説明

がん関連遺伝子活性化能を有するペプチド

【課題】ヒトがん細胞由来のがん関連遺伝子活性化能を有する因子を見出し、これを用いて、がん患者およびがん細胞の悪性度評価ならびに正常人のがん化傾向度測定するための診断手段を提供する。
【解決手段】ヒト扁平上皮がん細胞膜表面から、がん関連遺伝子活性化能を有するペプチドを得るとともに、該ペプチドあるいはその部分アミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを合成し、これらを、がん患者およびがん細胞の悪性度評価および正常人のがん化傾向度測定を行うためのがん診断剤とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトがん細胞膜表面由来のがん関連遺伝子活性化能を有するペプチド、該ペプチドをコードするポリヌクレオチドからなるガンの悪性度あるいはガン化傾向度を診断するための診断剤、及び上記ペプチドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは細胞の一部が異常増殖を始めることを起点として発生する疾患で、周囲の正常細胞に浸潤して増殖を続け、正常な機能を破壊し、また、細胞の一部は身体の他の離れた場所に転移して広がり、正常細胞機能の喪失かつ各種臓器の機能低下をもたらし、結果的に患者を死に至らしめる疾患である。正常細胞は増殖しても固体物質に接触すると増殖を停止する(接触阻止:contact inhibition)が、がん化した細胞ではその性質が失われ、宿主の生命が続く限り、宿主個体内で増殖を続ける。体外に摘出した細胞の内、株化樹立できものは無限の増殖を繰り返す能力を有する。がんは広義に、遺伝子の突然変異、特に細胞増殖を制御する正負の遺伝子の変異によって、増殖に歯止めがかからない状態とされている。発がん、増殖機構等に関与する遺伝子や、これらに関連するペプチド或いは蛋白については、これまで多くの研究が進められている(特許文献1,2参照)。
【0003】
ヒトがん細胞膜表面由来のペプチド或いは蛋白のうち、特にHLA結合型ペプチドは、がん抗原と考えられ、免疫担当細胞にその抗原、なかんずく免疫原として作用しうるものと一般的には考えられている。一方、がん細胞や、担がん生体由来のマクロファージなどの免疫担当細胞由来の蛋白、糖蛋白等には、IAP(immunosuppressive acidic protein)等のようにがん細胞の破壊を阻止する免疫抑制作用を有するものも広く知られ、免疫抑制の程度を測定する目的で臨床的に使用されている。
【0004】
従来がん細胞の増殖は、がん化した細胞の自己分裂のみに起因するメカニズムにより進行すると考えられてきた。しかしながら、がんの増殖の速度は一律ではなく、ある時点で急激にがんが進行するといった現象は、従来の考え方のみでは充分に説明できなかった。
【0005】
【特許文献1】特表2003−517306号公報
【特許文献2】特開2000−217585号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記したような、ある時点で急激にがんが進行するといった現象を考察すると、がん細胞ががん細胞周辺の正常細胞に作用し、正常細胞のがん関連遺伝子を活性化して、がんの増殖を一層促進させる因子を細胞外に放出している可能性があり、この因子を発見できれば、ガン進行のメカニズムのみならず、さらなる有用薬剤が提供できることになる。
すなわち、本発明の課題は、がん細胞周辺の正常細胞に作用し、正常細胞のがん関連遺伝子を活性化してがんの増殖を促進する機能を有する因子とその対応する遺伝子を見出して、その正常細胞におけるがん関連遺伝子の活性化機能を実証し、さらに、この因子とその対応する遺伝子の有用な用途を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、高転移性能を有するヒト扁平上皮がん細胞UTC−8を培養し、該培養細胞から抽出したペプチド及びその対応遺伝子を見出すとともに、該ペプチドが、がん細胞周辺の正常細胞に作用し、正常細胞のがん関連遺伝子を活性化してがんの増殖を促進する機能を有することを実証し、また、上記ペプチド対応遺伝子とハイブリダイズ可能なポリヌクレオチドは、ガンの悪性化度を診断する診断薬、及びこれまでの臨床検査項目にはなかったがん化傾向度(がんへの成り易さ:がん化危険度)を測定するための診断薬になりうることを見出して、本発明を完成するに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は以下(1)〜(5)に示されるとおりのものである。
(1) ヒト扁平上皮がん細胞膜表面由来のペプチドであって、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するか、あるいは該アミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有し、ガン関連遺伝子の活性化能を有するペプチドからなる、ガン化傾向あるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤。
(2) 上記(1)に記載のペプチドに対する抗体からなる、ガン化傾向あるいはガンの悪性度を判定するための診断剤。
(3) 上記(1)に記載のペプチドのアミノ酸配列において、連続して少なくとも3個以上のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有する、ポリヌクレオチド。
(4) 上記(1)又は(2)に記載のペプチドと上記(3)に記載のポリヌクレオチドとを組み合わせてなることを特徴とする、ガン化傾向あるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤キット。
(5) さらに、以下の遺伝子を、マーカー遺伝子として少なくとも1種以上組み合わせてなる、上記(4)に記載の診断剤キット。
1) Ras oncogene family,
2) v-crk avian sarcoma virus CT10 oncogene homolog-like lactate dehydrogenase B,
3) Placental growth factor,
4) Interleukin 8,
5) MAS1, activator of S phase kinase,
6) v-raf murine sarcoma viral oncogene homolog B1,
7) colony stimulating factor 1 receptor, formerly McDonough feline sarcoma viral(v-fms) oncogene homolog
8) v-rel, reticuloendotheliosis viral oncogene homolog B, nuclear factor of kappa light polypeptide gene enhancer in B-cells 3(avian)
9) v-src, sarcoma(Schmidt-Ruppin A-2) viral oncogene homolog(avian)
10) GRO1,
11) Hepatoma-derived growth factor,
12) Vascular endothelial growth factor,
13) Bone morphogenic protein 3,
14) Squamous cell carcinoma antigen recognized by T cell,
15) Interleukin 1, beta,
16) Conserved gene amplified in osteosarcoma,
