説明

インスリン分泌促進剤

【課題】 肥満および動脈硬化の促進などの副作用を軽減し、またインスリン分泌能力を損なわないよう膵β細胞にできるだけ負担の少ないインスリン分泌促進剤の提供。
【解決手段】 PPARδ活性化作用を有する物質を有効成分として含有する、高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進剤は、抗肥満作用、動脈硬化の治療・予防に有用な血清コレステロール低下作用等およびインスリン抵抗性改善作用を合わせてもつ、上記課題を解決したインスリン分泌促進剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PPARδ活性化作用を有する物質を有効成分として含有することを特徴とする高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ペルオキシソーム増殖物質活性化受容体δ(peroxisome proliferator activated receptor δ;本明細書中、「PPARδ」とも言う)は、脂肪酸代謝に関与する核内受容体として知られているPPARのサブタイプのひとつで、その発現部位に組織特異性は見られず、普遍的に発現している。PPARδは、PPARβもしくはヒトの場合にはNUC−1とも称されるが、その生理的な機能の研究については、他のPPARのタイプであるPPARαおよびPPARγに比べて遅れており、最近になって、PPARδ活性化作用を有する物質(以下、「PPARδアゴニスト」ともいう)に関し、それらの薬理活性および医薬用途に関する知見が得られ、開示されている。
【0003】
例えば、PPARδアゴニストについて、1)血漿中のHDL量を増加させ、アテローム性冠状動脈硬化症の治療・予防に効果があること、また、HMG−CoA還元酵素阻害剤と併用することでアテローム性冠状動脈硬化症の治療・予防に効果があること(特許文献1: WO 97/28149参照)、2)糖尿病治療薬および抗肥満薬として有用であること(特許文献2: WO 97/28115参照)、3)血清コレステロール低下作用およびLDL−コレステロール低下作用があること(特許文献3: WO 99/04815参照)、4)HDL−コレステロール上昇作用、フィブリノーゲン低下作用、トリグリセリド低下作用およびインスリンレベル低下作用があること、また、異脂肪血症、X症候群(代謝症候群を含む)、心不全、高コレステロール血症、心血管疾患、II型真性糖尿病、I型糖尿病、インスリン抵抗性、高脂血症、肥満症等の予防・治療に有効であること(特許文献4: WO 01/00603参照)などが開示されている。また、PPARδアゴニストは、熱産生亢進作用、ミトコンドリアの脱共役呼吸亢進作用および脂肪酸β酸化亢進作用等を示し、抗糖尿病剤、抗肥満剤、内臓蓄積脂肪低減化剤および内臓脂肪蓄積抑制剤として有用であることが開示されている(特許文献5: WO 03/08967参照)。さらに、選択的なPPARδアゴニストとして知られているGW501516(化学名:2−{2−メチル−4−[({4−メチル−2−[4−(トリフルオロメチル)フェニル]−1,3−チアゾール−5−イル}メチル)チオ]フェノキシ}酢酸;特許文献4および非特許文献1: Oliverら、Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 98, 5306-5311, 2001 参照)について、高脂肪食誘起の肥満動物において肥満およびインスリン抵抗性の改善作用が認められること、遺伝的な肥満動物において血漿中のグルコースと血中インスリンレベルの低下作用により糖尿病の改善が認められることなどが報告されている(非特許文献2: Tanakaら、Proc. Natl. Acad. Sci., USA, vol. 100, 15924-15929, 2003参照)。
【0004】
PPARδアゴニストについては、上記したような薬理作用および医薬用途が知られているが、そのインスリンとの係わりでは、上記特許文献4および非特許文献2に開示のインスリン抵抗性改善作用および非高血糖状態の動物におけるインスリンレベル低下作用が開示されているのみで、インスリンの分泌に関する作用は全く知られていない。
一方、インスリンについては、血糖値の上昇に伴い膵β細胞から分泌されるホルモンで、筋肉および肝臓のタンパク質合成および脂肪組織での糖の取り込みと利用の促進などの作用を有することが知られている。
【0005】
