説明

イオン照射装置

【課題】 大電流でしかも均一性の良いシート状のイオンビームをターゲットに照射することができるイオン照射装置を提供する。
【解決手段】 このイオン照射装置では、X方向に幅広のシート状のイオンビーム4を引き出すイオン源2のプラズマ生成容器8内に、X方向に伸びているカソード18を設け、それを電子ビーム源30からのX方向に走査される電子ビーム38によって加熱して熱電子19を放出させて、プラズマ12を生成する。ターゲット6の近傍におけるイオンビーム4のX方向のビーム電流分布を計測するビーム計測器58からのデータに基づいて、制御装置60によって走査電源52から出力する走査電圧VS の波形整形を行い、イオンビーム4の走査速度を制御して、上記ビーム電流分布を均一化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、イオン源からシート状(換言すれば、断面が細長い長方形状。以下同様)のイオンビームを引き出してそれをターゲットに照射して、当該ターゲットにイオン注入等の処理を施すイオン照射装置に関する。このイオン照射装置は、例えば、イオン注入装置である。
【背景技術】
【0002】
電子ビーム源からのX方向に走査される電子ビームをプラズマ生成容器内に入射させて、当該電子ビームによる衝撃によってガスを電離させて、X方向に幅広のシート状のイオンビームを均一性良く引き出すことができるイオン源が特許文献1に記載されている。
【0003】
【特許文献1】特開2005−38689号公報(段落0006−0008、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記イオン源を用いて、シート状のイオンビームをターゲットに照射するイオン照射装置を構成した場合、イオン源からX方向に均一性の良いイオンビームを引き出せたとしても、イオンビームの輸送途中で均一性が悪化する場合があるので、ターゲットに照射されるときのイオンビームの均一性が良いという保証はない。
【0005】
また、一般的にイオン源において、高密度のプラズマを生成するためには、ガスの電離用に低エネルギーで大電流の電子が必要であるけれども、上記イオン源では、電子ビーム源から大電流の電子ビームを取り出すためには、3/2乗法則により、引出し電圧を高めて電子ビームを高エネルギーにする必要があり、そのようにすると電子ビームとガスとの衝突確率が低下して電離効率が低下するので、高密度のプラズマを生成するのが難しく、従って大電流のイオンビームを引き出すのが難しい。
【0006】
そこでこの発明は、大電流でしかも均一性の良いシート状のイオンビームをターゲットに照射することができるイオン照射装置を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に係るイオン照射装置は、(a)ガスが導入されそれを電離させてプラズマを生成するための容器であって、X方向に沿って伸びているイオン引出しスリットを有するプラズマ生成容器と、加熱されることによって前記プラズマ生成容器内に熱電子を放出するものであって前記X方向に沿って伸びているカソードと、このカソードに前記X方向に走査される電子ビームを照射して当該カソードを加熱して前記熱電子を放出させる電子ビーム源と、前記プラズマ生成容器の外側に設けられていて1枚以上の電極から成り、プラズマ生成容器内で生成されたプラズマから前記イオン引出しスリットを通してシート状のイオンビームを引き出す引出し電極系とを有するイオン源と、(b)前記プラズマ生成容器とカソードとの間に後者を負極側にして直流電圧を印加して、カソードから放出させた熱電子によって前記ガスを電離させてプラズマ生成容器内でプラズマを生成するカソード電源と、(c)前記電子ビーム源に電子ビームを走査する走査信号を供給するものであって当該走査信号の波形が整形可能な走査電源と、(d)前記イオンビームを受けて、前記ターゲットの近傍における前記イオンビームの前記X方向に沿う方向のビーム電流分布を計測するビーム計測器と、(e)前記ビーム計測器によって計測した前記ビーム電流分布に基づいて前記走査電源を制御して、ビーム電流が相対的に小さい位置に対応する前記カソード上の位置における前記電子ビームの走査速度を相対的に遅くし、ビーム電流が相対的に大きい位置に対応する前記カソード上の位置における前記電子ビームの走査速度を相対的に速くして、前記ビーム電流分布を均一化するように前記走査電源から出力する走査信号の波形を整形する機能を有する制御装置とを備えていることを特徴としている。
