説明

アルツハイマー病の予防および/または治療剤

本発明の課題は、新規なアルツハイマー病の予防および/または治療剤を提供することである。そして本発明のアルツハイマー病の予防および/または治療剤は、脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤を有効成分とすることを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、新規なアルツハイマー病の予防および/または治療剤に関する。
【背景技術】
アルツハイマー病(AD)の治療に関する研究は精力的に行われているが、完全なその予防法および治療法に関する報告はいまだ存在しない。これまでエストローゲンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)がADの治療に寄与すると報告されているが、その効果は必ずしも明らかではない(文献1:Kyomen HH,Hennen J,Gottlieb GL,et al.Estrogen therapy and noncognitive psychiatric signs and symptoms in elderly patients with dementia.Am J Psychiat 2002;159:1225−1227.)。ADの病態にアミロイドβ蛋白(Aβ)の蓄積が関与している事から、これまでのADの治療において、その前駆体であるアミロイドプレカーサー蛋白(APP)の、神経成長因子およびアポ蛋白E(Apo−E)による修飾によってAβの蓄積を抑制することが試みられてきたが(文献2:Arai H.Biological markers for the clinical diagnosis of Alzheimer’s disease.Tohoku J Exp Med 1996;179:65−79.)、この方法は必ずしも成功しているとは言い難い。またこれまで、ADの発症にアセチルコリン、ノルアドレナリン、セロトニン、グルタミン酸、ソマトスタチンおよびコルチコトロピン放出因子などのたくさんの神経伝達物質や神経ペプチドの低下が関与すると言われており(前述の文献2,文献3:Jia YX,Li JQ,Matsui T,et al.Neurochemical regulation of swallowing reflex in guinea pigs.Geriatr Gerontol Internat 2001;1:56−61.)、これらの因子の不足を補うことをターゲットにした治療が試みられてきたが、いずれも充分とは言えない。
これらのADの治療の中で、コリン性因子へのアプローチが試みられている。例えば、脳内のコリン作動性神経の機能障害がADの患者に認められるとの報告があり、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤のドネペジルは、脳内のアセチルコリン(Ach)を増加させることから、ADの治療薬として開発されてきた。そして、ドネペジルは、ADの患者のMMSE(Mini−Mental State Examination)スコアを容量依存的に改善させると報告されている(文献4:Rogers SL,Farlow MR,Doody RS,et al.A 24−week,double−blind,placebo−controlled trial of donepezil in patients with Alzheimer’s disease.Neurology 1998;50:136−145.)。ドネペジルは、ADの患者に対し、処方開始後2ないし3ヶ月で30点中2ないし3点のMMSEスコアを改善させると言われているが、半年後には非治療群に比べ1点のみの改善にとどまると報告されている(前述の文献4)。以上のように、ドネペジルのADに対する効果は限られている。我々は以前、和漢薬でコリンアセチルトランスフェラーゼ活性を高める加味温胆湯(Kami−Untan−To:KUT)が、軽度から中等度のADの患者でMMSEスコアの改善効果を示すと報告している(文献5:Wang Q,Iwasaki K,Suzuki T,et al.Potentiation of brain acetylcholine neurons by Kami−Untan−To(KUT)in aged mice:implications for a possible anti−dementia drug.Phytomedicine 2000;7:253−258.,文献6:Suzuki T,Arai H,Iwasaki K et al.A Japanese herbal medicine(Kami−Untan−To)in the treatment of Alzheimer’s disease:a pilot study.Alzheimers Rep 2001;5:177−182.)。しかし、加味温胆湯の効果は、ドネペジルと同様に限界があると言われている。ドネペジルと加味温胆湯のアセチルコリン増強作用の機序には相違があると言われており、その組み合わせ治療は更に検討される余地がある。