インスリンが関係する代表的な疾患である糖尿病には、インスリン分泌が不全となったI型糖尿病と、インスリンに対する組織の感受性が低下したII型糖尿病があるが、現在使用されている糖尿病治療剤としては、インスリン製剤(例:ウシ、ブタの膵臓から抽出された動物インスリン製剤;大腸菌またはイーストを用い、遺伝子工学的に合成したヒトインスリン製剤等)、インスリン抵抗性改善剤(例:トログリタゾン、ピオグリタゾン、ロジグリタゾン等)、α−グルコシダーゼ阻害剤(例:ボグリボース、アルカボース、ミグリトール、エミグリテート等)、ビグアナイド剤(例:フェンホルミン、メトホルミン、ブホルミンなど)およびインスリン分泌促進剤[スルホニルウレア剤(例:トルブタミド、グリベンクラミド、グリクラジド、クロルプロパミド、トラザミド、アセトヘキサミド、グリクロピラミド、グルメピリド、グリピザイド、グリブゾール等)、レパグリニド、セナグリニド、ナテグリニド、ミチグリニド等]などがあげられる。
【0006】
上記糖尿病治療剤の中で、インスリン抵抗性改善剤は、血中インスリン値が高いにも拘わらず高血糖が続く患者に投与され、インスリンに対する末梢の組織の感受性を上昇させるために使用される。一方、インスリン分泌促進剤は、膵β細胞を刺激し、インスリン分泌を促進させる薬剤で、両者は作用点において明確に区別されるものである。
【0007】
【特許文献1】WO97/28149
【特許文献2】WO97/28115
【特許文献3】WO99/04815
【特許文献4】WO01/00603
【特許文献5】WO03/08967
【非特許文献1】Oliverら、Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 98, pp.5306-5311, 2001
【非特許文献2】Tanakaら、Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 100, pp.15924-15929, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
現在使用されているインスリン分泌促進剤は、上記したように種類も多く、最も繁用されている糖尿病治療剤であるが、低血糖の他に、肥満および動脈硬化の促進など深刻な副作用が見られており、これらの副作用を軽減し、またインスリン分泌能力を損なわないよう膵β細胞にできるだけ負担の少ないインスリン分泌促進剤の開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題解決のために種々の化合物について試験研究した結果、PPARδ活性化作用を有する物質が、膵β細胞に直接作用し、高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌を強力に促進することを見出し、さらに検討を続け本発明を完成した。
本発明は、
〔1〕PPARδ活性化作用を有する物質を有効成分として含有することを特徴とする高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進剤、
〔2〕PPARδ活性化作用を有する物質がPPARδアゴニストから選択されたものであることを特徴とする上記〔1〕記載の剤、
〔3〕PPARδ活性化作用を有する物質が2−{2−メチル−4−[({4−メチル−2−[4−(トリフルオロメチル)フェニル]−1,3−チアゾール−5−イル}メチル)チオ]フェノキシ}酢酸である上記〔1〕又は〔2〕記載の剤、
〔4〕PPARδ活性化作用を有する物質の有効量を投与して、高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌を促進せしめることを特徴とする高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進法、及び
〔5〕PPARδ活性化作用を測定し、PPARδ活性化作用を有する物質を選択することを特徴とする、高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進作用を有する物質の選択方法
に関する。
今回本発明者らが見出したPPARδアゴニストのインスリン分泌促進作用は、既に知られているPPARδアゴニストのインスリン抵抗性改善作用とは、前記したように作用点が明確に異なる全く別の薬理作用である。また、既に知られているPPARδアゴニストのインスリンレベル低下作用とは、特許文献4および非特許文献2に開示されているように非高血糖状態の動物で見られた薬理作用であり、これらの既に知られている薬理作用から本発明のPPARδアゴニストのインスリン分泌促進作用を予測することは当業者と言えども極めて困難である。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、PPARδ活性化作用を有する物質を有効成分として含有する剤であって、従来のインスリン分泌促進剤に副作用として見られる肥満および動脈硬化の促進をむしろ改善するものであって、またインスリン分泌能力を損なわないよう膵β細胞にできるだけ負担の少ないインスリン分泌促進剤を提供すると共に、それを使用した治療法を提供する。
