説明

インクジェットヘッドおよびマイクロ構造体の作製方法

【課題】 形状再現性が良く生産性が高いインクジェットヘッド及びマイクロ構造体の作製方法を提供する。
【解決手段】 エッチング誘導孔を形成し結晶異方性エッチングを実施して、逆テーパー形状の孔を形成する。エッチング誘導孔の深さと形状を規定することにより、異方性エッチングで形成する形状を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オリフィスから液体を噴射して液滴を形成するインクジェット記録ヘッドの作製方法および逆テーパー形状の孔を有するマイクロ構造体の作製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インクを加熱して気泡を生成させ、この気泡の生成に基づいてインクを吐出し、これを被記録媒体上に付着させて画像形成を行う、インクジェット記録方式(特開昭54ー51837に記載)は、高速記録が可能であり、また比較的記録品位も高く、低騒音であるという利点を有している。この方法はカラー画像記録が比較的容易であって、普通紙等にも記録でき、装置の小型化も容易であり、さらに、記録ヘッドにおける吐出口を高密度に配設することができるので、高解像度、高品位の画像を高速で記録することができるといった多くの優れた利点を有している。この方法を用いた記録装置は、複写機、プリンタ、ファクシミリ等における情報出力手段として用いることができる。
【0003】
このようなインクジェット記録方式の記録ヘッドの一般的構造は、インクを吐出するために設けられた突出口と、これに連通してインクが満たされたインク路とこのインク路中に設けられた熱エネルギーを発生する為の電気熱変換素子(以下、発熱体と記す)を具備している。発熱体は、発熱抵抗層とそれをインクから保護する上部の保護層と蓄熱するための下部の蓄熱層を具備している。これに電極配線を介してパルス的に通電(駆動パルスの印加)がなされることによって熱エネルギーを発生し、熱エネルギーの作用を受けた液体が過熱されて気泡を発生し、この気泡発生に基づく作用力によって、記録ヘッド部先端の吐出口から液滴が形成され、この液滴が被記録部材に付着して情報の記録が行われる。
【0004】
近年、データ量の多い画像情報を被記録部材に出力する要求が高まり、高精細且つ高速な記録が望まれてきている。高精細な画像を出力するには小液滴を安定に吐出することとなるが、このためには高密度、且つ高精度に吐出口を形成する必要がある。
【0005】
その形成方法として、特開平5-330066,及び特開平6-286149に示されたインクジェット記録ヘッドの吐出口の製造方法が提案されており、また、特開平10-146979にて前記の吐出口の形成方法においてインク供給口部上部のオリフィスプレートにリブ構造を有する形成方法が提案されている。
【0006】
これらのインクジェット記録ヘッドは発熱体が形成された基板に対して、垂直方向にインク液滴が吐出するものであり、「サイドシュータ型」インクジェット記録ヘッドと称する構造を有する。
【0007】
「サイドシュータ型」インクジェット記録ヘッドにおいて、高精細するに伴い吐出口の間隔が短くなり、これによりインク流路は狭くなる。インク流路が狭くなると発泡後にインクがインク流路に満たすに要する時間(リフィル時間)が長くなる為、発熱体とインク供給口との距離を短くする必要がある。インク供給口と発熱体との距離を制御できる方法として、アルカリ水溶液によるシリコンの結晶方位面に応じたエッチング速度差を利用するシリコン結晶異方性エッチングが知られている。この方法では、一般的に、基板として方位面が(100)のシリコンウエハを用いて基板裏面よりシリコン結晶異方性エッチングを行い精度良くインク供給口の開口幅を形成し、発熱体とインク供給口との距離の制御を行う。より高精度な開口幅を提供する為に、特開平10-181032では表面に形成した犠牲層と異方性エッチングを組み合せたインク供給口の作製方法が提案されている。
【0008】
さらに特開平11-10896では、あらかじめ熱処理を実施した基板に、異方性エッチングを実施することにより、互いに逆傾斜の{111}面により構成された「く」の字形状(逆テーパー形状)のインク供給口の形成方法が提案されている。これにより、加工形状の制約を緩和できるとともに、チップ面積を減少でき、コストダウンを期待することができる。特開2000-153613においても、同様に異方性エッチングを用いて逆テーパー形状のインク供給口を形成する方法が開示されている。
【0009】
高精細インクジェット記録ヘッドを形成する上で、このようなアルカリ水溶液を用いたシリコン結晶異方性エッチングは、インク供給口を精度良く作製でき有用な技術となっている。
【0010】
また、アルカリ水溶液を用いたシリコン結晶異方性エッチングは、結晶面に規定された形状を再現性良く作製することが可能であり、加速度センサ等のマイクロマシンデバイスや各種マイクロ構造体を作製する上で、非常に有用な技術となっている。
【特許文献1】特開昭54ー51837号公報
【特許文献2】特開平5-330066号公報
【特許文献3】特開平6-286149公報
【特許文献4】特開平10-146979号公報
【特許文献5】特開平10-181032号公報
【特許文献6】特開平11-10896号公報
