説明

アクチュエータ装置及びその製造方法並びに液体噴射装置

【課題】 振動板と下電極との密着性を向上でき且つ下電極及び圧電体層の結晶性を向上することができるアクチュエータ装置及びその製造方法並びにこのアクチュエータ装置を用いた液体噴射装置を提供する。
【解決手段】 基板上に振動板を介して下電極を形成する工程と、下電極上に圧電体層する工程と、圧電体層上に上電極を形成する工程とを具備し、下電極を形成する工程が、振動板上にチタン(Ti)を塗布して厚さが1nm〜10nmの少なくとも1層のチタン層を含む密着層を形成する工程と、密着層上に少なくともイリジウム(Ir)を含む金属層からなる下電極を形成する工程とを含むようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子を具備するアクチュエータ装置及びその製造方法、並びにアクチュエータ装置によって液滴を吐出させる液体噴射ヘッドを具備する液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電圧を印加することにより変位する圧電素子を具備するアクチュエータ装置は、従来から、例えば、液滴を噴射する液体噴射装置に搭載される液体噴射ヘッドの液体吐出手段として用いられている。このような液体噴射装置としては、例えば、ノズル開口と連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインク滴を吐出させるインクジェット式記録ヘッドを具備するインクジェット式記録装置が知られている。
【0003】
また、アクチュエータ装置を構成する圧電素子は、例えば、結晶化した圧電性のセラミックス等の圧電材料からなる圧電体層と、この圧電体層を挟む2つの電極からなる。そして、このような圧電素子を具備するアクチュエータ装置の製造方法としては、次のようなものがある。まず、基板上に酸化珪素等からなる振動板を形成する。次いで、この振動板上に、チタン、クロム等からなる密着層を形成する。次に、この密着層上に、白金、イリジウム等の導電性を有する材料からなる下部電極を形成する。次いで、この下部電極上に拡散防止膜を介して、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等の強誘電性圧電性材料を、ゾル−ゲル法等により積層して焼成することで圧電体層を形成する。さらに、この圧電体層上に、下部電極と同様の導電性を有する材料からなる上部電極を形成する。そして、これらの各層を所定の形状にエッチングすることにより圧電素子を形成する(例えば、特許文献1)。
【0004】
このような製造方法によれば、密着層によって下部電極と振動板との密着性を向上することができる。しかしながら、この密着層が影響して下部電極の結晶性が低下してしまうという問題がある。さらには、この下部電極の結晶性が低下することで、下部電極上に形成される圧電体層の結晶性も低下してしまうという問題もある。なお、このような問題は、インクジェット式記録ヘッド等の液体噴射ヘッドに搭載されるアクチュエータ装置だけでなく、他の装置に搭載されるアクチュエータ装置の製造方法においても同様に存在する。
【0005】
【特許文献1】特開2000−94681号公報(第4〜6頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような事情に鑑み、振動板と下電極との密着性を向上でき且つ下電極及び圧電体層の結晶性を向上することができるアクチュエータ装置及びその製造方法並びにこのアクチュエータ装置を用いた液体噴射装置を提供することを課題とする。
【0007】
なお、上記特許文献1には、振動板上に密着層を介して圧電素子を形成する製造方法自体は開示されているものの、下電極と振動板との密着性を向上させるために密着層を形成することが開示されているに過ぎない。これに対し、本発明は、密着層の形成方法が下電極の結晶性に影響を与えるという新たな知見に基づいてなされたものであり、単に密着性のみを考慮して密着層を形成した特許文献1に記載の製造方法とは全く相違するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の第1の態様は、基板上に振動板を介して下電極を形成する工程と、該下電極上に圧電体層を形成する工程と、該圧電体層上に上電極を形成する工程とを具備し、前記下電極を形成する工程が、前記基板上にチタン(Ti)を塗布して厚さが1nm〜10nmの少なくとも1層のチタン層を含む密着層を形成する工程と、該密着層上に少なくともイリジウム(Ir)を含む金属層からなる下電極を形成する工程とを含むことを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法にある。
かかる第1の態様では、振動板と下電極との密着性を向上することができると共に、下電極の結晶性が向上する。また、結晶性が向上した下電極上に圧電体層を形成することで、圧電体層の結晶性も向上する。
【0009】
本発明の第2の態様は、第1の態様において、前記密着層が複数層の前記チタン層で構成され、前記密着層を形成する工程では、前記基板上にチタン(Ti)を複数回塗布して全体の厚さが40nm以下となるように複数層の前記チタン層を形成することを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法にある。
かかる第2の態様では、下電極の結晶性をより確実に向上させることができる。