本発明者らは、試験例に後述したように、PPARδアゴニストとして、PPARδに対して極めて選択性の高いGW501516を使用して本発明の効果、すなわち高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進作用を確認したが、GW501516は、PPARδに対して、極めて低濃度のnMのオーダーで、他の核内受容体であるPPARαおよびPPARγに対するよりも1,000倍以上の親和性を示す物質であり(非特許文献1および2参照)、本発明の効果は、PPARδ活性化作用に基づくものであることは明確である。
本発明により、肥満および動脈硬化の促進などの副作用を軽減し、またインスリン分泌能力を損なわないよう膵β細胞にできるだけ負担の少ないインスリン分泌促進剤を提供することが可能となり、高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進剤として適した有効成分の選別技術も提供できる。そして、PPARδ活性化作用を有する物質を有効成分として含有する、高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進剤を使用して、抗肥満作用を有し、動脈硬化の治療・予防に有用な血清コレステロール低下作用等と共にインスリン抵抗性改善作用を合わせてもつ、医薬を開発でき、当該課題を解決することが可能となる。
本発明のその他の目的、特徴、優秀性及びその有する観点は、以下の記載より当業者にとっては明白であろう。しかしながら、以下の記載及び具体的な実施例等の記載を含めた本件明細書の記載は本発明の好ましい態様を示すものであり、説明のためにのみ示されているものであることを理解されたい。本明細書に開示した本発明の意図及び範囲内で、種々の変化及び/又は改変(あるいは修飾)をなすことは、以下の記載及び本明細書のその他の部分からの知識により、当業者には容易に明らかであろう。本明細書で引用されている全ての特許文献及び参考文献は、説明の目的で引用されているもので、それらは本明細書の一部としてその内容はここに含めて解釈されるべきものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、
1) PPARδ活性化作用を有する物質を有効成分として含有することを特徴とする
高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進剤;および
2) PPARδ活性化作用を有する物質が2−{2−メチル−4−[({4−メチル−2−[4−(トリフルオロメチル)フェニル]−1,3−チアゾール−5−イル}メチル)チオ]フェノキシ}酢酸であることを特徴とする上記1)に記載の剤
を提供する。
【0012】
上記のPPARδ活性化作用を有する物質は、PPARδに対するアゴニストであればよい。PPARδアゴニストは、例えばin vitroで、3mM以下の濃度で明確なPPARδ活性化作用を発現する物質が好ましい。
上記PPARδ活性化作用の測定には、公知の方法およびその改良法を用いることができる。具体的には、例えば、酵母のGAL4蛋白のDNA結合能を利用したレポーターシステムを用いる方法(J. Biol. Chem., 270, p12953-12956, 1995)、PPARのDNA結合領域(peroxisome proliferator responsive element, PPRE)を利用したレポーターシステムを用いる方法(Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 91, p7355-7359, 1994; Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 94, p4312-4317, 1997; J. Biol. Chem., 268(8), p5530-5534, 1993)およびバクテリアテトラサイクリンオペロンを利用したレポーターシステムを用いる方法(J. Biol. Chem., 270(41), p23975-23983, 1995)などを利用することができ、これらの改良法も利用することができる。
【0013】
