説明

ウォーターポンプのメカニカルシール

【課題】シール材表面への付着物質の付着を確実に防止することができるウォーターポンプのメカニカルシールを提供する。
【解決手段】回転軸5と一体的に回転する回転側の回転環10と、固定側の固定環11とが摺動し、回転環10と固定環11との摺動面部分で液体部分Wと気体部分Aとを分離するウォーターポンプ1のメカニカルシール2において、回転環10における固定環11との摺動面12又は固定環11における回転環10との摺動面13に、ナノサイズのセラミック粒子をコーティングしてコーティング層20を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウォーターポンプのメカニカルシールに関する。
【背景技術】
【0002】
エンジン(内燃機関)の冷却水循環装置であるウォーターポンプ(水ポンプ)では、一般的に、ウォーターポンプ内の冷却水と外部とのシールは所謂メカニカルシールにて行われている。
【0003】
メカニカルシールの基本構造は、シール面の摩耗に従い、スプリング等によって軸方向に動くことができるシールリングと、動かないメイティングリング(又は、フローティングシート)とから主に構成されており、両リングの軸に垂直な摺動面が互いに接触し、両リングが相対的に回転することによって、流体の漏れを最小限にするものである。
【0004】
即ち、メカニカルシールは、回転側のシール材(回転環)と固定側のシール材(固定環)との間のごくわずかな隙間(約0.5〜2.5μm)でシールする(液体の漏れを制限する)構造である。
【0005】
なお、この種のメカニカルシールは、例えば、特許文献1及び2等に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−62890号公報
【特許文献2】特開2008−25621号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
メカニカルシールの構造上、シール部の摺動部はごくわずかな隙間を有し、シール部の摺動部は常に冷却水により潤滑された状態となっている。冷却水が不凍液又はロングライフクーラントと混合して使用される場合、又は不適切な状態の冷却水の場合、シール部の摺動部の冷却水中の成分が変質したり、又は防錆成分の燐酸塩が冷却水中のカルシウムと反応し燐酸カルシウムとなることがある。それらの成分がシール部の摺動部に付着・成長することでシール不全となり漏れに至る場合がある。
【0008】
ここで、エンジンの冷却水は、冬季の冷却水の凍結防止と金属腐食防止とを兼ねて一般的にロングライフクーラントを混合して使用される。ロングライフクーラントの成分は、不凍液としてのエチレングリコールと、防錆剤としての燐酸塩系物質とで主に構成されている。
【0009】
また、エンジンの冷却水循環用のウォーターポンプのメカニカルシールでは、一般的には、回転側のシール材にはセラミック材が使用され、固定側のシール材にはカーボン材が使用されている。メカニカルシールは、上述したように、シャフトの回転中は回転側のシール材と固定側のシール材との間のごくわずかな隙間で液体の漏れを制限するものであり、同時に潤滑の役目も担っている。
【0010】
しかし、シャフトの停止状態では、回転側のシール材と固定側のシール材とは表面で接触している状態であり、シャフトが回転し始めた時に回転側のシール材と固定側のシール材との接触面が凝着することもある。この凝着を避けるため、異種材料であるセラミック材とカーボン材とがシール材に使用されている。一方、セラミック材は、親水性があるため、セラミック表面に付着物質(異物)が付着しづらい特性を有している。付着物質がシール材の摺動面に付着するとシール不全となり漏れに至るため、セラミック材(回転側のシール材)及びカーボン材(固定側のシール材)の双方とも鏡面研磨を施し、シール材表面への付着物質付着の抑制を図っているが、シール材表面に付着物質が堆積するに至ることもしばしば発生する。
【0011】
シール材表面への付着物質付着のメカニズムは不明な部分が多いのも事実であるが、シール材表面への付着物質の付着(接合)は、機械的接合(投錨効果)、物理的接合(分子間結合)、化学的相互作用等によるとされている。
【0012】
従って、シール材表面への付着物質付着の防止には、付着物質との接触面積が少ないこと、投錨効果を防止するためシール材表面が凹凸のない鏡面であること、又は、科学的に親和性のない材料をシール材に選択することが考えられる。エンジンの冷却水循環装置であるウォーターポンプのメカニカルシールの場合も、親水性のあるセラミック材をシール材に使用し、且つミクロンサイズの粒子径材料でシール材を焼成・鏡面化し、シール材表面への付着物質付着の耐性を向上させている。
【0013】
