説明

イオンビーム加工方法及び加工装置

【課題】イオンビームの照射による断面加工において,断面に熱によるダメージを与えず,加工面に荒れを生じさせないイオンビーム加工方法を提供する。
【解決手段】加工すべき試料6にイオンビームを発射するイオン銃2と,試料6を下面に装着しイオンビームの一部を遮蔽する遮蔽板7とを備えるイオンビーム加工装置において,試料6の断面作成側の側面6aに,熱伝導部材8を接触して設け、試料の上面6cを遮蔽板の端部7aより、ずらして突出させて被加工部6bを形成し,イオンビーム4を,この被加工部6bの上面6c,熱伝導部材8の側面近傍の上面8bに照射して,試料6の被加工部6bを研削し,加工処理を行う。断面に,加工処理による熱が発生しても,熱伝導部材8を経て外部に熱放出され,熱によるダメージで断面に荒れが生じるのを回避できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,試料に断面加工を行うイオンビーム加工方法及び加工装置,特に加工断面において,熱によるダメージの発生を抑えるようにしたイオンビーム加工方法及びイオン加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,複雑化,微細化が進むデバイスや,高機能化された材料の研究開発,製造プロセス開発,品質管理において,走査電子顕微鏡(SEM),透過電子顕微鏡(TEM)およびそれらに付属する分析装置による解析が不可欠となっている。そのような中で,デバイス,材料の断面構造や内部構造を観察するためには,その構造や組成を変化させずに断面を作製することが必要となるケースが多くなっている。
【0003】
上記のような材料の断面作製方法としては,試料の構造および材質,分析目的に応じて様々なものが用いられており,割段法,機械研磨法,ミクロトーム法,FIB(集束イオンビーム)法,CP(クロスセクションポリッシャー)法などがある。これらの中で,有機物の断面作製に適しているのはミクロトーム法であるが,この方法では,試料の前処理に熟練度が必要であり,且つ,加工された断面は切断時のせん断応力の影響を受けたものになる。
【0004】
一方,前記CP(クロスセクションポリッシャー)法は,ブロードなArイオンビームを用いた断面作製技術であり,加工された断面は加工時の影響を比較的受けない加工方法として評価されている。
【0005】
前記CP法の原理を図6に示す。図6において,試料の上にイオンビームを遮蔽するための板(遮蔽板)を置き,試料を遮蔽板より若干突き出して非遮蔽部を形成し,イオン銃からのArイオンビームを,遮蔽板より突出した試料の非遮蔽部に照射して研削することによって,試料の断面を作製する。
このCP法による切断は,高速イオンの運動エネルギーにより表面近傍の試料原子を弾き飛ばすことで行っている。この試料原子を弾き飛ばすといった衝撃や,切断された原子が試料断面に再付着したりすることにより,加工部(断面)に熱が発生する(例えば特許文献1参照)。このようにして,作製した試料の加工部(断面)に熱によるダメージが加わる。そのため,CP法では,このように高速イオンの運動エネルギーにより表面近傍の試料原子を弾き飛ばすことによって,熱の影響を受けやすい有機物の加工(断面作製)には適用が困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−329663号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように,従来の高速イオンビーム照射による試料の断面加工は,加工された断面が加工時の影響を比較的受けない加工方法として有用であるが,作製した試料の断面に熱によるダメージが加わるため,熱の影響を受けやすい試料(紙面などの上に印字されたトナー,フィルム等)の断面を作製するには,上記高速イオンビーム照射による加工方法では断面作成が困難であった。そこで,熱の影響を受けやすい試料の断面作成を実現するため従来は,イオンビームの加速電圧を小さくして,イオンを長時間照射すると言った方法で断面処理を行い,熱の発生による試料のダメージ低減を試みてきた。しかし,それだけでは十分に,ダメージを抑えることが出来なかったし,長時間のイオン照射により,加工の効率が低下するものであった。
【0008】
