説明

Vprタンパク質機能の阻害剤及びこれを含有するエイズ治療薬

【課題】Vprタンパク質の細胞増殖停止能を阻害するような化合物を探索することにより、新規な作用機構に基づくエイズ治療薬を見出す。
【解決手段】下記一般式(I)で表す化合物、その製薬上許容される塩、又はその水和物を有効成分として含有することを特徴とするヒト免疫不全ウイルスVprタンパク質機能の阻害剤:


但し、R及びRは相互に独立してH、若しくは−ORを示し、 但し、Rは置換基を有していてもよいアルキル基等を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Vprタンパク質機能の阻害剤、及び当該阻害剤を含有する新しいタイプのエイズ予防及び治療薬並びにそのスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
後天性免疫不全症候群(AIDS;エイズ)は、ヒト免疫不全症ウイルス(HIV)の感染によりCD4陽性T細胞が破壊されて宿主の免疫機能を著しく低下させ、種々の合併症を引き起こすことが知られている。現在までに日本で承認されているエイズ治療薬は、ジドブジン(AZT)、ジダノシン(ddI)、ザルシタビン(ddC)等の核酸系逆転写酵素阻害薬、ネビラピン、エファビレンツ、デラビルジン等の非核酸系逆転写酵素阻害薬、及びインジナビル(クリキシバン)、サキナビル等のプロテアーゼ阻害薬のみである。これらの薬剤はエイズ治療に有効であるが、HIV−1は変異が起こりやすく、治療を行う過程で薬剤耐性株が出現することが1つの問題点となっている。多種の薬剤を併用して用いる療法は、薬剤耐性株の出現を抑制する効果がある。しかし、現在利用可能な治療薬は上記のようにHIVの逆転写酵素とプロテアーゼを標的とするものに限られるため多剤併用療法にも限界がある。従って、新しい分子標的に対するエイズ治療薬の開発が期待されている。
【0003】
HIV−1のアクセサリー遺伝子の一つであるvprは、96個のアミノ酸からなり、ウイルス粒子に結合する15キロダルトン(kDa)の核タンパク質をコードする。HIV−1、HIV−2、及びSIV等の霊長類のレンチウイルスは、何れも非常によく保存されたVpr様タンパク質を含んでいる。HIVの複製に関連してVprタンパク質の多くの生物学的機能が報告されており、例えば、HIVを含む種々のレトロウイルスLTRの転写を活性化したり、あるいは、Vprは細胞周期のG/M期で停止した細胞を蓄積させて細胞周期を撹乱する(例えば、非特許文献1及び2参照)。このVprの機能によりG/M期で停止した細胞ではウイルスの複製が約2倍に増加することからHIVの増殖に重要な役割を果たすと考えられる。さらに、vprを欠損したSIVに感染した霊長類を用いた生体内(in vivo)実験によれば、Vpr機能が後天性免疫不全症(AIDS)の発症に重要であることも報告されている(例えば、非特許文献3参照)。
【0004】
従って、Vprは抗エイズ薬の1つの標的タンパク質であることが提案されている。Vprによって誘導される細胞周期停止がテトラサイクリンプロモータによって調節される細胞株が樹立され、この細胞を用いたスクリーニングによりある種のフラボノイド(ケルセチン)がVprタンパク質機能を阻害することが示された(例えば、非特許文献2参照)。また、出芽酵母でVprタンパク質を発現させると酵母の増殖を抑制することも報告されている(例えば、非特許文献4参照)。
【0005】
一方、本発明者らは、ある種の糸状菌の醗酵液から単離した化合物が血管内皮細胞の増殖を選択的に抑制することをすでに報告している(例えば、特許文献1参照)。各種の進行固形癌の増殖や転移において血管新生が重要な生理現象であることが明らかになりつつある。なかでも、血管内皮細胞に選択的に増殖抑制を示す化合物は血管新生阻害剤、抗腫瘍剤、転移抑制剤、抗リウマチ様関節炎剤などへの応用が期待されている。しかしながら、この化合物がどのような作用機構で血管内皮細胞の増殖を選択的に阻害するのかの詳細は明らかではなく、もとよりエイズウイルスの増殖に対する影響も知られていない。
【0006】
【特許文献1】特開2004−262881号公報
【非特許文献1】Emerman, M. (1996) Curr. Biol. Vol. 6, pp.1096-1103.