【特許文献7】特開2000-153613 号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、異方性エッチングにより、互いに逆傾斜の{111}面により構成された逆テーパー形状のインク供給口を形成する特開平11-10896ならびに特開2000-153613には、以下に説明する問題点があった。
【0012】
上記した特開平11-10896および特開2000-153613においては、熱処理によって、基板内の酸素析出物(酸素欠陥)の位置もしくは濃度を制御することにより、逆テーパー形状を形成している。しかしながら、これらの方法では、酸素欠陥の正確な制御が困難な場合がある。これにより、互いに逆傾斜の{111}面が接する場所がばらつき、インク供給口の逆テーパー形状を正確に制御できず、インクジェットヘッドの吐出特性がばらつく場合があった。
【0013】
また、気泡の生成によりインクを吐出するインクジェット方式では、インク中に溶解する染料の会合や凝集を防止するために、アルカリ強度の高いインクを使用する場合がある。このような場合、{111}面以外の結晶面は、{111}面と比較してアルカリ性インクに対する耐性が低く、腐食されてしまう場合がある。したがって、単結晶シリコンで、アルカリ性インクに用いるインク供給口を形成する場合、その内壁は{111}面のみで形成されている必要がある。
【0014】
{111}面から構成された逆テーパー形状を形成する場合、その形成の過程で基板面に垂直な{100}面が出現する場合がある。したがって、{111}面のみで構成されたインク供給口を形成するためには、エッチング過程で出現する{100}面を考慮に入れ、該{100}面がエッチング過程で最終的に消滅するように、作製プロセスを設計する必要がある。しかしながら、特開平11-10896ならびに特開2000-153613では、この点を考慮した記述がない。この点を考慮せずに作製プロセスを設計すると、エッチングを停止するためのエッチングストップ層がエッチャントに長時間さらされることにより、エッチングストップ層が消滅して、基板表面側に形成した発熱体、配線等がエッチングされてしまう場合がある。また、エッチングストップ層が消滅しない場合でも、エッチングストップ層に微小なピンホール等が存在した場合に、基板表面側にエッチング液が回り込み易くなり、やはり発熱体、配線等がエッチングされてしまう場合がある。このことにより、インクジェットヘッドの作製歩留まりが著しく低下してしまう場合がある。
【0015】
さらに、エッチング過程で出現する{100}面を考慮しないでプロセスを設計すると、異方性エッチングの時間が長くなり、生産性が低下してしまう場合がある。
【0016】
本発明は上記問題点鑑みてなされたものである。本発明が解決しようとする課題は、形状再現性が良いインクジェットヘッドの作製方法を提供することである。さらに、エッチングがエッチングストップ層で確実に停止することにより、作製歩留まりが高いインクジェットヘッドの作製方法を提供することである。さらに、エッチング時間が短くて済み、生産性が高いインクジェットヘッドの作製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するための本発明のインクジェットヘッドの作製方法は、インク供給口とインクを加熱して気泡を生成する為の発熱体を有する単結晶シリコン基板と、該基板上にインクを吐出する吐出口を有するオリフィスプレートを備え、該オリフィスプレートの突出口から該基板面に対して垂直方向にインク液滴を突出するインクジェット記録ヘッドにおいて、前記インク供給口の断面形状が{111}結晶面により形成された逆テーパー形状であることを特徴とするインクジェット記録ヘッドの作製方法であって、
(a)厚さhの(100)単結晶基板の表面にエッチングストップ層を形成する工程と、
(b)前記基板裏面に開口を有するエッチングマスク層を形成する工程と、
(c)前記基板裏面に深さdのエッチング誘導孔を形成する工程と、
(d)前記工程(c)で形成した孔を結晶異方性エッチングすることにより、前記インク供給口を形成する工程
を少なくとも有し、
前記工程(d)のエッチング工程において、前記エッチング誘導孔内に発生する基板面に垂直な(100)面が、前記エッチング工程中に消滅することを特徴とする。
【0018】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記工程(d)において、基板面に平行なエッチング面がエッチングストップ層に到達すると同時に、前記工程(d)において発生する基板面に垂直な(100)面が消滅することを特徴とする。
【0019】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記工程(d)がアルカリ水溶液を用いた結晶異方性エッチングであることを特徴とする。
【0020】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記工程(b)で形成する開口が、<110>方向に平行な直線で構成された矩形であることを特徴とする。
【0021】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記工程(c)で形成するエッチング供給孔の基板に平行な断面が、<110>方向に平行な直線で構成された矩形であることを特徴とする。
