アレルゲン低減化方法、低アレルゲン化卵白の製造方法、低アレルゲン化卵白組成物の製造方法および低アレルゲン化食品
【課題】大型または複雑な装置を必要とすることなく実施でき、食感、起泡性、泡安定性等の卵白本来の基本特性を維持しつつアレルゲンの含有量を低減することが可能なアレルゲン低減化方法、低アレルゲン化卵白の製造方法、低アレルゲン化卵白組成物の製造方法および低アレルゲン化食品の提供を目的とする。
【解決手段】加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定した加熱加圧処理により卵白におけるアレルゲンの含有量を低減するアレルゲン低減化方法、低アレルゲン化卵白の製造方法、低アレルゲン化卵白組成物の製造方法および低アレルゲン化食品に関する。上記の加熱加圧処理の処理時間は10秒間〜8分間の範囲内に設定されることが好ましい。
【解決手段】加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定した加熱加圧処理により卵白におけるアレルゲンの含有量を低減するアレルゲン低減化方法、低アレルゲン化卵白の製造方法、低アレルゲン化卵白組成物の製造方法および低アレルゲン化食品に関する。上記の加熱加圧処理の処理時間は10秒間〜8分間の範囲内に設定されることが好ましい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵白におけるアレルゲンの含有量を低減してアレルギー症状を引き起こし難くするアレルゲン低減化方法、該アレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白の製造方法、該アレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白組成物の製造方法、および、該低アレルゲン化卵白を含有する食品または該低アレルゲン化卵白組成物からなる食品である低アレルゲン化食品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食物アレルギーの即時型反応を示す患者の増加は著しく、社会問題にも発展している。なかでもIgE抗体に起因する乳幼児の卵アレルギーは大きな問題である。卵アレルギーの主要因は、卵白に含まれるオボアルブミンやオボムコイドなどの特定のタンパク質であることがすでに明らかにされている。オボアルブミンは、たとえば80〜100℃程度で加熱処理すると変性するため、卵白を加熱して摂取することにより該オボアルブミンによるアレルギー反応は回避され得る。一方、オボムコイドは耐熱性、耐消化性が高く、変性し難いことが知られている。オボムコイドの耐熱性および耐消化性は、分子中のオリゴサッカライドにより形成される強固なタンパク質構造に起因するものである。
【0003】
オボムコイドを100℃程度で30分間以上ボイル処理した場合に該オボムコイドの三次構造の一部が変性することはすでに報告されているが、IgE抗体が認識するオボムコイドのエピトープ部位は数箇所あり、一部のエピトープ部位の三次構造が変性しても、残存するエピトープ部位によりオボムコイドのアレルギー性は維持される。
【0004】
特許文献1には、卵白液のpHを1ないし6に調整後、60ないし90℃にて加熱し、生成したゲル様沈殿物をpH7ないし10にて再溶解させた後、乾燥する方法が提案されている。また特許文献2には、pHを10〜11.5に調整した卵白水溶液を80℃以上で加熱処理する方法が提案されている。しかし特許文献1および2においては、卵白液を酸性またはアルカリ性の条件下で処理するため、処理後の卵白においてはアレルゲン以外のタンパク分子にも過度の変性が生じてしまう。卵白において、アレルゲン以外のタンパク分子が過度に変性すると、該卵白を食品に用いた際に良好な食感や起泡性、泡安定性などの卵白本来の基本特性が得られない点で不都合である。
【0005】
特許文献3には、卵白液を加熱凝固させたのち、細砕し、次いで水洗する方法が提案されている。この技術においては、加熱凝固後の卵白に含まれるオボムコイドを水洗して除去することにより低アレルゲン化卵白を得ることを特徴とする。また特許文献4には、タンパク質およびそれを含む食品原料と小麦粉を混合ないし混捏し、次いで焼成する方法が提案されている。この技術においては、オボムコイドを含みつつもアレルギー性が低減された食品を得ることを特徴とする。しかしこれらの技術においては十分な低アレルゲン化が困難であるという問題がある。
【0006】
一方、非特許文献1には、乾燥卵白溶液または該乾燥卵白溶液と牛乳もしくは小麦粉とを混合した乾燥卵白混合溶液に対して、沸騰浴上で30分間のスチーム処理または170℃のオーブンで30分間の乾熱処理を行なうことにより卵白の低アレルゲン化を図る方法が提案されている。しかし上記のスチーム処理では十分な低アレルゲン化が困難であり、また上記の乾熱処理では卵白中のアレルゲン以外のタンパク分子に過度の熱変性が生じ、該卵白を食品に用いた際に良好な食感や起泡性、泡安定性などの卵白本来の基本特性が得られないという問題がある。
【0007】
非特許文献1では、さらに、上記の乾燥卵白溶液または上記の乾燥卵白混合溶液に対して、圧力686MPa、常温で30分間の超高圧処理を行なうことも試みられている。タンパク質の高次構造が加熱処理または高圧処理により変性することは一般に知られており、上記の方法によれば卵白中のアレルゲンの高次構造を変性させることによる低アレルゲン化がある程度可能である。しかし、上記の超高圧処理では、装置の安全性等の問題から高温処理が困難であり、常温での処理では十分な低アレルゲン化が困難であるという問題がある。さらに、超高圧処理のためには複雑かつ大型な装置が必要であり、製造コストの点でも改善の余地がある。
【特許文献1】特開昭61−15644号公報
【特許文献2】特開2004−261154号公報
【特許文献3】特開平7−236454号公報
【特許文献4】特開平11-46721号公報
【非特許文献1】「加工操作による卵白抗原・オボムコイドの低減化に及ぼす影響」Bulletin Mukogawa Women’s University Nature Science,50,103−107(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記の課題を解決し、大型または複雑な装置を必要とすることなく実施でき、食感、起泡性、泡安定性等の卵白本来の基本特性を維持しつつアレルゲンの含有量を低減することが可能なアレルゲン低減化方法、該アレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白の製造方法、該アレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白組成物の製造方法、および該低アレルゲン化卵白を含有する食品または該低アレルゲン化卵白組成物からなる食品である低アレルゲン化食品の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定した加熱加圧処理により卵白におけるアレルゲンの含有量を低減する、アレルゲン低減化方法に関する。
【0010】
本発明のアレルゲン低減化方法において、加熱加圧処理の処理時間は10秒間〜8分間の範囲内に設定されることが好ましい。
【0011】
本発明のアレルゲン低減化方法において、含有量が低減されるアレルゲンはオボムコイドを含むことが好ましい。
【0012】
本発明のアレルゲン低減化方法において、加熱加圧処理は密閉した容器内で行なわれることが好ましい。
【0013】
本発明はまた、加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定して卵白を加熱加圧処理することにより該卵白におけるアレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白を得る、低アレルゲン化卵白の製造方法に関する。
【0014】
本発明の低アレルゲン化卵白の製造方法においては、卵白が生卵白または乾燥卵白溶液であり、かつ該生卵白または該乾燥卵白溶液の水分率が70〜98質量%の範囲内とされることが好ましい。
【0015】
本発明はまた、加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定して、卵白を少なくとも含む卵白組成物を加熱加圧処理することにより、該卵白組成物におけるアレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白組成物を得る、低アレルゲン化卵白組成物の製造方法に関する。
【0016】
本発明はまた、上記の低アレルゲン化卵白の製造方法により得られる低アレルゲン化卵白を含有する食品または上記の低アレルゲン化卵白組成物の製造方法により得られる低アレルゲン化卵白組成物からなる食品である低アレルゲン化食品に関する。該低アレルゲン化食品は、好ましくは離乳食、卵ボーロであることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、複雑な装置または処理を必要とすることなく、食感、起泡性、泡安定性等の卵白本来の基本特性を維持しつつ卵白におけるアレルゲンの含有量を低減することができ、アレルゲンの含有量が顕著に低減された低アレルゲン化卵白、低アレルゲン化卵白組成物および低アレルゲン化食品を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明においては、加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力140〜400kPaの範囲内、処理温度110〜150℃の範囲内で卵白または卵白組成物を加熱加圧処理することにより、卵白中のアレルゲンの含有量を低減する。本発明においては、卵白が単独で加熱加圧処理されても良く、また卵白が固体または液体の卵白組成物において他の成分と混合された状態で加熱加圧処理されても良い。典型的には、生卵白の状態や、乾燥卵白をたとえば水等の溶媒に溶解させた乾燥卵白溶液の状態で加熱加圧処理が好ましく行なわれる。
【0019】
ここで上記の生卵白は、天然卵を割卵して卵黄と卵白とを分離して得られる卵白を意味する。また上記の乾燥卵白は、たとえば卵白を均一に攪拌して凍結乾燥機にて脱水し、凍結乾燥する方法により調製されることができる固体状の卵白である。
【0020】
本発明においては、加熱水蒸気中および/または熱水中で卵白または卵白組成物(以下、卵白および卵白組成物を総称して、卵白含有物とも称する)を加熱加圧処理する。卵白含有物を加熱処理することにより低アレルゲン化を行なう際、該卵白含有物の表面と内部とで温度差が生じると十分かつ均一な低アレルゲン化が困難であるが、本発明においては、加熱水蒸気および/または熱水により卵白含有物の表面のみならず内部の加熱も十分に行なわれる。すなわち、卵白含有物が熱水中で加熱加圧処理される場合においては、該熱水が本発明における処理温度に達していることにより該卵白含有物の内部の実温も処理温度またはそれに近い温度まで達していると考えられる。また、卵白含有物が加熱水蒸気中で加熱加圧処理される場合においては、卵白含有物がたとえば固体状態で加熱加圧処理に供されても、加熱水蒸気は分子サイズが小さいために該卵白の内部まで入り込み易い。本発明における処理温度に達している加熱水蒸気が該卵白含有物の内部に入り込むことにより、該卵白含有物の内部の実温も処理温度またはそれに近い温度まで達していると考えられる。すなわち、本発明においては、処理圧力および処理温度を過度に高く設定することなく卵白含有物中のアレルゲンのタンパク分子の高次構造の破壊による変性を十分に進行させることができるため、大型または複雑な装置が不要であるとともに、卵白中のアレルゲン以外のタンパク分子の過度の変性を防止して卵白本来の基本特性を維持し、かつ十分な低アレルゲン化効果を得ることができる。
【0021】
また、卵白中の代表的なアレルゲンであるオボアルブミンやオボムコイドは水溶性であるため、加熱水蒸気および/または熱水がアレルゲンのタンパク分子の周囲に存在することにより親水性の環境が形成されることは、タンパク分子の二次構造、特にαへリックス構造を形成する水素結合が切断され易くなる点でも有利である。
【0022】
本発明において加熱加圧処理される卵白が、たとえば生卵白や乾燥卵白水溶液等、水を含有する状態で供給される場合には、該卵白中の水が加熱加圧処理の際に加熱されることによって熱水となり、熱水中での該卵白の加熱加圧処理が可能となる。この場合、加熱水蒸気が供給される必要はないが、熱水とともに加熱水蒸気が供給されても良い。
【0023】
一方、本発明において加熱加圧される卵白含有物が、たとえばケーキ等の固形物からなる卵白組成物に卵白が含有された状態で供給される場合には、加熱加圧装置内において該固形物の周囲に加熱水蒸気を供給することにより、加熱水蒸気中での卵白の加熱加圧処理が可能となる。
【0024】
本発明において行なわれる加熱加圧処理の処理圧力は140〜400kPaの範囲内とされる。該処理圧力が140kPaより低い場合、アレルゲンのタンパク分子の変性が十分に進行しない点で好ましくない。一方該処理圧力が400kPaより高い場合、卵白中のアレルゲン以外のタンパク分子の変性が過度に進行する点、および加熱加圧処理のための装置が大型化することによって製造コストが過度に上昇してしまう点で好ましくない。該処理圧力は、さらに170kPa以上、さらに190kPa以上とされることが好ましく、また、さらに300kPa以下、さらに250kPa以下とされることが好ましい。
【0025】
本発明において行なわれる加熱加圧処理の処理温度は110〜150℃の範囲内とされる。該処理温度が110℃より低い場合、アレルゲンのタンパク分子の変性が十分に進行しない点で好ましくない。一方処理温度が150℃より高い場合、卵白中におけるアレルゲン以外のタンパク分子の変性が過度に生じることにより卵白本来の基本特性が所望の程度得られない点で好ましくない。該処理温度は、さらに115℃以上、さらに118℃以上が好ましく、また、さらに140℃以下、さらに130℃以下、さらに125℃以下が好ましい。
