アーク蒸発法によって製造される液滴無しの成膜装置
液滴無しの耐摩耗性被膜は、Ti、Cr、Al、Siおよびそれらの組み合わせからなる群より選択される金属のうちの少なくとも1つの金属または金属化合物を含む窒化物層を備える耐摩耗性の窒化物被膜を、アーク陰極の前面においてベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いる陰極アーク蒸発法によって基材表面上に蒸着することにより製造される。これにより、ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いずに得られた耐摩耗性被膜と比較して上記耐摩耗性被膜内の金属微小液滴および/または金属微粒子が低減される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、切削工具および摩耗部品に適用されるTi、Cr、Al、Si等の金属成分を含む液滴無しの窒化物耐摩耗性被膜の蒸着に関する。
【背景技術】
【0002】
耐摩耗性被膜は、PVD法(物理的蒸着法)である陰極アーク蒸発法によって工具の表面に蒸着され、かつ約1〜10μmの厚みを有する硬質材料の層である。
陰極アーク成膜法は、切粉除去工具に耐摩耗性層を蒸着するために長年にわたりすでに用いられてきている。Guhringグループ(ベルリンのG−ELIT Co.)において、近年、このような方法がコーティングR&D部門によって開発された。そして、その方法は、製造及び成膜業務において効果的に用いられ、かつ特許文献1により保護された。この方法は、Guhringでは、TiNおよびTiAlN被膜、TiAlN/TiN多層被膜およびTiAlCrN被膜の製造に用いられている。
【0003】
アーク成膜技術の利点は、非常に速い蒸着速度及び密度の被膜構造にあり、これらは、金属イオン(Ti+、Ti++、Al+、Al++)による高いエネルギーや運動量の入力によって得られる。陰極アークによって蒸発した金属粒子の約80%が、次にプラズマ中で電離されて、正荷電粒子として工具へと加速される。プラズマからの窒素原子とともに、これは、金属窒化物被膜の成長をもたらす。
【0004】
成膜プロセス中、金属微粒子(0.5〜5μm)もまた被膜中に組み込まれる。これら金属微粒子は、アーク陰極の蒸発材料(チタン又はチタン/アルミニウム)から発生する。蒸発プロセス中、μm寸法の小さな領域が、陰極アークが陰極上を移動するとき、陰極アークによって局所的に溶融される。その結果、金属液滴が工具に向けて飛散して被覆される。これらの「液滴」は、工具の表面粗さを増大させてしまい、穿孔の間における切粉の流れを阻害するようになる。ドリルの直径の3倍よりも大きい深穴を穿孔する場合、最初の穿孔中に工具が破損する虞が非常に高い。加えて、溝に切粉を詰まらせてしまう虞もある。
【0005】
陰極アーク蒸発法は、高濃度の高電離ガス放電を利用して、硬質の耐摩耗性PVD被膜を蒸着するために広く採用される技術である。高度な電離、速い蒸着速度、及び比較的低いコストの電源ユニットの結果として、陰極アーク成膜法は、PVD成膜メーカによって、特に、HSS(高速度鋼)及び硬質金属の切削工具に対する耐摩耗性被膜の分野において効果的に用いられてきた。この方法の大きな欠点は、液滴として知られる金属微粒子の放出であり、これら液滴は、成膜プロセス中に陰極材料から成長段階の被膜内に移動し、そこに欠陥を形成する。
【0006】
光学、エレクトロニクス及び腐食保護の分野では、液滴の存在がアーク蒸発プロセスの適用を妨げるものの、切削工具に対するPVD成膜時の液滴の影響はあまり重要でないものとして許容されてきた。しかしながら、今後、被覆された硬質金属製工具が滑らかな表面を有することは、宇宙空間、自動車産業、及び機械工学等の工具に対する厳密な要件を満たすことに加え、サービス中の精密工具の酷い不具合を防止するためにますます重要なものとなるであろう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】欧州特許公開公報第0885981A2号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、切削工具に対して液滴無しの耐摩耗性被膜を製造する方法を提供することにより、例えば、超合金、炭素鋼、Al−Si合金の切粉除去機械加工、ならびに高度な切削パラメータ(高速切削(HSC)および高性能切削(HPC))有する用途などの高技術用途に対する、高度な表面品質要求条件を満たすことである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的および他の目的は、本発明により達成され、本発明の第1実施形態は、液滴無しの耐摩耗性被膜を製造する方法を含み、この方法は、Ti、Cr、Al、Siおよびそれらの組み合わせからなる群より選択される金属のうち少なくとも1つの金属または金属化合物を含む窒化物層を備える耐摩耗性の窒化物被膜を、アーク陰極の前面においてベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いる陰極アーク蒸発法によって基材表面上に蒸着することにより、ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いずに得られた耐摩耗性被膜と比較して上記耐摩耗性被膜内の金属微小液滴および/または金属微粒子を低減することを含む。
【0010】
別の実施形態では、本発明は上記の方法によって得られる耐摩耗性被膜を提供し、窒化物皮膜を供える耐摩耗性皮膜であって、Ti、Cr、Al、Siおよびそれらの組み合わせからなる群より選択される金属のうち少なくとも1つの金属または金属化合物を含む窒化物被膜を備え、上記耐摩耗性被膜の表面は、ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いずに得られた耐摩耗性被膜と比較して、被膜内で金属微小液滴および/または金属微粒子が低減している理由からより滑らかである。
【0011】
さらに別の実施形態では、本発明は、上記の耐摩耗性被膜が切削工具および摩耗部品に適している。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態によるフィルタ構造を示す図。
【図2】フィルタの距離が無制御な陰極真空アークの収束性に与える影響を示す図。
【図3】ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いる陰極アーク蒸発法によって蒸着されたTiN被膜の電子顕微鏡像を走査することによる濾過効果を示す図。
【図4】液滴の直径から単位面積当たりの液滴の依存度を示す図。
【図5】液滴の直径による液滴の減少度合いを示す図。
【図6】蒸着圧力から蒸着速度の依存度を示す図。
【図7】本発明の一実施形態によるフィルタシステムを示す図。
【図8】図7に示すフィルタシステムに対する電源に対応する配線と電流の定義とを示す図。
【図9】図7に示すフィルタシステムを用いた被膜実験の結果を示す図。
【図10】好ましいフィルタI、II及びIIIの特性の概要を示す図。
【図11】フィルタII及びIIIのフィルタ形状を比較する概略図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、例えば、切削工具および摩耗部品に適用されるTi、Cr、Al、Siなどの金属成分を含む液滴無しの窒化物耐摩耗性被膜の蒸着に関する。切削工具として、例えば、金属を切粉除去機械加工するものが挙げられ、例えば、ドリル、エンドミル、ねじタップ、リーマ等のシャンク付き回転切削工具が挙げられる。摩耗部品として、例えば、成形部品または可動要素、打抜きおよび成形工具、医療用具、モータースポーツおよび航空業界におけるTi構成部品ならび燃焼機関の構成部品が挙げられる。
【0014】
一実施形態では、本発明は、Ti、TiAlおよびCrに基づき、実質的に液滴無しの(実質的に金属微粒子または金属微小液滴無しの)窒化物耐摩耗性被膜の蒸着に関する。
驚くべきことに、最初、本発明の発明者らは、ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いて、粒子寸法が1.5μmより大きい、好ましくは、0.8μmより大きい粒子を少なくとも75%減らすことができた。さらに、驚くべきことに、TiNを用いて、1時間当たり1.5から3.0μmの速い蒸着速度が達成された。これは、フィルタを用いないTiNの蒸着速度に近い。
【0015】
液滴放出とそれに関連する現象について、広範囲の調査が過去に実行されてきた。陰極アーク法における金属微粒子の放出は、多くの著者(Mattox HBook22#/McLure JAP 1974/Juttner Plasmaphys.1979)によって、熱効果および流体力学効果によるアーク点の溶解粒子または固体粒子放出として説明されてきた。陰極アーク点のJuttnerのモデルにおいては、Juttner(参考文献:上記と同じ)は、液滴がガス放電によってアーク陰極上で溶融されるアーク点から放出されると説明している。
【0016】
