説明

インクジェット装置

【課題】経時的な吐出安定性を確保することができるインクジェット装置の提供。
【解決手段】インクジェット装置のノズル102内部に存在するフロート101が、ノズル102に対するシャッターの働きをすることで、ノズル102からのインクの乾燥を抑制することが可能となり、インク充填初期やインク交換のメンテナンス時にノズル102表面に付着したインクを容易に除去できると共に、圧力室103内に形成されたフロート101の乾燥防止作用により、長期にわたって吐出安定性を確保することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット装置に関し、とりわけ、インクジェット装置を用いて印刷を行う際に発生し得る、不吐出ノズルを抑制するインクジェットヘッド構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェット印刷を生産工程に適応しようとする試みが為されており、特にディスプレイの分野では一部生産に供されているものもある(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、産業用途に使用するインクジェット装置においては、プリンタに使用されるインクジェット装置とは異なり、多数のノズルを使用し、且つ、各ノズルが安定的に吐出されなければ生産に使用することは困難である。
【0003】
生産工程に適用するようなインクジェット装置においては、非動作時のインクの乾燥による増粘によって、ノズルの目詰まりやインク物性(インクの粘度と表面張力の比)の変化によって、吐出角度が変化することで印刷品質が低下するという問題が発生する。特に、インクに揮発性の高い有機溶媒が含有されている場合においては、インクの組成が変わるため、その後の乾燥工程においても形状を制御する事が困難となり、工程において不良を多発する原因となる恐れがある。
【0004】
インクの増粘が進行するメカニズムは、インク供給側からの気体透過、ノズル側からの大気乾燥の両側からの進行モデルが考えられている。特にノズル側は大気に直接開放され、かつ多数であること、更に吐出口でもあることからインクの物性変化の影響を受けやすく、ノズル近傍のインクの物性安定化が生産に適応する際には大きな問題点となる。インク自体を乾燥しにくくする取り組みも為されているが、その後の乾燥工程において、乾燥不十分となり膜品質に影響を与える他、十分な乾燥をするためには工程に時間が掛かり、生産性が低下すると言った問題点も生じ得る。
【0005】
これらの問題を解決するために、インクジェットヘッドにスライドを取り付け、ノズル表面からのインクの乾燥を防止するなどヘッド構造による乾燥防止の方法が検討されている(例えば、特許文献2参照。)。
【0006】
図7は、特許文献2に示された従来のインクジェット吐出装置の吐出口近傍を示す模式図である。
【0007】
同図において、22はノズル、23はノズル列、30はノズルプレート、88はザグリプレート、90は開口部、92はシャッター、94はスリットであって、非吐出時においてノズル列23をシャッター92のスリット94以外の部分で覆い、インクの乾燥を防止する構造となっている。
【0008】
ノズルプレート30 には、インク滴を吐出するノズル22が、所定のピッチで形成され、ノズル列23を形成している。このノズル列23は、用紙の搬送方向に対して斜めに、所定のピッチで配列されている。これにより、用紙の搬送方向と直交する方向に沿って、高密度にインクを吐出できる。ザグリプレート88には、ノズル22より一回り大きい円状の開口部90が各ノズル22に対応して列状に形成されており、この開口部90からノズル22が露出している。つまり、各ノズル22の周囲には、開口部90が形成されたザグリプレート88が設けられることで、段差が設けられた状態とされ、印字時に浮き上がった用紙が、ノズル22や、ノズルプレート30のノズル面に接触するのを防ぐ構成とされている。これにより、紙ジャム等によるノズル22の損傷が防止される。ザグリプレート88の表面(インク滴が吐出される側の面)には、シャッター92が設けられている。シャッター92は磁性を有する部材で形成されており、ヘッドユニット全域に渡るサイズとされた板状とされている構成でインクの乾燥を防止する構造となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4374197号公報
【特許文献2】特開2007−276394号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、前記従来の構成では、ノズル表面にスライドが存在するため、インク充填の初期に存在する空気を除去する際に十分除去しきれないか、余分にインクをノズルより排出させた際には、ノズル表面のインクを除去できないため、結果的にインクの吐出角度を悪化させることになる。
