説明

インバータ装置

【課題】 制御系の調整作業を一切要することなく、簡素な回路構成をもって単独で、大電力を出力可能なインバータ装置を得る。
【解決手段】 コイルLd、整流素子Da、及び基幹スイッチング素子Saを備えて構成されるブースト回路15と、整流素子Daを通過してきた電流に係る静電エネルギーを蓄えるコンデンサCdと、コンデンサCdと並列に接続され、第1スイッチング素子S1及び第2スイッチング素子S2を中間接続点25を介して直列接続してなるスイッチング素子直列接続回路17と、直列共振負荷回路19と、前記基幹スイッチング素子と前記第1スイッチング素子とを同期させてスイッチング動作させるとともに、前記第2スイッチング素子を、前記第1スイッチング素子との間で交互にスイッチング動作させる制御信号を、前記スイッチング素子における各ゲート端子にそれぞれ出力する制御回路と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御系の調整作業を一切要することなく、簡素な回路構成をもって単独で大電力を出力可能なインバータ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インバータ装置は、例えば金属の溶解、焼き入れ、焼き戻し、焼き鈍し、ろうづけ、圧延や鍛造に先立つ予熱など、誘導加熱技術を用いた産業用機器の高周波電源として広く利用されている。また、インバータ装置は、誘導加熱技術を用いた過熱蒸気発生装置、大型食品加工調理器、有害物質の無害化処理装置、工業用オゾン発生装置、医療用画像診断装置(MRI)などの高周波電源としても、大いにその利用が期待されている。
【0003】
こうしたインバータ装置の一例として、本発明者は、対になって導通制御される2つの半導体スイッチング素子またはダイオードをそれぞれ流れる電流を電流センサにより検出し、検出した2つの電流の検出期間または検出時間を比較し、それらが一致するように半導体スイッチング素子の導通信号の周波数を変更するように構成した、位相シフト型インバータ装置を提案している(特許文献1参照)。
【0004】
特許文献1に係るインバータ装置によれば、コンバータやPLL制御を用いることなく、出力電力制御と負荷変動に対する周波数制御とが可能な位相シフト型インバータ装置を提供することができる。
【0005】
ところで、現在市場に流通している従来のインバータ装置は、三相200Vを電源として採用し、1台あたり 20kW〜30kW 程度の電力を出力できるものが主流である。そのため、例えば、50kW クラスの電力を要する場合、複数のインバータ装置を並列に接続して運転するといった対応を取られることが多い。
【0006】
ところが、複数のインバータ装置を並列に接続して運転しようとすると、電磁気学的な理由等から制御系の誤動作が生じやすい。このため、かかる並列運転を行うにあたっては、使用条件の変更に合わせた制御系の調整を別途行う必要がある。しかし、こうした制御系の調整作業は煩雑であり、かかる制御系の調整作業を一切要することなく、簡素な回路構成をもって単独で大電力を出力可能な新規のインバータ装置の開発が、関係者の間で久しく待望されていた。
【0007】
【特許文献1】特開2005−94913号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
解決しようとする問題点は、従来技術に係るインバータ装置では、複数のインバータ装置を並列に接続して運転することで高電力を得ようと試みた場合に、使用条件の変更に合わせた制御系の調整作業を別途要する点である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、制御系の調整作業を一切要することなく、簡素な回路構成をもって単独で大電力を出力可能なインバータ装置を得ることを目的として、一端が直流電源の正極側に接続されたコイル、前記コイルの出力端となる共通接続点に接続されて当該コイルに蓄えられた磁気エネルギーに係る電流を順方向に通過させる整流素子、及び一端が前記直流電源の負極側に接続されるとともに他端が前記共通接続点に接続された基幹スイッチング素子、を備えて構成されるブースト回路と、一端が前記整流素子のカソード側に接続されるとともに他端が前記直流電源の負極側に接続され、当該整流素子を通過してきた電流に係る静電エネルギーを蓄えるコンデンサと、前記コンデンサと並列に、一端が前記整流素子のカソード側に接続されるとともに他端が前記直流電源の負極側に接続