説明

N−メチルピリジニウム化合物を有効成分として含有する抗ウイルス剤、それを含有する、抗ウイルス組成物、食餌及び動物用飼料

【課題】ヒト及び動物のウイルス感染を予防ないしは治療し、環境中の感染性ウイルスを除去しえる、抗ウイルス剤を提供する。安全性に優れ、ヒトや動物の感染症の原因となる病原性ウイルスに対する抗ウイルス組成物を提供する。ヒト及び動物のウイルス感染を予防ないしは治療する食餌を提供する。環境中の感染性ウイルスを除去でき、ヒト及び動物のウイルス感染を予防ないしは治療する動物用飼料を提供する。
【解決手段】N−メチルピリジニウム化合物の蟻酸塩を有効成分として含有してなる抗ウイルス剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−メチルピリジニウム化合物を有効成分として含有する抗ウイルス剤、それを含有する、抗ウイルス組成物、食餌及び動物用飼料に関する。
さらに詳しくは、単純ヘルペスからコロナまで広範囲の病原性ウイルスに対して抗ウイルス作用を有し、感染したヒトおよび動物の感染症の予防ないしは治療する抗ウイルス剤、それを含有する抗ウイルス組成物、食餌及び動物用飼料に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス感染を予防する有効で安価な方法はない。懸念される感染源に対して適当するワクチンがあればよいが、流行の予想株が外れれば無効となるし、ウイルス変異が起こればやはり無効となる。発症後の医療用医薬品として、アマンタジン、リバビリン、タミフルがあるが、一般人が日常安心して使えるようなものではない。安全で有効な抗ウイルス剤の開発は焦眉の急とされている。
家畜などの環境において、例えばトリインフルエンザの予防には消毒薬で対応するしか方策がない。トリインフルエンザの変異によるヒトへの感染が懸念されているが、日常の対応策は見出されていない。食材のなかにもウイルス感染症、またはウイルス感染予防に有用なものはない。
ところで、コーヒーを飲む人は飲まない人に比べて肝臓癌の罹患率が優位に低いことが報告されている。肝臓がんは、その90%以上がB型・C型ウイルス感染に起因している。最近ペグインターフェロンとリバビリン併用によるC型肝炎ウイルス除去治療が注目されているが、ペグインターフェロンの無効例や何らかの理由でこれを使えない患者に、コーヒーを飲むことを勧める医者は未だいない。
トリインフルエンザのトリとトリ以外の動物間での感染は明らかに拡大している。トリインフルエンザがやがてヒトに感染し始めるのは時間の問題とも言われている。しかし、環境の保全と新型ワクチン創製以外の有効な方策は見つかっていないのが現状である。
抗ウイルス剤として、例えば、トリソジディウムホスホノホルメート(登録商標フォスカビル;アストラゼネカ社製)は、AIDS患者のCMV(サイトメガロウイルス)治療のため市販された(1991〜)。作用機序はDNAポリメラーゼ抑制であり、最近の総説論文に引用されている(例えば、非特許文献1参照。)。耐性化が早く、骨組織に蓄積し、腎毒性がある。
従来、人体に無毒な抗ウイルス剤は知られていなかったし、一般に摂取する食材から発見されたことも抗ウイルス剤も存在しなかった。
コーヒーを飲んでいる人は肝臓癌になり難いという疫学調査結果は、コーヒーに抗肝炎ウイルス作用があることを示唆していた(非特許文献2)。
【非特許文献1】K.K.Biron.Antiviral drugs for cytomegalovirus diseases. Antiviral Res. 71:154−63,2006
