エピタキシャル酸化物膜、圧電膜、圧電膜素子、圧電膜素子を用いた液体吐出ヘッド及び液体吐出装置
【課題】圧電膜、圧電膜素子、圧電膜素子を用いた液体吐出ヘッドおよび液体吐出装置を提供する。
【解決手段】一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物から成るエピタキシャル酸化物膜であって、互いに結晶方位のずれを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、AドメインとBドメインの結晶方位のズレが2°未満であるエピタキシャル酸化物膜を圧電膜として用いて液体吐出ヘッドの吐出圧力発生素子用として好適な圧電膜素子を得る。
【解決手段】一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物から成るエピタキシャル酸化物膜であって、互いに結晶方位のずれを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、AドメインとBドメインの結晶方位のズレが2°未満であるエピタキシャル酸化物膜を圧電膜として用いて液体吐出ヘッドの吐出圧力発生素子用として好適な圧電膜素子を得る。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エピタキシャル酸化物膜、圧電膜、圧電膜素子およびこれを用いた液体吐出ヘッド及び、特に液体吐出装置に使用される、液体吐出ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、圧電アクチュエーターは、モータ構造の微細化、高密度化が可能であるという点で、電磁型モータに代わる新しいモータとして、携帯情報機器分野および化学、医療分野で注目されている。圧電アクチュエーターはその駆動に際して電磁ノイズを発生させず、また他からのノイズの影響も受けない。さらに、圧電アクチュエーターは、マイクロマシンに代表されるような、サブミリメートルクラスの大きさの機器を作る技術として注目されており、その駆動源として微小な圧電素子が求められている。
【0003】
一般に圧電体素子は、圧電体に一対の電極を接続した構成を有する。圧電体は、熱処理を施したバルク材の焼結体や単結晶体等の圧電特性を有する材料を、切削、研磨等の加工技術によって所望の大きさ、厚さに微細成形して製造するのが一般的である。また、微小な圧電体素子を形成する上では、金属やシリコンなどの基板上の所定位置に、印刷法などの方法を用いて、グリーンシート状の圧電体を塗布・焼成し、圧電体素子を直接形成する手法が一般的ある。このようなグリーンシートからの成形体は、厚みが数十μm〜数百μm程度であり、圧電体の上下には電極が設けられており、電極を通じて電圧が印加されるようになっている。
【0004】
従来、液体吐出ヘッドに用いるような小型の圧電体素子に使用する圧電体も、上述した材料を上記のように切削、研磨等の加工技術によって微細成形したり、もしくはグリーンシート状の圧電体を用いて製造されたりしていた。このような圧電体素子を用いた装置としては、例えばユニモルフ型の圧電体素子構造を有する液体吐出ヘッドがある。液体吐出ヘッドは、インク供給室に連通した圧力室とその圧力室に連通したインク吐出口とを備え、その圧力室に圧電素子が接合もしくは直接形成された振動板が設けられて構成されている。このような構成において、圧電体素子に所定の電圧を印加して圧電素子を伸縮させることにより、たわみ振動を起こさせて圧力室内のインクを圧縮することによりインク吐出口からインク液滴を吐出させる。
【0005】
上述した圧電体の機能を利用したカラーのインクジェットプリンタが現在普及しているが、かかる圧電方式のプリンターに対してもその印字性能の向上、特に高解像度化および高速印字が求められている。そのため液体吐出ヘッドを微細化したマルチノズルヘッド構造を用いて高解像度および高速印字を実現する事が試みられている。液体吐出ヘッドを微細化するためには、インクを吐出させるための圧電体素子を更に小型化することが必要になる。更に、最近、液体吐出ヘッドを配線直描等の工業用途に応用する試みも活発である。その際、より多様な特性をもつ液体吐出ヘッドの更なる吐出圧発生素子構造パターンの微細化及び高性能化が求められている。
【0006】
近年、マイクロマシン技術の発達により、圧電体を薄膜として形成し、半導体で用いられてきた微細加工技術を駆使してより高精度な超小型圧電素子を開発する研究がなされている。特に、スパッタリング法、化学気相合成法、ゾルゲル法、ガスデポジション法、パルスレーザーデポジション法等の薄膜法により形成される圧電膜の厚みは、圧電アクチュエーター用途の場合、一般に数百nm〜数十μm程度である。この圧電膜に電極が接続されており、この電極を通じて電圧が印加されるようになっている。
【0007】
一方、圧電体素子の小型化に伴い、より大きな圧電特性を示す高性能な圧電体材料の研究も活発である。近年注目されている圧電体材料としては、一般式ABO3で表わされるペロブスカイト型構造を有する複合酸化物材料がある。この材料は、例えばPb(ZrxTi1-x)O3(ジルコン酸チタン酸鉛:PZT)に代表されるように、優れた強誘電性、焦電性、圧電性を示す。PZT材料としては、例えば、非特許文献1に説明されているような材料がある。
【0008】
また、例えば{Pb(Mg1/3Nb2/3)O3}1-x−(PbTiO3)x(マグネシウム酸ニオブ酸チタン酸鉛:PMN−PT)に代表されるようなリラクサ系単結晶材料は、特に優れた圧電性を示す。例えば、特許文献1においては、PMN−PTをフラックス溶融により合成する方法が示されている。このような合成法によりバルク状単結晶体が得られ、1%を超える大きな歪量の材料が得られたことが報告されている。しかしながら、このようなバルク状の圧電体は上記のように切削、研磨等の技術によって微細成形する必要があり、より高精度な超小型圧電素子への適用は困難である。
【0009】
そこで、このような圧電体をスパッタリング法、化学気相合成法、ゾルゲル法、ガスデポジション法、パルスレーザーデポジション法等の薄膜法を用いて、膜として形成することが検討されている。しかしながら、現在のところ、上記のような圧電性の高い材料であっても、それを用いて薄膜成膜法で圧電体(圧電膜)を形成した場合、本来期待されるほど高い圧電性の実現には至っておらず、その差は非常に大きい。さらに、圧電性を高めると問題になる、大きな圧電歪が主原因になる電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避する好適な圧電膜素子は未だ確立されていなかった。
【0010】
なお、リラクサ系材料をスパッタリング法、化学気相合成法、ゾルゲル法、ガスデポジション法、パルスレーザーでポジション法等の薄膜法を用いて、圧電膜を形成することが検討されている。例えば、非特許文献2においては、PLD法によりPMN-PT薄膜を成膜したことが報告されている。
【0011】
ところで、発明者らは、圧電膜が双晶を持つことで圧電性が向上し、かつ、圧電膜と下部電極もしくは上部電極との密着性がよくなることを特許文献2において示している。我々はこの理由の一つの考察として、例えば、圧電膜が双晶を持つことにより、種々の製法で材料が作製される際に生じる内部応力を、双晶構造によって緩和できるのではないかと考えている。このためバルク材料を用いて得られた圧電体に近い圧電性が示され、かつ、圧電膜と下部電極もしくは上部電極との密着性が良い圧電素子が得られるのではないかと考えている。
【特許文献1】特許3397538号明細書
【特許文献2】特開2004−249729号公報
【非特許文献1】「セラミック誘電体工学」,第4版、1992年6月1日発行、学献社、p.333
【非特許文献2】Applications of Ferroelectrics, 2002. ISAF 2002. Proceedings of the 13th IEEE International Symposium P133-136
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、上記問題点を解決し、大きな圧電性を有する圧電膜、これを用いた、圧電膜素子を提供することにある。また本発明の更なる目的は、光学機器等の種々の分野における機能性膜として利用可能な、新規構造を有する酸化物膜を提供することにある。本発明の更なる目的は、大きな圧電歪が主原因になる電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避できる好適な圧電膜素子を提供することにある。本発明の更なる目的は、高い吐出性能を安定して得ることができ、圧電膜素子を含む吐出圧発生素子構造パターンの微細化が可能である液体吐出ヘッドおよびこれを有する液体吐出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のエピタキシャル酸化物膜の一態様は、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満であることを特徴とするエピタキシャル酸化物膜である。
【0014】