【0026】
なお、上記の処理圧力および処理温度は、本発明において加熱加圧処理される卵白含有物に対して実際に与えられている圧力および温度の値であることが好ましいが、装置の特性上測定が困難である場合には、加熱加圧処理装置における設定圧力および設定温度であっても良い。
【0027】
本発明においては、加熱加圧処理の処理時間が10秒間〜8分間に設定されることが好ましい。該処理時間が10秒間以上である場合、アレルゲンのタンパク分子の変性が良好に進行する点で好ましく、8分間以下である場合、卵白中におけるアレルゲン以外のタンパク分子の過度の変性が防止され、卵白本来の基本特性が良好に維持される点で好ましい。該処理時間は、さらに15秒間以上、さらに20秒間以上、さらに30秒間以上が好ましく、また、さらに5分以下、さらに3分間以下、さらに2分間以下、さらに1.5分間以下が好ましい。
【0028】
なお、本発明の加熱加圧処理においては、室温から所定の処理温度まで昇温する間、および所定の処理温度から室温まで降温する間においても加熱加圧処理が若干進行する。たとえば、室温から処理温度まで20〜30分間程度かけて昇温し、処理温度から室温まで20〜30分間程度かけて降温することができる。
【0029】
本発明においては、卵白含有物の水分率が70〜98質量%の範囲内に設定されることができる。該水分率が70質量%以上である場合、卵白含有物中に十分な熱水が供給されることによってアレルゲンのタンパク分子の変性が良好に進行する点で好ましく、98質量%以下である場合、卵白含有物中の固形分濃度が高いために加熱加圧処理の効果が良好に得られるとともに処理後の低アレルゲン化卵白組成物がたとえば食品等として利用される際の利便性が良好である点で好ましい。該水分率は、さらに75質量%以上、さらに80質量%以上とされることが好ましく、また、さらに95質量%以下、さらに90質量%以下とされることが好ましい。
【0030】
なお、卵白含有物中の水分率は、溶液中に含まれる溶質量を測定することにより求めることができる。測定方法としては、たとえば、加熱乾燥法が挙げられる。これは、秤量皿に2〜3g程度の試料を採取し、精秤したのちに105℃の恒温乾燥機で2〜4時間乾燥し、30〜60分間放冷し精秤するという操作によるものである。その他に公知の方法としてカールフィッシャ法や近赤外分光法などを利用した小型の自動水分測定装置などで水分率を測定することも可能である。
【0031】
本発明における低アレルゲン化の対象となるアレルゲンとしては、オボムコイドやオボアルブミン等が挙げられるが、本発明においては、卵白中におけるアレルゲン以外のタンパク分子の過度の変性を防止しつつアレルゲン含有量の低減が可能であるため、耐熱性および耐消化性が高く低アレルゲン化が一般に困難なオボムコイドの低アレルゲン化に対して特に好ましく適用される。
【0032】
本発明における加熱加圧処理の処理圧力および処理温度は、加熱加圧処理装置の圧力および温度を所定の範囲内に設定することにより制御される。処理圧力および処理温度の制御は、加熱機構と加圧機構とを少なくとも備えた加熱加圧処理装置を用いて行なうことが可能であり、加熱加圧処理時の雰囲気ガスとしては、空気の他、たとえば窒素等の不活性ガス等が採用され得る。
【0033】
本発明においては、加熱加圧処理が密閉された容器内で行なわれることが特に好ましい。すなわち、密閉された容器内に液体状態の水を存在させた状態で、該容器内の温度を上げていくことにより、水の気化等によって容器内の圧力を上昇させることができる。これにより本発明における加熱加圧処理で必要な処理圧力および処理温度が小型かつ簡便な装置で得られる。密閉された容器内での加熱加圧処理の前に該容器内に充填される雰囲気ガスとしては空気や窒素等を使用できる。また、密閉可能な容器の準備にあたっては、加熱水蒸気が飽和蒸気圧で容器内に存在できるように、容器のサイズ、卵白含有物の量、水の供給量等の初期条件を設定することが好ましい。加熱水蒸気が飽和蒸気圧で容器内に存在する場合、アレルゲンのタンパク分子の変性がより良好に進行する。
【0034】
本発明においては、低アレルゲン化卵白中または低アレルゲン化卵白組成物中のアレルゲン含有量が加熱加圧処理前の卵白含有物中のアレルゲン含有量のたとえば5.0%以下、さらに2.0%以下、さらに1.0%以下となるよう低アレルゲン化することができる。低アレルゲン化卵白中または低アレルゲン化卵白組成物中のアレルゲン含有量がそれぞれの加熱加圧処理前の状態である卵白含有物中のアレルゲン含有量の10%以下である場合、卵アレルギー患者が食品として摂取可能な程度に低アレルゲン化されていることとなり好ましい。
【0035】
なお本発明の製造方法における加熱加圧処理前後の卵白中または卵白組成物中のアレルゲン含有量は、たとえば厚生労働省の検査方法に準拠したFASTKITシリーズFASTKITイライザ卵キット(日本ハム株式会社製)を用いる方法や卵アレルギー患者の血清のIgE抗体との結合性をELISA法により調べる方法等により、加熱加圧処理前後の卵白中のアレルゲン含有量を同一条件で測定して比較することにより算出できる。
【0036】
また、本発明において低アレルゲン化されるアレルゲンとして特にオボムコイドが選択される場合には、たとえばマウスモノクローナル抗体を用い、マウスIgG抗体との結合性をELISA法により調べる方法等により、アレルゲンとして作用するオボムコイド、すなわち高次構造が維持された未変性のオボムコイドの加熱加圧処理前後の卵白中または卵白組成物中での含有量を同一条件で測定して比較することにより算出できる。
【0037】
本発明において得られる低アレルゲン化卵白が食品中に含有されている場合には、該食品中のアレルゲン含有量として上記のアレルゲン含有量が評価されても良い。
【0038】
上記のような製造方法で得られる低アレルゲン化卵白は、たとえば離乳食、卵ボーロ、プリン、茶碗蒸、ケーキ等の食品の他、化粧品、薬品等にも含有されることができる。また、アレルゲン低減化がされていない卵白を用いて卵白組成物を調製した後、該卵白組成物を加熱加圧処理することにより本発明の低アレルゲン化卵白組成物からなる食品等を調製しても良い。本発明により得られる低アレルゲン化卵白においては、卵白本来の基本特性が維持されつつアレルゲン含有量が低減されているため、該低アレルゲン化卵白を食品に含有させた場合、起泡性、泡安定性等の調理性や食感が良好となるため特に好ましい。また本発明の低アレルゲン化卵白組成物からなる食品も良好な食感を有する点で好ましい。
【0039】
[実施例]
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0040】
<分析例1>
pH7.2の0.01Mリン酸緩衝液(以下、PBSとも称する)に0.15MでNaClを溶解させて得た溶液に、アルコール分画法で精製して得た精製オボムコイドを溶解し、オボムコイドの1質量%PBS溶液(以下、オボムコイド溶液とも称する)を得た。該オボムコイド溶液をポリプロピレン製食品用フィルムに封入し、密閉して、吸気シールして得たオボムコイド溶液パウチを、圧力鍋(ナショナル製の家庭用圧力鍋、型番「SR−PM32 3.2L」マイコンタイプ)(以下、単に圧力鍋とも称する)に入れ、処理温度を120℃、処理時間を1分間に設定して加熱加圧処理した。処理圧力は、圧力鍋の表示によれば2.0気圧(202.650kPa)であった。該加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により分析用オボムコイド溶液1を得た。
【0041】
(オボムコイドの二次構造)
得られた分析用オボムコイド溶液1、および加熱加圧処理前のオボムコイド溶液につき、日本分光工業製のスペクトロポラリメータ(型番「J−720」)を用い、波長185〜250nmの範囲条件でCDスペクトル(円偏光二色性)測定を行なったところ、CDスペクトルの形状が異なっていた。そこで、スペクトル解析によりpH7のときのオボムコイドのαへリックス構造とβシート構造との存在割合を、αへリックス、βシート、不規則構造を合わせて100%として算出したところ、加熱加圧処理後の分析用オボムコイド溶液1では、αへリックス構造の存在割合が4.5%、βシート構造の存在割合が55%であった。一方、加熱加圧処理前のオボムコイド溶液では、αへリックス構造の存在割合が13%、βシート構造の存在割合が50%であった。
【0042】
すなわち、分析用オボムコイド溶液1では、加熱加圧処理前のオボムコイド溶液と比べてβシート構造の存在割合が変化していない一方、αへリックス構造の存在割合が顕著に減少していた。これらの結果より、120℃、2.0気圧(202.650kPa)の加熱加圧処理によって、オボムコイド溶液中のオボムコイドのαへリックス構造が破壊されることが確認された。
【0043】
(マウスIgG抗体を用いたオボムコイド含有量測定)
分析用オボムコイド溶液1と加熱加圧処理前のオボムコイド溶液とをそれぞれ後述の上清試料とし、後述の方法で、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なったところ、分析用オボムコイド溶液1の1g中のオボムコイド含有量は0.099mgであり、加熱加圧処理前のオボムコイド溶液1g中のオボムコイド含有量の2.028mgと比べて著しく低減されていた。
【0044】
すなわち、これらの結果から、本発明の処理圧力および処理温度でオボムコイド溶液の加熱加圧処理を行なうと、αへリックス構造の破壊によるオボムコイドの変性が生じ、該変性が一因となってアレルゲンとして作用する未変性のオボムコイドの含有量が低減されるものと推測できる。これらの結果をふまえ、以下の実施例および比較例に係る検討を行なった。
【0045】
<実施例1>
(乾燥卵白)
卵白として、乾燥卵白を水で0.1g/mlの溶液としたものを用いた。すなわち該卵白の水分率は90質量%である。なお、乾燥卵白としては、生卵白を十分攪拌し、−30℃において凍結した後凍結乾燥したものを用いた。
【0046】
上記の卵白の0.5gを、ポリプロピレン製の食品用フィルム(大日本印刷製)に封入し、吸気シールし、卵白パウチを作製した。該卵白パウチを圧力鍋に入れ、処理温度を120℃、処理時間を1分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白からなる低アレルゲン化食品1を得た。
【0047】
低アレルゲン化食品1を食品用フィルムから取り出したところ、液体と固体が入り混じった状態であり完全に固化したものではなかった。
【0048】
低アレルゲン化食品1の5gを、PBS10mlに懸濁させた後、ホモジナイザーを用い、10秒間のホモジナイズ処理を3回繰り返した。さらに10000rpmで30分間遠心分離し、上清試料1を得た。上清試料1につき、後述の方法でマウスIgG抗体を用いた間接ELISA法を行なった。
【0049】
<実施例2>
(生卵白)
卵白として、水分率が90質量%である生卵白を用いた他は実施例1と同様の方法で卵白パウチの作製および加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理温度は120℃、処理時間は1分間、処理圧力は2.0気圧(202.650KPa)である。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白からなる低アレルゲン化食品2を得た。
【0050】
低アレルゲン化食品2を食品用フィルムから取り出したところ、液体と固体が入り混じった状態であり完全に固化したものではなかった。低アレルゲン化食品2につき、起泡性、泡安定性、保存性の評価を行なった。
【0051】
また、実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品2から上清試料2を得た。上清試料2につき、後述の方法で、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定、および卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いた間接ELISA法によるアレルゲン含有量測定を行なった。
【0052】
<実施例3>
(ゆで卵)
卵白組成物として、水分率が90質量%である生卵白を24質量%含有し、かつ水分率が76質量%とされたゆで卵を用いた。圧力鍋に水5/4カップ(250ml)を入れ、蒸し板を敷いた上に該卵白組成物を入れ、処理温度を113℃、処理時間を1分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は1.6気圧(162.12kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である113℃に上昇するまでに20分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに20分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品3であるゆで卵を得た。
【0053】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品3から上清試料3を得た。上清試料3につき、後述の方法で、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0054】
<実施例4>
(ゆで卵)
処理温度を120℃とした他は実施例3と同様の方法を用いて加熱加圧処理を行なった。なお本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品4であるゆで卵を得た。