【非特許文献2】M. Inoue, I. Yoshimi, T. Sobue, S. Tsugane; JPHC Study Group. Influence of coffee drinking on subsequent risk of hepatocellular carcinoma: a prospective study in Japan. J. Natl. Cancer Inst. 97:292−300 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の目的は、上述のような問題点を解消するため、ヒト及び動物のウイルス感染を予防ないしは治療し、さらに環境中の感染性ウイルスを除去しえる、抗ウイルス剤を提供することにある。
また、本発明の目的は、安全性に優れ、ヒトや動物の感染症の原因となる病原性ウイルスに対する抗ウイルス組成物を提供することにある。
また、本発明の目的は、ヒト及び動物のウイルス感染を予防ないしは治療する食餌を提供することにある。
本発明の他の目的は、環境中の感染性ウイルスを除去でき、ヒト及び動物のウイルス感染を予防ないしは治療する動物用飼料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は下記手段により達成された。
すなわち本発明は、
(1) 下記一般式1で表されるN−メチルピリジニウム化合物を有効成分として含有する抗ウイルス剤。
【0005】
【化1】

【0006】
式中、R、R、R、R及びRは、それぞれ、水素原子、アルキル基、ハロゲン、水酸基又はチオール基を表し、Xは脂肪酸イオン、無機酸イオン、芳香族カルボン酸イオン又はハロゲンを表す。
(2)前記一般式1において、Xが蟻酸イオンであることを特徴とする(1)に記載の抗ウイルス剤、
(3) 前記抗ウイルス剤が、焙煎コーヒー豆から得られることを特徴とする、(1)又は(2)に記載の抗ウイルス剤、
(4) 下記一般式1で表されるN−メチルピリジニウム化合物を有効成分として含有する焙煎コーヒー抽出液を含む抗ウイルス組成物、

式中、R、R、R、R及びRは、それぞれ、水素原子、アルキル基、ハロゲン、水酸基又はチオール基を表し、Xは脂肪酸イオン、無機酸イオン、芳香族カルボン酸イオン又はハロゲンを表す。
(5) 前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の抗ウイルス剤又は(4)に記載の抗ウイルス組成物を含有するウイルス感染症治療用もしくはウイルス感染予防用の食餌、及び
(6) 前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の抗ウイルス剤又は(4)に記載の抗ウイルス組成物を含有するウイルス感染症治療用もしくはウイルス感染予防用の動物用飼料
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明の抗ウイルス剤は、ウイルス増殖抑制作用だけでなく、直接的な殺ウイルス作用をも有している。
本発明の抗ウイルス剤は、抗ウイルス作用を単純ヘルペスからコロナまで広範囲のウイルスに及ぼすことができる。
本発明の抗ウイルス剤は、経口投与で人体に無害である。予防的、治療的応用範囲があり、医薬品のみならず、農薬、水産業等への広範な応用が可能である。
本発明の抗ウイルス剤は、ヒトと動物のウイルス感染の予防ないしは治療が期待され、医療用医薬品、農薬、動物薬、大衆薬等に好適である。
本発明の抗ウイルス組成物は、焙煎コーヒー豆から抽出し製造することができる。
本発明の食餌は、生活習慣的に常用されている食品に含ませることにより、又はウイルス感染予防を期待する健康食品とすることにより、長期の生活期間において、ウイルス感染の予防をすることができる。
本発明の動物用飼料は、環境中の感染性ウイルスを除去でき、ヒト及び動物のウイルス感染を予防ないしは治療することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
まず、本発明の抗ウイルス剤について説明する。
