説明

アークイオンプレーティング装置

【課題】蒸発源の消耗に伴って変化する薄膜表面の平滑性変化を低減でき、蒸発源の利用効率を向上させることができるアークイオンプレーティング装置を提供する。
【解決手段】裏側リング状磁石17及び外側リング状磁石16の極性の向きは同一に設定され、中央磁石15の極性の向きは磁石16,17の極性の向きと逆に設定され、蒸発源5の直径をDとした場合に裏側リング状磁石17は、リング幅Wの中心位置Oが蒸発源5の端面からD/20の範囲内に配置されており、磁石15,16,17により蒸発源5の表面に生じる磁場の初期設定値は蒸発面の端面から内方にD/20の範囲の端部領域Eを除く内側領域C表面の磁束密度が7〜10mT、端部領域E表面の磁束密度が蒸発源中心部側から蒸発源端部まで連続的に増加し、端部領域E表面中心側が7〜10mT、端部領域E表面最端部が15mT以上、内側領域C表面の磁束密度の標準偏差が0.6以下に設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク放電によって蒸発源をイオン化させてワークの上に成膜させるアークイオンプレーティング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アークイオンプレーティング装置は、真空中で金属材料やセラミックス材料の蒸発源を陰極(カソード)としてアーク放電を起こし、それにより蒸発源を蒸発させると同時にイオンとして放出させ、一方、ワーク(被コーティング物)には負のバイアス電圧を印加しておき、そのワーク表面にイオンを加速供給して成膜する装置である。蒸発源としては、チタンやクロムが広く用いられており、例えば、高速度鋼や超硬合金、サーメットなどからなる切削工具の表面に、耐摩耗性向上のためにTiN、TiAlN、CrAlNなどの硬質皮膜を形成する技術に利用されている。
【0003】
この種のアークイオンプレーティング装置では、蒸発源表面の微小領域にアーク電流が集中することにより、その微小領域がアークスポットとなって蒸発源を溶解蒸発させる。このアークスポットが滞留すると、その滞留部の付近の材料が蒸発せずに溶解して飛散するので、蒸発源の背部に磁石を設置して、アークスポットの移動を促進させることが行われる。
その磁界として、特許文献1には、蒸発源の蒸発面における磁界の強さが5mT(ミリテスラ)以上で、アーク電流値が200A以上であることが推奨されている。また、蒸発面における法線に対する磁力線の最大角度θが60°以下であることが推奨されている。
また、特許文献2には、蒸発面の中心から蒸発面の径方向に沿った任意の線分上における磁束密度の最小値が4.5mT以上、平均値が8mT以上、標準偏差が3以下である磁界を形成することで、陰極(カソード)の蒸発面に対し、磁力線の向きが垂直で、かつ陰極の蒸発面上における磁束密度を均一化することができ、陰極の利用効率を向上させることができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4034563号公報
【特許文献2】特開2009−144236号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献2に記載されるように設定された磁界においても、その磁束密度の均一化は十分ではなく、蒸発源の一部が優先的に消耗して偏りが生じることにより、薄膜表面の平滑性が変化するという問題がある。消耗量に偏りが生じた蒸発源は、大部分を残して新しいものに交換しなければならず、利用効率が低いという問題がある。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、蒸発源の消耗に伴って変化する薄膜表面の平滑性の変化を低減でき、蒸発源の利用効率を向上させることができるアークイオンプレーティング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のアークイオンプレーティング装置は、蒸発源が載置される陰極の背面中央に配置された中央磁石と、前記陰極の背面の外周端部に対峙して配置された裏側リング状磁石と、前記蒸発源の半径方向外方に配置された外側リング状磁石とを備え、前記裏側リング状磁石および前記外側リング状磁石の極性の向きは同一に設定され、前記中央磁石の極