説明

X線分光器を備えた電子顕微鏡

【課題】 コンパクトな光学系で高分解能なX線分光器を備えた電子顕微鏡を提供する。
【解決手段】 真空ポンプで排気され、不等間隔回折格子(12)が配置されるとともに、端部にX線検出器(14)が取り付けられた分光室を有するX線分光器(10)をゲートバルブ(4)を介して電子顕微鏡の側壁に取り付けたものであって、電子線が照射された試料から放出される特性X線を不等間隔回折格子面に斜めに入射させ、その回折X線をX線検出器で検出するようにしたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はX線分光器を備えた電子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、走査型電子顕微鏡(SEM)に波長分散型の分光器(WDS)を取り付け、電子顕微鏡内で電子線を試料に照射したときに発生する特性X線をWDSで検出し、X線分析を行うEPMAが知られている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
このような分光器ではX線発生点(試料)、分光結晶中心点、検出器のスリット中心点の3点をローランド円上の所定の位置に合わせる機構が必要であるとともに、ローランド円の半径が数mもあるため、大がかりな構造の光学系となってしまう。また、分光結晶への入射角(結晶面の法線に対する角度)が小さいため、検出器が電子顕微鏡の鏡筒側に近づき、全体の配置構成が難しくなってしまう。この対策として、エネルギー分散型の分光器(EDS)を電子顕微鏡と組み合わせることが考えられるが、EPMA用のWDSに比べ分解能の点が十分ではない。
【課題を解決するための手段】
【0004】
そのために本発明は、コンパクトな光学系とし、かつ高分解能なX線分光器を備えた電子顕微鏡を提供しようとするものである。
本発明は真空ポンプで排気され、不等間隔回折格子が配置されるとともに、端部にX線検出器が取り付けられた分光室を有するX線分光器をゲートバルブを介して電子顕微鏡の側壁に取り付けた電子顕微鏡であって、電子線が照射された試料から放出される特性X線を不等間隔回折格子面に斜めに入射させ、その回折X線をX線検出器で検出することを特徴とする。
また、本発明は、前記X線検出器が、CCD検出器であることを特徴とする。
また、本発明は、不等間隔回折格子で回折されるX線の出射角は、回折格子面の法線に対して77〜83度であることを特徴とする。
また、本発明は、試料から放出される特性X線をX線集光ミラーで集光して不等間隔回折格子に入射させるようにしたことを特徴とする。
また、本発明は、測定エネルギー領域の異なる複数の不等間隔回折格子を装着し、不等間隔回折格子の1つを特性X線入射位置に選択的に配置しうる回折格子交換機構を備えたことを特徴とする。
また、本発明は、特性X線入射位置に選択的にセットされた不等間隔回折格子の傾きを調整するグレーティング傾斜調整機構を備えたことを特徴とする。
また、本発明は、前記CCD検出器が、前記分光室に対してベローズを介して接続されることにより、前記回折格子に対して移動可能に設けられていることを特徴とする。
また、本発明は、前記ベローズが、伸縮方向の異なる複数のベローズを縦続に連結した構造を有し、複数のベローズの伸縮を組み合わせることによりCCD検出器位置を回折格子に対して二次元的に移動可能に設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、従来のようにローランドマウントを必要としないコンパクトな光学系で、かつ高分解能化を達成でき、特定の小試料面から価電子帯の部分状態密度を得るための、透過電子顕微鏡用軟X線分光器を作製する1段階に到達し、価電子帯の状態密度を得ることに成功した。
【0006】
また、試料からのX線を集光ミラーで集光して回折格子に入射させることにより、回折格子に入射するX線強度を増加させ、測定時間の短縮、スペクトルのS/N比を向上させることができる。
また、複数のスリットを介して回折格子にX線を入射させることにより、迷光によるバックグラウンドを低減させて、スペクトルのS/N比を向上させることができる。
また、角度の異なるベローズを組み合わせてCCDを取り付けることにより、CCD位置の上下、左右方向への微調整が可能になり、これにより組み立て誤差等によるCCD位置のずれを補正し、最適な位置への設定が可能となる。
また、グレーティング交換機構設けて、測定エネルギー領域の異なる複数の回折格子を装着することにより、真空を破らずに回折格子を交換してより広いエネルギー領域が測定可能となる。