この発明は,上記問題点に着目してなされたものであって,イオンビームの照射による断面加工において,加工処理により発生する熱により,加工部(断面)にダメージを与えることのない,あるいは少なく,効率の良いイオンビーム加工方法及び加工装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために本発明のイオンビーム加工方法は,イオン銃から発射されるイオンビームを試料の被加工部に照射することで前記試料を加工するイオンビーム加工方法であって,前記試料における前記被加工部の前記イオンビームの軸線に平行,あるいは略平行な面に熱伝導部材を接触して設置しておき,前記試料の被加工部及びこれに接触された熱伝導部材に同時に前記イオンビームを照射することで,前記試料の被加工部とこれに接触して設置された前記熱伝導部材とを同時に加工するものである。
本発明のイオンビーム加工方法では,前記イオン銃と前記試料との間に遮蔽材を設置しておき,イオン銃からのイオンビームを前記遮蔽材端面を介して前記試料に照射することにより,前記遮蔽材に遮蔽されていない試料及び熱伝導部材を加工するようにしても良い。イオン銃からのイオンビームを前記遮蔽材端面を介して前記試料に照射することにより,試料の非遮蔽部に加工処理を集中させることができ,被加工部で発生する高熱を熱伝導部材を通して逃がすので,遮蔽材使用の場合でも,熱の影響を受けやすい試料にも加工処理を行うことができる。
上記した本発明のイオンビーム加工方法は,これを装置面から捉えることでイオンビーム加工装置として把握することも出来る。その場合のイオンビーム加工装置は,イオン銃から発射されるイオンビームを試料の被加工部に照射することで前記試料を加工するイオンビーム加工装置であって,前記被加工部の前記イオンビームの軸線に平行,あるいは略平行な面に熱伝導部材を接触して設置しておき,前記試料の被加工部及びこれに接触して設置された前記熱伝導部材に同時に前記イオンビームを照射することで,前記試料の被加工部とこれに接触して設置された前記熱伝導部材とを同時に加工するものが考えられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明にかかるイオンビーム加工方法によれば,前記試料の被加工部の前記イオンビームの軸線に平行,あるいは略平行な面に熱伝導部材を接触して設置しておく構成とし,試料の被加工部及び熱伝導部材に同時にイオンビームを照射することで試料の被加工部と,これに接触して設置された熱伝導部材とを同時に加工するものであるから,試料の被加工面で発生した熱を即,熱伝導部材を通して逃がすので,試料自体の温度上昇によるダメージを出来うる限り抑えることが出来る。また,温度上昇によるダメージが抑えられるのでイオン銃への電圧を下げて長時間加工するようなことが必要でなく,加工の効率を高く保つことが出来る。
これにより,具体的な数字として,溶融温度が100℃以下の有機物の断面加工が可能となった。従って,従来,イオンビーム照射による熱の発生により,作製できる試料に制限が見られたが,本発明によって,このイオンビーム加工装置による幅広い範囲の試料への加工処理が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】この発明の一実施形態に係るイオンビーム加工装置の概略構成を示す図である。
【図2】同実施形態に係るイオンビーム加工装置で加工する試料の一例を示す断面図である。
【図3】同実施形態に係るイオンビーム加工装置を含む実施例,比較例の実験結果を表に示した図である。
【図4】同実験時の実施例1と比較例1の加工面を走査顕微鏡で撮影した写真である。
【図5】この発明の他の実施形態に係るイオンビーム加工装置の概略構成を示す図である。
【図6】従来のイオンビーム加工装置の概略構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下,添付した図面を参照して,本発明を具体化した実施の形態により,この発明をさらに詳細に説明する。
【0013】
まず,この発明の一実施形態に係るイオンビーム加工装置の概略構成を示す図1を参照する。
このイオンビーム加工装置1は,真空度:11.5×10―3paとした真空チャンバ1aを有し,この真空チャンバ1a内に,Arイオンビーム4を発射するイオン銃2と,Arプラズマ2aを発生させるための電圧をイオン銃2に供給するArイオン加速電圧源3と,イオン銃2からのArイオンビーム4を受けて試料に加工処理を行う試料装着部5とを備えている。