【非特許文献2】Shimura, M., Zhou, Y., Asada, Y., Yoshikawa, T., Hatake, K., Takaku, F., and Ishizaka, Y., (1999) Biochemical and Biophysical Research Communication Vol. 261, No. 2, pp.308-316.
【非特許文献3】Hoch J. et al., (1995) J. Virol. Vol. 69, pp.4807-4813.
【非特許文献4】Macreadie, I.G., Castelli, L.A., Hewish, D.R., Kirkpatrick, A., Ward, A.C. and Azad, A.A., (1995) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol. 92, pp.2770-2774.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、HIVの増殖に重要であることが知られているVprタンパク質の細胞増殖停止能を阻害するような化合物を探索することにより、新規な作用機構に基づくエイズ治療薬を見出すことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するために、本発明者らはVprタンパク質が出芽酵母の増殖を停止させることを利用した新たなスクリーニング系を構築し、これを用いてある種の糸状菌培養液中にVprタンパク質の機能を阻害する物質を見出し、その物質を単離同定することによって本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明の第一の側面において、下記一般式(I)で表す化合物、その製薬上許容される塩、又はその水和物を有効成分として含有することを特徴とするヒト免疫不全ウイルスVprタンパク質機能の阻害剤が提供される。


但し、R及びRは相互に独立して水素原子、若しくは−ORを示し、
但し、Rはそれぞれ置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、アルカノイル基、アルケノイル基、カルバモイル基、若しくは下記式(II)で表す置換基を示し、
−C(=O)−(CH=CH)−R (II)
但し、nは2〜5の整数であり、Rは水素原子、メチル基、若しくはカルボキシル基を示し、又はRとRは1つになってカルボニル基を形成してもよい。
【0010】
好ましい実施形態において、前記化合物は下記式(III)又は(IV)で表す化合物、その幾何異性体、又はその光学異性体である。

【0011】

【0012】
本発明の他の側面において、前記阻害剤を単剤又は混合剤の形態で有効成分として含有することを特徴とするエイズ治療薬が提供される。
【0013】
本発明のなお異なる側面において、ヒトさい帯静脈血管内皮細胞の増殖抑制効果を示す化合物又はその誘導体を候補化合物とし、HIV−1のVprタンパク質機能を阻害するか否かを測定することを特徴とするエイズ治療薬のスクリーニング方法が提供される。前記候補化合物はO−置換フマギロール誘導体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明のVpr機能阻害剤は、HIVの感染や増殖に必要とされるVprタンパク質の機能を効果的に阻害し、HIV感染に基づく種々の細胞の破壊を阻害するので、エイズの発症予防又は治療薬として用いることができる。また、本発明のスクリーニング方法は、出芽酵母の増殖を指標としてVprタンパク質の機能が阻害されるか否かを簡便かつ効率的に検索することができるため、既知の化合物の中からエイズ治療薬を見出す方法として有用である。特に、ヒトさい帯静脈血管内皮細胞の増殖抑制効果を示す一群の化合物を候補化合物として用いることにより血管新生阻害剤、抗腫瘍剤として開発された化合物の中からエイズ治療薬としての薬効を見出すことができ、毒性が低く、安全性の高いエイズ治療薬を迅速にスクリーニングできる系として極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
(Vprタンパク質機能の阻害剤)