本発明の抗ウイルス剤は、前記一般式1で表されるN−メチルピリジニウム化合物を有効成分として含有してなる。前記N−メチルピリジニウム化合物は焙煎コーヒー成分として新たに見出された。
前記一般式1において、R、R、R、R又はRとしては、水素原子、炭素数1〜3の低級アルキル基(例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基)、水酸基、チオール基、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等のハロゲン等が挙げられるが、R、R、R、R及びRの少なくとも4つが水素原子であることが好ましく、R、R、R、R及びRのいずれもが水素原子であることがより好ましい。
前記Xで表される脂肪酸イオンとしては、炭素数1〜10を有する脂肪酸イオンが挙げられ、蟻酸イオン、酢酸イオン、プロピオン酸イオン、シュウ酸イオン、乳酸イオン等が好ましい。炭素数1〜10を有するアルキルスルホン酸イオンであってもよい。
前記Xで表される前記無機酸としては、リン酸イオン、硫酸イオン、亜硫酸イオン、硝酸イオン、亜硝酸イオン等が挙げられる。
前記Xとしては、前記脂肪酸イオンが好ましく、蟻酸イオンが特に好ましい。
【0009】
ヨーグルト保存用として蟻酸の抗ウイルス作用が報告されている(米国特許第4,834,987号 A. Lembke, et al. Method of preparing food and composition for protecting microorganisms used in the preparation of food.)。
コーヒー豆を焙煎したときに蟻酸は産生され、蟻酸は焙煎コーヒーの種類を問わず含まれている。
しかし、実施例の項の比較例で後述するように、本発明者らは、蟻酸の抗ウイルス作用はコーヒー抽出液には及ばない弱いものであることを確認している。
焙煎コーヒーの中で蟻酸はその沸点が100℃とさほど高くはないにも拘らず、200℃程度の焙煎でも揮散しない。そこで何らかの陽イオンと塩を形成して存在すると考え、本発明者らは、焙煎コーヒー成分としてのN−メチルピリジニウム化合物が、蟻酸と塩を形成していることを見出した。
本発明の抗ウイルス剤の好ましい1例であるN−メチルピリジニウムホルメートが、コーヒー焙煎中に産生される反応式を下記スキーム1に示す。
スキーム1
【0010】
【化2】

【0011】
生豆中のトリゴネリンは、200℃以上の加熱によって脱炭酸反応を起こして炭酸ガスを放出し、本発明の抗ウイルス剤の好ましい1例であるN−メチルピリジニウムホルメートに変化する。焙煎コーヒー中でその一部はアセテートとしても存在していると考えられる。
これまでに、トリゴネリンを200℃以上に加熱すると、そのメチル基が脱離して、ニコチン酸に変化することが知られていた。しかし、その変化率は微小であり、10%を超えることはない。それに対し、脱炭酸反応は、これまで知られていなかったトリゴネリン熱分解の主反応であり、実施例の項において図3を参照して参考例2で後述するように、変化率は焙煎条件によって70〜80%に達しえる。
【0012】
本発明者らは、前記N−メチルピリジニウム化合物が抗ウイルス作用を有することを見出した。したがって、前記N−メチルピリジニウム化合物を有効成分として含有してなる本発明の抗ウイルス剤は新規な抗ウイルス剤である。特に、本発明の抗ウイルス剤は、殺インフルエンザウイルス作用を有する。
前記N−メチルピリジニウム化合物を焙煎コーヒー豆から得る方法については、焙煎コーヒー豆を挽く方法、挽き豆の粗さについて特に制限はなく、さらにその豆からの抽出方法についても何ら制限はない。さらに、焙煎コーヒー液を抽出した後の焙煎コーヒー豆残留物中にも、前記N−メチルピリジニウム化合物は含まれている。