【0055】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品4から上清試料4を得た。上清試料4につき、後述の方法で、FASTKITシリーズFASTKITイライザ卵キット(以下FASTKITともいう)を用いたアレルゲン含有量測定、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0056】
<実施例5>
(プリン)
卵白組成物として、水分率が90質量%である生卵白を27質量%含有し、かつ水分率が86質量%とされたプリンを用いた。圧力鍋に水5/4カップ(250ml)を入れ、蒸し板を敷いた上に該卵白組成物を入れ、処理温度を120℃、処理時間を1分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品5であるプリンを得た。
【0057】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品5から上清試料5を得た。上清試料5につき、後述の方法で、FASTKITを用いたアレルゲン含有量測定を行なった。
【0058】
<実施例6>
(茶碗蒸)
卵白組成物として、水分率が90質量%である生卵白を16質量%含有し、かつ水分率が96質量%とされた茶碗蒸を用いた。圧力鍋に水5/4カップ(250ml)を入れ、蒸し板を敷いた上に該卵白組成物を入れ、処理温度を120℃、処理時間を2分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品6である茶碗蒸を得た。
【0059】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品6から上清試料6を得た。上清試料6につき、後述の方法で、FASTKITを用いたアレルゲン含有量測定を行なった。
【0060】
<実施例7>
(ケーキ)
卵白組成物として、水分率が90質量%である生卵白を29質量%含有し、かつ水分率が27質量%とされたケーキを用いた。圧力鍋に水5/4カップ(250ml)を入れ、蒸し板を敷いた上に該卵白組成物を入れ、処理温度を120℃、処理時間を7分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品7であるケーキを得た。
【0061】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品7から上清試料7を得た。上清試料7につき、後述の方法で、FASTKITを用いたアレルゲン含有量測定を行なった。
【0062】
<実施例8>
(卵ボーロ)
実施例1で得た低アレルゲン化食品1である低アレルゲン化卵白を含有する下記の材料を常法にて混合し、160℃で1分間予備加熱したオーブンにより160℃で6分間加熱し、低アレルゲン化卵白を含有する低アレルゲン化食品8である卵ボーロを得た。
材料
片栗粉 50g
小麦粉 10g
砂糖 25g
低アレルゲン化食品1 7g
卵黄 3g
ベーキングパウダー 0.5g
低アレルゲン化食品8の5gをPBS15ml懸濁させた後、ホモジナイザーを用い、9000rpmで10秒間のホモジナイズ処理を6回繰り返した。続いて、10rpmで1時間の室温回転抽出を行なった。続いて、4℃、10000rpmで30分間遠心分離し、上清試料8を得た。また、遠心分離後の沈殿物はペプシン処理し、ペプシン消化物とした。ペプシン処理方法は、沈殿物に0.05Nの塩酸10mlを加え、これにペプシン0.2gを加えて37℃にて5時間反応させた。反応終了後、4℃、10000rpmで30分間遠心分離し、その上清1mlに対して1Mのトリス(Tris)を100μl加えて中和した。
【0063】
上清試料8とペプシン消化物につきそれぞれ、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いた間接ELISA法によるアレルゲン含有量測定を行なった。そして上清試料8とペプシン消化物の測定値の和を低アレルゲン化食品8のオボムコイド含有量、アレルゲン含有量とした。
【0064】
<比較例1>
(乾燥卵白溶液の加熱処理)
乾燥卵白の10質量%PBS溶液8mlを、オーブンを用い170℃で30分間加熱処理し、比較加工物1を得た。また、該比較加工物1から実施例1と同様の方法で比較上清試料1を得た。比較上清試料1につき、マウスIgG抗体を用いた競合阻害ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0065】
<比較例2>
(乾燥卵白溶液のスチーム処理)
乾燥卵白の10質量%PBS溶液8mlを、沸騰浴上で30分間スチーム処理し、比較加工物2を得た。また、該比較加工物2から実施例1と同様の方法で比較上清試料2を得た。比較上清試料2につき、マウスIgG抗体を用いた競合阻害ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0066】
<比較例3>
(乾燥卵白の加圧処理)
乾燥卵白の10質量%PBS溶液8mlを、三菱製の食品加圧装置(型番「MFP−7000」)に入れ、設定圧力686Mpa、20℃で30分間加圧処理し、比較加工物3を得た。また、該比較加工物3から実施例1と同様の方法で比較上清試料3を得た。比較上清試料3につき、マウスIgG抗体を用いた競合阻害ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0067】
なお、FASTKIT、マウスIgG抗体、IgE抗体を用いた各評価において、低アレルゲン化食品1については乾燥卵白を水で0.1g/mlの溶液にしたものを、低アレルゲン化食品2および比較加工物1〜3に対しては生卵白を、低アレルゲン化食品3〜7については各実施例における加熱加圧処理前の卵白組成物を、低アレルゲン化食品8については市販の卵ボーロを、それぞれ対照とし、同一条件で別途測定した。
【0068】
<評価方法>
(アレルゲン含有量)
上記で得た上清試料について、下記の方法でアレルゲン含有量を測定した。なお、卵白中の代表的なアレルゲンは水溶性であることから、下記の測定においては、本発明における低アレルゲン化の対象であるアレルゲンのほぼ全量が上記の上清試料中に存在しているものと見なした。
【0069】
1.FASTKITを用いたアレルゲン含有量測定
上記で得た上清試料について、厚生労働省の検査方法に準拠した前述したFASTKITの卵キットを用い、上清試料中のアレルゲン含有量を測定した。なお、FASTKITは、公知である様々なアレルゲンに対するポリクローナル抗体との結合性の程度から試料中のアレルゲン含有量を評価する公知のキットであり、卵キットは、450nmの吸光度によりアレルゲンであるオボムコイド、オボアルブミンなど公知の卵中の様々なアレルゲンを検出するキットである。
【0070】
2.オボムコイド抗体(マウスIgG抗体)によるオボムコイド含有量測定
上記で得た上清試料について、オボムコイドに対するマウスモノクローナル抗体を用い、間接ELISA法または競合阻害ELISA法により、上清試料中の抗原性を有するオボムコイド含有量の測定を行なった。
【0071】
マウスモノクローナル抗体の作製
オボムコイドを免疫したマウス脾臓細胞とミエローマとの融合細胞をクローニングした後、オボムコイド抗体産生細胞4−8Dをマウス腹腔内に注入し、腹水を得た。得た腹水を3000rpmで20分間遠心分離した後、腹水の上清に硫酸アンモニウムを飽和状態になるまで添加、調製し、塩析を利用してタンパク質を析出させ、13000rpmで15分間遠心分離した。そして得られた沈殿をPBSで溶解して透析し、マウスモノクローナル抗体OMmAb(4−8D)(以下、単にOMmAb(4−8D)とも称する)を得た。
【0072】
(1)間接ELISA法
アッセイプレート(IWAKI社製)に、上記で得た上清試料を抗原タンパク質として100μl/wellずつ添加し、4℃で一夜静置して吸着させ、抗原吸着プレートを得た。該抗原吸着プレートを、0.05%Tween20を含むPBS(以下、PBS−Tという)200μl/wellで3回洗浄した後、1%のBSA(牛血清アルブミン)を含むPBSを150μl/wellで添加し、室温で1時間のブロッキングを行なった。これを再びPBS−Tで3回洗浄した。
【0073】
上記で得たプレートに、一次抗体として1μg/mlのOMmAb(4−8D)を100μl/wellで添加し、室温で2時間振とうして吸着させた後、PBS−Tで3回洗浄した。次に、二次抗体としてペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG抗体の1000倍希釈物を100μl/wellで添加し、室温で2時間振とうして吸着させた。その後PBS−Tで3回洗浄し、1質量%でσ−フェニレンジアミン・H2O2を含む0.1Mクエン酸ナトリウム緩衝溶液(pH5.0)からなる反応基質を、100μl/well加えて室温で10分間反応させた。2M H2SO4を100μl/well加えて発色を止めることにより反応を停止させ、490nmにおける吸光度を測定した。
【0074】
同時に、PBSにアルコール分画法で精製して得た精製オボムコイドを溶解することによって調製したオボムコイド濃度10μg/ml,5μg/ml,1μg/ml,0.5μg/ml,0.1μg/ml,0.0μg/mlの標準溶液を作製し、上記と同様の操作を行ない、吸光度を測定した。標準溶液の吸光度の値から標準曲線を作成し、この標準曲線を基準としてOMmAb(4−8D)と反応したオボムコイドの濃度を算出した。そして、低アレルゲン化食品2〜4と低アレルゲン化食品8およびこれらの各対照の1g中のオボムコイド含有量を算出した。
【0075】
(2)競合阻害ELISA法
アッセイプレート(IWAKI社製)に、10μg/mlのオボムコイドを100μl/wellずつ添加し、4℃で一夜静置して吸着させ、抗原吸着プレートを得た。該抗原吸着プレートを、PBS−T200μl/wellで3回洗浄した後、1%のBSAを含むPBSを150μl/wellで添加し、室温で1時間のブロッキングを行なった。これを再びPBS−Tで3回洗浄した。
【0076】
次に、6本のマイクロチューブに、一次抗体である1μg/mlのOMmAb(4−8D)0.1mlずつ入れ、さらにそれぞれに上清試料を0μl、5μl,10μl,15μl,20μl,30μl添加し、マイクロチューブ内で混合し1時間反応させた。そして、上記各マイクロチューブからそれぞれ100μlずつwellに添加し、室温で2時間振とうして吸着させた。その後PBS−Tで3回洗浄した。
【0077】
次に、二次抗体としてペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG抗体の1000倍希釈物を100μl/wellで添加し、室温で2時間振とうして吸着させた。その後PBS−Tで3回洗浄し、1質量%でσ−フェニレンジアミン・H2O2を含む0.1Mクエン酸ナトリウム緩衝溶液(pH5.0)からなる反応基質を、100μl/well加えて室温で10分間反応させた。2M H2SO4を100μl/well加えて発色を止めることにより反応を停止させ、490nmにおける吸光度を測定した。吸光度は、1μg/ml濃度のOMmAb(4−8D)0.1mlと抗原を含まないPBS0.015mlとを反応させた時の吸光度を1とした相対吸光度で示した。
【0078】
3.卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いたアレルゲン含有量測定
上記で得た上清試料について、一次抗体として卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用い、二次抗体としてanti−Human IgE−HRP(西洋ワサビペルオキシダーゼ)標識抗体を用いた他は前述の間接ELISA法と同様の操作を行なった。なお上記のIgE抗体として、卵アレルギーと診断された乳幼児患者の血清をアッセイに供した。患者は、4ヶ月児から3歳4ヶ月児までの、保護者からインフォームドコンセントを得た卵アレルギー児33名である。
【0079】
本実施例において、IgE抗体を用いた間接ELISA法で検出されるアレルゲン含有量を求めるための検量線を以下の要領で作成した。まず、PBSにアルコール分画法で精製して得た精製オボムコイドを溶解することによって調製したオボムコイド濃度10μg/ml,5μg/ml,1μg/ml,0.5μg/ml,0.1μg/ml,0.0μg/mlの標準溶液を作製した。これらの標準溶液について上記と同様の操作でIgE抗体を用いた間接ELISA法を行ない、吸光度を測定した。そして、横軸をオボムコイド濃度、縦軸を吸光度の値として検量線を作成した。
【0080】
次に上清試料2、上清試料8、実施例8のペプシン消化物についてIgE抗体を用いた間接ELISA法を行なってサンプル吸光度を測定した。そして、検量線上のサンプル吸光度に対応する吸光度からオボムコイド濃度を読み取った。オボムコイドは主要なアレルゲンであることは周知であるため、便宜上サンプル吸光度に対応するオボムコイド濃度をアレルゲン濃度とし、アレルゲン含有量を算出した。
【0081】
(基本特性)
低アレルゲン化卵白の基本特性として、起泡性、泡安定性および保存性について評価した。実施例2で得た低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白をPBS10mlに懸濁し、ホモジナイザーを用い、9000rpmで4分間ホモジナイズした。ホモジナイズにより形成された卵白泡につき下記の方法で起泡性および泡安定性の評価を行なった。
【0082】
1.起泡性
上記の方法で得た卵白泡を、予め質量を測定したシャーレを満たすように入れ、該卵白泡で満たしたシャーレの質量を測定した。これとは別に、上記で使用したものと同一のシャーレに水を満たして質量を測定した。これらの質量から、下記の式、
(卵白泡の比重)=(卵白泡を満たしたシャーレの質量(g)−シャーレのみの質量(g))/(水を満たしたシャーレの質量(g)−シャーレのみの質量(g))