され、第1スイッチング素子及び第2スイッチング素子を中間接続点を介して直列接続してなるスイッチング素子直列接続回路と、前記ブースト回路における前記共通接続点と、前記スイッチング素子直列接続回路における前記中間接続点と、の間に介挿接続され、誘導加熱負荷並びに共振コンデンサを直列接続してなる直列共振負荷回路と、前記基幹スイッチング素子並びに前記第1及び第2スイッチング素子における各ゲート端子にそれぞれ接続され、前記基幹スイッチング素子と前記第1スイッチング素子とを同期させてスイッチング動作させるとともに、前記第2スイッチング素子を、前記第1スイッチング素子との間で交互にスイッチング動作させる制御信号を、前記スイッチング素子における各ゲート端子にそれぞれ出力する制御回路と、を備えて構成される、ことを最も主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係るインバータ装置では、コイル、整流素子、及び基幹スイッチング素子を備えて構成されるブースト回路を機能として内包しており、これが直流電源の昇圧機能を発揮することで、コンデンサにおける蓄電圧を高めることができる。従って、低い入力電圧でも高い出力電圧が得られ、高出力化が容易になる結果として、簡素な回路構成をもって単独で大電力を出力可能なインバータ装置を得ることができる。そのため、複数台のインバータ装置を使用する際に発生する制御系の調整作業を一切要することがない。さらに、本発明に係るインバータ装置の導入によって次のような副次的な効果が期待される。
【0011】
第一に、高圧受電のための受電設備変更等を要しない。これにより、新規設備工事の際の配電系工事を最小限に抑えることができる。
【0012】
第二に、高価で大型なマッチングトランスも不要となる。大電力を得るための大幅価格増や装置サイズの大型化といった負担をユーザに強要しない。
【0013】
第三に、誘導加熱負荷の等価抵抗を大きくしても大電力が得られ、誘導加熱効率を高めることができる。後述の本発明実施例に係るシミュレーションによれば、50kW を出力する場合において、等価抵抗Roを3.5オーム程度まで高めることができることが明らかになっている。このため、現状の 20kW〜30kW クラスの誘導加熱負荷と比べて1.5〜2倍程度まで等価抵抗Roを大きくすることができる。その結果、現状の 20kW〜30kW クラスと比べて誘導加熱効率をさらに高めることができる。
【0014】
第四に、昇圧チョッパ回路とフルブリッジインバータ回路を組み合わせた従来型の回路構成と比較したとき、本発明に係るインバータ装置では、使用する半導体素子がひとつの整流素子及び三つのスイッチング素子を含めて四つだけである。スイッチング素子に至っては三つだけとなり、同様に制御回路も三つ用意すれば済む。従って、単に半導体個数の低減による低コスト化だけでなく、主回路及び制御回路系において、基板上の実装面積を大幅に削減できるといったメリットが見いだされる。さらに回路構成素子数が少なく、シンプルであるため、自ずと信頼性も向上する。また半導体素子数が少ないことから、導通損失の発生機会も減り、結果的に電力変換効率も高くできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
制御系の調整作業を一切要することなく、簡素な回路構成をもって単独で大電力を出力可能なインバータ装置を得るといった目的を、一端が直流電源の正極側に接続されたコイル、前記コイルの出力端となる共通接続点に接続されて当該コイルに蓄えられた磁気エネルギーに係る電流を順方向に通過させる整流素子、及び一端が前記直流電源の負極側に接続されるとともに他端が前記共通接続点に接続された基幹スイッチング素子、を備えて構成されるブースト回路と、一端が前記整流素子のカソード側に接続されるとともに他端が前記直流電源の負極側に接続され、当該整流素子を通過してきた電流に係る静電エネルギーを蓄えるコンデンサと、前記コンデンサと並列に、一端が前記整流素子のカソード側に接続されるとともに他端が前記直流電源の負極側に接続され、第1スイッチング素子及び第2スイッチング素子を中間接続点を介して直列接続してなるスイッチング素子直列接続回路と、前記ブースト回路における前記共通接続点と、前記スイッチング素子直列接続回路における前記中間接続点と、の間に介挿接続され、誘導加熱負荷並びに共振コンデンサを直列接続してなる直列共振負荷回路と、前記基幹スイッチング素子並びに前記第1及び第2スイッチング素子における各ゲート端子にそれぞれ接続され、前記基幹スイッチング素子と前記第1スイッチング素子とを同期させてスイッチング動作させるとともに、前記第2スイッチング素子を、前記第1スイッチング素子との間で交互にスイッチング動作させる制御信号を、前記スイッチング素子における各ゲート端子にそれぞれ出力する制御回路と、の組合せに係る構成によって実現した。