本発明におけるコーヒー抽出液は、焙煎コーヒー豆の挽き豆粉末を任意の温度の水で抽出することで得られ、該コーヒー抽出液を減圧濃縮し、凍結乾燥又はスプレードライ等により粉末としたものであってもよい。
前記N−メチルピリジニウム化合物は、焙煎コーヒー豆から得られたものに制限されることはなく、任意の有機合成的手法、生化学的手法により製造されたものであってよい。
前記N−メチルピリジニウム化合物を含有する焙煎コーヒー抽出液によるHSV−1増殖抑制の機構について解析した結果から、本発明の抗ウイルス剤は、下記2つの異なる機構により抗ウイルス作用を有する。
[1]感染性ウイルス粒子の感染性を直接的に不活化することができ、かつ
[2]感染細胞におけるウイルス増殖を最終段階の子孫ウイルス形成の段階(例えば、ヌクレオシドがエンベロープを獲得する段階)を阻害することができる。
【0013】
本発明の抗ウイルス組成物は、前記一般式1で表されるN−メチルピリジニウム化合物を有効成分として含有する焙煎コーヒー抽出液を含んでなる。
本発明の抗ウイルス組成物は、代表的なエンベロープDNAウイルスである単純ヘルペスウイルス1型(HSV−1)の増殖及び感染細胞での細胞死誘導に対するコーヒー抽出液のウイルス抑制作用の試験結果から、通常の飲用濃度の5分の1という低濃度ですらウイルス増殖抑制作用を有する。
本発明の抗ウイルス組成物としてのコーヒー抽出液は、スプレードライ法と凍結乾燥法のいずれによって得られたインスタントコーヒーであっても、レギュラーコーヒーと同程度のウイルス増殖抑制作用を有する。
本発明におけるウイルス増殖抑制作用は、コーヒー生豆の産地及び焙煎方法によらず、どの焙煎コーヒー抽出液でも有する。
また、実施例1で後述するように焙煎コーヒー抽出液はエンベロープを持たない代表的なRNAウイルスであるポリオウイルスの増殖も抑制することを確認している。
しかし、焙煎コーヒー抽出液は、HSV−1の場合と異なり、ポリオウイルスの感染性を直接的に不活化することはないことを実験的に確認している。
以上の実験的確認から、焙煎コーヒー抽出液の抗ウイルス作用が、焙煎コーヒーに含まれている前記N−メチルピリジニウム化合物によるものであることを示している。
【0014】
本発明の抗ウイルス剤又は抗ウイルス組成物は、静脈的、経口的に投与することができるが、四級塩基の消化管吸収率は低いという観点から、注射剤により静脈的に投与するのが好ましい。
また、幾つかの医学的に許容される経路(例えば、吸入、経皮膚、経粘膜)によって投与することもできるが、感染局所への直接投与が有効と考えられるので、外用薬、嗽薬、点眼・点鼻薬、膣坐薬等が挙げられる。
本発明の抗ウイルス剤又は抗ウイルス組成物の投与量は、感染症の種類、その程度、患者の年齢及び性別により変動し一義的に定められるものではないが、ヒトへのその投与量は、有効成分として1〜5mg/kg/日が好ましく、5〜20mg/kg/日がより好ましい。
次に、本発明のウイルス感染症治療用もしくはウイルス感染予防用の食餌について説明する。
本発明において、広く、多くの人に嗜好品として愛好されているコーヒーに含まれている前記一般式(1)で表されるN−メチルピリジニウム化合物が少なくとも1種含有してなる食餌とすることができる。
N−メチルピリジニウム化合物を食餌として日常的に摂取することは、例えば、慢性的なウイルス感染症の治療ないしは予防につながる。
本発明の食餌は、コーヒー、牛乳、清涼飲料水、パン、ビスケット等任意の飲食品に、各飲食品の特性、目的に応じ、製造工程で、また飲食時に適宜、添加したものとすることができる。また、本発明の食餌は、任意の製剤方法により錠剤、顆粒剤、散剤などとしてもよい。
【0015】
本発明の食餌は、例えば、デキストリン、澱粉等の糖類;乳蛋白質、大豆蛋白質、ゼラチン等の蛋白質;アラニン、グルタミン、イソロイシン等のアミノ酸類;セルロース、ローカストビーンガム、キサンタンガム等の多糖類;大豆油、中鎖脂肪酸トリグリセリド等の油脂類等を配合することにより製造することができる。