また、グレーティング傾斜調整機構を設けることにより、組み立て誤差等による回折格子の傾きを補正し、最適なX線光学系を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明者は、高分解能エネルギー分析電子顕微鏡の開発を行ってきたが、この装置を用いると30nmφの領域の誘電関数、伝導帯状態密度分布を知ることができる。詳細な電子状態の研究のためには、伝導帯だけではなく価電子帯の状態密度分布も知る必要がある。電子顕微鏡では、電子ビームを照射している領域から発生する特性X線を用いて元素分析(エネルギー分解能は100〜200eV程度)を行っているが、この特性X線のスペクトルを1eV程度以下のエネルギー分解能で測定できれば、価電子帯状態密度分布を得ることができる。
【0008】
価電子帯の状態密度分布は蛍光X線分光法(XES)によって得られる。ところで、透過型電子顕微鏡(TEM)に取り付けられたEDSは、小試料面積からの特性X線のスペクトルを得るツールであるが、半導体検出器を用いた従来のEDSのエネルギー分解能は、約150eVであるので電子状態の研究には十分ではない。また、SEM用の従来の波長分散型X線分光計は、従来のEDSよりも高い分解能約10eVを有するが、価電子帯の状態密度を得るには十分なエネルギー分解能ではない。
【0009】
以下では、特性軟X線分光計を備えたTEMの開発と、βボロンのBKエミッションへの応用例について説明する。
【0010】
図1は本発明のX線分光器を備えた透過電子顕微鏡の例を示す図である。
TEM1の鏡筒2にはゲートバルブ4を介してX線分光器10が取り付けられている。ゲートバルブ4は分光器10とTEM1の鏡筒間に配置されて両者の真空をセパレートしている。分光室(分光器チャンバー)11内に配置された収差補正のために不等間隔の溝が形成された回折格子12と、分光室端部にベローズ13を介して配置された背面照射型のCCD検出器14により分光器10が構成されている。回折格子12は収差補正のために不等間隔で溝が形成され、このような不等間隔回折格子は、大きな入射角で入射させたとき、その回折光に対して垂直な結像面を実現できることが知られている。そこで、TEM1内で電子ビームが照射されて試料3から放出される特性X線は、回折格子面の法線に対して大きな入射角α(回折格子面にほぼ平行)で入射し、この斜め入射が回折光の焦点をローランド円上ではなく、光線にほぼ垂直な平面(CCDの面)上に作るように設計される。この回折格子の分散は通常の溝付回折格子よりも小さく、そのため固定されたCCD検出器を用いて広いエネルギー範囲を検出することができる。また、分光器チャンバー11はバルブ15、16、17を通してロータリーポンプ20と組み合わされたターボ分子ポンプ(TMP)19及びスパッタイオンポンプ(SIP)18で真空に排気されている。CCD検出器14はベローズ13を介して取り付けられて回折格子からの距離の微調整が可能になっており、CCDコントローラ21で制御されて検出された信号はデータ処理装置22に転送されてデータ処理され、モニタ23にそのスペクトルが表示される。
【0011】
本実施例の回折格子は、1200本/mmの溝を有し、光線方向に沿って一方から他方へ徐々に間隔が変えられ、半径6549mmの凹面を有し、幅(光線方向に直角)30mm、長さ(光線方向)50mmで金の表面処理を施している。そして、回折格子面の法線に対して入射角αが87度、出射角βが77〜83度、腕の長さ(試料から回折格子照射点と回折格子からCCDまでの距離)は237mm、235mmである。また、背面照射型CCDは1100×330ピクセル、サイズ26.4×7.9mm2 、1画素サイズ24μm×24μm(出射角77〜83°に対応する分解能)である。
【0012】
CCD検出器にフォーカスされたスポットサイズは、試料上の電子ビームのサイズと、回折格子の収差による広がりの重畳である。試料上にフォーカスされた電子ビームのサイズは、実験ではほぼ500nmであり、回折格子の収差によるスポットの広がりは、248eVで40μm、124eVで20μmとの評価がすでに報告されており、約185eVのBKエミッションエネルギーに対する広がりはほぼ30μmと考えられる。したがって、CCD検出器のスポットサイズは主として収差によって決定されることになる。回折格子のエネルギー分散は、式
λ=σ(sinα+sinβ)
(λは波長、σは溝間隔、αとβは入射角と回折角)
により、画素サイズ当たり約0.3eVと評価される。したがって、BKエミッションスペクトルのエネルギー分解能は、約0.6eV(0.3eV×2画素)と評価される。