前述の通り、ADの病態に、脳内におけるAβの蓄積が関与していると言われている。Aβは神経細胞から常時分泌されているが、少なくとも健康な脳においては、分泌後すばやく分解され脳内に蓄積しないと言われている。岩田らは、ニュートラルエンドペプチダーゼ(NEP)がAβ代謝の中心的な役割を果たすと報告している(文献7:Iwata N,Tsubuki S,Takaki Y,et al.Identification of the major Aβ1−42 degrading catabolic pathway in brain parenchyma:suppression leads to biochemical and pathological deposition.Nat Med 2000;6:143−150.)。AβとNEPはお互いに関与し合い、病気の進展に寄与するものと考えられる。そこで、脳内のAβを低下させる治療法が有効ではないかと考えられる。例えば、Aβに対する受動的かつ能動的な免疫療法が、トランスジェニックマウスにおいて異常な記憶ならびに学習行動を改善させることが報告されている(文献8:Schenk D,Barbour R,Dunn W et al.Immunization with amyloid−beta attenuates Alzheimer−disease−like pathology in the PDAPP mouse.Nature 1999;400:173−177.)。ADの患者においては、Aβに対する免疫療法が神経病理の異常を改善させ、アストロサイトーシスを減少させ、Aβで満たされたミクログリア細胞を減少させることが予想される。しかし、現状では、ワクチンの開発および実質的普及までには長い時間が必要で、且つ、副作用として6%のケースに髄膜脳炎が認められている(文献9:Schenk D.Amyloid−β immunotherapy for Alzheimer’s disease:the end of the beginning.Nat Rev Neurosci 2002;3:824−828.)。その髄膜脳炎を除けば、Aβに対する抗体療法はADの病状進展を劇的に改善させることができると報告されている(文献10:Hock C,Konietzko U,Streffer JR,et al.Antibodies against β−amyloid slow cognitive decline in Alzheimer’s disease.Neuron 2003;38:547−554.)。よって、Aβに対する能動的な免疫療法は、今後更なる研究を必要とするものと思われる。
高血圧は血管性痴呆のみならず、ADの病状進展に関与する事が知られている。例えば、収縮期高血圧を有する高齢者では、カルシウムチャンネルブロッカーであるニトレンジピンを用いた降圧療法が1000人/年あたりの痴呆の発症を7.7人/年から3.8人/年に減らすと報告されている(文献11:Forette F,Seux M−L,Staessen JA,et al.Prevention of dementia in randomized double−blind placebo−controlled systolic hypertension in Europe(syst−Eur)trial.Lancet 1998;352:1347−1351.)。ある種の降圧療法は、血管性痴呆のみならずADの発症を予防する可能性が示唆される。例えば、これまでADの患者で、カルシウムチャンネルブロッカーによる神経保護作用が報告されている。Aβは神経細胞内のカルシウムイオンの濃度を上昇させ、この機序によりオキシダントやサイトカインなどの神経毒に対する脳の感受性を高め、モノアミン神経伝達物質の代謝を抑制する可能性が示唆されている(文献12:Heckbert SR,Longstreth Jr WT,Psaty BM,et al.The association of antihypertensive agents with MRI white matter findings and the Modified Mini−Mental State Examination in older patients.J Am Geriatr Soc 1997;45:1423−1433.)。
本発明は、以上の背景技術に鑑み、新規なアルツハイマー病の予防および/または治療剤を提供することを目的とする。
【発明の開示】