性の向きは前記裏側リング状磁石および前記外側リング状磁石の極性の向きと逆に設定され、前記蒸発源の直径をDとした場合に、前記裏側リング状磁石は、そのリング幅の中心位置が、該蒸発源の端面からD/20の範囲内に配置されており、前記中央磁石、前記裏側リング状磁石および前記外側リング状磁石により前記蒸発源の表面に生じる磁場の初期設定値は、その蒸発面の端面から内方にD/20の範囲の端部領域を除く内側領域表面の磁束密度が7〜10mT、前記端部領域表面において蒸発源中心部側から蒸発源端部まで連続的に増加し、端部領域表面中心側が7〜10mT、端部領域の最端部が15mT以上、前記内側領域表面の磁束密度の標準偏差が0.6以下となるように設定されていることを特徴とする。
【0008】
蒸発面に生じるアークスポットは電子の放出点であるから、蒸発源の利用効率を高めるには、蒸発面の全域でアークスポットが平均的に動き回れるようにすることが重要である。
蒸発面の磁束密度を7〜10mTとした内側領域表面においては、アークスポットは高速でランダムに動き回ることができる。また、その内側領域において、局部的な集中をなくすことにより、全体に均一にアークスポットを移動させることができ、均一な膜質に成膜できるとともに、蒸発源を均等に消耗させることができる。
本発明では、裏側リング状磁石を設け、そのリング幅の中心位置を蒸発源の端面からD/20の範囲内に配置し、蒸発源の端部領域において裏側リング状磁石の磁界の一部を、外側リング状磁石の磁界の一部と打ち消し合うように作用させることにより、中央磁石、裏側リング状磁石および外側リング状磁石による蒸発源の表面の磁束密度を、広範囲で7〜10mTとなるように設定するとともに、その磁束密度の標準偏差を0.6以下に抑え、蒸発面の磁場の分布が平滑になるようにしている。したがって、アークスポットの移動速度を一定にでき、薄膜表面の平滑性の変化を低減でき、均一な膜質に成膜できる。また、蒸発源を均等に消耗させることができるので、蒸発源の利用効率を飛躍的に向上させることができる。
なお、放電領域にアークスポットを閉じ込める効果を得るには、磁束密度として7mT以上必要である。磁束密度が15mTを超えると、アークスポットの存在自体が著しく制限され、成膜速度が著しく低下してしまう問題がある。また、アーク放電の電圧値が通常時より上昇する問題も発生してしまう。
一方、蒸発源の端部領域においては、内側領域表面よりも磁束密度が大きいので、内側領域表面のアークスポットが端部領域に向かおうとしても、端部領域の強い磁場によって跳ね返されるようにして、内側領域に戻される。したがって、アークスポットを端部領域から表面部以外に入り込む現象を防止して、ほぼ内側領域内に閉じ込めた状態で移動させることができる。
【0009】
本発明のアークイオンプレーティング装置において、前記蒸発面における磁力線は、前記蒸発面の法線に対する角度θが0°≦θ<20°であり、前記端部領域表面では前記内側領域に向けて傾いているとよい。
磁力線が蒸発面の法線に対して上記の角度に設定されていると、蒸発面にアークスポットを閉じ込める効果がある。
また、アークスポットを移動させる力は、磁場における蒸発面に平行な成分と、蒸発面に垂直な成分とのそれぞれの大きさにより決まり、その向きは、蒸発面に平行な成分に直角の方向と、平行な成分に同じ方向との合成方向となる。したがって、磁場における蒸発面に平行な成分を蒸発面の内側領域に向けるようにすれば、端部領域表面にアークスポットが移動しようとしても蒸発面の内側領域に戻す方向に力が働き、端部領域から外に飛び出すことが防止される。
【発明の効果】
【0010】
本発明のアークイオンプレーティング装置によれば、蒸発源表面の磁場の分布を平滑にすることができるので、蒸発源の利用効率を飛躍的に向上させることが可能となる。また、アークスポット発生領域の磁力を一定にすることで、アークスポット速度を一定にでき、均一な膜質に成膜することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のアークイオンプレーティング装置の一実施形態を模式的に示した平断面図である。
【図2】図1の縦断面図である。
【図3】各磁石が形成する磁力線の模式図であり、(a)が外側リング状磁石、(b)が中央磁石、(c)が裏側リング状磁石の磁力線を示す。