【0010】
本発明の第3の態様は、第1又は2の態様において、前記密着層を形成する工程では、チタン(Ti)をスパッタ法により塗布して前記チタン層を形成し且つそのときのスパッタ圧力を2〜5(Pa)とすることを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法にある。
かかる第3の態様では、結晶性の低い密着層が形成され、この密着層上に下電極を形成することで、下電極の結晶性が向上し易くなる。
【0011】
本発明の第4の態様は、第3の態様において、前記チタン層を形成する際のパワー密度を2〜6(kW/m)とすることを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法にある。
かかる第4の態様では、結晶性の低い密着層が形成され、この密着層上に下電極を形成することで、下電極の結晶性が向上し易くなる。
【0012】
本発明の第5の態様は、第1〜4の何れかの態様において、前記圧電体層を形成する工程では、前記下電極上に圧電材料を塗布して圧電体前駆体膜を形成すると共に該圧電体前駆体膜を焼成して結晶化させることを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法にある。
かかる第5の態様では、下電極の結晶性と共に、圧電体層の結晶性も向上する。
【0013】
本発明の第6の態様は、第1〜5の何れかの製造方法によって製造されたことを特徴とするアクチュエータ装置にある。
かかる第6の態様では、振動板と下電極とが密着性が向上し、下電極の結晶性が向上することで下電極の結晶性の影響を受けて結晶成長する圧電体の結晶性も向上し、結果的にアクチュエータ装置としての信頼性が向上する。
【0014】
本発明の第7の態様は、第6に記載のアクチュエータ装置を液体吐出手段とするヘッドを備えたことを特徴とする液体噴射装置にある。
かかる第7の態様では、圧電素子の駆動による振動板の変位量を向上することができ、液滴の吐出特性を向上した液体噴射装置を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に本発明を実施形態に基づいて詳細に説明する。
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係るインクジェット式記録ヘッドの一例を示す分解斜視図であり、図2は、図1の平面図及び断面図である。図示するように、流路形成基板10は、本実施形態では面方位(110)のシリコン単結晶基板からなり、その一方の面には予め熱酸化により形成した二酸化シリコンからなる、厚さ0.5〜2μmの弾性膜50が形成されている。流路形成基板10には、隔壁11によって画成された複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14を介して連通されている。なお、連通部13は、後述する保護基板のリザーバ部と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。
【0016】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、後述するマスク膜を介して接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、厚さが例えば、0.01〜1mmで、線膨張係数が300℃以下で、例えば2.5〜4.5[×10-6/℃]であるガラスセラミックス、シリコン単結晶基板又は不錆鋼などからなる。
【0017】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように、厚さが例えば約1.0μmの二酸化シリコン(SiO)からなる弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、厚さが例えば、約0.4μmの酸化ジルコニウム(ZrO)からなる絶縁体膜55が形成されている。また、この絶縁体膜55上には、厚さが例えば、約0.1〜0.2μmの下電極膜60と、厚さが例えば、約1.0μmの圧電体層70と、厚さが例えば、約0.05μmの上電極膜80とが、後述するプロセスで積層形成されて、圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、下電極膜60、圧電体層70及び上電極膜80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。そして、ここではパターニングされた何れか一方の電極及び圧電体層70から構成され、両電極への電圧の印加により圧電歪みが生じる部分を圧電体能動部という。本実施形態では、下電極膜60は圧電素子300の共通電極とし、上電極膜80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。何れの場合においても、各圧力発生室毎に圧電体能動部が形成されていることになる。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエータ装置と称する。なお、本実施形態では、弾性膜、絶縁体膜及び下電極膜が振動板として作用するが、勿論、弾性膜及び絶縁体膜のみが振動板として作用するようにしてもよい。
【0018】
