説明

糸の改質方法

【課題】 本発明は、電子線照射を行うことによって、大量の糸に安定したグラフト重合反応を発現させ、生産性に優れた糸の改質方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明者らは、電子線を照射する糸の形態をシート状ではなく、チーズを形成した状態の糸に電子線を照射し、チーズの形状のままグラフト重合反応を発現させることにより、生産性に優れ安定した糸の改質方法とすることが可能となることを見出し本発明に到達した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸に電子線を照射し、グラフト重合反応によって、糸の改質をおこなう技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糸の改質をおこなう技術は、古くから多く提案されており、その中の一方法としてグラフト重合反応を起こさせる方法がある。グラフト重合法にも多くの方法があり、特許文献1では、合成繊維糸条をシート状にして電子線照射域に供給し、その直後にビニル系モノマーと連続的に接触せしめてグラフト重合を行うことを特徴とする合成繊維糸条の改質方法を開示している。(前照射法)
【0003】
また、特許文献2では、繊維布帛、紙やフィルムなどのシート状基材または、繊維状の基材に対して、ラジカル重合性化合物溶液を付与し、その両面全体をフィルムで挟み、圧力調整可能なニップロールで密着した後、電子線を照射し、さらに重合機構部で重合反応を促進させることを特徴とするグラフト化基材製造装置を、開示している。(同時照射法)
【特許文献1】特開平5−230765号公報
【特許文献2】特開2005−60894号公報
【0004】
しかしながら、これらの技術を、糸に当てはめた場合、いずれも糸をシート状の形態にしてから、電子線照射をおこなうことから、準備に多くの時間と費用を要するものであった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかる技術的背景に鑑みてなされたものであって、電子線照射によって、大量の糸に安定したグラフト重合反応を発現させ、生産性に優れた糸の改質方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、このような課題を解決するために鋭意検討の結果、電子線を照射する糸の形態をシート状ではなく、チーズを形成してから電子線を照射し、チーズ形状のままグラフト重合反応を発現させることにより、生産性に優れた糸の改質方法とすることが可能となることを見出し本発明に到達した。前記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
【0007】
[1]チーズに巻かれた糸に電子線照射を行い、糸の少なくとも一部にグラフト重合を行い、ラジカル重合性化合物を固着することを特徴とする糸の改質方法。
【0008】
[2]糸をラジカル重合性化合物で処理する工程と、前記処理した糸をチーズボビンに巻きつけてチーズを形成する工程と、前記チーズに巻かれた糸に電子線照射を行う工程と、加熱する工程と、最終工程として糸を洗浄・乾燥する工程とを含み、前記糸の少なくとも一部にグラフト重合を行い、ラジカル重合性化合物を固着することを特徴とする糸の改質方法。
【0009】
[3]糸をチーズボビンに巻きつけてチーズを形成する工程と、前記チーズに巻かれた糸に電子線照射を行う工程と、前記電子線照射をおこなった糸にラジカル重合性化合物で処理する工程と、加熱する工程と、最終工程として糸を洗浄・乾燥する工程とを含み、前記糸の少なくとも一部にグラフト重合を行い、ラジカル重合性化合物を固着することを特徴とする糸の改質方法。
【0010】
[4]前記電子線照射を行ってからグラフト重合が完了するまでの工程は、不活性雰囲気で行うことを特徴とする請求項1乃至3に記載の糸の改質方法。
【発明の効果】
【0011】
[1]の発明では、チーズに巻かれた糸に電子線照射を行うので、チーズ状の糸層の表面から芯部の糸にまで電子線が透過して照射され、糸の表層から内層に到るまで活性種を生成し、ラジカル重合性化合物との間でグラフト重合を行うことができるので、大量の糸を短時間で加工することができる。
【0012】