陰極アーク蒸発法によって蒸着された耐摩耗性被膜内の液滴の数を最小にするための1つの可能性は、アーク陰極と被膜される基材との間に適切なフィルタシステムを設けることである。これまで、研究活動は、特別なソレノイド形状に基づいた磁気フィルタシステムに向けられてきた。このような設計は、通常、非線形のプラズマ導管を備え、この導管回りにソレノイドが巻かれ、これにより軸方向磁場によりプラズマを案内し、フィルタの明確な領域内の液滴を収集する。このようにして、液滴はプラズマ流から分離され、液滴無しの滑らかな耐摩耗性被膜を基材上に蒸着することができる。
【0017】
非線形の液滴フィルタは、液滴を効果的に減らすことができるが、プラズマがフィルタ導管を通り効率よく移動できないとの理由から、被膜の蒸着速度は許容範囲外となるため経済的ではない。蒸着速度は、トロイダルフィルタの75%超、S字状フィルタシステムの90%超低下する。従って、周囲を巻かれた線形の導管フィルタシステムの主な欠点としては、極端に低い蒸着速度、技術的に複雑すぎる設計、成膜装置内に過大な空間を必要とすること、コストが極めて高いことが挙げられる。
【0018】
磁気導管フィルタの代替形態は、ベネチアンブラインドのフィルタとして知られるシステムである。このようなシステムでは、線形のベネチアンブラインド構造(例えば、ルーバー付き構造)内にフィルタ−プレート要素が配置され、この構造内で、フィルタ−プレート要素は、「開放」構成のプラズマ流れ方向に相互に平行に向いている。「開放」構成とは、アーク陰極と基材との間に見通し関係が存在することを意味する。「閉鎖」構成を用いる可能性も存在する。「閉鎖」構成では、陰極と基材との間に見通し関係が存在しない。
【0019】
さらに、フィルタプレートを通して電流を流すことによって、両方のベネチアンブラインドのフィルタシステム(開放または閉鎖構成)内に磁界を生成できる。隣接するプレートを通って反対方向に電流が流れると、磁力線が直線状に並び、フィルタプレート間の空間を基材方向に通過する。これは、磁気特性による物理効果である。
【0020】
本発明のベネチアンブラインドのフィルタの主な利点は、小型で柔軟な設計と、技術的に単純な構成と、アーク電圧に対する工場技術においてすでに利用されている電源ユニットが、ベネチアンブラインドのフィルタを通過する磁界のための電流を生成するのに利用できるという事実である。
【0021】
本発明は、アークによって生成されたプラズマから金属微粒子(または金属微小液滴)を排除し、それによって電離金属および中性金属、ならびに窒素イオンまたは原子を工具表面に到達させることのできる方法を提供する。この方法によって、硬質金属の切削工具および部品上に無液滴に近い摩耗を防ぐための耐摩耗性被膜が蒸着される。
【0022】
本発明の内容において、「液滴無し」とは、金属微粒子または金属微小液滴が存在しないかまたは実質的に存在せず、具体的には、直径が0.1〜5μmの金属微粒子または金属微小液滴が存在しないかまたは実質的に存在しないことを意味している。
【0023】
一実施形態では、「液滴無し」とは、直径(または断面)が1.5μmよりも大きい液滴の密度が、本発明によるフィルタシステムを用いずに製造された被膜と比較して、上記被膜の少なくとも75%、好ましくは、少なくとも80%、好ましくは、少なくとも90%、より好ましくは、少なくとも95%、さらにより好ましくは、少なくとも99%、最も好ましくは、少なくとも99.5%減少されることを含む。直径が1.5μmよりも大きい液滴の密度が減少すると、被膜の凹凸が大幅に低減される。
【0024】
好ましい実施形態においては、「液滴無し」とは、直径(または断面)が0.8μmより大きい液滴の密度が、本発明によるフィルタシステムを用いずに製造された被膜と比較して、被膜の少なくとも75%、好ましくは、少なくとも80%、好ましくは、少なくとも90%、より好ましくは、少なくとも95%、さらにより好ましくは、少なくとも99%、最も好ましくは、少なくとも99.5%減少されることを含む。直径が0.8μmよりも大きい液滴の密度が減少すると、被膜の凹凸が大幅に低減される。例えば、図5を参照のこと。
【0025】
低減される金属微小液滴または金属微粒子の寸法は、0.1〜5μm程度、好ましくは、0.2〜5μm程度、より好ましくは、0.5〜5μm程度、さらにより好ましくは、0.5〜2.5μm程度であってもよい。低減される微小液滴の寸法として、特に、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1、1.1、1.2、1.3、1.4、1.5、1.6、1.7、1.8、1.9、2、2.1、2.2、2.3、2.4、2.5、3、3.5、4および4.5μmが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値が挙げられる。しかし、多くの場合、2.2μmよりも大きい寸法の液滴は極めて少なく、ベネチアンブラインドフィルタによって容易に濾過することができる。本発明の一実施形態では、直径が2.2μm以下の液滴を濾過することが重要である。
(第1実施形態)
第1のフィルタ構造は、簡単で柔軟な方法で支持された(図1)。具体的には、フィルタ要素の陰極表面までの間隔および距離などの幾何変数の影響が調査された。フィルタプレートの間隔(ベネチアンブラインドの間隔)は、好ましくは、5〜40mm、より好ましくは、10〜30mmである。フィルタプレートの間隔として、特に、6、8、10、11、12、14、16、18、20、22、23、24、26、28、30、32、34、36および38mmが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値等が挙げられる。
【0026】
一実施形態において、フィルタの寸法は、陰極の寸法及び形状によって調節可能である。実際、陰極自体は、2〜3の例を挙げると、矩形、正方形、円形、楕円形を含む種々の形状を有することができる。フィルタプレートの深さは、10〜50mmであってもよい。フィルタプレートの深さとして、特に、15、20、25、30、35、40、45mmが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値が挙げられる。
【0027】
フィルタとアーク陰極との間の距離は、好ましくは、40〜100mmである。フィルタとアーク陰極との間の距離には、特に、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90および95mmが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値が挙げられる。フィルタ及びアーク陰極間の特に好ましい距離は、80mmまたは約80mmである。
【0028】
図2a)およびb)は、フィルタの距離が、ランダムな真空アークの収束性にどのように影響を与えるかを示す。好ましい距離は80mmまたは約80mmであることが判明した。この距離では、「目に見える」陽極領域が十分に大きいため、安定した収束性が観察された。シータ角(図2に図示せず)は、シータ臨界角より小さくなければならない。図2b)の「BN」は、窒化ホウ素電気絶縁体を表す。図2b)中、点線及び矢印で表記された調節位置は、陰極を見通せる陽極の表面領域の増加を示す。
【0029】
本発明に関し、ランダムなアークとは、陰極材料上をアークがランダムに移動することを意味する。対照的に、制御されたアーク移動は、本発明では、磁界によって陰極材料の上のある特定の軌跡上にアーク移動を制御することにより達成できる。ランダムなアークも制御されたアークも両方とも本発明において利用することができる。さらに、本発明のフィルタシステムは、アーク陰極の矩形形状および円形形状に対して用いることができる。上述のように、アーク陰極の特殊な配置もまた、本発明に対して用いることができる。
【0030】
走査型電子顕微鏡(SEM)によるフィルタ効果の調査では、要素の間隔が小さくなるにつれて、濾過作用が強くなることが示された(図3)。フィルタを用いない蒸着のSEM顕微鏡写真と、フィルタプレートの間隔が23mmと11mmである本発明のフィルタを用いた蒸着のSEM顕微鏡写真とを比較してみる。SEM画像の倍率は約3100であり、SEMの電子ビーム電圧は約25kVである。
【0031】
十分な統計量による図(図4および図5)の定量評価では、液滴の寸法分布について明らかな変化が認められた。これは、部分的に溶融した粒子とフィルタ要素との相互作用によって説明される。より大きな液滴(1.0〜1.6μm程度)に関しては、80%より大きい密度減少が観察された。図4および図5における結果では、SEM画像における液滴の量がカウントされ、単位面積当たりの液滴として示されている。液滴寸法は、SEM画像の倍率(約3100)によって決定された。
【0032】
成膜速度に関するフィルタの影響は、成膜方法の経済性がそれにより直接影響を受けるため、重要な側面である。窒素分圧とフィルタの形状を調節することによって、第1フィルタシステムに対しては、最大0.83μm/hの速度で成膜することができる。濾過されないプラズマを用いた成膜速度(3.4μm/h、図6)と比較すると、これは、成膜速度が約75%低減することに相当する。2〜7Pa、好ましくは、3〜5Pa、最も好ましくは、約3Paの窒素分圧を用いることができる。窒素分圧として、特に、2.5、3、3.5、4、4.5、5、5.5、6、6.5Paが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値を含む。一実施形態では、窒素分圧は、蒸着圧力と同じである。
【0033】