本発明のエピタキシャル酸化物膜の他の態様は、少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル酸化物膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインとCドメインとDドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインおよび前記Bドメインは[001]配向であり、前記Cドメインおよび前記Dドメインは[100]配向であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Bドメインと前記Dドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である
ことを特徴とするエピタキシャル酸化物膜である。
【0015】
本発明の圧電膜の一態様は、エピタキシャル酸化物膜からなる圧電膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満であることを特徴とする圧電膜である。
【0016】
本発明の圧電膜の他の態様は、少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル酸化物膜からなる圧電膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインとCドメインとDドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインおよび前記Bドメインは[001]配向であり、前記Cドメインおよび前記Dドメインは[100]配向であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Bドメインと前記Dドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である
ことを特徴とする圧電膜である。
【0017】
本発明の圧電膜素子は、上記構成の圧電膜と、該圧電膜に接する一対の電極と、を有することを特徴とする圧電膜素子である。
【0018】
本発明の液体吐出ヘッドは、吐出口と、吐出口に連通する個別液室と、該個別液室に対応して設けられた圧電素子と、前記個別液室と前記圧電素子との間に設けられた振動板とを有し、前記振動板により生じる前記個別液室内の体積変化によって前記個別液室内の液体を前記吐出口から吐出する液体吐出ヘッドであって、
前記圧電素子が上記構成の圧電膜素子であることを特徴とする液体吐出ヘッドである。
【0019】
本発明の液体吐出装置は、上記構成の液体吐出ヘッドを有することを特徴とする液体吐出装置である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によって、大きな圧電性を有し、かつ大きな圧電歪が主原因になる圧電膜素子での電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避できる圧電膜素子及びそれに用いる圧電膜を提供することができる。更に、この圧電膜素子を用いることで、均一で高い吐出性能を示し、更なる吐出圧発生素子構造パターンの微細化が可能な液体吐出ヘッドおよびこれを有する液体吐出装置を得ることが出来る。また、本発明によれば、光学機器の分野などの種種の分野で利用可能な新規構造のエピタキシャル酸化物膜を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の圧電膜素子が優れた特徴を有するのは、結晶配向性をもったエピタキシャル膜に複雑な構造が存在する為であると考えられる。一般に、バルク体単結晶の圧電体の自発分極方向に電界を印加すると、高い圧電特性が得られると考えられているが、近年、圧電体材料の圧電性向上のひとつの手段として、ドメインエンジニアリングと言われるドメイン制御を行う研究が行われている。例えば、リラクサ単結晶材料としては{Pb(Zn1/3Nb2/3)O3}1-x−(PbTiO3)x(亜鉛酸ニオブ酸チタン酸鉛:PZN−PT)が知られている。このリラクサ単結晶材料において、エンジニアード・ドメイン構造と呼ばれるドメイン制御を行うことによる圧電定数の大幅な改善が報告されている。すなわち、セラミックス Vol40(8)2005 P.600(参考文献1)には、この材料において、自発分極方向の圧電定数d33の30倍以上(2500−2800pC/N)の圧電定数が得られることが報告されている。
【0022】
参考文献1には、更に、ドメイン制御を行うことで圧電性を向上させる一つの方向として、ドメインサイズを小さくすることが有効である旨の報告がある。ドメインエンジニアリングを用いることにより、電界印加に伴う結晶の相変態や、電界に対し水平でないドメイン(例えば略垂直方向に分極を持つドメイン)の回転に基づいて、材料が本来有する分極変位より大きな圧電変位を得ることが出来る。しかし、このような圧電変位を発現させるには非常に高いエネルギーが必要である。このため、ドメインエンジニアリングを適用した圧電材料における圧電変位のエネルギーを低下させるには、結晶の相変態やドメインの回転が圧電材料中で誘発されるようなドメイン構造が重要である。
【0023】
ドメインサイズが小さくなれば、ドメインが微小なゆらぎをもつことが可能になり、ドメインエンジニアリングによる圧電変位のエネルギーが低下する。特に、膜応力や格子欠陥の多い薄膜において、ドメインエンジニアリングを適用して大きな圧電変位を得るためには、ドメインをこのような微小な揺らぎをもつ状態に制御することが特に重要である。
【0024】
つまり、本発明の圧電膜素子が高い圧電性を有する理由は、上述のような小さいドメインサイズを有する構造が、圧電膜が複雑な構造を持つエピタキシャル酸化物膜としての圧電膜において実現できる為ではないかと考えられる。本発明の圧電膜が有する複雑な構造とは、あるドメインに対して非常に小さな結晶方位のズレを有するドメインが存在する構造である。このドメインの存在により、結晶の相変態やドメインの回転が圧電体中で誘発していくことが可能になり、ドメインエンジニアリングによる圧電変位のエネルギーが低下し、高い圧電性を有することが可能になる。また同時に、本発明の複雑な構造により、基板上に形成される圧電膜としてのエピタキシャル酸化物膜が受ける膜応力を緩和することも出来る。このため、大きな圧電歪が主原因になる電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避できる圧電膜素子が得られるのではないかと考えられる。
【0025】
さらに、本発明の圧電膜が少なくともAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインを有する複雑な構造をもつことができる。この場合には、この複雑な構造自体により、基板上に形成される圧電膜であるエピタキシャル酸化物膜が受ける膜応力を緩和することができるのではないかと考えられる。これが大きな圧電歪が主原因になる電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避できることはもちろん、大きな圧電性を有することができる理由ではないかと考えられる。
【0026】
本発明のエピタキシャル酸化物膜は、一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物からなり、上述した複雑な構造を有する。このエピタキシャル酸化物膜は、上述のとおり圧電膜素子に組み込む圧電膜として好適に利用できる。
【0027】
本発明のエピタキシャル酸化物膜は、上述した圧電応用以外として、光スイッチング素子等の光学素子などとして用いる事が出来る。圧電特性の良好な膜は、概して、屈折率変化も大きいために光学素子として用いる事が出来る。また、本発明の酸化物膜は、エピタキシャル膜であるために、材料組成の選択により、透明性の良い膜を得る事が出来る。光学素子として用いる場合の好ましい膜厚は、0.6μm以上20μm以下である。圧電膜として好ましい膜厚は、0.6μm以上10μm以下である。
【0028】
(圧電膜素子)
このエピタキシャル酸化物膜を圧電膜とした圧電膜素子の構成について以下説明する。図10に、本発明の圧電膜素子の実施形態の一例の断面模式図を示す。圧電膜素子10は、少なくとも、第1の電極膜6、本発明に係る圧電膜7および第2の電極膜8を有する。図10に示した実施形態の圧電素子においては、圧電膜素子10の断面形状は矩形で表示されているが、台形や逆台形であってもよい。圧電膜素子10は基板5上に形成されるが、圧電膜素子10を構成する第1の電極膜6および第2の電極膜8はそれぞれ下部電極、上部電極どちらとしても良い。この理由はデバイス化の際の製造方法によるものであり、どちらでも本発明の効果を得る事が出来る。また基板5と第1の電極膜6の間にバッファー層9があっても良い。圧電膜素子10は、少なくとも基板5上又は基板5上に形成されたバッファー層9上に第1の電極膜6を形成し、次に圧電膜7をその上に形成し、更に第2の電極膜8を形成することによって製造することができる。
【0029】
(圧電膜)
