説明

インクジェットヘッド、インクジェットカートリッジ及びインクジェット装置

【目的】 吐出口の数が多くても吐出液滴の着弾位置精度の大幅な向上を図ることができるインクジェットヘッドを提供すること。
【構成】 それぞれ液滴を吐出するための吐出エネルギー発生部が設けられた第1基板12と、該第1基板12と接合することにより前記吐出エネルギー発生部の各々に対応したインク路と該インク路に連通した共通インク室とを形成する壁部を有する第2基板14とを備え、該第2基板14は、前記インク路を形成する第1壁部と前記共通インク室を形成する第2壁部とを備えており、前記第1基板12と前記第2基板14との接合部が前記第1壁部と前記第2壁部とであるインクジェットヘッド11において、接合部の摩擦係数が0.3以上となるように表面処理する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、インクジェットヘッド、インクジェットカートリッジ及びインクジェット装置に関し、特に吐出口がプリント媒体のプリント領域の全幅に亘って配置されたフルラインタイプのものに応用して好適なものである。
【0002】
【従来の技術】第1基板と第2基板とを接合する際に力学的に力を加えて圧接するような場合、両基板はその力の向きと直角方向に伸びることになるが、各々の基板の剛性に差がある材料を用いた場合、第1基板に配列された吐出エネルギー発生部の間隔と第2基板に配列された吐出口及び液路の間隔との間にずれが生じることとなる。
【0003】第1基板と第2基板との熱膨張率に差がある材料を用いた場合、環境温度が変化したり、吐出エネルギーの発生によって両基板に温度変化が生じると、第1基板に配列された吐出エネルギー発生部の間隔と第2基板に配列された吐出口及び液路の間隔との間にずれが生じることとなる。
【0004】インクジェットヘッドを長尺化したフルラインタイプのものは、吐出口の数が多いほどこれらのずれが大きくなり、吐出方向の不均一等による着弾位置精度低下、インク吐出量のむら、インク不吐出等による印刷精度低下の大きな原因となる。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】第1基板にシリコン等の金属を用い、第2基板に金属よりも剛性が小さくて熱膨張率が大きな樹脂材料を用いるような場合、前記現象を解決するため、剛性が大きくて熱膨張係数の小さな部材を変形抑制部材として第2基板と一体成形したり、更にその熱変形部材の外周に環状の凹部や凸部を形成したり、ローレット加工による格子状又は網目状の刻み目を入れる等、第2基板に係止する係止部を構成する等の対策が採られてきた。
【0006】上記対策により、第2基板の長手方向に沿った収縮も小さくなって、吐出エネルギー発生部の配列間隔のずれが少なくなり、結果として着弾位置精度や印刷精度は向上した。
【0007】ところが、最近では更なる高画質且つ高精細なプリント品質の向上が望まれるようになり、吐出したインク液滴の着弾位置精度を大幅に向上させる必要が生じている。
【0008】従って、本発明の目的は、吐出口の数が多くても吐出液滴の着弾位置精度の大幅な向上を図ることができるインクジェットヘッドとインクジェットカートリッジ及びインクジェット装置を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため、請求項1記載の発明は、それぞれ液滴を吐出するための吐出エネルギー発生部が設けられた第1基板と、該第1基板と接合することにより前記吐出エネルギー発生部の各々に対応したインク路と該インク路に連通した共通インク室とを形成する壁部を有する第2基板とを備え、該第2基板は、前記インク路を形成する第1壁部と前記共通インク室を形成する第2壁部とを備えており、前記第1基板と前記第2基板との接合部が前記第1壁部と前記第2壁部とであるインクジェットヘッドにおいて、接合部の摩擦係数が0.3以上となるように表面処理したことを特徴とする。
【0010】請求項2記載の発明は、請求項1記載のインクジェットヘッドを搭載してインクジェットカートリッジを構成したことを特徴とする。
【0011】請求項3記載の発明は、請求項1記載のインクジェットヘッドを搭載してインクジェット記録装置を構成したことを特徴とする。
【0012】
【発明の実施の形態】以下に本発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明する。
【0013】(インクジェットヘッドの構成)図1は本発明に係るインクジェットヘッドの外観斜視図、図2は同インクジェットヘッド要部の分解斜視図、図3は同インクジェットヘッドの長手方向に沿った断面図である。
【0014】本実施の形態に係るインクジェットヘッド11は、ステンレス鋼等で形成された第1基板12と、この第1基板12上に重ね合わされるヒータボード13と、これらのヒータボード13の前端側に重ね合わされる第2基板14と、ヒータボード13の後端側に重ね合わされる配線基板15とで主要部が構成される。尚、図4R>4は第2基板14の正面図、図5は図4のA−A線断面図である。