【0008】
上記構成によれば、イオン源において、電子ビーム源からのX方向に走査される電子ビームによって、X方向に伸びているカソードを加熱して、イオン引出しスリットに沿うX方向に伸びる広い領域から熱電子を多量に(即ち大電流で)放出させて高密度のプラズマを生成することができる。しかも、当該熱電子のエネルギーは、前記電子ビームのエネルギーに依存せずに、カソード電源から出力する直流電圧によって定めることができる。従って、プラズマの生成に、低エネルギーで大電流の熱電子を用いることができるので、プラズマ生成容器内において高密度のプラズマを生成して、イオン源から大電流のシート状のイオンビームを引き出すことが可能になる。
【0009】
しかも、ビーム計測器によってターゲットの近傍におけるイオンビームのX方向に沿う方向のビーム電流分布を計測し、制御装置によって電子ビーム走査用の走査信号の波形を整形して、前記ビーム電流分布を均一化することができるので、均一性の良いシート状のイオンビームをターゲットに照射することが可能になる。
【0010】
前記プラズマ生成容器は、前記X方向に沿って伸びている電子入射口を有しており、前記カソードは、前記プラズマ生成容器内に当該電子入射口を覆うように配置されており、前記電子ビーム源からの電子ビームは、前記電子入射口を通して前記カソードに照射されるように構成されていても良い。
【0011】
前記カソードは、前記X方向において複数個に分割されていても良いし、前記X方向に並設された複数の溝を有していても良い。
【0012】
前記プラズマ生成容器内であって前記カソードと対向する位置に、プラズマ生成容器に対して負電位または浮遊電位にされて、プラズマ生成容器内の電子を反射させる反射電極を更に備えていても良い。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に記載の発明によれば、イオン源において、プラズマの生成に、低エネルギーで大電流の熱電子を用いることができるので、プラズマ生成容器内において高密度のプラズマを生成して、イオン源から大電流のシート状のイオンビームを引き出すことが可能になる。
【0014】
しかも、ビーム計測器によってターゲットの近傍におけるイオンビームのX方向に沿う方向のビーム電流分布を計測し、制御装置によって電子ビーム走査用の走査信号の波形を整形して、前記ビーム電流分布を均一化することができるので、均一性の良いシート状のイオンビームをターゲットに照射することが可能になる。
【0015】
請求項2に記載の発明によれば次のような更なる効果を奏する。即ち、プラズマ生成容器内にカソードを配置しているので、カソードから放出させた熱電子をガスの電離に効率良く使用することができると共に、電子入射口を覆うように配置されたカソードによって、電子入射口部分のコンダクタンスを低下させて、電子入射口からガスが電子ビーム源側へ漏れ出ることを抑制することができるので、プラズマ生成容器内におけるガスの電離効率をより高めて、プラズマ密度をより高めることができる。その結果、イオン源から大電流のイオンビームを引き出すことがより容易になる。
【0016】
しかも、電子ビーム源側へガスが漏れ出ることによる不具合発生、例えば電子ビームの引出し効率の低下や、電子ビーム源を構成するフィラメントまたはカソードの寿命低下等が発生することを抑制することができる。
【0017】
請求項3および4に記載の発明によれば、カソード内における熱伝導を小さくして温度分布の平坦化を抑えて、電子ビームの走査速度の大小に応じた温度分布をカソード内で形成することが容易になるので、カソード内の温度分布ひいてはイオンビームのビーム電流分布の制御性および応答性が向上する、という更なる効果を奏する。
【0018】
請求項5に記載の発明によれば次のような更なる効果を奏する。即ち、反射電極によって、プラズマ生成容器内の電子を反射させて、当該電子をガスの電離により効率良く使用することができるので、プラズマ生成容器内におけるガスの電離効率をより高めて、プラズマ密度をより高めることができる。その結果、イオン源から大電流のイオンビームを引き出すことがより容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1は、この発明に係るイオン照射装置の一実施形態を示す図である。図2は、図1中のカソード、反射電極および前面板をP視方向に見て示す図である。