に従い卵白泡の比重を算出した。卵白泡の比重が小さいほど低アレルゲン化卵白の起泡性が高いことを意味する。
【0083】
2.泡安定性
上記の方法で得た卵白泡を、ろ紙を張った漏斗に移し、該卵白泡を漏斗から滴下させた。20分間での滴下量を測定し、下記の式、
(滴下速度)=(20分間での卵白泡の滴下量(g))/(漏斗に満たした卵白泡の質量(g))
に従い、卵白泡の滴下速度を測定した。該滴下速度が遅いほど泡安定性が高いことを意味する。
【0084】
3.保存性
低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白を、ポリプロピレン製の食品フィルム(大日本印刷製)に封入し、4℃の暗所である冷蔵庫内で、1週間、1ヶ月、2ヶ月、5ヶ月のそれぞれの期間保存した。保存後の該低アレルゲン化卵白について、起泡性と泡安定性を評価した。起泡性は上記と同様の方法で卵白泡の比重を算出することで評価した。泡安定性は、卵白泡を、ろ紙を張った漏斗に移し、該卵白泡を漏斗から滴下させ、2分間経過後の滴下量から、
(値A)=(2分間での卵白泡の滴下量(g))/(漏斗に満たした卵白泡の質量(g))
を算出し、
(泡安定性評価値)=1/((値A)/(経過した時間(2分)))
に従い、泡安定性を評価した。泡安定性評価値が高いほど泡安定性が高いことを意味する。
【0085】
<評価結果>
(マウスIgG抗体を用いたオボムコイド含有量測定)
図1は、実施例1で得た低アレルゲン化食品1についてマウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した吸光度を示す図である。図1に示すように低アレルゲン化食品1における吸光度は0.015であり、対照の乾燥卵白を水で0.1g/mlの溶液としたものの吸光度が0.725であるのと比べて吸光度が著しく減少していることから、低アレルゲン化食品1のオボムコイド含有量が低減されていることが分かる。
【0086】
図2は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。図2に示すように、低アレルゲン化食品2の1g中のオボムコイド含有量は0.087mgであり、対照の生卵白のオボムコイド含有量が1.429mgであるのと比べてオボムコイド含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0087】
図3は、実施例3,4で得た低アレルゲン化食品3,4におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。図3に示すように、低アレルゲン化食品3,4の1g中のオボムコイド含有量はそれぞれ7.3μg,3.8μgであり、対照である卵白組成物1g中のオボムコイド含有量が65.4μgであるのと比べてオボムコイド含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0088】
図4は、実施例8で得た低アレルゲン化食品8におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。図4に示すように、低アレルゲン化食品8の1g中のオボムコイド含有量は21.8μgであり、対照の市販ボーロ1g中のオボムコイド含有量が451.8μgであるのと比べてオボムコイド含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0089】
図5は、比較例1〜3で得た比較加工物1〜3におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用い競合阻害ELISA法により測定した結果を示す図である。図5に示すように、比較加工物1,2のオボムコイド含有量は対照の生卵白と比べて低減されたものの、比較加工物3においては、オボムコイド含有量が低減されていなかった。また比較加工物1においては、オボムコイド含有量が、対照の生卵白の約30〜50%程度に低減されたに留まり、また比較加工物2においても、オボムコイド含有量が、対照の生卵白の約50〜70%程度に低減されたに留まっていた。本明細書における各実施例と各比較例とでは評価方法が異なるために直接の比較はできないものの、対照の生卵白との比較により、比較例1〜3のような加熱処理、スチーム処理または加圧処理に対して本発明の加熱加圧処理が顕著に優位であることは確認できる。
【0090】
上記の結果から、耐熱性および耐消化性が高く一般に低アレルゲン化が困難なオボムコイドに対しても、本発明による低アレルゲン化効果が顕著に現れていることが分かる。また、卵白を乾燥卵白溶液、または生卵白の状態で加熱加圧処理した場合には、食品の状態で加熱加圧処理した場合と比べて低アレルゲン化効果をより良好に得られることが分かる。
【0091】
(FASTKITによるアレルゲン含有量の測定)
図6は、実施例4〜7で得た低アレルゲン化食品4〜7におけるアレルゲン含有量をFASTKITを用いて測定した結果を示す図である。図6に示すように、低アレルゲン化食品4〜7の1g中のアレルゲン含有量はそれぞれ4.2μg,7.6μg,12.5μg,17.2μgであり、それぞれの対照である卵白組成物1g中のアレルゲン含有量が44.4μg,39.4μg,32.8μg,42.2μgであるのと比べて、アレルゲン含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0092】
この結果から、本発明によれば卵白中のアレルゲンに対する低アレルゲン化効果が顕著に得られることが分かる。
【0093】
(卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いたアレルゲン含有量測定)
図7は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2におけるアレルゲン含有量を、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いてELISA法により測定した結果を示す図である。図7に示すように、低アレルゲン化食品2の1g中のアレルゲン含有量は0.081mgであり、対照の生卵白1g中のアレルゲン含有量が34.51mgであるのと比べてアレルゲン含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0094】
図8は、実施例8で得た低アレルゲン化食品8におけるアレルゲン含有量を、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いてELISA法により測定した結果を示す図である。図8に示すように、低アレルゲン化食品8の1g中のアレルゲン含有量は0.1mgであり、対照の市販卵ボーロ1g中のアレルゲン含有量が12.85mgであるのと比べてアレルゲン含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0095】
上記の結果から、本発明によれば卵白中のアレルゲンに対する低アレルゲン化効果が顕著に得られることが分かる。また、特に卵白を生卵白の状態で加熱加圧処理した場合においては、食品の状態で加熱加圧処理した場合と比べて低アレルゲン化効果をより良好に得られることが分かる。
【0096】
(起泡性)
図9は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2の起泡性の評価結果を示す図である。図9に示すように、低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白から作製された卵白泡の比重は、対照の生卵白から作製された卵白泡とほぼ同等であり、低アレルゲン化食品2は良好な起泡性を保持していることが分かる。
【0097】
(泡安定性)
図10は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2の泡安定性の評価結果を示す図である。図10の縦軸は、卵白泡の滴下速度から求めた卵白泡の重量に対する流出失液の重量の割合を示している。図10に示すように、低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白から作製された卵白泡の泡安定性は、対照の生卵白から作製された卵白泡の泡安定性と比べて若干低いものの大きな差はなく、低アレルゲン化食品2が良好な泡安定性を保持していることが分かる。
【0098】
(保存性)
図11は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2の保存性の評価結果を示す図である。図11に示すように、低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白から作製された卵白泡の保存性は、保存期間5ヶ月までにおいて良好であった。
【0099】
(食感)
低アレルゲン化食品1〜8を試食したところ良好な食感を有していた。
【0100】
上記の結果から、本発明により得られる低アレルゲン化卵白または低アレルゲン化卵白組成物においては、食感、起泡性、泡安定性等の卵白本来の基本特性が良好に維持されつつ、アレルゲン含有量が著しく低減されていることが分かる。特に、卵白が、生卵白または乾燥卵白溶液の状態で加熱加圧処理される場合、アレルゲン含有量の低減効果がより良好に得られることが分かる。
【0101】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明において得られる低アレルゲン化卵白および低アレルゲン化卵白組成物は、卵白本来の基本性能を有しつつアレルゲン含有量が十分に低減されたものであり、たとえば離乳食、卵ボーロ、プリン、茶碗蒸、ケーキ等の食品の他、化粧品、薬品等にも好適に適用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】実施例1で得た低アレルゲン化食品1におけるオボムコイド含有量をマウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により評価した結果を示す図である。
【図2】実施例2で得た低アレルゲン化食品2におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。
【図3】実施例3,4で得た低アレルゲン化食品3,4におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。
【図4】実施例8で得た低アレルゲン化食品8におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。
【図5】比較例1〜3で得た比較加工物1〜3におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用い競合阻害ELISA法により測定した結果を示す図である。
【図6】実施例4〜7で得た低アレルゲン化食品4〜7におけるアレルゲン含有量をFASTKITを用いて測定した結果を示す図である。
【図7】実施例2で得た低アレルゲン化食品2におけるアレルゲン含有量を、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いてELISA法により測定した結果を示す図である。
【図8】実施例8で得た低アレルゲン化食品8におけるアレルゲン含有量を、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いてELISA法により測定した結果を示す図である。
【図9】実施例2で得た低アレルゲン化食品2の起泡性の評価結果を示す図である。
【図10】実施例2で得た低アレルゲン化食品2の泡安定性の評価結果を示す図である。
【図11】実施例2で得た低アレルゲン化食品2の保存性の評価結果を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵白におけるアレルゲンの含有量を低減してアレルギー症状を引き起こし難くするアレルゲン低減化方法、該アレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白の製造方法、該アレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白組成物の製造方法、および、該低アレルゲン化卵白を含有する食品または該低アレルゲン化卵白組成物からなる食品である低アレルゲン化食品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食物アレルギーの即時型反応を示す患者の増加は著しく、社会問題にも発展している。なかでもIgE抗体に起因する乳幼児の卵アレルギーは大きな問題である。卵アレルギーの主要因は、卵白に含まれるオボアルブミンやオボムコイドなどの特定のタンパク質であることがすでに明らかにされている。オボアルブミンは、たとえば80〜100℃程度で加熱処理すると変性するため、卵白を加熱して摂取することにより該オボアルブミンによるアレルギー反応は回避され得る。一方、オボムコイドは耐熱性、耐消化性が高く、変性し難いことが知られている。オボムコイドの耐熱性および耐消化性は、分子中のオリゴサッカライドにより形成される強固なタンパク質構造に起因するものである。
【0003】
オボムコイドを100℃程度で30分間以上ボイル処理した場合に該オボムコイドの三次構造の一部が変性することはすでに報告されているが、IgE抗体が認識するオボムコイドのエピトープ部位は数箇所あり、一部のエピトープ部位の三次構造が変性しても、残存するエピトープ部位によりオボムコイドのアレルギー性は維持される。
【0004】
