説明

PEG化変異クロストリジウム・ボツリヌム毒素

本願発明は、天然重鎖及び修飾軽鎖を有する修飾ボツリヌス毒素に関し、軽鎖の修飾が、(i)そのN末端に、N末端からC末端の方向へ-(C)n-(tag)m-(X)l-の構造を有する鎖の伸長を持ち、ここで、Cはシステイン残基を表し、tagは任意のタグを表し、そしてXは任意の天然に存在するアミノ酸の残基を表し、nは1から50までの整数であり、mが0または1であり、lが0または1から50までの整数であり、且つ(ii)当該伸長中の少なくとも1つのシステイン残基が少なくとも1つのPEG鎖に連結されている修飾であることにより、特徴付けられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、対応する天然ボツリヌス毒素と比べてより高い安定性を持ち、それによって延長された治療的作用期間を持つ修飾ボツリヌス毒素(BoNT)に関する。本願発明はさらに、これらの修飾ボツリヌス毒素を含む医薬組成物に関する。最後に、本願発明は、これらの修飾ボツリヌス毒素をコードする核酸に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
クロストリジウム・ボツリヌム(Clostridium botulinum;ボツリヌス菌)は、高度に毒性の蛋白質を産出し、嫌気生長する胞子形成性細菌である。この所謂ボツリヌス毒素は、集中治療医学処置なくしては患者を死に至らしめ得る食中毒の一つ、ボツリヌス中毒の原因である。類似したアミノ酸配列を持つが、異なる抗体応答を誘導する、7つの血清型(A〜G型;BoNT/A、BoNT/B等々と短縮して表示される)が識別される。毒素(以下、神経毒及びボツリヌス毒素とも呼ばれる)は、幾つかのクロストリジウム種においては一本鎖前駆蛋白質の蛋白分解性切断により生じる、軽鎖(〜50kD)及び重鎖(〜100kD)の2本の機能的な鎖から成る。他の種は対応するプロテアーゼを持たず、そのため鎖の切断は患者の胃腸管で初めて起こる(例えば、トリプシンにより)。二本鎖形体において、その下位単位(即ち、重鎖及び軽鎖)は互いにジスルフィド架橋により結合されている(それにより、例えば、BoNT/Aでは分子内、つまり重鎖の2個のシステイン残基の間にジスルフィド架橋が生じる)。
【0003】
純粋な神経毒はインビボの酸性条件において遊離しておらず、他のクロストリジウム種蛋白質と、所謂(クロストリジウム・ボツリヌム)毒素複合体と呼ばれる複合体を形成する。この複合体では、種々の蛋白質及びその他のものが血液凝集性と関与している。複合体の構成は血清型毎に区別される。複合体への融和により、胃腸通過の際、神経毒が保護される。これらの他のクロストリジウム種蛋白質(複合化する、または複合蛋白質)は神経毒の吸収にも一役買っているかも知れない。つまり複合体に束ねられることにより、神経毒は経口で生分解できるようになり、そのため食品毒素となる。神経毒の作用局所は、筋肉が神経により活性化される運動終板にある。運動ニューロンは筋肉の活性化のためアセチルコリンを放出する。この放出がボツリヌス毒素により妨げられる。この阻害活性は連続する3つの段階により起こる:結合、トランスロケーション、蛋白質分解。ボツリヌス毒素の重鎖は運動ニューロンに非常に特異的に結合し、そして続いて神経細胞にエンドソームにより取り入れられる。重鎖のC末端に局在する結合ドメインの前、重鎖のN末端部分には、これまでのところ正確に知られていない機構により軽鎖を神経細胞中のサイトゾル中への輸送、即ちトランスロケーションを可能にするトランスロケーションドメインが見られる。サイトゾル中では軽鎖はプロテアーゼとして活性化し、所謂SNARE蛋白質を非常に特異的に切断する。個々のボツリヌス毒素型の蛋白分解の特異性は表1にまとめられている。これらのSNARE蛋白質は、アセチルコリンを内包する分泌小胞の運動ニューロン細胞膜との融合に責任がある。これらのSNARE蛋白質の一つの蛋白分解性切断は、融合複合体の形成を妨げ、そしてそれにより続いてのアセチルコリンの放出を妨げる。対応する筋肉は最早活性化されなくなる。それ以前に過活性の筋肉は麻痺される。
【表1】

【0004】
これらの作用機構は、アセチルコリンの未制御の放出拡散により特徴付けられる、多くのジストニー、より詳細には痙攣(例えば、眼瞼痙攣、斜頸、痙性)の治療において利用される。ジストニーの治療では、極少量の神経毒(pg(ピコグラム)からng(ナノグラム)の範囲)が過活性筋肉に注射される。神経毒は運動終板へと浸透し、そしてアセチルコリン放出を妨げるよう、神経のサイトゾル中へと至る。1〜2日後には筋肉は麻痺される。
【0005】
異なる顔しわが、皮膚の下にある筋肉の硬直、つまり同様にアセチルコリンの無秩序な放出により発生する。本明細書中、ボツリヌス毒素には美容用途が見出される:極少量のボツリヌス毒素の注射によりしわは、およそ3ヶ月取り除かれる。
【0006】
現在、ボツリヌス毒素を含む4種類の薬剤が医薬品法的に認められている:ボトックス(Botox)(登録商標)(Allergan社)、ゼオミン(Xeomin)(登録商標)(Merz社)、ディスポート(Dysport)(登録商標)(Ipsen社)及びニューロブロック(NeuroBloc)(登録商標)(Solstice Neurosciences社)。ボトックス(登録商標)、ゼオミン(登録商標)及びディスポート(登録商標)は、A型ボツリヌス毒素の凍結乾燥品であり(複合体、神経毒または複合体として)、ボトックス(登録商標)及びゼオミン(登録商標)は各注射瓶当り100単位で、ディスポート(登録商標)は500単位である。ニューロブロック(登録商標)は、液体処方で5000または10000単位のB型ボツリヌス毒素(複合体として)を含む。
【0007】
薬剤は、ニューロブロックに至るまで全て、食塩水により再構成され、そして薬剤及び適応症により決定される用量で該当する筋肉に注射される凍結乾燥標品として存在する。48時間以内に処置された筋肉は麻痺する。作用はおよそ3ヶ月維持され、それ以降は、筋肉を麻痺したままにするべき、つまりジストニーを処置するべき場合には、追加の注射をしなければならない。これまでのところ、どの工程が作用の除去を司るのかは一義的に解明されていない。軽鎖がプロテアーゼとして活性である限り、対応するSNARE蛋白質は切断される(例えば、SNAP25はA型神経毒の軽鎖により)。これらの条件下では従って、分泌小胞の細胞膜との融合が妨げられ、それによりアセチルコリン放出が妨げられ、筋肉は麻痺されたままとなる。細胞中での軽鎖のプロテアーゼ活性をより長い時間保持できたとすると、対応する医薬品の作用期間も延長される。
【0008】