また、このような各圧電素子300の上電極膜80には、リード電極90がそれぞれ接続され、このリード電極90を介して各圧電素子300に選択的に電圧が印加されるようになっている。
【0019】
また、流路形成基板10上の圧電素子300側の面には、圧電素子300に対向する領域に圧電素子保持部31を有する保護基板30が接合されている。圧電素子300は、この圧電素子保持部31内に形成されているため、外部環境の影響を殆ど受けない状態で保護されている。なお、圧電素子保持部31は、大気開放されていてもよいし、密封されていてもよい。さらに、保護基板30には、流路形成基板10の連通部13に対応する領域にリザーバ部32が設けられている。このリザーバ部32は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の並設方向に沿って設けられており、上述したように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバ100を構成している。
【0020】
また、保護基板30の圧電素子保持部31とリザーバ部32との間の領域には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられ、この貫通孔33内に下電極膜60の一部及びリード電極90の先端部が露出され、これら下電極膜60及びリード電極90には、図示しないが、駆動ICから延設される接続配線の一端が接続される。
【0021】
なお、保護基板30の材料としては、例えば、ガラス、セラミックス材料、金属、樹脂等が挙げられるが、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料で形成されていることがより好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0022】
また、保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料(例えば、厚さが6μmのポリフェニレンサルファイド(PPS)フィルム)からなり、この封止膜41によってリザーバ部32の一方面が封止されている。また、固定板42は、金属等の硬質の材料(例えば、厚さが30μmのステンレス鋼(SUS)等)で形成される。この固定板42のリザーバ100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、リザーバ100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0023】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドでは、図示しない外部インク供給手段からインクを取り込み、リザーバ100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、図示しない駆動ICからの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの下電極膜60と上電極膜80との間に電圧を印加し、弾性膜50、絶縁体膜55、下電極膜60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0024】
ここで、このようなインクジェット式記録ヘッドの製造方法について、図3〜図6を参照して説明する。なお、図3〜図6は、圧力発生室12の長手方向の断面図である。
【0025】
まず、図3(a)に示すように、シリコンウェハである流路形成基板用ウェハ110を約1100℃の拡散炉で熱酸化し、その表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン膜51を形成する。なお、本実施形態では、流路形成基板10として、膜厚が約625μmと比較的厚く剛性の高いシリコンウェハを用いている。
【0026】
次いで、図3(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜51)上に、酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜55を形成する。具体的には、まず、弾性膜50上に、例えば、スパッタ法等によりジルコニウム層を形成し、このジルコニウム層を熱酸化することにより酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜55を形成する。
【0027】
次に、図3(c)に示すように、絶縁体膜55上に、例えば、スパッタ法によりチタン(Ti)を塗布して、厚さが1〜10nm、好ましくは1〜5nmの少なくとも1層のチタン層121からなる密着層120を形成する。ここで、この密着層120は、1層のチタン層121で構成されていてもよいし、複数層のチタン層121で構成されていてもよいが、全体の厚さは40nm以下、特に、20nm以下であることが望ましい。なお、密着層120を構成するチタン層121の層数は、特に限定されないが、1層〜5層程度であることが好ましい。なお、本実施形態では、絶縁体膜55上に、厚さが約2nmの1層のチタン層121からなる密着層120を形成した。
【0028】
また、密着層120をスパッタ法で形成する場合、スパッタ圧力を比較的高い圧力、具体的には、2〜5(Pa)とすることが好ましい。また、そのときのパワー密度は、2〜6kW/m程度とすることが好ましい。これにより、表面粗さが比較的小さく、且つ結晶性の弱い密着層120が形成される。