本明細書において使用される用語「阻害剤」には、Vprタンパク質の機能(活性)を抑制することができる全ての適切な分子、化合物、タンパク質又はそのフラグメント、核酸、又は製剤が含まれる。ここで「Vprタンパク質」とは、HIV−1のVprタンパク質(例えば、Ogawa K., et al., Journal of Virology, 1989, Vol. 63, No.9, p. 4110-4114, 及びGenBank Accession No. M28355、配列番号2)のことをいうが、HIV−2、及びSIV等の霊長類のレンチウイルスにおいて非常によく保存されているVpr様タンパク質(Vpr及び/又はVpx)を用いてもよい。用語「Vprタンパク質機能」とは、Vprタンパク質の有する多くの生物学的機能を含み、例えば、いくつかのウイルスプロモータの弱い活性化(Cohen, E.A. et al., (1990) J. Acquir. Immune Defic. Syndr. 3, 11-18)、細胞周期のG/M期において宿主細胞を停止させる働き(He, J. et al., (1995) J. Virol. 69, 6705-6711)、感染細胞の増殖を抑制しアポトーシスへ誘導する働き(Finkel, T.H. et al., (1995) Nature Med., 1, 129-134)、HIV−1組み込み前複合体(PIC)の核への移行の促進(Heinzinger, N.K. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (1994) 91, 7311-7315; Subbramanian, R.A. et al., (1998) J. Exp. Med. 187, 1103-1111)、及びグルココルチコイド受容体などの多様な細胞質因子との相互作用(Kino, T. et al., (1999) J. Exp. Med. 189, 51-61)等である。
【0016】
本明細書において「Vprタンパク質機能の阻害剤」は、「Vpr阻害剤」とも称する場合がある。
【0017】
本発明の阻害剤として有用な化合物には、下記一般式(I)で表す化合物、その製薬上許容される塩、又はその水和物が含まれるがこれらに限定されない。


但し、R及びRは相互に独立して水素原子、若しくは−ORを示し、
但し、Rはそれぞれ置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、アルカノイル基、アルケノイル基、カルバモイル基、若しくは下記式(II)で表す置換基を示し、
−C(=O)−(CH=CH)−R (II)
但し、nは2〜5の整数であり、Rは水素原子、メチル基、若しくはカルボキシル基を示し、又はRとRは1つになってカルボニル基を形成してもよい。
【0018】
本明細書において、用語「アルキル基」とは、特に鎖長が制限されない限り、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、イソブチル、tert−ブチル、n−ペンチル等を含むがこれらに限定されない1〜10の炭素原子の直鎖及び分岐鎖両方の置換基である。
【0019】
用語「アルケニル基」は、鎖長が制限されない限り、エテニル、1−プロペニル、2−プロペニル、2−メチル−1−プロペニル、1−ブテニル、及び2−ブテニル等を含むがこれらに限定されず、鎖における二つの炭素原子間に少なくとも1つの二重結合を有する2〜10の炭素原子の直鎖又は分岐鎖の置換基を意味する。
【0020】
「アルカノイル」は、アルキルが前記定義されたものであるC(O)−アルキルであり、「アルケノイル」は、アルケニルが前記定義されたものであるC(O)−アルケニルである。
【0021】
一般式(I)の具体的な化合物としては、例えば、フマギリン(式(IV)で表す化合物)、6−O−オクタトリエノイルフマギロール、6−オキソ−6−デオキシフマギロール、6−O−クロロアセチルカルバモイルフマギロールなどが含まれるがこれらに限定されない。これらの化合物は、分子内の複数の位置に不斉炭素原子を有するため光学異性体又はジアステレオマーなどの立体異性体が存在するが、本発明の範囲には純粋な形態の立体異性体のほか、任意の立体異性体の混合物またはラセミ体などが包含される。また、これらの化合物は、例えば、特表2003−502324、特開平6−220034、若しくはAsami, Y. et al., (2004) Tetrahedron, Vol. 60, pp.7085-7091又はそれらに準じた方法に従って製造することができる。