多くの低分子作用物質と異なり、蛋白質作用物質は著しく弱い安定性により特徴付けられる。蛋白質作用物質が持つ血液循環系中での半減期(HWZ)は、例えば、数分でしかなく、(治療的)作用期間は大きく制限され、そして、短い間隔で新たに注射しなければならない。半減期は、蛋白質を分解及び排除の工程から保護することに成功した場合には、延長することができる。特に真核生物の蛋白質において理論的に可能な方法としては、より高度のグリコシル化(より多くの炭水化物残基)、即ち、炭水化物構造をヒト糖蛋白質構造に適合させることが挙げられる。さらなる方法として、一連の認可された作用物質において示された、蛋白質をポリエチレングリコール(PEG)と結び合わせる方法がある。PEGは、種々のアミノ酸の残基、例えば、リシン残基(アミノ基)またはシステイン残基(SH基)に共有結合することができる。PEGは、作用物質に対する抗体産生を誘導する免疫原性構造を作り出すことなく、蛋白質の分子量を高める。逆に、PEG化は作用物質の免疫原性を減少させる。分子量の増大により蛋白質はよりゆっくりと排除され、そして、血清中半減期の明らかな増加が達成される。必要とされる、決まった血清濃度を維持するために、薬剤はより少ない頻度で注入されればよい。
【0009】
PEG化蛋白質作用物質は、既に幾つかの認可された薬剤に加工されている(表2参照)。部分的に小さい蛋白質(例えば、インターフェロンα2a: 分子量=19.3kD)の元来の形体、即ち修飾されていない形体での投与では、蛋白質が血清中から非常に早く排除されることが示された。PEG化により分子量は明らかに高められ、それによって血清中での半減期は遥かに長くなった。例えば、インターフェロンα2aの血清半減期9時間は、40kDPEG鎖によるPEG化により分子量は劇的に高められ、そして半減期は9時間から72時間に延長される。
【表2】

【0010】
但し、1個またはそれ以上のPEG鎖との結び合わせには制約がある:
1.PEG鎖は修飾された蛋白質の生物学的活性を(未修飾天然蛋白質と比較して)全く、またはほんの少しだけしか減少させない(修飾蛋白質のほんの少し減少した生物学的活性とは、本願発明において、未修飾天然蛋白質の生物学的活性の少なくとも20%、好ましくは30〜40%、または50〜70%、または75〜95%にまで当る修飾蛋白質の生物学的活性として理解される)。減少した活性は多くの場合、完全に許容され得る:PEG化インターフェロンの抗ウイルス活性は、例えば、非PEG化インターフェロンα2bの25〜35%に当る。PEG化インターフェロンα2aは、非PEG化形体の活性の1〜7%にしかならない。
2.治療的に投与される蛋白質の作用の多くが、特異的な受容体への結合により発揮されるため、PEG化は、受容体との相互作用に好ましくは全くまたはほんの少ししか影響しない(相互作用は例えば、結合ドメインにおける直接的な立体障害、または、結合ドメインに影響を示し、そしてそれにより結合に影響を示す、蛋白質の立体構造の変化により損なわれ得る。)
3.治療蛋白質の薬理学的作用が(もまた)、酵素活性により仲介される場合(例えば、アスパラギナーゼにより)、PEG化は酵素活性を、好ましくは全く、またはほんの少ししか抑制しない。
【0011】
ボツリヌス毒素のPEG化は好ましくはこれらの3つの制約を満たす。これによりボツリヌス毒素のPEGによる修飾は好ましくは次のものに影響を与えない:(a)重鎖の結合ドメイン、及び(b)軽鎖の酵素活性、即ち、PEG鎖は軽鎖上の触媒ドメインの基質(SNARE-蛋白質)との交換作用を好ましくは阻害しない。短いペプチドを切断する他のプロテアーゼと異なり、ボツリヌス毒素はより長いペプチドを基質として必要とする。B型ボツリヌス毒素の基質として働くペプチドは、好ましくはSNARE-蛋白質VAMP2からの約40アミノ酸残基の配列を有する。より短いSNARE配列のペプチドもまたは切断されるが、著しく低い効率である。約40アミノ酸残基に匹敵する長さの認識配列を有する、ボツリヌス毒素の軽鎖上の切断ドメインは、PEG鎖により好ましくは影響されない。さらに考慮しなければならないのは、基質(SNARE-蛋白質、または、約40アミノ酸残基のSNARE配列を持つペプチド)の軽鎖との直接の接触に責任がある切断ドメインの他、軽鎖上に存在する触媒ドメインとは離れた接触部位が、ボツリヌス毒素の至適活性のために必須である。A型ボツリヌス毒素の軽鎖上に、基質SNAP25とのさらに5個の接触部位(4個の「αエクソサイト(exosite)」(AS102-113, 310-321, 335-348,351-358)及び1個の「βエクソサイト」(AS242-259))が存在することが立証された。接触は、好ましくは軽鎖のPEGとの接合により妨害されないか、または僅かにしか妨害されない。さらには、トランスロケーションドメインである重鎖のC末端部分は機能性が高くなければならず、即ち、軽鎖がエンドソームからサイトゾルへ運搬されるように働かなければならない。この作用のために不可欠な移送工程はまた、PEG化軽鎖の立体障害により、特に、トランスロケーションドメインがエンドソーム膜に、「嵩張る」PEG化軽鎖が通過することができない孔を形成する場合に阻止され得る。
【0012】
米国特許出願(2002/0197278)には、PEGのボツリヌス毒素への連結が記載される。この連結は、拡散を減少するために分子量を高めるのに役立つと同時に、抗原性または免疫原性の低下に役立つ。PEG化に適当な位置(抗原決定基)またはアミノ酸残基の選択については、Bavariら(Vaccine 16: 1850-1856, 1998)の研究を参照のこと。この研究では、中和抗体を生じるボツリヌス毒素の重鎖の配列が示される。言及した特許出願では単に次のように述べられている:(1)重要なエピトープ(1若しくは複数)として働く位置(1若しくは複数)、またはその近くではあるが、触媒ドメインから離れた(つまり軽鎖からは離れた)位置(1若しくは複数)をPEG化するべきであり、且つ(2)PEGが遊離の末端カルボキシ基若しくはアミノ基、またはリシン側鎖のアミノ基に接合できる。(3)さらなる可能性として、天然に存在するか、または特別に導入されたシステイン残基を利用してPEGを毒素に導入することが提案されているが、この変異体(3)については、ボツリヌス毒素の重鎖及び軽鎖の間のジスルフィド架橋が分子の立体形に役割を果たすことに注意が促されている。PEG化神経毒の構造、または、どのアミノ酸残基(1若しくは複数)にどのような長さのPEG分子が取り付けられたかが推定される実施例は挙げられていない。
【0013】
持続性の変更に関するまた別の特許出願(WO 02/40506)では、ボツリヌス毒素の安定性を随意に高めるかまたは低下させるために、ボツリヌス毒素における、インビボグリコシル化、インビボリン酸化、及びとりわけインビボミリスチル化のための部位の導入、置換または除去が提案される。神経毒の軽鎖のN末端及びC末端からはっきりと隔たって位置する、多数のこのような潜在的な修飾部位が挙げられている。これに加えて、細胞性酵素炭水化物鎖、または、リン酸基、またはミリスチル基が軽鎖に連結される追加の配列がポリペプチド鎖に組み込まれる。しかしながら、相応する修飾神経毒またはその製造についての記載は欠けている。