本発明における圧電膜は、一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成るエピタキシャル膜である。材料としては、本発明で目的とする圧電膜を構成できるものであれば良い。このような材料としては、例えば、PbTiO3(チタン酸鉛:PTO)に代表される強誘電性、焦電性、圧電性を示す強誘電材料がある。また、例えばPb(ZnxNb1-x)O3(亜鉛酸ニオブ酸鉛:PZN)に代表される、優れた圧電性を示すリラクサ系電歪材料がある。特に、これらの材料の中にはMPBと呼ばれる結晶相境界を持つ場合があり、一般的にMPB領域の圧電性は特に良好であることが知られている。このような材料としては、例えば、以下に示す式で表わされるジルコン酸チタン酸鉛(PZT)、亜鉛酸ニオブ酸チタン酸鉛(PZN−PT)、マグネシウム酸ニオブ酸チタン酸鉛(PMN−PT)などの強誘電材料、リラクサ系電歪材料がある。
・PZT:Pb(ZrxTi1-x)O3
・PZN−PT:{Pb(Zn1/3Nb2/3)O3}1-x−(PbTiO3)x
・PMN−PT:{Pb(Mg1/3Nb2/3)O3}1-x−(PbTiO3)x
ここで、例えばチタン酸鉛をPbTiO3と表記しているが、各元素の組成は成膜における若干の組成ズレがあっても良い。例えばPb1.2TiO2.7のような組成ズレがある場合でも、圧電膜が一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物から成るエピタキシャル膜であれば構わない。またXは1以下の0以上の数である。MPB領域は、例えばPZTの場合はXが0.4〜0.7、PZN−PTの場合はXが0.05〜0.3、PMN−PTの場合はXが0.2〜0.4の範囲に一般に存在する。さらに本発明における圧電膜は上述の鉛系以外の材料でも良い。鉛系以外の材料としては、例えばBaTiO3(チタン酸バリウム:BTO)、LiNbO3(ニオブ酸リチウム:LNO)などがある。さらに、BiFeO3(鉄酸ビスマス)やBiCoO3(コバルト酸ビスマス)など、近年注目されている非鉛材料なども含まれる。また、例えばPMN−PTのZrがTiに代替されて含まれたPMN−PZTや、例えば上述の材料に微量の元素をドーピングした(Pb,La)(ZrxTi1-x)O3(PLZT)のような材料であっても良い。
【0030】
(ドメインと確認方法)
また、本発明における圧電膜は、圧電膜中に、互いに結晶方位のずれを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、AドメインとBドメインの結晶方位のズレが2°未満である。本発明におけるドメインとは圧電膜中に存在する格子定数と結晶方位を同じくする微小な結晶領域のことを指す。本発明におけるAドメインとBドメインはX線回折を用いて簡単に特定することができる。例えば[001]配向の正方晶PZT膜が、図1(a)のようにAドメイン(各図においてAで表示)とBドメイン(各図においてBで表示)をもつとする。なお、ここでドメインの「A」及び「B」は2種のドメインを区別するための記号であり、ペロブスカイト複合酸化物の構成を示す一般式ABO3における「A」成分及び「B」成分を意味するものではない。
【0031】
図1(a)の膜厚方向の断面図として示す構造において、例えばPZTの(004)はX線回折において2θでおよそ96°付近に回折角が得られる(X線源としてCuのKα線を用いた場合)。そこで、2θを96°付近の(004)の回折角に固定して、圧電膜の膜厚方向(PZTの[004]方向)からの傾きが2°の範囲の極点測定を行うと図1(b)のような回折点が得られる。ここで、Aドメインに対しの結晶方位のズレが2°未満であるBドメインは複数存在しても良い。また、ドメインの半価幅(結晶方位のゆらぎ)が大きい場合や、AドメインとBドメインの結晶方位のズレが非常に小さい場合には、AドメインとBドメインの回折点が重なる場合がある。このように回折点が重なる場合でも、それぞれの回折点のピークトップが確認できる範囲(ピーク分離できる範囲)であれば、それぞれドメインとして区別してよい。また、本発明のAドメインとBドメインの極点測定により得られる回折点は、図1(b)以外にも、例えば図2のようなものも挙げられる。
【0032】
(複数のドメインペアを有する構造)
本発明にかかる圧電膜(エピタキシャル酸化物膜)は、AドメインとBドメインとの組合せ(ペア)に加えて、Cドメイン(各図においてCで表示)とDドメイン(各図においてDで表示)の組合せ(ペア)を更に有するものでもよい。これらのCドメインとDドメインも、上記と同様の方法で区別できる。尚、本発明におけるドメイン間の結晶方位のズレは2°未満であるため、ドメインの確認をX線回折により行う場合は角度分解能の高い測定が必要である。そこで、本発明におけるAドメインとBドメイン、もしくはCドメインとDドメインを区別するためには、TEM等で判断することも可能であるが、X線回折を用いることが好ましい。X線回折の測定装置としては、多軸ゴニオメーターをもつX線回折装置を用い、回折X線の検出器の手前に、縦発散・横発散共に0.01Rad.(ラジアン)以下のソーラースリットを挿入することが好ましい。なお、多軸ゴニオメーターをもつX線回折装置としては、例えばパナリティカル社製X線回折装置X’Pert MRD(商品名)や、リガク社製X線回折装置ATX−E(商品名)のような装置が好適に利用できる。さらに、一般に多軸ゴニオメーターにおいては、極点測定を行う際にスキャンする回転角(一般にφ軸)のスキャン精度は2θ/θ測定のスキャン精度(一般に2θ軸)より劣る場合が多い。そこで、本発明のように数度程度の範囲を極点測定する場合には、あおり角(一般にω軸とψ軸)をスキャンすることで角度分解能の高い極点測定を行うことが出来る。
【0033】
以上、本発明のAドメインとBドメイン、CドメインとDドメインの組み合わせについて説明したが、例えば、AドメインがBドメイン以外のドメインと2°未満の結晶方位のズレを有する関係であってもよい。また同様に、CドメインがDドメイン以外のドメインと2°未満の結晶方位のズレを有する関係であってもよい。
【0034】
また、本発明における圧電膜は、AドメインとBドメインの結晶方位のズレをX°、CドメインとDドメインの結晶方位のズレをY°とした場合、 X=Y の関係を満たすことが好ましい。これはAドメインおよびCドメインに対し、BドメインおよびDドメインがそれぞれ同じ理由に起因した結晶方位のズレをもつことを示す。例えば、PZTを例に取ると、正方晶のAドメインおよびCドメインの隣に菱面体晶や単斜晶のBドメインおよびDドメインがそれぞれ存在する場合に起こり得る。あるいは、後述するようにAドメインおよびCドメインの隣に同じ双晶の鏡像関係を有するBドメインおよびDドメインがそれぞれ存在する場合に起こり得る。このような圧電膜は、無差別にドメインが存在する場合より、成膜条件を制御することによる膜のドメイン制御が行いやすい為、より好ましいドメイン構造を有するものである。
【0035】
(エピタキシャル膜)
さらに、本発明の圧電膜は少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル膜であることが好ましい。これは、正方晶のペロブスカイト複合酸化物は分極方向が[001]であるが、本発明の圧電膜が正方晶でかつ<100>配向であれば、ドメインエンジニアリングという圧電向上手段に適した構造になると考えられる為である。つまり、圧電膜素子に電界を印加した際に、圧電膜を構成するドメインの大部分の分極方向を膜厚方向にそろえることが可能になると考えられる。
【0036】
本発明におけるエピタキシャル膜とは、基板もしくは下層膜(例えば下電極膜)の結晶性を利用して、膜厚方向および膜面内方向に単一の結晶方位をもった膜のことを指す。つまり、面内方向がランダム配向ではないことで本発明の複雑な結晶構造が得られる。例えば、ペロブスカイト型構造のSRO(ルテニウム酸ストロンチウム)とPZTは格子定数が4Å程度と近い。そこで、下電極膜として<100>配向のSROを形成した上に、圧電膜としてPZTやPTOを形成すると、成膜条件により<100>配向のPZTやPTOを形成することが可能になる。このように下層膜(例えば下電極膜)の結晶性を利用して、膜厚方向および膜面内方向に単一の結晶方位をもった膜がエピタキシャル膜である。本発明のエピタキシャル酸化物膜も上述した単一結晶方位を有するものである。
【0037】
(結晶配向の確認方法)
本発明における<100>配向とは、X線回折を用いて簡単に特定することができる。例えば、正方晶<100>配向のPZTの場合、X線回折の2θ/θ測定での圧電膜に起因するピークは{100}、{200}等の{L00}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)のピークのみが検出される。これに加えて、{110}非対称面の極点測定をした際に、図3のように矢印で示した圧電膜の膜厚方向からの傾きが約45°に該当する円周上の90°毎の位置に各結晶の{110}非対称面の極点が4回対称のスポット状のパターンとして測定される。この場合の「膜厚方向」とは、圧電膜の結晶の{L00}面の法線方向である。
【0038】
(結晶配向の定義)
ここで、<100>とは[100]や[010]や[001]等で一般に表される計6方位を総称した表現である。例えば[100]と[001]は結晶系が立方晶の場合は同意であるが、正方晶や菱面体晶の場合は区別しなければならない。しかし、ペロブスカイト複合酸化物の結晶は、正方晶や菱面体晶であっても立方晶に近い格子定数を持つ。したがって、本発明においては正方晶の[100]と[001]や菱面体晶の[111]と
