説明

インクジェット記録用インクセット、インクジェット記録方法及びインクジェット記録装置

【課題】アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとを有する水系インクジェット記録用インクセットを提供する。
【解決手段】水系インクジェット記録用インクセットは、アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとから構成される。この水系インクジェット記録用インクセットは、その構成インクを、被記録媒体に対して吐出させ付着させることにより画像を記録するインクジェット記録方法に好ましく適用できる。この場合、少なくとも前記赤外吸収インクを被記録媒体に対して吐出させ、付着させて赤外吸収能を有する画像を記録する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外光を吸収する画像を記録できる水系インクジェット記録用インクセット、そのインクセットを使用するインクジェット記録方法及びその方法を実現するインクジェット記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
バーコードやOCR文字等のコードマークを形成するためのインクとして、セキュリティー性向上の観点から、目視では容易に判別できないようなコードマークの形成を可能とする赤外吸収インクの開発が行われている。当該赤外吸収インクとしては、例えば、シアニン系色素やナフトキノン系色素等を用いたインク(特許文献1、特許文献2)や、錫ドープ酸化インジウム(ITO)粉を含む樹脂からなる色材を用いたインク(特許文献3)が提案されている。
【0003】
【特許文献1】特開平3−154187号公報
【特許文献2】特開平3−227378号公報
【特許文献3】特開2000−309736号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1、特許文献2の有機系色素を用いた赤外吸収インクの場合、可視領域に吸収があるため、インクの色調を制御できないという問題があった。一方、特許文献3のITO粉を用いた赤外吸収インクの場合、可視領域にほとんど吸収がない。しかし、ITO粉が高価な材料であり、また、ITO粉は一般的に有機溶媒を含むインク等で使用されることが多く、水系インク及び水系インクを使用するインクジェット記録方法に適用できるものではなかった。また、近年のインクジェット記録方法においては、複数の異なるインクからなるインクセットをインクカートリッジに収納し、そのインクカートリッジを交換可能に搭載したプリンタを使用しているが、このようなインクセットを構成するインクの少なくともひとつが、記録物のセキュリティー性向上のために、赤外領域に吸収をもつ赤外吸収インクであることが求められていた。
【0005】
本発明は、このような従来の事情に鑑みてなされたものであり、赤外領域の電磁波を吸収する赤外吸収インクと可視領域に吸収を持つ有色インクとを有する水系インクジェット記録用インクセット、及びこのインクセットを用いて赤外領域の電磁波を吸収する記録物を作製するためのインクジェット記録方法、並びにその記録方法を実施するためのインクジェット記録装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、ITO粉に比べて安価であり、可視光をほとんど吸収せず、近赤外領域の電磁波を吸収するアンチモン・錫複合酸化物微粒子(以下、ATO微粒子と記載する場合がある)を、赤外線吸収剤として使用することにより上述の目的を達成できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
即ち、本発明は、アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとを有する水系インクジェット記録用インクセットを提供する。
【0008】
また、本発明は、互いに異なる複数のインクから構成されるインクジェット記録用インクセットの当該インクを、被記録媒体に対して吐出させ付着させることにより画像を記録するインクジェット記録方法において、前記インクジェット記録用インクセットとして、アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとを有する水系インクジェット記録用インクセットを使用し、少なくとも前記赤外吸収インクを被記録媒体に対して吐出させ付着させて赤外吸収能を有する画像を記録することを特徴とするインクジェット記録方法を提供する。
【0009】
アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとを有する水系インクジェット記録用インクセットの当該各インクを収納するインクセット収納部、前記水系インクジェット記録用インクセットの各インクを液滴として吐出させるための吐出機構を備えることを特徴とするインクジェット記録装置を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の水系インクジェット記録用インクセットは、その構成インクの一つとして、赤外吸収剤であるATO微粒子を含有する赤外吸収インクを有する。ATO微粒子は、可視領域にはほとんど吸収がないが、波長800nm以上の近赤外領域において、長波長になるにしたがい高い吸光度を示す。従って、この赤外吸収インクを有する本発明の水系インクジェット記録用インクセットを用いれば、近赤外領域に吸収をもち、目視では認識できない複雑なコードマークを有する記録物の作製が可能となる。また、本発明の水系インクジェット記録用インクセットの赤外吸収インクで記録した画像を有する被記録媒体について、赤外領域における反射特性又は吸収特性を評価することによってセキュリティー性の判別が可能となる。また、その判別を目視判定によらず分光学的装置により機械的に確実にセキュリティー判定を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の水系インクジェット記録用インクセットは、アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとを有する。
【0012】
本発明の水系インクジェット記録用インクセットを構成する赤外吸収インクで使用するATO微粒子の粒子径に関し、平均粒子径が小さすぎるとATO微粒子の比表面積が大きくなりすぎるため、粒子間に働く引力が強くなり、本発明の水系インクジェット記録用赤外吸収インク中でのATO微粒子の分散安定性が低下する傾向がある。逆に、大きすぎると光を大きく散乱するため、本発明の水系インクジェット記録用赤外吸収インクを用いて記録された画像の透明性が低下し、また、インクジェット記録ヘッドの目詰まりが生じやすくなる傾向がある。従って、水系インクジェット記録用赤外吸収インクの分散安定性を確保し、且つ被記録媒体として用いるOHPフィルム等の透明基材の透明性を維持したり、下地印刷における透明性を維持したい場合等、実質的に透明なコードマーク等を記録するために、ATO微粒子の平均粒子径は、好ましくは5nm〜800nm、より好ましくは5nm〜200nmである。
【0013】
特に、400nm〜780nmの可視光線領域の光の散乱を抑制し、コードマークパターンに澄んだ透明性を必要とする場合は、ATO微粒子の平均粒子径は、好ましくは200nm以下、特に好ましくは150nm以下である。これは、粒子径が200nm以下になると、光散乱が低減してレイリー散乱領域になり、散乱光は粒子径の6乗に反比例して低減するため、粒子径の減少に伴って透明性がより向上するからである。また、粒子径が150nm以下になると、光の散乱がさらに少なくなりさらに吸収効率が向上するからである。
【0014】
なお、ATO微粒子の平均粒子径は、分散安定性を考慮する場合、好ましくは10nm以上、より好ましくは20nm以上、さらに好ましくは50nm以上である。
【0015】
このようなATO微粒子としては、酸化アンチモン粉末と酸化錫粉末を混合し、1000〜1300℃の温度で焼成し、常法に従って微粒子化したものを使用できる。具体例としては、SN−100D(石原産業(株)製)、TDL((株)JEMCO製)等が挙げられる。
【0016】
以上説明したATO微粒子は、赤外吸収インク中において、少なすぎると被記録媒体上に付与される赤外吸収能が不充分となり、充分な赤外吸収能を得るためには重複印刷を行う等、コードマークの形成に必要な工程を煩雑にするため好ましくなく、多すぎるとインクジェット記録ヘッドのノズルの目詰まりが起きやすくなるため好ましくない。従って、ATO微粒子の赤外吸収インク全量中における濃度は、好ましくは0.3重量%〜10重量%、より好ましくは0.3重量%〜7重量%、さらに好ましくは0.5重量%〜7重量%である。
【0017】
また、赤外吸収インクは水を含有する。水としては、脱イオン水を使用することが好ましい。水の含有割合は、併用する水溶性有機溶剤の種類、組成あるいは所期のインクの特性に依存して広い範囲で決定されるが、少なすぎるとインクの粘度が上昇するため吐出が困難となり、多すぎると水分蒸発によってATO微粒子や添加剤の析出及び/又は凝集等が生じてインクジェット記録ヘッドのノズルの目詰まりが起きやすくなるため、赤外吸収インク全量に対して好ましくは10重量%〜95重量%、より好ましくは10重量%〜80重量%、特に好ましくは20重量%〜80重量%である。