【0020】
このイオン照射装置は、イオン源2からX方向に幅広のシート状のイオンビーム4を引き出してそれをターゲット6に照射して、ターゲット6にイオン注入等の処理を施すよう構成されている。イオンビーム4のX方向の幅は、ターゲット6のそれよりも若干大きくしている。イオン注入を行う場合は、このイオン照射装置はイオン注入装置と呼ぶことができる。
【0021】
ターゲット6は、例えば、半導体基板、ガラス基板等である。
【0022】
ターゲット6をイオンビーム4のシート面を横切る方向、即ち前記X方向と交差(例えば実質的に直交)するY方向に機械的に往復走査するターゲット駆動装置を設けても良く、この実施形態ではそれを設けている(但し図示省略)。これによって、大面積のターゲット6の全面にイオンビームを照射して、ターゲット6の全面に均一性良くイオン注入等の処理を施すことができる。
【0023】
イオン源2は、プラズマ12を生成するためのプラズマ生成容器8と、熱電子19を放出するカソード18と、X方向に走査される電子ビーム38をカソード18に照射する電子ビーム源30と、プラズマ12からイオンビーム4を引き出す引出し電極系26とを有している。
【0024】
プラズマ生成容器8は、ガス導入口10から所望のガス(蒸気の場合を含む)が導入され、それを電離させてプラズマ12を生成するための容器である。ガスは、所望の元素(例えばB、P、As 等のドーパント)を含むガスである。より具体例を挙げれば、BF3 、PH3 、AsH3 、B26 等の原料ガスを含むガスである。
【0025】
プラズマ生成容器8は、その前面板9に、前記X方向に沿って伸びている(換言すればX方向に細長い)イオン引出しスリット14を有している。更にこの実施形態では、イオン引出しスリット14と反対側の面に、X方向に沿って伸びているスリット状の電子入射口16を有している。
【0026】
カソード18は、電子ビーム38によって加熱されてプラズマ生成容器8内に熱電子19を放出するものであり、前記X方向に沿って伸びている。即ち、カソード18は、イオン引出しスリット14の長辺方向と同じ方向に長い板状のものである。このカソード18は、この実施形態では、プラズマ生成容器8内に、電子入射口16を覆うように配置されている。
【0027】
更にこの実施形態のように、電子入射口16の周囲とカソード18との間に絶縁物20を設けて、カソード18および絶縁物20によって電子入射口16を密閉するのが好ましい。そのようにすると、プラズマ生成容器8から電子入射口16を通して電子ビーム源30側へガスが漏れ出るのを防止することができる。
【0028】
プラズマ生成容器8とカソード18との間には、カソード18を負極側にして直流のカソード電圧VC を印加して、カソード18から放出させた熱電子19を適度に加速して当該熱電子19による衝撃によって前記ガスを電離させてプラズマ12を生成するカソード電源42が接続されている。カソード電圧VC の大きさは、例えば、数十V〜百数十V程度、より具体的には60V〜100V程度である。
【0029】
電子ビーム源30は、カソード18に、前記X方向に走査される電子ビーム38を照射して、カソード18を加熱して、それから前記熱電子19を放出させるものである。電子ビーム38は、この実施形態では、電子入射口16を通してカソード18に照射される。
【0030】
電子ビーム源30は、この実施形態では、電子を放出するフィラメント34と、当該電子をフィラメント34から電子ビーム38として引き出す引出し電極36と、この引出し電極36から引き出された電子ビーム38を静電的にX方向に走査する一対の走査電極40とを備えており、これらは末広がりの形状をした真空容器32内に収納されている。この真空容器32の先端にプラズマ生成容器8が接続されている。
【0031】
フィラメント34の両端には、フィラメント34を加熱して電子を放出させるフィラメント電源48が接続されている。フィラメント電源48は、この実施形態では直流電源であるが、交流電源でも良い。
【0032】