【0015】前記配線基板15の上には、第2基板14を装着するためのばねホルダ22が位置しており、このばねホルダ22は、配線基板15を介して第1基板12に固定されている。そして、ばねホルダ22には、ヒータボード13の配列方向に沿って並ぶ複数の押さえばね23の基端部がそれぞれ係止されており、これらの押さえばね23の先端部が第2基板14の上面に当接し、そのばね力によって第2基板14をヒータボード13上に押圧固定している。
【0016】(第2基板の構成)第2基板14の吐出面24には、第1基板12及びヒータボード13の前端面に当接する位置決め用のフランジ部25が設けられており、このフランジ部25を貫通して吐出面24に一端が開口する吐出口26の他端には、台形断面を有する溝27が連通している。そして、台形断面の溝27の他端は、第2基板14の後部接合面の長手方向に沿って形成された窪み部29に接続され、後述する共通インク室を構成するための窪み部29には、第2基板14内に埋設されたステンレス鋼管等の円筒状を成す変形抑制部材30の外周面の一部が臨んだ状態となっている(図5参照)。
【0017】上記溝27や窪み部29が形成された第2基板14は、前記押さえばね23等の連結手段を介してヒータボード13上に固定され、これによって第2基板14の接合面はヒータボード13の上面に密着状態で接合される。この場合、ヒータボード13の各電気熱変換体16がそれぞれ溝27と正対するようにヒータボード13と第2基板14とが位置決めされ、第2基板14のフランジ部25が第1基板12及びヒータボード13の前端面に密着状態で押し当てられる。
【0018】基板であるヒータボード13は、シリコンウェハで構成されており、その線膨張係数は2.4×10-6/℃である。これに対し、第2基板14の主要部を構成する樹脂の線膨張係数は1×10-5/℃〜1×10-4/℃程度であり、第2基板14として本実施の形態で用いたポリサルフォンの線膨張係数は5.6×10-5/℃である。
【0019】本実施の形態のような長尺のインクジェットヘッド11では、ヒータボード13と第2基板14との線膨張係数の相違によって、ヒータボード13上にある吐出エネルギー発生部としての電気熱変換体16と吐出口26との相対位置がずれてしまう虞がある。
【0020】そこで、第2基板14には、その線膨張係数よりも小さな線膨張係数を有するステンレス鋼やセラミックス製の変形抑制部材30をその長手方向に沿って一体的に成形し、第2基板14の熱変形を抑制するようにしている。因に、ステンレス鋼の線膨張係数は1.73×10-5/℃であり、この変形抑制部材30を一体的にインサート成形することにより、第2基板14の長手方向に沿った熱変形を変形抑制部材30によってステンレス鋼の熱変形程度に抑制することができ、ヒータボード13上の電気熱変換体16と吐出口26との相対位置のずれを大幅に小さく抑えることができる。
【0021】尚、変形抑制部材30を一体的にインサート成形した第2基板14を図7に示す。長手方向両端面の外周全てに接するように、第2基板14の主要部を構成する樹脂部35を形成し、第2基板14の長手方向に沿った樹脂の収縮変形を確実に拘束できるようにしてある。
【0022】更に、第2基板14が成形加工で製造した場合に生じる反りも拘束することが可能である。しかも、その反りは吐出方向とその吐出方向と長手方向に垂直な方向の何れにも生じるが、何れも拘束することが可能である。
【0023】更に、第2基板14においてインク路を形成する第1壁部37及び第2壁部38と第1基板12とが接触する面において、他の表面よりも表面粗さを大きくしている(図6参照)。
【0024】本実施の形態において、押さえばね23による圧接力と温度変化による第1基板12と第2基板14の体積変化を考慮した場合、第2基板14の吐出口に並んだ点の長手方向の変位についてのシミュレーションを行なった結果を図8に示す。この図では、第2基板14においてインク路を形成する第1壁部37と、共通インク室を形成する第2壁部38とが第1基板12と接触する面において、成形加工した際に他の表面と同じ程度の表面粗さを持つようにした状態の場合と、表面粗さが大きくなるように金型表面を荒らして成形した状態の場合との比較を示している。図8からも明らかなように、第2基板14が第1基板12と接触する面を荒らした状態のものの方が圧倒的に点列の変位は小さく、ノズルの配列精度は大幅に向上していることになる。
【0025】図8に示すシミュレーションの結果から、配列精度を±1μm以下とするには、第1壁部37と第1基板12との接触面における摩擦係数に換算して0.3より大きくすることが必要である。