【0018】
赤外吸収インクは、さらに、インクジェット記録用インクに一般的に使用される湿潤剤及び浸透剤等の水溶性有機溶剤を含有することが好ましい。
【0019】
湿潤剤は、インクジェット記録ヘッドのノズルの目詰まりを防止するためにインクに添加されるものである。このような湿潤剤としては、例えば、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール等の水溶性グリコール類が挙げられる。
【0020】
湿潤剤の赤外吸収インク中における含有割合は、少なすぎるとインクジェット記録ヘッドのノズルの目詰まりを防止するために不充分であり、多すぎるとインクの粘度が上昇し、吐出が困難となるので、赤外吸収インク全量に対して好ましくは5重量%〜50重量%、より好ましくは10重量%〜40重量%、特に好ましくは15重量%〜35重量%である。
【0021】
浸透剤は、印字した際、インクを被記録材内部に浸透させ易くするため及びインクの表面張力を調整するためのものである。浸透剤としては、例えば、エチレングリコール系及びプロピレングリコール系のアルキルエーテルに代表されるグリコールエーテル等が挙げられる。エチレングリコール系アルキルエーテルとしては、エチレングリコールメチルエーテル、エチレングリコール−n−エチルエーテル、エチレングリコール−n−プロピルエーテル、エチレングリコール−n−ブチルエーテル、エチレングリコールイソブチルエーテル、ジエチレングリコールメチルエーテル、ジエチレングリコール−n−エチルエーテル、ジエチレングリコール−n−プロピルエーテル、ジエチレングリコール−n−ブチルエーテル、ジエチレングリコールイソブチルエーテル、トリエチレングリコールメチルエーテル、トリエチレングリコール−n−エチルエーテル、トリエチレングリコール−n−プロピルエーテル、トリエチレングリコール−n−ブチルエーテル及びトリエチレングリコールイソブチルエーテル等が挙げられる。プロピレングリコール系アルキルエーテルとしては、プロピレングリコールメチルエーテル、プロピレングリコール−n−エチルエーテル、プロピレングリコール−n−プロピルエーテル、プロピレングリコール−n−ブチルエーテル、ジプロピレングリコールメチルエーテル、ジプロピレングリコール−n−エチルエーテル、ジプロピレングリコール−n−プロピルエーテル、ジプロピレングリコール−n−ブチルエーテル、トリプロピレングリコールメチルエーテル、トリプロピレングリコール−n−エチルエーテル、トリプロピレングリコール−n−プロピルエーテル及びトリプロピレングリコール−n−ブチルエーテル等が挙げられる。
【0022】
浸透剤の赤外吸収インク中における含有割合は、少なすぎると浸透性が不充分となり、多すぎると過剰な浸透性によってフェザリング等のにじみを生じやすくなるので、好ましくは赤外吸収インク全量に対して好ましくは0.5重量%〜10重量%、より好ましくは0.5重量%〜7重量%である。
【0023】
また、赤外吸収インクには湿潤剤及び浸透剤に加え、インクジェット記録ヘッドのノズル先端部におけるインクの乾燥を防止したり、印字濃度を高くしたり、鮮やかな発色をさせたりする等の別目的で、さらに他の水溶性有機溶剤を含有することができる。これら水溶性有機溶剤としては、メチルアルコール、エチルアルコール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコール等の低級アルコール;ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド;アセトン、ジアセトンアルコール等のケトン又はケトアルコール;テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル;グリセリン;2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン等のピロリドン;1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等が挙げられる。
【0024】
また、赤外吸収インクは、表面張力の調整のため、各種界面活性剤を含有することができる。界面活性剤としては、高級アルコール硫酸エステル塩類、液体脂肪油硫酸エステル塩類及びアルキルアリルスルホン酸塩類等の陰イオン界面活性剤;ポリオキシエチレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレンアルキルエステル類、ソルビタンアルキルエステル類及びポリオキシエチレンソルビタンアルキルエステル類等の非イオン性界面活性剤が挙げられる。
【0025】