【0022】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔が、基板面に対して略垂直な壁面で構成されていることを特徴とする。
【0023】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔の壁面が基板に対してなす角度が、85度から95度の範囲内にあることを特徴とする。
【0024】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記工程(c)において、高密度プラズマによるドライエッチング法を用いて、前記エッチング誘導孔を形成することを特徴とする。
【0025】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記インク供給孔を構成する{111}面が、基板裏面から距離d/2の位置において交差して逆テーパー形状を形成することを特徴とする。
【0026】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記工程(c)において形成する孔の深さdと単結晶基板の厚さhが、
h-d > d/(2 tan54.7°cos45°)
の関係式を満たすことを特徴とする。
【0027】
さらに本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法は、前記工程(c)において形成する孔の深さdと単結晶基板の厚さhが、
h-d = d /(2 tan54.7°cos45°)
の関係式を満たすことを特徴とする。
【0028】
本発明には、上記したインクジェット記録ヘッドの作製方法を用いて作製したことを特徴とするインクジェット記録ヘッドが含まれる。
【0029】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、単結晶シリコンよりなり、断面形状が{111}結晶面により形成された逆テーパー形状の孔を有するマイクロ構造体の作製方法であって、
(a)厚さhの(100)単結晶基板の表面にエッチングストップ層を形成する工程と、
(b)前記基板裏面に開口を有するエッチングマスク層を形成する工程と、
(c)前記基板裏面に深さdのエッチング誘導孔を形成する工程と、
(d)前記工程(c)で形成した孔を結晶異方性エッチングすることにより、前記インク供給口を形成する工程
を少なくとも有し、
前記工程(d)のエッチング工程において、前記エッチング誘導孔内に発生する基板面に垂直な(100)面が、前記エッチング工程中に消滅することを特徴とする。
【0030】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記工程(d)において、基板面に平行なエッチング面がエッチングストップ層に到達すると同時に、前記工程(d)において発生する基板面に垂直な(100)面が消滅することを特徴とする。
【0031】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記工程(d)がアルカリ性水溶液を用いた結晶異方性エッチングであることを特徴とする。
【0032】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記工程(b)で形成する開口が、<110>方向に平行な直線で構成された矩形であることを特徴とする。
【0033】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔の基板に平行な断面が、<110>方向に平行な直線で構成された矩形であることを特徴とする。
【0034】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔が、基板面に対して略垂直な壁面で構成されていることを特徴とする。
【0035】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔の壁面が基板に対してなす角度が、85度から95度の範囲内にあることを特徴とする。
【0036】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記工程(c)において、高密度プラズマによるドライエッチング法を用いて、前記エッチング誘導孔を形成することを特徴とする。
【0037】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記逆テーパー形状の孔を構成する{111}面が、基板裏面から距離d/2の位置において交差して逆テーパー形状を形成することを特徴とする。
【0038】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記工程(c)において形成する孔の深さdと単結晶基板の厚さhが、
h-d >d /(2 tan54.7°cos45°)
の関係式を満たすことを特徴とする。
【0039】
本発明のマイクロ構造体の作製方法は、前記工程(c)において形成する孔の深さdと単結晶基板の厚さhが、
h-d = d /(2 tan54.7°cos45°)
の関係式を満たすことを特徴とする。
【0040】