【0014】
また別の米国特許出願(2003/0027752)では、神経細胞中での軽鎖の持続性を高めるため、所謂ロイシンモチーフと呼ばれるペプチド残基(例えば、XEXXXLL)が、神経毒中、より詳細には軽鎖中に導入される。このモチーフを軽鎖に備えることにより、軽鎖を膜中のその基質の傍に配置することが可能となる。その他には所謂「チロシンを基礎としたモチーフ」(YXXHy, Y=チロシン,Hy=疎水性アミノ酸)が、その軽鎖中への導入により軽鎖の持続性を高めるものとして示されている。この出願では最後に、その軽鎖が変異された(位置427及び428の各アラニンがロイシンに)、修飾A型ボツリヌス毒素を提案している。
【0015】
前述した技術水準を鑑みて発明者らが立てた課題は、即ち、血清型毎、好ましくはA、B及びC1型のボツリヌス毒素の安定化のさらなる形体、または具体的に記載された形体を提供することである。即ち発明者らの課題は同時に、対応する未修飾ボツリヌス毒素と比べて、インビボにおいて高められた安定性を示す、天然ボツリヌス毒素のバリアント/類似物を任意に使用できるようにすることである。これは第一に、ボツリヌス毒素-バリアント/類似体の生物学的活性(本発明における生物学的活性は、軽鎖の酵素/触媒活性、並びにそのために必須の神経毒の標的細胞への結合及び軽鎖の標的細胞へのトランスロケーションを包括する総活性として定義される)が、万一にも、ほんの少ししか(上述の定義通り)、そして好ましくは全く低下しておらず、且つ、第二に、その作用箇所における修飾にも係わらず軽鎖が運動ニューロンのサイトゾルへ移動されることを意味する。
【0016】
既に上記において述べたUS20020197278号と異なり、前述の特許出願の根底にある課題は、抗原決定基を阻止、毒素の抗原性を低下、または注射位置から離れる拡散を限定することを目指してはいない。
【発明の開示】
【0017】
驚くべきことに、本出願の発明者らは、ボツリヌス毒素の生物学的活性(前述の定義通り)を損なうまたは全く妨げることなく、ボツリヌス毒素の軽鎖が、少なくとも一つのシステイン残基の挿入を介してそのN末端において特異的にPEG化され得ることを見出した。このようにPEG化されたボツリヌス毒素は、驚異的により高いインビボ安定性(半減期の明確な延長)及びそれによる延長された(薬理学的)作用期間により特徴付けられる。
【0018】
患者中の天然ボツリヌス毒素の(治療的)作用期間は血清型依存的である。A型ボツリヌス毒素は約3ヶ月の最も長い作用期間を示す。C型ボツリヌス毒素は、A型とほぼ同じくらい長く作用するが、B型ボツリヌス毒素はやや短く作用する。E型及びF型ボツリヌス毒素の作用は、各々、約2週間しか持たない。これら両型は、その短い作用期間のため、ジストニー治療において臨床使用できない。本願発明は、(1)これまで短時間の作用しかなかったものも含む全ボツリヌス毒素の臨床投入;及び(2)年4回ではなく、例えば年2回しか投与する必要がなくなるため、既に治療的に使用されているA型及びB型毒素の有利な治療を可能にする。
【0019】
図面及び配列の説明
図1:組換え毒素及び毒素断片のクローニングにおいて組み込まれたオリゴヌクレオチド(配列番号:1から14)の構成。制限エンドヌクレアーゼ認識配列には下線が引かれている。配列番号:16及び15の長い配列は、ヒスチジンタグ(10個のヒスチジン残基より成る)を付加されたシステイン残基N末端を付けた組換え(変異)A型ボツリヌス神経毒、またはそれをコードするDNAの例を示す。ベクターのマルチクローニングサイト(MCS)中に切断部位を設けるため、モノシストロニックに転写及び翻訳された天然毒素(位置1)のN末端のプロリン残基はアラニン残基により置換された。ベクターは即ち、Hisタグをコードする配列を正確に5’付近に包含する。その他、神経毒の組換え製造において、天然プレペプチド(N-軽鎖-ループ-重鎖-C)が外因性プロテアーゼの添加なしでも活性な二本鎖神経毒に切断されて、得られるように、軽鎖及び重鎖の間の天然ループに代えて、大腸菌細胞により認識される配列が挿入された。
図2:非還元条件下でのSDS-ポリアクリルアミドゲル中のC-H10-BoNT/A(実施例5)のPEG化及び対照付加物についての分析。レーン1:分子量マーカー;レーン2:対照付加物;レーン3:PEG化付加物。
【0020】
発明の説明
設定した課題(上記参照)を解決するため、発明者らは修飾されたボツリヌス毒素を開発した。本発明の一態様及び対象は従って、天然重鎖及び修飾軽鎖を持つ修飾ボツリヌス毒素であり、軽鎖の修飾が、(1)そのN末端に、NからC末端への方向に向かって-(C)n-(tag)m-(X)1-の構造を有する鎖の延長を持ち、ここで、
Cはシステイン残基、
tagは、例えばStrepタグまたはHisタグである、任意のタグ、及び
Xは任意の天然アミノ酸残基を示し、
nが1から50までの整数、
mが0または1、及び
lが0または1から50までの整数であり;
且つ(2)延長された鎖中の少なくとも1個のシステイン残基に、少なくとも1個のPEG鎖が連結されていることから成る、毒素である。このように修飾されたボツリヌス毒素は以下においてPEG化変異ボツリヌス毒素または神経毒と呼ばれる。
【0021】
好ましい実施形態として、次の条件が認められる:

nが1、2または3であるかにより、各分子当りの毒素は1、2または3個のPEG分子に連結されている。
【0022】
前記本願発明の上記で挙げた修飾ボツリヌス毒素には、好ましくは、軽鎖が、そのN末端に鎖の伸長を持つように修飾され、その伸長された鎖が次の配列を有する、修飾ボツリヌス毒素(特に、A、B及びC1型)が包含される:

ここで、前記一覧の25個の好ましい各実施形態において、mは1に代えて0であってもよく、且つ/または、軽鎖の伸長中に出てくる全てのシステイン残基もまたPEG化されている。
【0023】
当然ながらlもまた、11から50、さらにまた50以上、特には100以上若しくは250以上のいずれの整数でもあり得る。しかしながら、lが大きければ大きいほど軽鎖はより長くなり、軽鎖の長さの特定の上限なしには、その酵素/触媒活性、特には神経毒の生物学的(総)活性(前記定義通り)が危うくなる。実施可能性の観点から、lについては10〜20の上限が示され、つまり、lが特に好ましくは0でない場合、好ましいlの値は1〜10の範囲である。
【0024】
同様の考察がnにも当てはまり、実際的及び経済的な理由からその上限は50唯一つに定められた。しかし、あまりに多くのPEG分子を取り込まないように、または取り込む必要がないよう(好ましくは、全ての取り込まれたシステイン残基もまたPEG化されるため)、そして得られたPEG化変異ボツリヌス毒素/神経毒から、上記定義通りの生物学的活性が奪われないよう、好ましくは、nは1〜10、より好ましくは1〜5の範囲にある。あまりに多くのシステイン残基及びPEG基、特にはそれらが誤った位置に取り込まれると、軽鎖は、場合によっては、標的細胞への毒素の結合にも拘らず、標的細胞へ取り込まれないため、これは簡単に起こり得る。
