説明

インサートチップ,プラズマトーチおよびプラズマ加工装置

【課題】 プラズマトーチのプラズマの安定性を高くするインサートチップを提供。プラズマの安定性が高いプラズマトーチおよびプラズマ加工装置を提供。
【解決手段】 通し穴である中央孔5と、該中央孔5と平行に又はある傾斜角をもって該中央孔の中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチで分布する複数の電極配置空間1a,1bと、各電極配置空間に連通し、前記中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチで分布する複数のノズル4a,4bと、を備えるインサートチップ1。該インサートチップを用いる各種プラズマトーチおよびプラズマ加工装置。インサートチップは更に、中央口に連続して加工対象材に対向する先端面に開き中央口よりも大径の拡大口1d、を備え、ノズルは、前記先端面よりも内側で拡大口に開いている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマトーチのインサートチップ,該インサートチップを用いるプラズマトーチ、および、該プラズマトーチを用いるプラズマ加工装置、に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマトーチには、溶接,肉盛り,切断などの高熱加工の種類に応じて各種形態がある。特許文献1には、電極棒10の先端直下に側方からワイヤ16を送り込んで、電極棒先端の下方にある母材(加工対象材)を、プラズマ溶接,ホットワイヤ形態のプラズマ溶接,プラズマMIG溶接あるいはプラズマワイヤ肉盛をする方法が記載されている。特許文献2には、インサートチップ111の中央のワイヤ送通孔から下方の母材に垂直にワイヤ153を送り出し、該ワイヤの側方にワイヤと平行に配置された電極棒126によって、チップ111の下部の、該ワイヤ送通孔が開いたプラズマ孔113にプラズマを噴射してワイヤ先端を溶かすプラズマMIG溶接トーチが記載されている。特許文献3には、中心位置に電極棒を配置したインサートチップ1のプラズマノズルの下方に、側方からワイヤ3を送り込むホットワイヤ形態のプラズマ溶接方法およびプラズマワイヤ肉盛方法が記載されている。特許文献4には、インサートチップ33の中心位置に電極棒を配置したプラズマトーチのプラズマが形成したプールに向けて、該プラズマトーチの側方から消耗電極であるワイヤ39を送給するプラズマMIG溶接が記載されている。特許文献5には、インサートチップ9のプラズマ噴射ノズルの上方かつ中心に配置した有底筒状のプラズマ電極8の、中心穴である底穴と、その下方のノズルプラズマ噴射ノズルを通して下方の母材に垂直にワイヤを送給し、該ワイヤをプラズマ電極8が生成するプラズマで溶かすプラズマMIG溶接方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公昭39− 15267号公報
【特許文献2】特開昭52−138038号公報
【特許文献3】特開昭53− 31544号公報
【特許文献4】特表2006−519103号公報
【特許文献5】特開2008−229641号公報。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1〜4のいずれの溶接方法およびプラズマトーチも、1個の電極棒と一本のワイヤを用いて、該電極棒が母材との間に形成したプラズマ流に、電極棒/母材間の側方からワイヤを送給し、通電するので、ワイヤ電流で発生した磁束とプラズマ電流で発生する磁束との相互作用で磁気的アンバランスが発生する。すなわち、ワイヤよりも上側(インサートチップ側)とワイヤよりも下側(母材側)でプラズマアーク状態が異なり、ワイヤの上側のプラズマはワイヤから離れる方向にアーク力を受け、ワイヤの下側のプラズマはワイヤに近づく方向にアーク力を受ける。ワイヤ先端の溶融の動揺に伴い、母材に対するプラズマの作用位置が動揺するので、プラズマアークが不安定である。特許文献5では、有底筒状のプラズマ電極8の底穴の円周エツジにアークが集中し、集中点が周方向に移動するので、やはりプラズマが動揺し、プラズマ電極8の底穴の円周エツジ及びインサートチップ9のノズル縁の損耗および溶融ワイヤのプラズマ電極8やプラズマノズル9への付着が激しく、長時間安定した溶接作業を維持できない。