フィルタ構造の好ましい実施形態は、フィルタI、IIまたはIIIである。フィルタIIおよびIIIが特に好ましい。フィルタI、II、IIIの特性の概要を図10に示す。
【0034】
(フィルタI)
この章では、ベネチアンブラインドの液滴フィルタの第1試験を述べる。この第1設計の単純性は、ベネチアンブラインドの液滴フィルタが通過電流モードで作動できないことであった。主目的は、プラズマ処理能力を最大にするのではなく、フィルタの液滴の減少効率を決めることであった。フィルタは浮遊電位、負電位または正電位に接続することができる。2つのフィルタ形状、すなわちフィルタの間隔が11mmと23mmの形状について結果が得られた。いずれの場合も、フィルタの深さは25mmであった。
【0035】
ベネチアンブラインドのフィルタの主な幾何変数は、フィルタ要素の深さ、間隔および角度である。フィルタの深さは、陰極表面に垂直な方向において、フィルタの前方から後方への距離として特徴付けられている。この寸法は、コーティングチャンバ内の利用可能な空間、具体的には、一方側は陰極の位置、他方側は基材を保持するバスケットの位置によって限定される。第1フィルタに対しては25mmのフィルタ深さが選択され、フィルタと陰極表面との間の距離が43mmで最初の試験が実行された。
【0036】
フィルタ間隔の寸法は、アークスポットからの液滴の放出の発生する角度分布を考慮することによって選択された。
(フィルタII)
フィルタIでは、耐摩耗性の窒化物被膜の反応蒸着においてプラズマ流を操作する効果的な方法は磁界であることが示された。そのため、本目的は、プラズマ流の方向と平行に走る磁力線を有する磁界を生成できるように、液滴フィルタIを設計し直すことである。これは、フィルタ要素を通過する電流を、隣接する要素内で逆に流れるようにすることによってなされた。この概念を簡略化するために、フィルタは、電流が通過する多数の配線と見なすことができる。
【0037】
液滴フィルタIIは先のフィルタと比較して設計され、多数のステンレス鋼要素からなる。しかし、新しい「磁気」フィルタの要素は、電流が各要素間を順次通過ができるように、絶縁フレームに取り付けられた。フレームは、要素の長さが熱膨張によって変化するとき、膨張または収縮するように設計されたことにも留意されたい。フィルタIIは、フィルタ要素の曲率がチャンバ壁の内側に沿うように設計された。
【0038】
(フィルタIII)
ベネチアンブラインドのフィルタIIIは、上記の設計特性に基づいている。フィルタIIIの深さは大幅に大きく、この結果、陰極とフィルタとの距離が短くなる。このようにすることによって、液滴の凝固のための距離、つまり時間が短くなり、結果として、液滴は、溶融状態においてフィルタにより衝突しやすくなる。フィルタの深さを大きくすることによって、間隔を大きくすると同時に、フィルタとの少なくとも1回衝突のための同一臨界角を維持することができる。これを図11に示す。
【0039】
フィルタを陰極のより近くに配置するために、フィルタを正電位として、陰極と陽極との間のインピーダンスを最小にしなければならない。この新しいフィルタは、陽極電位に接続され、銅プレートから構成される。予測される作動温度において構造的完全性を維持するために、銅の厚みは、先のフィルタ設計で用いられたステンレス鋼より約3倍大きい。その後のより厚いプレートによる面積の低減は、間隔の増加の結果として、プレートの全体数が減ることによって相殺される。
【0040】
図11は、フィルタIIIのフィルタ形状の概略図であって、フィルタIおよびIIのフィルタ形状と比較して、同一θcritと、フィルタ間隔(S)およびフィルタ深さ(D)の増加とを示す。
【0041】
本発明において、フィルタの収束性と熱負荷とは、主に、フィルタ電位によって影響を受ける。陽極電位は、15〜20Vの範囲内にあってもよく、または浮遊電位が用いられてもよい。
【0042】
一実施形態では、フィルタは、15〜20Vの陽極電位(全ての中間値、具体的には16、17、18および19Vを含む)、または浮遊電位を有する。浮遊電位とは、フィルタの電位が決められておらず(浮遊している)、主にプラズマ電位に依存することを意味する。
【0043】
生産工場においてフィルタ技術を実現するには、安定した連続作動と蒸発材料の効率的な利用とを保証するために、蒸着速度の増加が必要である。フィルタIに関する予備実験と同様に、この目的のために、フィルタを種々の電位で実験することが実行された。蒸着速度の明らかな増加が達成された。11mmの小さい間隔にすることにより、硬質材料の被膜内の液滴の好ましい低減が得られた。好ましくは、フィルタプレートの間隔および/またはフィルタの距離を変化させることは、蒸着速度の増加に影響を与える。蒸着速度のさらなる増加は、アーク電流を、例えば、300Aから450Aの最大値まで増すことによって達成可能である。この電流値は、ランダムなアーク分布を有する、大面積の矩形の陰極に対して特異的である。他のアーク技術はより低い電流範囲を有する。
【0044】
フィルタ効率に対する外部磁界の影響もまた調査された。このように、プラズマは「磁化され」、これにより自由電子が磁力線の回りに循環経路をとるようにする。プラズマを準中性にすることによって、イオンの両極性拡散がもたらされる。この効果はプラズマをベネチアンブラインドのフィルタを通るように案内するが、電気的に中性の液滴は影響を受けないままである。成膜実験では、成膜速度はこのような方法で最大1.5μm/hに増加することを示した。ループ当たりのソレノイド電流は、30〜60A(6ループ)にできる。
【0045】
しかし、立体角Θを最適化することによって、速度を大幅に増大できると確認された。
(第2実施形態)
第2フィルタシステム(フィルタII)を開発する際には、作動中の熱膨張に対するシステムの安定性に特に注意が払われた。安定したシステムでは、フィルタのステンレス鋼要素を、その要素が熱膨張によって要素の長さが変化するに伴って膨張および収縮することができるように取り付けることができる。
【0046】
この第2フィルタシステム(フィルタII)は図7で表されている。この設計によって、フィルタ要素の絶縁された懸架体により、磁界を誘導する電流がフィルタを直接通過できるようにすることができる。図7の「S」は、フィルタプレートの間隔を表している。磁気フィルタの側面概略図が図7で示され、4つ積み重ねたフィルタ要素と、その結果としての、隣接する要素内で反対方向に流れる電流に対する磁力線とが示されている。電流の流れ方向を交互にすることによって、磁力線の方向は同じであるため、要素間の磁界が累積されることは明らかである。また、磁力線の方向はフィルタ要素に平行で、陰極表面に垂直であることも明らかである。
【0047】
電源の対応する配線、及び電流の定義を図8に示す。図8の記号は、次のように定義される。すなわち、IS=ソレノイドの電流、IC=陰極の電流、Ia=陽極の電流、IF=フィルタ電流、IPF=プラズマ−フィルタ間の電流、IPA=陽極−フィルタ間の電流である。通過電流磁気フィルタと外部ソレノイドに対する配線図では、フィルタに正電位を製造するためにアーク電源の正極端子に接続されたフィルタ電源の負極端子を示す。不均一な分布を克服する方法の1つは、フィルタの電位を高くして、フィルタの電位をプラズマに対して正にすることである。これは、フィルタ電源の負極端子を、アーク電源の正極端子に接続し、その結果、フィルタは陰極に対して、つまりプラズマに対して常に正電位にすることによって実現できる。このようにすると、フィルタは電子をプラズマから引き寄せ、システムのインピーダンスは減少し、アーク分布が均一になる。
【0048】
これらの結果を全体的に見ると、フィルタシステムの好ましい構成、すなわち、陽極電位(15〜20V)、外部磁界(ケーブル当たり40A、6回巻きのコイル)におけるフィルタが導き出される。図9は、この構成を用いた広範囲な成膜実験の結果を示す。チャンバ圧力が減少するにつれて成膜速度は増加する。3.0Paを下回ると、結果として得られる被膜の凹凸は許容できなくなる。この一連の測定結果から、好ましいパラメータ設定は、好ましいフィルタシステム、すなわち、プロセス圧力が3.0Pa、ベネチアンブラインドのフィルタ間隔が11〜16mm、フィルタが陽極電位にあり、ケーブル当たり40Aで6回巻きコイルを備えた外部磁界のフィルタシステムに対して定義された。
【0049】
フィルタIおよびIIは、開モード及び閉モードの両方で用いることができる。しかし、蒸着速度がかなり高速であるため、開モード構成が好ましい。本発明は、超合金、炭素鋼、Al−Si合金の切粉除去加工などの高度技術の適用、ならびに高度な切削パラメータ(高速切削(HSC)および高性能切削(HPC))の適用に対する高度の表面品質要求条件を満たすために、切削工具に対して液滴無しの耐摩耗性被膜を製造する方法を提供する。これまでは、耐摩耗性被膜内の液滴を低減するため、アーク成膜工業プラントではフィルタシステムが使用されてこなかった。本発明を経済的に実現することは、工業規模においてアーク成膜方法にとって大きな利益を意味する。この処理技術に基づくと、構造的特性および機械的特性は、例えば、マグネトロンスパッタリング法など他の成膜方法の特性よりも優れている。HSSおよび硬質金属の切粉除去切削工具、および摩耗部品にも、液滴無しの耐摩耗性被膜を蒸着することによって、この革新的なアーク成膜技術は、さらなる技術的な進展を達成した。
【0050】