17) Lymphoid blast crisis oncogene
【発明の効果】
【0009】
本発明のペプチドは、ヒト扁平上皮がん細胞膜表面由来のもので、特に、ヒト正常細胞における、がん関連遺伝子の活性化能を有する点で極めて画期的なものである。本発明のペプチドに対する細胞、組織の感受性は、正常細胞のがん化あるいはがんの進行を予想するための指標となり、ガン化傾向あるいはガンの悪性度を判定するための有用な診断剤となる。また、このことは、同時にガン細胞の異常増殖が、がん細胞自体の能力のみによりもたらされるものではなく、正常細胞における様々ながん関連遺伝子の活性化を伴う相互作用によることを強く示唆するものであり、全く新しいがんの増殖メカニズムを提示するものでもある。
したがって、本発明によれば、がんの診断、治療の研究開発に極めて大きな貢献をするものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のペプチドは、以下のアミノ酸配列を有し、ヒトがん関連遺伝子を活性化する機能を有する。
Gln-Pro-Gln-Phe-Gly-Arg-Arg-Met-Glu-Ser-Lys(配列番号1)
また、本発明においては、上記アミノ酸配列(配列番号1)に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列であっても、がん関連遺伝子を活性化する機能を有するペプチドであれば、これらペプチドも包含する。
上記がん関連遺伝子とは、がん遺伝子のみならず免疫系遺伝子を含み、がん関連遺伝子の活性化とは、がん遺伝子の活性化、がん抑制遺伝子の不活化及び/又は免疫系遺伝子たとえば、細胞性免疫機構かつ/または液性免疫機構の活性化あるいは抑制をとおして、結果的に、ガン化あるいはガンの増殖を促進させる遺伝子をいう。
【0011】
上記配列番号1のペプチドは、ヒト扁平上皮がん細胞UTC−8(独立行政法人産業技術総合研究所、特許生物寄託センターに寄託番号:FERM BP−08611として寄託済)を培養し、細胞膜表面からpH3.3〜pH3.4のクエン酸リン酸緩衝液で抽出することによって得られる、ヒト扁平上皮がん細胞の細胞表面由来のペプチドである。
さらに具体的には、配列番号1のペプチドは、上記pH3.3〜pH3.4のクエン酸リン酸緩衝液による抽出後、さらに該抽出物をpH6.8〜pH7.2のクエン酸―リン酸緩衝液を溶出液として、カラム流速0.1ml〜0.28ml/minでゲル濾過を行い、検出波長214nmにおけるピークを分取することにより得られる。
本発明の配列番号1のペプチドは214nmの検出波長でのみそのピークを分離検出可能である点で特異的である。これ以外の通常のペプチド検出波長である254−257nmあるいは280nmでは本ペプチドのピークは検出できない。
【0012】
また、本発明のペプチドは、上記した抽出法のみではなく、そのアミノ酸配列から、周知の一般的なペプチドを化学合成することによっても得ることができる。すなわち、ペプチドを化学合成するには、カルボキシル基と側鎖の反応性基(官能基;functional group)に保護基を付けたアミノ酸誘導体と、アミノ基と側鎖の官能基を保護したアミノ酸誘導体とを、カルボジイミドなどを用いて縮合させ、その後にアミノ基の保護基を外して次の保護アミノ酸を結合させる方法がとられる。この反応を行うには液相法と固相法があるが、かなり大量に合成する以外はもっぱら固相法が用いられる。特にアミノ酸配列依存の抗原決定基の同定のために開発された方法があり、この場合セルロース膜あるいはプラスチック製ピンの先端を化学処理し、先端にアミノ基をつけたスペーサーアームが用いられている。後者は96穴のプレートに入れた反応溶液を順次反応させてペプチド鎖を伸長させる方法;マルチピンペプチド合成法と呼ばれる。
【0013】
また、他の方法として、本発明のペプチドをコードするDNAをDNA合成機により化学合成し、適当な発現ベクターに連結して組み換えベクターを作成し、これを例えば大腸菌等の宿主に導入し、該宿主を培養することにより、培養物中から本発明のペプチドを採取しても良い。
【0014】
本発明のペプチドはそれ自体有用であり、本発明の該ペプチドは、例えば正常細胞、組織のガン化傾向(がんへの成り易さ:がん化危険度)の判定、ガンか否かが不明である場合の判定、あるいはガンの悪性化度の判定等を行うための診断薬として用いられる。
上記の各種判定は、本発明のペプチドを手術切除試料あるいは試験穿刺試料として採取したヒト細胞、組織に接触させ、この接触により、がん関連遺伝子の検出あるいはその発現程度、若しくは遺伝子の発現パターンの変化等をみることにより行う。本発明のペプチドに対する細胞、組織の感受性は、例えば、正常組織、細胞のガン化傾向(がんへの成り易さ:がん化危険度)あるいはガンの悪性化度を反映する。
なお、すでにガン化した細胞、組織のがん悪性度を判定する場合においては、本発明のペプチドを細胞、組織に接触させることなく、本発明のペプチド遺伝子の発現量を測定することのみでも可能であるが、より高感度で測定するには、本発明のペプチドと接触させることが望ましい。
また、以下の診断法1、2において明らかなように、本発明のペプチドのアミノ酸配列において、少なくとも連続して3個以上のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド(DNA、RNA)も、正常細胞、組織のガン化傾向(がんへの成り易さ:がん化危険度)の判定、ガンか否かが不明である場合の判定、あるいはガンの悪性化度の判定等を行うための診断薬として用いられる。このようなDNAは、本発明のペプチドと組み合わせて診断薬キットとして用いることが望ましい。
【0015】
以下に本発明のペプチドを使用する診断法について説明する。
〔診断法1〕
まず、診断対象者等から採取した細胞、組織等の試料を本ペプチドと接触させて一定時間培養する。用いられる試料としては、例えば、化学物質あるいは放射能汚染地域の住民、あるいは喫煙者等の将来のガン発症が疑われる者の細胞、組織、前ガン状態を疑い得るポリープ等の組織、細胞、ガン細胞周辺の組織、細胞、ガンが転移する恐れのある部位の細胞、組織、あるいは末梢血等である。
現在は正常組織、細胞であっても、ガン化傾向があれば、遺伝子の発現パターンに変化をもたらし、本発明のペプチド遺伝子が検出され、あるいはその発現量を増大させる。また、ガンの悪性度が高い場合には、該遺伝子の発現量は、さらに高くなる。したがって、該遺伝子の検出あるいはその発現程度をみることにより、ガン化傾向あるいはガン悪性度を判定できる。
この診断法においては、上記細胞、組織に本ペプチドを接触させた後、該組織、細胞からtotalmRNAを抽出し、該mRNAを鋳型としてRT−PCR法によりcDNAを合成した後、さらにこのcDNAを鋳型としてPCRを用いて行われるが、この後者のPCRの際のプライマーとして、配列番号1に示されるアミノ酸配列において、連続する少なくとも3個以上のアミノ酸残基からなる配列をコードする全てのポリヌクレオチドの集合体を用いる。当然、全長ポリペプチドをコードするものであってもよい。
この診断方法を以下に具体的に説明する。
まず、上記ペプチド処理した正常組織、細胞等の試料から常法によりtotalmRNAを抽出し、このtotalmRNAを鋳型として、RTによりcDNAを合成し、cDNAプールを作製し、これを鋳型とする。
一方、配列番号1のアミノ酸配列のうち、例えば1〜4番目のアミノ酸配列をコードするDNAとしては、以下に示される塩基配列があり、これらを構成する32個の各DNAを合成し、各DNAを等量ずつ含む集合体をフォワードプライマーとする。
CAR CCN CAR TTY
(但し、N:A,T,C,G/R:G,A/Y:C,T)