【実施例】
【0016】
[インバータ装置の回路構成]
図1は、本発明実施例に係るインバータ装置の回路図を示す。
【0017】
同図に示すように、インバータ装置11は、三相交流電源ACと、三相交流電源ACから供給される交流電圧を整流して直流電圧に変換する三相ブリッジ回路13と、三相ブリッジ回路13で整流された直流電圧の波形を平滑化する平滑コンデンサCpと、インバータ装置11内に機能として内包されるブースト回路15と、コンデンサCdと、スイッチング素子直列接続回路17と、直列共振負荷回路19と、制御回路21と、を含んで構成されている。
【0018】
ブースト回路15は、一端が三相ブリッジ回路13の正極側(直流電源の正極側)に接続されたコイルLd、前記コイルLdの出力端となる共通接続点23に接続され、コイルLdに蓄えられた磁気エネルギーに係る電流を順方向に通過させるダイオード(整流素子)Da、及び一端が前記三相ブリッジ回路13の負極側(直流電源の負極側)に接続されるとともに他端が共通接続点23に接続された基幹スイッチング素子Sa、を備えて構成されている。
【0019】
コンデンサCdは、一端がダイオードDaのカソード側に接続されるとともに他端が前記三相ブリッジ回路13の負極側に接続され、当該ダイオードDaを通過してきた電流に係る静電エネルギーを蓄える機能を有している。
【0020】
スイッチング素子直列接続回路17は、第1スイッチング素子S1及び第2スイッチング素子S2を中間接続点25を介して直列接続して構成されている。このスイッチング素子直列接続回路17は、前記コンデンサCdと並列に、一端がダイオードDaのカソード側に接続されるとともに他端が前記三相ブリッジ回路13の負極側に接続されている。
【0021】
直列共振負荷回路19は、誘導加熱コイル(「誘導加熱負荷」の一部を構成する。)Lo、等価抵抗(「誘導加熱負荷」の一部を構成する。)Ro、並びに共振コンデンサCoを直列接続して構成されている。この直列共振負荷回路19は、前記ブースト回路15における共通接続点23と、前記スイッチング素子直列接続回路17における中間接続点25と、の間に介挿接続されている。
【0022】
制御回路21は、基幹スイッチング素子Sa並びに第1及び第2スイッチング素子S1 , S2における各ゲート端子にそれぞれ接続されたGDU (「制御回路」の一部を構成する。)を介して、基幹スイッチング素子Saと第1スイッチング素子S1とを同期させてスイッチング動作させるとともに、第2スイッチング素子S2を、第1スイッチング素子S1との間で交互にスイッチング動作(第1及び第2スイッチング素子S1 , S2における各出力は、一方がHレベルのときには他方がLレベルとなる。)させる制御信号を、スイッチング素子Sa , S1 , S2における各ゲート端子にそれぞれ出力する機能を有している。
【0023】
なお、基幹スイッチング素子Sa、並びに第1及び第2スイッチング素子S1 , S2としては、例えば、その電気的特性が共通の、MOSFET(金属酸化膜形FET:Metal Oxide Semiconductor FET: MOSFET)やIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ:Insulated Gate Bipolar Transistor: IGBT)等を好適に採用することができる。また、ダイオードD1, D2 は、第1及び第2スイッチング素子S1 , S2にそれぞれ内蔵された寄生ダイオード(逆並列ダイオード)である。
[インバータ装置の動作]
かかる構成を備えた本発明実施例に係るインバータ装置11の動作について、図2〜図5を参照して説明する。
【0024】
図2は、本発明実施例に係るインバータ装置の動作説明に供する説明図、図3は、本発明実施例に係るインバータ装置の各機能部における電圧波形又は電流波形を共通の時間軸上で対比して示すタイムチャート図、図4は、本発明実施例に係るインバータ装置の出力波形を示す説明図、図5は、従来例に係るフルブリッジ型インバータ装置の出力波形を示す説明図である。
【0025】