[2]の発明では、糸をラジカル重合性化合物で処理してから、前記糸をチーズボビンに巻きつけてチーズを形成するので、均一にラジカル重合性化合物で処理した糸がチーズに巻かれる。その後、チーズに巻かれた糸に電子線照射を行うので、チーズ状の糸層の表面から芯部の糸にまで活性種が作られるのと同時にグラフト重合が始まり、グラフトむらの少ない糸の改質方法とすることができる。(同時照射)
また、加熱する工程を含んでいるのでグラフト重合が促進され、最終工程として糸を洗浄・乾燥する工程とを含んでいるので、繊維表面に付着している余分なラジカル重合性化合物や生成物が取り除かれて、繊維が本来持っている風合いが維持される。
【0013】
[3]の発明では、糸をチーズにして電子線照射を行うので、チーズ状の糸層の表面から芯部の糸にまで活性種が糸の表面や内部に作成され、その後ラジカル重合性化合物で処理するので、ラジカル重合性化合物との間でグラフト重合を行い、ラジカル重合性化合物を、チーズを形成する糸に強固に固着することができる。(前照射)さらに、前記電子線照射のおこなわれたチーズを加熱する工程を含んでいるので、糸の繊維内部へのグラフト重合が進み、高いグラフト率の糸とすることができる。さらに、最終工程に糸を洗浄・乾燥する工程を含んでいるので、繊維表面に付着している余分なラジカル重合性化合物や生成物が取り除かれて、繊維が本来持っている風合いが維持される。
【0014】
[4]の発明では、電子線照射を行ってからグラフト重合が完了するまでの工程は、不活性雰囲気で行うことで、電子線照射によって生成した活性種の失活が起こりにくくなり、また、活性種の揮散が防がれてラジカル重合性化合物との間でグラフト重合を行うことができ、高いグラフト率の糸とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明に係る糸の改質方法は、チーズに巻かれた糸に電子線照射を行い、糸の少なくとも一部にグラフト重合を行い、ラジカル重合性化合物を固着することを特徴とする。
【0016】
チーズに巻く糸としては、特に限定しないが、電子線照射の透過距離がチーズに巻かれた糸の見かけ比重に関係することから、チーズへの巻き方は、一般にソフト巻きといわれる柔らかな巻き方が好ましい。チーズ密度としては0.4〜0.6g/mが好ましく、0.6g/mを超えると電子線照射の透過距離が少なくなり、チーズに巻く糸量を少なくしなければならず非効率となる。また、0.4g/mを下回っても、チーズの体積ばかり大きくなって、糸の加工には非効率となる。
【0017】
チーズに巻くとき、チーズボビンに巻きつけてチーズを形成するが、チーズボビンは、チーズ染色を行うときに使用する公知のものでよく、チーズボビンの内側から巻かれた糸層内を、処理液や水、乾燥気体等がチーズの表層の糸まで均一に通過し、あるいはチーズボビンに巻かれた糸層の外側からチーズボビンの内側に処理液や水、乾燥気体等が通過する構造のものであればよい。
【0018】
また、電子線照射装置の加速電圧によっても電子線照射の透過距離は変わり、透過物の厚みに応じて加速電圧を適宜決めればよい。また、電子線の照射量は、目的とする糸の性能や照射による糸物性の低下を考慮して適宜決めればよいが、10〜300kGyの範囲が好ましい。照射量が10kGy未満ではグラフト重合に必要な量の活性種が得られなく、300kGyを超えると繊維主鎖の切断が起こり、糸物性の低下を来たし好ましくない。電子線照射を行うときには、不活性雰囲気で行うことが好ましい。不活性雰囲気とは、電子線照射によって発現した活性種が失活したり、揮散しないような状況下をいい、フィルムで密閉したり容器に入れ可能な限り空気を抜いて酸素濃度を低くして行ったり、窒素雰囲気で行ったり、また、電子線照射後に時間をおいてグラフト重合させる場合には、ドライアイスを封入して行うと好ましい結果が得られる。
【0019】
本発明は、糸に電子線照射を行い、活性種を発現させラジカル重合性化合物とグラフト重合させるもので、ラジカル重合性化合物としてはビニル系モノマーが好適で、例えばアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、メタクリルスルホン酸、スチレンスルホン酸等の酸性基を有する不飽和化合物やこれらのエステル、アクリルアミド、メタクリルアミドなどの不飽和カルボン酸アミド、末端にグリシジル基や水酸基を有する不飽和化合物、ビニルホスフェート等の不飽和有機燐酸エステル、第4、第3アンモニウム塩などの塩酸基を有する(メタ)アクリル酸エステル、フルオロアクリレート、アクリロニトリル等を挙げることができる。また、これらを単独あるいは混合して用いることもできる。例えば、糸に難燃性を付与する場合、リン原子を含有しかつラジカル重合性基を含有する構造を有するものであればよく、一般式(化1)で表されるビニルホスフェート化合物が好ましく使用される。