しかし、エンジンの冷却水にナノサイズの付着物質が含まれている場合は、シール材の粒界部分に付着物質の堆積・沈着が容易となり、又は、シール材の構成粒子表面にも付着物質が付着しやすくなる。また、最近は添加剤等々にも当量で効果を上げるため、粒子径を微細化したナノサイズのものが使用されることもあるので、シール材表面への付着物質付着の環境は厳しいものとなってきている。
【0014】
そこで、本発明の目的は、シール材表面への付着物質の付着を確実に防止することができるウォーターポンプのメカニカルシールを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上述の目的を達成するために、本発明は、回転軸と一体的に回転する回転側の回転環と、固定側の固定環とが摺動し、前記回転環と前記固定環との摺動面部分で液体部分と気体部分とを分離するウォーターポンプのメカニカルシールにおいて、前記回転環における前記固定環との摺動面又は前記固定環における前記回転環との摺動面に、ナノサイズのセラミック粒子をコーティングしてコーティング層を形成したものである。
【0016】
前記コーティング層が形成される前記回転環の母材又は前記固定環の母材は、ミクロンサイズのセラミック粒子を焼成してなるセラミック材で形成されても良い。
【0017】
前記コーティング層が形成される前記回転環の母材又は前記固定環の母材は、鉄系材料又は樹脂系材料で形成されても良い。
【0018】
前記ウォーターポンプは、内燃機関の冷却水循環装置として用いられるものであっても良い。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、シール材表面への付着物質の付着を確実に防止することができるウォーターポンプのメカニカルシールを提供することができるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施形態に係るメカニカルシールが適用されるウォーターポンプを示す側断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るメカニカルシールを示す側断面図である。
【図3】回転環における固定環との摺動面を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0022】
エンジンの冷却水循環装置であるウォーターポンプの構造を図1に示し、メカニカルシールの構造を図2に示す。
【0023】
図1に示すウォーターポンプ1の場合は、図示しないエンジンからの駆動力によりギア4を介してウォーターポンプ1が駆動される。回転軸(シャフト)5は軸受け7によってボディ(ハウジング)6内に保持されており、回転軸5にはギア4及びインペラ3が圧入等により固定されている。ウォーターポンプ1内の冷却水(液体部分W)と外部(気体部分A)とのシールはメカニカルシール2にて行われている。
【0024】
図2に示すように、メカニカルシール2は、回転軸5と一体的に回転する回転側の回転環(メイティングリング又はフローティングシート)10と、固定側の固定環(シールリング)11とから主に構成されている。即ち、メカニカルシール2では、回転軸5と一体的に回転する回転側の回転環10と、固定側の固定環11とが摺動し、回転環10と固定環11との摺動面部分(摺動面12、13)で液体部分Wと気体部分Aとを分離するようになっている。
【0025】
回転環10の母材14は、セラミック材で形成されている。具体的には、回転環10の母材14は、親水性のあるミクロンサイズ(ミクロン粒子サイズ)のセラミック粒子を素材としてセラミックを焼成したものである(図3参照)。少なくとも回転環10における母材14の表面15には、鏡面研磨が施されている。回転環10は、金属製の保持部材(回転側保持部材)16を介して回転軸5に取り付けられている。即ち、回転環10は、シール材表面(摺動面12)が摩耗しても軸方向に動かないもの(メイティングリング又はフローティングシート)である。
【0026】
一方、固定環11は、カーボン材(焼成カーボン)で形成されている。少なくとも固定環11における回転環10との摺動面13には、鏡面研磨が施されている。固定環11は、ゴム製のベローズ17及び金属製の保持部材(固定側保持部材)18を介してボディ6に取り付けられ、スプリング(コイルスプリング)19の弾性力により、ベローズ17を介して押圧され、回転環10に押し付けられている。即ち、固定環11は、シール材表面(摺動面13)の摩耗に従い、スプリング19及びベローズ17によって軸方向に動くことができるもの(シールリング)である。
【0027】
図3に示すように、本実施形態では、回転環10の摺動面12(即ち、鏡面研磨された母材14の表面15)に、親水性のあるナノサイズ(ナノ粒子サイズ)のセラミック粒子をコーティングしてコーティング層20を形成している。コーティング層20に用いられるセラミック粒子は、粒子径がエンジンの冷却水に含まれうるナノサイズの付着物質の粒子径よりも小さいもの(数〜数十nm程度)であることが好ましい。なお、コーティング層20の厚さは、回転環10の摺動面12の摩耗を考慮して設定することが好ましい(例えば、数十〜数百nm)。