近年、レニンアンギオテンシン系(RAS)のある因子が、学習および記憶のプロセスに重要な役割を演じている事が報告されている(文献13:Hirawa N,Uehara Y,Kawabata Y,et al.Long−term inhibition of renin−angiotensin system sustains memory function in aged Dahl rats.Hypertension 1999;34:496−502.,文献14:Savaskan E,Hock C,Olivieri G,et al.Cortical alterations of angiotensin−converting enzyme,angiotensin II and AT1 receptor in Alzheimer’s dementia.Neurobiol Aging 2001;22;541−546.)。さらに、以前の研究によって、ADの患者の海馬や傍海馬回および前頭葉の皮質のアンギオテンシン変換酵素(ACE)活性が上昇していることが明らかにされている(前述の文献13と文献14)。脳内ACE活性の上昇は、ADの認知機能の障害に直接関与している可能性が示唆される。なぜなら、ACE活性の上昇に伴うアンジオテンシンIIの増加は、神経細胞終末からのアセチルコリンの放出を抑制すると考えられるからである。よって、脳内のACE活性の調節が、治療法に結びつく可能性が示唆される。ACE阻害剤が実際の臨床の現場に登場してから久しいが、脳内移行性[血液脳関門(BBB)通過性]という観点からは、それぞれの種類により千差万別である(文献15:Cushman DW,Wang FL.Fung WC,et al.Differentiation of angiotensin−converting enzyme(ACE)inhibitors by their selective inhibition of ACE in physiologically important target organs.Am J Hypertens 1989;2:294−306.)。脳内移行性のACE阻害剤は、脳内のレニンアンギオテンシン系に直接作用し、降圧以外の効果も期待される。我々はこの点に着目し、脳内移行性のACE阻害剤のADに対する有用性を見出すことで本発明を完成するに至った。
本発明は、上記の経緯からなされたものであり、本発明のADの予防および/または治療剤は、請求の範囲第1項記載の通り、脳内移行性のACE阻害剤を有効成分とすることを特徴とする。
また、請求の範囲第2項記載の予防および/または治療剤は、請求の範囲第1項記載の予防および/または治療剤において、前記の予防および/または治療剤が高血圧を有するヒトを対象としたものであることを特徴とする。
また、請求の範囲第3項記載の予防および/または治療剤は、請求の範囲第2項記載の予防および/または治療剤において、前記の予防および/または治療剤が高血圧に対して降圧作用を示す容量の脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤を有効成分とすることを特徴とする。
また、請求の範囲第4項記載の予防および/または治療剤は、請求の範囲第1項記載の予防および/または治療剤において、前記の脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤がペリンドプリルであることを特徴とする。
また、請求の範囲第5項記載の予防および/または治療剤は、請求の範囲第1項記載の予防および/または治療剤において、前記の脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤がカプトプリルであることを特徴とする。
また、請求の範囲第6項記載の予防および/または治療剤は、請求の範囲第1項記載の予防および/または治療剤において、前記の脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤がリシノプリルであることを特徴とする。
本発明によれば、新規なアルツハイマー病の予防および/または治療剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
図1は、3群のベースラインおよびエンドポイントのMMSEスコアを示す。各群は、脳内移行性ACE阻害剤投与群(グループA:●)、脳内非移行性ACE阻害剤投与群(グループB:○)、カルシウムチャンネルブロッカー投与群(グループC:▲)である。3群間ではベースラインのMMSEスコアに差は認めない。しかし、グループAの対象者の1年後のMMSEスコアの低下率は、グループBおよびグループCの対象者に比べ有意に抑制されていた。MMSEはMini−Mental State Examinationの略である。
図2は、アルツハイマー病の予防的および治療的戦略のダイヤグラムを示す。脳内移行性ACE阻害剤は、脳内のサブスタンスPを増加させ、それによりNEP活性が増強され脳内のAβの蓄積を防ぐ。また、日常生活における種々の刺激が脳内のサブスタンスPを増加させ、同様の機序でAβの蓄積を抑制する。
【発明を実施するための最良の形態】