【図4】裏側リング状磁石の配置を説明する図である。
【図5】各磁石が形成する磁界による磁束密度分布図であり、(a)が外側リング状磁石、(b)が中央磁石、(c)が裏側リング状磁石の分布図を示す。
【図6】蒸発面上の磁束密度、磁力線の角度の分布を示すグラフである。
【図7】蒸発面上の磁力線のベクトルを示す模式図である。
【図8】蒸発面上の磁力線によるアークスポットの移動原理を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明のアークイオンプレーティング装置の一実施形態を図面を参照しながら説明する。
この実施形態のアークイオンプレーティング装置1は、図1及び図2に示すように、真空チャンバ2内に、ワーク(被コーティング物)3を保持するテーブル4が設けられるとともに、このテーブル4を介して両側に、カソードとしての蒸発源5がそれぞれ設けられている。テーブル4は、その上面に複数のワーク3を保持する支持棒6が周方向に間隔をおいて複数本立設されるとともに、これら支持棒6を図1の矢印で示すように水平回転する機構を有しており、自身も旋回機構(図示略)により水平に旋回させられるターンテーブルとなっている。そして、支持棒6に保持したワーク3を自転させながら公転させる構成である。
また、真空チャンバ2には、内部に反応ガスを導入するガス導入口7と、内部から反応ガスを排出するガス排出口8とが設けられているとともに、テーブル4の後方に、テーブル4上のワーク3を加熱して被膜の密着力を高めるためにヒータ9が設けられている。
【0013】
蒸発源5は、図示例のものは、円板状に形成され、その一面をテーブル4上のワーク3に向けて(テーブル4の半径方向と直交させて)配置されており、テーブル4に向けた面が蒸発面11となる配置とされる。そして、この蒸発源5の表面(蒸発面11)の適宜箇所を向けてアノード電極12が配置され、蒸発源5をカソードとし、アノード電極12と蒸発源5との間に負のバイアス電圧をかけるアーク電源13が接続されている。
また、テーブル4にも、これに保持されるワーク3に負のバイアス電圧をかけるバイアス電源14が接続されている。
【0014】
また、蒸発源5の背面中央部に中央磁石15が設けられるとともに、蒸発源5の背面の外周端部に裏側リング状磁石17が設けられ、蒸発源5の半径方向外側位置に蒸発源5の外周面を囲むように外側リング状磁石16が設けられている。
各磁石15,16,17は永久磁石である。本実施形態においては、例えば、中央磁石15および外側リング状磁石16がネオジム磁石、裏側リング状磁石17がそれら磁石15,16よりも磁力の弱いフェライト磁石等により形成されている。
裏側リング状磁石17および外側リング状磁石16の極性の向きは同一に設定され、中央磁石15の極性の向きは、裏側リング状磁石17および外側リング状磁石16の極性の向きと逆に設定され、これら磁石15,16,17によって生じる磁場の一部は、相互に重なり合うように作用している。
【0015】
図3(a)に示すように、蒸発源5の外側に配置される外側リング状磁石16は、例えば、蒸発源5の前方側がS極、後方側がN極とされ、磁界は、外側リング状磁石16のN極からS極に向かう磁力線が、蒸発源5の後方から蒸発源5を通過して前方に至るように形成される。一方、蒸発源5の背面中央部の中央磁石15は、図3(b)に示すように、蒸発源5に向けた側がN極で、反対側がS極とされ、その磁界は、蒸発源5の裏面側から蒸発源5を通過して蒸発源5の前方に抜けるように形成される。したがって、蒸発源5の中心部分では、両磁石15,16の磁界の一部が相互に重なり合うように作用する。
また、裏側リング状磁石17は、図3(c)及び図4に示すように、蒸発源5に向けた側がS極で、反対側がN極とされており、蒸発源5の直径をDとした場合に、裏側リング状磁石17のリング幅Wの中心位置Oが、蒸発源5の端面からD/20の範囲内(蒸発源5の端部領域E)に配置されている。これにより、裏側リング状磁石17による磁界の一部は、蒸発源5の外周端部においては、外側リング状磁石16の磁界の一部と打ち消し合うように作用する。
【0016】
これら磁石15,16,17が蒸発源5の蒸発面11上に形成する磁界について、図5により具体的に説明する。なお、図5においては、N極からS極に向かう磁束密度を正として表している。