【0011】
また、ノズルとスライドが接触して摺動する際にザグリプレートを介して摺動させているが、電磁コイルで摺動させる場合、シャッターの厚さが薄いと変形しシャッターが動作不良となるため一定の厚みが必要になる。しかしながら、シャッターを厚くすると、一般的な紙や布でのワイピングではノズル表面までワイプ材が十分届かず、拭き残りが発生し吐出精度を劣化させることになる。そのため、シャッター形状に応じたメンテナンスユニットや動作が必要となり、複雑な動作を必要とするため拭き取りの状態にバラツキが生じやすくなり、経時的に安定吐出が出来なくなるという課題を有することになる。
【0012】
本発明は、上記従来の課題を解決するものであり、経時的な吐出安定性を確保することができる、インクジェット装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明のインクジェット装置は、インクジェットヘッド内の圧力室にフロートを有し、ノズルからの吐出時には圧力室で発生した圧力によるインクの流れによって得られる圧力によって上昇する機能を有し、長期非吐出時にはこのフロートが沈下し、ノズルを閉塞する。
【0014】
吐出の初期においては、流動が停止しているのでフロートに差圧が発生しないので、フロートの側面には圧力に応じて流動できる領域が形成されており、予備吐出によってノズル先端からフロートを上昇させると共に、ノズル先端の溶媒組成が初期状態より変化したインクを排除することで、均一な吐出を実現させる。
【0015】
本構成によって、インクジェット装置のノズル内部に存在するフロートが、ノズルに対するシャッターの働きをすることで、ノズルからのインクの乾燥を抑制することが可能となる。その結果、インク充填初期やインク交換のメンテナンス時にノズル表面に付着したインクを容易に除去できると共に、圧力室内に形成されたフロートの乾燥防止作用により、長期にわたって吐出安定性を確保することができる。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、本発明の圧力室内にフロートを設けたインクジェット装置によれば、インクジェット装置のノズル内部に存在するフロートが、ノズルに対するシャッターの働きをすることで、ノズルからのインクの乾燥を抑制することが可能となる。
【0017】
その結果、インク充填初期やインク交換のメンテナンス時にノズル表面に付着したインクを容易に除去できると共に、圧力室内に形成されたフロートの乾燥防止作用により、長期にわたって吐出安定性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態におけるインクジェット装置の断面模式図
【図2】定常停止状態におけるノズル開口部とフロートとの位置関係を示す模式図
【図3】本発明の実施の形態におけるフロートにかかる圧力分布の概念図
【図4】インク液滴の吐出状態を示す模式図
【図5】インク充填時のフロート近傍の模式図
【図6】インク循環型インクジェット装置でのノズルとフロートの関係を示す模式図
【図7】特許文献2に記載された従来のインクジェット吐出装置を示す図
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0020】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態におけるインクジェット装置の断面模式図である。
【0021】
図1において、フロート101は、インクジェット装置内のノズル開口102の内部であるインク吐出流路103内に配置される。そして、インクジェット装置内のピエゾ素子(図示しない)の振動によって、発生したインクの流れによって浮上する構造となっている。該ピエゾ素子の振動によって発生したインクの流れは、図1に示す、吐出時の流線104に沿って流動しフロート101の形状に応じた圧力分布によって浮上する構成となっている。
【0022】
図2は、定常停止状態におけるノズル開口部102とフロート101との位置関係を示す模式図である。
【0023】
フロート101は、定常停止状態においてインク吐出流路103内で吐出方向に水平に配置されており、ノズル開口部102上部に存在するインク吐出流路103と、ノズル開口部102とを接続するテーパ部106に接触して配置されている。フロート101の先端部107は撥水処理が施されており、ノズル開口部102と勘合し、外気に暴露される部分では撥水状態が維持されることで、ノズル表面に付着したインクを除去する際にノズル開口部102に存在するインクを十分除去できる構造になっている。
【0024】
