説明

エイ革の表面に縫製用溝を形成する方法

【課題】エイ革(2)の表面に所要とおりの縫製用溝(32)を形成し、かくしてエイ革(2)を使用して魅力的な革製品を製作することを可能にする。
【解決手段】エイ革(2)の裏面に支持シート(6)を貼着して剛性を補強し、そして回転駆動せしめられるエンドミル(28)をエイ革(2)の表面に作用せしめる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、書類カバン、ハンドバッグ及びサイフ等の各種革製品、インテリア製品、車両内装品及び各種靴等を製作するために、布或いは牛革等の他の材料と共に縫製されるエイ革の表面に縫製用溝を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
上述したとおりの各種製品のための高級材料として、近時においてはエイ革が注目されている。エイ革の表面には直径が1乃至2mm程度の小粒子がランダムに分散されており、かかる小粒子がエイ革の表面を著しく魅力的なものにせしめている。一方、上記小粒子は燐酸カルシウムを主成分とする硬脆性物質であり、それ故にエイ革の表面を通して縫製針を通すことは不可能ではないにしても極めて困難である。
【0003】
下記特許文献1乃至3に開示されているとおり、牛革等の各種革の縫製に際しては、皮の表面を所要縫製ラインに沿って押圧して凹状溝を生成し、或いは革の表面を所要縫製ラインに沿って彫刻刀の如き切削工具によって切り込んで溝を形成し、かかる溝に沿って縫製することが周知である。
【特許文献1】特公昭56−5312号公報
【特許文献2】実用新案登録第37579号公報
【特許文献3】特許第120433号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
エイ革の場合にも、その表面に所要縫製ラインに沿って縫製用溝を形成し、かかる縫製用溝に沿って縫製を遂行すれば、エイ革を布或いは牛革との他の材料と縫製して所要革製品を製作することが可能になる。しかしながら、本発明者等の経験によれば、エイ革の場合、その表面には硬脆製物質である小粒子が分散されている故に、押圧して押状溝を生成し或いは彫刻刀の如き切削工具によって切り込むことが実際上不可能である。また、エイ革はその表面には硬脆性物質である小粒子が分散されているにも拘らず、その全体としてのスチフネス(所謂腰の強さ)は著しく小さく、かかる事実もエイ革の表面に溝を形成することを困難にしている。
【0005】
本発明は上記事実に鑑みてなされたものであり、その主たる技術的課題は、上述したとおりの特質を有するエイ革の表面に所要とおりの縫製用溝を形成し、かくしてエイ革を使用して魅力的な革製品を製作することを可能にする、新規且つ改良されたエイ革の表面に縫製用溝を形成する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、鋭意検討及び実験の結果、エイ革の裏面に支持シートを貼着して剛性を補強し、そして回転駆動せしめられるエンドミルをエイ革の表面に作用せしめることによって、上記主たる技術的課題を達成することができることを見出した。
【0007】
即ち、本発明によれば、上記主たる技術的課題を達成するエイ革の表面に溝を形成する方法として、エイ革の裏面に支持シートを剥離自在に貼着する貼着工程と、
該貼着工程の後に、該エイ革とエンドミルとを、該エイ革の表面に対して該エンドミルが実質上垂直に延在し且つ該エンドミルの先端が該エイ革の表面を越えて所要切削深さ突出した状態にせしめ、そして該エンドミルを回転せしめると共に該エイ革を該エンドミルに対して該エイ革の表面に平行な方向に相対的に移動せしめ、かくして該エイ革の表面に溝を刻設する溝刻設工程と、
該溝刻設工程の後に、該エイ革の裏面から該支持シートを剥離する剥離工程と、
を含むことを特徴とする、エイ革の表面に縫製用溝を形成する方法が提供される。
【0008】
該支持シートはボール紙製であるのが好都合である。好ましくは、該エンドミルを15000乃至25000rpmの速度で回転せしめる。該エンドミルの外径は0.8乃至1.5mmであり、刻設される溝の幅は0.8乃至1.5mmであるのが好適である。1回の溝切削深さは0.1乃至0.2mmであり、溝切削を複数回繰り返し遂行して深さが0.3乃至0.7mmの溝を形成するのが好ましい。両面接着テープを介して該エイ革の裏面に該支持シートを貼着するのが好都合である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法においては、エイ革の裏面に支持シートを貼着することによってエイ革の剛性が補強されエイ革の取り扱いが容易化される。そして、回転駆動されるエンドミルをエイ革の表面に作用せしめることによって、表面に硬脆製物質である小粒子が分散されているにも拘らず、エイ革の表面に所要とおりの縫製用溝を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、添付図面を参照して、本発明に従って構成されたエイ革の表面に縫製用溝を形成する方法の好適実施形態について、更に詳細に説明する。