本発明には、上記記載の作製方法を用いて作製したことを特徴とするマイクロ構造体が含まれる。
【発明の効果】
【0041】
以上説明したように、本発明のインクジェットヘッドの作製方法では、基板面に対して垂直なエッチング誘導孔を用いることにより、形状再現性が良いインクジェットヘッドの作製方法を提供することができる。さらに、基板の厚さhとエッチング誘導孔の深さdを、h-d ≧ d tan54.7°/2cos45°の関係を満たすようにすることにより、作製歩留まりが高いインクジェットヘッドの作製方法を提供することができる。さらに、エッチング時間が短くて済み、生産性が高いインクジェットヘッドの作製方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
図1に本発明の作製方法を用いて作製したインクジェットヘッドの一例を示す。図1は、インクジェットヘッドの断面を斜め上方から見た図である。該インクジェットヘッドでは、(100)単結晶シリコン基板101に、{111}面102のみで構成された断面が逆テーパー形状のインク供給口103が形成されている。なお、図1において、ウエハ表面({100}面)104上に形成された発熱体、配線、オリフィスプレート等は、省略してある。
【0043】
図2に、本発明のインクジェットヘッドの作製方法の一例を示す。以下、図2を用いて本発明のインクジェットヘッドの作製方法を説明する。
【0044】
まず、厚さhの(100)単結晶シリコン基板201を用意する。
【0045】
次に、基板表面202にエッチングストップ層203、発熱体(不図示)、発熱体を駆動するための電気的な配線(不図示)、オリフィスプレートを形成(不図示)する。
【0046】
次に、基板裏面204にエッチングマスク層205を形成する(図2(a))。エッチングマスク層としては、後の結晶異方性エッチングのエッチング液に耐性のある材料を選択する。例えばSiO2、Si3N4およびCr等の金属が挙げられる。
【0047】
次に、フォトリソグラフィとエッチングにより、エッチングマスク層205に開口206を形成する(図2(b))。このとき、フォトリソグラフィで形成したフォトレジスト207は、除去せずに、後のエッチング誘導孔208を形成するエッチング工程のエッチングマスクとして使用する。これにより、工程数を省略することが可能となる。また、エッチング誘導孔208を形成するためのエッチングマスクと結晶異方性エッチングのエッチングマスクがセルフアライメント(自己整合)となるので、インク供給口形成の加工精度を向上させることができる。
【0048】
開口206の形状に関しては、本発明の要件を満たす形状であれば、特に制限はない。特に、<110>方向に平行な直線で形成された矩形にした場合に、後の結晶異方性エッチングのエッチング時間が短くなり生産性を向上させることができる。また、作製プロセス設計の際に、エッチング時間を予測することが容易となる。
【0049】
次にドライエッチング等を用いて、基板面に対して垂直な壁面で構成されたエッチング誘導孔208を形成する(図2(c))。この工程において、例えばICP(Inductively Coupled Plasma)等の高密度プラズマエッチングを用いることにより、高いエッチングレートで精度良く、エッチング誘導孔を形成することが可能である。エッチング誘導孔を構成する壁面は、基板面に対して略垂直であることが好ましい。基板面に対してエッチング誘導孔が略垂直であることにより、結晶異方性エッチングにより形成するインク供給口の形状の再現性が良くなる。また、作製プロセス設計の際に、エッチング時間を予測することが容易となる。エッチング誘導孔の壁面が、基板に対してなす角度の好ましい範囲は、85度から95度の範囲である。
【0050】
次に、フォトレジスト207を酸素プラズマによるアッシング処理等によって除去する。
【0051】
次に、KOH(水酸化カリウム)、TMAH(水酸化テトラメチルアンモニウム)、EDP(ethylenediamine, water and pyrocatechol)等のアルカリエッチャントを用いて、結晶異方性エッチングを実施することにより、{111}面209から構成される逆テーパー形状のインク供給口210を形成する(図2(d))。このとき、エッチング過程において、基板面に垂直な{100}面が生成する。エッチングストップにエッチング面が到達した時点で、これらの{100}面は消滅するようにエッチング誘導孔208の深さを設定する。その方法については、後の項で詳しく説明する。
【0052】
最後に、エッチングストップ層を裏面より除去することにより、図1に示したインクジェットヘッドが完成する。
【0053】
本発明の作製方法では、図2(d)に示したように、基板裏面からd/2すなわちエッチング誘導孔208の深さのほぼ半分の位置で、互いに逆傾斜の{111}面209が接する。したがって、エッチング誘導孔208の深さを制御することにより、インク供給口210の逆テーパー形状を精度良く形成することが可能となる。これにより、インクジェットヘッドの吐出特性を安定させることができる。
【0054】
また、本発明においては、(100)単結晶基板の厚さhと、エッチング孔の深さdの間に以下のような関係がある。
【0055】
h-d ≧ d/(2 tan54.7°cos45°) (第1式)