フロート101の先端部107は、ノズル開口部102の外部には突き出さないように配置され、ノズルプレート108の表面にはフロート101がはみださない構成になっている。この構成によって、ノズルプレート108に付着したインクを拭き取る際にフロート101を破損したり、変形を生じさせないようになっている。また、インク流動溝105は、ノズル開口部102に入り込むように形成されており、インク吐出流路103からノズル開口部102へのインクの流動を補助する状態になっている。この構成により、フロート101がテーパ部106と接した状態から、インクの流動によってフロート101が浮上する力を与えることが可能となる。
【0025】
なお、フロート101の浮上は、インクの流動に際してフロート101周辺に発生する圧力分布によって実現できる。フロート101の上端部は、半球形に形成されており、半球表面の圧力pはインク密度をρ、インク吐出流路103内を流れる流速をv、インク吐出流路103内の圧力(静圧)をp0とすれば、
【数1】

で与えられ、半球形部の圧力分布は、図3に示すようになる。図3に示す矢印はフロート101にかかるインクの流動に際して発生する圧力の分布を示している。
【0026】
半球部と垂直に流れの接する点から30°の範囲では半球を押さえ込む力が働くが、角度θが大きくなるにつれて半球を引き上げる力が発生する。また、フロートの下半分は円錐形状となっているため、吐出に際しての流れによって、半球部と円錐部のつなぎ部分近傍では流線はフロートより剥離し、フロート近傍で循環が発生する。この流れがフロート101を浮上させる力として働く。
【0027】
また、定常吐出時にピエゾより発生された圧力は、インク吐出流路103を通ってノズル開口部102へ移動するが、ノズル開口部102近傍のテーパ部分で圧力反射が発生し、フロート101下面の円錐部に圧力が掛かり、フロート101を上昇させる力として働き、連続吐出時にフロートは、インク吐出流路103内で浮上を続けることが出来る。初期のインク充填時や長期吐出停止時には、インクの流動は発生していないため、吐出時の流線104は発生せず、従って浮上する圧力は発生しない。このとき、フロート101はノズル開口102に接した状態になり、ノズル開口102を閉塞した状態となるため、長期吐出停止時には、インクの乾燥を防止することが出来る。
【0028】
図4にフロート101の動きとインク液滴の吐出状態を表す模式図を示す。
【0029】
インク吐出流路103に浮上しているフロート101の上部に存在しているピエゾ素子の振動によって発生した圧力で、インク吐出流路103にインクの流れが吐出時の流線104に沿って発生する。インクがフロート101上端になる半球部を通過後、インクの流れはフロート101の表面から剥離し、循環流109を発生させ、フロート101を上方へ押し上げる力として働く。
【0030】
インクの流れはそのままノズル開口部102に到達し、ノズル開口部102に存在するインクのメニスカス部を拡大させ、インク液滴としてノズル開口部102から吐出させた後、インクの流動は停止することになる。インク流動の停止に伴い、フロート101を浮上させている循環流109も停止し、フロート101は、ノズル開口部102の方向に向かって沈下して行く。フロート101がノズルプレート108と接触するまでに、次のピエゾ素子の振動によって、再度、インクの流れが発生しフロート101は連続吐出中に浮上を続けることが可能になる。
【0031】
ピエゾ素子の振動周期が十分に長い場合には、ピエゾ素子の吐出振動時にフロート101がノズルプレート108に接触し、ノズル開口部102を閉塞した状態になるため、一定以上の周波数での吐出が必要になる。ピエゾ素子の必要周波数は、インク密度、フロート101の密度、フロート101の直径、インクの動粘度、フロート101の浮上距離の関係から成立し、連続吐出を実現するために必要なピエゾ素子の振動周波数は、重力加速度をgとして、それぞれρi、ρf、df、ν、l、ffとすると、次式で規定される。
【数2】

【0032】
また、ノズル開口102を完全に閉塞した状態では、インクがノズル開口102に流出しないため、ピエゾ素子が振動してもインク吐出流路103内部の圧力が増大するだけである。そのため、フロートを浮上させるのに十分な圧力差が発生しないため、フロート101の表面にはインク流動溝105が形成されており、このインク流動溝105を介して、インクがノズル開口102に流出し、吐出時の流線104が発生し、フロート101を浮上させる構造となっている。
【0033】
図3は、インク充填時のフロート101周りの流れの模式図である。
【0034】
図3において、フロート101上部の圧力とインクの流速をそれぞれP,vとし、下部の圧力とインクの流速を、それぞれP´、v´とすると、フロート101の上下での圧力差P´−Pは、
【数3】

で与えられる。
【0035】
フロート101が下降すると、ノズル開口部102の流路は閉塞され、流路閉塞部301が形成される。流路閉塞部301の流路面積は、インク吐出流路103面積よりも小さく設定されているため、フロート101上部でのインクの流速と流路閉塞部301での流量は等しくなるので、流速は流路閉塞部301での流速が大きくなる。