特許文献1には、卵白液のpHを1ないし6に調整後、60ないし90℃にて加熱し、生成したゲル様沈殿物をpH7ないし10にて再溶解させた後、乾燥する方法が提案されている。また特許文献2には、pHを10〜11.5に調整した卵白水溶液を80℃以上で加熱処理する方法が提案されている。しかし特許文献1および2においては、卵白液を酸性またはアルカリ性の条件下で処理するため、処理後の卵白においてはアレルゲン以外のタンパク分子にも過度の変性が生じてしまう。卵白において、アレルゲン以外のタンパク分子が過度に変性すると、該卵白を食品に用いた際に良好な食感や起泡性、泡安定性などの卵白本来の基本特性が得られない点で不都合である。
【0005】
特許文献3には、卵白液を加熱凝固させたのち、細砕し、次いで水洗する方法が提案されている。この技術においては、加熱凝固後の卵白に含まれるオボムコイドを水洗して除去することにより低アレルゲン化卵白を得ることを特徴とする。また特許文献4には、タンパク質およびそれを含む食品原料と小麦粉を混合ないし混捏し、次いで焼成する方法が提案されている。この技術においては、オボムコイドを含みつつもアレルギー性が低減された食品を得ることを特徴とする。しかしこれらの技術においては十分な低アレルゲン化が困難であるという問題がある。
【0006】
一方、非特許文献1には、乾燥卵白溶液または該乾燥卵白溶液と牛乳もしくは小麦粉とを混合した乾燥卵白混合溶液に対して、沸騰浴上で30分間のスチーム処理または170℃のオーブンで30分間の乾熱処理を行なうことにより卵白の低アレルゲン化を図る方法が提案されている。しかし上記のスチーム処理では十分な低アレルゲン化が困難であり、また上記の乾熱処理では卵白中のアレルゲン以外のタンパク分子に過度の熱変性が生じ、該卵白を食品に用いた際に良好な食感や起泡性、泡安定性などの卵白本来の基本特性が得られないという問題がある。
【0007】
非特許文献1では、さらに、上記の乾燥卵白溶液または上記の乾燥卵白混合溶液に対して、圧力686MPa、常温で30分間の超高圧処理を行なうことも試みられている。タンパク質の高次構造が加熱処理または高圧処理により変性することは一般に知られており、上記の方法によれば卵白中のアレルゲンの高次構造を変性させることによる低アレルゲン化がある程度可能である。しかし、上記の超高圧処理では、装置の安全性等の問題から高温処理が困難であり、常温での処理では十分な低アレルゲン化が困難であるという問題がある。さらに、超高圧処理のためには複雑かつ大型な装置が必要であり、製造コストの点でも改善の余地がある。
【特許文献1】特開昭61−15644号公報
【特許文献2】特開2004−261154号公報
【特許文献3】特開平7−236454号公報
【特許文献4】特開平11-46721号公報
【非特許文献1】「加工操作による卵白抗原・オボムコイドの低減化に及ぼす影響」Bulletin Mukogawa Women’s University Nature Science,50,103−107(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記の課題を解決し、大型または複雑な装置を必要とすることなく実施でき、食感、起泡性、泡安定性等の卵白本来の基本特性を維持しつつアレルゲンの含有量を低減することが可能なアレルゲン低減化方法、該アレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白の製造方法、該アレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白組成物の製造方法、および該低アレルゲン化卵白を含有する食品または該低アレルゲン化卵白組成物からなる食品である低アレルゲン化食品の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定した加熱加圧処理により卵白におけるアレルゲンの含有量を低減する、アレルゲン低減化方法に関する。
【0010】
本発明のアレルゲン低減化方法において、加熱加圧処理の処理時間は10秒間〜8分間の範囲内に設定されることが好ましい。
【0011】
本発明のアレルゲン低減化方法において、含有量が低減されるアレルゲンはオボムコイドを含むことが好ましい。
【0012】
本発明のアレルゲン低減化方法において、加熱加圧処理は密閉した容器内で行なわれることが好ましい。
【0013】
本発明はまた、加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定して卵白を加熱加圧処理することにより該卵白におけるアレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白を得る、低アレルゲン化卵白の製造方法に関する。
【0014】
本発明の低アレルゲン化卵白の製造方法においては、卵白が生卵白または乾燥卵白溶液であり、かつ該生卵白または該乾燥卵白溶液の水分率が70〜98質量%の範囲内とされることが好ましい。
【0015】
本発明はまた、加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定して、卵白を少なくとも含む卵白組成物を加熱加圧処理することにより、該卵白組成物におけるアレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白組成物を得る、低アレルゲン化卵白組成物の製造方法に関する。
【0016】
本発明はまた、上記の低アレルゲン化卵白の製造方法により得られる低アレルゲン化卵白を含有する食品または上記の低アレルゲン化卵白組成物の製造方法により得られる低アレルゲン化卵白組成物からなる食品である低アレルゲン化食品に関する。該低アレルゲン化食品は、好ましくは離乳食、卵ボーロであることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、複雑な装置または処理を必要とすることなく、食感、起泡性、泡安定性等の卵白本来の基本特性を維持しつつ卵白におけるアレルゲンの含有量を低減することができ、アレルゲンの含有量が顕著に低減された低アレルゲン化卵白、低アレルゲン化卵白組成物および低アレルゲン化食品を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明においては、加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力140〜400kPaの範囲内、処理温度110〜150℃の範囲内で卵白または卵白組成物を加熱加圧処理することにより、卵白中のアレルゲンの含有量を低減する。本発明においては、卵白が単独で加熱加圧処理されても良く、また卵白が固体または液体の卵白組成物において他の成分と混合された状態で加熱加圧処理されても良い。典型的には、生卵白の状態や、乾燥卵白をたとえば水等の溶媒に溶解させた乾燥卵白溶液の状態で加熱加圧処理が好ましく行なわれる。
【0019】
ここで上記の生卵白は、天然卵を割卵して卵黄と卵白とを分離して得られる卵白を意味する。また上記の乾燥卵白は、たとえば卵白を均一に攪拌して凍結乾燥機にて脱水し、凍結乾燥する方法により調製されることができる固体状の卵白である。
【0020】
本発明においては、加熱水蒸気中および/または熱水中で卵白または卵白組成物(以下、卵白および卵白組成物を総称して、卵白含有物とも称する)を加熱加圧処理する。卵白含有物を加熱処理することにより低アレルゲン化を行なう際、該卵白含有物の表面と内部とで温度差が生じると十分かつ均一な低アレルゲン化が困難であるが、本発明においては、加熱水蒸気および/または熱水により卵白含有物の表面のみならず内部の加熱も十分に行なわれる。すなわち、卵白含有物が熱水中で加熱加圧処理される場合においては、該熱水が本発明における処理温度に達していることにより該卵白含有物の内部の実温も処理温度またはそれに近い温度まで達していると考えられる。また、卵白含有物が加熱水蒸気中で加熱加圧処理される場合においては、卵白含有物がたとえば固体状態で加熱加圧処理に供されても、加熱水蒸気は分子サイズが小さいために該卵白の内部まで入り込み易い。本発明における処理温度に達している加熱水蒸気が該卵白含有物の内部に入り込むことにより、該卵白含有物の内部の実温も処理温度またはそれに近い温度まで達していると考えられる。すなわち、本発明においては、処理圧力および処理温度を過度に高く設定することなく卵白含有物中のアレルゲンのタンパク分子の高次構造の破壊による変性を十分に進行させることができるため、大型または複雑な装置が不要であるとともに、卵白中のアレルゲン以外のタンパク分子の過度の変性を防止して卵白本来の基本特性を維持し、かつ十分な低アレルゲン化効果を得ることができる。
【0021】
また、卵白中の代表的なアレルゲンであるオボアルブミンやオボムコイドは水溶性であるため、加熱水蒸気および/または熱水がアレルゲンのタンパク分子の周囲に存在することにより親水性の環境が形成されることは、タンパク分子の二次構造、特にαへリックス構造を形成する水素結合が切断され易くなる点でも有利である。
【0022】
本発明において加熱加圧処理される卵白が、たとえば生卵白や乾燥卵白水溶液等、水を含有する状態で供給される場合には、該卵白中の水が加熱加圧処理の際に加熱されることによって熱水となり、熱水中での該卵白の加熱加圧処理が可能となる。この場合、加熱水蒸気が供給される必要はないが、熱水とともに加熱水蒸気が供給されても良い。
【0023】
一方、本発明において加熱加圧される卵白含有物が、たとえばケーキ等の固形物からなる卵白組成物に卵白が含有された状態で供給される場合には、加熱加圧装置内において該固形物の周囲に加熱水蒸気を供給することにより、加熱水蒸気中での卵白の加熱加圧処理が可能となる。
【0024】
本発明において行なわれる加熱加圧処理の処理圧力は140〜400kPaの範囲内とされる。該処理圧力が140kPaより低い場合、アレルゲンのタンパク分子の変性が十分に進行しない点で好ましくない。一方該処理圧力が400kPaより高い場合、卵白中のアレルゲン以外のタンパク分子の変性が過度に進行する点、および加熱加圧処理のための装置が大型化することによって製造コストが過度に上昇してしまう点で好ましくない。該処理圧力は、さらに170kPa以上、さらに190kPa以上とされることが好ましく、また、さらに300kPa以下、さらに250kPa以下とされることが好ましい。
【0025】
本発明において行なわれる加熱加圧処理の処理温度は110〜150℃の範囲内とされる。該処理温度が110℃より低い場合、アレルゲンのタンパク分子の変性が十分に進行しない点で好ましくない。一方処理温度が150℃より高い場合、卵白中におけるアレルゲン以外のタンパク分子の変性が過度に生じることにより卵白本来の基本特性が所望の程度得られない点で好ましくない。該処理温度は、さらに115℃以上、さらに118℃以上が好ましく、また、さらに140℃以下、さらに130℃以下、さらに125℃以下が好ましい。
【0026】
なお、上記の処理圧力および処理温度は、本発明において加熱加圧処理される卵白含有物に対して実際に与えられている圧力および温度の値であることが好ましいが、装置の特性上測定が困難である場合には、加熱加圧処理装置における設定圧力および設定温度であっても良い。
【0027】
本発明においては、加熱加圧処理の処理時間が10秒間〜8分間に設定されることが好ましい。該処理時間が10秒間以上である場合、アレルゲンのタンパク分子の変性が良好に進行する点で好ましく、8分間以下である場合、卵白中におけるアレルゲン以外のタンパク分子の過度の変性が防止され、卵白本来の基本特性が良好に維持される点で好ましい。該処理時間は、さらに15秒間以上、さらに20秒間以上、さらに30秒間以上が好ましく、また、さらに5分以下、さらに3分間以下、さらに2分間以下、さらに1.5分間以下が好ましい。
【0028】
なお、本発明の加熱加圧処理においては、室温から所定の処理温度まで昇温する間、および所定の処理温度から室温まで降温する間においても加熱加圧処理が若干進行する。たとえば、室温から処理温度まで20〜30分間程度かけて昇温し、処理温度から室温まで20〜30分間程度かけて降温することができる。
【0029】
本発明においては、卵白含有物の水分率が70〜98質量%の範囲内に設定されることができる。該水分率が70質量%以上である場合、卵白含有物中に十分な熱水が供給されることによってアレルゲンのタンパク分子の変性が良好に進行する点で好ましく、98質量%以下である場合、卵白含有物中の固形分濃度が高いために加熱加圧処理の効果が良好に得られるとともに処理後の低アレルゲン化卵白組成物がたとえば食品等として利用される際の利便性が良好である点で好ましい。該水分率は、さらに75質量%以上、さらに80質量%以上とされることが好ましく、また、さらに95質量%以下、さらに90質量%以下とされることが好ましい。
【0030】
なお、卵白含有物中の水分率は、溶液中に含まれる溶質量を測定することにより求めることができる。測定方法としては、たとえば、加熱乾燥法が挙げられる。これは、秤量皿に2〜3g程度の試料を採取し、精秤したのちに105℃の恒温乾燥機で2〜4時間乾燥し、30〜60分間放冷し精秤するという操作によるものである。その他に公知の方法としてカールフィッシャ法や近赤外分光法などを利用した小型の自動水分測定装置などで水分率を測定することも可能である。
【0031】
本発明における低アレルゲン化の対象となるアレルゲンとしては、オボムコイドやオボアルブミン等が挙げられるが、本発明においては、卵白中におけるアレルゲン以外のタンパク分子の過度の変性を防止しつつアレルゲン含有量の低減が可能であるため、耐熱性および耐消化性が高く低アレルゲン化が一般に困難なオボムコイドの低アレルゲン化に対して特に好ましく適用される。
【0032】
本発明における加熱加圧処理の処理圧力および処理温度は、加熱加圧処理装置の圧力および温度を所定の範囲内に設定することにより制御される。処理圧力および処理温度の制御は、加熱機構と加圧機構とを少なくとも備えた加熱加圧処理装置を用いて行なうことが可能であり、加熱加圧処理時の雰囲気ガスとしては、空気の他、たとえば窒素等の不活性ガス等が採用され得る。