【0005】
本発明は、プラズマアークと同軸中央部へ溶材を供給することで高能率で作業性が良く、ワイヤに通電する方法においても、磁気吹きによるアーク乱れを発生しない安定性が高いインサートチップを提供することを第1の目的とし、プラズマの安定性が高いプラズマトーチおよびプラズマ加工装置を提供することを第2の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)通し穴である中央孔(5)と、該中央孔(5)と平行に又はある傾斜角をもって該中央孔の中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチで分布する複数の電極配置空間(1a,1b)と、各電極配置空間(1a,1b)に連通し、前記中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチで分布する複数のノズル(4a,4b)と、を備えるインサートチップ(1)。
【0007】
なお、理解を容易にするために括弧内には、図面に示し後述する実施例の対応要素又は相当要素の記号を、例示として参考までに付記した。以下も同様である。
【発明の効果】
【0008】
これによれば、各ノズル(4a,4b:図5)を通って、電極配置空間(1a,1b)に挿入された各電極(2a,2b)と加工対象材(16)との間を流れる各アーク電流には、それぞれが誘起する磁束Ma,Mbの上部分は互いに打ち消すので、下部分が作用してフレミングの左手の法則で表される上向きの力が作用し、アーク同士が互いに引き合って、上方に多少曲がった形で対称形となる。しかもノズル(4a,4b)の、中央孔(5)の中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチの分布により、各力が同じく中央孔(5)の中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチで分布するので、プラズマの安定性が高い。すなわち、磁気吹きによるアークのふらつきを生じない。加工対象材(16)の近傍では、各アーク電流が同一方向の加算となり、合成磁束Mcを誘起するので、アークを絞る磁気的ピンチ力が強く、加工対象材(16)に対する熱収束効果(エネルギー密度)が高く、しかも作用位置がふらつくことが無い。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の第1実施例のプラズマトーチの、縦断面図である。
【図2】(a)は図1のプラズマトーチのみを示す縦断面図、(b)はプラズマ噴射端部側から見た底面図である。
【図3】図1に示すインサートチップ1を拡大して示し、(a)は正面図、(b)は(c)上の2b−2b線での縦断面図、(c)は底面図である。
【図4】図1に示すプラズマトーチの、冷却水路9w,パイロットガス路9pおよびシールドガス路9sを示し、(a)は冷却水路9wを示す縦断面図、(b)はパイロットガス路9pを示す縦断面図であって(c)上の4b−4b線の縦断面図、(c)は(b)上の4c−4c線の横断面図、(d)はシールドガス路9sを示す縦断面図であって(e)上の4d−4d線の縦断面図、(e)は(d)上の4e−4e線の横断面図である。
【図5】図3の(b)相当の、インサートチップ1の拡大縦断面図であり、第1電極2aと第2電極2bが発生する各アークによって誘起される各磁束MaとMb、および、合成磁束Mcを示す。
【図6】本発明の第2実施例のプラズマトーチの、縦断面図である。
【図7】本発明の第3実施例のプラズマトーチの、縦断面図である。
【図8】本発明の第4実施例のプラズマトーチの、縦断面図である。
【図9】本発明の第5実施例のプラズマトーチの、縦断面図である。
【図10】本発明の第6実施例のプラズマトーチの、縦断面図である。