【0036】
従って、(式3)においてv´>> vの関係が成立し、結果的にフロート101を上昇させる力P´−Pは大きくなり、インク充填初期においては、フロート101を上昇させるのに十分な力を得ることが出来る。このとき、吐出終了後の長期吐出停止に入る際にノズル開口部102のインクを除去しておけば、ノズル開口部102でのインクの乾燥は、発生せず吐出安定性を確保することが出来る。
【0037】
図5は、ノズル近傍でインクの流入/排出がある、インク循環型のインクジェット装置におけるノズル開口部102とフロート101の位置関係を示す模式図である。
【0038】
図5において、インクの流線501は、図1の場合とは異なり、フロート101と直交する形で発生している。このため、図1に示したガイド溝とは異なり、翼502がノズル開口部102の軸方向に対して角度を有して形成されている。翼502は、フロート101に軸対象に形成されているのではなく、インクの流線501に対して同じ角度を有するようにフロート101の軸に対して面対象で構成されている。インク循環がある場合は、インク循環がない場合に比べて、吐出に対する制約事項は少なくなり動作上は容易になる。
【0039】
印刷初期において、フロート101がノズルプレート108と接している時に、インクの循環を開始することで、翼によってインクの流れを受け、フロート101は上昇する。上昇中にピエゾ素子を振動させることでインク吐出が可能となり、印刷終了時はインクの循環を停止させることでフロート101を上昇させる力がなくなる。その結果、ノズル開口部102を閉塞させることが可能となる。
【0040】
図6は、ガイド近傍に流れるインクの流線を示したものである。インクの流線501に対して、翼502の迎え角を大きく取る方がフロート101の回転力は大きくなるが、フロート101を上昇させる力は発生し難くなる。フロート101を上昇させるための角度は、インクの粘性と翼502の長さ、角度によって決定されるが、翼502の姿勢を変化させることは困難であるため、一定の角度を保つとすれば、クッタの条件から翼502周辺に発生する流れの循環Γを決定すれば、フロートを上昇させる揚力を決定する事が出来る。揚力Lはインクの密度をρ、流速をVとすれば、
【数4】

と決定することができ、揚力以下のフロート101重量であれば、インクの流れに対してフロート101を上昇させることが可能である。
【0041】
かかる構成によれば、インクジェット装置内のノズル開口102の内部である、インク吐出流路103内にフロート101を配置することにより、初期のインク充填時や長期吐出停止時には、ノズル開口102を閉塞した状態となるため、長期吐出停止時にはインクの乾燥を防止することが出来る。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のインクジェット装置は、インクジェット装置のノズル内部に存在するフロートがノズルに対するシャッターの働きをすることでノズルからのインクの乾燥を抑制することが可能となる。そのため、インク充填初期やインク交換のメンテナンス時にノズル表面に付着したインクを容易に除去できると共に、圧力室内に形成されたフロートの乾燥防止作用により、長期にわたって吐出安定性を確保することが可能となる。その結果、一般のドキュメント印刷以外にも有機溶媒を用いた産業用の印刷用途にも適用できる。
【符号の説明】
【0043】
101 フロート
102 ノズル開口部
103 インク吐出流路
104 吐出時の流線
105 インク流動溝
106 テーパ部
107 先端部
108 ノズルプレート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクが供給される圧力室と、前記圧力室内のインクに振動を与えるピエゾ素子と、を備え、前記圧力室内にフロートを設けたことを特徴とするインクジェット装置。
【請求項2】
前記圧力室は、ノズルプレートと連通する開口部を有し、前記フロートは前記開口部の方向に尖った形状である、請求項1記載のインクジェット装置。
【請求項3】
前記フロートの形状は、前記開口部と反対側において半球形である、請求項1又は2に記載のインクジェット装置。
【請求項4】
前記フロートには、溝または翼加工されている、請求項1〜3の何れか一項に記載のインクジェット装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−245784(P2011−245784A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−122543(P2010−122543)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】