【0028】
次に、本実施形態の作用を説明する。
【0029】
ナノサイズの付着物質のシール材表面への付着防止には、シール材側もナノレベルの表面とすることで可能となる。しかしながら、ナノレベルの素材にてセラミックを焼成することは、コストが上昇し、技術的にも難度が増加することとなる。
【0030】
そこで、本実施形態では、回転環10の摺動面12(即ち、鏡面研磨された母材14の表面15)に、親水性のあるナノサイズのセラミック粒子をコーティングしてコーティング層20を形成することで、シール材表面(回転環10の摺動面12)への付着物質の付着を防止可能とすると共に、シール材表面(回転環10の摺動面12)の粒界部への付着物質侵入も防止可能としている。
【0031】
即ち、本実施形態によれば、鏡面研磨されたセラミック材からなる母材14の表面15に、親水性のあるナノサイズのセラミック粒子をコーティングしてコーティング層20を形成しているので、このコーティング層20の形成によって付着物質との接触面積が小さくなり、シール材表面(回転環10の摺動面12)への付着物質の付着を防止することが可能となる。また、コーティング層20の形成によって粒子間の隙間も小さくなり、シール材表面(回転環10の摺動面12)の粒界部への付着物質侵入も防止することが可能となる。
【0032】
また、本実施形態によれば、ナノレベルの素材にて回転環10全体を焼成するのではなく、ミクロンレベルの素材にて回転環10の母材14となるセラミックを焼成し、且つ、このセラミック(母材14)の内、固定環11との摺動面12となる面(表面15)に、ナノサイズのセラミック粒子をコーティングしているので、コストの上昇及び技術的難度の増加を最小限に抑えることが可能となる。
【0033】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態には限定されず他の様々な実施形態を採ることが可能である。
【0034】
例えば、上述の実施形態では回転環10の母材14をセラミック材としたが、コーティング可能な材料であれば、鉄系材料、樹脂系材料も回転環10の母材14となりうる。
【0035】
また、カーボン材からなる固定環11の摺動面13にも、親水性のあるナノサイズのセラミック粒子をコーティングしてコーティング層を形成しても良い。
【0036】
さらに、上述の実施形態とは逆に、回転環10にカーボン材を使用すると共に、固定環11にセラミック材を使用し、固定環11の摺動面13に、親水性のあるナノサイズのセラミック粒子をコーティングしてコーティング層を形成しても良い。この場合も、コーティング可能な材料であれば、鉄系材料、樹脂系材料も固定環11の母材となりうる。
【符号の説明】
【0037】
1 ウォーターポンプ
2 メカニカルシール
3 インペラ
4 ギア
5 回転軸(シャフト)
6 ボディ(ハウジング)
7 軸受け
10 回転環(メイティングリング)
11 固定環(シールリング)
12 回転環における固定環との摺動面
13 固定環における回転環との摺動面
14 回転環の母材
15 回転環の母材の表面
16 保持部材(回転側保持部材)
17 ベローズ
18 保持部材(固定側保持部材)
19 スプリング
20 コーティング層
A 気体部分(外部)
W 液体部分(冷却水)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸と一体的に回転する回転側の回転環と、固定側の固定環とが摺動し、前記回転環と前記固定環との摺動面部分で液体部分と気体部分とを分離するウォーターポンプのメカニカルシールにおいて、
前記回転環における前記固定環との摺動面又は前記固定環における前記回転環との摺動面に、ナノサイズのセラミック粒子をコーティングしてコーティング層を形成したことを特徴とするウォーターポンプのメカニカルシール。
【請求項2】
前記コーティング層が形成される前記回転環の母材又は前記固定環の母材は、ミクロンサイズのセラミック粒子を焼成してなるセラミック材で形成される請求項1に記載のウォーターポンプのメカニカルシール。
【請求項3】
前記コーティング層が形成される前記回転環の母材又は前記固定環の母材は、鉄系材料又は樹脂系材料で形成される請求項1に記載のウォーターポンプのメカニカルシール。
【請求項4】
前記ウォーターポンプは、内燃機関の冷却水循環装置として用いられるものである請求項1から3のいずれかに記載のウォーターポンプのメカニカルシール。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−53693(P2013−53693A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−192842(P2011−192842)
【出願日】平成23年9月5日(2011.9.5)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】