【0016】
本発明の食餌の形態としては、粉乳、加工乳、発酵乳、チーズ、バター、クリーム等の乳製品;乳酸飲料、清涼飲料、炭酸飲料、栄養飲料、果汁飲料等の飲料;アイスクリーム、シャーベット、氷菓等の冷菓類;そば、うどん等の麺類;飴、チューインガム、キャンディー、チョコレート、錠菓、ビスケット、ゼリー、ジャム、焼き菓子類等の菓子類;マーガリン、バター、ショートニング、ドレッシング等の油脂及び油脂加工食品;スープ、サラダ、パン、;経腸栄養剤:機能性食品等が挙げられる。
【0017】
次に、本発明のウイルス感染症治療用もしくはウイルス感染予防用の動物用飼料について説明する。
本発明の動物用飼料は、例えば、トウモロコシ、小麦、大麦、ライ麦等の穀類;大豆油粕、菜種油粕等の植物性油粕;フスマ、麦糠、米糠等の糠類;脱脂粉乳、ホエー、魚粉等の動物性飼料類;ビール酵母等の酵母類;第三リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の鉱物質飼料;油脂類;アミノ酸類;糖類等を配合することにより製造することが可能である。動物用飼料として具体的には、ペットフード、家畜飼料、養魚飼料等が挙げられる。
本発明の動物用飼料は、トリインフルエンザ予防を目的とする環境保全のために、焙煎コーヒー抽出液や抽出糟を鶏舎に撒布したり、飼料に混入させることができる。
【0018】
これによって、慢性ウイルス感染症患者、体調不良によってウイルス感染症の回帰発症の危険性が高いヒトを含む動物、特定のウイルス感染症が流行する時期のヒトを含む動物、乳幼児や高齢者等のウイルス感染症の予防および抗ウイルス治療薬服用時の補助的な食品等として抗ウイルス作用を享受することができる。
【実施例】
【0019】
次に、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。

参考例1 焙煎コーヒー中のN−メチルピリジニウム陽イオンの同定
アラビカ種のコーヒー生豆100gを220℃で25分間焙煎した。室温まで冷却した後、通常の電気コーヒーミルで10秒間処理して粉末状とした。次に、温水を加えて100℃に加熱し、10分間緩やかに煮沸した後、室温まで冷却してから、全量を100mLとなるように調整した。溶液の0.7mLをNMR測定管に取り、内部標準化合物としてTsp0.58mmolを添加して、600MHzのNMR測定装置を用い、水シグナル消去法で測定した。得られたスペクトルの1例を図1に示す。図2は、図1のスペクトルの7.5〜9.5ppmの範囲の部分拡大図である。
N−メチルピリジニウム陽イオンのN−メチル基に基づくシグナルは4.41ppmの一重線であり(図1参照。)、ピリジン骨格に直接結合したプロトンに基づくシグナルは8.79ppmの2位プロトンの二重線、8.07ppmの3位プロトンの三重線、並びに8.54ppmの4位プロトンの三重線であった(図2参照。)。化学構造式を同定するため、別途に従来法に準じて合成したN−メチルピリジニウムホルメートの1mmolをサンプル溶液に添加して測定した。その結果、上記のシグナルの全てが重なり合ったので、コーヒー焙煎によって産生した化合物は、N−メチルピリジニウムホルメートであることが判明した。また、焙煎コーヒーには蟻酸よりも多量の酢酸が含まれている。酢酸は蟻酸よりも弱い酸であるから、N−メチルピリジニウム陽イオンのカウンターイオンとしての寄与は、蟻酸のほうが強いと考えられる。
【0020】
参考例2 コーヒー焙煎中のN−メチルピリジニウムホルメートの産生量の変化
参考例1のコーヒー豆焙煎中に、焙煎開始後の3、5、10、15、20、25、30分に豆の一部を採取して、N−メチルピリジニウム塩の含量をNMRを使って定量分析した。定量分析では0.00ppmに見られるTspシグナルを基準として、4.41ppmに見られるN−メチルピリジニウムのメチル基プロトンのシグナル面積比を用い、検量線を作成した。この検量線を基に、下記(式1)により得られたN−メチルピリジニウム陽イオンの量(mmol)を算出した。