また、上記鋳型となるcDNAは、mRNAのpoly-A tailingに由来してpoly-Tとなっているから、リバースプライマーとして、Oligo(dT) primer (poly-Aプライマー)を用いる。
【0016】
以下、上記作製したcDNAプールを鋳型として、上記フォワードプライマー及びリバースプライマーを使用してPCRを行い、次いで、電気泳動を行い、蛍光染色する。
本発明のペプチド処理により、本発明のペプチド遺伝子を含む、遺伝子の発現パターンに変化が誘導されるものは、現在、正常細胞、組織であっても、本発明のペプチド処理に感受性が鋭敏であることを示し、将来ガン化する傾向が高いことが分かる。また、すでにガン化している場合、その悪性度に応じて、遺伝子発現パターンの変化は次第に大きくなる。したがって、この変化をみることによって、その悪性度を判定できる。
さらに、上記電気泳動でも、蛍光強度の測定により本発明のペプチドの発現量を知ることができるが、本発明のペプチド発現量を正確に知るためには、例えば定量PCR法を行ってもよい。
これには、例えば、上記cDNAプールを鋳型とし、上記プライマーを用い、さらに、2本鎖DNAと結合する蛍光色素あるいは蛍光標識プローブ等を用いてリアルタイムPCRを行い、サイクル数と蛍光強度の関係を求め、スタンダードのそれとの対比から、上記cDNAの量すなわち本発明のペプチドの発現量を定量できる。
【0017】
遺伝子発現パターンの変化、あるいは本発明のペプチドの発現量の増大は、コントロールとの比較により判定でき、これには、本発明のペプチドを使用しない他は、同一の細胞に対し上記と同様の操作により得られたものをコントロールとして用いるか、及び/または、ガン化の恐れの全くない正常細胞、組織に対して、本発明のペプチド処理を行い、上記と同様の操作を行って得られたものをコントロールとして用いる。
ガン化の恐れのない正常細胞としては、例えば若年齢者の細胞、組織等が挙げられ、これらとしては、例えば、腎メサンギウム細胞(ACBRI-1376;Applied Cell Biology Research Institute)、皮膚繊維芽細胞atlog2F0-C25;Cell Systems)、膵上皮細胞CBRI515;Applied Cell Biology Research Institute)等が市販されている。
また、上記したことから明らかなように、本発明の上記プライマーの集合体、すなわち、配列番号1に示されるアミノ酸配列において、連続する少なくとも3個以上のアミノ酸残基からなる配列をコードするポリヌクレオチドの集合体は、本発明のペプチドと組み合わされることにより、ガン化傾向あるいはガンの悪性度を判定するためのガン診断剤キットとして有用である。
【0018】
〔診断法2〕
次に、本発明のペプチドを用いる他の診断法としては、ガン関連遺伝子をマーカー遺伝子として使用する方法が挙げられる。
この診断法は、細胞、組織に対し本発明のペプチド処理を行う点では上記診断法1と同様であり、診断法1において使用するのと同様な試料を使用できるが、この診断法においては、ペプチド処理後の細胞、組織試料から抽出したtotalmRNAを鋳型としてリバースプライマーとしてT7 RNA ポリメラーゼのプロモーター領域を持つOligo(dT)プライマーを使用してRTを行い、mRNAに相補的なcDNAプールを作製し、次いでsecond-strand cDNA synthesisを実施した後、T7 RNA polymeraseとbiotinylated rNTPs処理をIVT(in vitro transcription)反応〔37度℃14時間〕で行い、Biotin標識したcRNAを得る。なお、本発明者らは、分光光度計でcRNA量を測定し、少なくとも10ugのcRNAを得ている。
次いで、この蛍光色素等で標識したcRNAをガン関連遺伝子のcDNAを固定したプレートに接触させてハイブリダイズさせ、蛍光強度を測定する操作を含む。
上記cRNAが、あるガン関連遺伝子にハイブリダイズするということは、そのガン関連遺伝子が上記細胞、組織試料で発現していることを示し、上記蛍光強度が増大あるいは減少するガン関連遺伝子は、本発明のペプチド処理によってその発現量が増大しあるいは減少したガン関連遺伝子であり、例えば、ガン遺伝子の発現の上昇、あるいはガン化を抑制する免疫系遺伝子の発現の抑制は、ガン化傾向が強いことを表し、ガン関連遺伝子の発現の状態から、ガン化傾向あるいはガンの悪性度を判定する。
これら、ガン関連遺伝子の発現量の増大あるいは減少はコントロールと対比して判定するが、使用するコントロール細胞、組織は、診断法1の場合と同一である。
上記したように、本明細書にいうガン関連遺伝子とは、ガン遺伝子のほか、ガンに関連する免疫系遺伝子を含む。これらを例示すると以下のとおりである。
1) Ras oncogene family,
2) v-crk avian sarcoma virus CT10 oncogene homolog-like lactate dehydrogenase B,
3) Placental growth factor,
4) Interleukin 8,
5) MAS1, activator of S phase kinase,
6) v-raf murine sarcoma viral oncogene homolog B1,
7) colony stimulating factor 1 receptor, formerly McDonough feline sarcoma viral(v-fms) oncogene homolog
8) v-rel, reticuloendotheliosis viral oncogene homolog B, nuclear factor of kappa light polypeptide gene enhancer in B-cells 3(avian)
9) v-src, sarcoma(Schmidt-Ruppin A-2) viral oncogene homolog(avian)
10) GRO1,
11) Hepatoma-derived growth factor,
12) Vascular endothelial growth factor,
13) Bone morphogenic protein 3,
14) Squamous cell carcinoma antigen recognized by T cell,
15) Interleukin 1, beta,
16) Conserved gene amplified in osteosarcoma,
17) Lymphoid blast crisis oncogene
【0019】
本発明においては、これらガン関連遺伝子を少なくとも1種以上使用するが、正確性を期すために、さらに多くのガン関連遺伝子を用いてもよい。このような場合、以下の各群の遺伝子組み合わせ、診断遺伝子セットとして用いることが好ましい。
a)ガン遺伝子発現上昇群;本発明のペプチド遺伝子+Rasガン遺伝子+c−fosガン遺伝子等
b)免疫遺伝子発現上昇群;Interleukin 1, beta等
c)免疫遺伝子発現減少群;MHC class II, DM, alpha,beta protein 遺伝子+killer cell lectin-like receptor subfamily B,M member 1 遺伝子
以下に、上記ヒト扁平上皮がん細胞UTC−8(独立行政法人産業技術総合研究所、特許生物寄託センターに寄託番号:FERM BP−08611として寄託済)の細胞表面由来のペプチド(HPLC精製ペプチド)により、その発現が上昇したがん関連遺伝子、発現が上昇又は減少した免疫系遺伝子の例を表1及び2に示す。
【0020】
【表1−1】