【0025】
A型ボツリヌス毒素の構造は、Lacy及びStevensにより1998年に公表され(Nat. Struct. Biol. 5, 898-902)、B型ボツリヌス毒素の構造はSwaninathan及びEswaramoorthy(Nat. Struct. Biol. 7, 693-699(2000))により公表された。それにより軽鎖の構造も知られており、そして、重鎖または軽鎖のどの領域が蛋白質表面に存在し、それによりPEGとの結び合わせに適してい得るのかを確認できる。頻繁に選択される先行例の、適当に活性化されたPEG(例えば、PEG-スクシンイミジルプロピオンネート)のリシン残基のε-アミノ基への結合は、発明者らには有望に思われなかった。活性化されたPEGは、実験では劇的な不活化に通じた、重鎖の結合領域をも含む多数のリシン残基を攻撃し得る。
【0026】
代わりに、本発明者らは、続いて少なくとも1個のシステイン残基により置換した後、導入された少なくとも1個のシステイン残基においてPEG化されるのに適した軽鎖のアミノ酸残基を同定した。以下により詳細に特徴付けられる、これらの修飾ボツリヌス毒素もまた好ましい本願発明の好ましい態様であり、PEGとの接合体として十分な生物学的(酵素/触媒を含む)活性(定義では、未修飾蛋白質の生物学的活性の少なくとも20%、好ましくは30〜40%、50〜70%またはさらには75〜95%に当る)と同時に高められた安定性(対応する天然神経毒と比較して)を示し、そして、以下では同様に本願発明のPEG化変異ボツリヌス毒素または神経毒と呼ばれる。
【0027】
これらの最後に挙げた本願発明の修飾ボツリヌス毒素は、同様に、変異ボツリヌス毒素のPEGとの接合体である。これらの修飾ボツリヌス毒素もまた、別個に導入されたシステイン残基を介してPEGに連結されている。それに加え、対応するボツリヌス毒素の軽鎖のN末端からの最初の20アミノ酸残基から少なくとも1個、場合によってはまた2、3、4、5、10または全20個が、各々、システイン残基により置換される。これらの修飾ボツリヌス毒も同様に、天然重鎖及び修飾軽鎖を持ち、軽鎖の修飾は、通常そのN末端に位置するアミノ酸残基の少なくとも1個、最大20個までがシステイン残基の変異されていることを要する。場合によっては、それらは加えて、軽鎖の配列が、NからC末端への方向へ向かって次の構造を有するようなN末端の伸長も持つ:
−(tag)m−(X)l−BoNT(X1-20C)、
ここで、Cはシステイン残基、tagは任意のタグ、例えば、StrepタグまたはHisタグ、Xは任意の天然に存在するアミノ酸の残基を表し、mは0または1であり、そして、lは0または1から50までの整数である。
N末端の最大20個のシステイン残基の少なくとも1個には、少なくとも1個のPEG鎖が連結されている。
【0028】
BoNT/Aには従って、導入されたシステイン残基においてPEG化が行われ得るよう、少なくとも1個、そして最大20個の次のアミノ酸残基置換により特徴付けられる変異体が生じる。

【0029】
好ましい実施形態によると、次の条件が当てはまる:
m=1、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの1個のみ、特に、位置1、2、3、4、5、6、7、8、9または10の残基がシステイン残基により置換されている;
m=0、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの1個のみ、特に、位置1、2、3、4、5、6、7、8、9または10の残基がシステイン残基により置換されている;
m=1、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの1個のみ、特に、位置1、2、3、4、5、6、7、8、9または10の残基がシステイン残基により置換されている;
m=0、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの1個のみ、特に、位置1、2、3、4、5、6、7、8、9または10の残基がシステイン残基により置換されている;
m=1、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び3、1及び4、2及び4、1及び5、2及び5、3及び5、1及び6、2及び6、3及び6または4及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
m=0、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び3、1及び4、2及び4、1及び5、2及び5、3及び5、1及び6、2及び6、3及び6または4及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
m=1、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び3、1及び4、2及び4、1及び5、2及び5、3及び5、1及び6、2及び6、3及び6または4及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
m=0、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び3、1及び4、2及び4、1及び5、2及び5、3及び5、1及び6、2及び6、3及び6または4及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
m=1、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び2、2及び3、3及び4、4及び5、または5及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
m=0、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び2、2及び3、3及び4、4及び5、または5及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
m=1、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び2、2及び3、3及び4、4及び5、または5及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