【図11】本発明の第7実施例のプラズマトーチの、縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(2)インサートチップ(1)は更に、前記中央口(5)に連続して加工対象材(16)に対向する先端面に開き前記中央口(5)よりも大径の拡大口(1d)、を備え、前記ノズル(4a,4b)は、前記先端面よりも内側で前記拡大口(1d)に開いた、上記(1)に記載のインサートチップ(1)。これによれば、電極配置空間(1a,1b)に挿入された各電極(2a,2b)と加工対象材(16)との間を流れる各アーク電流が、インサートチップの先端面(拡大口1dの母材対向開口)の前後で合流するので、プラズマアーク同士は最短に近い距離で合流できるため、互いの磁気干渉によるアーク曲がり変化を小さくでき、安定したアークで、加工精度が向上する。
【0011】
(3)上記(1)又は(2)に記載のインサートチップ(1)と、該インサートチップ(1)の前記中央孔(5)にワイヤ(15)を案内するワイヤガイド(13,6)と、前記インサートチップ(1)の各電極配置空間(1a,1b)に先端部を挿入した複数の電極(2a,2b)と、前記インサートチップ(1)を冷却するための冷却水流路(9w)と、各電極配置空間(1a,1b)にパイロットガスを供給するためのパイロットガス流路(9p)と、を備えるプラズマトーチ(図2)。
【0012】
(4)上記(3)に記載のプラズマトーチと、前記複数の電極(2a,2b)と加工対象材(16)の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源(17,18)と、を備えるプラズマ溶接装置(図1)。
【0013】
(5)更に、前記ワイヤ(15)と加工対象材(16)との間に、ワイヤ側が負で加工対象材側が正の電流を流すホットワイヤ電源(21)を備える、上記(4)に記載の、ホットワイヤ形態のプラズマ溶接装置(図6)。
【0014】
(6)上記(3)に記載のプラズマトーチと、前記複数の電極(2a,2b)と加工対象材(16)の間に、電極側が正で加工対象材側が負のプラズマアーク電流を流す電源(17,18)と、前記ワイヤ(15)と加工対象材(16)との間に、ワイヤ側が正で加工対象材側が負の電流を流すMIG溶接電源(22)を備える、プラズマMIG溶接装置(図7)。
【0015】
(7)上記(3)に記載のプラズマトーチと、前記複数の電極(2a,2b)と加工対象材(16)の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源(17,18)と、前記ワイヤ(15)と各電極(2a,2b)との間に、ワイヤ側が正で電極側が負の電流を流すホットワイヤ電源(21a,21b)を備える、プラズマワイヤ肉盛装置(図8)。
【0016】
(8)上記(1)又は(2)に記載のインサートチップ(1)と、該インサートチップ(1)の前記中央孔(5)に粉体(23)を案内する粉体ガイド(6)と、前記インサートチップ(1)の各電極配置空間(1a,1b)に先端部を挿入した複数の電極(2a,2b)と、前記インサートチップ(1)を冷却するための冷却水流路(9w)と、各電極配置空間(1a,1b)にパイロットガスを供給するためのパイロットガス流路(9p)と、を備えるプラズマ粉体肉盛トーチ(図9)。
【0017】
(9)上記(8)に記載のプラズマ粉体肉盛トーチと、前記複数の電極(2a,2b)と加工対象材(16)の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源(17,18)と、前記粉体ガイド(6)に粉体を送給する手段(24,25)と、を備えるプラズマ粉体肉盛装置(図9)。
【0018】
(10)上記(1)又は(2)に記載のインサートチップ(1)と、該インサートチップ(1)の前記中央孔(5)にキーホールガス(26)を案内するガスガイド(6)と、前記インサートチップ(1)の各電極配置空間(1a,1b)に先端部を挿入した複数の電極(2a,2b)と、前記インサートチップ(1)を冷却するための冷却水流路(9w)と、各電極配置空間(1a,1b)にパイロットガスを供給するためのパイロットガス流路(9p)と、を備えるプラズマキーホール溶接トーチ(図10)。
【0019】
(11)上記(10)に記載のプラズマキーホール溶接トーチと、前記複数の電極(2a,2b)と加工対象材(16)の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源(17,18)と、を備えるプラズマキーホール溶接装置(図10)。
【0020】