【0021】
【数1】

【0022】
前記(式1)において、Xはサンプル0.7mL中に含まれているN−メチルピリジニウム陽イオンのモル当量を表し、SPyrはN−メチルピリジニウム陽イオンのメチル基シグナルの面積を表し、STspはTsp由来のシグナルの面積を表す。結果は図3に示すとおりである。
図3は、焙煎時間経過にともなうコーヒー豆中の成分含有量の変化を示す図である。
図3中、縦軸は、式1で求めた数値X(mmol)を重量に換算し、さらに、カフェイン含量を100としたときの各成分の相対含量(%)を表している。焙煎したアラビカ種コーヒーの1杯分はおおよそコーヒー豆10gに相当し、そのカフェイン含量の平均値はほぼ100mgであるから、図3中縦軸の各成分の数値は、そのまま各成分のコーヒー豆10g中の含量mgに相当している。
図3から明らかなように、ピリジニウム陽イオンの焙煎コーヒー豆中の含有量は、従来から焙煎コーヒー豆に含まれていることが知られているニコチン酸を上回る増加曲線を示していることが分かる。
【0023】
実施例1 コーヒー抽出液の抗ウイルス作用
ウイルスとしてHSV−1F株、細胞としてヒト由来のHEp−2細胞を用いた。ウイルスの定量はVero細胞を用いてプラック法にて行った。試料としたコーヒー抽出液は、1)通常のコーヒーメーカーを用いて、市販の焙煎コーヒー11.4gを熱水100mLで抽出後、ミリポアフィルター(0.22μm)でろ過滅菌したもの、2)市販のインスタントコーヒー10gを100mLの熱水に溶解したものを、同様にろ過滅菌したものを用いた。
HEp−2細胞を単層培養し、細胞1個当たりのウイルス数をPFU感染単位で10〜20個感染させた。この感染細胞を0.1%ウシ血清アルブミンを含むMEM培地(イーグルの最低必須培地)を用いて培養し、ウイルスの細胞内侵入が完了した時点で、種々の濃度に調整したコーヒー抽出液を培養液に添加し、24時間培養した。コーヒー抽出液の添加に際しては、培養液の希釈を避けるため、コーヒー液と同量の2倍濃縮MEMを同時添加した。感染細胞に生じた子孫ウイルス量は、感染細胞を培養液と共に2回凍結融解し、細胞内ウイルスを細胞外に放出させた後、細胞融解液中の感染性ウイルスをプラック法で定量した。結果を図4に示す。図4は、種々のコーヒーによるHSV−1増殖の抑制作用を示す図である。
図4は、細胞1個当たりの感染ウイルス数を10として試験し、縦軸の数値は、コーヒーを含まない培地でのウイルス収量を1としたときの、各コーヒー濃度における比ウイルス収量を示す図である。○はマンダリン、△はキリマンジェロ、□はコロンビア、●はモカ、▲はブラジル豆である。
図4において、「コーヒー抽出液に対する濃度%」とは、上記1)又は2)の手法により得られたコーヒー抽出液の濃度(通常の飲用濃度)を100%とした百分率で示す値である。例えば、上記コーヒー抽出液を1/5に希釈した濃度は図4において20%となる(以下、同様である。)。
図4から明らかなように、コーヒー抽出液を細胞の培養液に加えると、通常の飲用濃度の5分の1という低濃度ですら最終ウイルス収量は1/50以下に低下し、明確なヘルペスウイルス増殖抑制作用を示した。この増殖抑制作用は、実験に用いたコーヒー豆の産地によらず、どの焙煎コーヒーでも観察された。
ウイルスとしてHSV−1F株に代えてポリオウイルス1型Sabin株を用いて、上記と同様な試験をし、細胞融解液中の感染性ウイルスをプラック法で定量した。結果を図5に示す。図5は、種々のコーヒーによるポリオウイルス1型Sabin株への増殖抑制作用を示す図である。