フィラメント34の一端と引出し電極36との間には、フィラメント34を負極側にして直流の引出し電圧VE を印加する引出し電源50が接続されている。簡単に言えば、この引出し電圧VE の大きさによって、引き出される電子ビーム38のエネルギーが決まり、当該エネルギーはVE eVとなる。この電子ビーム38のエネルギーは、前述した従来例のイオン源の場合と違って、電子とガスとの衝突断面積の低下によるガスの電離効率低下を招くことなく、カソード18の加熱に必要な大きさに高めることができる。即ち、高エネルギーの電子ビーム38を使用することができる。例えば、電子ビーム38のエネルギーは、3keV〜5keV程度であるが、これに限られるものではない。
【0033】
一対の走査電極40間には、走査電源52から、電子ビーム38をX方向に走査する走査信号として、この実施形態では三角波またはそれに近い波形の走査電圧VS が印加される。この走査電源52は、後述する制御装置60による制御によって、出力する信号の波形整形が可能な信号発生器54と、それから出力される信号を増幅して前記走査電圧VS として出力する増幅器56とを有しており、出力する走査電圧VS の波形整形が可能である。
【0034】
プラズマ生成容器8の外側であってイオン引出しスリット14の近傍に、プラズマ生成容器8内のプラズマ12からイオン引出しスリット14を通してシート状のイオンビーム4を引き出す引出し電極系26が設けられている。引出し電極系26は、図示例では1枚の電極28から成るが、2枚以上の電極で構成されていても良い。各電極は、プラズマ生成容器8のイオン引出しスリット14に対応する形状をしたスリット(電極28のスリット29参照)を有している。この実施形態では、イオンビーム引き出し用に、引出し電極系26を構成する電極28とプラズマ生成容器8との間に、プラズマ生成容器8を正極側にしてビーム引出し電源46から直流のビーム引出し電圧VEXが印加される。簡単に言えば、このビーム引出し電圧VEXによって、引き出されるイオンビーム4のエネルギーが決まる。
【0035】
イオン源2から引き出されたイオンビーム4は、必要に応じて質量分離マグネット、分析スリット、エネルギー分離マグネット等(いずれも図示省略)を通して、ターゲット6にまで輸送されてターゲット6に照射される。
【0036】
ターゲット6の近傍、例えば図示例のようにターゲット6のすぐ後方、またはターゲット6のすぐ前方には、前記イオンビーム4を受けて、ターゲット6の近傍位置におけるイオンビーム4のX方向に沿う方向のビーム電流分布を計測するビーム計測器58が設けられている。ビーム計測器58がターゲット6の後方に設けられている場合は、計測時にはターゲット6を計測の邪魔にならない位置に移動させれば良い。ビーム計測器58がターゲット6の前方に設けられている場合は、ターゲット6へのイオンビーム照射時にはビーム計測器58を照射の邪魔にならない位置に移動させれば良い。
【0037】
ビーム計測器58は、この実施形態では、ビーム電流IB を計測する多数の計測器(例えばファラデーカップ。以下同様)をX方向に並設して成る多点ビーム計測器であるが、一つの計測器を移動機構によってX方向に移動させる構造のものでも良い。
【0038】
ビーム計測器58によって計測したビーム電流IB のX方向に沿う方向における分布(ビーム電流分布)のデータは、制御装置60に与えられる。制御装置60は、当該ビーム電流分布に基づいて走査電源52(より具体的にはその信号発生器54)を制御して、ビーム電流IB が相対的に小さい位置に対応するカソード18上の位置における電子ビーム38の走査速度を相対的に遅くし、ビーム電流IB が相対的に大きい位置に対応するカソード18上の位置における電子ビーム38の走査速度を相対的に速くして、前記ビーム電流分布を均一化するように走査電源52から出力する走査電圧VS の波形を整形する機能を有している。
【0039】
例えば、図3を参照して、走査電圧VS の波形が二点鎖線Eで示すように完全な三角波のときにビーム電流IB の分布が二点鎖線Cで示すようにX方向の中央付近が大きい山状である場合、走査電圧VS の波形を実線Fのように整形して、上記中央付近に対応する時点における走査電圧VS の傾き(即ち電子ビーム38の走査速度。以下同様)を大きくし、両端付近に対応する時点における走査電圧VS の傾きを小さくすれば良い。
【0040】