【0033】
本発明においては、加熱加圧処理が密閉された容器内で行なわれることが特に好ましい。すなわち、密閉された容器内に液体状態の水を存在させた状態で、該容器内の温度を上げていくことにより、水の気化等によって容器内の圧力を上昇させることができる。これにより本発明における加熱加圧処理で必要な処理圧力および処理温度が小型かつ簡便な装置で得られる。密閉された容器内での加熱加圧処理の前に該容器内に充填される雰囲気ガスとしては空気や窒素等を使用できる。また、密閉可能な容器の準備にあたっては、加熱水蒸気が飽和蒸気圧で容器内に存在できるように、容器のサイズ、卵白含有物の量、水の供給量等の初期条件を設定することが好ましい。加熱水蒸気が飽和蒸気圧で容器内に存在する場合、アレルゲンのタンパク分子の変性がより良好に進行する。
【0034】
本発明においては、低アレルゲン化卵白中または低アレルゲン化卵白組成物中のアレルゲン含有量が加熱加圧処理前の卵白含有物中のアレルゲン含有量のたとえば5.0%以下、さらに2.0%以下、さらに1.0%以下となるよう低アレルゲン化することができる。低アレルゲン化卵白中または低アレルゲン化卵白組成物中のアレルゲン含有量がそれぞれの加熱加圧処理前の状態である卵白含有物中のアレルゲン含有量の10%以下である場合、卵アレルギー患者が食品として摂取可能な程度に低アレルゲン化されていることとなり好ましい。
【0035】
なお本発明の製造方法における加熱加圧処理前後の卵白中または卵白組成物中のアレルゲン含有量は、たとえば厚生労働省の検査方法に準拠したFASTKITシリーズFASTKITイライザ卵キット(日本ハム株式会社製)を用いる方法や卵アレルギー患者の血清のIgE抗体との結合性をELISA法により調べる方法等により、加熱加圧処理前後の卵白中のアレルゲン含有量を同一条件で測定して比較することにより算出できる。
【0036】
また、本発明において低アレルゲン化されるアレルゲンとして特にオボムコイドが選択される場合には、たとえばマウスモノクローナル抗体を用い、マウスIgG抗体との結合性をELISA法により調べる方法等により、アレルゲンとして作用するオボムコイド、すなわち高次構造が維持された未変性のオボムコイドの加熱加圧処理前後の卵白中または卵白組成物中での含有量を同一条件で測定して比較することにより算出できる。
【0037】
本発明において得られる低アレルゲン化卵白が食品中に含有されている場合には、該食品中のアレルゲン含有量として上記のアレルゲン含有量が評価されても良い。
【0038】
上記のような製造方法で得られる低アレルゲン化卵白は、たとえば離乳食、卵ボーロ、プリン、茶碗蒸、ケーキ等の食品の他、化粧品、薬品等にも含有されることができる。また、アレルゲン低減化がされていない卵白を用いて卵白組成物を調製した後、該卵白組成物を加熱加圧処理することにより本発明の低アレルゲン化卵白組成物からなる食品等を調製しても良い。本発明により得られる低アレルゲン化卵白においては、卵白本来の基本特性が維持されつつアレルゲン含有量が低減されているため、該低アレルゲン化卵白を食品に含有させた場合、起泡性、泡安定性等の調理性や食感が良好となるため特に好ましい。また本発明の低アレルゲン化卵白組成物からなる食品も良好な食感を有する点で好ましい。
【0039】
[実施例]
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0040】
<分析例1>
pH7.2の0.01Mリン酸緩衝液(以下、PBSとも称する)に0.15MでNaClを溶解させて得た溶液に、アルコール分画法で精製して得た精製オボムコイドを溶解し、オボムコイドの1質量%PBS溶液(以下、オボムコイド溶液とも称する)を得た。該オボムコイド溶液をポリプロピレン製食品用フィルムに封入し、密閉して、吸気シールして得たオボムコイド溶液パウチを、圧力鍋(ナショナル製の家庭用圧力鍋、型番「SR−PM32 3.2L」マイコンタイプ)(以下、単に圧力鍋とも称する)に入れ、処理温度を120℃、処理時間を1分間に設定して加熱加圧処理した。処理圧力は、圧力鍋の表示によれば2.0気圧(202.650kPa)であった。該加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により分析用オボムコイド溶液1を得た。
【0041】
(オボムコイドの二次構造)
得られた分析用オボムコイド溶液1、および加熱加圧処理前のオボムコイド溶液につき、日本分光工業製のスペクトロポラリメータ(型番「J−720」)を用い、波長185〜250nmの範囲条件でCDスペクトル(円偏光二色性)測定を行なったところ、CDスペクトルの形状が異なっていた。そこで、スペクトル解析によりpH7のときのオボムコイドのαへリックス構造とβシート構造との存在割合を、αへリックス、βシート、不規則構造を合わせて100%として算出したところ、加熱加圧処理後の分析用オボムコイド溶液1では、αへリックス構造の存在割合が4.5%、βシート構造の存在割合が55%であった。一方、加熱加圧処理前のオボムコイド溶液では、αへリックス構造の存在割合が13%、βシート構造の存在割合が50%であった。
【0042】
すなわち、分析用オボムコイド溶液1では、加熱加圧処理前のオボムコイド溶液と比べてβシート構造の存在割合が変化していない一方、αへリックス構造の存在割合が顕著に減少していた。これらの結果より、120℃、2.0気圧(202.650kPa)の加熱加圧処理によって、オボムコイド溶液中のオボムコイドのαへリックス構造が破壊されることが確認された。
【0043】
(マウスIgG抗体を用いたオボムコイド含有量測定)
分析用オボムコイド溶液1と加熱加圧処理前のオボムコイド溶液とをそれぞれ後述の上清試料とし、後述の方法で、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なったところ、分析用オボムコイド溶液1の1g中のオボムコイド含有量は0.099mgであり、加熱加圧処理前のオボムコイド溶液1g中のオボムコイド含有量の2.028mgと比べて著しく低減されていた。
【0044】
すなわち、これらの結果から、本発明の処理圧力および処理温度でオボムコイド溶液の加熱加圧処理を行なうと、αへリックス構造の破壊によるオボムコイドの変性が生じ、該変性が一因となってアレルゲンとして作用する未変性のオボムコイドの含有量が低減されるものと推測できる。これらの結果をふまえ、以下の実施例および比較例に係る検討を行なった。
【0045】
<実施例1>
(乾燥卵白)
卵白として、乾燥卵白を水で0.1g/mlの溶液としたものを用いた。すなわち該卵白の水分率は90質量%である。なお、乾燥卵白としては、生卵白を十分攪拌し、−30℃において凍結した後凍結乾燥したものを用いた。
【0046】
上記の卵白の0.5gを、ポリプロピレン製の食品用フィルム(大日本印刷製)に封入し、吸気シールし、卵白パウチを作製した。該卵白パウチを圧力鍋に入れ、処理温度を120℃、処理時間を1分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白からなる低アレルゲン化食品1を得た。
【0047】
低アレルゲン化食品1を食品用フィルムから取り出したところ、液体と固体が入り混じった状態であり完全に固化したものではなかった。
【0048】
低アレルゲン化食品1の5gを、PBS10mlに懸濁させた後、ホモジナイザーを用い、10秒間のホモジナイズ処理を3回繰り返した。さらに10000rpmで30分間遠心分離し、上清試料1を得た。上清試料1につき、後述の方法でマウスIgG抗体を用いた間接ELISA法を行なった。
【0049】
<実施例2>
(生卵白)
卵白として、水分率が90質量%である生卵白を用いた他は実施例1と同様の方法で卵白パウチの作製および加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理温度は120℃、処理時間は1分間、処理圧力は2.0気圧(202.650KPa)である。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白からなる低アレルゲン化食品2を得た。
【0050】
低アレルゲン化食品2を食品用フィルムから取り出したところ、液体と固体が入り混じった状態であり完全に固化したものではなかった。低アレルゲン化食品2につき、起泡性、泡安定性、保存性の評価を行なった。
【0051】
また、実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品2から上清試料2を得た。上清試料2につき、後述の方法で、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定、および卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いた間接ELISA法によるアレルゲン含有量測定を行なった。
【0052】
<実施例3>
(ゆで卵)
卵白組成物として、水分率が90質量%である生卵白を24質量%含有し、かつ水分率が76質量%とされたゆで卵を用いた。圧力鍋に水5/4カップ(250ml)を入れ、蒸し板を敷いた上に該卵白組成物を入れ、処理温度を113℃、処理時間を1分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は1.6気圧(162.12kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である113℃に上昇するまでに20分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに20分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品3であるゆで卵を得た。
【0053】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品3から上清試料3を得た。上清試料3につき、後述の方法で、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0054】
<実施例4>
(ゆで卵)
処理温度を120℃とした他は実施例3と同様の方法を用いて加熱加圧処理を行なった。なお本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品4であるゆで卵を得た。
【0055】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品4から上清試料4を得た。上清試料4につき、後述の方法で、FASTKITシリーズFASTKITイライザ卵キット(以下FASTKITともいう)を用いたアレルゲン含有量測定、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0056】
<実施例5>
(プリン)
卵白組成物として、水分率が90質量%である生卵白を27質量%含有し、かつ水分率が86質量%とされたプリンを用いた。圧力鍋に水5/4カップ(250ml)を入れ、蒸し板を敷いた上に該卵白組成物を入れ、処理温度を120℃、処理時間を1分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品5であるプリンを得た。
【0057】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品5から上清試料5を得た。上清試料5につき、後述の方法で、FASTKITを用いたアレルゲン含有量測定を行なった。
【0058】
<実施例6>
(茶碗蒸)
卵白組成物として、水分率が90質量%である生卵白を16質量%含有し、かつ水分率が96質量%とされた茶碗蒸を用いた。圧力鍋に水5/4カップ(250ml)を入れ、蒸し板を敷いた上に該卵白組成物を入れ、処理温度を120℃、処理時間を2分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品6である茶碗蒸を得た。
【0059】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品6から上清試料6を得た。上清試料6につき、後述の方法で、FASTKITを用いたアレルゲン含有量測定を行なった。
【0060】
<実施例7>
(ケーキ)
卵白組成物として、水分率が90質量%である生卵白を29質量%含有し、かつ水分率が27質量%とされたケーキを用いた。圧力鍋に水5/4カップ(250ml)を入れ、蒸し板を敷いた上に該卵白組成物を入れ、処理温度を120℃、処理時間を7分間に設定して加熱加圧処理を行なった。本実施例の加熱加圧処理における処理圧力は2.0気圧(202.650kPa)であった。なお、本実施例の加熱加圧処理において、圧力鍋の内温が室温から処理温度である120℃に上昇するまでに25分間を要し、圧力鍋内部の圧力が1気圧程度に戻って圧力鍋のロックが解除されるまでに25分間を要した。以上の方法により低アレルゲン化卵白組成物からなる低アレルゲン化食品7であるケーキを得た。
【0061】
実施例1と同様の方法で低アレルゲン化食品7から上清試料7を得た。上清試料7につき、後述の方法で、FASTKITを用いたアレルゲン含有量測定を行なった。
【0062】
<実施例8>
(卵ボーロ)
実施例1で得た低アレルゲン化食品1である低アレルゲン化卵白を含有する下記の材料を常法にて混合し、160℃で1分間予備加熱したオーブンにより160℃で6分間加熱し、低アレルゲン化卵白を含有する低アレルゲン化食品8である卵ボーロを得た。
材料
片栗粉 50g
小麦粉 10g
砂糖 25g
低アレルゲン化食品1 7g
卵黄 3g
ベーキングパウダー 0.5g