【0022】
用語「製薬上許容される塩」とは、製薬上許容できる無毒の塩基又は酸から調製される塩を意味する。本発明に係る化合物が酸性である場合には、その対応する塩、例えば、カルシウム塩またはマグネシウム塩のようなアルカリまたはアルカリ土類金属塩、またはアンモニウム塩、またはメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、ピペリジン、モルホリンまたはトリス−(2−ヒドロキシエチル)アミンのような有機塩基との塩である。本発明に係る化合物が十分に塩基性である場合には、その酸付加塩、例えば、塩酸、臭化水素酸、硫酸、トリフルオロ酢酸、クエン酸またはマレイン酸のような無機酸または有機酸との酸付加塩が挙げられる。
【0023】
本発明に係る化合物はまた、プロドラッグの形であってもよい。様々な形のプロドラッグ、例えば、生体内加水分解性エステルが、当該技術分野において知られている。生体内での加水分解性誘導体には、特に、ヒト体内で酸化されまたは還元されて親化合物を生じることができる薬学的に許容しうる誘導体、またはヒト体内で加水分解して親化合物を生じるエステルが含まれる。このようなエステルは、試験中の化合物を、例えば試験動物に静脈内投与した後、試験動物の体液を調べることによって同定することができる。ヒドロキシに適した生体内加水分解性エステルには、アセチルが含まれ、カルボキシルには、例えば、アルキルエステル、ジアルキルアミノアルコキシエステル、メトキシメチル等のアルコキシメチルエステル、ピバロイルオキシメチル等のアルカノイルオキシメチルエステル、1−シクロヘキシルカルボニルオキシエチル等のシクロアルコキシカルボニルオキシアルキルエステル、5−メチル−1,3−ジオキソラン−2−イルメチルなどの1,3−ジオキソラン−2−イルメチルエステル、及び1−メトキシカルボニルオキシエチルなどのアルコキシカルボニルオキシエチルエステルが含まれる。
【0024】
本発明の阻害剤として好ましい化合物には、下記式(III)又は式(IV)で表す化合物、その幾何異性体、又はその光学異性体が含まれる。

【0025】

【0026】
式(III)又は式(IV)で表される化合物は不斉炭素を有しており、不斉炭素に基づく光学異性体またはジアステレオマーなどの立体異性体が存在するが、本発明の範囲には純粋な形態の立体異性体のほか、任意の立体異性体の混合物またはラセミ体などが包含される。また、上記化合物は複数のオレフィン性二重結合を有しており、それぞれの二重結合に基づく幾何異性体が存在する場合があるが、純粋な形態の幾何異性体のほか、任意の幾何異性体の混合物も本発明の範囲に包含される。式(III)で表される化合物のうち、特に好ましい化合物は「RK−95113」と呼ばれ、微生物の醗酵生産物から分離採取する方法(抽出法)、及びそれらを出発原料として化学合成(合成法)する方法により製造することができる。抽出法においては、化合物(III)を産生しうる微生物を通常の醗酵生産に用いる培地組成、培地条件で培養して培地中に化合物(III)を生成蓄積せしめ、これを分離採取する方法により化合物(III)を単離する。
【0027】
本発明に係る化合物(III)を生産しうる微生物としては糸状菌RK95−113株が挙げられる。なお、該微生物は、平成2003年2月26日付けで独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番1号中央第6)に受託番号FERMP−19233として寄託されている。
【0028】