【0039】
【数1】
【0040】
も<100>や<111>で総称する。
なお、
【0041】
【数2】
【0042】
は、以下「1バー」と表記する。
【0043】
本発明においては例えば正方晶のPZTにおいて、分極方向である[001]と非分極方向である[100]や[010]が同時に存在していても、<100>単一の結晶方位をもつ<100>配向である。また、本発明においては、例えば正方晶と菱面体晶と単斜晶などの複数結晶相が混在(混相)する場合や、双晶等に起因する結晶が混在する場合や、転位や欠陥等がある場合も、広義に<100>配向とみなす。これは、このような相や双晶が混在する場合も、<100>軸は膜厚方向から5°程度しか傾かない為、ドメインエンジニアリングを発現させるに不足が無い為である。つまり、本発明において<100>配向とは、圧電膜が膜厚方向に<100>単一の結晶方位をもつことを指すが、数度程度の傾きの範囲を持つもの、例えば、<100>結晶軸が膜厚方向から5°程度傾いていても<100>配向という。さらに、本発明において{110}とは(110)や(101)や(011)等で一般に表される計6面を総称した表現であり、その詳細は前述した方位に関する取り扱いと同様である。
【0044】
(結晶相の測定)
尚、圧電膜の結晶相はX線回折の逆格子空間マッピングによって特定することができる。例えば、PZTの<100>配向の圧電膜が正方晶の場合に、逆格子空間マッピングで(004)と(204)を測定する。すると、(004)逆格子点のy軸方向の大きさQy(004)と、(204)逆格子点のy軸方向の大きさQy(204)との関係が Qy(004)=Qy(204) となるような逆格子点が得られる。例えば、菱面体晶の場合に、逆格子空間マッピングで(004)と(204)を測定する。すると、(004)逆格子点のy軸方向の大きさQy(004)と、(204)逆格子点のy軸方向の大きさQy(204)との関係が Qy(004)>Qy(204) 、もしくは Qy(004)<Qy(204) となる。すなわち、(004)逆格子点のy軸方向の大きさQy(004)と、(204)のx軸方向の大きさQx(204)との関係が Qy(004)≒2Qx(204) となるような逆格子点が得られる。この際、 Qy(004)>Qy(204) 、かつ、 Qy(004)<Qy(204) となるような2つの(204)逆格子点が現れても構わない。この2つの逆格子は双晶の関係にあると思われる。ここで、逆格子空間のy軸は圧電膜の膜厚方向であり、x軸は圧電膜の膜面内方向のある一方向である。
【0045】
(双晶)
本発明における圧電膜では、AドメインとCドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であることが好ましい。また、BドメインとDドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であることがさらに好ましい。これは、例えばドメインスイッチングにより圧電膜の分極が[001]方向にそろう際、後述する図4(a)のモデルで示すようなCドメインもしくはDドメインの寄与で、大きな圧電変化を生み出すことができる為であると考えられる。つまり、圧電膜がこのような双晶をもつと、略垂直方向に分極を持つドメインの回転により、材料が本来有する分極変位より大きな圧電変位を得ることが出来るドメインエンジニアリングを発現させることが出来る為であると考えられる。さらに、本発明の圧電膜は、複雑な構造によりドメインサイズがより小さくなっていると考えられ、このようなドメインスイッチングが通常の双晶構造よりおこり易いと思われる。また、同時に双晶の双晶面が{110}であることで、圧電膜素子が作製される際に生じる内部応力がより緩和されやすい構造になるためであると考えられる。
【0046】
本発明において利用し得る双晶とは、圧電膜を構成する結晶のある面を双晶面として鏡像関係が成り立つ結晶を指す。代表例として図4(a)のような鏡像関係にある結晶が本発明で利用し得る双晶である。図4(a)は、結晶が正方晶であり、Aドメイン及びCドメインを有する結晶構造の概略図である。このAドメインは、膜厚方向と垂直な方向に(100)、つまり、膜厚方向に[001]の結晶軸をもつ。また、Cドメインは、膜厚方向から若干のずれをもつ方向に(100)、つまり、膜面内方向から若干のずれをもつ方向に[001]の結晶軸をもつ。AドメインとCドメインは(101)を双晶面として双晶の鏡像関係にある。この場合の若干のずれとは正方晶の結晶格子のa軸長さとc軸長さとの正接の関係にある角度の2倍から90°を引いた程度の大きさである。一般に、一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物の単位格子は比較的立方体に近いため、双晶により生じる前述の若干のずれとはおよそ数度程度である。また、図4(a)からは、AドメインとCドメインとは互いに結晶方位のずれを有する事がわかる。
【0047】
図4(b)は図4(a)に示したAドメインおよびCドメインを有する圧電膜7の膜断面構造の概略の一例である。また図5(a)は結晶が正方晶であり、AドメインとC'ドメインを有する結晶構造の概略図である。このAドメインは、膜厚方向と垂直な方向に(100)、つまり、膜厚方向に[001]の結晶軸をもつ。C'ドメインは、膜厚方向から若干のずれをもつ方向に(100)、つまり、膜面内方向から若干のずれをもつ方向に[001]の結晶軸をもつ。また、図5(b)は、図5(a)に示したAドメインおよびC'ドメインを有する圧電膜の膜断面構造の概略の一例である。AドメインとC'ドメインは(1バー01)を双晶面として双晶の鏡像関係にある。ここで、図4(a)のCドメインと図5(a)のC'ドメインとはそれぞれ同じAドメインに対して双晶の鏡像関係にあるにもかかわらず別の結晶方位を有する。これは、Aドメインが膜厚方向に[001]の結晶軸をもつ正方晶であるために、4つ存在する{110}の双晶面(101)、(1バー01)、(011)、(01バー1)がそれぞれ違う方向を向いているためである。よってAドメインに対して{110}を双晶面とするドメインはCドメイン、C'ドメイン、C''ドメイン、C'''ドメインが存在する。本発明におけるCドメインとは、例えば前述したようなCドメイン、C'ドメイン、C''ドメイン、C'''ドメインを総称したドメインのことであり、例えば図6のように圧電膜7中に少なくとも2種類以上のCドメインが混在したものであっても良い。また、図6に示す圧電膜7の膜断面構造の概略には、例えばC''ドメインとAドメインの一部とは双晶の鏡像関係にない部分が含まれるが、少なくとも図6のC''ドメインは(011)を双晶面としてAドメインと双晶の鏡像関係にある。このため、AドメインとCドメインは少なくとも互いに双晶の鏡像関係を満たすドメインである。
【0048】
以上、本発明における双晶について図を用いて説明したが、双晶ドメインは図4(b)のように膜面内方向にのみ変化する必要は無く、例えば膜厚方向に変化しても、膜中にランダムに存在しても構わない。これはA、B、C、D各ドメインについても同様である。ここで図4(a)、図5(a)の矢印は[001]軸の方向である。また、図4、図5ではAドメイン及びCドメインを有する結晶構造を示したが、Bドメイン及びDドメインを有する結晶構造についても同様の取り扱いである。
【0049】
(双晶の確認方法)
尚、圧電膜の双晶はX線回折の逆格子空間マッピングと極点測定によって簡単に特定することができる。例えば、[001]配向のPZT圧電膜が正方晶で、かつ、図4(a)と図4(b)で示す双晶を有する場合、逆格子空間マッピングで{004}空間と{204}空間を測定すると、図7のような回折が現れる。すなわち、図7に示すように、Aドメインに起因した(204)回折の近傍に、双晶のCドメインに起因した(402)回折が現れる。このとき、双晶によって生じる方位の若干のズレ({004}空間におけるAドメインとCドメインの逆格子空間原点からの角度ズレ)が正方晶の結晶格子のa軸長さとc軸長さとの正接の関係にある角度の2倍から90°を引いた程度の大きさとなる。また、同様に2θ軸を(004)と(400)の回折角に固定して、圧電膜の膜厚方向(PZTの[004]方向)からの傾きが5°程度の範囲の極点測定を行うと図8のような回折点が得られる。
【0050】
以上、本発明の双晶の代表例として、AドメインとCドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である膜を説明した。Bドメイン及びDドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である膜についても同様の取り扱いである。
【0051】
しかし、例えばAドメインとBドメイン、CドメインとDドメインとが双晶の鏡像関係にある場合は上記の構成に限定されない。例えば{111}の双晶面をもつ正方晶の[001]配向の膜等であってもよいし、例えばそれらが複雑に共存する膜であっても良い。また、例えば、{110}の双晶面をもつ正方晶の[100]配向の膜や、{110}の双晶面をもつ正方晶の[001]配向の膜等が複雑に共存することで現れる双晶の鏡像関係であっても良い。ただし、この場合の結晶方位のズレは、AドメインとBドメイン間、CドメインとDドメイン間とも2°以内であることが好ましい。