m=0、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び2、2及び3、3及び4、4及び5、または5及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
の条件であり、1個または2個のみのアミノ酸残基がシステイン残基によりN末端置換されたかによって、毒素が分子毎、1または2個のPEG分子に連結されている。
【0030】
従って、上述の本願発明の修飾ボツリヌス毒素には、好ましくは、その軽鎖が、そのN末端において鎖の伸長を持ち、その伸長された軽鎖のN末端が次の配列を示すよう修飾されたボツリヌス毒素(特には、A型、B型及びC1型)が包含される:

ここで、前記一覧の25個の好ましい実施形態の各々において、mは1に代えて0であってもよく、且つ/または、全N末端導入システイン残基の各々がPEG化されている。
【0031】
当然、lもまた、11から50、またさらには50以上、特には100以上、若しくは250以上のいずれの任意の整数であることができる。しかしlが大きければ大きいほど軽鎖は長くなり、軽鎖の長さの明確な上限なしには、神経毒の前記定義における酵素/触媒活性、または生物学的(総)活性は危険にさらされる。実施可能性の要件からlの上限は10〜20であり、lの好ましい値は、lが特に好ましくは0でない限り、1〜10の範囲にある。
【0032】
明らかに別に述べられていない限り、本願発明の修飾ボツリヌス毒素には、軽鎖のN末端伸長に導入されたシステイン残基(単数若しくは複数)を持つバリアント、または、軽鎖のN末端に導入されたシステイン残基(単数若しくは複数)を持つバリアントであるかに拘らず、次の説明が有効である。
【0033】
修飾ボツリヌス毒素は、好ましくはBoNT/A、BoNT/BまたはBoNT/C1から誘導された、修飾ボツリヌス毒素であるが、同様に、D、E、FまたはG型のボツリヌス毒素であってもよい。同様に好ましいのは、全ての人為的に導入されたシステイン残基(好ましくは1〜10個のシステイン残基が導入される)が少なくとも一つのPEG鎖を持つ一方で、ボツリヌス毒素の重鎖及び軽鎖中で天然に存在するシステイン残基のどれもがPEG化されていないことである。
【0034】
当業者であれば当然さらなる説明なしで、本願発明の組換え産生された(例えば、大腸菌中)修飾ボツリヌス毒素の手軽な精製に関し、タグ(m=1)に意味があるということを理解する。即ち、タグは、神経毒の安定性またはその生物学的活性を高めるためには必要とされず、細菌培養からの修飾ボツリヌス毒素の容易で、且つ、定量に近い単離を可能ならしめる。
【0035】
適当なnの選択(軽鎖のN末端伸長中に導入されたシステイン残基(単数若しくは複数)を持つバリアントの場合)、または、システイン残基で置換すべきアミノ酸残基の総数及び位置(軽鎖のN末端に導入されたシステイン残基(単数若しくは複数)を持つバリアントの場合)については、好ましくは、PEG化が行われる数だけのシステイン残基を導入すべきであることを考慮すべきである(これは、l≠0及び少なくとも一つのアミノ酸残基Xがシステイン残基である場合も成り立つ)。この点が発明者らの驚くべき発見であるが、ボツリヌス毒素において天然で重鎖上も、また軽鎖上で見られるシステイン残基の一つとしてPEG化されることなく、これらの導入されたシステイン残基は、好ましくは全てそして完全にPEG化される(各分子内及び分子間ジスルフィド架橋に加え、例えば、A型ボツリヌス毒素は、重鎖中にさらに3個のシステイン残基(C791, C967, C1060)、並びに、軽鎖中にさらに2個のシステイン残基(C134及びC165)を持つ)。このようにして、PEG化変異ボツリヌス毒素の形体の均一な(同種の)産物が得られる。その他、別の理由から、あまりに多くのシステイン残基及びPEG残基が導入、特にはそれらが間違った位置に導入されるのを回避することは意味のあることである。これは、(i)毒素が場合によっては標的細胞に結合するのに嵩張り過ぎる、及び/または(ii)場合により、毒素の標的細胞への結合にも拘らず、軽鎖が標的細胞中に移動されない、若しくは十分に適度に移動されなくなるかも知れない、という理由による。換言すれば、この、またはあちらのバリアントにおけるたった1個のシステイン残基の導入、及びそのPEG化は、本願発明の目的を正確に満たし、そしてそのため特に好ましい。
【0036】
本願発明に適ったPEG化変異ボツリヌス毒素/神経毒は、その対応する天然(ネイティブ)ボツリヌス毒素/神経毒と同様に、矛盾なく生物学的及び酵素的(即ち、触媒的)に活性であるか、または、前記定義の意味で、ごく僅かにのみ減少された生物学的及び酵素/触媒活性を示すが、同時に、それらが誘導された天然前駆毒素よりも安定、一部においては著しく安定ですらある。従って、そのPEG化変異(修飾)軽鎖が、対応する天然ボツリヌス毒素の未修飾軽鎖よりも運動ニューロンのサイトゾル中でより高い安定性を示す、PEG化変異ボツリヌス毒素も好ましい。
【0037】
前記のように、軽鎖のPEG化により未修飾の軽鎖と比べて高められた安定性が得られる。PEG鎖は従って本願発明においては、軽鎖に、1.その酵素活性が未変化、または、せいぜいのところほんの少ししか減少しないよう(上述の定義通り)、及び2.修飾軽鎖が、未修飾鎖と同様に、運動ニューロンのサイトゾルへ移動されるよう、取り付けられている。
【0038】
Hisタグも、他のタグ、例えばStrepタグと同様に、変異神経毒の形質転換細菌(例えば、大腸菌)の溶解物からの簡単な単離を可能ならしめる。最も簡単には、神経毒遺伝子のコード領域のDNA平面上に5’方向で付けられる。Hisタグの場合、単離はNi-NTA-セファロースを介した親和性クロマトグラフィーにより行われる。このように単離された変異神経毒は次の段階において活性化されたPEGと連結される。Nektar Therapeutics社は、例えば、PEG-マレイミド、PEG-ビニルスルホン、PEG-ヨードアセトアミド及びPEG-オルトピリジルジスルフィド等の一連の活性化されたPEG誘導体を使用可能にしており、そして、それと共にPEG化のための指示書を提供している。これらのPEG誘導体は、本願発明において異なる鎖長を持ち得る:例えば、5000ダルトン、10000ダルトン、20000ダルトン及び30000ダルトンの分子量のPEG誘導体が市販されており、本願発明において使用できる。
【0039】
変異され、そして続いてPEG化されたボツリヌス毒素のプロテアーゼ活性を算定するために、血清型に対応したSNARE蛋白質の切断が定量的に把握される。活性はそれから、場合により、次の活性と比較される:(i)天然神経毒(対応する血清型の)、(ii)より簡単な単離のためにタグ付きの変異神経毒、及び/または(iii)タグなしの変異神経毒。本願発明における変異した、及びPEG化変異神経毒の活性は、天然の(未変異)神経毒の活性に類似している(即ち、本願発明における変異神経毒及び修飾神経毒の、前記定義通りの生物学的活性は、天然神経毒の生物学的活性と比べ、上述の定義の意味で、せいぜいほんの少ししか減少していない。)。