【0029】
次いで、図3(d)に示すように、少なくともイリジウムを含む金属材料、本実施形態では、イリジウムと白金とを含む金属材料を絶縁体膜55の全面にスパッタ法等により塗布して下電極膜60を形成後、この下電極膜60を所定形状にパターニングする。なお、本実施形態では、下電極膜60は、白金層がイリジウム層によって挟まれた三層構造となる。
【0030】
次に、図3(e)に示すように、下電極膜60及び絶縁体膜55上に、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)からなる圧電体層70を形成する。本実施形態では、金属有機物を触媒に溶解・分散したいわゆるゾルを塗布乾燥してゲル化し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層70を得る、いわゆるゾル−ゲル法を用いて圧電体層70を形成した。
【0031】
圧電体層70の形成手順としては、まず、図4(a)に示すように、下電極膜60及び絶縁体膜55上にPZT前駆体膜である圧電体前駆体膜71を成膜する。すなわち、流路形成基板用ウェハ110上に金属有機化合物を含むゾル(溶液)を塗布する。次いで、圧電体前駆体膜71を、所定温度に加熱して一定時間乾燥させ、ゾルの溶媒を蒸発させることで圧電体前駆体膜71を乾燥させる。さらに、大気雰囲気下において一定の温度で一定時間、圧電体前駆体膜71を脱脂する。なお、ここで言う脱脂とは、ゾル膜の有機成分を離脱させることである。
【0032】
そして、このような塗布・乾燥・脱脂の工程を、所定回数、例えば、本実施形態では、2回繰り返すことで、図4(b)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定厚に形成し、この圧電体前駆体膜71を拡散炉で加熱処理することによって結晶化させて圧電体膜72を形成する。すなわち、圧電体前駆体膜71を焼成することで結晶が成長して圧電体膜72が形成される。例えば、本実施形態では、約700℃で30分間加熱を行って圧電体前駆体膜71を焼成して圧電体膜72を形成した。なお、このように形成した圧電体膜72の結晶は(100)面に優先配向する。
【0033】
さらに、上述した塗布・乾燥・脱脂・焼成の工程を、複数回繰り返すことにより、図4(c)に示すように、複数層、本実施形態では、5層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、ゾルの塗布1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、圧電体層70全体の膜厚は約1μmとなる。
【0034】
なお、圧電体層70の材料としては、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等の強誘電性圧電性材料に、ニオブ、ニッケル、マグネシウム、ビスマス又はイッテルビウム等の金属を添加したリラクサ強誘電体等を用いてもよい。その組成は、圧電素子の特性、用途等を考慮して適宜選択すればよいが、例えば、PbTiO(PT)、PbZrO(PZ)、Pb(ZrTi1−x)O(PZT)、Pb(Mg1/3Nb2/3)O−PbTiO(PMN−PT)、Pb(Zn1/3Nb2/3)O−PbTiO(PZN−PT)、Pb(Ni1/3Nb2/3)O−PbTiO(PNN−PT)、Pb(In1/2Nb1/2)O−PbTiO(PIN−PT)、Pb(Sc1/3Ta1/2)O−PbTiO(PST−PT)、Pb(Sc1/3Nb1/2)O−PbTiO(PSN−PT)、BiScO−PbTiO(BS−PT)、BiYbO−PbTiO(BY−PT)等が挙げられる。また、圧電体層70の製造方法は、ゾル−ゲル法に限定されず、例えば、MOD(Metal-Organic Decomposition)法等を用いてもよい。
【0035】
また、このように圧電体層70を形成した後は、図5(a)に示すように、例えば、イリジウム(Ir)からなる上電極膜80を流路形成基板用ウェハ110の全面に形成する。次いで、図5(b)に示すように、圧電体層70及び上電極膜80を、各圧力発生室12に対向する領域にパターニングして圧電素子300を形成する。なお、このように圧電素子300が形成された状態では、下電極膜60と絶縁体膜55との間に設けられていた密着層120は、実質的に存在しなくなっている。すなわち、密着層120を構成するチタンは、焼成により圧電体層70を形成する際に、下電極膜60に拡散されてしまう。
【0036】
次に、リード電極90を形成する。具体的には、図5(c)に示すように、流路形成基板用ウェハ110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなる金属層91を形成する。その後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して金属層91を各圧電素子300毎にパターニングすることでリード電極90が形成される。
【0037】
次に、図5(d)に示すように、流路形成基板用ウェハ110の圧電素子300側に、シリコンウェハであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハ130を接合する。なお、この保護基板用ウェハ130は、例えば、400μm程度の厚さを有するため、保護基板用ウェハ130を接合することによって流路形成基板用ウェハ110の剛性は著しく向上することになる。