我々は、脳内移行性のACE阻害剤に、ADの発症予防および治療(病状の進展抑制)効果があることを発見した。その機序としては、脳内に移行したACE阻害剤が脳内のサブスタンスP(SP)を増加させ、NEPの活性を高め、活性化したNEPが蓄積したAβを分解し、ADの発症を抑制し病状の進展を阻止するものと考えられる。また、脳内におけるACE阻害剤によるアンギオテンシンIIの産生抑制は、アンギオテンシンIIによるアセチルコリンの放出阻害を低減化し、ADの発症予防効果につながるものと考えられる。
本発明において、ADの予防および/または治療剤の有効成分となる脳内移行性のACE阻害剤は、アンギオテンシンIが昇圧活性を有するアンギオテンシンIIに変換されるのを防止するものであって、BBBを通過して脳内に移行する特性を有するものであれば、どのようなものであってもよい。市販のACE阻害剤の中では、ペリンドプリル(perindopril),カプトプリル(captopril),リシノプリル(lisinopril)が該当する。しかし、イミダプリル(imidapril)やエナラプリル(enalapril)は脳内非移行性のACE阻害剤なので、本発明におけるADの予防および/または治療剤の有効成分にはなり得ない。なお、本発明におけるACE阻害剤の脳内移行性とは、ACE阻害剤の通常の投与量、例えば、高血圧を有するヒトに対して降圧作用を示す投与量の範囲でのACE阻害剤の投与において、脳内のACE活性に変動を来たしうる程度のBBB通過性を示す特性をいうが、脳内移行性の有無は、実験科学的には、前述の文献15や後述の文献16に記載の方法で評価することができる。
本発明のADの予防および/または治療剤は、ACE阻害剤の本来の作用、即ち、降圧作用を発揮させるためのACE阻害剤の投与方法によって投与することが実用的であるが(特に高血圧を有するヒトに投与する場合に好適である)、投与方法は、これに限定される訳ではなく、経口的,非経口的,局所的,経皮的な投与方法で投与することができる。なお、その投与量は、例えば、有効成分、投与方法、ADの程度、投与対象者の健康状態などにより適宜決定されるものであるが、一般に、体重70kgのヒトについて、1日当たり、約0.5mg〜約1gの範囲である。
【実施例】
我々は、脳内移行性の高いACE阻害剤(前述の文献15,文献16:Chai SY,Perich R,Jackson B,et al.Acute and chronic effects of angiotensin−converting enzyme inhibitors on tissue angiotensin−converting enzyme.Clin Exp Pharmacol Physiol 1992;19:7−12.)がADの発症の抑制効果があるかどうかにつき検討を行った。我々は、1993年1月から2003年3月までに、高血圧を有する高齢者で、ACE阻害剤とその他の降圧薬を服用している患者におけるADの発症率を8年間にわたり東北大学病院の医療用コンピューターを用いて検索した。対象者は65歳以上の高齢者で、過去に痴呆の病歴を有さず、降圧薬により血圧が150/90mmHg以下にコントロールされている患者で、それぞれ脳内移行性ACE阻害剤投与群としてペリンドプリル(2mg/day)またはカプトプリル(37.5mg/day)またはリシノプリル(10mg/day)投与群、脳内非移行性ACE阻害剤投与群としてイミダプリル(5mg/day)またはエナラプリル(5mg/day)投与群、カルシウムチャンネルブロッカー投与群としてニフェジピン(20mg/day)またはニルバジピン(4mg/day)投与群、βブロッカー投与群としてアテノロール(50mg/day)またはメトプロロール(60mg/day)投与群、もしくは降圧利尿剤投与群としてトリクロールメチアジド(2mg/day)またはフロセミド(40mg/day)投与群とした。我々は無作為に65歳から72歳までの患者(平均年齢69歳、46%が女性)4,124人をエントリーし、平均8±1(標準誤差)年間にわたり経過観察を行った。その結果、4,124人のうち脳血管性痴呆およびADを含めた痴呆患者は計105名(2.5%)みられ、そのうち90名がADの患者であることをNINCDS−ADRDA診断基準(文献17:McKhaan G,Drachman D,Folstein M,et al.Clinical diagnosis of Alzheimer’s disease:Report of the NINCDS−ADRDA work group under auspices of the Department of Health and Human Services Task Force on Alzheimer’s disease.Neurology 1984;34:939−944.)に従って確認した。それぞれの降圧薬投与群における比較検討では、ADの発症率はACE阻害剤投与群全体では2.1%、カルシウムチャンネルブロッカー投与群では2.1%、βブロッカー投与群では2.6%、そして降圧利尿剤投与群では2.6%であり、いずれも有意差を認めなかった。しかし、ACE阻害剤のサブグループ解析では、脳内移行性ACE阻害剤投与群において、脳内非移行性ACE阻害剤投与群およびその他の降圧薬投与群に比較して有意にADの発症率が低下していた(オッズ比0.25、95%信頼区間0.08〜0.75、p=0.014)(表1)。スタチンなどのその他の薬物の使用頻度には、グループ間の差を認めなかった。