なお、赤外吸収インクは、後述するような可視光領域に吸収を持つ着色剤を含有してもよいが、着色剤を含有しない無色透明なインクであることが好ましい。これにより、目視では認識できないが赤外領域における分光学測定によりはじめて認識できる画像を形成し、セキュリティー性を向上させることができる。
【0026】
本発明の水系インクジェット記録用インクセットを構成する赤外吸収インクは、上述したATO微粒子と、水等の溶媒を常法により均一に混合分散させることにより製造することができる。
【0027】
一方、本発明の水系インクジェット記録用インクセットを構成する有色インクで使用する着色剤としては、水溶性染料、顔料又は両者の混合物から選択することができる。そのような有色インクで記録された画像は、可視光領域では着色剤に由来する吸収スペクトルを呈するものであるが、好ましくは赤外領域では吸収を示さないものである。これにより有色インクによる画像と赤外吸収インクによる画像との峻別が容易になる。
【0028】
有色インクに使用し得る水溶性染料としては、従来のインクジェットインクにおいて、鮮明性、水溶性、安定性、耐光性、耐オゾン性及びその他の要求される性能を満たすものとして認められているものを使用することができる。染料の種類としては、直接染料、酸性染料、塩基性染料及び反応性染料等が挙げられる。染料の構造で分類すれば、アゾ染料、金属錯塩染料、ナフトール染料、アントラキノン染料、インジゴ染料、カーボニウム染料、キノンイミン染料、キサンテン染料、アニリン染料、キノリン染料、ニトロ染料、ニトロソ染料、ベンゾキノン染料、ナフトキノン染料、フタロシアニン染料及び金属フタロシアニン染料等が挙げられる。
【0029】
好ましい水溶性染料の具体例としては、C.I.ダイレクトブラック17、19、32、51、71、108、146、154及び168等;C.I.ダイレクトイエロー12、24、26、27、28、33、39、58、86、98、100、132及び142等;C.I.ダイレクトレッド4、17、28、37、63、75、79、80、83、99、220、224及び227等;C.I.ダイレクトバイオレット47、48、51、90及び94等;C.I.ダイレクトブルー1、6、8、15、25、22、25、71、76、80、86、90、106、108、123、163、165、199及び226等;C.I.アシッドブラック2、7、24、26、31、52、63、112及び118等;C.I.アシッドイエロー3、11、17、19、23、25、29、38、42、49、59、61、71及び72等;C.I.アシッドレッド1、6、8、17、18、32、35、37、42、51、52、57、80、85、87、92、94、115、119、131、133、134、154、181、186、249、254、256、289、315、317及び407等;C.I.アシッドバイオレット10、34、49及び75等;C.I.アシッドブルー9、22、29、40、59、62、93、102、104、113、117、120、167、175、183、229及び234等;C.I.ベーシックブラック2等;C.I.ベーシックイエロー40等;C.I.ベーシックレッド1、2、9、12、13、14及び37等;C.I.ベーシックバイオレット7、14及び27等;C.I.ベーシックブルー1、3、5、7、9、24、25、26、28及び29等;C.I.リアクティブイエロー2、3、13及び15等;C.I.リアクティブレッド4、23、24、31、56及び180等;C.I.リアクティブブルー7、13及び21等が挙げられる。
【0030】
有色インクにおいて、水溶性染料を使用する場合、その含有割合は、所期の印字濃度及び色彩により異なるが、少なすぎると被記録媒体上での発色が不充分となり、多すぎるとインクジェット記録ヘッドのノズルの目詰まりが起きやすくなるので、有色インク全量に対して好ましくは0.1重量%〜10重量%、より好ましくは0.3重量%〜10重量%、特に好ましくは0.5重量%〜7重量%の範囲である。
【0031】
また、好ましい顔料としては、赤外線を透過させる顔料が好ましい。イエロー系顔料としては、例えば、C.I.ピグメントイエロー3、13、74、83及び154等が挙げられる。マゼンタ系顔料としては、例えば、C.I.ピグメントレッド5、48、112、122、177、202及び207等が挙げられる。シアン系顔料としては、例えば、C.I.ピグメントブルー15、15:3、15:4、16及び60等が挙げられる。
【0032】
有色インクにおいて、顔料を使用する場合、その含有量は、少なすぎると被記録媒体上での発色が不充分となり、多すぎるとインクジェット記録ヘッドのノズルの目詰まりが起きやすくなるので、有色インク全量に対して、好ましくは1重量%〜10重量%、より好ましくは1重量%〜7重量%である。
【0033】