図2に示す回路構成において、三相交流電源ACが投入され、制御回路21から出力される制御信号によって基幹スイッチング素子SaがON動作(これと同期して第1スイッチング素子S1もON動作する。)すると、コイルLdに入力電圧が加わり、コイルLdに磁気エネルギーが蓄えられる(図3(2)に示す電圧波形vLd 及び電流波形iLd 参照)。基幹スイッチング素子SaがOFF動作(これと同期して第1スイッチング素子S1もOFF動作する。)すると、コイルLdの磁気エネルギーが電流となり、ダイオードDaを通して(図3(4)に示す電圧波形vDa 及び電流波形iDa 参照)コンデンサCdに充電される(図3(3)に示す電圧波形vCd 及び電流波形iCd 参照)。ここで、コイルLd、ダイオードDa、及び基幹スイッチング素子Saによってブースト回路15が形成されているので、基幹スイッチング素子Saのデューティ制御を通じてコンデンサCdを入力電圧値よりも昇圧させて充電することができる。
【0026】
コンデンサCdは、第1及び第2スイッチング素子S1 , S2に対して電圧源として振る舞う。第1及び第2スイッチング素子S1 , S2は、図3(1)に示すように、双方がOFF状態となる短い期間(図3(1)に示す「デッドタイムTd」参照)を挟んで、交互にスイッチング動作を行う(ON-OFFを繰り返す)。なお、図3(1)において、電圧波形vG1 が第2スイッチング素子S2のゲート端子に供給される一方、電圧波形vG2 が基幹スイッチング素子Sa並びに第2スイッチング素子S2の各ゲート端子にそれぞれ供給される。
【0027】
基幹スイッチング素子Sa及び第1スイッチング素子S1は、相互に同期してON/OFF動作(図3(5)に示す電圧波形vSa 及び電流波形iSa 、若しくは図3(6)に示す電圧波形vS1 及び電流波形iS1 参照)するように構成されているので、回路全体が、あたかもコンデンサCdを電圧源とするフルブリッジ回路であるかのように動作する。そのため、誘導加熱コイルLo、等価抵抗Ro、並びに共振コンデンサCoを直列接続して構成された直列共振負荷回路19に対し、コンデンサCdに充電された高い電圧が加わる(図3(3)に示す電圧波形vCd 参照)。従って、誘導加熱負荷の一部を構成する等価抵抗Roが大きくても大電流を供給でき、結果的に高出力電力が得られる。
【0028】
第2スイッチング素子S2がON状態(図3(7)に示す電圧波形vS2 及び電流波形iS2 参照)では、コイルLdを流れる電流iLdの一部が誘導加熱コイルLo並びに共振コンデンサCoによって共振状に取り出されて誘導加熱負荷に供給され(図3(8)に示す電圧波形v0 及び電流波形i0 参照)、残りの電流がダイオードDaを通してコンデンサCdに充電される。共振コンデンサCoは、誘導加熱負荷に流れる電流を共振状に変化させるだけでなく、負荷電流に直流電流が重畳するのを防止する役割を果たす。
【0029】
上述のように動作する本発明実施例に係るインバータ装置を用いて、入力条件として電圧を50V 、誘導加熱の負荷条件として等価抵抗Roを3.1オーム、動作周波数f0を21.1kHzと設定して動作実験を行った。同入力条件下での出力電力は1688Wであった。
【0030】
一方、前記と同一の入力条件下でコンピュータシミュレーションした時の各部動作波形は、図4に示すように(vS1 :S1の端子間電圧、v0:インバータ出力電圧、i0:インバータ出力電流)、前記動作実験時にオシロスコープを用いて観測した時の各部動作波形とその傾向がよく一致しており、理論的な側面からも本発明実施例に係るインバータ装置の動作に関する裏付けが得られた。
【0031】
また比較のために、前記と同一の入力条件及び負荷条件(波形表示レンジも共通(100V/div、20A/div))において、従来例に係るフルブリッジ型インバータ装置を動作させた。その結果を図5に示す。同図に示すように、出力電流波形の振幅が小さくなっていることからわかるように、出力電流が減少しており、結果として出力電力はわずか594W 程度しか得られない。さらに、従来例に係るフルブリッジ型インバータ装置を用いて、本発明実施例に係るインバータ装置と同等の約1688W 程度の電力を得るには、等価抵抗Roをどの程度下げれば良いかについてシミュレーションを行った。その結果、等価抵抗Roを1.1オーム程度まで下げなければ、本発明実施例に係るインバータ装置と同等の高電力を得ることはできないことがわかった。なお後に詳述するが、等価抵抗Roが1.1オーム程度では誘導加熱効率が悪くなり、実用にならない。
【0032】