【0052】
(BドメインおよびDドメインの方位ズレ)
本発明における圧電膜はAドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分とBドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをもつ。同様に、Cドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分とDドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをもつ。例えば図11、図12の場合は面内方向でどちらも45°のズレを持つ。
【0053】
図26は図12で示すPTO(200)、(002)の極点図の重ね合わせ模式図である。ここで、XはAドメインとBドメインの[002]方位のズレ、YはCドメインとDドメインの[200]方位のズレである。また、VはAドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分とBドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレである。また、WはCドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分とDドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレである。
【0054】
θ1=arctan(c/a) ×2-90で、正方晶である圧電膜の結晶格子のa軸長さとc軸長さとの正接の関係にある角度の2倍から90°を引いた大きさである。θ3はAドメインの[002]とCドメインの[200]の方位ズレである。θ2とθ4はBドメインの[002]とDドメインの[200]の方位ズレである。図12において図26で示すような複雑な極点構造が現れた詳細までは分かっていないが、例えば以下のような理由でないかと考えている。
【0055】
AドメインはSRO膜上にエピタキシャル成長したPTO膜であり、膜厚方向、膜面内方向とも下地膜であるSRO膜と同じ単一の結晶方位を有するドメインであとする。次にCドメインはAドメインと{110}を双晶面とした双晶の鏡像関係にあるドメインであるとする。Cドメインは双晶の鏡像関係による若干の方位ズレθ3を有するが、AドメインおよびSRO膜と同じ単一の結晶方位を有するはずである。Cドメインが複数存在/観察されることは前述した。ここでAドメインの結晶格子のa軸長さとc軸長さからθ1を求めると、θ3と同じとなるはずである。次にDドメインはBドメインと{110}を双晶面とした双晶の鏡像関係にあるドメインであるとする。DドメインはBドメインと双晶の鏡像関係による若干の方位ズレθ2もしくはθ4とを有するが、AドメインおよびSRO膜と同じ単一の結晶方位を有するはずである。BドメインやDドメインが複数存在/観察されることもCドメインと同様である。
【0056】
ここで図27は図12のPTO膜の結晶格子のa軸長さおよびc軸長さの膜厚依存性を示す。本発明において図12のBドメインやDドメインが現れるのは600nm以上であるため、図27の結晶格子の600nm以下の点では、a軸長さはX線回折におけるCドメインの2θ角から、また、c軸長さはX線回折におけるAドメインの2θ角から求めた。一方1000nm以上の点ではa軸長さはX線回折におけるDドメインの2θ角から、また、c軸長さはX線回折におけるBドメインの2θ角から求めた。
【0057】
図より500nm以下でc軸長さが極小を示していることが分かるが、500nm付近のa軸長さおよびc軸長さから求められるθ1はθ3およびθ4とほぼ等しい。また、1000nm以上のa軸長さおよびc軸長さから求められるθ1はθ2とほぼ等しい。
【0058】
つまり、AドメインとCドメイン、およびBドメインとDドメインはどちらも{110}を双晶面とする双晶の鏡像関係にある。しかし、圧電膜の膜厚依存により若干の方位ズレが異なっているものと思われる。
【0059】
ここで、図28は本発明の圧電膜(PTO膜)のA,B,C,D各ドメインのズレ角と膜厚との関係を示す。1000nmでは確認されているBドメインおよびDドメインは500nm以下では存在しない為、500nm以下ではθ2およびX,Yは存在しないが、1000nm以上ではθ2=X+Y+θ3の関係にあることがわかる。このθ2の値はPTOバルク体のa軸長さおよびc軸長さから求められるθ1とほぼ一致する。つまりBドメインとDドメインはほぼバルク体と同じ程度の格子定数を有することが分かる。一方500nm以下では図27よりθ1はθ3とほぼ一致する為、バルク体に対し歪んだ格子定数を有することが分かる。この理由は以下のような構造モデルで考えられる。
【0060】
図29は本発明の圧電膜が以下の条件を満たすと仮定した場合の膜断面方向から見たドメイン構造と、A,B,C,D各ドメインと、ズレ角との関係を考えた模式図である。
(1)A,B,C,Dドメインを有し、AドメインおよびBドメインが[001]配向であり、CドメインおよびDドメインが[100]配向である。
(2)AドメインとCドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有する。
(3)前記双晶の双晶面が{110}である。
(4)BドメインとDドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有する。
(5)前記双晶の双晶面が{110}である。
【0061】
基板から600nm以下の薄膜部ではAドメインとCドメインが前述の双晶の鏡像関係により、θ3のズレをもって存在している。さらに基板から600nm以上の厚膜部では、BドメインとDドメインが前述の双晶の鏡像関係により、θ2のズレをもって存在している。ここで、Cドメインは基板水平面とθ3のズレを有している。一方、Dドメインは、基板水平面とθ3+Yのズレを有している。このような差が生じるのはAドメインとCドメインが基板から600nm以下の薄膜部で存在している為、基板の拘束によりY分の格子ズレをとることが困難である為ではないかと思われる。つまり格子が歪むことにより、AドメインとCドメインが双晶の鏡像関係にあるために生じるθ1のズレ角が小さくなり、基板の拘束を吸収しているものと思われる。一方、BドメインとDドメインは600nm以上の厚膜部で存在する為、基板からの拘束を受けることなく、バルクとほぼ同じ程度の格子定数を有することができる。このため、AドメインとCドメインが双晶の鏡像関係にあるために生じるθ1のズレ角はθ3にさらにXとYを加えた角度θ2となる。すなわち、BドメインおよびDドメインはそれぞれAドメインおよびCドメインとに対しXとYの角度だけ均等にズレを持つことで、600nm以上の厚膜部に存在できるものと思われる。また、図28の結果や上記の考察よりX=Yとなることも予想できる。
【0062】
本発明の圧電膜のAドメインとBドメインの結晶方位のズレが2°未満であり、また、CドメインとDドメインとの結晶方位のズレが2°未満であることは以下の理由によると思われる。一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物、特に鉛系のペロブスカイト複合酸化物の正方晶のa軸長さとc軸長さの比は一般的に小さい。公知の材料として比較的a軸長さとc軸長さの比が大きいものはPTOであるが、PTOは正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.06程度である。この値より前述のθ1を求めるとおよそ3.5°程度となる。ところで、AドメインとBドメインの結晶方位のズレ角はXであるが、図28から考えると、θ2=X+Y+θ3であり、かつ、ほぼX=Yの関係が成り立ち、かつθ2は3.5°程度となる。そのため、特に鉛系のペロブスカイト複合酸化物の場合、本発明の圧電膜のAドメインとBドメインの結晶方位のズレは2°未満となり、また、CドメインとDドメインとの結晶方位のズレが2°未満となることが予想できる。
【0063】
一方、非鉛系の圧電材料まで考えた場合、例えばBiCoO3(コバルト酸ビスマス)は正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.25程度と大きい。このためθ2は10°を超える値になることが予想される。よって、材料によっては本発明の圧電体膜は本発明の圧電膜のAドメインとBドメインの結晶方位のズレは5°未満となり、また、CドメインとDドメインとの結晶方位のズレが5°未満となることが考えられる。
【0064】
本発明の圧電膜の複雑なドメイン構造は、前述のようにAドメインとCドメインの双晶構造、およびBドメインとDドメインの双晶構造、および基板からの応力の影響を受け形成されていると思われる。このため、例えば熱膨張係数や堅さ等の物性の違う基板を用いることでそのズレ角度等に若干の変化が出る。例えば図30および図31はそれぞれ基板にSiおよびKTOを用いた場合のPTOの(002)、(200)の極点測定の結果である。図12の基板にSTOを用いた場合のPTOの(002)、(200)の極点測定の結果を含め、これらの結果より、次のことが分かる。