これにより、結晶異方性エッチングの時間を短縮することができ、インクジェットヘッド作製の生産性を向上させることができる。このことについて、以下に説明する。
【0056】
図3は、エッチング誘導孔に結晶異方性エッチングをした場合の、エッチングの進行の様子を示す図である。図3(a)は、厚さhの(100)単結晶シリコン基板301に、深さdのエッチング誘導孔302を形成した状態である。エッチング誘導孔302の基板面に平行な断面は、<110>方向に平行な直線で構成された矩形である。またエッチング誘導孔302は、基板面に垂直な壁面で構成されている。
【0057】
エッチング誘導孔302に結晶異方性エッチング実施すると、エッチング誘導孔302の角に対応する位置に基板面に垂直な{100}面303が出現する(図3(b))。
【0058】
この{110}面は、エッチングが進行するにつれて、その面積が減少する(図3(c))。
【0059】
さらにエッチングが進行すると最終的に消滅する(図3(d))。
【0060】
アルカリ性インクを用いたインクジェットヘッドでは、{100}面のアルカリ性インク耐性が問題となる場合があるので、{100}面303が消滅するまで、エッチングを実施する必要がある。一方、エッチング時間を決定する別の要素として、エッチングストップ層305まで{100}エッチング底面304が到達することが挙げられる。エッチングストップ層305までエッチング底面304が到達する前に、{100}面303が消滅すれば、エッチングは、エッチング底面304がエッチングストップ層305に到達した時点で終了となる。しかしながら、その時点で{100}面303が残存している場合は、{100}面303が消滅するまで、エッチングを追加する必要が生じ、その追加エッチングの間、エッチングストップ層は、エッチング液にさらされることにある。これにより、エッチングストップ層とエッチング液の組み合わせによっては、エッチングストップ層がエッチングされて消滅したり、微小なピンホールを介して、エッチング液が基板表面側に回りこんでしまう可能性がある。また、追加エッチングにより{111}面からなるインク供給口幅が設計値より大きくなってしまい、これによりインク滴の吐出特性が低下してしまう可能性がある。
【0061】
上で述べたことから、エッチングストップ層305までエッチング底面304が到達する前に、基板面に垂直な{100}面303が消滅する必要がある。このための条件を、以下に説明する。図4(a)に示したように、厚さhの(100)単結晶シリコン基板401に対して、深さdのエッチング誘導孔402を形成した場合について考える。基板面に平行なエッチング(100)底面は、距離(h-d)だけエッチングが進行するとエッチングストップ層403に到達する。(100)面のエッチングレートをR100とすると、エッチング(100)底面が、エッチングストップ層403に到達するのに要する時間は、
(h-d) / R100 (第2式)
である。一方、エッチング誘導孔の角の部分に発生する(100)面404は、図4(b)のA-A'断面図に示したように距離d tan54.7°/2cos45° だけエッチングが進行すると消滅する。(100)面404が消滅するのに要する時間は、
(d / 2tan54.7°cos45°) / R100 (第3式)
である。したがって、エッチングストップ層までエッチング面が到達する前に、基板面に垂直な{100}面が消滅するための条件は、第2式と第3式より、
(h-d) / R100 ≧ (d / 2tan54.7°cos45°) / R100 (第4式)
となる。上式の両辺にR100を乗ずることにより、第1式が得られる。
【0062】
特に、基板の厚さhとエッチング孔の深さdが、
h-d =(d / 2tan54.7°cos45°) (第5式)
の関係を満たすときに、エッチング面がエッチングストップ層に到達した同時に、基板面に垂直な{100}面が消滅するので、エッチング時間を最短にすることができる。
【0063】
なお、エッチング時間を決定するさらに別の要素として、エッチング誘導孔の壁面が消滅して、互いに逆傾斜の{111}面が接することが挙げられる。(エッチング誘導孔の壁面は、基板面に垂直な{110}に相当する)。しかしながら、以下に説明するように、基板に垂直な{100}面が消滅する時点において、既に{110}面は消滅して、この方向のエッチングは終了している。
【0064】
エッチング誘導孔の壁面が消滅するのに要する時間は、{110}面のエッチングレートをR110とすると、図4より、
(d/2tan54.7°)/ R110 (第5式)
である。KOH、TMAH等のアルカリエッチャントに関しては、R110 >R100であることが知られている。またcos45°<1である。これらのことを考慮に入れて、第3式と第5式を比較すると、{100}面が消滅する時刻においては、既にエッチング誘導孔の壁面が消滅して、互いに逆傾斜の{111}面が接していることが分かる。
【0065】
また上で述べた議論においては、{111}面のエッチングレートR111は、R100やR110と比較して小さいため考慮に入れなかった。しかしながら、R111を考慮に入れた場合でも、以下に説明するように本発明は成立する。R111を考慮すると、基板面に垂直な{100}面が消滅するためには、R111を考慮しない場合と比較して、余分な時間が必要となる。この余分な時間をaとする。一方、基板面に平行が{100}面が、エッチングストップ層に到達するのに要する時間は、R111に関わり無く、式*で表される。したがって、R111を考慮した場合に、第4式に相当する式は、