【0026】剛性が異なる第1基板12と第2基板14とを接合するために力学的に力を加えたり、熱膨張率が異なる第1基板12と第2基板14とが接合された状態で温度変化が生じたりする場合、第2基板14に変形抑制部材30を一体成形することによってその長手方向の収縮・膨張は可成り抑えることが可能である。つまり、変形抑制部材30と接触している表面付近は変形抑制部材30と連動して収縮・膨張すると考えられるが、一方、変形抑制部材30から一定の距離が存在する吐出口付近においては、収縮・膨張の絶対量に差が生じることになる。従って、吐出口の配列精度を高めるには、吐出口に近い部分で、第1基板12の収縮・膨張の動きに精度良く連動するための工夫が必要である。
【0027】又、吐出口に近い部分と同様に吐出方向に対して後方に位置する第2壁部38も、第1基板12の収縮・膨張の動きと精度良く連動しなければ吐出口の向きにばらつきが出る虞があり、着弾位置精度に悪い影響を及ぼすこととなる。
【0028】本実施の形態では、その考え方に基づき、吐出口に連通するインク路を形成する第1壁部37及び第2壁部(共通インク室)の第1基板12との接触面に、第1基板12の収縮・膨張の動きと連動し易くするために、予め表面粗さを荒くすることを示した。
【0029】尚、金型表面を荒くする等の処置をしなくても、成形後、表面をショットブラスト加工等で表面粗さを大きくしても同じ効果があることは言うまでもない。又、接着剤を塗布したりすることも摩擦係数を大きくすることと等価である。更に、第1基板12と摩擦係数が大きくて剛性が高い材料を、第1壁部37及び第2壁部38の全て若しくは接合面付近に採用し、第2基板14の成形加工時に2色成形して接合することも考えられる。
【0030】(インクジェットカートリッジの構成)以上はフルラインタイプのインクジェットヘッド11について説明したが、シリアルタイプのものに応用したり、これをインクジェットカートリッジに組み込むことも当然可能であり、このような本発明に係るインクジェットカートリッジ41の外観を図9に示す。
【0031】即ち、図示のインクジェットカートリッジ41は、不図示のインクジェット装置のキャリッジに位置決め状態で取り付けられ、インクジェット装置との間で電気的な信号等の授受を行うようになっている。
【0032】キャリッジに対して着脱可能に交換されるインクジェットカートリッジ41は、インクジェットヘッド11と、このインクジェットヘッド11を保持するヘッドホルダ42と、このヘッドホルダ42にインクジェットヘッド11を押圧する押圧ブロック43と、インクを収容するインクタンク44と、このインクタンク44内を密閉する蓋部材45とで主要部が構成されており、インクジェットカートリッジ41の容積の大部分を占めるインクタンク44には、このインクタンク44内を大気圧に保持するための大気運通口46が形成されている。
【0033】インクを吐出するための多数の吐出口26が形成されたインクジェットヘッド11は、先の図1〜図7に示した実施の形態と対応した構造を有するものであり、このインクジェットヘッド11は、押圧ブロック43によってヘッドホルダ42に押圧保持されている。インクは、インクタンク44からインクジェットヘッド11の不図示のインク供給管及び連通孔31を介して共通インク室から各インク路29に導かれる。
【0034】(インクジェット装置の構成)このようなインクジェットカートリッジ41を搭載した本発明に係るインクジェット装置の概略構成を図10に示す。
【0035】本実施の形態に係るインクジェット装置は、フルラインタイプのカラープリンタであり、インクジェットカートリッジ41は、イエロー色インク、マゼンタ色インク、シアン色インク、ブラック色インクをそれぞれ蓄えた4つのインクタンク47Y,47M,47C,47B( 以下、これらをまとめてインクタンク47と記載する)と、これらのインクタンク47にそれぞれ接続配管48を介してインク供給管が接続する4つのインクジェットヘッド11Y,11M,11C,11B(以下、これらをまとめてインクジェットヘッド11と記載する)とを備え、各インクタンク47は接続配管48に対して交換可能に連結される。
【0036】制御装置49に接続するヘッドドライバ50によって各電気熱変換体16に対する通電のON/OFFがそれぞれ切り換えられるインクジェットヘッド11は、図1〜図7に示した実施の形態のものと基本的な構造は全く同じであり、無端の搬送用ベルト51を挟んでプラテン52と対向するように搬送用ベルト51の搬送方向に沿って所定間隔で配列されている。
【0037】そして、制御装置49によって作動が制御される回復処理のためのヘッド移動手段53により、プラテン52との対向方向に昇降し得るようになっている。各インクジェットヘッド11の側方には、プリント用紙54に対するプリント作業に先立ち、インク通路29内に介在する古いインクを吐出口26から吐出してインクジェットヘッド11の回復処理を行うためのヘッドキャップ55がインクジェットヘッド11の配列間隔に対して半ピッチずらした状態で配置され、制御装置49によって作動が制御されるキャップ移動手段56により、それぞれインクジェットヘッド11の直下に移動し、吐出口26から吐出される廃インクを受けるようになっている。