【0040】
PEG化変異神経毒の総活性が次にエクスビボモデル、所謂、横隔膜または半隔膜分析により決定される。その際、麻痺させる活性は神経-筋肉-標本に伝達される。本願発明において、修飾された、即ち変異され、その後PEG化された神経毒の生物学的活性は、未修飾(天然)蛋白質の生物学的活性の少なくとも20%、好ましくは30〜40%、または50〜70%、またさらには75〜95%である(ここにおける生物学的活性もまた前記定義通りに解される)。
【0041】
本願発明のPEG化変異神経毒の毒性は、腹腔内適用後、一群のマウスの半分において致死的である用量が決定される、マウスのLD50分析により試験され得る。
【0042】
本発明のPEG化変異神経毒の作用期間は、同様にマウスで、インビボで確認される。本願発明のPEG化変異A型ボツリヌス毒素の、対応する天然ボツリヌス毒素において致死量以下である用量の後足腓腹筋中への注射後、筋肉が麻痺したままとなる時間が決定される。麻痺強度は等級による分類される。ヒトにおいてよりも短いマウスにおける作用期間は、使用した修飾A型ボツリヌス毒素に応じ、30〜150%長くなる(非PEG化、且つ未変異A型ボツリヌス毒素と比較して測定)。
【0043】
本願発明のPEG化変異ボツリヌス毒素は、適当な処方により、一用量(または整数個の用量)が治療的な用量範囲(例えば、各注射容器当り100LD50単位)を含むように、既製薬剤に加工される。好ましい実施形態では、医薬組成物はヒト血清アルブミン(HSA)の添加なしに安定化される。しかしながら、ヒト血清アルブミン(HSA)で安定化してもよい。これに関して特に好ましいのは、WO2005/007185に記載されるような、蛋白質作用物質を安定化するための無HSA組成物の使用である。さらなる好ましい実施形態の本願発明の医薬組成物は凍結乾燥形体または液体である。どちらの形体も、場合によっては適当な溶解剤の添加後に行われる、処置すべき筋肉中への筋肉内注射に適する。
【0044】
より高い安定性及び半減期のPEG化変異ボツリヌス毒素、または、それを含有する薬品は、痙攣性発声障害、喉頭ジストニー、頸部ジストニー、局所性手ジストニー、眼瞼痙攣、斜視、脳性麻痺、半側顔面痙攣、痙性、痙攣性大腸炎、アニスムス、チック、振戦、歯ぎしり、裂肛、アカラシア、嚥下障害、多汗症、並びに顔しわの除去等の異なるジストニーの治療に組み入れることができる。
【0045】
本願発明のその他の態様には、(1)上述において詳細に記載された、高められた安定性の修飾ボツリヌス毒素をコードする核酸(核酸は、特にはDNAである)、(2)(1)の核酸を含むベクター、(3)(2)のベクターを含む宿主細胞(宿主細胞は、特には原核生物性であり、特には大腸菌宿主細胞である)が含まれる。
【0046】
以下の実施例は、そこで具体的に述べられたパラメーターに限定されるものではないが、この発明を詳細に説明する。
【0047】
実施例
実施例1:A型ボツリヌス-神経毒(BoNT/A)のクローニング及び発現
軽鎖及びトランスロケーションンドメインのDNA配列のクローニングのため、A型クロストリジウム・ボツリヌム(ATCC3502株)の培養から染色体DNAを単離した。プライマー配列番号:1及び配列番号:2を用いたPCR増幅により、修飾ループ配列を持つBoNT/Aの軽鎖について、コードする遺伝子断片が得られた。PCR増幅産物は、NcoI及びBglIIの制限切断部位で、pQE-60由来であり、且つ、クローニング部位の5’側にHisタグ(10個のヒスチジン残基よりなる)をコードする発現プラスミドpQE-H10にクローニングされた。このクローニングにより、プラスミドpQE-H10- BoNT/A-Lが産出された。BoNT/Aの重鎖をコードする遺伝子断片が、プライマー配列番号:3及び配列番号:4を用いたPCR増幅により得られた。この断片は、StuI及びBglIIの制限切断部位で、pQE-H10-BoNT/A-L中の軽鎖のループ配列の3’末端にクローニングされた(プラスミドpQE-H10-BoNT/A)。大腸菌発現株M15[pREP4](Qiagen)をプラスミドpQE-H10-BoNT/Aで形質転換した。組換え毒素の発現は、500μM(最終濃度)IPTG、25℃、オーバーナイトによる段階をつけた誘導により行った。細胞は、300mM NaClを含む50mMリン酸緩衝液(pH8.0)中、リゾチーム及び超音波処理により可溶化された。遠心された溶解物を5時間室温でインキュベートし、そしてその間の-20℃における貯蔵後、Ni-NTA-アガロースカラムのクロマトグラフィーにかけた。それに続いて、溶出フラクションを、結合緩衝液(100mMリン酸二水素ナトリウム(pH7.5), 150mM NaCl, 10mM EDTA)に対して透析し、そして蛋白質濃度を決定した。SDS-ポリアクリルアミド中での分析の結果、還元条件下のクマシーにより、二本鎖のジスルフィド結合された構造が優勢を占めるA型ボツリヌス神経毒のバンド模様に相当する、約50kD及び100kDの強いバンド、並びに、150kDの弱いバンドが観察された。
【0048】
実施例2: B型ボツリヌス-神経毒(BoNT/B)のクローニング及び発現
N末端にヒスチジンタグ(10個のヒスチジン残基よりなる)を付したB型ボツリヌス神経毒のクローニング及び発現は、A型毒素と同様に行った。軽鎖及び重鎖の増幅には、B型クロストリジウム・ボツリヌム(Okra株)由来の染色体DNA、並びに、プライマー配列番号:5及び配列番号:6、または配列番号:7及び配列番号:8を用いた。
【0049】
実施例3: C1型ボツリヌス-神経毒(BoNT/C1)のクローニング及び発現
N末端にヒスチジンタグ(10個のヒスチジン残基よりなる)を付したC1型ボツリヌス神経毒のクローニング及び発現は、A型毒素と同様に行った。軽鎖及び重鎖の増幅には、C型クロストリジウム・ボツリヌム(205株)由来の染色体DNA、並びに、プライマー配列番号:9及び配列番号:10、または配列番号:11及び配列番号:12を用いた。
【0050】
実施例4: C-H10-BoNT/Aのクローニング及び発現
N末端PEG化を可能ならしめるため、アミノ酸配列のヒスチジンタグ(10個のヒスチジン残基よりなる)のN末端にシステイン残基が付加された。これは、HisタグをコードするpQE-H10-BoNT/Aの配列領域中での方向付けられた突然変異により達成された。Stratagene社のQuickChange Site Directed Mugenesis Kitをこのために使用した。突然変異反応は、プライマー配列番号:13及び配列番号:14により行った。DNA配列中の核酸置換は、単離されたクローンのDNA配列決定により確認された。変異された毒素の発現及び精製は実施例1と同様に行った。
【0051】