この実施形態にかかるイオンビーム加工装置1における上記イオン銃2,Arイオン加速電圧源3を備え,イオン銃2より試料装着部5の試料6にArイオンビーム4を照射する点は,従来よりのイオンビーム加工装置と,特に変わるところはない。
【0014】
更に,試料装着部5において,試料6の非加工部をArイオンビーム4より遮蔽するための遮蔽板(遮蔽材)7が設けられている点も従来のイオンビーム加工装置と同様であるが,一方,試料6の加工断面6a作成側の側面6dに,熱伝導部材8を設けている点は,この実施形態に特有の構成である。具体的には,熱伝導部材8の側面8aを試料6の側面6dに接触させて設置したことである。
【0015】
この例では,上記熱伝導部材8としては,厚み500μmのシリコンウエハを使用しており,上面8bを試料6の上面6cと面一となるように,側面8aを試料6の側面6dに接触させて設けている。なお,試料6は,遮蔽板7への固定の際,遮蔽板7の側端面7aより2mm突き出して,図2に示すように被加工部6bとしている。これにより,試料6と熱伝導部材8の接触面6d,8aも,遮蔽板7の側端面7aより2mm突き出した位置にあることにより,Arビームを照射したときに,試料6と熱伝導部材8とが,同時に削除される。ここで使用されるシリコンの熱伝導率は148Wm―1K―1である。但し,これは一例である。
【0016】
前記試料装着部5は,上記のように構成され,熱伝導部材8は,試料6の被加工部6bの上面(イオン照射部)6c及び熱伝導部材8の被加工上面(イオン照射部)8bに照射されるArイオンビーム4aからみれば,前記試料6の前記被加工部6bの前記Arイオンビーム4の軸線に平行,あるいは略平行な側面6dに,側面8aを接触させた状態となっている。
上記のようにこの実施形態では,試料6の被加工部6b側の側面6dに接触して熱伝導部材8が配置されており,これはArイオンビーム4の軸線に平行な面であるが,熱伝導部材8を設ける面は,必ずしもArイオンビーム4の軸線に平行でなくてもよいことは,このような傾いた面からでも十分熱を逃がすことが出来ることから理解される。この実施形態では,このような傾いた面を略平行な面としている。
【0017】
以上述べた実施形態装置において,試料6に加工処理を行う場合は,イオン銃2からのArイオンビーム4を,遮蔽板7の側端面7aよりArイオンビーム4の軸線の直交方向に突出した試料6の被加工部6bの上面6c及び熱伝導部材8の側面8b近傍の上面8bに照射し,このArイオンビーム4で,該Arイオンビーム4の軸線に平行,或いは略平行な試料6の被加工部6b,側面6dを,熱伝導部材8の上面8b,側面8bとともに同時に研削し,試料6の加工断面6aを作製する。
この加工処理の過程で行われる断面形成のための切断は,高速イオンの運動エネルギーにより,表面近傍の試料原子を弾き飛ばすことによって行われ,この試料原子の弾き飛ばしによる切断加工や,切断された原子が試料断面に再付着したりすることにより被加工部6bに発生する熱が,熱伝導部材8を経て周囲に放出される。そのために,試料6の加工面6aに熱によるダメージが加わることがなくなり,加工面6aに熱による荒れなどが生じるのを回避できる。
【0018】
このように,この実施形態装置に係るイオンビーム加工方法によれば,前記試料6における被加工部6bの前記Arイオンビーム4の軸線に平行,あるいは略平行な側面6dに熱伝導部材8の側面8aを接触して設置しておき,試料6の被加工部6b及びこれに接触して設置された前記熱伝導部材8に同時にArイオンビーム4を照射して前記試料の6の被加工部6bとこれに接触して設置された前記熱伝導部材8の側面8a近傍とを同時に加工するものであるから,加工処理時に被加工部6bで発生する熱を,熱伝導部材8を通して周囲に放出することにより,加工断面6aで受けるダメージをなくし,加工面の荒れを回避できる。
【0019】
上記実施形態にかかるイオンビーム加工方法及び加工装置においては,試料装着部5に遮蔽板7を設けているが,この発明の他の実施形態として,図5に示すように遮蔽板7を備えないイオンビーム加工装置及びこの装置を用いたイオンビーム加工方法としても良い。
【0020】