電子ビーム38の走査速度を大きく(速く)した所では、当該電子ビーム38によるカソード18の加熱が弱まって温度が低下して熱電子19の放出量が減少し、ひいてはプラズマ12の密度が低下し、イオンビーム4の密度、即ちビーム電流IB が低下する。反対に、電子ビーム38の走査速度を小さく(遅く)した所では、当該電子ビーム38によるカソード18の加熱が強まって温度が上昇して熱電子19の放出量が増加し、プラズマ12の密度が増加し、イオンビーム4の密度、即ちビーム電流IB が増加する。その結果、例えば図3中に実線Dで示すように、X方向に沿う方向のビーム電流分布を均一化することができる。即ち、ビーム計測器58で計測したイオンビーム4のビーム電流分布に応じて、電子ビーム38の走査速度を制御することによって、カソード18のX方向における温度分布を変化させて、熱電子19の放出量、プラズマ12の密度分布およびイオンビーム4の密度分布を制御して、イオンビーム4のX方向におけるビーム電流分布を均一化することができる。
【0041】
このイオン照射装置によれば、イオン源2において、電子ビーム源30からのX方向に走査される電子ビーム38によって、X方向に伸びているカソード18を加熱して、イオン引出しスリット14に沿うX方向に伸びる広い領域から熱電子19を多量に(即ち大電流で)放出させて高密度のプラズマ12を生成することができる。また、従来例のイオン源と違って、高エネルギーの電子ビーム38を使うことができ、それによってカソード18を強く加熱して多量の熱電子19を放出させることができるので、この観点からも高密度のプラズマ12を生成することができる。しかも、熱電子19のエネルギーは、電子ビーム38のエネルギーに依存せずに、カソード電源42から出力するカソード電圧VC によって定めることができる。従って、プラズマ12の生成に、低エネルギーで大電流の熱電子19を用いることができるので、プラズマ生成容器8内において高密度のプラズマ12を生成して、イオン源2から大電流のシート状のイオンビーム4を引き出すことが可能になる。
【0042】
しかも、ビーム計測器58によってターゲット6の近傍におけるイオンビーム4のX方向に沿う方向のビーム電流分布を計測し、制御装置60によって電子ビーム走査用の走査電圧VS の波形を整形して、前記ビーム電流分布を均一化することができるので、均一性の良いシート状のイオンビーム4をターゲット6に照射することが可能になる。
【0043】
また、この実施形態では、プラズマ生成容器8内にカソード18を配置しているので、カソードから放出させた熱電子19をガスの電離に効率良く使用することができると共に、電子入射口16を覆うように配置されたカソード18によって、電子入射口16部分のコンダクタンスを低下させて、電子入射口16からガスが電子ビーム源30側へ漏れ出ることを抑制することができるので、プラズマ生成容器8内におけるガスの電離効率をより高めて、プラズマ密度をより高めることができる。その結果、イオン源2から大電流のイオンビーム4を引き出すことがより容易になる。
【0044】
しかも、電子ビーム源30側へガスが漏れ出ることによる不具合発生、例えば電子ビーム38の引出し効率の低下や、電子ビーム源30を構成するフィラメント34(またはカソード)の寿命低下等が発生することを抑制することができる。
【0045】
もっとも、この実施形態のようにカソード18および絶縁物20によって電子入射口16を密閉するのが好ましいけれども、カソード18が電子入射口16を完全に、またはある程度覆うように配置されていれば良く、その場合に電子入射口16に通じる幾らかの隙間があっても構わない。その場合でも、従来例のイオン源のように電子入射口が電子ビーム源に対して完全に開いている場合よりも、ガスのコンダクタンスを低下させることができるので、プラズマ生成容器8内のガスが電子ビーム源30側へ漏れ出るのを小さく抑えることができる。
【0046】
また、カソード18は、プラズマ生成容器8の外側(電子ビーム源30側)に設け、それから放出させた熱電子19を電子入射口16に相当する開口を通してプラズマ生成容器8内へ放出させるようにしても良い。
【0047】
カソード18および電子ビーム源30は、この実施形態では、イオン引出しスリット14の反対側の位置に設けているけれども、それに限定されるものではなく、この実施形態とは90度位置を変えて、イオン引出しスリット14を有する前面板9と交差する面側(図1の紙面の表側または裏側)に設けても良い。