上記PPARδ活性化作用を有する物質の好適な例としては公知のPPARδアゴニストが挙げられるが、具体的には、2−{2−メチル−4−[({4−メチル−2−[4−(トリフルオロメチル)フェニル]−1,3−チアゾール−5−イル}メチル)チオ]フェノキシ}酢酸(Glaxo、GW501516;WO01/00603、J. Org. Chem., 63, p9116-9118, 2003)、carbaprostacyclin(cPGI)、L-165041(WO97/28115、J. Biol. Chem., 274, p6718-6788, 1999)、YM-16638(WO99/04815)等が挙げられる。このほか、前記した特許文献1〜5(WO97/28149、WO97/28115、WO99/04815、WO01/00603、WO03/08967)に記載され上記に好適な例として挙げた物質以外のもの、特開2001-354671号に記載の物質(ベンズイソキサゾール誘導体等)および特開2003-171275号に記載の物質(ピロール誘導体)もPPARδ活性化作用を有する物質の好適な例として挙げられ、これらの中でin vitroで、3mM以下の濃度でPPARδ活性化作用を示すものが本発明に好ましく使用される。
本発明用の特に好ましいPPARδ活性化作用を有する物質としては、特異的にPPARδを活性化する作用を有するものであり、なかでも好ましいものとしてはPPARのうちのPPARαやPPARγに対して実質的に活性化作用を示さないものが挙げられる。例えば、酵母の転写因子GAL4とのキメラタンパク質を用いたリガンドアッセイにおいて1μM以下では、PPARδを活性化する作用を有する一方で、PPARαやPPARγに対して実質的に活性化を示さないものが挙げられる。
【0014】
上記の高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進剤とは、食事等による高血糖状態に反応した、血中グルコース濃度の上昇に応じたインスリン分泌を促進する薬剤をいい、本発明のインスリン分泌促進剤が、高グルコース刺激に反応して膵β細胞からのインスリン分泌を促進するものであることは、後述の試験例から明らかである。
本発明は、上記のPPARδ活性化作用を有する物質を有効成分として含有することを特徴とする高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進剤を提供するが、さらに、PPARδ活性化作用を測定し、PPARδ活性化作用を有する物質を選択することを特徴とする、高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進作用を有する物質の選択方法も提供するものであり、インスリン分泌促進作用を有する物質をスクリーニングし選択する上で極めて有用である。
本発明のインスリン分泌促進剤は、糖尿病、メタボリックシンドローム、クッシング症候群、サイアザイド系降下症、悪性高血圧症、火傷、外傷、巨人症、狭心症、甲状腺機能亢進症、骨折、手術、情緒的ストレス、心筋梗塞、代謝性疾患、中枢神経系疾患、内分泌性疾患、妊娠、脳腫瘍、くも膜下出血、副腎髄質腫瘍、末端肥大症、膵疾患等により高血糖の症状が見られる、あるいは下垂体機能低下や副腎不全によりインスリン分泌機能低下が見られるインスリン分泌促進剤が必要な患者に使用される。
【0015】
本発明のインスリン分泌促進剤は、投与対象、投与ルート、対象疾患、体重、症状などによっても異なるが、例えば、成人のインスリン分泌促進剤が必要な糖尿病患者に経口投与する場合、有効成分であるPPARδ活性化作用を有する物質を、通常1回量として約0.01〜800mg、好ましくは0.1〜500mg、さらに好ましくは0.5〜300mgであり、この量を1日1〜3回投与するのが好ましい。
【0016】
本発明のインスリン分泌促進剤は、経口、口腔内、吸入、経鼻、経粘膜、直腸および注射等の投与経路で投与されるが、有効成分であるPPARδ活性化作用を有する物質に適当な製剤添加物を使用し製剤化することができる。当該製剤添加物としては、上記投与経路に適した剤型の医薬品を製造する上で通常使用される添加剤が挙げられ、例えば、第14改正日本薬局方(以下、「局方」ともいう)および「医薬品添加物事典」(薬事日報社、1994年1月14日発行)に収載されている賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、コーティング剤、湿潤剤、溶剤、基剤、懸濁化剤、乳化剤、溶解補助剤、保存剤、安定剤などから錠剤、顆粒剤、散剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、トローチ剤、ドライシロップ剤、シロップ剤、液剤、懸濁剤、注射剤、エアゾール剤および坐剤などに適したものが選択される。
【0017】