外側リング状磁石16により生じる磁界は、図5(a)に示すように、蒸発面11の端部領域において高い磁束密度で形成され、中央磁石15により生じる磁界は、図5(b)に示すように、外側リング状磁石16と同じ向きに蒸発面の中央部を中心にして形成される。また、裏側リング状磁石17により生じる磁界は、図5(c)に示すように、蒸発面11の端部領域に、外側リング状磁石16及び中央磁石15の磁界と逆向きに形成される。
そして、これら磁石15,16,17の磁束密度を適宜に設定することにより、蒸発源5の蒸発面11上に作用する磁場は、図6に示す磁束密度aのように形成される。なお、磁束密度bは、中央磁石15と外側リング状磁石16とにより形成される磁場を示しており、この磁束密度bに対して、裏側リング状磁石17を作用させることにより、磁束密度aに示すように、蒸発面11の外周端部の磁束密度を中央部の磁束密度に揃えるように全面的にほぼ均等な磁束密度とすることができる。
【0017】
本実施形態のアークイオンプレーティング装置1においては、上述したように、裏側リング状磁石17を設け、その磁界の一部を外側リング状磁石16の磁界の一部と打ち消し合うように作用させることによって、図6に示すように、中央磁石15、裏側リング状磁石17および外側リング状磁石16により蒸発源5の表面に生じる磁場の初期設定値(磁束密度a)を、蒸発面11の端面から内方にD/20の範囲のリング状の端部領域Eを除く内側領域Cの磁束密度が7〜10mT、端部領域E表面の磁束密度が蒸発源中心部側から蒸発源端部まで連続的に増加し、端部領域E表面中心側が7〜10mT、端部領域E表面最端部が15mT以上、内側領域C表面の磁束密度の標準偏差が0.6以下となるように設定している。
【0018】
また、蒸発源5を通過する磁力線は、その蒸発面11の法線に対する角度θが0°≦θ<20°とされ、リング状の端部領域E表面では、その角度が内側領域Cに向けて傾斜するように形成される。
図7に蒸発面11上の磁力線のベクトルを模式的に示したように、内側領域Cにおいては、破線で示すように、蒸発面11の法線に対する角度が0°≦θ<20°とされ、端部領域Eにおいては、実線で示すように、内側領域Cの磁力線よりも大きい磁束密度の磁力線が蒸発面11の法線に対する角度は0°≦θ<20°とされるが、内側領域Cに向けて傾いた状態に形成される。
【0019】
このように構成したアークイオンプレーティング装置1を用いてワーク3に成膜する方法について説明する。
まず、テーブル4の支持棒6にワーク3を保持して、真空チャンバ2内を真空引きした後、Ar等をガス導入口7より導入して、蒸発源5とワーク3上の酸化物等の不純物をスパッタすることにより除去する。そして、再度真空チャンバ2内を真空引きした後、窒素ガス等の反応ガスをガス導入口7から導入し、蒸発源5に向けたアノード電極12をトリガとしてアーク放電を発生させることにより、蒸発源5を構成する物質をプラズマ化して反応ガスと反応させ、テーブル4上のワーク3表面に窒化膜等を成膜する。
【0020】
この成膜工程時に蒸発源5の蒸発面11上には放電電流が微小領域に集中して、高温で極めて活性な数μm径のアークスポットが発生し、蒸発面11上を10m/s以上の速さでランダムに動き回りながら、蒸発源5を瞬時に溶解蒸発させるとともに、イオンとして放出する。
蒸発源5の蒸発面11上には、前述した磁石15,16,17によって図6に実線で示す磁束密度aのように磁界が発生しており、この初期設定値(磁束密度a)に設定された磁界の作用によりアークスポットの移動が制御される。
【0021】
具体的には、蒸発源5の外周の端部領域Eを除く内側領域Cの表面においては、磁束密度が7〜10mTとされていることから、その内側領域Cの表面で発生したアークスポットは、この内側領域Cに閉じ込められる。また、蒸発面11上の磁力線が前述した磁石15,16,17の相互作用により、蒸発面11の法線に対する角度θが0°≦θ<20°とされているので、アークスポットを蒸発面11に閉じ込めるように作用する。
また、内側領域Cにおいて、磁束密度の標準偏差は0.6以下とされており、局部的な集中がなく、アークスポットの移動速度を一定にすることができる。これにより、蒸発源5を均等に消耗させることができるとともに、薄膜表面の平滑性の変化を低減でき、均一な膜質に成膜できる。