【0065】
すなわち、各基板によりθ3の大きさには違いがあるものの、θ2の大きさはほぼ同じであり、バルク体のθ1とほぼ一致する3.5°程度になる。このように基板により膜への応力のかかり方が変化する為、AドメインとCドメインの双晶構造から得られるθ3には違いが生じるものの、BドメインとDドメインの双晶構造から得られるθ2は基板に依存しない。
【0066】
これを裏付ける結果を図32に示す。図32はPTO膜A,B,C,D各ドメインのずれ角とA,B,C,Dドメイン全体におけるA,Bドメインの割合との関係である。ここで、ドメインの割合はX線回折における各ドメインの回折強度から導いた。図32より、A,B,C,Dドメイン全体のA,Bドメインの割合が増すとθ3が大きくなり、XおよびYが小さくなることがわかる。また、θ3はA,B,C,Dドメイン全体のA,Bドメインの割合が1に近づくとθ2およびθ1の値に近づき、逆に、XおよびYはA,B,C,Dドメイン全体のA,Bドメインの割合が0に近づくと0に近づく。つまり、X,Yおよびθ3の大きさはA,B,C,Dドメイン全体におけるA,Bドメインの割合に対し一次の関数で決まる。つまり、A,B,C,Dドメイン全体のA,Bドメインの割合をVcとした場合、X,Yの大きさはX=Y=θ1×(1−Vc)/2の関係になることがわかる。
【0067】
さらに、A,B,C,Dドメイン全体におけるA,Bドメインの割合は基板の熱膨張係数αsub、エピタキシャル酸化物膜の熱膨張係数αfilm、成膜温度Ts、エピタキシャル酸化物膜のキュリー温度Tcにより決まっていることを確かめた。更に、σ=(Ts−Tc)×(αfilm−αsub)とおいた場合、Vcはσの一次の関数であらわされることまで確かめた。これにより、Vcはエピタキシャル酸化物膜が受ける熱応力により制御でき、さらに、A,B,C,D各ドメインのずれ角等を制御できることがわかる。
【0068】
最後にVおよびWについて考える。圧電膜中に以上の関係で膜厚依存を有しつつもA、B、C、Dドメインが共存できると仮定する。前述したようにCドメイン、C'ドメイン、C''ドメイン、C'''ドメインが存在できるので、DドメインはBドメインに対しθ2とθ4を両立して存在しなければならない。そこで、Aドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分とBドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分とは膜面内方向に回転ズレをもつ事が必要になる。同様に、Cドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分とDドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分とは膜面内方向に回転ズレをもつ事が必要になる。以上が図11や図12で得られた複雑な結晶構造が得られるメカニズムではないかと考えられる。また、図11や図12の場合は上記回転ズレは45°である必要がある。つまり、WとVの関係は、0<V=W≦45にあることが好ましく、V=W=45の関係にあることが更に好ましい。さらに、(θ2−θ4)/2=X=Yとなる事もわかる。
【0069】
(90°ドメイン構造)
さらに、本発明の圧電膜は90°ドメイン構造を有することが好ましい。本発明における90°ドメイン構造とは、膜厚方向と垂直な方向に(100)、つまり、膜厚方向に[001]の結晶軸をもつドメインと、膜厚方向と垂直な方向に(001)、つまり、膜厚方向に[100]の結晶軸をもつドメインとが共存する構造である。この場合、前述の2つのドメインは双晶の鏡像関係になく双晶ドメインではない。90°ドメイン構造を有すると、膜厚方向に[001]の結晶軸をもつドメイン、膜厚方向に[100]の結晶軸をもつドメインそれぞれに本発明の互いに結晶方位のずれを有するドメイン、および、双晶構造を有するドメインが存在可能である。その結果、さらに複雑な構造をもつ圧電膜を得ることが出来る。
【0070】
(エピタキシャル酸化物膜の構成材料)
圧電膜としてのエピタキシャル酸化物膜の主成分はチタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛であることが好ましい。これは、一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物の中では、一般にPTOやPZTのような強誘電材料の方が、例えばPZN−PTのようなリラクサ系電歪材料より、正方晶や菱面体晶の格子の歪みが大きい為である。
【0071】
圧電膜としてのエピタキシャル酸化物膜の主成分はチタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛であることが好ましい。これは、一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物の中では、一般にPTOやPZTのような強誘電材料の方が、例えばPZN−PTのようなリラクサ系電歪材料より、正方晶や菱面体晶の格子の歪みが大きい為である。(ここで、格子の歪とは、正方晶の場合は結晶格子のa軸とc軸の比c/aのことであり、菱面体晶の場合はa,b,c軸のなす角αの90°からのズレのことである。)このため、大きな圧電変化を生み出しやすく、かつ、圧電膜素子が作製される際に生じる内部応力の緩和が容易となる。例えば、PTOは正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.06程度である。MPBと呼ばれる結晶相境界付近のPZTは正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.03程度である。BaTiO3(チタン酸バリウム)は正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.01程度である。さらに例えばBiCoO3(コバルト酸ビスマス)は正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.25程度と大きいため、大変優れた圧電膜である。
【0072】
(膜厚)
圧電膜の膜厚は0.6μm以上あることが好ましい。膜厚が0.6μm以上であれば、本発明の複雑な双晶構造をより容易に得ることが出来る。材料や基板の種類にも依存するが、特に60nm以下の膜厚では、本発明の複雑な双晶構造を形成する前述のBドメインとDドメインを得ることが難しい。
【0073】
(測定方法)
上述のように圧電膜の結晶構造はX線回折により容易に確認することが出来るが、上述のX線回折の他にも、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察等によっても確認することが出来る。
【0074】
(エピタキシャル酸化物膜の形成方法)
本発明における圧電膜として利用し得るエピタキシャル酸化物膜の形成方法は特に限定されない。10μm以下の薄膜では通常、ゾルゲル法、水熱合成法、ガスデポジション法、電気泳動法等の薄膜形成法を用いることができる。さらにはスパッタリング法、化学気相成長法(CVD法)、有機金属気相成長法(MOCVD法)、イオンビームデポジション法、分子線エピタキシー法、レーザーアブレーション法等の薄膜形成法も用いることができる。これらの薄膜形成法では、基板や下部電極からのエピタキシャル成長を用いた圧電膜の形成が可能となる。
【0075】
上記の各種方法のなかでも、成膜方法としては、特に、図9に示す装置を用いるパルスMOCVD法により成膜することにより得る事が好ましい。
【0076】
パルスMOCVD法では、配管内で単結晶成膜を阻害する酸化反応が進行しないよう出発原料供給路の温度制御を行うことが好ましい。さらに、パルスMOCVD法においては、不活性キャリアガス・出発原料混合ガスを間欠的に供給することが好ましい。この際、混合ガスの間欠時間を制御することで、混合ガスの基板上での十分な反応時間が得られ、膜のダメージ等を抑制することが出来る。その結果として、圧電膜中の酸素欠損、鉛欠損、結晶格子を構成する各構成元素の格子サイト欠陥などにより生じる欠陥などを抑制することが出来る。特に本発明の結晶構造を得やすい方法として、成膜レートの高い製法を用いる事が好ましい。そのために原料ガスの供給量を高くする事と、酸化物膜が欠陥なしで出来るように酸素分圧を高くすることが好ましい。
【0077】
MOCVD法で用いる原料としては、アルキル金属化合物、アルコキシル金属化合物、β−ジケトン化合物、シクロペンタジエニル化合物、ハロゲン化合物、有機酸化合物等を用いる事が出来る。
【0078】
圧電膜としてPZTを成膜する場合、原料としては次に記載の物が好ましく利用される{(CH3)3CCO2)2CHの基をthdで表す}。
【0079】
まず、Pb原料としては、Pb(C2H5)4、Pb(thd)2、Pb(thd)(OC2H5)2、(C2H5)3PbOCH2C(CH3)3、Pb(C2H5)3(OC4H9−t)、Pb(C6H5)4、PbCl2等を挙げることが出来る。Zr原料としては、Zr(OC4H9−t)4、Zr(i-C3H7)4、Zr(OC2H5)4、Zr(OCH3)4,Zr(OC5H11−n)4等を挙げることが出来る。Ti原料としては、Ti(OC3H7−i)4、Ti(thd)2(OC3H7−i)2、Ti(OC2H5)4、TiCl4、Ti(OCH3)4、Ti(OC5H11)4等を挙げることが出来る。また、PZTのPbの一部をLaなどで置換する事を行っても良いが、その場合の原料としては、La(thd)3、La(C2H3O2)4、LaCl3等を用いる。また、PZT組成としてPbは、Zr,Ti等のBサイト元素に対して過剰量あっても良い。
