のグラフでは、図6の下のグラフと異なり、パラメータセットの全てのパラメータを変更することなく、移動度のパラメータU0の値のみを変更設定するだけで、シミュレーション値と実測値をほぼ一致させることができた。
【0047】
上記した本発明のシミュレーションモデルでは、SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出する、汎用のパラメータ抽出ソフトを利用することができる。このパラメータ抽出ソフトを用いて、発熱による電流低下のないゲート幅Wの小さいMOS型トランジスタの電流−電圧(IDS−VDS)特性に適合させるようにして、基本パラメータセットを抽出する。基本パラメータセットを用いて、移動度U0の値のみを別の値に適宜設定するだけで、発熱による電流低下が起きるゲート幅Wの大きな種々のMOS型トランジスタのIDS−VDS特性に適合させることができる。
【0048】
従って、上記シミュレーションモデルは、SPICEに用いるMOS型トランジスタのシミュレーションモデルであって、ゲート幅の大きいMOS型トランジスタにも適用でき、ゲート幅の異なる複数のMOS型トランジスタのパラメータセットを、移動度U0の値のみを適宜設定するだけで容易に準備することのできるシミュレーションモデルとなっている。
【0049】
上記したように、本発明のシミュレーションモデルについては、SPICEに格納された基本シミュレーションモデルが、近年最も多用されているBSIM3v3である場合にも有効で、広範囲のMOS型トランジスタを含む回路のシミュレーションに適用することができる。また上記シミュレーションモデルは、ゲート幅Wが10μmより大きく、発熱による電流低下が起きて、BSIM3v3等の基本パラメータセットを用いたシミュレーション値がIDS−VDS特性の実測値に適合しない場合に有効である。特に、上記シミュレーションモデルは、MOS型トランジスタが発熱による電流低下が大きい高耐圧CMOSトランジスタ(HVCMOS)である場合にも適用することができる。
【0050】
上記した本発明のシミュレーションモデルに関するSPICEパラメータ抽出フローをまとめると、図2のようになる。
【0051】
図2は、ゲート幅Wが異なるMOS型トランジスタを幾つか含む回路のシミュレーションにあたって、回路のシミュレーション前の準備作業である本発明のシミュレーションモデルに関するSPICEパラメータ抽出フローと、抽出されたパラメータセットの例を示している。
【0052】
図2に示す本発明のシミュレーションモデルに関するSPICEパラメータ抽出フローでは、最初に、ステップS1に示すように、MOS型トランジスタのゲート幅Wのサイズ毎にIDS−VDS特性を測定する。
【0053】
次に、ステップS2に示すように、
発熱による電流低下のないWのサイズ、即ち、小さいWのサイズ群(W1、W2、W3とする)で、IDS−VDS特性に適合させて、SPICEパラメータを抽出する。
【0054】
次に、ステップS3に示すように、抽出したSPICEパラメータから、移動度U0のパラメータ値(U01)を除いて、
共通パラメータセットP0として登録する。移動度のパラメータ値(U01)は、別に設けた対応テーブルのゲート幅WのサイズW1、W2、W3に対応する位置に登録に登録する。
【0055】
次に、ステップS4に示すように、サイズ群(W1、W2、W3)より大きいW(W4とする)のトランジスタ、即ち、発熱による電流低下のあるトランジスタについて、上記共通パラメータセットP0を用いて、移動度U0を適宜設定し、そのIDS−VDS特性に適合させる。
【0056】
次に、ステップS5に示すように、適合した移動度U0のパラメータ値(U04とする)を、対応テーブルにおけるサイズW4に対応する位置に登録する。
【0057】
次に、ステップS6に示すように、同様に、サイズ群(W1、W2、W3)より大きい他のW(W5、W6、・・・とする)について、個別に、IDS−VDS特性に適合させて、適合した移動度のパラメータ値U05、U06、・・・を、対応テーブルにおけるサイズW5、W6、・・・に対応する位置に登録する。
【0058】
以上で、ゲート幅の異なる複数のMOS型トランジスタを含む回路のシミュレーション前の準備作業である、本発明のシミュレーションモデルに関するSPICEパラメータ抽出作業が終了する。
【0059】
本発明の回路のシミュレーション方法は、ゲート幅の異なる複数のMOS型トランジスタを含む回路の回路シミュレータ(SPICE)によるシミュレーション方法であって、少なくとも一つの前記MOS型トランジスタに関するシミュレーションモデルのパラメータセットとして、前記SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出するパラメータ抽出ソフトにより抽出された基本パラメータセットにおいて、前記MOS型トランジスタのゲート幅に対応して、前記MOS型トランジスタの移動度のパラメータ値のみが、前記パラメータ抽出ソフトにより抽出されたパラメータ値から、前記MOS型トランジスタのドレイン−ソース間における電流−電圧特性に合わせて、設定変更されてなるパラメータセットを用いることを特徴としている。