当該製剤添加物の具体的な物質としては、デンプン、コーンスターチ、結晶セルロース、乳糖、白糖、ブドウ糖、マンニトール、ソルビトール、ゼラチン、寒天、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、ステアリン酸マグネシウム、タルク、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、水素添加植物油、マクロゴール、グリセリン、注射用水、アルギン酸、ポリソルベート、レシチンなどが挙げられる。
本発明のインスリン分泌促進剤は、例えば、局方に記載の錠剤、顆粒剤、散剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、トローチ剤、ドライシロップ剤、シロップ剤、液剤、懸濁剤、注射剤、エアゾール剤および坐剤の製造法に従って製造することができる。
【0018】
本発明のインスリン分泌促進剤は、PPARδ活性化作用を有する物質を有効成分としており、PPARδアゴニストについては、前記したように既に抗肥満作用があること、および動脈硬化の治療・予防に有用な血清コレステロール低下作用、LDL−コレステロール低下作用およびHDL−コレステロール上昇作用等があることが示されていることから、従来のインスリン分泌促進剤の深刻な副作用となっている肥満および動脈硬化を引き起こす危険性が低く、患者にとって極めて有用性の高いインスリン分泌促進剤として利用できるものである。また、PPARδアゴニストについては、前記したように既に末梢の脂肪細胞や骨格筋のインスリン抵抗性を改善する作用が認められており、このことは、高血糖に反応してPPARδアゴニストによって膵β細胞から分泌促進されたインスリンが脂肪細胞において効率よく使用され、膵β細胞に負担をかけずにインスリン分泌が行われることを示している。したがって、本発明のPPARδ活性化作用を有する物質を有効成分とするインスリン分泌促進剤は、従来のインスリン分泌促進剤に見られる肥満および動脈硬化の副作用の危険性を減らし、さらに、膵β細胞のインスリン分泌能力を保護可能な、患者にとって極めて有用性の高いインスリン分泌促進剤を与えるものである。
【0019】
以下に試験例および実施例を掲げ、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のため、その具体的な態様の参考のために提供されているものである。これらの例示は本発明の特定の具体的な態様を説明するためのものであるが、本願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。本発明では、本明細書の思想に基づく様々な実施形態が可能であることは理解されるべきである。
全ての試験例および実施例は、他に詳細に記載するもの以外は、標準的な技術を用いて実施したもの、又は実施することのできるものであり、これは当業者にとり周知で慣用的なものである。なお、以下の試験例および実施例において、特に指摘が無い場合には、具体的な操作並びに処理条件などは、市販の試薬あるいはキットを用いている場合はそれらに添付の指示書(protocols) や添付の薬品等を使用している。
【0020】
〔試験例〕 グルコース刺激のインスリン分泌作用
1) 試験法
試験化合物として使用したGW501516、すなわち(2−{2−メチル−4−[({4−メチル−2−[4−(トリフルオロメチル)フェニル]−1,3−チアゾール−5−イル}メチル)チオ]フェノキシ}酢酸)は、WO01/00603の実施例65および66に準じて合成したものを用いた。
6週齢の雄性C57BL/6JマウスおよびLeprdb/Leprdbマウスを日本クレアより購入し、室温25℃、湿度60±10%、明暗サイクル12時間(明期 08 : 00 〜 20 : 00)の条件下にて飼育した。動物は1週間馴化した後、実験に供した。飼料として固型CE-2(日本クレア)を用い、飲水とともに自由摂取とした。
雄性C57BL/6JマウスおよびLeprdb/Leprdbマウスを用い、ネンブタール麻酔下にて総胆管十二指腸開口部をクレンメで挟み、肝臓側の総胆管より1 mg/mLのコラゲナーゼ(和光純薬工業)を注入した後、膵臓を摘出した。37℃にて13分間インキュベートした後、Hank's balanced salt溶液を加え振とうした後、遠心して上清を除去した。再度Hank's balanced salt溶液にて懸濁した後濾過し、Hank's balanced salt溶液を加え35 mLとして混和した後5分間静置した。アスピレーターにて5 mLの溶液を残して上清を除去し再度Hank's balanced salt溶液を加え35 mLとして混和した。