(12)上記(1)又は(2)に記載のインサートチップ(1)と、該インサートチップ(1)の前記中央孔(5)に切断ガス(27)を案内するガスガイド(6)と、前記インサートチップ(1)の各電極配置空間(1a,1b)に先端部を挿入した複数の電極(2a,2b)と、前記インサートチップ(1)を冷却するための冷却水流路(9w)と、各電極配置空間(1a,1b)にパイロットガスを供給するためのパイロットガス流路(9p)と、を備えるプラズマ切断トーチ(図11)。
【0021】
(13)上記(12)に記載のプラズマ切断トーチと、前記複数の電極(2a,2b)と加工対象材(16)の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源(17,18)と、を備えるプラズマ切断装置(図11)。
【0022】
上記(3)〜(13)のいずれの態様においても、上記(1)の効果、すなわち上記「発明の効果」が得られる。
【0023】
本発明の他の目的および特徴は、図面を参照した以下の実施例の説明より明らかになろう。
【実施例】
【0024】
−第1実施例−
図1に、第1実施例であるプラズマ溶接装置を示し、図2の(a)には図1に示すプラズマトーチすなわち第1実施例のプラズマ溶接トーチのみを示し、図2の(b)にはトーチの先端面を示す。第1実施例のプラズマ溶接トーチは、プラズマ溶接を行う形態のものである。インサートチップ1は、インサートキャップ7を絶縁台9にねじ締めすることにより、絶縁台9に固定されている。シールドキャップ8はねじ締めにより絶縁台9に固定されている。2つ割でx方向に分離した第1電極11と第2電極12(図4の(c),(e))は、絶縁体の外ケース30の内部にある。第1電極11と第2電極12との間の空間を、絶縁本体14の中空円筒状のステムが通って、該ステムの先端部の、図示を省略した雄ねじが、絶縁台9の中心の、図示を省略した雌ねじ穴にねじこまれ、これにより、電極台11,12が縦方向に圧縮するように締め付けられて、絶縁台9,電極台11,12および絶縁本体14が一体に結合している。
【0025】
インサートチップ1の軸心に中央孔5があり、絶縁台9および絶縁本体14の軸心には、中央孔5と同軸のガイド穴(本実施例ではワイヤガイド穴)がある。インサートチップ1の中央孔5にはワイヤガイド6が挿入されており、絶縁本体14の軸心のガイド穴にもワイヤガイド13が挿入されている。絶縁本体14の頭部に挿入された溶接ワイヤ15は、ワイヤガイド13および6を通してインサートチップ1に送り込まれる。
【0026】
インサートチップ1には、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチである180度で分布し中央孔5と平行に位置する2個の電極配置空間1a,1bがあり、各電極配置空間に、絶縁台9を貫通し各電極台11,12にねじ10a,10bで固定された第1電極2a,第2電極2bの先端部が挿入されて、各電極配置空間の軸心位置に、センタリングストーン3で位置決めされている。インサートチップ1の、母材16に対向する先端面には、中央孔5と同心であるが、中央孔5よりも大径の拡大口1dがあり、各電極配置空間1a,1bにつながったノズル4(4a,4b)が、大径口1dに開いている。
【0027】
図3に、インサートチップ1を拡大して示す。本実施例のインサートチップ1には、通し穴である中央孔5と、該中央孔5に連続して母材16に対向する先端面に開いた中央孔5よりも大径の拡大口1dと、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に180度ピッチで分布する、中央孔5と平行に位置する2個の電極配置空間1a,1bと、各電極配置空間1a,1bに連通し拡大口1dに開いた、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に180度ピッチで分布する2個のノズル4a,4bと、を備え、しかも、ノズル4a,4bは、インサートチップ1の、母材16に対向する先端面よりも内側で、拡大口1dに開いている。
【0028】