【0022】
一方、蒸発源5の端部領域Eにおいては、内側領域C表面よりも磁束密度が大きい15mT以上に設定されているので、内側領域C表面のアークスポットが端部領域Eに向かおうとしても、端部領域Eの強い磁場によって跳ね返されるようにして、内側領域Cに戻される。
【0023】
また、蒸発面11の法線に対する磁力線の角度が端部領域Eにおいては、内側領域Cに向けて傾斜するように形成されているので、アークスポットを内側領域Cに向けて戻す効果がある。Robsonら(Springer社、Cathodic arcs, p.140)によると、蒸発面11に生じる磁場がアークスポットに作用する力は、図8のBで示す磁場を例にとると、蒸発面11に平行な磁場成分BHは、この磁場成分に対して90°傾いた方向の力AHとなり、蒸発面11に垂直な磁場成分BVは、平行な磁場成分BHと同じ方向の力AVを作用する。そして、これら磁場から作用する力AH,AVの合成力によってアークスポットAが移動する。したがって、蒸発面11の法線に対する磁力線の角度θを内側領域Cに向けることにより、磁場からアークスポットAに作用する力AVの方向を内側領域Cに向けることができる。また、蒸発面11に垂直な磁場成分BVを大きくすることにより、力AVの大きさを大きくすることができ、アークスポットAを内側領域Cに戻す力を大きくすることができる。
【0024】
これら端部領域Eの磁束密度を大きくしたこと、及びその磁力線を内側領域Cに向けて傾斜させたことにより、図7に矢印で示したようにアークスポットAは端部領域Eに移動しようとすると戻されて内側領域Cに戻される。
そして、このようにアークスポットAを内側領域C内に閉じ込め、端部領域Eを超えることが拘束されるので、アークスポットが蒸発源表面部以外に入り込む現象が防止され、安定した放電を維持することができる。
【0025】
以上のように、本実施形態のアークイオンプレーティング装置1においては、裏側リング状磁石17を設け、その磁界の一部を蒸発源5の端部領域Eにおいては外側リング状磁石16の磁界の一部と打ち消し合うように作用させることによって、中央磁石15、裏側リング状磁石17および外側リング状磁石16により蒸発源5の表面に生じる磁場の初期設定値を、蒸発面11の広範囲(内側領域C)で、磁束密度が7〜10mTとなるように設定できるとともに、その磁束密度の標準偏差を0.6以下に抑えることができる。したがって、蒸発面11の内側領域C表面においては、磁場の分布を平滑にでき、蒸発源を均等に消耗させることができるので、蒸発源の利用効率を飛躍的に向上させることが可能となる。また、アークスポットの移動速度を一定にできるので、薄膜表面の平滑性の変化を低減でき、均一な膜質に成膜できる。
【実施例】
【0026】
本発明の効果を確認するために行った実施例および比較例について説明する。実施例を表1、比較例を表2に示す。
実施例のアークイオンプレーティング装置においては、中央磁石および外側リング状磁石、裏側リング状磁石を備え、中央磁石および外側リング状磁石には永久磁石のネオジム磁石を用い、裏側リング状磁石には永久磁石のフェライト磁石を用いた。ネオジム磁石は、保磁力が2000kA/m、表面磁束密度が1150mTの磁石を用い、フェライト磁石は、保磁力が250kA/m、表面磁束密度が350mTの磁石を用いた。また、比較例のアークイオンプレーティング装置においては、中央磁石および外側リング状磁石のみを備える構成とし、中央磁石および外側リング状磁石には永久磁石のネオジム磁石を用いた。ネオジム磁石は、保磁力が2000kA/m、表面磁束密度が1150mTの磁石を用いた。
また、蒸発源として、直径D=100mm、厚さt=16mmのTiまたはTiAl(Ti:Al=50:50)を用いた。そして、実施例のアークイオンプレーティング装置においては、裏側リング状磁石を、そのリング幅の中心位置が、蒸発源の端面からD/20の範囲内(5mmの範囲内)になるように配置した。
【0027】
次に、実施例および比較例のアークイオンプレーティング装置に蒸発源を配置し、蒸発面の磁場を測定したところ、表1及び表2に示すものとなった。表中の「サンプルNo.」においては、実施例に「実」を付し、比較例に「比」を付した。