この操作を12回繰り返した後、顕微鏡下にてランゲルハンス島を採取した。DMSO(0.1%)、 10または100 nMのGW501516(終濃度)を添加した10%ウシ胎児血清(FBS, Sigma)、100 units/mLペニシリンGナトリウムおよび100 μg/mL硫酸ストレプトマイシン含有(GIBCO)のRPMI1640(GIBCO)にて24時間培養した。2.8 mMグルコース含有Krebs-Ringer bicarbonate buffer(KRBB, 119 mM NaCl, 4.74 mM KCl, 2.54 mM CaCl2, 1.19 mM MgCl2, 1.19 mM KH2PO4, 25 mM NaHCO3, 10 mM HEPES pH 7.4)にて37℃、1時間インキュベートした後、1ウェルあたり10個のランゲルハンス島を24ウェルプレートに取り、2.8, 5.6あるいは16.7 mMグルコース含有KRBBにて37℃、1時間インキュベートした。上清を回収し、ラットインスリン[125I] Biotrakアッセイシステム(Amersham)にて上清中に含まれるインスリンを測定した。
【0021】
2) 結果
図1に示したとおり、GW501516処理群ではC57BL/6JおよびLeprdb/Leprdbマウスいずれにおいても16.7 mMのグルコース刺激により顕著なインスリン分泌作用が認められ、GW501516は高グルコース刺激時の膵β細胞からのインスリン分泌を用量依存的に増加させた。
【実施例1】
【0022】
錠剤1錠中の処方例(全量100mg):2−{2−メチル−4−[({4−メチル−2−[4−(トリフルオロメチル)フェニル]−1,3−チアゾール−5−イル}メチル)チオ]フェノキシ}酢酸5mg、結晶セルロース70mg、トウモロコシデンプン23mg、ステアリン酸マグネシウム2mg
上記処方について、局方製剤総則記載の公知方法に従って、錠剤を製した。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は、PPARδ活性化作用を有する物質を用いて、該物質の示す高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進活性を利用した医薬並びに治療法開発に利用できる技術である。本発明で、肥満および動脈硬化の促進などの副作用を軽減し、またインスリン分泌能力を損なわないよう膵β細胞にできるだけ負担の少ないインスリン分泌促進剤が提供できる。PPARδ活性化作用を有する物質を有効成分として含有する、高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進剤は、抗肥満作用、動脈硬化の治療・予防に有用な血清コレステロール低下作用等およびインスリン抵抗性改善作用を合わせてもつことが期待できて、糖尿病コントロール・治療技術の発展・開発に役立つと考えられる。
本発明は、前述の説明及び実施例に特に記載した以外も、実行できることは明らかである。上述の教示に鑑みて、本発明の多くの改変及び変形が可能であり、従ってそれらも本件添付の請求の範囲の範囲内のものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】グルコース刺激時の膵β細胞からのインスリン分泌促進活性を試験して調べた結果を示す。GWはGW501516を示し、DMSOはジメチルスルホキシドで、Gはグルコースを表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PPARδ活性化作用を有する物質を有効成分として含有することを特徴とする高血糖に反応したグルコース依存性インスリン分泌促進剤。
【請求項2】
PPARδ活性化作用を有する物質が2−{2−メチル−4−[({4−メチル−2−[4−(トリフルオロメチル)フェニル]−1,3−チアゾール−5−イル}メチル)チオ]フェノキシ}酢酸であることを特徴とする請求項1記載の剤。
【請求項3】
PPARδ活性化作用を測定し、PPARδ活性化作用を有する物質を選択することを特徴とする、高血糖に反応したグルコース依存性のインスリン分泌促進作用を有する物質の選択方法。


【図1】
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【公開番号】特開2007−269630(P2007−269630A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−184618(P2004−184618)
【出願日】平成16年6月23日(2004.6.23)
【出願人】(899000024)株式会社東京大学TLO (50)
【Fターム(参考)】