次に、本発明実施例に係るインバータ装置が、従来例に係るフルブリッジ型インバータ装置と比較していかに優れているかについて、本発明を業務用調理器に適用した事例をあげて説明する。
【0033】
従来例に係るフルブリッジ型インバータ装置を用いて高出力化を図ろうとする場合、そのアプローチは大きく4つある。
【0034】
第一に、電源電圧の高圧化である。例えば電圧を2倍にすれば電力を4倍にすることができる。具体的には電源電圧を三相の200Vから三相400Vにする方法である。
【0035】
第二に、誘導加熱負荷の等価抵抗値を下げる方法である。抵抗値が1/2になれば電流が2倍になり、電力は4倍になる。具体的には磁気結合している調理器とワークコイル(誘導加熱コイルLo)の距離を離す方法がある。
【0036】
第三に、整合トランスの活用である。入力電圧や負荷の調整以外の方法として、インバータ装置と負荷との間に整合トランスを設ける方法も考えられる。この場合、金属溶融等の用途(降圧動作)と異なり、昇圧トランスを利用することになる。
【0037】
第四に、昇圧チョッパ回路の追加である。インバータ前段の直流バス部分に昇圧チョッパ回路を追加する方法も考えられる。これにより、高周波インバータに入力される電圧が高くなり、高出力化が可能となる。
【0038】
しかしながら、これらの従来例に係るアプローチでは、次のような課題を生じる。
【0039】
すなわち、電源電圧を例えば200Vから400Vになど高圧化する第一のアプローチの場合、ユーザの受電設備や工場内配線の変更を要する。例えば、業務用調理器を導入する食品加工業ユーザの多くが中小企業であることを勘案すると、新規設備導入に伴う受電配電設備の変更という設備投資は経営判断を躊躇させる要因となる。
【0040】
負荷等価抵抗を下げる第二のアプローチの場合、結論から言えば、効率が極端に低下し、ワークコイルでの発熱損失が大きくなりすぎて実用にならない。等価抵抗Roが下がれば出力電流が増えるため、結果として電力は増える。誘導加熱負荷はワークコイルと数mm〜数cm程度の空隙(ギャップと呼ぶ)を隔てた位置に設置された金属製の調理器で構成され、このギャップを変えることで等価抵抗値をある程度調整することができる。例えば三相200Vが得られる環境下においてフルブリッジインバータで20kW出力させる場合は、等価抵抗を2.0〜2.4オーム程度に調整するが、30kWまで定格電力を上げる場合は1.4〜1.8オーム程度まで下げる必要がある。ギャップを大きくすることで等価抵抗を下げることはできるが、この等価抵抗にはワークコイル自身の導通抵抗も含まれている。ギャップの大小に限らずコイルの導通抵抗は一定であるため、等価抵抗が低ければ低いほどコイルの導通抵抗の閉める割合が大きくなり、コイルでの発熱損失が大きくなる。従って、高出力化を図る前提では、等価抵抗は下げずに、できるだけ大きくすることが望ましい。
【0041】
このことを誘導加熱負荷の等価回路モデルで説明する。誘導加熱負荷は二次側を短絡したトランスとして表すことができ、ワークコイルを含めた誘導加熱負荷インピーダンスZ loadは次式で与えられる。
【0042】
【数1】

【0043】
r1:ワークコイル自身の巻き線抵抗
L1:ワークコイルの漏れインダクタンス
r2:調理器内の渦電流路が持つ金属抵抗L2:渦電流路が持つ漏れインダクタンス
ω:角周波数
k:ワークコイルと調理器との間の結合係数
このうち、実数部が等価抵抗Roであるから、次式が成立する。
【0044】
【数2】

【0045】
ギャップを大きくするとトランスモデルで表される1次側と2次側の結合度が低下するため、結合係数k が小さくなる。これにより第2項が小さくなり、結果的にRoが小さくなる。第2項をreとすると、次式が成立する。
【0046】
【数3】

【0047】
インバータが出力する電力Poは出力電流Ioにより次式で表される。
【0048】
【数4】

【0049】
P1はワークコイルで消費される電力で、Peは実負荷である調理器で消費される電力となる。出力電力Poに占める調理器に吸収される電力Peの割合が誘導加熱装置の効率ηとして表される。
【0050】
【数5】

【0051】
r1はワークコイルの導通抵抗であり結合係数kの大小に関係なく一定である。一方(数2)式より、結合係数k を大きくすることでRoは大きくなる。したがって誘導加熱効率を高くするためにはRoが大きくなるようにギャップを調整することが望ましい。
【0052】