本発明化合物(III)の生産培地としては、炭素源、窒素源および無機塩を適当に含有するものであれば合成培地または天然培地のいずれも好適に用いることができる。必要に応じて、ビタミン類またはその他栄養物質を適宜加えてもよい。炭素源としては例えば、グルコース、マルトース、フラクトース、シュークロース、デンプン等の糖類、グリセロール、マンニトール等のアルコール類、グリシン、アラニン、アスパラギン等のアミノ酸類、大豆油、オリーブ油等の油脂類等の一般的な炭素源より、微生物の資化性を考慮して1種または2種以上を適宜選択して用いればよい。窒素源としては、大豆粉、コーンスチープリカー、ビーフエキス、ペプトン、酵母エキス、アミノ酸混合物、魚粉等の有機含窒素化合物またはアンモニウム塩、硝酸塩等の無機窒素化合物が挙げられ、微生物の資化性を考慮して1種または2種以上を適宜選択して用いればよい。無機塩としては、例えば炭酸カルシウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸銅、塩化マンガン、硫酸亜鉛、塩化コバルト、各種リン酸塩を必要に応じて添加すればよい。また、消泡剤、例えば植物脂、ポリプロピレンアルコール等は必要に応じて添加することができる。
【0029】
培養温度は微生物が生育し化合物(III)を生産する範囲で適宜変更できるが、好ましくは10−32℃であり、さらに好ましくは20−28℃である。初発pHは6−8付近が望ましく、培養時間は通常4日〜数週間程度であるが、本発明化合物(III)の生産量が採取可能な量に達したとき、好ましくは最高に達したときに培養を終了すればよい。培養法は、固相培養、通気攪拌培養等の通常用いられる方法であればいずれも好適に用いうる。
【0030】
培養液から化合物(III)を分離・単離するには、一般に微生物代謝産物を採取するのに通常用いられる手段を適宜利用して行うことができる。例えば、各種イオン交換樹脂、非イオン性吸着樹脂、ゲル濾過クロマトグラフィー、または活性炭、アルミナ、シリカゲル等の吸着剤によるクロマトグラフィー、又は高速液体クロマトグラフィー、あるいは結晶化、減圧濃縮、又は凍結乾燥等の手段を単独でまたは適宜組み合わせて、あるいは反復して用いることが可能である。
【0031】
(Vprタンパク質機能の阻害とエイズ治療薬のスクリーニング)
Vprタンパク質機能を阻害するか否かは、上記Vprタンパク質の機能を測定できる何らかの系において、本発明の化合物の影響を調べることによって行うことができる。例えば、vpr遺伝子を発現させた哺乳動物細胞に本発明の化合物を添加して培養し、細胞周期の解析、細胞の形態的観察などによってVprタンパク質の機能が阻害されるか否かを観察することができる。あるいは、Vprタンパク質により転写制御されるプロモータ配列の下流にレポーター遺伝子を導入し、vpr遺伝子と共発現させた動物細胞における前記レポーター遺伝子の活性を測定してもよい。後述する実施例に記載されるように本発明の一連の化合物は、酵母を用いたスクリーニング系においてVprタンパク質の有する細胞増殖抑制機能を阻害することが見出されたものである。
【0032】
このようなVprタンパク質機能の阻害剤は、HIVの感染や増殖、エイズ発症に対して次のような作用を有すると考えられる。1)Vprタンパク質によるウイルス産生細胞のG2/M期停止を解除し、ウイルス産生能を低下させる。2)ウイルス感染CD4陽性T細胞のアポトーシスを阻害することにより、宿主免疫系に感染細胞に対する細胞障害性リンパ球を誘導する。3)マクロファージなどの非分裂細胞の核内へのウイルスゲノム移行を阻害してHIV−1の感染、増殖を抑制する。さらに、Vprによる細胞周期の撹乱は正常細胞の癌化を促進し、免疫機能の低下にも伴いカポシ肉腫などのエイズ関連腫瘍の発生をもたらしている可能性があるから、Vprタンパク質の機能を阻害することによってエイズの発症のみならず、その進行をも抑制することができると考えられる。
【0033】
従って、本発明の異なる観点において、Vprタンパク質が出芽酵母の増殖を停止させることを利用したエイズ治療薬のスクリーニング方法が提供される。Vprタンパク質を酵母細胞内で発現させると酵母の細胞増殖を停止させることが報告されている(上記非特許文献4参照)。本発明者らは、この系を応用して新規なVpr阻害剤のスクリーニング系を構築した。すなわち、Vpr発現により増殖停止中の酵母を含む寒天培地に候補化合物を含むペーパーディスクを置き、このペーパーティスクから染み出した候補化合物によってVpr機能が阻害されると酵母が生育することを利用してVpr阻害剤を探索する。
【0034】
候補化合物としては、天然物又はその抽出液、微生物の二次代謝物、又は合成化合物などを用いることができ、水又は培養液などの適当な溶液に種々の濃度で溶解した溶液を用いて行う。酵母の増殖が認められた化合物については、段階的に希釈した溶液を調製し、最小有効濃度を測定して活性の指標とすることができる。
【0035】