【0038】
次いで、図6(a)に示すように、流路形成基板用ウェハ110をある程度の厚さとなるまで研磨した後、更に弗化硝酸によってウェットエッチングすることにより流路形成基板用ウェハ110を所定の厚みにする。例えば、本実施形態では、約70μm厚になるように流路形成基板用ウェハ110をエッチング加工した。次いで、図6(b)に示すように、流路形成基板用ウェハ110上に、例えば、窒化シリコン(SiN)からなるマスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。そして、このマスク膜52を介して流路形成基板用ウェハ110を異方性エッチングすることにより、図6(c)に示すように、流路形成基板用ウェハ110に圧力発生室12、連通部13及びインク供給路14等を形成する。
【0039】
なお、その後は、流路形成基板用ウェハ110及び保護基板用ウェハ130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハ110の保護基板用ウェハ130とは反対側の面にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハ130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハ110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドとする。
【0040】
以上説明したように、本発明では、振動板(絶縁体膜55)上に、厚さが1nm〜10nmの少なくとも1層のチタン層121からなる密着層120を形成し、この密着層120上に、下電極膜60、圧電体層70及び上電極膜80からなる圧電素子300を形成するようにした。これにより、振動板(絶縁体膜55)と下電極膜60との密着性を向上させることができると共に、密着層120上に形成される下電極膜60の結晶性を向上させることができる。すなわち、振動板(絶縁体膜55)上に比較的結晶性の弱い密着層120を介して下電極膜60を形成することで、下電極膜60の結晶性を向上させることができる。さらに、このような下電極膜60上に形成される圧電体層70の結晶性も向上させることができる。したがって、圧電素子300の駆動による振動板の変位量が向上し、インク滴の吐出特性を向上したインクジェット式記録ヘッドを製造することができる。なお、上述したような密着層120を設けることで下電極膜60の結晶性を制御し易くなり、下電極膜60の結晶性を制御することで、圧電体層70の結晶性も制御することもできる。
【0041】
ここで、下記実施例1〜4及び比較例のサンプルを作成し、下電極膜の結晶性について調べた。以下、その結果について説明する。
【0042】
(実施例1)
上述した製造方法によって、基板表面に形成した振動板である絶縁体膜上に、チタン(Ti)をスパッタ法により塗布し、厚さ2nmの1層のチタン層からなる密着層を形成し、この密着層上に白金(Pt)及びイリジウム(Ir)からなる下電極膜を形成したものを実施例1のサンプルとした。
【0043】
(実施例2)
絶縁体膜上に、厚さ5nmの1層のチタン層からなる密着層を設けた以外は実施例1と同様に形成したものを実施例2のサンプルとした。
【0044】
(実施例3)
絶縁体膜上に、厚さ2nmの2層のチタン層からなる密着層を設けた以外は実施例1と同様に形成したものを実施例3のサンプルとした。
【0045】
(実施例4)
絶縁体膜上に、厚さ5nmのチタン層を4層形成し、全体の厚さが20nmである密着層を設けた以外は実施例1と同様に形成したものを実施例4のサンプルとした。
【0046】
(比較例)
絶縁体膜上に、厚さ20nmの1層のチタン層からなる密着層を設けた以外は実施例1と同様に形成したものを比較例のサンプルとした。
【0047】
そして、まず、これら実施例1〜3及び比較例の各サンプルの下電極膜をX線回折広角法によって測定した。その結果を図7に示す。図7に示すように、本実施形態のように白金(Pt)及びイリジウム(Ir)からなる下電極膜の場合、白金(Pt)の(111)面に相当する位置P1と、イリジウム(Ir)の(111)面に相当する位置P2とに強度ピークが発生する。そして、図7(b)〜(d)に示す実施例1〜3のサンプルでは、これら位置P1、P2での強度ピークが、何れも図7(a)に示す比較例のサンプルよりも高くなっており、特に、位置P1での強度ピークはその違いが明らかである。すなわち、この結果から各実施例のサンプルの下電極膜が、比較例のサンプルの下電極膜よりも結晶性が良好であることが分かる。
【0048】
また、図8に、上記実施例1及び4並びに比較例のサンプルの下電極膜の表面のSEM像を示す。図8(a)に示すように、比較例のサンプルでは、下電極膜の表面状態が非常に粗いことが分かる。これに対し、実施例1及び4のサンプルでは、図8(b)、(c)に示すように、下電極膜の表面状態は、比較例のサンプルよりも明らかに平滑になっている。特に、実施例4のサンプルは、比較例のサンプルとの違いが明白である。このように下電極膜の表面状態からみても、各実施例のサンプルの下電極膜が、比較例のサンプルの下電極膜よりも結晶性が向上していることが分かる。すなわち、これらの結果から明らかなように、本発明の製造方法によれば、下電極膜の結晶性を大幅に向上することができる。