上記したようにこの実施形態装置に係るイオンビーム加工方法によれば,前記試料6の前記被加工部6bの前記Arイオンビーム4の軸線に平行,あるいは略平行な面6dに熱伝導部材8の側面8aを接触して設置しておき,試料6の被加工部6b及びこれに接触して設置された前記熱伝導部材8の側面8a近傍の上面8bに同時にArイオンビーム4を照射して前記試料6の被加工部6bとこれに接触して設置された前記熱伝導部材8とを同時に加工するものであるから,加工処理時に被加工部6bで発生する熱を,熱伝導部材8を通して周囲に放出することにより,加工断面6aで受けるダメージをなくし,加工断面の荒れを回避できる。
【0021】
本願の発明者は,本発明のイオンビーム加工装置の効果を確認するための実験をするため,下記試料6を用意した。
この試料6は,図2に示すように,金属層6Aとエポキシ樹脂層のベルトコート層6Bからなる多層のベルトである。実験は,この加工試料6を,シリコン材である熱伝導部材8を図1のように設けた場合と,これを設けない場合について,試料装着部5に装着し,加速電圧4KV,加工時間10時間で加工処理を行った。
以上の実験で,上記熱伝導部材8を用いた場合を実施例1とし,上記熱伝導部材8を用いない場合を比較例として,それぞれについて,加工面を走査型電子顕微鏡(SEM)で,観察した。
【0022】
その結果を図3の表に示す。熱の影響は,加工箇所付近,特にベルトコート層6Bの端面の加工面6aに荒れが現れていない場合は熱の影響を受けていないとして○,ベルトコート層6Bの端面の加工面6aに荒れが現れている場合は熱の影響を受けているとして×としている。比較例1及び実施例1の観察結果の写真を図4に示す。
この写真によると,比較例1の場合には,柔らかいベルトコート層6Bの端面に熱の影響で荒れが生じているが,実施例1の場合には,熱伝導部材8を通じての熱の放出により,柔らかいベルトコート層6Bにも荒れが生じていない。
この実験によって,試料の側面に,熱伝導部材8を接触させて装着した場合の加工処理において,試料がエポキシ樹脂層など熱の影響を受けやすい素材のものでも,加工による被加工部の熱発生で,加工面に荒れが生じないことが確認できた。
なお,熱伝導部材として,シリコンウエハ以外に,銀,金,銅,およびこれらを分散させたもの(熱伝導率:148Wm―1K―1以上のもの)を使用した場合も,上記と同様の結果が得られた。
【符号の説明】
【0023】
1 イオンビーム加工装置
1a 真空チャンバ
2 イオン銃
3 Arイオン加速電圧源
4 Arイオンビーム
5 試料装着部
6 試料
6a 試料の加工断面
6b 試料の被加工部
6c 試料の非遮蔽部(イオン照射部)
6d 試料の側面
7 遮蔽板(遮蔽材)
8 熱伝導部材
8a 熱伝導部材の側面
8b 熱伝導部材の上面(イオン照射部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン銃から発射されるイオンビームを試料の被加工部に照射することで前記試料を加工するイオンビーム加工方法であって,
前記試料の前記被加工部の前記イオンビームの軸線に平行,あるいは略平行な面に熱伝導部材を接触して設置しておき,前記試料の被加工部及びこれに接触して設置された前記熱伝導部材に同時に前記イオンビームを照射することで,前記試料の被加工部とこれに接触して設置された前記熱伝導部材とを同時に加工するイオンビーム加工方法。
【請求項2】
前記イオン銃と前記試料との間に遮蔽材を設置しておき,イオン銃からのイオンビームを前記遮蔽材端面を介して前記試料に照射することにより,前記遮蔽材に遮蔽されていない試料及び熱伝導部材を加工するようにした請求項1記載のイオンビーム加工方法。
【請求項3】
イオン銃から発射されるイオンビームを試料の被加工部に照射することで前記試料を加工するイオンビーム加工装置であって,
前記試料の前記被加工部の前記イオンビームの軸線に平行,あるいは略平行な面に熱伝導部材を接触して設置しておき,前記試料の被加工部及びこれに接触して設置された前記熱伝導部材に同時に前記イオンビームを照射することで,前記試料の被加工部とこれに接触して設置された前記熱伝導部材とを同時に加工するイオンビーム加工装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−138678(P2011−138678A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−297645(P2009−297645)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(000006150)京セラミタ株式会社 (13,173)
【Fターム(参考)】