【0048】
カソード18は、例えば図4に示す例のように、X方向に並設された複数の切れ目62を設けて、X方向において複数個に(即ち複数のカソード片18aに)分割して、分割部で熱伝導を抑える構造にしても良い。
【0049】
あるいは、完全な分割でなくても、例えば図5に示す例のように、カソード18に、X方向に並設された複数の溝64を設けて、各溝64で熱伝導を抑える構造にしておいても良い。各溝64は、カソード18の表裏どちらに設けても良い。
【0050】
カソード18は、その寿命を長くするためには厚い方が好ましいけれども、厚くするほど熱伝導によって温度分布の平坦化が進み、電子ビーム38の走査速度の大小に応じた温度分布をカソード18内で形成しにくくなる。これに対して、カソード18を上記のように分割したり、カソード18に溝64を設けておくと、当該分割部または溝によって、カソード18内における熱伝導を小さくして温度分布の平坦化を抑えて、電子ビーム38の走査速度の大小に応じた温度分布をカソード18内で形成することが容易になるので、カソード18内の温度分布ひいてはイオンビーム4のビーム電流分布の制御性および応答性が向上する。従って、カソード18の厚さを大きくしてカソード18の長寿命化を図ることも容易になる。
【0051】
また、例えば図1に示す例のように、プラズマ生成容器8内であってカソード18と対向する位置に反射電極22を設けておいても良い。反射電極22とプラズマ生成容器8との間は、絶縁物24によって電気的に絶縁されている。反射電極22は、この例では、反射電源44からプラズマ生成容器8に対して負の反射電圧VR が印加され、プラズマ生成容器8に対して負電位にされる。反射電圧VR の大きさは、例えば、前記カソード電圧VC の大きさと同程度にすれば良い。
【0052】
あるいは、反射電極22に電源から強制的に負電圧を印加せずに、反射電極22を浮遊電位にしておいても良い。この場合、反射電極22はプラズマ12に曝され、プラズマ12中の電子の方がイオンよりも移動度が遙かに高いので、反射電極22は負に帯電する。
【0053】
上記のような反射電極22を設けておくと、反射電極22によって、プラズマ生成容器8内の電子、具体的にはカソード18からの熱電子19およびプラズマ12中の電子を反射させて、これらの電子をガスの電離により効率良く使用することができる。より具体的には、上記電子は、反射電極22とカソード18との間を反復運動するので、プラズマ生成容器8内におけるガスの電離効率をより高めて、即ちプラズマ12の生成効率をより高めて、プラズマ密度をより高めることができる。その結果、イオン源2から大電流のイオンビーム4を引き出すことがより容易になる。
【0054】
反射電極22を図1に示す例のようにイオン引出しスリット14の内側に設ける場合は、反射電極22に、イオン引出しスリット14に対応する位置および形状のスリット23を設けておけば良い。反射電極22は上記のように負電圧が印加、または負帯電するので、プラズマ12中のイオンは反射電極22に向かって進み、スリット23から射出されイオン引出しスリット14からイオンビーム4として引き出される。反射電極22をイオン引出しスリット14の内側以外の場所に設ける場合は、それにスリット23を設ける必要はない。
【0055】
電子ビーム源30においては、上記走査電極40の代わりに、走査コイルを設けて、電子ビーム38を磁界によって上記のように走査するようにしても良い。その場合は、走査電源52から走査信号として走査電流を走査コイルに供給するようにして、この走査電流の波形を上記と同様に整形すれば良い。
【0056】
イオン源2の運転中に、電子ビーム源30の真空容器32内は、真空排気装置によって真空排気するのが好ましい。そのようにすると、プラズマ生成容器8からガスが漏れて来ても、当該ガスによる前述した不具合の発生をより確実に防止することができる。
【0057】
プラズマ生成容器8内に、例えば図1に示す例のように、イオン引出しスリット14の長辺に沿う方向の磁界B(向きは図示例と逆でも良い)を印加するようにしても良い。あるいは、上記磁界Bとは直交する方向に、即ちイオン引出しスリット14の短辺に沿う方向(換言すれば、イオンビーム4のシート面と直交する方向。即ち紙面の表裏方向)に磁界を印加するようにしても良い。いずれにしても、上記のような磁界を印加すると、当該磁界によって電子ひいてはプラズマ12の閉込め効率が向上し、プラズマ12の生成効率が向上するので、より高密度のプラズマ12を生成してより大電流のイオンビーム4を引き出すことが容易になる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】この発明に係るイオン照射装置の一実施形態を示す図である。