実施例5: C-H10-BoNT/AのPEG化
1.2mg C-H10-BoNT/Aを30分間、1mM DTTとインキュベートし、還元ジスルフィド架橋したダイマーにした。還元剤を除去するため、PD-10カラムを用い、結合緩衝液で緩衝化した。毒素溶解液を限外濾過により3.6mg/mlに濃縮した。コントロールとして一部を処置なしでインキュベートし、残りの溶液は5倍モル量の過剰mPEG-Mal-5000(Nektar Therapeutics)中に置き、オーバーナイト、環境温度で回転した。SDS-PAGEのためのプローブ準備の間、さらなるシステイン残基において可能な誘導体化反応を避けるため、PEG化試薬を5倍の過剰L-システインにより中和した。SDSゲル中、非還元染色では、コントロール付加物と比較して、元来の150kDにおける毒素バンドの強度がはっきり減少し、やや減少した移動度の追加の濃いバンドが示された(図2)。
【0052】
実施例6: インビトロ活性試験
PEG化変異BoNT/A誘導体の特異的プロテアーゼ活性(即ち、結合またはトランスロケーション抜きの触媒的活性)はELISA形式で決定した。このために、SNAP-25 のC末端の17個のアミノ酸残基を含む、N末端領域が慣用の融合パートナーであるグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)及びC末端ペプチド配列により構成された、組換えポリペプチドをクローニングした。この17個のアミノ酸残基は、BoNT/Aが特異的に切断する、基質蛋白質SNAP-25の領域を表す。融合蛋白質でマイクロタイタープレートを被覆した後、対照プローブとしてH10-BoNT/Aと共に、または、PEG化及び非PEG化形体の変異体と共にインキュベートした。生成された各切断産物を、新しく生じたC末端を特異的に認識する抗体で検出した。非PEG化及びPEG化形体のC-H10-BoNT/A、並びにH10-BoNT/A(対照プローブ)の値は表3に示される。分析の変動幅から、変異及び続いてのPEG化の導入によりボツリヌス毒素の触媒活性が減少せず、むしろどちらかと言えばさらに増加されたことが価値あることに確認された。
【表3】

特異的活性は、プロテアーゼ単位/ng蛋白質として決定された。
【0053】
実施例7: 半隔膜分析におけるエクスビボ活性の決定
毒素誘導体の総活性、即ち、修飾神経毒の標的細胞受容体への結合、及び、神経細胞内でのトランスロケーション、及び、SNARE基質の蛋白質分解を決定するため、マウス神経-筋肉-標本の中毒後の麻痺時間を産出した。対照プローブとしてはまたH10-BoNT/Aを用いた。対応する活性の値は表4に示される。対照プローブに対する本願発明の修飾ボツリヌス毒素の活性の20〜30%への減少は、明らかに、毒素の標的細胞への結合能の減少、及び、毒素を標的細胞にトランスロケートする能力の減少に依拠する。
【表4】

【0054】
実施例8: PEG化A型ボツリヌス毒素の作用期間
PEG化変異ボツリヌス毒素(mPEG-C-H10-BoNT/A)の作用期間はCD1マウスで試験した。各10匹のマウスが、(i)変異、(ii)PEG化変異、または(iii)天然ボツリヌス毒素の筋肉注射(2×0.05mL)を、各0.4または0.6 LD50-単位/マウス(生理的食塩水+1mg/mL HSA)、後足腓腹筋に受けた。続いて、筋肉の麻痺を毎日、等級(最小、軽度、重度の麻痺)をもとに判定した。25日後には、天然神経毒で処置された動物では筋肉の麻痺は観察されなくなった。変異、またはPEG化変異ボツリヌス毒素で処置された動物では作用期間は7〜20日延長された。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】組換え毒素及び毒素断片のクローニングにおいて組み込まれたオリゴヌクレオチド(配列番号:1から14)の構成を示す図である。制限エンドヌクレアーゼ認識配列には下線が引かれている。
【図2】非還元条件下でのSDS-ポリアクリルアミドゲル中のC-H10-BoNT/A(実施例5)のPEG化及び対照付加物について分析した結果を示す図である。レーン1:分子量マーカー;レーン2:対照付加物;レーン3:PEG化付加物。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然重鎖及び修飾軽鎖を有する修飾ボツリヌス毒素であって、軽鎖の修飾が、(i)そのN末端に、N末端からC末端の方向へ-(C)n-(tag)m-(X)l-の構造の鎖の伸長を有し、式中、
Cはシステイン残基、
tagは任意のタグ、そして
Xは任意の天然に存在するアミノ酸の残基を表し、
nは1から50までの整数であり、
mが0または1であり、
lが0または1から50までの整数であり、
且つ(ii)当該伸長中の少なくとも1個のシステイン残基が少なくとも1個のPEG鎖へ連結されている、毒素。
【請求項2】
天然重鎖及び修飾軽鎖を有する修飾ボツリヌス毒素であって、軽鎖の修飾が、(i)天然ではそのN末端にある少なくとも1個、そして最大20個のアミノ酸残基がシステイン残基へ変異されており、(ii)場合により、N末端からC末端方向への軽鎖の配列が-(tag)m-(X)l-BoNT(X1-20C)の構造を有するような追加のN末端伸長を持ち、式中、
Cはシステイン基を表し、
tagはいずれかのタグを表し、そして
Xはいずれかの天然アミノ酸の一群を表し、
mが0または1であり、
lが0または1から50までの整数であり、
且つ(iii)N末端における当該最大20個のシステイン残基が少なくとも1個のPEG鎖へ連結されている、毒素。
【請求項3】
ボツリヌス毒素の天然重鎖及び軽鎖中のシステイン残基がどれ一つとしてPEG化されていない、請求項1または2に記載のボツリヌス毒素。
【請求項4】
タグがHisタグまたはStrepタグである、請求項1から3のいずれか一項記載のボツリヌス毒素。
【請求項5】
ボツリヌス毒素が、A、B、C1、D、E、FまたはG型のボツリヌス毒素であり、且つ

の条件を満たし、nが1、2または3であるかによって、毒素が分子毎、1、2または3個のPEG分子に連結される、請求項1、3または4のいずれか一項記載のボツリヌス毒素。
【請求項6】
軽鎖の伸長が、

の配列を有し、これら25個の配列の各々においてmが0でもあり得、且つ/または、軽鎖の伸長中に見られるシステイン残基もまたPEG化されている、請求項1、3、4または5のいずれか一項記載のボツリヌス毒素。
【請求項7】
ボツリヌス毒素が、A、B、C1、D、E、FまたはG型のボツリヌス毒素であり、且つ
(a) m=1、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの1個のみ、特に、位置1、2、3、4、5、6、7、8、9または10の残基がシステイン残基により置換されている;