本発明を全般的に説明してきたが、特定の実施例を参照することによって、さらに理解を深めることができる。なお、これらの特定の実施例は、本明細書では、単に例示目的であり、特に明記しない限り限定を意図するものではない。
【実施例1】
【0051】
走査型電子顕微鏡(SEM)による濾過効果の調査(図3〜5)
アーク電流300A、温度410℃、蒸着時間32分および窒素分圧2.0〜7.0Paを用いて被膜が蒸着された。フィルタIの構成を参照。皮膜は、走査型電子顕微鏡を用いて調査した。各被膜に対する顕微鏡写真を図3に示す。これらの画像では、未濾過のTiN被膜は、多数の大きな液滴、及び付随するピッチングの欠陥を特徴とすることが明らかであった。ピッチングの欠陥は、蒸着後に液滴が表面から離脱する結果であった。対照的に、23mmのフィルタを用いて蒸着した被膜は、液滴の数および寸法が大幅に減少したことを示した。11mmのフィルタの場合、これらの被膜は、最大直径が1〜2μmの小さい液滴のみが蒸着されるという証拠によって、液滴の寸法及び数が更に大きく減少したことを示した。
【0052】
図4の結果は、単位面積当たりの、蒸着された液滴の数とピッチングの欠陥の数を示す。特に関心があるのは、どの液滴が最も効果的にプラズマから濾過されたかを理解することである。これは、図5から明らかである。図5は、種々の直径についての液滴の減少率を示す。直径が1μm以上のより大きい液滴が、83%の高効率でプラズマから濾過されたことが明らかである。対照的に、直径範囲が0〜0.8μmであるより小さい液滴は、30〜55%の効率で濾過された。理論に拘束されることなく、この結果により、大きい液滴がフィルタに完全に付着するのではなくフィルタ要素に衝突するとき、大きな液滴がより小さな液滴の集団に分解したという事実によるものであることが提示される。
【0053】
フィルタの最初の位置の平面図の概略図(図2)。調節された位置は、陰極を見通せる陽極の表面領域の増加を示す。
図3は、SEMによる測定結果を示す。
(液滴の直径の測定)
十分な統計量による図(図4および図5)の定量評価では、液滴の寸法分布について明らかな変化が確認された。これは、部分的に溶融した粒子とフィルタ要素との相互作用によって説明される。より大きな液滴(1.0〜1.6μm程度)に関しては、80%より大きい密度の減少が観察された。図4および図5の結果では、SEM画像における液滴の量がカウントされ、単位面積当たりの液滴として示されている。液滴寸法は、SEM画像の倍率(約3100)によって決定された。
【実施例2】
【0054】
フィルタ構成の成膜速度への影響の調査(図6)
11mmのフィルタを用いて蒸着された第1濾過被膜の結果。チャンバ圧力が7.0Paから2.0Paに減少した状態では、蒸着速度が0.5μm/時から0.83μm/時に40%増加したことが見られる。この増加にもかかわらず、濾過された全被膜の蒸着速度は、未濾過被膜における蒸着速度と比較して大幅に減少した。未濾過状態における同様の蒸着速度は、1時間当たり約4ミクロンである。
【0055】
フィルタ構成:アークまでの距離80mm、アーク電流300A、工具のバイアス電圧−50V、蒸着温度410℃。上述のフィルタIのフィルタ構成を参照のこと。
従来の全圧計を用いて、窒素分圧が測定された。
蒸着速度の決定
蒸着速度は、回転する鋼球が被膜表面に楕円形クレータを形成する、いわゆるカロテストによって決定された。楕円形に形成された被膜の画像によって、被膜の厚みを決定することができる。
【0056】
窒素分圧とフィルタの形状を調節することによって、未濾過のプラズマを用いた成膜速度(3.4μm/h)と比べて、第1フィルタシステムについて最大0.83μm/h(図6)の速度で成膜することができる。
【実施例3】
【0057】
フィルタ構成の成膜速度への影響の調査(図9)
フィルタ構成:アークと陰極の距離80mm
蒸着条件:図9中の注釈を参照のこと
間隔が11mm(θcrit.=66℃)および16mm(θcrit.=47℃)のフィルタを用いて、TiN被膜が蒸着された。標準的な未濾過TiN蒸着処理を用いて、参考サンプルも調製された。被膜は、アーク電流300A、温度410℃、蒸着時間32分、窒素圧力2.5〜5.0Paを用いて蒸着された。
【0058】
窒素分圧は、実施例2と同様に測定された。
蒸着速度は、実施例2と同様に決定された。
その結果を図9に示す。
【0059】
2007年3月29日付で提出された独国特許出願番号第10 2007 015 587.7号は参照により本明細書に引用したものとする。
上記技術を踏まえて、本発明に関して多くの修正形態および変更形態が可能である。従って、添付の特許請求項の範囲内で、本発明は、本明細書に具体的に記載した形態以外で実現されてもよいことが理解されるべきである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、切削工具および摩耗部品に適用されるTi、Cr、Al、Si等の金属成分を含む液滴無しの窒化物耐摩耗性被膜の蒸着に関する。
【背景技術】
【0002】
耐摩耗性被膜は、PVD法(物理的蒸着法)である陰極アーク蒸発法によって工具の表面に蒸着され、かつ約1〜10μmの厚みを有する硬質材料の層である。
陰極アーク成膜法は、切粉除去工具に耐摩耗性層を蒸着するために長年にわたりすでに用いられてきている。Guhringグループ(ベルリンのG−ELIT Co.)において、近年、このような方法がコーティングR&D部門によって開発された。そして、その方法は、製造及び成膜業務において効果的に用いられ、かつ特許文献1により保護された。この方法は、Guhringでは、TiNおよびTiAlN被膜、TiAlN/TiN多層被膜およびTiAlCrN被膜の製造に用いられている。
【0003】
アーク成膜技術の利点は、非常に速い蒸着速度及び密度の被膜構造にあり、これらは、金属イオン(Ti+、Ti++、Al+、Al++)による高いエネルギーや運動量の入力によって得られる。陰極アークによって蒸発した金属粒子の約80%が、次にプラズマ中で電離されて、正荷電粒子として工具へと加速される。プラズマからの窒素原子とともに、これは、金属窒化物被膜の成長をもたらす。
【0004】
成膜プロセス中、金属微粒子(0.5〜5μm)もまた被膜中に組み込まれる。これら金属微粒子は、アーク陰極の蒸発材料(チタン又はチタン/アルミニウム)から発生する。蒸発プロセス中、μm寸法の小さな領域が、陰極アークが陰極上を移動するとき、陰極アークによって局所的に溶融される。その結果、金属液滴が工具に向けて飛散して被覆される。これらの「液滴」は、工具の表面粗さを増大させてしまい、穿孔の間における切粉の流れを阻害するようになる。ドリルの直径の3倍よりも大きい深穴を穿孔する場合、最初の穿孔中に工具が破損する虞が非常に高い。加えて、溝に切粉を詰まらせてしまう虞もある。
【0005】
陰極アーク蒸発法は、高濃度の高電離ガス放電を利用して、硬質の耐摩耗性PVD被膜を蒸着するために広く採用される技術である。高度な電離、速い蒸着速度、及び比較的低いコストの電源ユニットの結果として、陰極アーク成膜法は、PVD成膜メーカによって、特に、HSS(高速度鋼)及び硬質金属の切削工具に対する耐摩耗性被膜の分野において効果的に用いられてきた。この方法の大きな欠点は、液滴として知られる金属微粒子の放出であり、これら液滴は、成膜プロセス中に陰極材料から成長段階の被膜内に移動し、そこに欠陥を形成する。
【0006】
光学、エレクトロニクス及び腐食保護の分野では、液滴の存在がアーク蒸発プロセスの適用を妨げるものの、切削工具に対するPVD成膜時の液滴の影響はあまり重要でないものとして許容されてきた。しかしながら、今後、被覆された硬質金属製工具が滑らかな表面を有することは、宇宙空間、自動車産業、及び機械工学等の工具に対する厳密な要件を満たすことに加え、サービス中の精密工具の酷い不具合を防止するためにますます重要なものとなるであろう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】欧州特許公開公報第0885981A2号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、切削工具に対して液滴無しの耐摩耗性被膜を製造する方法を提供することにより、例えば、超合金、炭素鋼、Al−Si合金の切粉除去機械加工、ならびに高度な切削パラメータ(高速切削(HSC)および高性能切削(HPC))有する用途などの高技術用途に対する、高度な表面品質要求条件を満たすことである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的および他の目的は、本発明により達成され、本発明の第1実施形態は、液滴無しの耐摩耗性被膜を製造する方法を含み、この方法は、Ti、Cr、Al、Siおよびそれらの組み合わせからなる群より選択される金属のうち少なくとも1つの金属または金属化合物を含む窒化物層を備える耐摩耗性の窒化物被膜を、アーク陰極の前面においてベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いる陰極アーク蒸発法によって基材表面上に蒸着することにより、ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いずに得られた耐摩耗性被膜と比較して上記耐摩耗性被膜内の金属微小液滴および/または金属微粒子を低減することを含む。
【0010】