上記本発明の化合物は、このようなスクリーニング系を用いて微生物の二次代謝産物から見出されたものであり、本発明者らによって血管新生阻害作用のあることがすでに報告されている。特に、式(III)及び(IV)で示された化合物は、0.1ng/mlの濃度で正常ヒトさい帯静脈血管内皮細胞HUVECsの増殖を50%阻害するが、ヒト正常肺線維芽細胞WI−38の増殖を50%阻害するためには10ng/ml以上の濃度が必要であることが分かっている。この血管内皮細胞の選択的な増殖抑制とVprタンパク質機能の抑制との関連性については明らかではないが、例えば、特定のタンパク質との相互作用を阻害するなどの共通の機構に基づいている可能性もある。
【0036】
従って、本発明の1つの実施形態において、ヒトさい帯静脈血管内皮細胞の増殖抑制効果を示す化合物又はその誘導体を候補化合物とし、HIV−1のVprタンパク質機能を阻害するか否かを測定することを特徴とするエイズ治療薬のスクリーニング方法が提供される。本発明の化合物に共通する骨格は、上記血管内皮細胞の選択的な増殖抑制とVprタンパク質機能の抑制に共通する分子構造を提供するかもしれない。しかしながら、本発明の化合物とタンパク質との相互作用は、タンパク質側の立体構造の微小な変化に影響される可能性があるため必ずしも厳密な相関関係が成立するわけではない。従って、血管内皮細胞の増殖抑制能が比較的小さな化合物であっても、Vprタンパク質機能を強力に阻害する可能性がある。従って、本発明の化合物と類似する化合物であって、血管内皮細胞の増殖を抑制する化合物の中に強力なVprタンパク質機能の阻害剤が含まれている可能性がある。このような化合物としてO−置換フマギロール誘導体が挙げられる。これまで多くのO−置換フマギロール誘導体の生理活性が報告されているが、未だVprタンパク質に対する影響は知られていない。従って、本発明の方法により、これらの化合物がVprタンパク質機能を阻害するか否かを調べることによりエイズ治療薬として有用な化合物を発見できる可能性がある。特に、医薬品の開発過程で毒性や吸収性などの副次的な効果の影響で本来の目的から脱落した化合物の中に、他の目的において顕著な効果を示すものが見出されることもしばしば経験されることである。
【0037】
(本発明の医薬組成物)
本発明のVpr阻害剤は、医薬として投与する場合、そのまま又は医薬的に許容される無毒性かつ不活性の担体と共に医薬組成物としてヒトを含む哺乳動物に投与される。経口投与のための好適な担体は、緩衝剤、香料等のような微量成分を含有してもよい。医薬組成物中の担体の量は通常は全体の5〜95%の範囲内にあるが、剤型に応じて大幅に変更することができる。好適な担体としては、スクロース、ペクチン、ステアリン酸マグネシウム、ラクトース、落花生油、オリーブ油、水等を含む。
【0038】
本発明の医薬組成物を、エイズの感染者(無症候期患者)の予防又はエイズ発症後の患者の治療を目的としてヒトに投与する場合は、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、丸剤、液剤等として経口的に、または注射剤、坐剤、経皮吸収剤、吸入剤等として非経口的に投与することができる。また、本発明の阻害剤の有効量を、その剤型に適した賦形剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、滑沢剤等の医薬用添加剤を必要に応じて混合し、医薬組成物とすることができる。注射剤の場合には、適当な担体とともに滅菌処理を行って製剤とする。
【0039】
本発明の医薬組成物は、単一の治療剤として又は他の治療剤と組み合わせて用いることができる。本発明のVpr阻害剤と組み合わせることができる薬剤としては、HIVの逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤の他、種々のサイトカイン類などの免疫賦活剤、低分子干渉RNAを含むリポソーム製剤等も含まれる。これら医薬組成物の投与量は、疾患の状態、投与ルート、患者の年齢、または体重によっても異なり、最終的には医師の判断に委ねられるが、成人に経口で投与する場合、通常、0.1−100mg/kg/日、好ましくは、1−20mg/kg/日、非経口で投与する場合、通常、0.01−10mg/kg/日、好ましくは、0.1−2mg/kg/日を投与する。これを1回あるいは数回に分割して投与すればよい。