(h-d) / R100 ≧{(d/2tan54.7°cos45°)/ R100} + a (第6式)
となる。a>0であるので、第6式が成り立つときには、第4式も常に成り立つ。したがって、第4式には、R111を考慮した場合も含まれている。
【0066】
以上の説明では、インクジェットヘッドのインク供給口の形成方法に関して詳しく述べたが、本発明のエッチング方法は、逆テーパー形状よりなる孔を有するマイクロ構造体の作製方法にも適用することが可能である。
【0067】
以下、実施例を用いて本発明を、より詳細に説明する。以下の実施例中の寸法や形状や材質、作製プロセス条件は一例であり、設計事項として任意に変更できるものである。
【実施例1】
【0068】
本実施例では、図1に示すインクジェットヘッドを作製した。本実施例のインクジェットヘッドの作製方法を、図2を用いて以下に説明する。以下の説明では、発熱体および発熱体に通電するための配線およびオリフィスプレートを作製する工程は、本発明と直接関係がないので省略し、インク供給孔を形成する工程のみを説明してある。
【0069】
まず、厚さ525μmの(100)単結晶シリコン基板201を用意した。
【0070】
次に熱酸化炉を用いて、1100℃のH2/O2雰囲気中で熱酸化を行い、基板両面にエッチングストップ層203およびエッチングマスク層205となる膜厚0.3μmのSiO2膜を形成した。
【0071】
次に、フォトリソグラフィ法により基板裏面204側に、フォトレジストAZ-P4620(クラリアント社製)により、エッチングマスク207を形成した。エッチングマスク207の膜厚は、10μmとした。
【0072】
次に、BHF(Buffered HF)によるウエットエッチングにより、エッチングマスク層205に開口206を形成した。開口206の断面は、<110>方向に平行な直線で構成されている矩形にした。この工程においてエッチングスットプ層203がエッチングされないように、基板表面をフォトレジスト(不図示)により保護した。
【0073】
次にICP-RIE(Inductively Coupled Plasma Reactive Ion Etching)装置を用いて、SF6ガスとC4F8ガスを交互にチャンバ内に導入することによりエッチングを実施し、エッチング誘導孔208を形成した。エッチング誘導孔の深さは、200μmとした。エッチング誘導孔は、基板面に対してほぼ垂直な壁面を有する形状となるように、エッチング条件を設定した。
【0074】
次に、液温110℃、濃度40%のKOH水溶液を用いて結晶異方性エッチングを行い、エッチング誘導孔208の内部をエッチングすることにより、インク供給孔210を形成した。エッチングは、エッチング底面がエッチングストップ層203に到達した時点で終了した。この段階において、図3の303に対応する{100}面は、既に消滅しており、{111}面で構成された逆テーパー形状のインク供給孔210を形成することができた。また、インク供給孔210の形状は、基板底面から約100μmの深さのところで、逆傾斜の{111}面が交わる形状であった。すなわち、エッチング誘導孔208の深さの半分の場所で、逆傾斜の{111}面どうしが交わっていた。
【0075】
最後に、エッチングストップ層203をCF4ガスによるRIE(Reactive Ion Etching)により除去することにより、図1に示したインクジェットヘッドを作製することができた。
【0076】
本実施例のインクジェットヘッドの作製方法では、設計寸法が数式(1)を満たしている。したがって、エッチング底面がエッチングストップ層に到達した時点で、図3における{100}面303は消滅しており、エッチングを終了することができる。これにより、エッチングストップ層が長時間エッチング液にさらされることがないので、高い歩留まりでインクジェットヘッドを作製することができる。また、エッチング誘導孔の断面を<110>方向に平行な直線で構成されている矩形とし、垂直なエッチング誘導孔を形成することにより、形状再現性良く、インク供給孔を形成することができる。
【0077】
(比較例)
比較のため、実施例1とは異なる方法でインクジェットヘッドを作製した例を示す。本比較例が実施例1と異なる部分は、エッチング誘導孔の深さである。本比較例では、エッチング誘導孔208に深さを400μmとした。それ以外の工程や各層の膜厚は、実施例1と同じとした。本比較例では、設計寸法が、数式(1)を満たしていない。
【0078】
実施例1と同様に、液温110℃、濃度40%のKOH水溶液を用いて結晶異方性エッチングを行い、エッチング誘導孔208の内部をエッチングした。本比較例では、エッチング底面がエッチングストップ層203に到達した時点で、図3の303に対応する{100}面が残存していた。この{100}をエッチングして{111}面のみで構成されたインク供給孔を形成するために、エッチングをさらに追加した。この追加エッチングの段階で、エッチングストップ層203がKOH水溶液にエッチングされ消失してしまった。これにより、基板表面202側に形成した、発熱体、配線およびオリフィスプレートがKOH溶液により損傷してしまった。