図5は、細胞1個当たりの感染ウイルス数を10として試験し、縦軸の数値は、コーヒーを含まない培地でのウイルス収量を1としたときの、各コーヒー濃度における比ウイルス収量を示す図である。○はコロンビア、△はモカ、□はブラジルである。
図5から明らかなように、ヘルペスウイルスの場合と同様に、ポリオウイルス1型Sabin株の場合においても明確なウイルス増殖抑制作用を示した。HSV−1とポリオウイルスとでは、ゲノム核酸の種類が各々DNAとRNAとで異なるために細胞内増殖の機構が全く異なる。それにも関わらず、両ウイルスに対して増殖抑制作用を有することは興味深い。
【0024】
実施例2 HSV−1粒子の感染性に対するコーヒー抽出液の直接的な殺ウイルス作用
異なる製造会社4社のインスタントコーヒーと1%血清加リン酸緩衝液を用いて、種々のコーヒー濃度の試験溶液を調製した。この試験溶液に、一定量のHSV−1を加え、37℃で20分間保温した後のウイルス感染価をプラック法で定量した。コーヒーを含まない試験溶液での感染価を1として、各濃度の感染価を図6に示す。図6は、HSV−1粒子の感染性に対するコーヒー抽出液の直接的なウイルス不活化作用(殺ウイルス作用)を示す図である。
図6中、●はスプレードライ法で製造したインスタントコーヒーH、○、△、□はそれぞれ異なるメーカーの焙煎豆から製造した抽出液を表す。○:スペシャルブレンドK K社製、△:オリジナルブレンドU U社製、□:スペシャルブレンドA A社製である。
図6から明らかなように、実験に用いたコーヒーはメーカーによらず、どの市販の焙煎コーヒーでも直接的な殺ウイルス作用、すなわちウイルス感染性の不活化が観察された。インスタントコーヒーにおいても、スプレードライ法と凍結乾燥法との差はなく、レギュラーコーヒーと同程度のウイルス増殖抑制作用が見られた。
しかしながら、ポリオウイルス1型Sabin株についても同様の試験をした結果(データ省略)、HSV−1を不活性化した場合と異なり、ポリオウイルスの感染性の不活化は見られなかった。この差は、一般に、エンベロープを有するウイルスは、エンベロープを有さないウイルスよりも弱いことが知られていることから、HSV−1はエンベロープを有するのに対し、ポリオウイルスはエンベロープを有さないことによると考えられる。
【0025】
実施例3 N−メチルピリジニウム化合物の抗ウイルス作用
ウイルスとしてHSV−1F株、細胞としてヒト由来のHEp−2細胞、試験化合物としてN−メチルピリジニウムホルメートを用いた。その他の実験手順は、実施例1の手順に準じて行った。焙煎コーヒーに含まれているN−メチルピリジニウムホルメートとHSV−1株の実験結果を図7に示す。
図7は、N−メチルピリジニウムホルメートによる単純ヘルペスウイルス(HSV−1)に対する抗ウイルス作用を示す図である。縦軸は保温培養後のウイルス収量で、試薬を添加しない時のウイルス収量を1とした。試薬濃度の増加につれウイルス収量が低下しており、N−メチルピリジニウムホルメートはHSV−1に対して抗ウイルス作用を示す。
図7の結果と後述の図8に示した比較例と比べると、N−メチルピリジニウムホルメートの抗ウイルス作用は蟻酸のほぼ10倍であり、優れていることが分かる。
【0026】
比較例
図8は、比較例として、蟻酸(○)と蟻酸ナトリウム(△)の単純ヘルペスウイルス(HSV−1)に対する抗ウイルス作用を示す図である。縦軸は保温培養後のウイルス収量で、無処理の場合を1として示してある。試薬濃度が高まるにつれウイルス収量が低下しており抗ウイルス作用(増殖抑制作用)が示されている。
図8中、蟻酸による抗ウイルス作用のほうが蟻酸ナトリウムより強いことは、蟻酸の作用は中和によって弱まることを示している。
【0027】
実施例4 N−メチルピリジニウムホルメートによるインフルエンザウイルスに対する抗ウイルス作用
ウイルスとしてA型インフルエンザウイルスAichi株(H3N2)を用い、その他の手順は、実施例3の手順に準じて行った。実験結果を図9に示す。