【実施例1】
【0040】
[出願酵母を用いたVpr機能の阻害剤のスクリーニング]
出芽酵母中にVprタンパク質を発現させて酵母の増殖を停止させる系(Macreadie et al.)を用いてVpr機能の阻害剤のスクリーニング系を構築した。すなわち、プラスミドpMT−FVpr(Watanabe et al. Exp. Cell Res. 258, 261-269参照)から、FLAGタグをN末端につけたVpr遺伝子を切り出し、出芽酵母発現ベクターpYEX−BX(クロンテック社、カタログ#6199−1)の銅イオン(Cu2+)誘導性CUP1プロモータ(酵母のメタロチオネイン遺伝子由来)の下流に挿入して酵母における発現ベクターを構築した。この発現ベクターを出芽酵母MLC30株(Miyamoto et al., J. Biol. Chem., 2002, 277, 28810-28814参照)に導入した。
【0041】
この酵母を0.5mM硫酸銅、0.001%SDSを含み、ロイシン、ウラシルを含まない合成最小寒天培地に混ぜて培養した。この条件では酵母細胞内でVprタンパク質が発現することにより酵母の増殖は停止する。図1は、長方形のシャーレにVpr発現により増殖停止中の酵母を含む寒天培地(10)を作製し、その上に微生物の二次代謝物、合成化合物ライブラリー由来の化合物などを含ませたペーパーディスク(直径約6mmのろ紙)(20)を載せてVpr機能阻害剤をスクリーニングする系を模式的に示した図である。このシャーレを30℃で4日間培養したところ、Vpr機能の阻害物質を含むペーパーディスクの周りに酵母の増殖が認められた(30)。図2は、精製したフマギリン(シグマ社製、カタログ番号F6771)のメタノール溶液(2mg/ml)を10μl含むろ紙の周りに増殖した酵母の写真を示す。酵母の増殖により生成した円の直径は約1.3cmであった。
【0042】
[Vpr阻害剤によるHIV−1の感染抑止効果の検証]
コナー(Connor)らの方法(Connor et al, (1995) Virology, 206, 935-944)に従って作製したルシフェラーゼレポーターウイルスを用いて、種々の細胞におけるHIVの感染を定量的に検出し、Vpr阻害剤によるHIV−1の感染抑止効果を検証した。すなわち、プラスミドpNL−Luc−Eは、vprの感染性プロウイルスNL4−3に自己複製ができないようにエンベロープ遺伝子に変異を有する(env)レトロウイルスベクターであり、nef遺伝子内にホタルのルシフェラーゼ遺伝子が挿入されている。このプラスミドのvpr遺伝子にフレームシフト変異が導入されたpNL−Luc−EはVprタンパク質が発現できない。このpNL−Luc−E又はpNL−Luc−E、及び広宿主性のエンベロープタンパク質発現ベクターであるpSV−A−MLV−envを用いて293細胞を同時形質移入し、ルシフェラーゼレポーターウイルスを作製した。ウイルス感染は、24ウエル培養器で培養した種々の細胞にp24量として10ngのウイルスを接種した。10%仔牛胎児血清を添加したダルベッコ改変イーグル(DMEM)培地にて37℃、5%CO雰囲気下で一晩培養後、細胞を2回洗浄し、続いて1.5mlのRPMI/10%FCS、又は10U/mlのIL−2添加培地に再懸濁した。所定時間経過後に細胞を200μlの溶解バッファー(プロメガ)中で溶解し、−70℃にて保存した。それぞれ20μlの溶解液中のルシフェラーゼ活性を市販の試薬(プロメガ社製)を用いてLumatLB9501ルミノメーターで測定した。
【0043】
図3〜5に示したように、vprのウイルスは細胞に感染させるとルシフェラーゼを発現するのでその活性を測定することによりウイルスの感染成立を定量できるが、Vpr変異ウイルスでは同条件で感染させてもルシフェラーゼ活性をほとんど検出できず、HIV−1の感染成立にはVprが必要であることが分かる。
【0044】
ヒト末梢血由来マクロファージにウイルス(Vpr又はVpr、p24量として10ng)を感染し、12時間後にフマギリン溶液を添加した。7日後にルシフェラーゼ活性を測定した結果を図3に示した。薬剤無添加の対照細胞に比べてフマギリンを1μg/ml又は10μg/ml添加した細胞では約50%の阻害が見られた。なお、フマギリン溶液は、糸状菌培養物酢酸エチル抽出物をシリカゲルクロマト及びHPLCで精製後再結晶したもの(化学構造はNMR及び質量分析により確認)又はシグマ社製(カタログ番号F6771)をメタノール或いはDMSOに2mg/mlとなるように溶解して用いた。