【0013】
図2は600nm径の単結晶試料面からプローブ電流約70nAで得られたβボロンのBKエミッションスペクトルで、検出時間は約1時間である。水平軸はCCD検出器のチャンネル数を表している。スペクトルは、それぞれ矢印と垂直線で示された1つのピークと、2つの肩部を示している。ピークのエネルギーは、すでに報告されている回折分光器によるスペクトルを参照すると、185eV、ピークの幅は約10eVである。図2から本発明の装置は高エネルギー分解能で、S/N比が優れていることが分かる。
【0014】
次に、機能を拡充したX線分光器を備えた透過型電子顕微鏡用の例について図3〜図6により説明する。
図3は本発明の透過型電子顕微鏡の他の例を説明する概念図である。
TEMの鏡筒2にはゲートバルブ4を介してX線分光器が取り付けられているが、この例では試料3から放出されるX線を、後述するX線集光ミラー30で集光する。X線集光ミラー30で集光させることにより、回折格子に入射するX線強度を増加させて測定時間の短縮、スペクトルのS/N比を向上させることができる。集光したX線はゲートバルブの前後に配置されたスリット31、32を通して分光器チャンバー11に配置された不等間隔回折格子12に入射させる。不等間隔回折格子12に対してもX線入射スリット33が配置され、これら複数のスリット31、32、33により、迷光によるバックグラウンドを低減させて、スペクトルのS/N比を向上させる。
【0015】
不等間隔回折格子12は、後述するグレーティング交換機構40に取り付けられる。グレーティング交換機構40は測定エネルギー領域の異なる複数の不等間隔回折格子を装着するためのもので、不等間隔回折格子の1つがX線入射位置にセットされてX線を回折する。X線入射位置にセットされた回折格子は、グレーティング傾斜調整機構50によりその傾きが調整される。
【0016】
回折X線を検出するCCD検出器14は、分光器チャンバー端部にベローズ13を介して配置されるが、この例においてはベローズ13に対して傾斜した角度の異なるベローズ34を前段として縦続に連結し、両方のベローズの伸縮を組み合わせてCCD検出器位置の上下、左右方向の微調整を行うようにする。上記したように、不等間隔回折格子は大きな入射角で入射させたとき、その回折光に対して垂直な結像面を実現できるので、その結像面にCCD検出器の受光面を合わせるようにする必要があり、そのため両方のベローズを用いて受光面の位置、方向を調整する。これにより、例えば組み立て誤差によるCCD位置のずれを補正することができ、最適な位置への設定が可能となる。このとき、グレーティング傾斜調整機構50の調整も組み合わせることにより、CCD検出器への回折光の入射を最適化することができる。
【0017】
図4はX線集光ミラーを説明する図である。
X線集光ミラーは2枚を向き合わせて1組とし、それぞれのミラーの向き合う面は紙面垂直方向に平坦で、紙面平行方向ではミラーへのX線の入射角を小さくするように曲面を描き、且つミラーの間隔は、試料側が狭く回折格子側が広くなるようにされている。
試料から発生するX線は全立体角方向へ放射され、図のX1、X2(試料と回折格子端部を結ぶ直線)内の範囲はミラーを用いない場合に回折格子に入射するX線を表している。そして、集光ミラーを設定することで、図のX1とX3、X2とX4(X3、X4は試料とミラー手前側端部を結ぶ直線)の間の範囲のX線も集光させて回折格子に入射するようになり、回折格子に入射するX線強度を増加(X線検出立体角を増加)させ、これにより測定時間の短縮、スペクトルのS/N比を向上させることができる。
【0018】
図5はグレーティング交換機構を説明する図である。
図5(a)は垂直面内で回転できる回転台41に測定エネルギー領域の異なる不等間隔回折格子I、II、IIIを固定するようにしたもので、回転台の回転角を外部から調整できるようにして、真空を破らずに回折格子を交換して入射スリット33の位置にセットできるようにする。勿論、水平面内で回転する回転台を用いるようにしてもよい。
【0019】
図5(b)は水平移動台42に測定エネルギー領域の異なる不等間隔回折格子I、II、IIIを固定するようにしたもので、水平移動台42の位置を外部から調整できるようにして、真空を破らずに回折格子を交換して入射スリット33の位置にセットできるようにする。
このように測定エネルギー領域の異なる3個の不等間隔回折格子I、II、IIIを交換することにより、より広いエネルギー領域60−1200eVが測定できるようになった。なお、さらに測定するエネルギー領域の異なる不等間隔回折格子を数多く取り付けることにより、真空を破らずに回折格子を交換してより広いエネルギー領域が測定可能となる。