低アレルゲン化食品8の5gをPBS15ml懸濁させた後、ホモジナイザーを用い、9000rpmで10秒間のホモジナイズ処理を6回繰り返した。続いて、10rpmで1時間の室温回転抽出を行なった。続いて、4℃、10000rpmで30分間遠心分離し、上清試料8を得た。また、遠心分離後の沈殿物はペプシン処理し、ペプシン消化物とした。ペプシン処理方法は、沈殿物に0.05Nの塩酸10mlを加え、これにペプシン0.2gを加えて37℃にて5時間反応させた。反応終了後、4℃、10000rpmで30分間遠心分離し、その上清1mlに対して1Mのトリス(Tris)を100μl加えて中和した。
【0063】
上清試料8とペプシン消化物につきそれぞれ、マウスIgG抗体を用いた間接ELISA法によるオボムコイド含有量測定、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いた間接ELISA法によるアレルゲン含有量測定を行なった。そして上清試料8とペプシン消化物の測定値の和を低アレルゲン化食品8のオボムコイド含有量、アレルゲン含有量とした。
【0064】
<比較例1>
(乾燥卵白溶液の加熱処理)
乾燥卵白の10質量%PBS溶液8mlを、オーブンを用い170℃で30分間加熱処理し、比較加工物1を得た。また、該比較加工物1から実施例1と同様の方法で比較上清試料1を得た。比較上清試料1につき、マウスIgG抗体を用いた競合阻害ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0065】
<比較例2>
(乾燥卵白溶液のスチーム処理)
乾燥卵白の10質量%PBS溶液8mlを、沸騰浴上で30分間スチーム処理し、比較加工物2を得た。また、該比較加工物2から実施例1と同様の方法で比較上清試料2を得た。比較上清試料2につき、マウスIgG抗体を用いた競合阻害ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0066】
<比較例3>
(乾燥卵白の加圧処理)
乾燥卵白の10質量%PBS溶液8mlを、三菱製の食品加圧装置(型番「MFP−7000」)に入れ、設定圧力686Mpa、20℃で30分間加圧処理し、比較加工物3を得た。また、該比較加工物3から実施例1と同様の方法で比較上清試料3を得た。比較上清試料3につき、マウスIgG抗体を用いた競合阻害ELISA法によるオボムコイド含有量測定を行なった。
【0067】
なお、FASTKIT、マウスIgG抗体、IgE抗体を用いた各評価において、低アレルゲン化食品1については乾燥卵白を水で0.1g/mlの溶液にしたものを、低アレルゲン化食品2および比較加工物1〜3に対しては生卵白を、低アレルゲン化食品3〜7については各実施例における加熱加圧処理前の卵白組成物を、低アレルゲン化食品8については市販の卵ボーロを、それぞれ対照とし、同一条件で別途測定した。
【0068】
<評価方法>
(アレルゲン含有量)
上記で得た上清試料について、下記の方法でアレルゲン含有量を測定した。なお、卵白中の代表的なアレルゲンは水溶性であることから、下記の測定においては、本発明における低アレルゲン化の対象であるアレルゲンのほぼ全量が上記の上清試料中に存在しているものと見なした。
【0069】
1.FASTKITを用いたアレルゲン含有量測定
上記で得た上清試料について、厚生労働省の検査方法に準拠した前述したFASTKITの卵キットを用い、上清試料中のアレルゲン含有量を測定した。なお、FASTKITは、公知である様々なアレルゲンに対するポリクローナル抗体との結合性の程度から試料中のアレルゲン含有量を評価する公知のキットであり、卵キットは、450nmの吸光度によりアレルゲンであるオボムコイド、オボアルブミンなど公知の卵中の様々なアレルゲンを検出するキットである。
【0070】
2.オボムコイド抗体(マウスIgG抗体)によるオボムコイド含有量測定
上記で得た上清試料について、オボムコイドに対するマウスモノクローナル抗体を用い、間接ELISA法または競合阻害ELISA法により、上清試料中の抗原性を有するオボムコイド含有量の測定を行なった。
【0071】
マウスモノクローナル抗体の作製
オボムコイドを免疫したマウス脾臓細胞とミエローマとの融合細胞をクローニングした後、オボムコイド抗体産生細胞4−8Dをマウス腹腔内に注入し、腹水を得た。得た腹水を3000rpmで20分間遠心分離した後、腹水の上清に硫酸アンモニウムを飽和状態になるまで添加、調製し、塩析を利用してタンパク質を析出させ、13000rpmで15分間遠心分離した。そして得られた沈殿をPBSで溶解して透析し、マウスモノクローナル抗体OMmAb(4−8D)(以下、単にOMmAb(4−8D)とも称する)を得た。
【0072】
(1)間接ELISA法
アッセイプレート(IWAKI社製)に、上記で得た上清試料を抗原タンパク質として100μl/wellずつ添加し、4℃で一夜静置して吸着させ、抗原吸着プレートを得た。該抗原吸着プレートを、0.05%Tween20を含むPBS(以下、PBS−Tという)200μl/wellで3回洗浄した後、1%のBSA(牛血清アルブミン)を含むPBSを150μl/wellで添加し、室温で1時間のブロッキングを行なった。これを再びPBS−Tで3回洗浄した。
【0073】
上記で得たプレートに、一次抗体として1μg/mlのOMmAb(4−8D)を100μl/wellで添加し、室温で2時間振とうして吸着させた後、PBS−Tで3回洗浄した。次に、二次抗体としてペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG抗体の1000倍希釈物を100μl/wellで添加し、室温で2時間振とうして吸着させた。その後PBS−Tで3回洗浄し、1質量%でσ−フェニレンジアミン・H2O2を含む0.1Mクエン酸ナトリウム緩衝溶液(pH5.0)からなる反応基質を、100μl/well加えて室温で10分間反応させた。2M H2SO4を100μl/well加えて発色を止めることにより反応を停止させ、490nmにおける吸光度を測定した。
【0074】
同時に、PBSにアルコール分画法で精製して得た精製オボムコイドを溶解することによって調製したオボムコイド濃度10μg/ml,5μg/ml,1μg/ml,0.5μg/ml,0.1μg/ml,0.0μg/mlの標準溶液を作製し、上記と同様の操作を行ない、吸光度を測定した。標準溶液の吸光度の値から標準曲線を作成し、この標準曲線を基準としてOMmAb(4−8D)と反応したオボムコイドの濃度を算出した。そして、低アレルゲン化食品2〜4と低アレルゲン化食品8およびこれらの各対照の1g中のオボムコイド含有量を算出した。
【0075】
(2)競合阻害ELISA法
アッセイプレート(IWAKI社製)に、10μg/mlのオボムコイドを100μl/wellずつ添加し、4℃で一夜静置して吸着させ、抗原吸着プレートを得た。該抗原吸着プレートを、PBS−T200μl/wellで3回洗浄した後、1%のBSAを含むPBSを150μl/wellで添加し、室温で1時間のブロッキングを行なった。これを再びPBS−Tで3回洗浄した。
【0076】
次に、6本のマイクロチューブに、一次抗体である1μg/mlのOMmAb(4−8D)0.1mlずつ入れ、さらにそれぞれに上清試料を0μl、5μl,10μl,15μl,20μl,30μl添加し、マイクロチューブ内で混合し1時間反応させた。そして、上記各マイクロチューブからそれぞれ100μlずつwellに添加し、室温で2時間振とうして吸着させた。その後PBS−Tで3回洗浄した。
【0077】
次に、二次抗体としてペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG抗体の1000倍希釈物を100μl/wellで添加し、室温で2時間振とうして吸着させた。その後PBS−Tで3回洗浄し、1質量%でσ−フェニレンジアミン・H2O2を含む0.1Mクエン酸ナトリウム緩衝溶液(pH5.0)からなる反応基質を、100μl/well加えて室温で10分間反応させた。2M H2SO4を100μl/well加えて発色を止めることにより反応を停止させ、490nmにおける吸光度を測定した。吸光度は、1μg/ml濃度のOMmAb(4−8D)0.1mlと抗原を含まないPBS0.015mlとを反応させた時の吸光度を1とした相対吸光度で示した。
【0078】
3.卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いたアレルゲン含有量測定
上記で得た上清試料について、一次抗体として卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用い、二次抗体としてanti−Human IgE−HRP(西洋ワサビペルオキシダーゼ)標識抗体を用いた他は前述の間接ELISA法と同様の操作を行なった。なお上記のIgE抗体として、卵アレルギーと診断された乳幼児患者の血清をアッセイに供した。患者は、4ヶ月児から3歳4ヶ月児までの、保護者からインフォームドコンセントを得た卵アレルギー児33名である。
【0079】
本実施例において、IgE抗体を用いた間接ELISA法で検出されるアレルゲン含有量を求めるための検量線を以下の要領で作成した。まず、PBSにアルコール分画法で精製して得た精製オボムコイドを溶解することによって調製したオボムコイド濃度10μg/ml,5μg/ml,1μg/ml,0.5μg/ml,0.1μg/ml,0.0μg/mlの標準溶液を作製した。これらの標準溶液について上記と同様の操作でIgE抗体を用いた間接ELISA法を行ない、吸光度を測定した。そして、横軸をオボムコイド濃度、縦軸を吸光度の値として検量線を作成した。
【0080】
次に上清試料2、上清試料8、実施例8のペプシン消化物についてIgE抗体を用いた間接ELISA法を行なってサンプル吸光度を測定した。そして、検量線上のサンプル吸光度に対応する吸光度からオボムコイド濃度を読み取った。オボムコイドは主要なアレルゲンであることは周知であるため、便宜上サンプル吸光度に対応するオボムコイド濃度をアレルゲン濃度とし、アレルゲン含有量を算出した。
【0081】
(基本特性)
低アレルゲン化卵白の基本特性として、起泡性、泡安定性および保存性について評価した。実施例2で得た低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白をPBS10mlに懸濁し、ホモジナイザーを用い、9000rpmで4分間ホモジナイズした。ホモジナイズにより形成された卵白泡につき下記の方法で起泡性および泡安定性の評価を行なった。
【0082】
1.起泡性
上記の方法で得た卵白泡を、予め質量を測定したシャーレを満たすように入れ、該卵白泡で満たしたシャーレの質量を測定した。これとは別に、上記で使用したものと同一のシャーレに水を満たして質量を測定した。これらの質量から、下記の式、
(卵白泡の比重)=(卵白泡を満たしたシャーレの質量(g)−シャーレのみの質量(g))/(水を満たしたシャーレの質量(g)−シャーレのみの質量(g))
に従い卵白泡の比重を算出した。卵白泡の比重が小さいほど低アレルゲン化卵白の起泡性が高いことを意味する。
【0083】
2.泡安定性
上記の方法で得た卵白泡を、ろ紙を張った漏斗に移し、該卵白泡を漏斗から滴下させた。20分間での滴下量を測定し、下記の式、
(滴下速度)=(20分間での卵白泡の滴下量(g))/(漏斗に満たした卵白泡の質量(g))
に従い、卵白泡の滴下速度を測定した。該滴下速度が遅いほど泡安定性が高いことを意味する。
【0084】
3.保存性
低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白を、ポリプロピレン製の食品フィルム(大日本印刷製)に封入し、4℃の暗所である冷蔵庫内で、1週間、1ヶ月、2ヶ月、5ヶ月のそれぞれの期間保存した。保存後の該低アレルゲン化卵白について、起泡性と泡安定性を評価した。起泡性は上記と同様の方法で卵白泡の比重を算出することで評価した。泡安定性は、卵白泡を、ろ紙を張った漏斗に移し、該卵白泡を漏斗から滴下させ、2分間経過後の滴下量から、
(値A)=(2分間での卵白泡の滴下量(g))/(漏斗に満たした卵白泡の質量(g))
を算出し、
(泡安定性評価値)=1/((値A)/(経過した時間(2分)))
に従い、泡安定性を評価した。泡安定性評価値が高いほど泡安定性が高いことを意味する。
【0085】
<評価結果>
(マウスIgG抗体を用いたオボムコイド含有量測定)
図1は、実施例1で得た低アレルゲン化食品1についてマウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した吸光度を示す図である。図1に示すように低アレルゲン化食品1における吸光度は0.015であり、対照の乾燥卵白を水で0.1g/mlの溶液としたものの吸光度が0.725であるのと比べて吸光度が著しく減少していることから、低アレルゲン化食品1のオボムコイド含有量が低減されていることが分かる。
【0086】
図2は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。図2に示すように、低アレルゲン化食品2の1g中のオボムコイド含有量は0.087mgであり、対照の生卵白のオボムコイド含有量が1.429mgであるのと比べてオボムコイド含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0087】
図3は、実施例3,4で得た低アレルゲン化食品3,4におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。図3に示すように、低アレルゲン化食品3,4の1g中のオボムコイド含有量はそれぞれ7.3μg,3.8μgであり、対照である卵白組成物1g中のオボムコイド含有量が65.4μgであるのと比べてオボムコイド含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0088】