【0021】
【表1−2】

【0022】
【表2−1】

【0023】
【表2−2】

【0024】
本発明者は、55000個のガン関連遺伝子を用いてこの診断法の有効性を検証している。このように多くのガン関連遺伝子を用いる場合はDNAチップを使用するのが好ましい。DNAチップを用いる場合においては、各ガン関連遺伝子DNAをスライド上に整列配置し固定化して、上記標識cRNA溶液を滴下した後、ハイブリダイズしなかったcRNAを洗浄除去した後、各遺伝子位置毎の蛍光強度をスキャナーで読み込み、上記コントロールを同様の操作で行った結果とを対比して、本発明のペプチドによる細胞、組織の処理により、発現量が増加したガン関連遺伝子と減少したガン関連遺伝子とを網羅的に解析できる。
したがって、このようなガン関連遺伝子と、本発明のペプチドおよび該ペプチドをコードするポリヌクレオチドの組み合わせは、ガン化傾向あるいはガンの悪性度を判定する、ガン診断剤キットとして有用である。
【0025】
〔診断法3〕
本発明のペプチドは、ガン診断薬として有用な該ペプチドに対する特異抗体を製造するための抗原としても用いられる。この特異抗体はポリクローナル抗体あるいはモノクローナル抗体のいずれであっても良い。これら抗体の製造においては、それぞれ周知の方法が適用できる。例えばポリクローナル抗体を得るには本発明のペプチドを用いて、マウス、ラット、ウサギ等の免疫動物を免疫感作して、血清を得る。この血清はさらに精製しても良い。また、モノクローナル抗体は、上記免疫感作した動物から脾臓細胞を採取し該細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマを用いる、いわゆるハイブリドーマ法により得られる。
上記免疫感作に際しては、適当なアジュバントを使用しても良く、また、本発明のペプチドとキーホールカサガイヘモシアニン等のキャリアータンパク質と結合させて該ペプチドの免疫原性を高め、これを免疫感作に用いても良い。
本発明のペプチドに対する上記抗体は、ガンの悪性度を判定する診断薬として用いられる。これには、該特異抗体を適当な蛍光色素等により標識し、例えば、ガン組織、細胞等の試料の染色を行う。これにより、該組織、細胞において本発明のペプチドが検出されれば、ガンが進行中であることを示す。また、蛍光強度等の測定により同ペプチドの量を測定でき、この量が多ければ、ガンの悪性度がかなり高いことが分かる。
また、本発明のペプチドに対する上記抗体は、将来のガン化傾向(がんへの成り易さ:がん化危険度)を測定するための診断薬としても用いられる。これには、上記標識抗体を用いて、上記診断法1,2に示される組織、細胞試料の染色を行う。これら組織、細胞において本発明のペプチドが検出されれば、これら組織、細胞はガン化誘導圧に晒されていることを示し、将来ガン化する可能性が高いことを示す。また本発明のペプチド量が多い場合は、さらにその傾向が高いことを示し、ガン細胞の場合にはその悪性度が高いことを示す。
さらに、本発明のペプチドに対する上記抗体は、ガン細胞増殖抑制型ワクチンとして、ガン細胞の増殖抑制をはじめとする抗ガン効果を期待でき、また、正常細胞に負荷される悪性化、変異促進能を遮断し、ガン予防剤としても期待でき、また、該抗体に抗ガン剤を結合せしめたものは、いわゆるミサイル療法の薬剤としても有望である。
【実施例】
【0026】
以下に本発明の実施例を示すが、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
〔実施例1〕
本発明のペプチドの取得及び配列決定
(使用細胞;UTC−8)
扁平上皮がん細胞(UTC−8;FERMBP−08611)は高転移能かつ角化傾向が強い高分化型で接着能、増殖能に富み、ファルコン社製25T培養フラスコ(培養液5ml)に細胞数1×10を接種すると5−7日間でconfluentとなる能力を有する。
【0027】
(細胞の培養条件)
UTC−8細胞株をファルコン社製150T培養フラスコ10個に1×10接種し、10%FCS(GIBCO社製)添加RPMI1640培養液20mlにて初培養し、増殖が培養フラスコ面積の30%程度に進んだ時点で、さらに同培養液を30ml追加する。培養は5%CO、湿度95%、インキュベーダー内温度37℃の環境下で培養し、細胞数が80% confluentになった時点(細胞増殖がピークをむかえる直前の増殖が持続している時点)で細胞膜表面からHLAに結合した抗原ペプチドを溶出させる操作を実施した。
【0028】
(抗原ペプチドの溶出操作)
ファルコン社製150T培養フラスコで80% confluentになったUTC−8細胞の培養液を廃棄し、1回目はHanks液で洗浄した後、さらに2回(−)PBS溶液30mlで洗浄した。この後十分に液を取り除いた後、pH3.3〜pH3.4に調整したクエン酸―リン酸緩衝液を10ml各フラスコに加え2分間室温に静置した。
その後、このクエン酸―リン酸緩衝液を回収し、1200回転で7分間遠心分離し、上清液を0.45micrometerのMillex-HV PVDF filter(MILLIPORE社製)にてろ過。 ろ液をさらに0.22micrometerのfilterにてろ過し、このろ液をSep Pac C18 カートリッジ(Waters社製)で脱塩処理し、本カラムに結合した目的物質を60%(v/v)アセトニトリル水溶液で溶出した後、本溶出液を租抽出液とした。この租抽出液をHPLC操作まで−20℃で凍結保存した。
本操作を受けた細胞はpH3.3〜pH3.4に調整したクエン酸―リン酸緩衝液回収操作後、直ちにHanks液30mlで2回洗浄し、10%FCS添加RPMI 1640培養液30mlを加え、再培養した。この操作を同一細胞に関して、1日1回、4日間連続して実施した。
【0029】
(粗抽出液の凍結乾燥と再溶解)
上記の操作で得た粗抽出液を凍結乾燥機FD−1000(EYELA社製)を用いて凍結乾燥させる。凍結乾燥の条件はトラップ温度が−40度C、真空度が15Pa以下で実施した。乾燥標品は5mlのpH3.3〜pH3.4に調整したクエン酸―リン酸緩衝液に再溶解した。この段階での蛋白濃度はローリー法で測定すると、トータル400マイクログラムであった。
【0030】
(二次元電気泳動)
本分子10 microgramを二次元電気泳動で検出を試みたが、通常のクーマシー・ブリリアントブルーR250染色法(検出感度:1 microgram)はもちろんのこと、これより感度の約1000倍高い銀染色法(理論感度:1 nanogram,実行感度は約20倍)でも肉眼で観測可能なバンドは検出できなかった。この事実は、本ペプチド分子が通常の二次元電気泳動法で使用するゲル(シリカゲルC18)を物理的に通過することを示していると考えられた。この点でも、本ペプチド分子の特異な性質が認められた。