【0020】
図6はグレーティング傾斜調整機構を説明する図である。
この例では図5(a)に示した回転台を用いるグレーティング交換機構において、入射スリット位置にセットされた回折格子の傾斜を補正している。すなわち、直線導入器51は回転することによりロッドが上下に動くように構成され、ロッド先端で回折格子の片側の高さを調整できるようにする。このようにして、組み立て誤差等による回折格子の傾きを補正し、最適なX線光学系を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】X線分光器を備えた透過電子顕微鏡の例を示す図である。
【図2】βボロンのBKエミッションスペクトルを示す図である。
【図3】本発明の透過型電子顕微鏡の他の例を説明する概念図である。
【図4】X線集光ミラーを説明する図である。
【図5】グレーティング交換機構を説明する図である。
【図6】グレーティング傾斜調整機構を説明する図である。
【符号の説明】
【0022】
1…透過型電子顕微鏡、2…鏡筒、3…試料、4…ゲートバルブ、10…分光器、11…分光器チャンバー、12…回折格子、13…ベローズ、14…CCD検出器、15、16、17…バルブ、18…スパッタイオンポンプ(SIP)、19…ターボ分子ポンプ(TMP)、20…ロータリーポンプ、21…CCDコントローラ、22…データ処理装置、23…モニタ、30…X線集光ミラー、31、32、33…スリット、34…ベローズ、40…グレーティング交換機構、50…グレーティング傾斜調整機構。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空ポンプで排気され、不等間隔回折格子が配置されるとともに、端部にX線検出器が取り付けられた分光室を有するX線分光器をゲートバルブを介して電子顕微鏡の側壁に取り付けた電子顕微鏡であって、電子線が照射された試料から放出される特性X線を不等間隔回折格子面に斜めに入射させ、その回折X線をX線検出器で検出することを特徴とするX線分光器を備えた電子顕微鏡。
【請求項2】
前記X線検出器は、CCD検出器であることを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項3】
不等間隔回折格子で回折されるX線の出射角は、回折格子面の法線に対して77〜83度であることを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項4】
試料から放出される特性X線をX線集光ミラーで集光して不等間隔回折格子に入射させるようにしたことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項5】
測定エネルギー領域の異なる複数の不等間隔回折格子を装着し、不等間隔回折格子の1つを特性X線入射位置に選択的に配置しうる回折格子交換機構を備えたことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項6】
特性X線入射位置に選択的にセットされた不等間隔回折格子の傾きを調整するグレーティング傾斜調整機構を備えたことを特徴とする請求項5記載の電子顕微鏡。
【請求項7】
前記CCD検出器は、前記分光室に対してベローズを介して接続されることにより、前記回折格子に対して移動可能に設けられていることを特徴とする請求項2記載の電子顕微鏡。
【請求項8】
前記ベローズは、伸縮方向の異なる複数のベローズを縦続に連結した構造を有し、複数のベローズの伸縮を組み合わせることによりCCD検出器位置を回折格子に対して二次元的に移動可能に設けられていることを特徴とする請求項7記載の電子顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−273477(P2007−273477A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−118838(P2007−118838)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【分割の表示】特願2001−326066(P2001−326066)の分割
【原出願日】平成13年10月24日(2001.10.24)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【出願人】(501081122)
【Fターム(参考)】