更に我々は、脳内移行性ACE阻害剤による治療が、高血圧を有する軽度から中等度のADの患者において、認知機能の低下を抑制し得るか否か、即ち、治療効果の有無について検討した。我々は、1年間におけるランダム化、前向きの比較試験を行った。対象者は、年齢65歳以上かつ血圧が140/90mmHg以上で、MMSEスコアが13ないし23点までの軽度から中等度のADの患者であり、仙台市にある3つの長期療養型施設に入所中の人たちであった。本研究では、エントリー前に使用していたコリンエステラーゼ阻害剤、スタチンもしくは低用量のアスピリンの使用は許可された。183名がスクリーニングされ、そのうち162名が最終的にエントリーされ、無作為に脳内移行性ACE阻害剤投与群[ペリンドプリル(2mg/day)またはカプトプリル(37.5mg/day)投与群(n=51、うち11名が男性、平均年齢76±2(標準誤差)歳)](グループA)、脳内非移行性ACE阻害剤投与群[イミダプリル(5mg/day)またはエナラプリル(5mg/day)投与群(n=53、うち12名が男性、平均年齢77±3歳)](グループB)、もしくはカルシウムチャンネルブロッカー投与群[ニフェジピン(20mg/day)またはニルバジピン(4mg/day)投与群(n=58、うち14名が男性、平均年齢75±2歳)](グループC)に2002年12月に割り付けをした。エントリー時に162人中94人(58%)がドネペジルを投与されていた。各群において、血圧を含む基礎データや内服薬および合併症に差はなかった。全ての対象者は前向きに1年間フォローされた。結果として、観察期間中全ての対象者は、収縮期血圧で132±4mmHg(グループA)、133±2mmHg(グループB)および130±3mmHg(グループC)と安定した血圧を保っており、低血圧症により離脱したグループCの1名を除き、研究を完遂した。各グループ群におけるベースラインのMMSEスコアは19.3±0.5(標準誤差)(グループA)、20.7±0.4(グループB)および20.5±0.4(グループC)であり、3群間で有意差を認めなかった(p>0.4)。しかし、グループAにおいては、1年後のMMSEスコアの減少率は0.6±0.1とグループBの4.6±0.3(p=0.0023)およびグループCの4.9±0.3(p<0.001)と比較して有意に低下していた(図1)。
ACEはサブスタンスP(SP)や他のタキキニンを含む多種多様の短鎖ペプチドの分解作用も有することから、ACE阻害剤はSPや他のタキキニンの作用を増強する事が知られている(文献18:Sekizawa K,Jia YX,Ebihara T,et al.Role of substance P in cough.Pulm Pharmacol 1996;9:323−328.,文献19:Ebihara T,Sekizawa K,Ohrui T,et al.Angiotensin−converting enzyme inhibitor and danazol increase sensitivity of cough reflex in female guinea pigs.Am J Respir Crit Care Med 1996;153:812−819.)。多くの臓器においてはSPの増加によりNEPが活性化すると報告されている(前述の文献18)。活性化したNEPはAβを分解し、これによってADの発症を抑制し、またADの進展を抑制する可能性が示唆されている(前述の文献7)。よって、我々は、脳内移行性ACE阻害剤がアセチルコリン依存性経路ならびにAβ依存性経路を介してAD予防および/または治療剤として作用する可能性を見出した(図2)。しかし、アセチルコリン依存性経路を介しての効果は、ドネペジルの効果から考えると限界があるものと思われる。我々は、脳内移行性ACE阻害剤が高血圧の患者におけるADの発症を1/4に減らす事を発見しているが、更に、脳内移行性ACE阻害剤による治療効果は、受動的かつ能動的なAβに対する髄膜脳炎のないワクチンと同じように有効である可能性が示唆された。現在、日本の厚生労働省の統計によると69歳の日本人における8年後のADの発症率は約4%と予想されている。日本では脳血管性痴呆の発症率も未だ高く、降圧療法が脳血管性痴呆の発症を抑制することが期待されるが、更に我々の研究によって脳内移行性ACE阻害剤のADの発症抑制および病状進展の抑制効果が明らかにされた。