別の実施形態では、本発明は上記の方法によって得られる耐摩耗性被膜を提供し、窒化物皮膜を供える耐摩耗性皮膜であって、Ti、Cr、Al、Siおよびそれらの組み合わせからなる群より選択される金属のうち少なくとも1つの金属または金属化合物を含む窒化物被膜を備え、上記耐摩耗性被膜の表面は、ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いずに得られた耐摩耗性被膜と比較して、被膜内で金属微小液滴および/または金属微粒子が低減している理由からより滑らかである。
【0011】
さらに別の実施形態では、本発明は、上記の耐摩耗性被膜が切削工具および摩耗部品に適している。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態によるフィルタ構造を示す図。
【図2】フィルタの距離が無制御な陰極真空アークの収束性に与える影響を示す図。
【図3】ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いる陰極アーク蒸発法によって蒸着されたTiN被膜の電子顕微鏡像を走査することによる濾過効果を示す図。
【図4】液滴の直径から単位面積当たりの液滴の依存度を示す図。
【図5】液滴の直径による液滴の減少度合いを示す図。
【図6】蒸着圧力から蒸着速度の依存度を示す図。
【図7】本発明の一実施形態によるフィルタシステムを示す図。
【図8】図7に示すフィルタシステムに対する電源に対応する配線と電流の定義とを示す図。
【図9】図7に示すフィルタシステムを用いた被膜実験の結果を示す図。
【図10】好ましいフィルタI、II及びIIIの特性の概要を示す図。
【図11】フィルタII及びIIIのフィルタ形状を比較する概略図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、例えば、切削工具および摩耗部品に適用されるTi、Cr、Al、Siなどの金属成分を含む液滴無しの窒化物耐摩耗性被膜の蒸着に関する。切削工具として、例えば、金属を切粉除去機械加工するものが挙げられ、例えば、ドリル、エンドミル、ねじタップ、リーマ等のシャンク付き回転切削工具が挙げられる。摩耗部品として、例えば、成形部品または可動要素、打抜きおよび成形工具、医療用具、モータースポーツおよび航空業界におけるTi構成部品ならび燃焼機関の構成部品が挙げられる。
【0014】
一実施形態では、本発明は、Ti、TiAlおよびCrに基づき、実質的に液滴無しの(実質的に金属微粒子または金属微小液滴無しの)窒化物耐摩耗性被膜の蒸着に関する。
驚くべきことに、最初、本発明の発明者らは、ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いて、粒子寸法が1.5μmより大きい、好ましくは、0.8μmより大きい粒子を少なくとも75%減らすことができた。さらに、驚くべきことに、TiNを用いて、1時間当たり1.5から3.0μmの速い蒸着速度が達成された。これは、フィルタを用いないTiNの蒸着速度に近い。
【0015】
液滴放出とそれに関連する現象について、広範囲の調査が過去に実行されてきた。陰極アーク法における金属微粒子の放出は、多くの著者(Mattox HBook22#/McLure JAP 1974/Juttner Plasmaphys.1979)によって、熱効果および流体力学効果によるアーク点の溶解粒子または固体粒子放出として説明されてきた。陰極アーク点のJuttnerのモデルにおいては、Juttner(参考文献:上記と同じ)は、液滴がガス放電によってアーク陰極上で溶融されるアーク点から放出されると説明している。
【0016】
陰極アーク蒸発法によって蒸着された耐摩耗性被膜内の液滴の数を最小にするための1つの可能性は、アーク陰極と被膜される基材との間に適切なフィルタシステムを設けることである。これまで、研究活動は、特別なソレノイド形状に基づいた磁気フィルタシステムに向けられてきた。このような設計は、通常、非線形のプラズマ導管を備え、この導管回りにソレノイドが巻かれ、これにより軸方向磁場によりプラズマを案内し、フィルタの明確な領域内の液滴を収集する。このようにして、液滴はプラズマ流から分離され、液滴無しの滑らかな耐摩耗性被膜を基材上に蒸着することができる。
【0017】
非線形の液滴フィルタは、液滴を効果的に減らすことができるが、プラズマがフィルタ導管を通り効率よく移動できないとの理由から、被膜の蒸着速度は許容範囲外となるため経済的ではない。蒸着速度は、トロイダルフィルタの75%超、S字状フィルタシステムの90%超低下する。従って、周囲を巻かれた線形の導管フィルタシステムの主な欠点としては、極端に低い蒸着速度、技術的に複雑すぎる設計、成膜装置内に過大な空間を必要とすること、コストが極めて高いことが挙げられる。
【0018】
磁気導管フィルタの代替形態は、ベネチアンブラインドのフィルタとして知られるシステムである。このようなシステムでは、線形のベネチアンブラインド構造(例えば、ルーバー付き構造)内にフィルタ−プレート要素が配置され、この構造内で、フィルタ−プレート要素は、「開放」構成のプラズマ流れ方向に相互に平行に向いている。「開放」構成とは、アーク陰極と基材との間に見通し関係が存在することを意味する。「閉鎖」構成を用いる可能性も存在する。「閉鎖」構成では、陰極と基材との間に見通し関係が存在しない。
【0019】
さらに、フィルタプレートを通して電流を流すことによって、両方のベネチアンブラインドのフィルタシステム(開放または閉鎖構成)内に磁界を生成できる。隣接するプレートを通って反対方向に電流が流れると、磁力線が直線状に並び、フィルタプレート間の空間を基材方向に通過する。これは、磁気特性による物理効果である。
【0020】
本発明のベネチアンブラインドのフィルタの主な利点は、小型で柔軟な設計と、技術的に単純な構成と、アーク電圧に対する工場技術においてすでに利用されている電源ユニットが、ベネチアンブラインドのフィルタを通過する磁界のための電流を生成するのに利用できるという事実である。
【0021】
本発明は、アークによって生成されたプラズマから金属微粒子(または金属微小液滴)を排除し、それによって電離金属および中性金属、ならびに窒素イオンまたは原子を工具表面に到達させることのできる方法を提供する。この方法によって、硬質金属の切削工具および部品上に無液滴に近い摩耗を防ぐための耐摩耗性被膜が蒸着される。
【0022】
本発明の内容において、「液滴無し」とは、金属微粒子または金属微小液滴が存在しないかまたは実質的に存在せず、具体的には、直径が0.1〜5μmの金属微粒子または金属微小液滴が存在しないかまたは実質的に存在しないことを意味している。
【0023】
一実施形態では、「液滴無し」とは、直径(または断面)が1.5μmよりも大きい液滴の密度が、本発明によるフィルタシステムを用いずに製造された被膜と比較して、上記被膜の少なくとも75%、好ましくは、少なくとも80%、好ましくは、少なくとも90%、より好ましくは、少なくとも95%、さらにより好ましくは、少なくとも99%、最も好ましくは、少なくとも99.5%減少されることを含む。直径が1.5μmよりも大きい液滴の密度が減少すると、被膜の凹凸が大幅に低減される。
【0024】
好ましい実施形態においては、「液滴無し」とは、直径(または断面)が0.8μmより大きい液滴の密度が、本発明によるフィルタシステムを用いずに製造された被膜と比較して、被膜の少なくとも75%、好ましくは、少なくとも80%、好ましくは、少なくとも90%、より好ましくは、少なくとも95%、さらにより好ましくは、少なくとも99%、最も好ましくは、少なくとも99.5%減少されることを含む。直径が0.8μmよりも大きい液滴の密度が減少すると、被膜の凹凸が大幅に低減される。例えば、図5を参照のこと。
【0025】
低減される金属微小液滴または金属微粒子の寸法は、0.1〜5μm程度、好ましくは、0.2〜5μm程度、より好ましくは、0.5〜5μm程度、さらにより好ましくは、0.5〜2.5μm程度であってもよい。低減される微小液滴の寸法として、特に、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1、1.1、1.2、1.3、1.4、1.5、1.6、1.7、1.8、1.9、2、2.1、2.2、2.3、2.4、2.5、3、3.5、4および4.5μmが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値が挙げられる。しかし、多くの場合、2.2μmよりも大きい寸法の液滴は極めて少なく、ベネチアンブラインドフィルタによって容易に濾過することができる。本発明の一実施形態では、直径が2.2μm以下の液滴を濾過することが重要である。
(第1実施形態)
第1のフィルタ構造は、簡単で柔軟な方法で支持された(図1)。具体的には、フィルタ要素の陰極表面までの間隔および距離などの幾何変数の影響が調査された。フィルタプレートの間隔(ベネチアンブラインドの間隔)は、好ましくは、5〜40mm、より好ましくは、10〜30mmである。フィルタプレートの間隔として、特に、6、8、10、11、12、14、16、18、20、22、23、24、26、28、30、32、34、36および38mmが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値等が挙げられる。
【0026】