また、顔料の粒子径としては、ATO微粒子の場合と同様の理由で、好ましくは5nm〜800nmである。さらに上限については、より好ましくは200nm以下、特に好ましくは150nm以下である。また、下限については、好ましくは10nm以上、より好ましくは20nm以上であり、さらに好ましくは50nm以上である。
【0034】
本発明の水系インクジェット記録用インクセットを構成する有色インクは水を含有する。水としては脱イオン水を使用することが好ましい。なお、水の含有割合は、先に説明した赤外吸収インクの場合と同様の理由で、有色インク全量に対して好ましくは10重量%〜95重量%、より好ましくは10重量%〜80重量%、特に好ましくは20重量%〜80重量%である。
【0035】
有色インクは、さらに、インクジェット記録用インクに一般的に使用される湿潤剤及び浸透剤等の水溶性有機溶剤を含有することが好ましい。湿潤剤及び浸透剤については、赤外吸収インクの場合に説明したものを使用することができる。また、湿潤剤の有色インク中における含有割合は、赤外吸収インクの場合と同様の理由で、有色インク全量に対して好ましくは5重量%〜50重量%、より好ましくは10重量%〜40重量%、特に好ましくは15重量%〜35重量%である。浸透剤の有色インク中における含有割合は、赤外吸収インクの場合と同様の理由で、有色インク全量に対して好ましくは0.5重量%〜10重量%、より好ましくは0.5重量%〜7重量%である。
【0036】
また、有色インクには湿潤剤及び浸透剤に加え、赤外吸収インクの場合と同様に、インクジェット記録ヘッドのノズル先端部におけるインクの乾燥を防止したり、印字濃度を高くしたり、鮮やかな発色をさせたりする等の別目的で、さらに他の水溶性有機溶剤を含むことができる。また、有色インクの表面張力の調整のため、各種界面活性剤を含有することもできる。
【0037】
本発明の水系インクジェット記録用インクセットを構成する有色インクは、上述した着色剤と、水等の溶媒を常法により均一に混合分散させることにより製造することができる。
【0038】
以上説明した赤外吸収インクと有色インクとをセット化することにより本発明の水系インクジェット記録用インクセットを製造することができる。セット化の具体的態様としては、インクカートリッジに充填してインクセットとする態様を例示することができる。
【0039】
以上説明した本発明の水系インクジェット記録用インクセットは、以下に説明するインクジェット記録方法に好ましく適用することができる。即ち、このインクジェット記録方法は、互いに異なる複数のインクから構成されるインクジェット記録用インクセットの当該インクを、被記録媒体に対して吐出させ付着させることにより画像を記録するインクジェット記録方法であって、前記インクジェット記録用インクセットとして、アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとを有する水系インクジェット記録用インクセットを使用し、少なくとも前記赤外吸収インクを被記録媒体に対して吐出させ付着させて赤外吸収能を有する画像を記録することを特徴とするインクジェット記録方法である。
【0040】
このインクジェット記録方法は、インクセットとして本発明の水系インクジェット記録用インクセットを使用し、且つ少なくとも赤外吸収インクで赤外吸収能を有する画像を記録する以外は、従来のインクジェット記録方法と同様の構成を取ることができる。従って、被記録媒体として、従来のインクジェット記録に用いる被記録媒体を使用することができ、例えば、両面又は片面に水性インクジェットインクを受容できるインク受容層が形成された記録紙を使用することができる。
【0041】
なお、このインクジェット記録方法の好ましい態様としては、赤外吸収インクで非可視画像を記録し、有色インクで可視画像を記録する際に、図1に示すように、それぞれの非可視画像1と可視画像2とが、被記録媒体上で全く重ならないように両画像を記録する態様が挙げられる。この態様の場合には、目視によって非可視画像がどの部分に記録されているかを確認できず、また可視画像がダミー画像として機能するため、より高度なセキュリティーを実現できるという効果が得られる。
【0042】
また、このインクジェット記録方法の別の好ましい態様としてはそれぞれの画像の少なくとも一部が互いに被記録媒体上で重なるように、両画像を記録する態様が挙げられる。この場合、図2に示すように両方の画像が完全に重なる態様と、図3に示すように一部のみが重なる態様が挙げられる。図2の態様の場合には、様々な色彩のセキュリティーコードを煩雑な印刷工程を行うことなく記録できる効果、及び/又は赤外吸収性のない可視画像をダミーとして記録しておくことによって、赤外吸収性を有する可視画像の位置の判別が容易でなくなるため、さらに高度なセキュリティー性が得られるという効果が得られる。図3の態様の場合には、可視画像と非可視画像の重複部分を精密に調整することができるため、該重複部分を詳細に読み取ることによって、さらに高度なセキュリティー性が得られるという効果が得られる。