その他として、現在、認知機能訓練による介入によって認知機能を改善させる試みがなされている(文献20:Ball K,Berch DB,Helmers KF,et al.Effects of cognitive training interventions with older adults.JAMA 2002;288:2271−2281.)。高齢になっても現役で働き続ける人の認知機能が、退職後4年を経た高齢者に比べ明らかに良いとする報告がある(文献21:Rogers RI,Meyer JS,Mortel KF.After reaching retirement age physical activity sustains cerebral perfusion and cognition.J Am Geriatr Soc 1990;38:123−128.)。更に、歯ブラシによる口腔の刺激によって、唾液中へのSPの放出が増強されるとの報告もある(文献22:Yoshino A,Ebihara T,Ebihara S,et al.Daily oral care and risk factors for pneumonia among elderly nursing home patients.JAMA 2001;286:2235−2236.)。喀痰中のSPの濃度は、肺炎を繰り返す日常生活動作(ADL)の低下した患者では低いと報告されている(文献23:Nakagawa T,Ohrui T,Sekizawa K,et al.Sputum substance P in aspiration pneumonia.Lancet 1995;345:1447.)。よって、身体的刺激によって、ADLを高める方法がSPの増加をもたらし、NEPの活性を高め脳内のAβの分解を促進する可能性が示唆される。誤嚥性肺炎の患者では、ACE阻害剤やドーパミンアゴニストによる治療が、気道および咽頭粘膜内のSPを増加させ、誤嚥に対する防御効果を有することが明らかにされている(文献24:Yamaya M,Yanai M,Ohrui T,Arai H,Sasaki H.Interventions to prevent pneumonia among older adults.J Am Geriatr Soc 2001;49:85−90.,文献25:Yamaya M,Ohrui T,Kubo H,Ebihara S,Arai H,Sasaki H.Prevention of respiratory infections in the elderly.Geriatr Gerontol Internat 2002;2:115−121.)。我々は、誤嚥性肺炎のみならずADの予防および/または治療においても、SPが重要な役割を演じているものと考える。よってSPを増加させる各種の刺激がADの発症抑制および治療に役立つのではないかと考える(図2)。
【産業上の利用可能性】
本発明は、新規なアルツハイマー病の予防および/または治療剤を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図1】

【図2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤を有効成分とすることを特徴とするアルツハイマー病の予防および/または治療剤。
【請求項2】
前記の予防および/または治療剤が高血圧を有するヒトを対象としたものであることを特徴とする請求の範囲第1項記載の予防および/または治療剤。
【請求項3】
前記の予防および/または治療剤が高血圧に対して降圧作用を示す容量の脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤を有効成分とすることを特徴とする請求の範囲第2項記載の予防および/または治療剤。
【請求項4】
前記の脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤がペリンドプリルであることを特徴とする請求の範囲第1項記載の予防および/または治療剤。
【請求項5】
前記の脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤がカプトプリルであることを特徴とする請求の範囲第1項記載の予防および/または治療剤。
【請求項6】
前記の脳内移行性のアンギオテンシン変換酵素阻害剤がリシノプリルであることを特徴とする請求の範囲第1項記載の予防および/または治療剤。

【国際公開番号】WO2005/011736
【国際公開日】平成17年2月10日(2005.2.10)
【発行日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−512443(P2005−512443)
【国際出願番号】PCT/JP2004/002721
【国際出願日】平成16年3月4日(2004.3.4)
【出願人】(899000035)株式会社 東北テクノアーチ (68)
【Fターム(参考)】