【0031】
(ゲル濾過による分取)
通常の二次元電気泳動で本分子の検出が不可能なため、次に、HPLCシステムを利用して本分子の検出を図った。HPLCシステム AKTA Explorer10,ゲル濾過用のカラムとして、Superdex Peptide10/300GL(いずれもAmarsham pharmacia Biotech社製)を使用し、pH6.8のクエン酸―リン酸緩衝液(クエン酸0.1M、リン酸0.2M)を溶出液として、0.2m1/minの流速で、検出波長214nmでピークを分離し、流量20.8〜22.8mlに出現したピークの画分を目的ペプチドの画分として取得した。回収した本画分を凍結乾燥し滅菌再蒸留水に再溶解し、脱塩を目的に再びHPLCシステム AKTA Explorer10,ゲル濾過用のカラムとして、Superdex Peptide10/300GLを使用し、溶媒としてdistilled waterを用いて、流速0.2ml/minで再度分画操作を実施し、流量11.4ml〜20.0mlの画分を目的ペプチド画分として回収した。
本ゲル濾過による溶出チャートを図1として示した。
このペプチドを上記凍結乾燥機FD−1000(EYELA社製)を用いて凍結乾燥し、−20℃にて質量分析操作実施時点まで保存した。
【0032】
(pHの示適条件)
溶出液のpHは6.8〜7.2とすることが必要であり、pH7.3以上ではピークは小さく細分化し、pH6.7以下では、pH6.8で分離できた各ピークが重層する状態になり、分解能が低下した。
【0033】
(検出波長)
また、検出波長にも特徴があり214nmの検出波長でのみ本ペプチドは生理活性を指標に粗抽出液からピークを分離検出可能で、これ以外の通常のペプチド検出波長である254−257nmあるいは280nmでは本ペプチドのピークは検出できなかった。これらの事実は、本ペプチドのアミノ酸組成にチロシン(吸収波長:280nm)やトリプトファン(吸収波長:280nm)、フェニルアラニン(吸収波長:257nm)が極めて少ないか、ほとんど存在しない可能性を示している。本実験で使用した測定波長の214nmは、紫外吸収法としては妨害物質の多い点が短所ではあるが、たんぱく質の種類によらず正確な定量(定量範囲:5〜1000microgram)が可能で、本実験のような、ペプチドの変性を惹起させずに生理活性を維持しながら、粗抽出液から未知のペプチドについて、ペプチド結合の吸収からピークを検出し、濃度を正確に測定するには最適な波長である。一方、生理活性の保存を考慮せずに本ペプチドの純化のみを図り、本ペプチドを含む粗抽出液を脱塩カラム(Sep−Pack 18)や分子ふるい(セントリコンYM−3)にかけ、核酸などの夾雑物を可能な限り除去した場合には、205nmの測定波長を使用すると、その定量性は一層向上した。したがって、生理活性を指標に粗抽出液からのピーク検出には214nmの波長を用い、正確な定量を試みる段階では205nmの波長を使用した。
【0034】
(カラムの分取流速)
本ペプチドの分離にはカラムの分取流速(分子ふるいの効果を引き出すために分子をゆっくりカラム内で落下させる目的で溶出溶媒の流れの速度:分取流速を決める)が重要で、0.28ml/minの流速では隣接するピークが重なり合うため分離機能が不充分で、本ピーク検出のためには0.14ml/minの低流速が至適であった。分取流量はピークの幅から0.1ml/wellと設定しNunc製96wellで採取した。
【0035】
(質料分析計による当該ペプチドの構造解析)
凍結乾燥後保存していた本ペプチド画分を滅菌再蒸留水にて再溶解し、蛋白量として5microgram相当をサイファージェン社製プロテインチップシステム、シリーズ4000システムで分離した。本試料5microgramをbinding/wash bufferとして順相プロテインチップにはMilliQ水を、陽イオン交換プロテインチップには100mM sodium acetate (pH 4.0)を用いて、プロテインチップに結合させた後、エネルギー吸収分子としてCHCAを用いて、800-2500m/zの質量範囲で測定した。その結果、目的ペプチドと考えられる分子量ピークを検出した。本操作において明らかとなった検出条件を参考にして、チップにトラップされた目的ペプチド部分をアプライド・バイオシステムズ社製の質量分析装置QスターXL LC/MC/MSシステムに掛けて分析。その断片化したペプチド構成部分の飛行時間(TOF mass)の分析結果を元に、本ペプチドのシークエンスをデータベース(Matrix Science社製Mascot Search Results)から検索した。その結果、本ペプチドは2005年1月27日の時点で、機能の未解明な下記のペプチド配列であることが判明した。
Peptide; Gln-Pro-Gln-Phe-Gly-Arg-Arg-Met-Glu-Ser-Lys(配列番号1)
【0036】
〔実施例2〕
本発明のペプチドのオリジナルがん細胞UTC−8における発現の確認
実施例1において取得した本ペプチドが実際にオリジナルがん細胞UTC−8において遺伝子レベルで発現している事実を以下のようにして確認した。
本ペプチド回収後のUTC−8細胞から、回収後2時間、4時間、6時間の各時間培養したUTC−8細胞から、QIAgen社製 RNA 抽出キットを用いてtotal RNA を抽出した。抽出した各total RNAをtemplateにしてcDNA合成を実施し、cDNA poolを作成した。本ペプチドのアミノ酸配列(配列番号1)を基に以下の各種プライマーを設計した。
【0037】
Fw primer(ペプチドの前方から4個のアミノ酸をコードするDNAを順次合成)
MHC 1-4 CAR CCN CAR TTY (配列番号2)
MHC 2-5 CCN CAR TTY GGN (配列番号3)
MHC 3-6 CAR TTY GGN AGR (配列番号4)
MHC 4-7 TTY GGN AGR AGR (配列番号5)
MHC 5-8 GGN AGR AGR ATG (配列番号6)
MHC 6-9 AGR AGR ATG GAR (配列番号7)
MHC 7-10 AGR ATG GAR TCN (配列番号8)
MHC 8-11 ATG GAR TCN AAR (配列番号9)
(N: A, T, C, G / R: G, A / Y: C, T)