図9から明らかなように、N−メチルピリジニウムホルメートは、図7の単純ヘルペスウイルスに対してと同様にインフルエンザウイルスに対しても濃度依存的に抗ウイルス作用(増殖抑制作用)を示す。
【0028】
最後に、N−メチルピリジニウムホルメートの直接的な殺ウイルス作用を単純ヘルペスウイルスとインフルエンザウイルスを用いて実施例2と同様な手法により試験したところ、インフルエンザウイルスでは濃度1mM、氷上1時間の保温でウイルス感染価が4%にまで低下しており、N−メチルピリジニウムホルメートが、インフルエンザウイルスを不活化する作用を確認した。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】図1は、焙煎コーヒー抽出液の600MHzのNMRスペクトルの一例を示す図である。
【図2】図2は、図1のスペクトルの7.5〜9.5ppmの範囲の部分拡大図である。
【図3】図3は、焙煎時間経過にともなうコーヒー豆中の成分含有量の変化を示す図である。
【図4】図4は、種々のコーヒーによるHSV−1増殖の抑制作用を示す図である。
【図5】図5は、種々のコーヒーによるポリオウイルス増殖の抑制作用を示す図である。
【図6】図6は、HSV−1粒子の感染性に対するコーヒー抽出液の直接的な殺ウイルス作用を示す図である。
【図7】図7は、N−メチルピリジニウムホルメートによる単純ヘルペスウイルス(HSV−1)増殖の抑制作用を示す図である。
【図8】図8は、比較例として、蟻酸(○)と蟻酸ナトリウム(△)の単純ヘルペスウイルス(HSV−1)に対する抗ウイルス作用(増殖抑制作用)を示す図である。
【図9】図9は、N−メチルピリジニウムホルメートによるインフルエンザウイルスに対する抗ウイルス作用(増殖抑制作用)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式1で表されるN−メチルピリジニウム化合物を有効成分として含有する抗ウイルス剤。
【化1】

式中、R、R、R、R及びRは、それぞれ、水素原子、アルキル基、ハロゲン、水酸基又はチオール基を表し、Xは脂肪酸イオン、無機酸イオン、芳香族カルボン酸イオン又はハロゲンを表す。
【請求項2】
前記一般式1において、Xが蟻酸イオンであることを特徴とする請求項1に記載の抗ウイルス剤。
【請求項3】
前記抗ウイルス剤が、焙煎コーヒー豆から得られることを特徴とする、請求項1又は2に記載の抗ウイルス剤。
【請求項4】
下記一般式1で表されるN−メチルピリジニウム化合物を有効成分として含有する焙煎コーヒー抽出液を含む抗ウイルス組成物。
【化2】

式中、R、R、R、R及びRは、それぞれ、水素原子、アルキル基、ハロゲン、水酸基又はチオール基を表し、Xは脂肪酸イオン、無機酸イオン、芳香族カルボン酸イオン又はハロゲンを表す。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗ウイルス剤又は請求項4に記載の抗ウイルス組成物を含有するウイルス感染症治療用もしくはウイルス感染予防用の食餌。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗ウイルス剤又は請求項4に記載の抗ウイルス組成物を含有するウイルス感染症治療用もしくはウイルス感染予防用の動物用飼料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−23932(P2009−23932A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−187664(P2007−187664)
【出願日】平成19年7月18日(2007.7.18)
【出願人】(800000080)タマティーエルオー株式会社 (255)
【Fターム(参考)】