【0043】
また、本発明の水系インクジェット記録用インクセット及びインクジェット記録方法は、水系インクジェット記録用インクセットの当該各インクを収納するインクセット収納部、前記水系インクジェット記録用インクセットの各インクを液滴として吐出させるための吐出機構を備えるインクジェット記録装置に好ましく適用することができる。このインクジェット記録装置も、インクとして本発明の水系インクジェット記録用インクセットを使用すること以外は、従来のインクジェット記録装置と同様の構成を取ることができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例及び比較例により本発明を具体的に説明する。これらの実施例及び比較例においては、ATO微粒子を含有する赤外吸収インクと、それぞれ可視領域に吸収をもつブラックインク、イエローインク、マゼンタインク及びシアンインクとからなる水系インクジェット記録用インクセットを調製した後にインクカートリッジに充填し、そのインクカートリッジをブラザー工業(株)製インクジェットプリンタ搭載デジタル複合機(DCP−115)にセットし、各インクをインクジェット記録方法によりブラザー専用A4インクジェット紙(BP60MA)に吐出することでインクジェット記録を行い、インクジェット記録紙に形成された記録領域の赤外領域における反射スペクトルを測定した。以下に、詳しく説明する。
【0045】
(1)インクの調製
以下に示す方法により、各インクを調製した。調製後の各インク全量における各組成(重量%)は表1、表2に示した通りである。また、使用したATO微粒子の二次粒子の平均粒子径は、ATO微粒子分散体(SN−100D、石原産業(株)製)をイオン交換水により1500倍に希釈して得た希釈液について、粒度分布を(株)堀場製作所製動的光散乱式粒度分布計(LB−500)で測定し得られた数値である。
【0046】
a)赤外吸収インク1
水(イオン交換水):54.3重量部、グリセリン:26.0重量部、ジプロピレングリコール−n−プロピルエーテル:3.0重量部を混合してインク溶媒83.3重量部を調製した。さらに、調製したインク溶媒83.3重量部を撹拌中のATO微粒子分散体(SN−100D、石原産業(株)製;二次粒子の平均粒子径128nm、固形分30重量%):16.7重量部に徐々に加え、30分間撹拌した後に、孔径1μmのメンブランフィルターにて濾過し、赤外吸収インク1を調製した。ここで、赤外吸収インク1中におけるATO微粒子の配合量は5重量%であった。
【0047】
b) 赤外吸収インク2
水(イオン交換水):60.0重量部、グリセリン:27.0重量部、ジプロピレングリコール−n−プロピルエーテル:3.0重量部を混合してインク溶媒90.0重量部を調製した。さらに、調製したインク溶媒90.0重量部を撹拌中のATO微粒子分散体(SN−100D、石原産業(株)製;二次粒子の平均粒子径128nm、固形分30重量%):10.0重量部に徐々に加え、30分間撹拌した後に、孔径1μmのメンブランフィルターにて濾過し、赤外吸収インク2を調製した。ここで、赤外吸収インク2中におけるATO微粒子の配合量は3重量%であった。
【0048】
c)赤外吸収インク3
水(イオン交換水):65.7重量部、グリセリン:28.0重量部、ジプロピレングリコール−n−プロピルエーテル:3.0重量部を混合してインク溶媒96.7重量部を調製した。さらに、調製したインク溶媒96.7重量部を撹拌中のATO微粒子分散体(SN−100D、石原産業(株)製;二次粒子の平均粒子径128nm、固形分30重量%):3.3重量部に徐々に加え、30分間撹拌した後に、孔径1μmのメンブランフィルターにて濾過し、赤外吸収インク3を調製した。ここで、赤外吸収インク3中におけるATO微粒子の配合量は1重量%であった。
【0049】
d)赤外吸収インク4
水(イオン交換水):66.3重量部、グリセリン:29.0重量部、ジプロピレングリコール−n−プロピルエーテル:3.0重量部を混合してインク溶媒98.3重量部を調製した。さらに、調製したインク溶媒98.3重量部を撹拌中のATO微粒子分散体(SN−100D、石原産業(株)製;二次粒子の平均粒子径128nm、固形分30重量%):1.7重量部に徐々に加え、30分間撹拌した後に、孔径1μmのメンブランフィルターにて濾過し、赤外吸収インク4を調製した。ここで、赤外吸収インク4中におけるATO微粒子の配合量は0.5重量%であった。
【0050】