なお、磁束密度は、磁束計にて、蒸発源表面において蒸発源表面の中心を通る直線上を測定した。蒸発源の表面では、測定箇所を5mm間隔と設定し、各測定点で蒸発源表面の垂直方向及び平行方向の磁束密度を測定した。また、これらの測定値から各測定点での磁束密度及び磁力線と蒸発面の法線とのなす角度(傾斜角)を算出した。また、蒸発源表面での磁束密度の標準偏差は、端部領域の磁束密度が大きい部分を除いた磁束密度の数値から算出した。
このようなアークイオンプレーティング装置を用いて、表1及び表2に示す各種の条件で成膜し、膜の表面粗さを測定した。なお、反応ガスとしては窒素ガスを用いた。表面粗さは、レーザー顕微鏡にて10μm角の範囲を10回測定し、その平均値を測定値とした。
表1及び表2に結果を示す。「蒸発源の利用効率」とは、成膜前の蒸発源の厚さtに対する蒸発源を使用できる限界の厚さに達するまでの消耗厚さt1の比率を表し、t1/t×100(%)により算出される。なお、消耗厚さt1は、蒸発源の面内平均値である。消耗厚さt1の算出方法は、例えば実施例と同様の円形の蒸発源である場合、蒸発源表面において中心を通る直線上を5mm間隔にて消耗深さを測定し、その平均値を消耗厚さt1とした。また、表中の「端部領域」とは、蒸発源の端面からD/20の範囲を示す。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
表1及び表2の結果から明らかなように、磁束密度の標準偏差が0.6以下の実施例の装置においては、「蒸発源の利用効率」が70%以上と大きいことがわかる。また、「最大表面粗さRa」の数値に対して、その「表面粗さの標準偏差」の数値が小さく、膜表面での表面粗さのバラツキが小さいことがわかる。
磁束密度の標準偏差が0.6を超える比較例の装置においては、「蒸発源の利用効率」が60%以下と小さいことがわかる。また、「最大表面粗さRa」の数値に対して、その「表面粗さの標準偏差」の数値が大きく、膜表面での表面粗さのバラツキが大きいことがわかる。
【0031】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、上記実施形態では、蒸発源を円板状に形成したが、柱状、筒状等のものにも適用することができ、その場合も、端面からD/20の範囲内を端部領域として、前述したような磁界を設定すればよい。
【符号の説明】
【0032】
1 アークイオンプレーティング装置
2 真空チャンバ
3 ワーク
4 テーブル
5 蒸発源
6 支持棒
7 ガス導入口
8 ガス排出口
9 ヒータ
11 蒸発面
12 アノード電極
13 アーク電源
14 バイアス電源
15 中央磁石
16 外側リング状磁石
17 裏側リング状磁石


【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸発源が載置される陰極の背面中央に配置された中央磁石と、前記陰極の背面の外周端部に対峙して配置された裏側リング状磁石と、前記蒸発源の半径方向外方に配置された外側リング状磁石とを備え、前記裏側リング状磁石および前記外側リング状磁石の極性の向きは同一に設定され、前記中央磁石の極性の向きは前記裏側リング状磁石および前記外側リング状磁石の極性の向きと逆に設定され、前記蒸発源の直径をDとした場合に、前記裏側リング状磁石は、そのリング幅の中心位置が、該蒸発源の端面からD/20の範囲内に配置されており、前記中央磁石、前記裏側リング状磁石および前記外側リング状磁石により前記蒸発源の表面に生じる磁場の初期設定値は、その蒸発面の端面から内方にD/20の範囲の端部領域を除く内側領域表面の磁束密度が7〜10mT、前記端部領域表面の磁束密度が蒸発源中心部側から蒸発源端部まで連続的に増加し、端部領域表面中心側が7〜10mT、端部領域の最端部が15mT以上、前記内側領域表面の磁束密度の標準偏差が0.6以下となるように設定されていることを特徴とするアークイオンプレーティング装置。
【請求項2】
前記蒸発面における磁力線は、前記蒸発面の法線に対する角度θが0°≦θ<20°であり、前記端部領域表面では前記内側領域に向けて傾いていることを特徴とする請求項1記載のアークイオンプレーティング装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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