Rv primer(本ペプチドの最末端側:C末端側に作成した遺伝子配列):Oligo(dT)primer (Poly-A primer)
なお、ここで、Rv primer はmRNAから合成されたものを得るためにpoly-A tailing とした。
【0038】
各時間に抽出したtotal RNAからRTを行いcDNAを作製し、このcDNAプールをtemplateとして、上記のごとく作成したprimerを用いてPCRを行った。PCRの条件は94℃3分間、55℃1分間、74℃1分間、全35サイクルとした。アガロース・ゲル・電気泳動後、最もシグナル強度の強く見られた4時間後にRNA抽出したサンプルから12本のバンドを選択した。このバンドの大きさは約500bp~2000bpであった。これらをゲルから抽出し、pGM easy vectorに挿入した。
12種のpGM easy vectorに挿入した遺伝子のinsert checkを実施し、その一種に付き8サンプルのシークエンスを行った。その結果、この8サンプルのどのシークエンスも、そのDNAのbpに長短は見られたもの、以下の表に示す共通配列が確認できた。
【0039】
【表3】


このことは、本ペプチドに共通あるいは相補的な遺伝子がオリジナルながん細胞UTC−8に確実に存在し、本ペプチドがUTC−8由来である事実を示している。
【0040】
〔実施例3〕
Fmoc法による本発明のペプチド人工合成
本ペプチドをin vitro合成システム(シグマジェネシス製、Abacus 合成装置)で人工合成した。
活性化セルロース膜を用いる方法(Sigma Genosys社のSPOTs)は以下のようにして行なった。すなわち、αアミノ基を9-フルオレニルメトキシカルボニル(Fmoc)で、同じくカルボキシル基を活性エステル(Opfp)あるいは(Odhbt)で保護したアミノ酸誘導体溶液を、膜のマークされた位置に1μl程度(Fmocアミノ酸100 -200μgに相当)をスポットした。この指定の位置にはスペーサーアームが結合し、その先端に遊離のアミノ基があるためにブロムフェノールブルー(BPB)で青く呈色して見えた。これらのアミノ酸誘導体は1-methy-2-pyrolidinone (NMF) に溶解して用いた。膜上のアミノ基と活性エステルが反応し、アミド結合(amido bond)が形成された。ついで、キャッピング操作を行った。すなわち過剰のアミノ酸誘導体をジメチルホルムアミド(dimethylformamide, DMF)で洗い流した後、未反応アミノ基を無水酢酸/DMFで処理することによりアセチル化し、反応性を失わせた。次いで第2級アミンであるピペリジン (piperidine) /DMFによってアミノ基を保護していたFmoc基を外し、アミノ基を遊離させて次の伸長反応を行なった。なお、反応性を有する側鎖はあらかじめt-ブチルアルコール系の保護基(Pmc, OtBu, Trt, tBoc, tBuなど)で保護しておいたので、全ての合成が終了した時点で脱保護化、すなわちジクロロメタン(DCM)/トリイソブチルシラン(triisobutylsilane)と混合したトリフルオロ酢酸(TFA)で保護基を外す操作を行って目的ペプチドの人工合成を終えた。
【0041】
〔実施例4〕
人工合成ペプチドの正常細胞遺伝子に対する影響
a)実施例3で得た本ペプチド10〜100microgram/ 1×10〜1×10を用いて、ヒト正常末梢血単核球培養系に添加し7時間共培養した後、この単核球のmRNAを抽出し、DNA chip system(クロンテック社製)を用いて、約55000個のヒト遺伝子について、そのup-regulation ,down-regulationを分析した。表4にその一部代表例のみ示す。
【0042】
【表4−1】

【0043】
【表4−2】

【0044】
【表4−3】

【0045】
この実験により、以下のことが観察され、人工合成したペプチドについても、オリジナルの当該ペプチドで観察されたのと同様に、ヒトがん関連遺伝子のガン化誘導的な発現に顕著な影響を及ぼすことが明らかとなった。
【0046】
A.増幅遺伝子
1.がん遺伝子
頭部の神経芽細胞腫から肺がん、耳下腺がん、乳がん、大腸がん、腎がん、卵巣がん、悪性黒色腫、T-,B-細胞白血病などのがん遺伝子発現の増幅が47倍から1.7倍の範囲で観られた。RAS, RAB, v-myc, mabなどの発ガン遺伝子の増幅も6.7倍から1.7倍の範囲で観察された。また、血小板由来増殖因子などの細胞増殖促進因子の発現増幅も観察された。
2.免疫系遺伝子
炎症性因子であるTNFの発現増幅を除いて、その他の因子は抗がん性免疫と対極にある液性免疫機構の作動因子でとして重要な因子が軒並み増幅していることが観察された。
【0047】
B.減少遺伝子
1.がん抑制遺伝子
がん抗原の提示に関与するheat shock proteinが1/461から1/116に、がんの拒絶に働く抗原が1/86から1/81に、乳がんの転移抑制に関与する遺伝子が1/60に、白血病の抑制に関与する遺伝子が1/43に、RASがん遺伝子の発現抑制蛋白遺伝子が1/43にと、どれも顕著に減少していることが観察された。
2.免疫系遺伝子
抗がん免疫に関与する下記の項目がいずれも遺伝子発現の強度の抑制を起こしていることが観察できた。
胸腺組織の構築、胸腺ホルモンの生成に関与する遺伝子の抑制。
腫瘍抑制にキー細胞であるT-細胞の構造構築因子及び機能抑制。
NK細胞の構造及び機能の抑制。
殺細胞分泌因子の生産抑制。
細胞の自殺に関与するアポトーシス因子の抑制。
殺細胞時に細胞接着に関与する因子の抑制。
抗腫瘍性インターフェロンの産生抑制。
がん抗原提示に関与する細胞内小器官及び酵素系とMHC(組織適合抗原系)の発現抑制。
【0048】
b)実施例3で得た本ペプチド10〜100microgram/1×10を用いて、以下の被験者から採取したヒト正常末梢血単核球の培養培地に添加し7時間共培養した後、この単核球のトータルmRNAを抽出し、その量を測定し、本ペプチド添加前のトータルmRNAの量と比較した。その結果を表5に示す。
【0049】
【表5】