【0049】
なお、上述した製造方法によって製造されたインクジェット式記録ヘッドは、その後、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図9は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。図9に示すように、インクジェット式記録ヘッドを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。そして、駆動モータ6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8上を搬送されるようになっている。
【0050】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。また、上述した実施形態においては、アクチュエータ装置を液体吐出手段として具備し液体噴射装置に搭載される液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを例示したが、本発明は、広くアクチュエータ装置の全般を対象としたものである。したがって、勿論、本発明は、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンタ等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレー、FED(面発光ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。また、本発明は、液体噴射ヘッドに搭載されるアクチュエータ装置だけでなく、あらゆる装置に搭載されるアクチュエータ装置に適用できる。なお、アクチュエータ装置が搭載される他の装置としては、上述した液体噴射ヘッドの他に、例えば、センサー等が挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの分解斜視図である。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図及び断面図である。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図4】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図7】X線回折広角法による下電極膜の測定結果を示す図である。
【図8】下電極膜表面のSEM像である。
【図9】実施形態1に係る記録装置の概略図である。
【符号の説明】
【0052】
10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 55 絶縁体膜、 60 下電極膜、 70 圧電体層、 80 上電極膜、 120 密着層、 121 チタン層、 300 圧電素子


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に振動板を介して下電極を形成する工程と、該下電極上に圧電体層を形成する工程と、該圧電体層上に上電極を形成する工程とを具備し、前記下電極を形成する工程が、前記振動板上にチタン(Ti)を塗布して厚さが1nm〜10nmの少なくとも1層のチタン層を含む密着層を形成する工程と、該密着層上に少なくともイリジウム(Ir)を含む金属層からなる下電極を形成する工程とを含むことを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記密着層が複数層の前記チタン層で構成され、前記密着層を形成する工程では、前記基板上にチタン(Ti)を複数回塗布して全体の厚さが40nm以下となるように複数層の前記チタン層を形成することを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記密着層を形成する工程では、チタン(Ti)をスパッタ法により塗布して前記チタン層を形成し且つそのときのスパッタ圧力を2〜5(Pa)とすることを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法。
【請求項4】
請求項3において、前記チタン層を形成する際のパワー密度を2〜6(kW/m)とすることを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかにおいて、前記圧電体層を形成する工程では、前記下電極上に圧電材料を塗布して圧電体前駆体膜を形成すると共に該圧電体前駆体膜を焼成して結晶化させることを特徴とするアクチュエータ装置の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかの製造方法によって製造されたことを特徴とするアクチュエータ装置。
【請求項7】
請求項6に記載のアクチュエータ装置を液体吐出手段とするヘッドを備えたことを特徴とする液体噴射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−21392(P2006−21392A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−200526(P2004−200526)
【出願日】平成16年7月7日(2004.7.7)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】