なお、本実施例では、1対(2個)の電極2a,2bを装備するプラズマトーチのインサートチップであるが、3本又は4本など、複数の電極を用いるプラズマトーチのインサートチップでは、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に等角度度ピッチで分布する、中央孔5と平行に位置する複数の電極配置空間と、各電極配置空間に連通し拡大口1dに開いた、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチで分布する複数のノズルを備える。例えば3本の電極を備えるプラズマトーチのインサートチップは、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に120度ピッチで分布する、中央孔5と平行に位置する3個の電極配置空間と、各電極配置空間に連通し拡大口1dに開いた、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に120度ピッチで分布する3個のノズルを備える。また、4本の電極を備えるプラズマトーチのインサートチップは、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に90度ピッチで分布する、中央孔5と平行に位置する4個の電極配置空間と、各電極配置空間に連通し拡大口1dに開いた、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に90度ピッチで分布する4個のノズルを備える。
【0029】
また、拡大口1dは省略し、中央孔5およびノズルノズル4a,4bの下端開口をチップ1のフラットな下端面とすることができる。また、電極配置空間1a,1b(およびそこに装備する電極2a,2b)は、中央孔5と平行のみならず、中央孔5に対してある傾斜角を持つ斜め姿勢にすることも出来る。
【0030】
図4に、図2に示すプラズマトーチの、冷却水流路9w,パイロットガス流路9pおよびシールドガス流路9sを示す。冷却水は、図4の(a)に示す冷却水給水流路9wiを通って、インサートチップ1の外周面とインサートキャップ7の内周面との間の空間に入り、そこから冷却水排水流路9woを通ってトーチ外に出る。一方のパイロットガスは、図4の(b)および(c)に示すガス流路9paおよび電極挿入空間を通って電極配置空間1aに入り、電極先端部でプラズマとなってノズル4aを通りそして拡大口1dを通ってトーチの先端面から噴出する。他方のパイロットガスは、ガス流路9pbおよび電極挿入空間を通って電極配置空間1bに入り、電極先端部でプラズマとなってノズル4bを通りそして拡大口1dを通ってトーチの先端面から噴出する。シールドガスは、図4の(d)および(e)に示すシールドガス流路9sを通って、インサートキャップ7とシールドキャップ8との間の円筒状の空間に入り、そしてトーチの先端から噴出する。
【0031】
図1に示すように、電極2a,2bと母材16の間に、電極側が負で母材側が正のプラズマアーク電流を流すプラズマ電源17,18により、電極2a,2bにアークを発生すると、プラズマアーク電流が各電極2a,2bと母材16の間に流れて、1プール2アーク溶接が実現する。プラズマアーク19にワイヤ15が送給され、ワイヤ15に対して各電極2a,2bおよびノズル4(4a,4b)が対称に位置するので、ワイヤ15に対してプラズマが安定する。すなわち、図5を参照すると、電極配置空間1a,1bに挿入された各電極2a,2bと母材16との間を、各ノズル4a,4bを通って流れる各アーク電流には、それぞれが誘起する磁束Ma,Mbとの間に、フレミングの左手の法則で表される上向き(又は下向き:z)の力が作用し、同一方向であり、しかもノズル4a,4bの、中央孔5の中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチの分布により、各力が同じく中央孔5の中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチで分布するので、磁気的にバランスがとれ、プラズマの安定性が高い。つまり、磁気吹きによるアークのふらつきを生じない。母材16の近傍では、各アーク電流が同一方向の加算となり合成磁束Mcを誘起するので、アークを絞る磁気的ピンチ力が強く、母材16に対する熱収束効果(エネルギー密度)が高く、しかも作用位置がふらつくことが無い。尚かつ、ワイヤ15は、プラズマアーク19の上端部より入り、溶融プール20に至る迄の間アークより熱を受けることになり、有効な予熱効果として働き、ワイヤの溶着効率がアップし、高速溶接や高能率溶接ができる。従来の、側方からのワイヤ送給の場合は、ワイヤはプラズマアークに対してほぼ直角に入るため、プラズマアークに入った僅かな距離で溶融プールに熔け落ちるようにしなければならず、ほとんどワイヤの予熱効果は無い。このため溶着効率は低く、溶接速度も遅い。