【図2】図1中のカソード、反射電極および前面板をP視方向に見て示す図である。
【図3】ビーム電流分布(A)および走査電圧波形(B)の例を示す図である。
【図4】カソードの他の例を示す正面図である。
【図5】カソードの更に他の例を示す正面図である。
【符号の説明】
【0059】
2 イオン源
4 イオンビーム
6 ターゲット
8 プラズマ生成容器
12 プラズマ
14 イオン引出しスリット
16 電子入射口
18 カソード
22 反射電極
26 引出し電極系
30 電子ビーム源
38 電子ビーム
42 カソード電源
52 走査電源
58 ビーム計測器
60 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源からシート状のイオンビームを引き出してそれをターゲットに照射する構成のイオン照射装置において、
(a)ガスが導入されそれを電離させてプラズマを生成するための容器であって、X方向に沿って伸びているイオン引出しスリットを有するプラズマ生成容器と、加熱されることによって前記プラズマ生成容器内に熱電子を放出するものであって前記X方向に沿って伸びているカソードと、このカソードに前記X方向に走査される電子ビームを照射して当該カソードを加熱して前記熱電子を放出させる電子ビーム源と、前記プラズマ生成容器の外側に設けられていて1枚以上の電極から成り、プラズマ生成容器内で生成されたプラズマから前記イオン引出しスリットを通してシート状のイオンビームを引き出す引出し電極系とを有するイオン源と、
(b)前記プラズマ生成容器とカソードとの間に後者を負極側にして直流電圧を印加して、カソードから放出させた熱電子によって前記ガスを電離させてプラズマ生成容器内でプラズマを生成するカソード電源と、
(c)前記電子ビーム源に電子ビームを走査する走査信号を供給するものであって当該走査信号の波形が整形可能な走査電源と、
(d)前記イオンビームを受けて、前記ターゲットの近傍における前記イオンビームの前記X方向に沿う方向のビーム電流分布を計測するビーム計測器と、
(e)前記ビーム計測器によって計測した前記ビーム電流分布に基づいて前記走査電源を制御して、ビーム電流が相対的に小さい位置に対応する前記カソード上の位置における前記電子ビームの走査速度を相対的に遅くし、ビーム電流が相対的に大きい位置に対応する前記カソード上の位置における前記電子ビームの走査速度を相対的に速くして、前記ビーム電流分布を均一化するように前記走査電源から出力する走査信号の波形を整形する機能を有する制御装置とを備えていることを特徴とするイオン照射装置。
【請求項2】
前記プラズマ生成容器は、前記X方向に沿って伸びている電子入射口を有しており、前記カソードは、前記プラズマ生成容器内に当該電子入射口を覆うように配置されており、前記電子ビーム源からの電子ビームは、前記電子入射口を通して前記カソードに照射されるように構成されている請求項1記載のイオン照射装置。
【請求項3】
前記カソードは、前記X方向において複数個に分割されている請求項1または2記載のイオン照射装置。
【請求項4】
前記カソードは、前記X方向に並設された複数の溝を有している請求項1または2記載のイオン照射装置。
【請求項5】
前記プラズマ生成容器内であって前記カソードと対向する位置に、プラズマ生成容器に対して負電位または浮遊電位にされて、プラズマ生成容器内の電子を反射させる反射電極を更に備えている請求項1ないし4のいずれかに記載のイオン照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−324204(P2006−324204A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−148430(P2005−148430)
【出願日】平成17年5月20日(2005.5.20)
【出願人】(302054866)日新イオン機器株式会社 (161)
【Fターム(参考)】