【0038】プリント用紙54を搬送する搬送用ベルト51は、ベルト駆動モータ57に連結された駆動ローラ58に巻き掛けられ、制御装置49に接続するモータドライバ59によってその作動が切り換えられる。又、搬送用ベルト51の上流側には、この搬送用ベルト51を帯電することによってプリント用紙54を搬送用ベルト51に密着させるための帯電器60が設けられており、この帯電器60は、制御装置49に接続された帯電器ドライバ61によってその通電のON/OFFが切り換えられる。搬送用ベルト51の上にプリント用紙54を供給するための一対の絵紙ローラ62には、これら一対の給紙ローラ62を駆動回転させるための給紙用モータ63が連結され、この給紙用モータ63は、制御装置49に接続されたモータドライバ64によって作動が切り換えられる。
【0039】従って、プリント用紙54に対するプリント作業に先立ち、インクジェットヘッド11がプラテン52から離れるように上昇し、次いでヘッドキャップ65がインクジェットヘッド11の直下に移動してインクジェットヘッド11の回復処理を行った後、ヘッドキャップ65を元の待機位置へ移動させ、更にインクジェットヘッド11をプリント位置までプラテン52側に移動させる。そして、帯電器60を作動させると同時に搬送用ベルト51を駆動し、更に給紙ローラ62によってプリント用紙54を搬送用ベルト51上に載置し、各インクジェットヘッド11によって所定の色画像がプリント用紙54にプリントされる。
【0040】
【発明の効果】以上の説明で明らかなように、本発明によれば、それぞれ液滴を吐出するための吐出エネルギー発生部が設けられた第1基板と、該第1基板と接合することにより前記吐出エネルギー発生部の各々に対応したインク路と該インク路に連通した共通インク室とを形成する壁部を有する第2基板とを備え、該第2基板は、前記インク路を形成する第1壁部と前記共通インク室を形成する第2壁部とを備えており、前記第1基板と前記第2基板との接合部が前記第1壁部と前記第2壁部とであるインクジェットヘッドにおいて、接合部の摩擦係数が0.3以上となるように表面処理したため、吐出口の数が多くても吐出液滴の着弾位置精度の大幅な向上を図ることができるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係るインクジェットヘッドの外観斜視図である。
【図2】本発明に係るインクジェットヘッド要部の分解斜視図である。
【図3】本発明に係るインクジェットヘッドの長手方向に沿った断面図である。
【図4】第2基板の正面図である。
【図5】第2基板の断面図である。
【図6】第2基板の第1壁部都第2壁部の構成を示す斜視図である。
【図7】第2基板の概略構造を表す斜視図である。
【図8】吐出口列の長手方向変位をシミュレーションで求めた図である。
【図9】本発明に係るインクジェットカートリッジの斜視図である。
【図10】本発明に係るインクジェット装置の斜視図である。
【符号の説明】
11 インクジェットヘッド
12 第1基板
13 ヒータボード
14 第2基板
15 配線基板
16 電気熱変換体
28 インク路
29 窪み部
30 変形抑制部材
37 第1壁部
38 第2壁部
41 インクジェットカートリッジ
44 インクタンク

【特許請求の範囲】
【請求項1】 それぞれ液滴を吐出するための吐出エネルギー発生部が設けられた第1基板と、該第1基板と接合することにより前記吐出エネルギー発生部の各々に対応したインク路と該インク路に連通した共通インク室とを形成する壁部を有する第2基板とを備え、該第2基板は、前記インク路を形成する第1壁部と前記共通インク室を形成する第2壁部とを備えており、前記第1基板と前記第2基板との接合部が前記第1壁部と前記第2壁部とであるインクジェットヘッドにおいて、接合部の摩擦係数が0.3以上となるように表面処理したことを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項2】 請求項1記載のインクジェットヘッドを搭載したことを特徴とするインクジェットカートリッジ。
【請求項3】 請求項1記載のインクジェットヘッドを搭載したことを特徴とするインクジェット装置。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2002−210972(P2002−210972A)
【公開日】平成14年7月31日(2002.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2001−9182(P2001−9182)
【出願日】平成13年1月17日(2001.1.17)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】