【0080】
キャリアガスは、不活性ガスが選択され、例えば、Ar,N2,He等が好ましい。また、これらの混合系でも良い。キャリアガスの流量は、10cm3/分から1000cm3/分の範囲が好ましい。
【0081】
(圧電膜素子の構造)
本発明の圧電膜素子は、本発明の圧電膜と、該圧電体に接する一対の電極とを有する。本発明の圧電膜素子の第1の電極(電極膜)又は第2の電極(電極膜)は、前述の圧電膜と良好な密着性を有し、かつ導電性の高い材料が好ましい。すなわち、上部電極膜又は下部電極膜の比抵抗を10-7〜10-2Ω・cmとすることのできる材料からなることが好ましい。このような材料は一般的に金属であることが多いが、例えば、Au、Ag、CuやRu、Rh、Pd、Os、Ir、PtなどのPt族の金属を電極材料として用いることが好ましい。また上記材料を含む銀ペーストやはんだなどの合金材料も高い導電性を有し、好ましく用いることができる。また、例えばIrO(酸化イリジウム)、SRO(ルテニウム酸ストロンチウム)、ITO(導電性酸化スズ)、BPO(鉛酸バリウム)などの導電性酸化物材料も電極材料として好ましい。また、電極膜は1層構成でもよく、多層構成でもよい。例えば基板との密着性を上げる為Pt/Tiのような構成としても良いし、基板やバッファー層からエピタキシャル成長をするために、SRO/LNO(ニッケル酸ランタン)のような構成としても良い。
【0082】
尚、本発明の圧電膜はエピタキシャル酸化物膜からなるため、少なくとも第1の電極も単結晶体やエピタキシャル膜であることが好ましい。本発明の圧電膜は一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物から成るため、その格子定数はおよそ4Å程度である。そこで、電極材料は4Å程度の格子定数をとれる材料が好ましい。例えば上記材料の中ではPt族金属、SRO、BPOなどが特に好ましい。さらに、第1の電極膜が少なくとも<100>配向したペロブスカイト型構造の酸化物電極膜を含む場合は、<100>配向した1軸配向膜又は単結晶膜を容易に作製することができる。特にSROは格子定数が4Å程度とPZTの格子定数に近く、また膜の単結晶化も容易であるため、より容易にエピタキシャル圧電膜を作製することができる。
【0083】
また、電極膜の膜厚は100nmから1000nm程度とすることが好ましく、500nm以下とすることがさらに好ましい。電極膜の膜厚を100nm以上とすると電極膜の抵抗が充分に小さくなり、1000nm以下とすると圧電膜素子の圧電性を阻害する虞もなく好ましい。
【0084】
電極膜の形成方法は特に限定されないが、1000nm以下の電極膜は、通常、ゾルゲル法、水熱合成法、ガスデポジション法、電気泳動法等の薄膜形成法を用いて形成することができる。さらにはスパッタリング法、CVD法、MOCVD法、イオンビームデポジション法、分子線エピタキシー法、レーザーアブレーション法等の薄膜形成法を用いて形成することができる。これらの薄膜形成法では、基板やバッファー層からのエピタキシャル成長を用いた圧電膜の形成が可能となるため、エピタキシャル圧電膜の形成が容易になる。
【0085】
(液体吐出ヘッド及び液体吐出装置)
次に、本発明の液体吐出ヘッドについて説明する。
【0086】
本発明の液体吐出ヘッドは、吐出口と、吐出口に連通する個別液室と、個別液室の一部を構成する振動板と、個別液室の外部に設けられた振動板に振動を付与するための圧電素子とを有する。この液体吐出ヘッドでは、振動板により生じる個別液室内の体積変化によって個別液室内の液体が吐出口から吐出される。そして、この液体吐出ヘッドは、前記圧電素子として上記構成のエピタキシャル酸化物膜を用いた圧電膜素子を用いたことを特徴とする。
【0087】
本発明にかかる上記構成のエピタキシャル酸化物膜を有する圧電膜素子を用いることで、均一で高い吐出性能を示し、圧電膜素子を含む吐出圧発生素子構造パターンの微細化を行うことが可能な液体吐出ヘッドを容易に得ることが出来る。本発明の液体吐出ヘッドは、インクジェットプリンタやファクシミリ、複合機、複写機などの画像形成装置、あるいは、インク以外の液体を吐出する産業用吐出装置に使用されても良い。
【0088】
本発明の液体吐出ヘッドを図13を参照しながら説明する。図13は本発明の液体吐出ヘッドの実施形態の一例を示す模式図である。図13に示した実施形態の液体吐出ヘッドは、吐出口11、吐出口11と個別液室13を連通する連通孔12、個別液室13に液を供給する共通液室14を備えており、この連通した経路に沿って液体が吐出口11に供給される。個別液室13の一部は振動板15で構成されている。振動板15に振動を付与するための圧電膜素子10は、個別液室13の外部に設けられている。圧電膜素子10が駆動されると、振動板15は圧電膜素子10によって振動を付与され個別液室13内の体積変化を引き起こし、これによって個別液室13内の液体が吐出口から吐出される。圧電膜素子10は、後述の図14に示した実施形態においては、矩形の形をしているが、この形状は楕円形、円形、平行四辺形等の形状としても良い。
【0089】
図13に示した液体吐出ヘッドの幅方向の断面模式図を図14に示す。図14を参照しながら、本発明の液体吐出ヘッドを構成する圧電膜素子10を更に詳細に説明する。圧電膜素子10の断面形状は矩形で表示されているが、台形や逆台形でもよい。また、図14中では第1の電極膜6が下部電極膜16、第2の電極膜8が上部電極膜18に相当するが、本発明の圧電膜素子10を構成する第1の電極膜6および第2の電極膜8はそれぞれ下部電極膜16、上部電極膜18のどちらになっても良い。これはデバイス化時の製造方法によるものであり、どちらでも本発明の効果を得る事が出来る。また振動板15は本発明の圧電膜素子10を構成する基板5から形成したものであってもよい。また振動板15と下部電極膜16の間にバッファー層19があっても良い。
【0090】
図15および図16は、図13に示した液体吐出ヘッドを上面側(吐出口11側)から見たときの模式図である。破線で示された領域13は、圧力が加わる個別液室13を表す。個別液室13上に圧電膜素子10が適宜パターニングされて形成される。例えば、図15において、下部電極膜16は圧電膜7が存在しない部分まで引き出されており、上部電極膜18(不図示)は下部電極膜16と反対側に引き出され駆動源につながれている。図15および図16では下部電極膜16はパターニングされた状態を示しているが、図14に示したように圧電体7がない部分に存在するものであっても良い。圧電体7、下部電極膜16、上部電極膜18は圧電膜素子10を駆動する上で、駆動回路と圧電膜素子10間にショート、断線等の支障がなければ目的にあわせて最適にパターニングすることができる。また、個別液室13の形状が、平行四辺形に図示されているのは、基板として、Si(110)基板を用い、アルカリによるウエットエッチングを行って個別液室が作成された場合には、このような形状になるためである。個別液室13の形状は、これ以外に長方形であっても良いし、正方形であっても良い。一般に、個別液室13は、振動板15上に一定のピッチ数で複数個作成されるが、図16で示されるように、個別液室13を千鳥配列の配置としてもよいし、目的によっては1個であっても良い。
【0091】
振動板15の厚みは、通常0.5〜10μmであり、好ましくは1.0〜6.0μmである。この厚みには、上記バッファー層19がある場合はバッファー層の厚みも含まれる。また、バッファー層以外の複数の層が形成されていても良い。例えば振動板と個別液室を同じ基板から形成する場合に必要なエッチストップ層などが含まれていても良い。個別液室13の幅Wa(図15参照)は、通常30〜180μmである。長さWb(図15参照)は、吐出液滴量にもよるが、通常0.3〜6.0mmである。吐出口11の形は、通常、円形又は星型であり、径は、通常7〜30μmとすることが好ましい。吐出口11の断面形状は、連通孔12方向に拡大されたテーパー形状を有するのが好ましい。連通孔12の長さは、通常0.05mmから0.5mmが好ましい。連通孔12の長さを0.5mm以下とすると、液滴の吐出スピードが充分大きくなる。また、0.05mm以上とすると各吐出口から吐出される液滴の吐出スピードのばらつきが小さくなり好ましい。また、本発明の液体吐出ヘッドを構成する振動板、個別液室、共通液室、連通孔等を形成する部材は、同じ材料であっても良いし、それぞれ異なっても良い。例えばSi等であれば、リソグラフィ法とエッチング法を用いることで精度良く加工することができる。また、異なる場合に選択される部材としては、それぞれの部材の熱膨張係数の差が1×10-8/℃から1×10-6/℃である材料が好ましい。例えばSi基板に対してはSUS基板、Ni基板等を選択することが好ましい。
【0092】