【0032】
また第1実施例によれば、ワイヤが中央より挿入されるため、ワイヤの挿入方向性が無く、曲線溶接でもトーチを回転させる制御が不要である。従来は、ワイヤはトーチ進行方向より挿入することから、曲線溶接時には、トーチ又はワイヤを曲線に相対して回転制御する装置が必要であった。
【0033】
−第2実施例−
図6に、第2実施例である、ホットワイヤ形態のプラズマ溶接装置を示す。プラズマトーチは、第1実施例のものと同様な構造の、ホットワイヤ形態のプラズマ溶接トーチであり、インサートチップ1は、図3に示す第1実施例のものと同一構成である。本実施例では図6に示すように、電極2a,2bと母材16の間に、電極側が負で母材側が正のプラズマアーク電流を流すプラズマ電源17,18を備える。この点は第1実施例と同様であるが、更には、ワイヤ15と母材16との間に、ワイヤ側が負で母材側が正の電流を流すホットワイヤ電源21を備える。ホットワイヤ電源21からの電流は、トーチ内ガイド13をとおり、ガイド13先端部近傍よりワイヤに通電し、絶縁ガイド6内ではワイヤをジュール熱で加熱し、プラズマ19で、電極2a,2bよりのプラズマアークと合流し、母材16に流入する。このとき、ホットワイヤ電流のジュール熱がプラズマ領域内で最大になる(集中する)ので、溶接入熱量が多く、高溶着量,高能率溶接となり、高速溶接が可能である。しかも、ホットワイヤ電流と電極2a,2bよりのプラズマアーク電流とは対称および同軸であることから、磁気的バランスがとれ、磁気吹きによるアークのふらつきが発生しない。その他の機能および作用効果は、第1実施例と同様である。
【0034】
−第3実施例−
図7に、第3実施例である、プラズマMIG溶接装置を示す。プラズマトーチは、第1実施例のものと同様な構造のプラズマMIG溶接トーチであり、インサートチップ1も、図3に示す第1実施例のものと同一構成である。本実施例では図7に示すように、電極2a,2bと母材16の間に、第1実施例の場合とは逆に、電極側が正で母材側が負のプラズマアーク電流を流すプラズマ電源17,18を備える。更には、ワイヤ15と母材16との間に、ワイヤ側が正で母材側が負の溶接電流を流すMIG溶接電源(定電圧溶接電源)22を備える。シールドガスは、Ar又はAr+CO又はCO又はAr+Hである。このプラズマMIG溶接装置は、MIGの特徴である高能率,深溶込みの特性を持ち尚かつ、スパッタ無し溶接が可能である。さらにAr雰囲気で溶接が可能で、溶接金属中の酸化物の生成も極めて少なく、高重量高張力材に適する。また、アルミ溶接でのスタート部の溶着不良防止又は溶着不良の修復が可能である。その他の機能および作用効果は、第1実施例と同様である。
【0035】
−第4実施例−
図8に、第4実施例である、プラズマワイヤ肉盛装置を示す。プラズマトーチは、第1実施例のものと同様な構造のプラズマワイヤ肉盛りトーチであり、インサートチップ1も、図3に示す第1実施例のものと同一構成である。本実施例では図8に示すように、電極2a,2bと母材16の間に、電極側が負で母材側が正のプラズマアーク電流を流すプラズマ電源17,18と、ワイヤ15と各電極2a,2bとの間に、ワイヤ側が正で電極側が負の電流を流すホットワイヤ電源21a,21bを備える。ワイヤ15はホットワイヤ電源21a,21bからの電流のジュール熱で加熱されるが、母材16にはワイヤ電流が流れないので、母材16が溶ける量が少なく、低希釈の肉盛溶接ができる。母材16に垂直にワイヤ15が送り込まれるので、オシレート運動しながらの肉盛溶接でも方向性なく肉盛量が安定する。また、垂直面あるいは傾斜面に対する肉盛溶接も可能である。太径ワイヤを用いる高溶着を安定した肉盛量で行うこともできる。ホットワイヤ電流は、電極2a,2bよりノズル4a,4bを通り、ワイヤ15に流入するので、プラズマ電流と同様、トーチ軸心に対して対称となり、磁気的にバランスすることから、アークのふらつきや磁気吹き現象が発生しない安定した肉盛り溶接ができる。その他の機能および作用効果は、第1実施例と同様である。