【0020】
【化1】

【0021】
ビニル系モノマーを選択することにより、吸水性、制電性、防汚性、抗菌性、難燃性、吸湿性等の様々な性能を糸に付与することができる。
【0022】
糸をラジカル重合性化合物で処理する工程としては、前記ラジカル重合性化合物を水や低級アルコール等の溶媒に希釈した溶液に糸を浸漬したりローラー等でコーティングする場合と、チーズ巻かれた状態で電子線照射した糸層に前記ラジカル重合性化合物希釈溶液を循環させてグラフト重合させる場合がある。希釈溶液のラジカル重合性化合物の濃度は、設定するグラフト率により変わるが、1〜70容量%でよい。また、ラジカル重合性化合物の塗布量としては、前者の場合でも後者の場合でも、糸の0.5〜50重量%であればよい。
【0023】
また、加熱する工程としては、電子線照射の前に加熱する工程と、電子線照射の後に加熱する工程があり、前者は糸に塗布したラジカル重合性化合物を糸に固着させ、後者はグラフト重合を促進させるものである。加熱する温度としては、80〜150℃、5〜30分間程度、加熱すればよい。80℃未満では、重合速度が遅く、十分なグラフト率を得ることができない。また、150℃を超えた温度では、グラフト鎖同士の結合により重合の停止反応が起こり好ましくない。
【0024】
本発明において、糸をチーズボビンに巻きつけたチーズ状の糸を処理する場合は、反応室1(容器)に入れて行う。(図1参照)チーズ形状のまま加熱したり、電子線照射をおこなったチーズ状の糸をラジカル重合性化合物で処理したり、糸を洗浄・乾燥する工程に反応室1(容器)を使う。反応室1は、機密状態を保てるようになっており、例えば、図1のように、反応室1(容器)と、チーズ台4と、真空ポンプ5と、ラジカル重合性化合物溶液の加熱循環装置6とバルブ7、8とからなる装置が挙げられる。電子線照射されたチーズ状の糸3を照射後直ちにチーズ台4にセットし、反応室1を気密状態にして、真空ポンプ5で中の空気を抜きとって減圧した後、ラジカル重合性化合物の溶液のタンク6から、図に示す矢印のように、ラジカル重合性化合物溶液を外側から内側(または内側から外側)に抜けるように流すと、糸の表面領域で電子線照射によって発現した活性種とラジカル重合性化合物が反応してグラフト重合が始まり、糸の表層にグラフト層が生成される。さらに、加熱することによりフィラメント表層に生成したグラフト層に未反応のラジカル重合性化合物が拡散浸透し、グラフト層は繊維内部に進行し、グラフト層の厚みを増加することができる。
【0025】
また、反応室1(容器)内は、空気を抜きとって、窒素を充填し、窒素雰囲気下で活性種とラジカル重合性化合物のグラフト重合をさせてもよい。
【0026】
次に、このようにして得られたグラフト重合の完了したチーズ状の糸を、反応室1(容器)内でチーズ形状のまま乾燥した後、水洗して残存する余分なラジカル重合性化合物や生成物を取り除く。さらにそのまま乾燥処理することによって、チーズ形状のままで、大量のグラフト糸を短時間で製造することができる。
【実施例】
【0027】
次に、この発明の具体的な実施例について説明するが、本発明はこれら実施例のものに特に限定されるものではない。
【0028】
<実施例1>
165デシテックス/48fポリエステルマルチフィラメント糸(原着)の表面に水性のラジカル重合性化合物の処理液(ビニルホスフェート化合物(PAM−4000ローディア日華株式会社製)をアセトンに10容量%で希釈)をロールコーターを用いて塗布し、チーズボビンに巻き、厚さ5cmに巻き上げて、図1の反応室1(容器)に入れ、90℃、20分間で加熱空気を反応室内に循環させて乾燥した。次に該チーズボビンに巻かれた糸を反応室1からとりだし、電子線照射装置により窒素ガス雰囲気下で、チーズの上面側から電子線照射(40KGy)し、さらに反転して下面側からも照射しチーズ全体に照射量が均一になるように照射した。次に再び反応室1(容器)に入れ、空気を抜いて、120℃、20分間の加熱処理を行なった。続いて水洗して余分なラジカル重合性化合物や生成物を取り除き、そのまま乾燥処理することによって、チーズ形状のままで、難燃処理された大量のグラフト糸を得ることができた。
【0029】