図4は、実施例8で得た低アレルゲン化食品8におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。図4に示すように、低アレルゲン化食品8の1g中のオボムコイド含有量は21.8μgであり、対照の市販ボーロ1g中のオボムコイド含有量が451.8μgであるのと比べてオボムコイド含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0089】
図5は、比較例1〜3で得た比較加工物1〜3におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用い競合阻害ELISA法により測定した結果を示す図である。図5に示すように、比較加工物1,2のオボムコイド含有量は対照の生卵白と比べて低減されたものの、比較加工物3においては、オボムコイド含有量が低減されていなかった。また比較加工物1においては、オボムコイド含有量が、対照の生卵白の約30〜50%程度に低減されたに留まり、また比較加工物2においても、オボムコイド含有量が、対照の生卵白の約50〜70%程度に低減されたに留まっていた。本明細書における各実施例と各比較例とでは評価方法が異なるために直接の比較はできないものの、対照の生卵白との比較により、比較例1〜3のような加熱処理、スチーム処理または加圧処理に対して本発明の加熱加圧処理が顕著に優位であることは確認できる。
【0090】
上記の結果から、耐熱性および耐消化性が高く一般に低アレルゲン化が困難なオボムコイドに対しても、本発明による低アレルゲン化効果が顕著に現れていることが分かる。また、卵白を乾燥卵白溶液、または生卵白の状態で加熱加圧処理した場合には、食品の状態で加熱加圧処理した場合と比べて低アレルゲン化効果をより良好に得られることが分かる。
【0091】
(FASTKITによるアレルゲン含有量の測定)
図6は、実施例4〜7で得た低アレルゲン化食品4〜7におけるアレルゲン含有量をFASTKITを用いて測定した結果を示す図である。図6に示すように、低アレルゲン化食品4〜7の1g中のアレルゲン含有量はそれぞれ4.2μg,7.6μg,12.5μg,17.2μgであり、それぞれの対照である卵白組成物1g中のアレルゲン含有量が44.4μg,39.4μg,32.8μg,42.2μgであるのと比べて、アレルゲン含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0092】
この結果から、本発明によれば卵白中のアレルゲンに対する低アレルゲン化効果が顕著に得られることが分かる。
【0093】
(卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いたアレルゲン含有量測定)
図7は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2におけるアレルゲン含有量を、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いてELISA法により測定した結果を示す図である。図7に示すように、低アレルゲン化食品2の1g中のアレルゲン含有量は0.081mgであり、対照の生卵白1g中のアレルゲン含有量が34.51mgであるのと比べてアレルゲン含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0094】
図8は、実施例8で得た低アレルゲン化食品8におけるアレルゲン含有量を、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いてELISA法により測定した結果を示す図である。図8に示すように、低アレルゲン化食品8の1g中のアレルゲン含有量は0.1mgであり、対照の市販卵ボーロ1g中のアレルゲン含有量が12.85mgであるのと比べてアレルゲン含有量が著しく低減されていることが分かる。
【0095】
上記の結果から、本発明によれば卵白中のアレルゲンに対する低アレルゲン化効果が顕著に得られることが分かる。また、特に卵白を生卵白の状態で加熱加圧処理した場合においては、食品の状態で加熱加圧処理した場合と比べて低アレルゲン化効果をより良好に得られることが分かる。
【0096】
(起泡性)
図9は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2の起泡性の評価結果を示す図である。図9に示すように、低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白から作製された卵白泡の比重は、対照の生卵白から作製された卵白泡とほぼ同等であり、低アレルゲン化食品2は良好な起泡性を保持していることが分かる。
【0097】
(泡安定性)
図10は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2の泡安定性の評価結果を示す図である。図10の縦軸は、卵白泡の滴下速度から求めた卵白泡の重量に対する流出失液の重量の割合を示している。図10に示すように、低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白から作製された卵白泡の泡安定性は、対照の生卵白から作製された卵白泡の泡安定性と比べて若干低いものの大きな差はなく、低アレルゲン化食品2が良好な泡安定性を保持していることが分かる。
【0098】
(保存性)
図11は、実施例2で得た低アレルゲン化食品2の保存性の評価結果を示す図である。図11に示すように、低アレルゲン化食品2である低アレルゲン化卵白から作製された卵白泡の保存性は、保存期間5ヶ月までにおいて良好であった。
【0099】
(食感)
低アレルゲン化食品1〜8を試食したところ良好な食感を有していた。
【0100】
上記の結果から、本発明により得られる低アレルゲン化卵白または低アレルゲン化卵白組成物においては、食感、起泡性、泡安定性等の卵白本来の基本特性が良好に維持されつつ、アレルゲン含有量が著しく低減されていることが分かる。特に、卵白が、生卵白または乾燥卵白溶液の状態で加熱加圧処理される場合、アレルゲン含有量の低減効果がより良好に得られることが分かる。
【0101】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明において得られる低アレルゲン化卵白および低アレルゲン化卵白組成物は、卵白本来の基本性能を有しつつアレルゲン含有量が十分に低減されたものであり、たとえば離乳食、卵ボーロ、プリン、茶碗蒸、ケーキ等の食品の他、化粧品、薬品等にも好適に適用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】実施例1で得た低アレルゲン化食品1におけるオボムコイド含有量をマウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により評価した結果を示す図である。
【図2】実施例2で得た低アレルゲン化食品2におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。
【図3】実施例3,4で得た低アレルゲン化食品3,4におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。
【図4】実施例8で得た低アレルゲン化食品8におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用いて間接ELISA法により測定した結果を示す図である。
【図5】比較例1〜3で得た比較加工物1〜3におけるオボムコイド含有量を、マウスIgG抗体を用い競合阻害ELISA法により測定した結果を示す図である。
【図6】実施例4〜7で得た低アレルゲン化食品4〜7におけるアレルゲン含有量をFASTKITを用いて測定した結果を示す図である。
【図7】実施例2で得た低アレルゲン化食品2におけるアレルゲン含有量を、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いてELISA法により測定した結果を示す図である。
【図8】実施例8で得た低アレルゲン化食品8におけるアレルゲン含有量を、卵アレルギー患者血清のIgE抗体を用いてELISA法により測定した結果を示す図である。
【図9】実施例2で得た低アレルゲン化食品2の起泡性の評価結果を示す図である。
【図10】実施例2で得た低アレルゲン化食品2の泡安定性の評価結果を示す図である。
【図11】実施例2で得た低アレルゲン化食品2の保存性の評価結果を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定した加熱加圧処理により卵白におけるアレルゲンの含有量を低減する、アレルゲン低減化方法。
【請求項2】
前記加熱加圧処理の処理時間が10秒間〜8分間の範囲内に設定される、請求項1に記載のアレルゲン低減化方法。
【請求項3】
前記含有量が低減される前記アレルゲンはオボムコイドを含む、請求項1に記載のアレルゲン低減化方法。
【請求項4】
前記加熱加圧処理が密閉した容器内で行なわれる、請求項1に記載のアレルゲン低減化方法。
【請求項5】
加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定して卵白を加熱加圧処理することにより前記卵白におけるアレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白を得る、低アレルゲン化卵白の製造方法。
【請求項6】
前記卵白が生卵白または乾燥卵白溶液であり、かつ前記生卵白または前記乾燥卵白溶液の水分率が70〜98質量%の範囲内とされる、請求項5に記載の低アレルゲン化卵白の製造方法。
【請求項7】
加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定して、卵白を少なくとも含む卵白組成物を加熱加圧処理することにより、前記卵白組成物におけるアレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白組成物を得る、低アレルゲン化卵白組成物の製造方法。
【請求項8】
請求項5もしくは6に記載の低アレルゲン化卵白の製造方法により得られる低アレルゲン化卵白を含有する食品または請求項7に記載の低アレルゲン化卵白組成物からなる食品である、低アレルゲン化食品。
【請求項9】
離乳食である、請求項8に記載の低アレルゲン化食品。
【請求項10】
卵ボーロである、請求項8に記載の低アレルゲン化食品。
【請求項1】
加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定した加熱加圧処理により卵白におけるアレルゲンの含有量を低減する、アレルゲン低減化方法。
【請求項2】
前記加熱加圧処理の処理時間が10秒間〜8分間の範囲内に設定される、請求項1に記載のアレルゲン低減化方法。
【請求項3】
前記含有量が低減される前記アレルゲンはオボムコイドを含む、請求項1に記載のアレルゲン低減化方法。
【請求項4】
前記加熱加圧処理が密閉した容器内で行なわれる、請求項1に記載のアレルゲン低減化方法。
【請求項5】
加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定して卵白を加熱加圧処理することにより前記卵白におけるアレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白を得る、低アレルゲン化卵白の製造方法。
【請求項6】
前記卵白が生卵白または乾燥卵白溶液であり、かつ前記生卵白または前記乾燥卵白溶液の水分率が70〜98質量%の範囲内とされる、請求項5に記載の低アレルゲン化卵白の製造方法。
【請求項7】
加熱水蒸気中および/または熱水中で、処理圧力を140〜400kPaの範囲内、処理温度を110〜150℃の範囲内に設定して、卵白を少なくとも含む卵白組成物を加熱加圧処理することにより、前記卵白組成物におけるアレルゲンの含有量が低減された低アレルゲン化卵白組成物を得る、低アレルゲン化卵白組成物の製造方法。
【請求項8】
請求項5もしくは6に記載の低アレルゲン化卵白の製造方法により得られる低アレルゲン化卵白を含有する食品または請求項7に記載の低アレルゲン化卵白組成物からなる食品である、低アレルゲン化食品。
【請求項9】
離乳食である、請求項8に記載の低アレルゲン化食品。
【請求項10】
卵ボーロである、請求項8に記載の低アレルゲン化食品。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2007−259805(P2007−259805A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−91526(P2006−91526)
【出願日】平成18年3月29日(2006.3.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本アレルギー学会発行、アレルギー第54巻第8・9号「第55回日本アレルギー学会秋季学術大会号」、2005年9月30日発行 第55回日本アレルギー学会秋季学術大会、社団法人日本アレルギー学会主催、2005年10月20日〜22日開催
【出願人】(599125249)学校法人武庫川学院 (24)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年3月29日(2006.3.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本アレルギー学会発行、アレルギー第54巻第8・9号「第55回日本アレルギー学会秋季学術大会号」、2005年9月30日発行 第55回日本アレルギー学会秋季学術大会、社団法人日本アレルギー学会主催、2005年10月20日〜22日開催
【出願人】(599125249)学校法人武庫川学院 (24)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]