【0036】
−第5実施例−
図9に、第5実施例である、プラズマ粉体肉盛装置を示す。プラズマトーチは、ワイヤガイドに代えて粉体ガイド6を装備したプラズマ粉体肉盛トーチである。その他の構造は、第1実施例のものと同様であり、インサートチップ1も、図3に示す第1実施例のものと同様な構成である。粉体ガイド6には、粉体送給機25が、粉体槽24にある粉体を定速度で送り込む。プラズマ電源17,18が、電極2a,2bと母材16の間に、電極側が負で母材側が正のプラズマアーク電流を流す。母材に対して粉体流を垂直に送給するので、側方からプラズマアークに粉体を送給する従来例よりも、粉体の歩留まりがよく、粉体がノズルに付着しにくく、また、トーチ内の粉体通路を太くでき、直線であることから、送給性の悪い切裁粉を使用することも出来る。母材16の真上で対称なプラズマアークが合流し衝突し合う為、母材16への下向きプラズマ流が弱くなるので、低希釈の粉体肉盛が可能である。その他の機能および作用効果は、第1実施例と同様である。
【0037】
−第6実施例−
図10に、第6実施例である、プラズマキーホール溶接装置を示す。プラズマトーチは、ワイヤガイドに代えてキーホールガスガイド6を装備したプラズマキーホール溶接トーチである。その他の構造は、第1実施例のものと同様であり、インサートチップ1も、図3に示す第1実施例のものと同様な構成である。第1実施例の場合と同様に、プラズマ電源17,18が、電極2a,2bと母材16の間に、電極側が負で母材側が正のプラズマアーク電流を流す。キーホールガスは、Ar又はHe又はAr+H又はAr+O又はAr+Heである。キーホールガスガイド6により、キーホール用小径高速ガス流を噴射することにより、厚板のキーホール溶接や低入熱深溶込み溶接をすることができる。キーホール用ガスは、電極2a,2bを通るパイロットガス(プラズマガス)とは別ルートの為、電極を酸化消耗させることがないので、キーホール用ガスに酸化性ガスを用いることができる。又、キーホール用ガス噴射孔は、プラズマ電流の大小に関係なく小径にできることから、キーホール穴も小さくでき、厚板溶接ができる。その他の機能および作用効果は、第1実施例と同様である。
【0038】
−第7実施例−
図11に、第7実施例であるプラズマ切断装置を示す。プラズマトーチは、ワイヤガイドに代えて切断ガスガイド6を装備したプラズマ切断トーチである。その他の構造は、第1実施例のものと同様であり、インサートチップ1も、図3に示す第1実施例のものと同様な構成である。第1実施例の場合と同様に、プラズマ電源17,18が、電極2a,2bと母材16の間に、電極側が負で母材側が正のプラズマアーク電流を流す。切断ガスは、Ar又はO又はN又はAr+Hである。切断ガスガイド6により、切断小径高速ガス流を噴射することにより、細幅切断をすることができる。電極2a,2bをタングステン電極とすれば、高価なハフニュウム電極を用いずとも、Oを切断ガスとする強力なプラズマ切断をすることができる。その他の機能および作用効果は、第1実施例と同様である。
【符号の説明】
【0039】
1:インサートチップ
1a,1b:電極配置空間
1d:拡大口
2(2a,2b):電極
2a:第1電極
2b:第2電極
3:センタリングストーン
4(4a,4b):ノズル
5:中央孔
6:ガイド
7:インサートキャップ
8:シールドキャップ
9:絶縁台
9w:冷却水路
9p:パイロットガス路
9s:シールドガス路
10(10a,10b):電極固定ねじ
11:第1電極台
12:第2電極台
13:ガイド
14:絶縁本体
15:ワイヤ
16:母材
17,18:電源
19:プラズマ
20:プール
Ma:第1アークの誘起磁束
Mb:第2アークの誘起磁束
Mc:合成磁束
21,21a,21b:ホットワイヤ電源
22:MIG溶接電源
24:粉体槽
25:粉体送給機
26:キーホールガス
27:切断ガス
30:外ケース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
通し穴である中央孔と、該中央孔と平行に又はある傾斜角をもって該中央孔の中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチで分布する複数の電極配置空間と、各電極配置空間に連通し、前記中心軸を中心とする円周上に等角度ピッチで分布する複数のノズルと、を備えるインサートチップ。