次に、このチーズから糸を引き出して、チーズの巻径が5mm減少するごとに、糸を採取し、筒編みを行って生地を作成し、FMVSS 302の燃焼試験を実施し、いずれも自己消火性の糸と判定され難燃性能に優れたものであった。また、ポリエステルマルチフィラメント糸の色については、やや黒くグレーがかって見えるものの、基の色もしっかりと残り、深みのある色彩になっており、実用上問題のないものであった。糸の柔らかさについても、処理前の糸と比較しても全く問題のないものであった。
【0030】
<実施例2>
165デシテックス/48fポリエステルマルチフィラメント糸(原着)を、チーズボビンに巻き、厚さ5cmに巻き上げてから、電子線照射装置により窒素ガス雰囲気下で、チーズの上面側から電子線照射(40KGy)し、さらに反転して下面側からも照射しチーズ全体に照射量が均一になるように照射した後、水性のラジカル重合性化合物の処理液(ビニルホスフェート化合物(PAM−4000ローディア日華株式会社製)をアセトンに10容量%で希釈)に浸漬し直ちに、図1の反応室1(容器)に入れ、空気を抜いた状態で、90℃、20分間加熱して反応させた。続いて水洗して余分なラジカル重合性化合物や生成物を取り除き、そのまま乾燥処理することによって、チーズ形状のままで、難燃処理された大量のグラフト糸を得ることができた。実施例1と同様に燃焼試験を実施ししたところ、燃焼はするが、燃焼距離が50mm以下であり、自己消火性の糸と判定され、難燃性能に優れたものであった。また、糸の色についても実施例1と同様に問題なく、柔らかさについても、良好な風合いのままの糸であった。
【0031】
<実施例3>
実施例1において、ラジカル重合性化合物の処理液としてPFEA(2−ペルフルオロオクチルエチルアクリレート 京都和光純薬株式会社製)をアセトンに10容量%で希釈)した以外は、実施例1と同様にして撥水糸を得た。こうして得られた撥水糸を筒編機にかけ、編んだ布帛にイソプロピルアルコール液100%を滴下し観察したが、良好な撥水性を確認することができた。また、洗濯を5回繰り返し撥水性を確認したが、撥水性能の低下はなかった。
【0032】
<比較例1>
実施例1において、90℃、20分間の加熱処理を行わないで、反応室1の空気を抜いて、そのまま常温で20分間保持した以外は実施例1と同様にした。加熱処理していないのでグラフト重合がすすまず、難燃性能に優れた糸とはならなかった。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明に係る糸をチーズボビンに巻きつけてチーズを形成した糸に、加熱、洗浄、乾燥等を行う反応室(反応容器)の一実施形態を示す概略図である。
【符号の説明】
【0034】
1・・・反応室(反応容器)
2・・・チーズボビン
3・・・チーズ(糸層)
4・・・チーズ台
5・・・真空ポンプ
6・・・加熱循環装置
7・・・バルブ
8・・・バルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チーズに巻かれた糸に電子線照射を行い、糸の少なくとも一部にグラフト重合を行い、ラジカル重合性化合物を固着することを特徴とする糸の改質方法。
【請求項2】
糸をラジカル重合性化合物で処理する工程と、前記処理した糸をチーズボビンに巻きつけてチーズを形成する工程と、前記チーズに巻かれた糸に電子線照射を行う工程と、加熱する工程と、最終工程として糸を洗浄・乾燥する工程とを含み、前記糸の少なくとも一部にグラフト重合を行い、ラジカル重合性化合物を固着することを特徴とする糸の改質方法。
【請求項3】
糸をチーズボビンに巻きつけてチーズを形成する工程と、前記チーズに巻かれた糸に電子線照射を行う工程と、前記電子線照射をおこなった糸にラジカル重合性化合物で処理する工程と、加熱する工程と、最終工程として糸を洗浄・乾燥する工程とを含み、前記糸の少なくとも一部にグラフト重合を行い、ラジカル重合性化合物を固着することを特徴とする糸の改質方法。
【請求項4】
前記電子線照射を行ってからグラフト重合が完了するまでの工程は、不活性雰囲気で行うことを特徴とする請求項1乃至3に記載の糸の改質方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−144296(P2010−144296A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−324186(P2008−324186)
【出願日】平成20年12月19日(2008.12.19)
【出願人】(390014487)住江織物株式会社 (294)
【Fターム(参考)】