【0079】
本比較例では、実施例1と異なり、エッチングストップ層がエッチング液に長時間さらされたことにより消失し、インクジェットヘッドの作製歩留まりが著しく低下してしまった。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明のインクジェット記録ヘッドを示す図。
【図2】本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法を示す図。
【図3】本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法のエッチング工程を示す図。
【図4】本発明のインクジェット記録ヘッドの作製方法のエッチング工程を示す図。
【符号の説明】
【0081】
101 (100)単結晶シリコン基板
102 {111}面
103 インク供給孔
104 ウエハ表面((100)面)
201 (100)単結晶シリコン基板
202 基板表面
203 エッチングストップ層
204 基板裏面
205 エッチングマスク層
206 開口
207 フォトレジスト(エッチングマスク)
208 エッチング誘導孔
209 {111}面
210 インク供給孔
301 (100)単結晶シリコン基板
302 エッチング誘導孔
303 {100}面
304 {100}面(エッチング底面)
305 エッチングストップ層
401 (100)単結晶シリコン基板
402 エッチング誘導孔
403 エッチングストップ層
404 {100}面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インク供給口とインクを加熱して気泡を生成する為の発熱体を有する単結晶シリコン基板と、該基板上にインクを吐出する吐出口を有するオリフィスプレートを備え、該オリフィスプレートの突出口から該基板面に対して垂直方向にインク液滴を突出するインクジェット記録ヘッドにおいて、前記インク供給口の断面形状が{111}結晶面により形成された逆テーパー形状であることを特徴とするインクジェット記録ヘッドの作製方法であって、
(a)厚さhの(100)単結晶基板の表面にエッチングストップ層を形成する工程と、
(b)前記基板裏面に開口を有するエッチングマスク層を形成する工程と、
(c)前記基板裏面に深さdのエッチング誘導孔を形成する工程と、
(d)前記工程(c)で形成した孔を結晶異方性エッチングすることにより、前記インク供給口を形成する工程
を少なくとも有し、
前記工程(d)のエッチング工程において、前記エッチング誘導孔内に発生する基板面に垂直な(100)面が、前記エッチング工程中に消滅することを特徴とするインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項2】
前記工程(d)において、基板面に平行なエッチング面がエッチングストップ層に到達すると同時に、前記工程(d)において発生する基板面に垂直な(100)面が消滅することを特徴とする請求項1に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項3】
前記工程(d)がアルカリ性水溶液を用いた結晶異方性エッチングであることを特徴とする請求項1〜請求項2に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項4】
前記工程(b)で形成する開口が、<110>方向に平行な直線で構成された矩形であることを特徴とする請求項1から請求項3に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項5】
前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔の基板に平行な断面が、<110>方向に平行な直線で構成された矩形であることを特徴とする請求項1から請求項4に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項6】
前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔が、基板面に対して略垂直な壁面で構成されていることを特徴とする請求項1から請求項5に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項7】
前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔の壁面が基板に対してなす角度が、85度から95度の範囲内にあることを特徴とする請求項1から請求項6に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項8】
前記工程(c)において、高密度プラズマによるドライエッチング法を用いて、前記エッチング誘導孔を形成することを特徴とする請求項1から請求項7に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項9】
前記インク供給孔を構成する{111}面が、基板裏面から距離d/2の位置において交差して逆テーパー形状を形成することを特徴とする請求項1から請求項8に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項10】