(b) m=0、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの1個のみ、特に、位置1、2、3、4、5、6、7、8、9または10の残基がシステイン残基により置換されている;
(c) m=1、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの1個のみ、特に、位置1、2、3、4、5、6、7、8、9または10の残基がシステイン残基により置換されている;
(d) m=0、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの1個のみ、特に、位置1、2、3、4、5、6、7、8、9または10の残基がシステイン残基により置換されている;
(e) m=1、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び3、1及び4、2及び4、1及び5、2及び5、3及び5、1及び6、2及び6、3及び6または4及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
(f) m=0、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び3、1及び4、2及び4、1及び5、2及び5、3及び5、1及び6、2及び6、3及び6または4及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
(g) m=1、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び3、1及び4、2及び4、1及び5、2及び5、3及び5、1及び6、2及び6、3及び6または4及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
(h) m=0、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び3、1及び4、2及び4、1及び5、2及び5、3及び5、1及び6、2及び6、3及び6または4及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
(i) m=1、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び2、2及び3、3及び4、4及び5、または5及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
(j) m=0、l=0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び2、2及び3、3及び4、4及び5、または5及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
(k) m=1、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び2、2及び3、3及び4、4及び5、または5及び6の残基がシステイン残基により置換されている;
(l) m=0、l≠0、20個のN末端アミノ酸残基のうちの2個のみ、特に、位置1及び2、2及び3、3及び4、4及び5、または5及び6の残基がシステイン基により置換されている;
の条件を満たし、1個または2個のみのシステイン残基N末端が挿入されたかによって、毒素が分子毎、1または2個のPEG分子に連結される、請求項2から4のいずれか一項記載のボツリヌス毒素。
【請求項8】
修飾ボツリヌス毒素が、その軽鎖のN末端に鎖の伸長を持ち、当該伸長された鎖のN末端が

の配列を持ち、これら前記25個の好ましい実施形態においてmは1に代えて0でもよく、且つ/またはN末端に挿入された全システイン残基もまたPEG化されているボツリヌス毒素である、請求項2から4及び7のいずれか一項記載のボツリヌス毒素。
【請求項9】
ボツリヌス毒素が、A、B、またはC1型のボツリヌス毒素である、前記請求項のいずれか一項記載のボツリヌス毒素。
【請求項10】
修飾ボツリヌス毒素が、対応する天然(非修飾、ネイティブの)ボツリヌス毒素の生物学的活性の少なくとも20%、好ましくは30〜40%、50〜70%または75〜95%を持ち、且つ、それと比べて高められた安定性を持つ、前記請求項のいずれか一項記載のボツリヌス毒素。
【請求項11】
修飾軽鎖が、インビボで運動ニューロンのサイトゾルへ移動される、前記請求項のいずれか一項記載のボツリヌス毒素。
【請求項12】
修飾軽鎖が、運動ニューロンのサイトゾル中で、対応する天然ボツリヌス毒素と比べて高められた安定性を持つ、前記請求項のいずれか一項記載のボツリヌス毒素。
【請求項13】
前記請求項のいずれか一項記載のボツリヌス毒素を含む、ヒトまたは獣医学用医薬組成物。
【請求項14】
組成物が、ヒト血清アルブミン(HSA)の添加なしに安定化される、請求項13記載の医薬組成物。
【請求項15】
組成物が凍結乾燥形体または液体であり、且つ、どちらの形体も、場合により適合性の溶媒を加えることにより、筋肉内注射に適する、請求項13または14記載の医薬組成物。
【請求項16】
請求項1から12のいずれか一項記載の修飾ボツリヌス毒素の、顔のしわを取り除く等のジストニーを治療するための医薬製造における使用。
【請求項17】
請求項1から12のいずれか一項記載の修飾ボツリヌス毒素の使用であって、ジストニーが、痙攣性発声障害、喉頭ジストニー、頸部ジストニー、局所性手ジストニー、眼瞼痙攣、斜視、脳性麻痺、半側顔面痙攣、痙性、痙攣性大腸炎、アニスムス、チック、振戦、歯ぎしり、裂肛、アカラシア、嚥下障害または多汗症である、使用。
【請求項18】
請求項1から12のいずれか一項記載の修飾ボツリヌス毒素をコードする核酸。
【請求項19】
DNAである、請求項18記載の核酸。
【請求項20】
請求項18または19記載の核酸を含むベクター。
【請求項21】
請求項20記載のベクターを含む宿主細胞。
【請求項22】
宿主細胞が原核細胞、特に大腸菌細胞である、請求項21記載の宿主細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2009−531026(P2009−531026A)
【公表日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−558725(P2008−558725)
【出願日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際出願番号】PCT/EP2007/002296
【国際公開番号】WO2007/104567
【国際公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【出願人】(507246637)バイオテコン セラピューティクス ゲーエムベーハー (2)
【Fターム(参考)】