【0011】
図1には、その表面に縫製用溝を形成すべきエイ革2が図示されている。所要なめし処理を施し長方形に切断されたエイ革2は、その厚さが通常1.2乃至1.5mm程度であり、その表面には表面における直径が1乃至2mm程度で深さが0.4乃至0.7mm程度である小粒子4が比較的密に且つランダムに分散されている。かかる小粒子4は燐酸カルシウムを主成分とするものであり、エイ革2の表面を魅力的なものにせしめている。
【0012】
エイ革2のスチフネス(所謂腰の強さ)は過小であり、そのままの状態のエイ革2に後に言及する溝刻設工程を遂行することは不可能ではないにしても著しく困難である。そこで、本発明の方法においては、最初に貼着工程を遂行する。この貼着工程においては、エイ革2の裏面に支持シート6を剥離自在に貼着してエイ革2の剛性を増大せしめる。支持シート6はエイ革2と実質上同一の長方形であるのが好適である。かかる支持シート6は厚さ0.7乃至1.2mm程度のボール紙でよい。所望ならば、適宜の合成樹脂フィルム乃至シート或いは金属薄板の如き他の適宜の材料から形成された支持シートを使用することもできる。エイ革2と支持シート6とは市販の両面接着テープ(図示を省略している)を介して剥離自在に接着することができる。両面接着テープに代えて市販のゴム糊等の適宜の接着剤を介してエイ革2の裏面に支持シート6を貼着することもできる。
【0013】
上述した貼着工程の後に溝刻設工程を遂行する。図2には、溝刻設工程に好都合に適用することができる切削機が図示されている。図2を参照して説明すると、図示の切削機は実質上水平に配設された基台8を有する。この基台8上には実質上鉛直に延びる支柱10が固定されている。円柱形状でよい支柱10の中間部には、実質上水平に延在する基板12が固定されている。この基板12には実質上鉛直に延びるねじ軸14が回転自在に装着され、そしてまた実質上鉛直に延びる補助支柱16が固定されている。補助支柱16も円柱形状でよい。支柱10及び補助支柱16には昇降台18が昇降自在に装着されている。更に詳述すると、昇降台18には支柱10の外径に対応した内径を有する円形開口(図示していない)と共に補助支柱16の外径に対応した内径を有する円形開口(図示していない)が形成されており、かかる円形開口を支柱10及び補助支柱16に被嵌することによって、昇降台18が支柱10及び補助支柱18に沿って昇降自在に装着されている。昇降台18には、更に、雌ねじ孔(図示していない)も形成されており、かかる雌ねじ孔がねじ軸14に螺合されている。ねじ軸14の上端にはホイール20が固定されており、このホイール20には上方に突出するハンドル22が固定されている。ハンドル22を把持してねじ軸14を図3において上方から見て時計方向に回転せしめると、ねじ軸14と雌ねじ孔との協働によって昇降台18が上昇され、ねじ軸14を図3において上方から見て反時計方向に回転せしめると、ねじ軸14と雌ねじ孔との協働によって昇降台18が下降される。
【0014】
図2を参照して説明を続けると、昇降台18の図2において左側部には、スピンドルハウジング24が固定されている。そして、このスピンドルハウジング24には実質上鉛直に延びるスピンドル26が回転自在に装着されている。スピンドルハウジング24内には電動モータでよい回転駆動源(図示していない)が配設されており、この回転駆動源の出力軸はスピンドル26に連結されている。スピンドル26の下端部にはエンドミル28が装着されている。エンドミル28は超硬合金製のフラットエンドミル(即ち先端の形状は平坦で、刃は最外径に形成されている型のエンドミル)であるのが好適である。エンドミル28に関連せしめて、基台8上には図2において紙面に垂直な方向に真直に延在し且つ図2において左右方向に位置調整自在な案内部材30が配設されている。
【0015】
図2と共に図3を参照して、切削機を使用した溝刻設工程について説明すると、図2に二点鎖線で示す如く、裏面に支持シート6が貼着されたエイ革2はその表面上を上方に向けて基台8上に載置される。この際にはエイ革2の片側面を案内部材30の片側面に当接せしめて、エイ革2の図2における左右方向の位置を規制することができる。図2において紙面に垂直な方向においては、エイ革2の先端をエンドミル28よりも幾分手前に位置せしめる。昇降台18の上下方向位置は、エンドミル28の切削深さd(即ちエンドミル28の先端がエイ革2の表面を越えて下方に突出する突出長さ)が所定値になるように設定される。切削深さdは0.1乃至2mm程度であるのが好適である。かようにして溝切削準備が完了すると、回転駆動源を付勢してスピンドル26を高速回転せしめてエンドミル28を高速回転せしめ、そしてエイ革2を案内部材30の片側面に沿って漸次前方(図2において紙面の表から裏に向かう方向、図3において右方向に向かう方向)に手動で移動せしめ、かくしてエンドミル28をエイ革2の表層部に作用せしめて溝32(図4も参照されたい)を刻設する。エンドミル28の回転速度は15000乃至25000rpm程度であるのが好適である。エンドミル28の外径、従って刻設される溝32の幅Wは、0.8乃至1.5mm程度であるのが好適である。一方、刻設される溝32の深さDは0.3乃至0.7mmであるのが望ましく、上述したとおりの溝切削を必要に応じて複数回繰り返し遂行することができる。