一実施形態において、フィルタの寸法は、陰極の寸法及び形状によって調節可能である。実際、陰極自体は、2〜3の例を挙げると、矩形、正方形、円形、楕円形を含む種々の形状を有することができる。フィルタプレートの深さは、10〜50mmであってもよい。フィルタプレートの深さとして、特に、15、20、25、30、35、40、45mmが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値が挙げられる。
【0027】
フィルタとアーク陰極との間の距離は、好ましくは、40〜100mmである。フィルタとアーク陰極との間の距離には、特に、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90および95mmが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値が挙げられる。フィルタ及びアーク陰極間の特に好ましい距離は、80mmまたは約80mmである。
【0028】
図2a)およびb)は、フィルタの距離が、ランダムな真空アークの収束性にどのように影響を与えるかを示す。好ましい距離は80mmまたは約80mmであることが判明した。この距離では、「目に見える」陽極領域が十分に大きいため、安定した収束性が観察された。シータ角(図2に図示せず)は、シータ臨界角より小さくなければならない。図2b)の「BN」は、窒化ホウ素電気絶縁体を表す。図2b)中、点線及び矢印で表記された調節位置は、陰極を見通せる陽極の表面領域の増加を示す。
【0029】
本発明に関し、ランダムなアークとは、陰極材料上をアークがランダムに移動することを意味する。対照的に、制御されたアーク移動は、本発明では、磁界によって陰極材料の上のある特定の軌跡上にアーク移動を制御することにより達成できる。ランダムなアークも制御されたアークも両方とも本発明において利用することができる。さらに、本発明のフィルタシステムは、アーク陰極の矩形形状および円形形状に対して用いることができる。上述のように、アーク陰極の特殊な配置もまた、本発明に対して用いることができる。
【0030】
走査型電子顕微鏡(SEM)によるフィルタ効果の調査では、要素の間隔が小さくなるにつれて、濾過作用が強くなることが示された(図3)。フィルタを用いない蒸着のSEM顕微鏡写真と、フィルタプレートの間隔が23mmと11mmである本発明のフィルタを用いた蒸着のSEM顕微鏡写真とを比較してみる。SEM画像の倍率は約3100であり、SEMの電子ビーム電圧は約25kVである。
【0031】
十分な統計量による図(図4および図5)の定量評価では、液滴の寸法分布について明らかな変化が認められた。これは、部分的に溶融した粒子とフィルタ要素との相互作用によって説明される。より大きな液滴(1.0〜1.6μm程度)に関しては、80%より大きい密度減少が観察された。図4および図5における結果では、SEM画像における液滴の量がカウントされ、単位面積当たりの液滴として示されている。液滴寸法は、SEM画像の倍率(約3100)によって決定された。
【0032】
成膜速度に関するフィルタの影響は、成膜方法の経済性がそれにより直接影響を受けるため、重要な側面である。窒素分圧とフィルタの形状を調節することによって、第1フィルタシステムに対しては、最大0.83μm/hの速度で成膜することができる。濾過されないプラズマを用いた成膜速度(3.4μm/h、図6)と比較すると、これは、成膜速度が約75%低減することに相当する。2〜7Pa、好ましくは、3〜5Pa、最も好ましくは、約3Paの窒素分圧を用いることができる。窒素分圧として、特に、2.5、3、3.5、4、4.5、5、5.5、6、6.5Paが挙げられ、全ての値およびそれらの間の中間値を含む。一実施形態では、窒素分圧は、蒸着圧力と同じである。
【0033】
フィルタ構造の好ましい実施形態は、フィルタI、IIまたはIIIである。フィルタIIおよびIIIが特に好ましい。フィルタI、II、IIIの特性の概要を図10に示す。
【0034】
(フィルタI)
この章では、ベネチアンブラインドの液滴フィルタの第1試験を述べる。この第1設計の単純性は、ベネチアンブラインドの液滴フィルタが通過電流モードで作動できないことであった。主目的は、プラズマ処理能力を最大にするのではなく、フィルタの液滴の減少効率を決めることであった。フィルタは浮遊電位、負電位または正電位に接続することができる。2つのフィルタ形状、すなわちフィルタの間隔が11mmと23mmの形状について結果が得られた。いずれの場合も、フィルタの深さは25mmであった。
【0035】
ベネチアンブラインドのフィルタの主な幾何変数は、フィルタ要素の深さ、間隔および角度である。フィルタの深さは、陰極表面に垂直な方向において、フィルタの前方から後方への距離として特徴付けられている。この寸法は、コーティングチャンバ内の利用可能な空間、具体的には、一方側は陰極の位置、他方側は基材を保持するバスケットの位置によって限定される。第1フィルタに対しては25mmのフィルタ深さが選択され、フィルタと陰極表面との間の距離が43mmで最初の試験が実行された。
【0036】
フィルタ間隔の寸法は、アークスポットからの液滴の放出の発生する角度分布を考慮することによって選択された。
(フィルタII)
フィルタIでは、耐摩耗性の窒化物被膜の反応蒸着においてプラズマ流を操作する効果的な方法は磁界であることが示された。そのため、本目的は、プラズマ流の方向と平行に走る磁力線を有する磁界を生成できるように、液滴フィルタIを設計し直すことである。これは、フィルタ要素を通過する電流を、隣接する要素内で逆に流れるようにすることによってなされた。この概念を簡略化するために、フィルタは、電流が通過する多数の配線と見なすことができる。
【0037】
液滴フィルタIIは先のフィルタと比較して設計され、多数のステンレス鋼要素からなる。しかし、新しい「磁気」フィルタの要素は、電流が各要素間を順次通過ができるように、絶縁フレームに取り付けられた。フレームは、要素の長さが熱膨張によって変化するとき、膨張または収縮するように設計されたことにも留意されたい。フィルタIIは、フィルタ要素の曲率がチャンバ壁の内側に沿うように設計された。
【0038】
(フィルタIII)
ベネチアンブラインドのフィルタIIIは、上記の設計特性に基づいている。フィルタIIIの深さは大幅に大きく、この結果、陰極とフィルタとの距離が短くなる。このようにすることによって、液滴の凝固のための距離、つまり時間が短くなり、結果として、液滴は、溶融状態においてフィルタにより衝突しやすくなる。フィルタの深さを大きくすることによって、間隔を大きくすると同時に、フィルタとの少なくとも1回衝突のための同一臨界角を維持することができる。これを図11に示す。
【0039】
フィルタを陰極のより近くに配置するために、フィルタを正電位として、陰極と陽極との間のインピーダンスを最小にしなければならない。この新しいフィルタは、陽極電位に接続され、銅プレートから構成される。予測される作動温度において構造的完全性を維持するために、銅の厚みは、先のフィルタ設計で用いられたステンレス鋼より約3倍大きい。その後のより厚いプレートによる面積の低減は、間隔の増加の結果として、プレートの全体数が減ることによって相殺される。
【0040】
図11は、フィルタIIIのフィルタ形状の概略図であって、フィルタIおよびIIのフィルタ形状と比較して、同一θcritと、フィルタ間隔(S)およびフィルタ深さ(D)の増加とを示す。
【0041】
本発明において、フィルタの収束性と熱負荷とは、主に、フィルタ電位によって影響を受ける。陽極電位は、15〜20Vの範囲内にあってもよく、または浮遊電位が用いられてもよい。
【0042】
一実施形態では、フィルタは、15〜20Vの陽極電位(全ての中間値、具体的には16、17、18および19Vを含む)、または浮遊電位を有する。浮遊電位とは、フィルタの電位が決められておらず(浮遊している)、主にプラズマ電位に依存することを意味する。
【0043】
生産工場においてフィルタ技術を実現するには、安定した連続作動と蒸発材料の効率的な利用とを保証するために、蒸着速度の増加が必要である。フィルタIに関する予備実験と同様に、この目的のために、フィルタを種々の電位で実験することが実行された。蒸着速度の明らかな増加が達成された。11mmの小さい間隔にすることにより、硬質材料の被膜内の液滴の好ましい低減が得られた。好ましくは、フィルタプレートの間隔および/またはフィルタの距離を変化させることは、蒸着速度の増加に影響を与える。蒸着速度のさらなる増加は、アーク電流を、例えば、300Aから450Aの最大値まで増すことによって達成可能である。この電流値は、ランダムなアーク分布を有する、大面積の矩形の陰極に対して特異的である。他のアーク技術はより低い電流範囲を有する。
【0044】
フィルタ効率に対する外部磁界の影響もまた調査された。このように、プラズマは「磁化され」、これにより自由電子が磁力線の回りに循環経路をとるようにする。プラズマを準中性にすることによって、イオンの両極性拡散がもたらされる。この効果はプラズマをベネチアンブラインドのフィルタを通るように案内するが、電気的に中性の液滴は影響を受けないままである。成膜実験では、成膜速度はこのような方法で最大1.5μm/hに増加することを示した。ループ当たりのソレノイド電流は、30〜60A(6ループ)にできる。
【0045】
しかし、立体角Θを最適化することによって、速度を大幅に増大できると確認された。