e)赤外吸収インク5
水(イオン交換水):66.7重量部、グリセリン:30.0重量部、ジプロピレングリコール−n−プロピルエーテル:3.0重量部を混合してインク溶媒99.7重量部を調製した。さらに、調製したインク溶媒99.7重量部を撹拌中のATO微粒子分散体(SN−100D、石原産業(株)製;二次粒子の平均粒子径128nm、固形分30重量%):0.3重量部に徐々に加え、30分間撹拌した後に、孔径1μmのメンブランフィルターにて濾過し、赤外吸収インク5を調製した。ここで、赤外吸収インク5中におけるATO微粒子の配合量は0.1重量%であった。
【0051】
f)有色インク1
C.I.ダイレクトブラック154:3.0重量部、水(イオン交換水):68.0重量部、グリセリン:26.0重量部、ジプロピレングリコール−n−プロピルエーテル:3.0重量部を混合して、さらに30分間撹拌を続けた後に、孔径1μmのメンブランフィルターにて濾過し、有色インク1(ブラック染料インク)を調製した。
【0052】
g)有色インク2
インク組成を表2に示した通りに変更した以外は、有色インク1の場合と同様にして有色インク2(イエロー染料インク)を調製した。
【0053】
h)有色インク3
インク組成を表2に示した通りに変更した以外は、有色インク1の場合と同様にして有色インク3(マゼンタ染料インク)を調製した。
【0054】
i)有色インク4
インク組成を表1に示した通りに変更した以外は、有色インク1の場合と同様にして有色インク4(シアン染料インク)を調製した。
【0055】
j)有色インク5
C.I.ピグメントイエロー74:15.0重量部、ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸アンモニウム:5.0重量部、グリセリン:15.0重量部、水(イオン交換水):65.0重量部を混合した後、直径0.3mmのジルコニアビーズを媒体とした湿式サンドミルにて分散処理を行い、イエロー顔料分散体を得た。
【0056】
さらに、水(イオン交換水):54.0重量部、グリセリン:24.0重量部、ジプロピレングリコール−n−プロピルエーテル:2.0重量部を混合してインク溶媒80.0重量部を調製し、調製したインク溶媒80.0重量部を撹拌中のイエロー顔料分散体:20重量部に徐々に加え、さらに、30分間撹拌した後に、孔径1μmのメンブランフィルターにて濾過し、有色インク5(イエロー顔料インク)を調製した。
【0057】
k)有色インク6
インク組成を表2に示した通りに変更した以外は、有色インク5の場合と同様にして有色インク6(マゼンタ顔料インク)を調製した。
【0058】
l)有色インク7
インク組成を表2に示した通りに変更した以外は、有色インク5の場合と同様にして有色インク7(シアン顔料インク)を調製した。
【0059】
【表1】
















【0060】
【表2】

【0061】
(2)記録物の赤外反射スペクトルの測定と赤外吸収能の評価
上述のように調製した赤外吸収インクと有色インクとを、表3に示すようにセット化して所定のインクカートリッジに充填し、そのインクカートリッジをブラザー工業(株)製インクジェットプリンタ搭載デジタル複合機(DCP−115)にセットした。なお、表3の実験No.1〜5は、赤外吸収インク単独の例であり、実験No.6〜40は赤外吸収インクと有色インクがセットになった本発明の水系インクジェット記録用インクセットの例であり、実験No.41〜47は、有色インクのみを使用した例である。ブラザー専用A4インクジェット紙(BP60MA)に対し、まず赤外吸収インクで矩形のベタ印刷画像を記録し、続いてそのベタ印刷画像に重なるように有色インクの矩形のベタ印刷画像を記録した。前記被記録媒体の反射率を基準としたときの記録物の反射スペクトルを(株)島津製作所製分光光度計(UV−3100PC)により、波長380〜2000nmの領域において測定した。記録物の赤外吸収能は、波長900nm、1400nm、2000nmにおける反射率を以下の評価基準に従って評価した。得られた結果を表3に示す。
【0062】
<赤外吸収能評価基準>
AA:反射率が60%未満 (充分に赤外吸収能を確認できた)
A:反射率が60%以上75%未満 (充分に赤外吸収能を確認できた)
B:反射率が75%以上90%未満 (赤外吸収能を確認できた)
C:反射率が90%以上95%未満 (吸収は小さいが赤外吸収能を確認できた)
D:反射率が95%以上 (赤外吸収能を確認できなかった)







【0063】
【表3】




【0064】
(3)評価結果
表3からわかるように、赤外吸収インクを使用しない実験No.41〜47の記録物の場合、波長900nm、1400nm、2000nmのいずれに対しても赤外吸収評価がDであった。