【請求項2】
インサートチップは更に、前記中央口に連続して加工対象材に対向する先端面に開き前記中央口よりも大径の拡大口、を備え、前記ノズルは、前記先端面よりも内側で前記拡大口に開いた、請求項1に記載のインサートチップ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のインサートチップと、該インサートチップの前記中央孔にワイヤを案内するワイヤガイドと、前記インサートチップの各電極配置空間に先端部を挿入した複数の電極と、前記インサートチップを冷却するための冷却水流路と、各電極配置空間にパイロットガスを供給するためのパイロットガス流路と、を備えるプラズマトーチ。
【請求項4】
請求項3に記載のプラズマトーチと、前記複数の電極と加工対象材の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源と、を備えるプラズマ溶接装置。
【請求項5】
更に、前記ワイヤと加工対象材との間に、ワイヤ側が負で加工対象材側が正の電流を流すホットワイヤ電源を備える、請求項4に記載の、ホットワイヤ形態のプラズマ溶接装置。
【請求項6】
請求項3に記載のプラズマトーチと、前記複数の電極と加工対象材の間に、電極側が正で加工対象材側が負のプラズマアーク電流を流す電源と、前記ワイヤと加工対象材との間に、ワイヤ側が正で加工対象材側が負の電流を流すMIG溶接電源を備える、プラズマMIG溶接装置。
【請求項7】
請求項3に記載のプラズマトーチと、前記複数の電極と加工対象材の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源と、前記ワイヤと各電極との間に、ワイヤ側が正で電極側が負の電流を流すホットワイヤ電源を備える、プラズマワイヤ肉盛装置。
【請求項8】
請求項1又は2に記載のインサートチップと、該インサートチップの前記中央孔に粉体を案内する粉体ガイドと、前記インサートチップの各電極配置空間に先端部を挿入した複数の電極と、前記インサートチップを冷却するための冷却水流路と、各電極配置空間にパイロットガスを供給するためのパイロットガス流路と、を備えるプラズマ粉体肉盛トーチ。
【請求項9】
請求項8に記載のプラズマ粉体肉盛トーチと、前記複数の電極と加工対象材の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源と、前記粉体ガイドに粉体を送給する手段と、を備えるプラズマ粉体肉盛装置。
【請求項10】
請求項1又は2に記載のインサートチップと、該インサートチップの前記中央孔にキーホールガスを案内するガスガイドと、前記インサートチップの各電極配置空間に先端部を挿入した複数の電極と、前記インサートチップを冷却するための冷却水流路と、各電極配置空間にパイロットガスを供給するためのパイロットガス流路と、を備えるプラズマキーホール溶接トーチ。
【請求項11】
請求項10に記載のプラズマキーホール溶接トーチと、前記複数の電極と加工対象材の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源と、を備えるプラズマキーホール溶接装置。
【請求項12】
請求項1又は2に記載のインサートチップと、該インサートチップの前記中央孔に切断ガスを案内するガスガイドと、前記インサートチップの各電極配置空間に先端部を挿入した複数の電極と、前記インサートチップを冷却するための冷却水流路と、各電極配置空間にパイロットガスを供給するためのパイロットガス流路と、を備えるプラズマ切断トーチ。
【請求項13】
請求項12に記載のプラズマ切断トーチと、前記複数の電極と加工対象材の間に、電極側が負で加工対象材側が正のプラズマアーク電流を流す電源と、を備えるプラズマ切断装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2011−31252(P2011−31252A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−177371(P2009−177371)
【出願日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】