(第2実施形態)
第2フィルタシステム(フィルタII)を開発する際には、作動中の熱膨張に対するシステムの安定性に特に注意が払われた。安定したシステムでは、フィルタのステンレス鋼要素を、その要素が熱膨張によって要素の長さが変化するに伴って膨張および収縮することができるように取り付けることができる。
【0046】
この第2フィルタシステム(フィルタII)は図7で表されている。この設計によって、フィルタ要素の絶縁された懸架体により、磁界を誘導する電流がフィルタを直接通過できるようにすることができる。図7の「S」は、フィルタプレートの間隔を表している。磁気フィルタの側面概略図が図7で示され、4つ積み重ねたフィルタ要素と、その結果としての、隣接する要素内で反対方向に流れる電流に対する磁力線とが示されている。電流の流れ方向を交互にすることによって、磁力線の方向は同じであるため、要素間の磁界が累積されることは明らかである。また、磁力線の方向はフィルタ要素に平行で、陰極表面に垂直であることも明らかである。
【0047】
電源の対応する配線、及び電流の定義を図8に示す。図8の記号は、次のように定義される。すなわち、IS=ソレノイドの電流、IC=陰極の電流、Ia=陽極の電流、IF=フィルタ電流、IPF=プラズマ−フィルタ間の電流、IPA=陽極−フィルタ間の電流である。通過電流磁気フィルタと外部ソレノイドに対する配線図では、フィルタに正電位を製造するためにアーク電源の正極端子に接続されたフィルタ電源の負極端子を示す。不均一な分布を克服する方法の1つは、フィルタの電位を高くして、フィルタの電位をプラズマに対して正にすることである。これは、フィルタ電源の負極端子を、アーク電源の正極端子に接続し、その結果、フィルタは陰極に対して、つまりプラズマに対して常に正電位にすることによって実現できる。このようにすると、フィルタは電子をプラズマから引き寄せ、システムのインピーダンスは減少し、アーク分布が均一になる。
【0048】
これらの結果を全体的に見ると、フィルタシステムの好ましい構成、すなわち、陽極電位(15〜20V)、外部磁界(ケーブル当たり40A、6回巻きのコイル)におけるフィルタが導き出される。図9は、この構成を用いた広範囲な成膜実験の結果を示す。チャンバ圧力が減少するにつれて成膜速度は増加する。3.0Paを下回ると、結果として得られる被膜の凹凸は許容できなくなる。この一連の測定結果から、好ましいパラメータ設定は、好ましいフィルタシステム、すなわち、プロセス圧力が3.0Pa、ベネチアンブラインドのフィルタ間隔が11〜16mm、フィルタが陽極電位にあり、ケーブル当たり40Aで6回巻きコイルを備えた外部磁界のフィルタシステムに対して定義された。
【0049】
フィルタIおよびIIは、開モード及び閉モードの両方で用いることができる。しかし、蒸着速度がかなり高速であるため、開モード構成が好ましい。本発明は、超合金、炭素鋼、Al−Si合金の切粉除去加工などの高度技術の適用、ならびに高度な切削パラメータ(高速切削(HSC)および高性能切削(HPC))の適用に対する高度の表面品質要求条件を満たすために、切削工具に対して液滴無しの耐摩耗性被膜を製造する方法を提供する。これまでは、耐摩耗性被膜内の液滴を低減するため、アーク成膜工業プラントではフィルタシステムが使用されてこなかった。本発明を経済的に実現することは、工業規模においてアーク成膜方法にとって大きな利益を意味する。この処理技術に基づくと、構造的特性および機械的特性は、例えば、マグネトロンスパッタリング法など他の成膜方法の特性よりも優れている。HSSおよび硬質金属の切粉除去切削工具、および摩耗部品にも、液滴無しの耐摩耗性被膜を蒸着することによって、この革新的なアーク成膜技術は、さらなる技術的な進展を達成した。
【0050】
本発明を全般的に説明してきたが、特定の実施例を参照することによって、さらに理解を深めることができる。なお、これらの特定の実施例は、本明細書では、単に例示目的であり、特に明記しない限り限定を意図するものではない。
【実施例1】
【0051】
走査型電子顕微鏡(SEM)による濾過効果の調査(図3〜5)
アーク電流300A、温度410℃、蒸着時間32分および窒素分圧2.0〜7.0Paを用いて被膜が蒸着された。フィルタIの構成を参照。皮膜は、走査型電子顕微鏡を用いて調査した。各被膜に対する顕微鏡写真を図3に示す。これらの画像では、未濾過のTiN被膜は、多数の大きな液滴、及び付随するピッチングの欠陥を特徴とすることが明らかであった。ピッチングの欠陥は、蒸着後に液滴が表面から離脱する結果であった。対照的に、23mmのフィルタを用いて蒸着した被膜は、液滴の数および寸法が大幅に減少したことを示した。11mmのフィルタの場合、これらの被膜は、最大直径が1〜2μmの小さい液滴のみが蒸着されるという証拠によって、液滴の寸法及び数が更に大きく減少したことを示した。
【0052】
図4の結果は、単位面積当たりの、蒸着された液滴の数とピッチングの欠陥の数を示す。特に関心があるのは、どの液滴が最も効果的にプラズマから濾過されたかを理解することである。これは、図5から明らかである。図5は、種々の直径についての液滴の減少率を示す。直径が1μm以上のより大きい液滴が、83%の高効率でプラズマから濾過されたことが明らかである。対照的に、直径範囲が0〜0.8μmであるより小さい液滴は、30〜55%の効率で濾過された。理論に拘束されることなく、この結果により、大きい液滴がフィルタに完全に付着するのではなくフィルタ要素に衝突するとき、大きな液滴がより小さな液滴の集団に分解したという事実によるものであることが提示される。
【0053】
フィルタの最初の位置の平面図の概略図(図2)。調節された位置は、陰極を見通せる陽極の表面領域の増加を示す。
図3は、SEMによる測定結果を示す。
(液滴の直径の測定)
十分な統計量による図(図4および図5)の定量評価では、液滴の寸法分布について明らかな変化が確認された。これは、部分的に溶融した粒子とフィルタ要素との相互作用によって説明される。より大きな液滴(1.0〜1.6μm程度)に関しては、80%より大きい密度の減少が観察された。図4および図5の結果では、SEM画像における液滴の量がカウントされ、単位面積当たりの液滴として示されている。液滴寸法は、SEM画像の倍率(約3100)によって決定された。
【実施例2】
【0054】
フィルタ構成の成膜速度への影響の調査(図6)
11mmのフィルタを用いて蒸着された第1濾過被膜の結果。チャンバ圧力が7.0Paから2.0Paに減少した状態では、蒸着速度が0.5μm/時から0.83μm/時に40%増加したことが見られる。この増加にもかかわらず、濾過された全被膜の蒸着速度は、未濾過被膜における蒸着速度と比較して大幅に減少した。未濾過状態における同様の蒸着速度は、1時間当たり約4ミクロンである。
【0055】
フィルタ構成:アークまでの距離80mm、アーク電流300A、工具のバイアス電圧−50V、蒸着温度410℃。上述のフィルタIのフィルタ構成を参照のこと。
従来の全圧計を用いて、窒素分圧が測定された。
蒸着速度の決定
蒸着速度は、回転する鋼球が被膜表面に楕円形クレータを形成する、いわゆるカロテストによって決定された。楕円形に形成された被膜の画像によって、被膜の厚みを決定することができる。
【0056】
窒素分圧とフィルタの形状を調節することによって、未濾過のプラズマを用いた成膜速度(3.4μm/h)と比べて、第1フィルタシステムについて最大0.83μm/h(図6)の速度で成膜することができる。
【実施例3】
【0057】
フィルタ構成の成膜速度への影響の調査(図9)
フィルタ構成:アークと陰極の距離80mm
蒸着条件:図9中の注釈を参照のこと
間隔が11mm(θcrit.=66℃)および16mm(θcrit.=47℃)のフィルタを用いて、TiN被膜が蒸着された。標準的な未濾過TiN蒸着処理を用いて、参考サンプルも調製された。被膜は、アーク電流300A、温度410℃、蒸着時間32分、窒素圧力2.5〜5.0Paを用いて蒸着された。
【0058】
窒素分圧は、実施例2と同様に測定された。
蒸着速度は、実施例2と同様に決定された。
その結果を図9に示す。
【0059】
2007年3月29日付で提出された独国特許出願番号第10 2007 015 587.7号は参照により本明細書に引用したものとする。
上記技術を踏まえて、本発明に関して多くの修正形態および変更形態が可能である。従って、添付の特許請求項の範囲内で、本発明は、本明細書に具体的に記載した形態以外で実現されてもよいことが理解されるべきである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
液滴無しの耐摩耗性被膜を製造するための方法であって、
ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いずに得られた耐摩耗性被膜よりも前記耐摩耗性被膜内の金属微小液滴および/または金属微粒子を低減するため、アーク陰極の前面においてベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いる陰極アーク蒸発法によって、基材表面上に耐摩耗性の窒化物被膜を蒸着することを含み、
前記窒化物被膜は、Ti、Cr、Al、Siおよびそれらの組み合わせからなる群より選択される金属のうち少なくとも1つの金属または金属化合物を含む窒化物層を備える耐摩耗性被膜の製造方法