【0050】
表5の結果によれば、H.S.及びE.E.においては、顕著にトータルmRNAが減少していた。H.S.は10年以上喫煙を続けていた常習的な喫煙者であり、M.SはトータルmRNAの減少率こそ低いものの、もともとのトータルmRNA(pre total RNA)量が少なく、この点にすでに長年の喫煙の影響が出ている。E.E.は、喫煙者ではないが、父親が喫煙常習者であり、長年の副流煙による受動喫煙が結果に表われたものと推察される。H.T.やM.O.はいずれも副流煙による受動喫煙者であり受動喫煙の程度に比例して(H.T.>M.O.)該ペプチドに対する反応性が亢進していた。また、一方、K.K.は、減少率が低く、また、pre total RNA量は極めて少ないが、この被験者は、すでに抗がん剤や放射線照射を限界量受けた癌患者であり、全般的な遺伝子の翻訳に傷害が顕著で、健常者とは全く異なる結果を示した。この表4の結果は、本発明のペプチドの添加前後のトータルmRNAの変化量を分析することによっても、効果的にガン化診断を行えることを示している。
【0051】
〔実施例5〕
本発明のpeptideのがん細胞における検出および正常細胞への影響
実施例3と同様に人工合成IVT(In Vitro Transcription)したペプチドを、正常細胞に添加処理することによって正常細胞に及ぼす遺伝子レベルの影響を検討するためにRT-PCRを行った。
【0052】
〈方法および結果〉
(1)正常細胞に対し、上記人工合成したペプチドを用いて以下のように7時間処理した。
個数 peptide量
腎メサンギウム(ACBRI-1376;Applied Cell 1.25×10個 12.5μg
Biology Research Institute)
皮膚繊維芽(Catlog2F0-C25;Cell Systems) 4.0×10個 40.0μg
膵上皮(ACBRI515;Applied Cell Biology 1.05×10個 105.0μg
Research Institute)、
末梢血 H.S. 1.25×10個 12.5μg
M.S. 1.20×10個 12.0μg
E.E. 1.40×10個 14.0μg

(腎メサンギウム、皮膚繊維芽、膵上皮:100μg/1.0×10個、末梢血:10μg/1.0×10個)
【0053】
次いで、上記処理した正常細胞、無処理の正常細胞および子宮頚部がんからQIAgen RNA抽出kitを用いてtotal RNAを抽出した。処理、無処理の細胞数は同数とした。

細胞数 RNA量
腎メサンギウム(ACBRI-1376;Applied Cell 1.25×10個 30μg
Biology Research Institute)
皮膚繊維芽(Catlog2F0-C25;Cell Systems) 4.0×10個 30μg
膵上皮(ACBRI515;Applied Cell Biology 1.05×10個 30μg
Research Institute)
末梢血 H.S. 1.25×10個 60μg
M.S. 1.20×10個 60μg
E.E. 1.40×10個 60μg
子宮頚部がん(HeLa) 1.60×10個 60μg

抽出したtotal RNA30μgずつを用いてRTを行いcDNA poolを作成した。
各cDNA poolをtemplateとしてPCRを行なった。
【0054】
PCRの条件は以下のとおりであった。
PCR条件
PCRbuf 6μl
dNTP 2μl
primer Fw (11amino acid) 1μl
(7amino acid)
primer Rv (oligo dT) 1μl
dH2O 9.5μl
taq 0.5μl
sample(RT products) 10μl
total 30μl