【0060】
図3は、本発明による回路のシミュレーション方法を示す図である。
【0061】
図3に示す本発明の回路のシミュレーション方法では、最初に、ステップS1に示すように、図の左にあるパラメータセットのテーブルを基にして、回路に含まれる複数のMOS型トランジスタについて、Wのサイズ別に対応したパラメータセットを入力する。
【0062】
次に、ステップS2に示すように、SPICEによる回路のシミュレーションを行う。
【0063】
以上で、ゲート幅の異なる複数のMOS型トランジスタを含む回路のシミュレーションが終了する。
【0064】
図3に示す回路のシミュレーション方法では、図の左側に示す図2のフローに従って得られた共通パラメータセットP0と対応テーブルからなるパラメータセットのテーブルを用い、図の右側に示すフロー図に従ってSPICEによる回路のシミュレーションを行う。図3の回路のシミュレーション方法では、上記したように、本発明のシミュレーションモデルを用いることで、回路に含まれる各ゲート幅のMOS型トランジスタに対応したシミュレート前のパラメータセットの準備作業が容易になっている。
【0065】
図3では、移動度のパラメータ値のみが設定変更されるMOS型トランジスタに関するシミュレーションモデルのパラメータセットを、基本パラメータセットから移動度U0のパラメータ値のみを除いた共通パラメータセットP0と、MOS型トランジスタの各ゲート幅W(W4,W5,W6,・・・)とそれに対応する設定変更された移動度U0のパラメータ値(U04,U05,U06,・・・)からなる対応テーブルとして、SPICEによる回路のシミュレーションの前に、予め準備しておくことができる。回路のシミュレーション時には、共通パラメータセットP0と各ゲート幅Wに対応する設定変更された移動度U0のパラメータ値を組み合わせたものを、各MOS型トランジスタのパラメータセットとして使用し、これら各ゲート幅WのMOS型トランジスタを含む回路のシミュレーションを行う。
【0066】
また、図4は、別のシミュレーション方法を示す図である。
【0067】
図4は、図3と同じ回路シミュレーションフローとなっているが、用いるパラメータセットのテーブルが異なっている。
【0068】
図4では、移動度のパラメータ値のみが設定変更されるMOS型トランジスタに関するシミュレーションモデルのパラメータセットを、基本パラメータセットから移動度U0のパラメータ値のみを除いた共通パラメータセットP0と、設定変更された移動度U0のパラメータ値を与えるゲート幅Wの関数F(W)として、SPICEによる回路のシミュレーションの前に、予め準備しておくものである。
【0069】
これによれば、回路に含まれる各ゲート幅W(W4,W5,W6,・・・)のMOS型トランジスタの全てについて、移動度U0のパラメータ値を適宜設定変更してIDS−VDS特性の実測値に合わせ込む必要がなくなる。数点のゲート幅W(例えば、W4,W5)のMOS型トランジスタ試料で上記設定変更された移動度U0のパラメータ値を与えるゲート幅Wの関数F(W)を作成し、他のゲート幅W(W6,・・・)のMOS型トランジスタについては、上記関数F(W)を用いて設定変更される移動度U0のパラメータ値を外挿することができる。これにより、シミュレートする回路がゲート幅Wの異なるMOS型トランジスタを多数含む場合において、各MOS型トランジスタに関するパラメータセットの準備作業を大幅に簡略化することができる。
【0070】
尚、上述した図1〜図4に示す本発明のMOS型トランジスタのシミュレーションモデルおよびそれを用いた回路のシミュレーション方法は、いずれも、移動度のパラメータ値を適合させる電流−電圧特性として、実測によって得られた電流−電圧(IDS−VDS)特性を用いたものである。しかしながらこれに限らず、移動度のパラメータ値を適合させる電流−電圧特性として、計算時間は要するものの発熱を含めた正確なシミュレーション結果が得られる、デバイスシミュレータによるシミュレーション値であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明のシミュレーションモデルによるシミュレーション値と実測値を比較したものである。
【図2】回路のシミュレーション前の準備作業である本発明のシミュレーションモデルに関するSPICEパラメータ抽出フローと、抽出されたパラメータセットの例を示す図である。
【図3】本発明の回路のシミュレーション方法を示す図である。
【図4】本発明の別のシミュレーション方法を示す図である。
【図5】従来のシミュレーションモデルによるシミュレーション値と実測値を比較したものである。
【図6】従来のシミュレーションモデルによるシミュレーション値と実測値を比較したものである。
【図7】回路のシミュレーション前の準備作業である従来のSPICEパラメータ抽出フローと、抽出されたパラメータセットの例を示す図である。
【図8】図7のフローに従って得られたパラメータセットのテーブルと、SPICEによる従来の回路のシミュレーションフローを示す図である。
【符号の説明】