前記工程(c)において形成する孔の深さdと単結晶基板の厚さhが、
h−d >d /(2 tan54.7°cos45°)
の関係式を満たすことを特徴とする請求項1から請求項9に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項11】
前記工程(c)において形成する孔の深さdと単結晶基板の厚さhが、
h−d = d /(2 tan54.7°cos45°)
の関係式を満たすことを特徴とする請求項1から請求項9に記載のインクジェット記録ヘッドの作製方法。
【請求項12】
請求項1から請求項11に記載の作製方法を用いて作製したことを特徴とするインクジェット記録ヘッド。
【請求項13】
単結晶シリコンよりなり、断面形状が{111}結晶面により形成された逆テーパー形状の孔を有するマイクロ構造体の作製方法であって、
(a)厚さhの(100)単結晶基板の表面にエッチングストップ層を形成する工程と、
(b)前記基板裏面に開口を有するエッチングマスク層を形成する工程と、
(c)前記基板裏面に深さdのエッチング誘導孔を形成する工程と、
(d)前記工程(c)で形成した孔を結晶異方性エッチングすることにより、前記インク供給口を形成する工程
を少なくとも有し、
前記工程(d)のエッチング工程において、前記エッチング誘導孔内に発生する基板面に垂直な(100)面が、前記エッチング工程中に消滅することを特徴とするマイクロ構造体の作製方法。
【請求項14】
前記工程(d)において、基板面に平行なエッチング面がエッチングストップ層に到達すると同時に、前記工程(d)において発生する基板面に垂直な(100)面が消滅することを特徴とする請求項13に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項15】
前記工程(d)がアルカリ性水溶液を用いた結晶異方性エッチングであることを特徴とする請求項13から請求項14に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項16】
前記工程(b)で形成する開口が、<110>方向に平行な直線で構成された矩形であることを特徴とする請求項13から請求項15に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項17】
前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔の基板に平行な断面が、<110>方向に平行な直線で構成された矩形であることを特徴とする請求項13から請求項16に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項18】
前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔が、基板面に対して略垂直な壁面で構成されていることを特徴とする請求項13から請求項17に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項19】
前記工程(c)で形成するエッチング誘導孔の壁面が基板に対してなす角度が、85度から95度の範囲内にあることを特徴とする請求項13から請求項18に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項20】
前記工程(c)において、高密度プラズマによるドライエッチング法を用いて、前記エッチング誘導孔を形成することを特徴とする請求項13から請求項19に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項21】
前記逆テーパー形状の孔を構成する{111}面が、基板裏面から距離d/2の位置において交差して逆テーパー形状を形成することを特徴とする請求項13から請求項20に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項22】
前記工程(c)において形成する孔の深さdと単結晶基板の厚さhが、
h−d >d /(2 tan54.7°cos45°)
の関係式を満たすことを特徴とする請求項13から請求項21に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項23】
前記工程(c)において形成する孔の深さdと単結晶基板の厚さhが、
h−d = d /(2 tan54.7°cos45°)
の関係式を満たすことを特徴とする請求項13から請求項21に記載のマイクロ構造体の作製方法。
【請求項24】
請求項13から請求項23に記載の作製方法を用いて作製したことを特徴とするマイクロ構造体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−260151(P2008−260151A)
【公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−102888(P2007−102888)
【出願日】平成19年4月10日(2007.4.10)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】