整合トランスを用いる第三のアプローチの場合、焼き入れに代表されるような金属の熱処理で用いられる誘導加熱装置では、数100kVA〜数1000kVAの高周波マッチングトランスが採用されている。これらの用途では、加熱時間は数秒から数十秒程度あり、マッチングトランスもその定格運転時間に見合った形で設計されている。しかし業務用調理器のように連続定格運転時間が数時間にも及ぶ場合、定格容量こそ50kVA〜100kVAと小さくなるものの、これら熱処理で使われているようなマッチングトランスは採用できない。また仮に設計試作できても、冷却系を含めた整合トランスの大型化は避けられない。このため狭い食品加工の現場で使用するのは現実的ではない。
【0053】
昇圧チョッパを追加する第四のアプローチの場合、昇圧チョッパ回路とフルブリッジインバータ回路を組み合わせた場合、昇圧チョッパ回路では出力ダイオードを含めて半導体デバイスが2つ必要になり、高周波インバータは従来通り4つ必要になる。このため全部で6つの半導体デバイスが必要になり、冷却系の大型化、回路実装面積の増大等が避けられない。また、IGBTやパワーMOSFETなどのスイッチングデバイスは5つ必要なため、ゲートドライブ制御回路も5つ必要になり、制御系の回路実装面積も増加する。こうした回路部品の増加は故障発生への信頼性低下を招くばかりでなく、製造コストの上昇、インバータ盤の大型化も同時に懸念材料となる。さらに各半導体デバイスが多いことで、トータルでの導通損失やスイッチング損失の増加も懸念され、全体での電力変換効率の低下が避けられない。
【0054】
これらの従来例に係るアプローチに対し、本発明実施例に係るインバータ装置では、電源電圧や負荷等価抵抗といった外部条件の変更や、制御系の調整作業を一切要することなく、単独で大電力出力を実現することができる。すなわち、例えば入力電圧は200Vのままでよく電源電圧の変更が不要なため、受電配電設備の大幅変更を要しないし、整合トランスも必要ない。また、負荷の等価抵抗Roを無理に下げる必要がない。換言すれば、誘導加熱負荷の等価抵抗Roを高くしても高出力が得られる。つまり、前記式5で示される誘導加熱の効率を従来以上に高めることも可能である。さらに、従来タイプの高周波インバータと比べて電力用半導体スイッチの数が少ないためコストおよび効率の面でも優位である。
【0055】
ところで、本発明実施例に係るインバータ装置11では、スイッチング損失を可及的に低減したいという要望がある。
【0056】
そこで、本発明実施例に係るインバータ装置11では、回路の動作周波数として負荷の直列共振周波数よりも高い周波数を採用することで、「電流遅れ動作」を行わせることとしている。このように構成すれば、第1及び第2スイッチング素子S1 , S2 はターンオン時にZVZCS(Zero Voltage Zero Current Switching)状態が得られる結果として、スイッチング損失を大幅に低減することができる。
【0057】
さらに、第1及び第2スイッチング素子S1 , S2 のうち少なくともいずれか一方、好ましくは前記両者に並列に、小容量のコンデンサ(C1, C2)を追加する構成を採用してもよい。このように構成すれば、第1及び第2スイッチング素子S1 , S2 はターンオフ時にもZVS(Zero Voltage Switching)状態が得られる結果として、より一層のスイッチング損失の低減効果を期待することができる。これにより、インバータ装置での電力変換効率の向上を実現することができるようになる。
【0058】
上述した本発明実施例に係るインバータ装置11を、電磁誘導加熱調理装置に適用した場合、直列共振負荷回路19におけるワークコイルLoには、所定の周波数に調整された交流電流が流れる。すると、交番磁界が発生してワークコイルLoに対して配置された、磁性体材料で形成された調理容器に渦電流が発生し、調理容器を発熱させることができる。この発熱によって、調理容器内に収容されている食材を加熱調理することができる。
【0059】
[その他]
本発明は、上述した実施例に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨、あるいは技術思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴うインバータ装置もまた、本発明における技術的範囲の射程に包含されるものである。
【0060】