【0016】
溝刻設工程においてエイ革2の表面に所要溝32を形成した後には剥離工程を遂行する。この剥離工程においては、エイ革2の裏面に貼着されている支持シート6を剥離する。図4には、表面に縫製用溝32を刻設し、次いで裏面から支持シート6を剥離した状態のエイ革2が図示されている。かようなエイ革2を使用して適宜の皮革製品を製作する際には、エイ革2の縫製用溝32の底面を通して縫製針(図示していない)を作用せしめて、エイ革2とその裏面に積層された布或いは牛革の如き他の材料とを縫製することができる。縫製糸は縫製用溝32内に存在し、エイ革2の表面に魅力的なステッチを現出せしめる。
【0017】
以上、添付図面を参照して、本発明に従って構成されたエイ革の表面に縫製用溝を形成する方法の好適実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる好適実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲を逸脱することなく種々の変形乃至修正が可能であることは多言するまでもない。例えば、図示の実施形態においては溝刻設工程ではエイ革2を案内部材30に沿って移動せしめているが、所望ならばエイ革2を静止せしめておいてエンドミル28を適宜に移動せしめて溝切削を遂行することもできる。この場合には、スピンドルハウジング27を任意の方向に移動可能に構成し、スピンドルハウジング27の移動、従ってエイ革2に対するエンドミル28の移動をコンピュータ制御し、皮革製品のデザインに対応した適宜の曲線形状を含む任意形状の縫製用溝を形成することができるようになすこともできる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】エイ革の裏面に支持シートを貼着した状態を示す斜面図。
【図2】溝刻設工程に適用することができる切削機の一例を示す簡略正面図。
【図3】図2の切削機を適用した溝刻設工程を示す部分断面図。
【図4】表面に縫製用溝を形成し裏面から支持シートを剥離した状態のエイ革を示す斜面図。
【符号の説明】
【0019】
2:エイ革
4:小粒子
6:支持シート
28:エンドミル
32:縫製用溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エイ革の裏面に支持シートを剥離自在に貼着する貼着工程と、
該貼着工程の後に、該エイ革とエンドミルとを、該エイ革の表面に対して該エンドミルが実質上垂直に延在し且つ該エンドミルの先端が該エイ革の表面を越えて所要切削深さ突出した状態にせしめ、そして該エンドミルを回転せしめると共に該エイ革を該エンドミルに対して該エイ革の表面に平行な方向に相対的に移動せしめ、かくして該エイ革の表面に溝を刻設する溝刻設工程と、
該溝刻設工程の後に、該エイ革の裏面から該支持シートを剥離する剥離工程と、
を含むことを特徴とする、エイ革の表面に縫製用溝を形成する方法。
【請求項2】
該支持シートはボール紙製である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
該エンドミルを15000乃至25000rpmの速度で回転せしめる、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
該エンドミルの外径は0.8乃至1.5mmであり、刻設される溝の幅は0.8乃至1.5mmである、請求項1から3までのいずれかに記載の方法。
【請求項5】
1回の溝切削深さは0.1乃至0.2mmであり、溝切削を複数回繰り返し遂行して深さが0.3乃至0.7mmの溝を形成する、請求項1から4までのいずれかに記載の方法。
【請求項6】
両面接着テープを介して該エイ革の裏面に該支持シートを貼着する請求項1から5までのいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−59342(P2010−59342A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−228021(P2008−228021)
【出願日】平成20年9月5日(2008.9.5)
【出願人】(509276113)
【Fターム(参考)】