【0065】
一方、ATO微粒子を含有する赤外吸収インクと有色インクとから構成される水系インクジェット記録用インクセットを使用した実験No.6〜40の記録物の場合、赤外吸収インク中のATO微粒子の含有量が0.1重量%のときの900nmと1400nmに対する赤外吸収能評価、0.5重量%のときの900nmに対する赤外吸収能評価及び1.0重量%のときの900nmに対する赤外吸収能評価の一部がDであったが、残りの赤外吸収能評価は悪くてもCとなっており、特にATO微粒子の含有量が3.0重量%のときの900nmに対する赤外吸収能評価および、5.0重量%のときの1400nmと2000nmに対する赤外吸収能評価はAAであり、非常に優れたものであった。
【0066】
なお、赤外吸収インクのみを使用した実験No.1〜5の記録物の場合、本発明の水系インクジェット記録用インクセットを使用した場合と同様の赤外吸収能評価結果であったことから、有色インクが赤外吸収インクの特性を阻害しないことが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
以上説明したように、ATO微粒子を含有する本発明の水系インクジェット記録用赤外吸収インクは、記録物に対し赤外吸収能を付与することができる。従って、その記録物は、近赤外領域において長波長領域の電磁波に対する吸光度が高くなるATO独特の反射(透過)スペクトルを示すことから、他の赤外吸収材料を用いたセキュリティー印刷物とも識別が可能である。また、ATO微粒子は可視領域にほとんど吸収を持たないため、記録画像の色調は保持される。よって、本発明の水系インクジェット記録用赤外吸収インク、それを用いるインクジェット記録方法及びインクジェット記録装置は、インクジェット記録の実使用に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】ATO微粒子を含有する赤外吸収インクを有する水系インクジェット記録用インクセットを使用して得た記録物の一例である。
【図2】ATO微粒子を含有する赤外吸収インクを有する水系インクジェット記録用インクセットを使用して得た記録物の別例である。
【図3】ATO微粒子を含有する赤外吸収インクを有する水系インクジェット記録用インクセットを使用して得た記録物の別例である。
【符号の説明】
【0069】
1 非可視画像
2 可視画像

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとを有する水系インクジェット記録用インクセット。
【請求項2】
前記赤外吸収インク中のアンチモン・錫複合酸化物微粒子の含有量が、0.3重量%〜10重量%である請求項1記載の水系インクジェット記録用インクセット。
【請求項3】
互いに異なる複数のインクから構成されるインクジェット記録用インクセットの当該インクを、被記録媒体に対して吐出させ付着させることにより画像を記録するインクジェット記録方法において、前記インクジェット記録用インクセットとして、アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとを有する水系インクジェット記録用インクセットを使用し、少なくとも前記赤外吸収インクを被記録媒体に対して吐出させ、付着させて赤外吸収能を有する画像を記録することを特徴とするインクジェット記録方法。
【請求項4】
前記赤外吸収インクで非可視画像を記録し、前記有色インクで可視画像を記録する際に、それぞれの画像の少なくとも一部が互いに被記録媒体上で重なるように、両画像を記録する請求項3記載のインクジェット記録方法。
【請求項5】
前記赤外吸収インクで非可視画像を記録し、前記有色インクで可視画像を記録する際に、それぞれの画像が被記録媒体上で重ならないように、両画像を記録する請求項3記載のインクジェット記録方法。
【請求項6】
アンチモン・錫複合酸化物微粒子及び水を含有する赤外吸収インクと、着色剤及び水を含有する有色インクとを有する水系インクジェット記録用インクセットの当該各インクを収納するインクセット収納部、前記水系インクジェット記録用インクセットの各インクを液滴として吐出させるための吐出機構を備えることを特徴とするインクジェット記録装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−114323(P2009−114323A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−288776(P2007−288776)
【出願日】平成19年11月6日(2007.11.6)
【出願人】(000005267)ブラザー工業株式会社 (13,856)
【Fターム(参考)】