【0072】
W ゲート幅
L ゲート長
U0 移動度
P1,P4,P5,P6 パラメータセット
P0 (移動度U0を除いた)共通パラメータセット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回路シミュレータ(SPICE)に用いるMOS型トランジスタのシミュレーションモデルであって、
前記シミュレーションモデルのパラメータセットが、
前記SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出するパラメータ抽出ソフトにより抽出された基本パラメータセットにおいて、
前記MOS型トランジスタのゲート幅に対応して、前記MOS型トランジスタの移動度のパラメータ値のみが、前記パラメータ抽出ソフトにより抽出されたパラメータ値から、前記MOS型トランジスタのドレイン−ソース間における電流−電圧特性に合わせて、設定変更されてなることを特徴とするシミュレーションモデル。
【請求項2】
前記電流−電圧特性が、実測値であることを特徴とする請求項1に記載のシミュレーションモデル。
【請求項3】
前記電流−電圧特性が、デバイスシミュレータによるシミュレーション値であることを特徴とする請求項1に記載のシミュレーションモデル。
【請求項4】
前記ゲート幅が、10μmより大きいことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のシミュレーションモデル。
【請求項5】
前記基本シミュレーションモデルが、BSIM3v3であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載のシミュレーションモデル。
【請求項6】
前記MOS型トランジスタが、高耐圧CMOSトランジスタであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載のシミュレーションモデル。
【請求項7】
ゲート幅の異なる複数のMOS型トランジスタを含む回路の回路シミュレータ(SPICE)によるシミュレーション方法であって、
少なくとも一つの前記MOS型トランジスタに関するシミュレーションモデルのパラメータセットとして、
前記SPICEに格納された基本シミュレーションモデルのパラメータセットを抽出するパラメータ抽出ソフトにより抽出された基本パラメータセットにおいて、
前記MOS型トランジスタのゲート幅に対応して、前記MOS型トランジスタの移動度のパラメータ値のみが、前記パラメータ抽出ソフトにより抽出されたパラメータ値から、前記MOS型トランジスタのドレイン−ソース間における電流−電圧特性に合わせて、設定変更されてなるパラメータセットを用いることを特徴とするシミュレーション方法。
【請求項8】
前記電流−電圧特性が、実測値であることを特徴とする請求項7に記載のシミュレーション方法。
【請求項9】
前記電流−電圧特性が、デバイスシミュレータによるシミュレーション値であることを特徴とする請求項7に記載のシミュレーション方法。
【請求項10】
前記移動度のパラメータ値のみが設定変更されるMOS型トランジスタのゲート幅が、10μmより大きいことを特徴とする請求項7乃至9のいずれか一項に記載のシミュレーション方法。
【請求項11】
前記基本シミュレーションモデルが、BSIM3v3であることを特徴とする請求項7乃至10のいずれか一項に記載のシミュレーション方法。
【請求項12】
前記MOS型トランジスタが、高耐圧CMOSトランジスタであることを特徴とする請求項7乃至11のいずれか一項に記載のシミュレーション方法。
【請求項13】
前記移動度のパラメータ値のみが設定変更されるMOS型トランジスタに関するシミュレーションモデルのパラメータセットを、
前記基本パラメータセットから、前記移動度のパラメータ値のみを除いた共通パラメータセットと、
前記MOS型トランジスタの各ゲート幅とそれに対応する前記設定変更された移動度のパラメータ値からなるテーブルとして、
前記SPICEによる回路のシミュレーションの前に、予め準備しておくことを特徴とする請求項7乃至12のいずれか一項に記載のシミュレーション方法。
【請求項14】
前記移動度のパラメータ値のみが設定変更されるMOS型トランジスタに関するシミュレーションモデルのパラメータセットを、
前記基本パラメータセットから、前記移動度のパラメータ値のみを除いた共通パラメータセットと、
前記設定変更された移動度のパラメータ値を与える前記MOS型トランジスタのゲート幅の関数として、
前記SPICEによる回路のシミュレーションの前に、予め準備しておくことを特徴とする請求項7乃至12のいずれか一項に記載のシミュレーション方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−156817(P2006−156817A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−347100(P2004−347100)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】