PCR 45cycle
初期変性 94℃ 5分
変性 94℃ 30秒
アニーリング 55℃ 30秒
伸長 72℃ 1分
【0055】
(2)上記PCRにより得られた各PCR産物について電気泳動を行い、蛍光標識した。
a)上記PCRにおいて、プライマーとして、本発明の全長ペプチド(11アミノ酸)をコードするDNAを用いた結果を図2に示す。
【0056】
この結果から以下のことが判明した。
1)図2(A)のLane 2,3のオリジナルなUTC−8は無処理ではあるが、本遺伝子を安定的に発現していた。
図2(A)のLane 4の子宮頸がん細胞のパターンに見られるスメアーが観察されるタイプは本ペプチドに相補的な遺伝子配列が広範な遺伝子サイズのプールで存在していることを示していた。したがって、このような反応傾向を示すものは、がん化しやすい状態と考えられた。
【0057】
2)上記をふまえて各laneを検討するとオリジナルな遺伝子パターンから本ペプチド処理によって安定的パターンが崩れてスメアーが拡大する傾向のもの〔図2(A)のLane 5-6、図2(B)のLane 4-5、 同Lane6-7、 同 Lane8-9〕はがん化しやすい傾向と判断できた。実際、図2(A)のLane 5-6 血液提供者は10年以上喫煙を続けている青年であった。また、正常細胞の感受性が高い原因は、本ぺプチドと同様の上皮系細胞由来であること及びこれらの細胞が誕生早期の組織由来のためその遺伝子発現の安定性がまだ固まっていず、結果として本ペプチドのような強力な外部からの撹乱因子に対し感受性が鋭敏であることが関係していると考えられた。
【0058】
3)これに比較して、図2(B)のLane2-3の遺伝子変異は本ペプチド処理によっても起こりにくく、がんになりにくい形質を持っていると考えられた。事実、この血液提供者は健康な20台の青年であった。
b)上記PCRにおいて、プライマーとして、本発明のペプチドのうち1〜7番目のアミノ酸配列(7アミノ酸)をコードするDNAを用いた結果を図3に示す。
【0059】
この結果から以下のことが判明した。
1)a)の全配列の分析時と同様に図3(A)のLane 3のUTC−8,図3(A)の lane 4の子宮頚部がんはスメアーを示した。
2)図3(B)のLane 2-3, 同Lane 4-5ではペプチド処理によるスメアー状変化が見られず正常パターンを示した。
3)図3(A)のLane 5-6、 同Lane7-8、図3(B)の Lane6-7、同Lane 8-9はペプチド処理前後で顕著な遺伝子発現パターンの変化を示した。
【0060】
以上から、正常細胞のがん化傾向は本ペプチド処理によってどの程度その遺伝子パターンに変化が誘導されるかを比較検討すれば判定できることが明らかとなった。
特に、11アミノ酸primer(全配列)でのPCRでは、末梢血(H.S.)、皮膚繊維芽においてはバンドパターンに、また、腎メサンギウム、膵上皮においてはスメアではあるが濃い部分に差が見られた。7アミノ酸プライマー(部分配列)ではcontrolであるUTC-8と膵上皮7h処理で大変近いバンドパターンが、また、膵上皮、膵上皮7h処理では異なるパターンが確認された。
これらの事実はUTC-8が上皮系の癌細胞であり、今回処理した本ペプチドはUTC-8由来であるため効果が顕著にみられた可能性が考えられた。
したがって、本ペプチドを使用したがん化傾向の測定には上皮系細胞を使用した場合が最も適しているが、それにとどまらず、臨床的に一番採取しやすい末梢血を含むその他の非上皮系細胞でも全配列の遺伝子変化は診断に有用であることが証明された。
【0061】
〔実施例6〕
DNA chip system (Codelink System) による55,000個の網羅的遺伝子解析
本ペプチドの正常細胞遺伝子発現への影響を検討する目的で以下の解析を実施し本ペプチドの特徴を解明した。
1)ターゲットcRNAの作製;
正常リンパ球に対し実施例4、5と同様に本ペプチド処理を行い、未処理リンパ球との遺伝子発現の比較をDNA Chip Systemを用いて実施した。この際、ポジテイブコントロールとしてバクテリア由来のcRNAを使用した。実施例5で使用したQIAGEN RNA 抽出キットを使用して、Total RNA を抽出した。5~10ugのtotal RNAに、リバースプライマーとしてT7 RNA ポリメラーゼのプロモーター領域を持つOligo(dT)プライマーを使用してRTを実施、mRNAに相補的なcDNA プールを作製した。なお、このときのRT実施条件は、実施例5と同様である。次いでsecond-strand cDNA synthesis を実施した後、T7 RNA polymerase とbiotinylated rNTPs 処理をIVT(in vitro transcription)反応〔37度℃14時間〕で行い、Biotin標識したcRNA を得た。分光光度計でcRNA量を測定、少なくとも10ugのcRNAを得た。
2)Codelink スライドへのハイブリダイゼーション
1)で得たcRNA (10ug)の断片化しハイブリダイゼーションバッファーと混和した後、熱変性させ、この溶液を、55,000個の遺伝子が固定されたCodelink スライドへ注入、INNOVA4080シェイカーを使用し37度℃18時間ハイブリダイゼーション実施した。
3)染色・検出
ハイブリダイゼーションチャンバーを引き剥がし46度℃で1時間洗浄実施。ついで、Cy-5ストレプトアビジン〔500倍希釈液〕で検出(室温で30分間)。さらに室温で5分間ずつ5〜6回洗浄実施。つぎに、0.05% Tween 20の洗浄操作実施。タイタープレート用遠心機を使用して乾燥させた。
4)このスライドをArra WORXスキャナーでPMT値:600、解像度:10umの条件でスキャンした。
5)結果はCodelink 専用解析ソフトウエアーで解析した。使用ソフトウエアーは1.Batch Submision 2および2. Codelink Expression 2 を使用した。
この実験によっても、表1、2、及び3に記載したのと同様な、ガン化誘導的ながん関連遺伝子の発現状態が観察された。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】実施例1において抽出した本発明のペプチドをゲル濾過した場合の溶出チャートを示す。(A)は、pH7.2のクエン酸−リン酸緩衝液を溶出液を使用し、検出波長280nm及び210nmで検出を行った場合の溶出チャートを表し、(B)は、(A)の280nm検出ピークの一番右サイドのピーク(溶出量21ml)を単離後、pH6.8のクエン酸―リン酸緩衝液で再度分離動作操作を行い、検出波長280nm及び214nmで検出を行った場合の溶出チャートを表す。
【図2】本発明のペプチド処理した細胞から採取したトータルmRNAから逆転写したcDNAを鋳型とし、プライマーとして、本発明のペプチドの全長をコードするDNAを用いてPCRを行い、該細胞における遺伝子パターンの変化を調べた結果を示す電気泳動写真である。
【図3】本発明のペプチド処理した細胞から採取したトータルmRNAから逆転写したcDNAを鋳型とし、プライマーとして、本発明のペプチドの1〜7番目のアミノ酸配列をコードするDNAを用いてPCRを行い、該細胞における遺伝子パターンの変化を調べた結果を示す電気泳動写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト扁平上皮がん細胞膜表面由来のペプチドであって、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するか、あるいは該アミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有し、ガン関連遺伝子の活性化能を有するペプチドからなる、ガン化傾向あるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤。
【請求項2】
請求項1に記載のペプチドに対する抗体からなる、ガン化傾向あるいはガンの悪性度を判定するための診断剤。
【請求項3】
請求項1に記載のペプチドのアミノ酸配列において、連続して少なくとも3個以上のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有する、ポリヌクレオチド。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のペプチドと請求項3に記載のポリヌクレオチドとを組み合わせてなることを特徴とする、ガン化傾向あるいはガンの悪性化度を判定するための診断剤キット。
【請求項5】
さらに、以下の遺伝子を、マーカー遺伝子として少なくとも1種以上組み合わせてなる、請求項4に記載の診断剤キット。
1) Ras oncogene family,
2) v-crk avian sarcoma virus CT10 oncogene homolog-like lactate dehydrogenase B,
3) Placental growth factor,
4) Interleukin 8,
5) MAS1, activator of S phase kinase,
6) v-raf murine sarcoma viral oncogene homolog B1,
7) colony stimulating factor 1 receptor, formerly McDonough feline sarcoma viral(v-fms) oncogene homolog
8) v-rel, reticuloendotheliosis viral oncogene homolog B, nuclear factor of kappa light polypeptide gene enhancer in B-cells 3(avian)
9) v-src, sarcoma(Schmidt-Ruppin A-2) viral oncogene homolog(avian)
10) GRO1,
11) Hepatoma-derived growth factor,
12) Vascular endothelial growth factor,
13) Bone morphogenic protein 3,
14) Squamous cell carcinoma antigen recognized by T cell,
15) Interleukin 1, beta,
16) Conserved gene amplified in osteosarcoma,
17) Lymphoid blast crisis oncogene

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−325599(P2007−325599A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−197638(P2007−197638)
【出願日】平成19年7月30日(2007.7.30)
【分割の表示】特願2005−354589(P2005−354589)の分割
【原出願日】平成17年12月8日(2005.12.8)
【出願人】(596017141)
【Fターム(参考)】