すなわち、本発明実施例において、インバータ装置の適用例として、電磁誘導加熱調理装置を例示して説明したが、本発明はかかる実施例に限定されるものではなく、調理装置以外の電磁誘導加熱の要請があるあらゆる装置に対し、本発明を適用可能であることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明実施例に係るインバータ装置の回路図である。
【図2】本発明実施例に係るインバータ装置の動作説明に供する説明図である。
【図3】本発明実施例に係るインバータ装置の各機能部における電圧波形又は電流波形を共通の時間軸上で対比して示すタイムチャート図である。
【図4】本発明実施例に係るインバータ装置の出力波形を示す説明図である。
【図5】従来例に係るフルブリッジ型インバータ装置の出力波形を示す説明図である。
【図6】本発明変形例に係るインバータ装置の回路図である。
【符号の説明】
【0062】
11 インバータ装置
13 三相ブリッジ回路
15 ブースト回路
17 スイッチング素子直列接続回路
19 直列共振負荷回路
21 制御回路
AC 三相交流電源
Cd コンデンサ
Co 共振コンデンサ
Cp 平滑コンデンサ
Da ダイオード(整流素子)
Ld コイル
Lo 誘導加熱コイル(ワークコイル)
Ro 誘導加熱等価抵抗
Sa 基幹スイッチング素子
S1 第1スイッチング素子
S2 第2スイッチング素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端が直流電源の正極側に接続されたコイル、前記コイルの出力端となる共通接続点に接続されて当該コイルに蓄えられた磁気エネルギーに係る電流を順方向に通過させる整流素子、及び一端が前記直流電源の負極側に接続されるとともに他端が前記共通接続点に接続された基幹スイッチング素子、を備えて構成されるブースト回路と、
一端が前記整流素子のカソード側に接続されるとともに他端が前記直流電源の負極側に接続され、当該整流素子を通過してきた電流に係る静電エネルギーを蓄えるコンデンサと、
前記コンデンサと並列に、一端が前記整流素子のカソード側に接続されるとともに他端が前記直流電源の負極側に接続され、第1スイッチング素子及び第2スイッチング素子を中間接続点を介して直列接続してなるスイッチング素子直列接続回路と、
前記ブースト回路における前記共通接続点と、前記スイッチング素子直列接続回路における前記中間接続点と、の間に介挿接続され、誘導加熱負荷並びに共振コンデンサを直列接続してなる直列共振負荷回路と、
前記基幹スイッチング素子並びに前記第1及び第2スイッチング素子における各ゲート端子にそれぞれ接続され、前記基幹スイッチング素子と前記第1スイッチング素子とを同期させてスイッチング動作させるとともに、前記第2スイッチング素子を、前記第1スイッチング素子との間で交互にスイッチング動作させる制御信号を、前記スイッチング素子における各ゲート端子にそれぞれ出力する制御回路と、
を備えて構成される、ことを特徴とするインバータ装置。
【請求項2】
請求項1記載のインバータ装置であって、
前記基幹スイッチング素子は、
前記制御回路から出力される制御信号に従ってデューティ制御される、
ことを特徴とするインバータ装置。
【請求項3】
請求項1又は2記載のインバータ装置であって、
前記制御回路は、
前記直列共振負荷回路における直列共振周波数よりも高い動作周波数を用いることで電流遅れ動作をさせる、
ことを特徴とするインバータ装置。
【請求項4】
請求項1〜3のうちいずれか一項に記載のインバータ装置であって、
前記第1スイッチング素子及び前記第2スイッチング素子の両者又はいずれか一方には、その入出力端をバイパスさせるバイパスコンデンサが設けられる、
ことを特徴とするインバータ装置。
【請求項5】
請求項1〜4のうちいずれか一項に記載のインバータ装置であって、
前記基幹スイッチング素子並びに前記第1及び第2スイッチング素子は、その電気的特性の共通のものが採用される、
ことを特徴とするインバータ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−124667(P2010−124667A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−298671(P2008−298671)
【出願日】平成20年11月21日(2008.11.21)
【出願人】(000125587)梶原工業株式会社 (24)
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【Fターム(参考)】