【請求項2】
請求項1記載の方法において、
前記フィルタシステムは、相互に5〜40mmの間隔を有するベネチアンブラインドを備えている方法。
【請求項3】
請求項1記載の方法において、
蒸着圧力は2〜7Paであり、
前記フィルタは、陽極電位または浮遊電位を有し、
外部磁界は、6〜10回巻きで、かつケーブル当たり30〜60Aの磁界コイルを用いて生成される方法。
【請求項4】
請求項1記載の方法において、
断面に形状寸法が1.5μmより大きい金属微小液滴および/または金属微粒子の密度は、前記被膜内で少なくとも75%減少する方法。
【請求項5】
請求項1記載の方法において、
前記基材は、回転する切粉除去工具である方法。
【請求項6】
請求項1記載方法において、
前記基材は、ドリル、エンドミル、ねじタップまたはリーマである方法。
【請求項7】
請求項1記載の方法において、
前記ベネチアンブラインドのフィルタシステムは、線形のベネチアンブラインド構造をなすと共に、前記ベネチアンブラインドのフィルタシステムの開構成にてプラズマ流れの方向に相互に平行であるフィルタプレートを備えている方法。
【請求項8】
請求項1記載の方法において、
蒸着速度は、1時間当たり1.5〜3.0μmである方法。
【請求項9】
請求項1記載の方法において、
電流は、前記フィルタシステムのフィルタプレートを通って流れ、それによって磁界が生成される方法。
【請求項10】
請求項1記載の方法において、
前記フィルタシステムの隣接するフィルタプレートを通って電流が反対方向に流れ、それによって、磁力線が直線状に並ぶと共に、前記隣接するフィルタプレート間の空間を基材方向に沿って通過する方法。
【請求項11】
請求項1記載の方法によって得られ、かつ窒化物被膜を備える耐摩耗性被膜であって、
前記窒化物被膜は、Ti、Cr、Al、Siおよびそれらの組み合わせからなる群より選択される金属のうち少なくとも1つの金属または金属化合物を含む窒化物被膜を含み、
前記耐摩耗性被膜の表面は、前記被膜内の金属微小液滴および/または金属微粒子の減少のため、ベネチアンブラインドのフィルタシステム無しで得られた耐摩耗性被膜よりも滑らかである耐摩耗性被膜。
【請求項12】
請求項11記載の耐摩耗性被膜において、
断面の形状寸法が1.5μmより大きい液滴の密度は、前記被膜内で少なくとも75%減少している耐摩耗性被膜。
【請求項13】
請求項11記載の耐摩耗性被膜を備えた回転する切粉除去工具。
【請求項14】
請求項13記載の工具は、ドリル、エンドミル、ねじタップまたはリーマである工具。
【請求項15】
請求項11記載の耐摩耗性被膜において、
前記金属化合物はTiAlである耐摩耗性被膜。
【請求項16】
請求項11記載の耐摩耗性被膜において、
前記耐摩耗性被膜は、回転する切粉除去工具に適している耐摩耗性被膜。
【請求項17】
請求項11記載の耐摩耗性被膜を備えた摩耗部品。
【請求項18】
請求項17記載の摩耗部品は、成形部品、可動要素、打抜き工具、成形工具、医療用具、またはエンジンのTi構成部品である摩耗部品。
【請求項19】
請求項1記載の方法において、
断面の形状寸法が0.8μmより大きい金属微小液滴および/または金属微粒子液滴の密度は、前記被膜内で少なくとも75%減少する方法。
【請求項20】
請求項11記載の耐摩耗性被膜において、
断面の形状寸法が0.8μmより大きい液滴の密度は、前記被膜内で少なくとも75%減少する耐摩耗性被膜。
【請求項21】
請求項11記載の耐摩耗性被膜は、摩耗部品または切削工具に適している耐摩耗性被膜。
【請求項22】
請求項1記載の方法において、
前記基材は、切削工具または摩耗部品である方法。
【請求項1】
液滴無しの耐摩耗性被膜を製造するための方法であって、
ベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いずに得られた耐摩耗性被膜よりも前記耐摩耗性被膜内の金属微小液滴および/または金属微粒子を低減するため、アーク陰極の前面においてベネチアンブラインドのフィルタシステムを用いる陰極アーク蒸発法によって、基材表面上に耐摩耗性の窒化物被膜を蒸着することを含み、
前記窒化物被膜は、Ti、Cr、Al、Siおよびそれらの組み合わせからなる群より選択される金属のうち少なくとも1つの金属または金属化合物を含む窒化物層を備える耐摩耗性被膜の製造方法
【請求項2】
請求項1記載の方法において、
前記フィルタシステムは、相互に5〜40mmの間隔を有するベネチアンブラインドを備えている方法。
【請求項3】
請求項1記載の方法において、
蒸着圧力は2〜7Paであり、
前記フィルタは、陽極電位または浮遊電位を有し、
外部磁界は、6〜10回巻きで、かつケーブル当たり30〜60Aの磁界コイルを用いて生成される方法。
【請求項4】
請求項1記載の方法において、
断面に形状寸法が1.5μmより大きい金属微小液滴および/または金属微粒子の密度は、前記被膜内で少なくとも75%減少する方法。
【請求項5】
請求項1記載の方法において、
前記基材は、回転する切粉除去工具である方法。
【請求項6】
請求項1記載方法において、
前記基材は、ドリル、エンドミル、ねじタップまたはリーマである方法。
【請求項7】
請求項1記載の方法において、
前記ベネチアンブラインドのフィルタシステムは、線形のベネチアンブラインド構造をなすと共に、前記ベネチアンブラインドのフィルタシステムの開構成にてプラズマ流れの方向に相互に平行であるフィルタプレートを備えている方法。
【請求項8】
請求項1記載の方法において、
蒸着速度は、1時間当たり1.5〜3.0μmである方法。
【請求項9】
請求項1記載の方法において、
電流は、前記フィルタシステムのフィルタプレートを通って流れ、それによって磁界が生成される方法。
【請求項10】
請求項1記載の方法において、
前記フィルタシステムの隣接するフィルタプレートを通って電流が反対方向に流れ、それによって、磁力線が直線状に並ぶと共に、前記隣接するフィルタプレート間の空間を基材方向に沿って通過する方法。
【請求項11】
請求項1記載の方法によって得られ、かつ窒化物被膜を備える耐摩耗性被膜であって、
前記窒化物被膜は、Ti、Cr、Al、Siおよびそれらの組み合わせからなる群より選択される金属のうち少なくとも1つの金属または金属化合物を含む窒化物被膜を含み、
前記耐摩耗性被膜の表面は、前記被膜内の金属微小液滴および/または金属微粒子の減少のため、ベネチアンブラインドのフィルタシステム無しで得られた耐摩耗性被膜よりも滑らかである耐摩耗性被膜。
【請求項12】
請求項11記載の耐摩耗性被膜において、
断面の形状寸法が1.5μmより大きい液滴の密度は、前記被膜内で少なくとも75%減少している耐摩耗性被膜。
【請求項13】
請求項11記載の耐摩耗性被膜を備えた回転する切粉除去工具。
【請求項14】
請求項13記載の工具は、ドリル、エンドミル、ねじタップまたはリーマである工具。
【請求項15】
請求項11記載の耐摩耗性被膜において、
前記金属化合物はTiAlである耐摩耗性被膜。
【請求項16】
請求項11記載の耐摩耗性被膜において、
前記耐摩耗性被膜は、回転する切粉除去工具に適している耐摩耗性被膜。
【請求項17】
請求項11記載の耐摩耗性被膜を備えた摩耗部品。
【請求項18】
請求項17記載の摩耗部品は、成形部品、可動要素、打抜き工具、成形工具、医療用具、またはエンジンのTi構成部品である摩耗部品。
【請求項19】
請求項1記載の方法において、
断面の形状寸法が0.8μmより大きい金属微小液滴および/または金属微粒子液滴の密度は、前記被膜内で少なくとも75%減少する方法。
【請求項20】
請求項11記載の耐摩耗性被膜において、
断面の形状寸法が0.8μmより大きい液滴の密度は、前記被膜内で少なくとも75%減少する耐摩耗性被膜。
【請求項21】
請求項11記載の耐摩耗性被膜は、摩耗部品または切削工具に適している耐摩耗性被膜。
【請求項22】
請求項1記載の方法において、
前記基材は、切削工具または摩耗部品である方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公表番号】特表2011−504545(P2011−504545A)
【公表日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−516604(P2010−516604)
【出願日】平成20年3月30日(2008.3.30)
【国際出願番号】PCT/IB2008/001220
【国際公開番号】WO2009/122233
【国際公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【出願人】(508064506)
【氏名又は名称原語表記】FIRMA GUEHRING OHG
【Fターム(参考)】
【公表日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月30日(2008.3.30)
【国際出願番号】PCT/IB2008/001220
【国際公開番号】WO2009/122233
【国際公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【出願人】(508064506)
【氏名又は名称原語表記】FIRMA GUEHRING OHG
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]