【0045】
次に、同様の方法によりヒト骨髄単球系細胞株U937細胞にウイルスを感染し、6日後にフマギリン溶液を加え(10μg/ml、1μg/ml、100ng/ml)、3日後にルシフェラーゼ活性を測定した(図4参照)。図4に示したように、何れの濃度においてもルシフェラーゼ活性すなわちウイルス感染が約70%阻害された。
【0046】
さらに、U937細胞にウイルスを感染し、ただちにフマギリン溶液を加え(10μg/ml、1μg/ml、100ng/ml、10ng/ml)、9日後にルシフェラーゼ活性を測定した(図5参照)。図5に示したように、10μg/mlの濃度でフマギリンを添加した場合はルシフェラーゼ活性すなわちウイルス感染が約85%阻害された。
【0047】
以上の結果より、本発明のVpr阻害剤はHIV−1の感染を有意に阻害することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】酵母を含む寒天培地上でVpr阻害剤候補化合物をスクリーニングする方法を模式的に示す。
【図2】図1に示した寒天培地上で、フマギリン溶液(2mg/ml)を10μl含むろ紙の周りに増殖する酵母を示す。
【図3】マクロファージに2種類のウイルスを感染させ、フマギリン溶液の添加又は無添加の条件で7日後にルシフェラーゼ活性を測定した結果である。
【図4】U937細胞にウイルスを感染させ、6日後に種々の濃度のフマギリン溶液を添加して3日後にルシフェラーゼ活性を測定した結果である。
【図5】U937細胞にウイルスを感染させ、直ちに種々の濃度のフマギリン溶液を添加して3日後にルシフェラーゼ活性を測定した結果である。
【符号の説明】
【0049】
10 寒天培地
20 ろ紙
30 酵母の生成円

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表す化合物、その製薬上許容される塩、又はその水和物を有効成分として含有することを特徴とするヒト免疫不全ウイルスVprタンパク質機能の阻害剤:

但し、R及びRは相互に独立して水素原子、若しくは−ORを示し、
但し、Rはそれぞれ置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、アルカノイル基、アルケノイル基、カルバモイル基、若しくは下記式(II)で表す置換基を示し、
−C(=O)−(CH=CH)−R (II)
但し、nは2〜5の整数であり、Rは水素原子、メチル基、若しくはカルボキシル基を示し、
又はRとRは1つになってカルボニル基を形成してもよい。
【請求項2】
前記化合物が下記式(III)で表す化合物、その幾何異性体、又はその光学異性体である請求項1に記載の阻害剤。

【請求項3】
前記化合物が下記式(IV)で表す化合物、その幾何異性体、又はその光学異性体である請求項1に記載の阻害剤。

【請求項4】
前記Vprタンパク質機能が、細胞増殖停止能である請求項1〜3の何れか一項に記載の阻害剤。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項に記載の阻害剤を単剤又は混合剤の形態で有効成分として含有することを特徴とするエイズ治療薬。
【請求項6】
ヒトさい帯静脈血管内皮細胞の増殖抑制効果を示す化合物又はその誘導体を候補化合物とし、HIV−1のVprタンパク質機能を阻害するか否かを測定することを特徴とするエイズ治療薬のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記候補化合物が、O−置換フマギロール誘導体である請求項6に記載の方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【公開番号】特開2006−321759(P2006−321759A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−147097(P2005−147097)
【出願日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】