本発明の圧電膜は少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル膜であることが好ましいが、本発明の液体吐出ヘッドにおける圧電膜の膜面内方向の結晶方位は、圧電膜素子の長手方向に<100>の方位を持つことが好ましい。なお、この長手方向は、図15のWbの方向である。
【0093】
次に本発明の液体吐出ヘッドの製造方法について説明する。本発明の液体吐出ヘッドの製造方法は、少なくとも、次の工程を有する。
(1)吐出口を形成する工程。
(2)吐出口と個別液室を連通する連通孔を形成する工程。
(3)個別液室を形成する工程。
(4)個別液室に連通する共通液室を形成する工程。
(5)個別液室に振動を付与する振動板を形成する工程。
(6)個別液室の外部に設けられた振動板に振動を付与するための本発明の圧電膜素子を製造する工程。
【0094】
具体的には、例えば、本発明の液体吐出ヘッドを製造する第一の方法として、次に述べる方法を挙げることができる。まず、前述の(6)の工程を適用して圧電膜素子10を形成した基板に(3)の工程を適用して個別液室の一部および振動板を形成する。別途(2)、(4)の工程を適用して連通孔と共通液室を形成した基体および(1)の工程を適用して吐出口を有する基体を作製する。次に、上記基板およびこれらの基体を積層して一体化して液体吐出ヘッドを製造する。
【0095】
また、本発明の液体吐出ヘッドを製造する第二の方法の方法として、次に述べる方法を挙げることができる。まず、別途、少なくとも、(3)の工程を適用して個別液室が形成される基体もしくは個別液室が形成された基体を作製する。次に、これに、(6)の工程を適用して圧電膜素子が形成された基板もしくは(5)と(6)の工程により振動板と圧電膜素子を形成した基板から圧電膜素子又は振動板と圧電膜素子を転写する。次に、圧電膜素子又は振動板と圧電膜素子が転写された基体の少なくとも圧電膜素子等と対向する側の基体部分を(2)の工程を適用して加工して個別液室を形成する。さらに上記第一の方法と同様にして、連通孔と共通液室を形成した基体、吐出口を形成した基体を作製し、これらの基体を積層して一体化して液体吐出ヘッドを製造する。
【0096】
第一の方法としては、図17に示したように、まず、圧電膜素子の製造方法と同様にして基板5上に圧電膜素子10を設ける。次に、少なくとも、圧電膜素子10をパターニングした状態で基板5の一部を除去して、個別液室13の一部を形成すると共に振動板15を形成する。別途、共通液室14および連通孔12を有する基体を作製し、さらに吐出口11を形成した基体を作製する。さらに、これらを積層して一体化して液体吐出ヘッドを形成する製造方法を挙げることができる。基板5の一部を除去する方法としては、ウエットエッチング法、ドライエッチング法、又はサンドミル法等の方法を挙げる事が出来る。基板5の一部をこのような方法によって除去することで振動板15と個別液室13の少なくとも一部を形成することができる。
【0097】
第二の方法として、例えば、図18に示したように、まず、圧電膜素子の製造方法と同様にして基板5上に圧電膜素子10を設ける。次に、圧電膜素子10がパターニングされない状態で振動板15を圧電膜素子上に成膜した基板を作製する。さらに、個別液室13を設けた基体、連通孔12および共通液室14を設けた基体および吐出口11を設けた基体等を作製し、これらを積層した後に、上記基板から振動板、圧電膜素子等を転写する製造方法を挙げることができる。
【0098】
又、図19に示したように、まず、基板5上に圧電膜素子10を形成しこれをパターニングして圧電膜素子を形成する。別途、振動板15を基体上に設けさらに個別液室13の一部が設けられた基体、共通液室14および連通孔12が設けられた基体、吐出口11を形成した基体を作製する。さらに、これらを積層し、これに前記基板から圧電膜素子10を転写して液体吐出ヘッドを形成する製造方法を挙げることができる。
【0099】
転写時の接合方法としては無機接着剤又は有機接着剤を用いる方法でも良いが、無機材料による金属接合がより好ましい。金属接合に用いられる材料としては、In、Au、Cu、Ni、Pb、Ti、Cr、Pd等を挙げることができる。これらを用いると、300℃以下の低温で接合出来、基板との熱膨張係数の差が小さくなるため、長尺化された場合に圧電膜素子の反り等による問題が回避されるとともに圧電膜素子に対する損傷も少ない。
【0100】
第一の方法における連通孔12や共通液室14、および第二の方法における個別液室13や連通孔12や共通液室14は、例えば、形成部材(基体)を加工して形成することができる。この加工には、形成部材(基体)をリソグラフィによりパターニングする工程とエッチングにより部材の一部を除去する工程を有する方法が利用できる。例えば、第二の方法の場合、図20で示されるa)からe)の工程により、個別液室13、連通孔12、共通液室14が形成される。a)は個別液室13用のマスクの形成工程を示し、b)は上部からエッチング等により個別液室13が加工される工程(斜線部は、加工部を意味する)を示す。また、c)は個別液室13の形成に用いたマスクの除去および連通孔12、共通液室14用のマスクの形成工程を示し、d)は下部からエッチング等により連通孔12および共通液室14を加工する工程を示す。さらにe)は連通孔12および共通液室14の形成に用いたマスクを除去し、個別液室13、連通孔12および共通液室14が形成された状態を模式的に示す。吐出口11は、基体17をエッチング加工、機械加工、レーザー加工等することで形成される。f)はe)の後に、吐出口11が形成された基体17を個別液室13、連通孔12および共通液室14が形成された基体に接合した状態を示す。吐出口を設けた基体17の表面は、撥水処理がされている事が好ましい。各基体の接合方法としては転写時の接合方法と同様であるが、その他、陽極酸化接合であってもよい。
【0101】
第二の方法において、基板5上の圧電膜素子10を転写する別の基体は、図20のe)の状態かf)の状態としたものを用いることが好ましい。ここで、基板5上の圧電膜素子上に振動板を形成している場合は、図20のe)又はf)の状態の個別液室13上に直接転写する。また、基板5上の圧電膜素子上に振動板を形成していない場合は、図20のe)又はf)の状態の個別液室13の孔を樹脂で埋めて振動板を成膜し、その後エッチングによりこの樹脂を除去して振動板を形成した後に転写する。この際、振動板はスパッタリング法、CVD法等の薄膜形成法を用いて形成することが好ましい。また、圧電膜素子10のパターン形成工程は転写前後どちらであっても良い。
【0102】
次に、本発明の液体吐出装置について説明する。本発明の液体吐出装置は、上記本発明の液体吐出ヘッドを有するものである。
【0103】
本発明の液体吐出装置の一例として、図24および図25に示すインクジェット記録装置を挙げることができる。図24に示す液体吐出装置(インクジェット記録装置)81の外装82〜85及び87を外した状態を図25に示す。インクジェット記録装置81は、記録媒体としての記録紙を装置本体96内へ自動給送する自動給送部97を有する。更に、自動給送部97から送られる記録紙を所定の記録位置へ導き、記録位置から排出口98へ導く搬送部99と、記録位置に搬送された記録紙に記録を行う記録部91と、記録部91に対する回復処理を行う回復部90とを有する。記録部91には、本発明の液体吐出ヘッドを収納し、レール上を往復移送されるキャリッジ92が備えられる。
【0104】
このようなインクジェット記録装置において、コンピューターから送出される電気信号によりキャリッジ92がレール上を移送され、圧電体を挟持する電極に駆動電圧が印加されると圧電体が変位する。この圧電体の変位により振動板15を介して各圧電室を加圧し、インクを吐出口11から吐出させて、印字を行なう。
【0105】
本発明の液体吐出装置においては、均一に高速度で液体を吐出させることができ、装置の小型化を図ることができる。
【0106】
上記例は、プリンターとして例示したが、本発明の液体吐出装置は、ファクシミリや複合機、複写機などのインクジェット記録装置の他、産業用液体吐出装置として使用することができる。
【0107】
(圧電特性の評価)
本発明の圧電膜素子の圧電特性の評価はユニモルフ型カンチレバー方式を用いたd31測定法によりおこなった。測定方法・構成概略を図21、図22及び図23に示す。
【0108】
基板5上に下部電極膜16、圧電膜7、上部電極膜18の順で構成された圧電膜素子10は、クランプ冶具502により片側が固定されたユニモルフ型カンチレバーの構成となっている。クランプ冶具502の上側部分502-aは、導電性材料で構成されており、圧電膜7の下部電極膜16と電気的に接触されており、交流電源503の出力端子の一方(不図示)に電気ケーブル504-aに繋がっている。交流電源503の出力端子のもう一方(不図示)は電気ケーブル504-bを通じ上部電極膜18に繋がっており、圧電膜7に交流電圧を印加できる構成となっている。
【0109】
交流電源503によって供給された電界によって、圧電膜素子10は伸縮する。それに伴って、基板5が歪み、ユニモルフ型カンチレバーはクランプ冶具502によって固定された端の部分を支点として上下振動する。このとき圧電膜素子10のクランプされていない端部の振動をレーザードップラー速度計(LDV)505でモニターし、入力電界に対するユニモルフ型カンチレバーの変位量を計測できる構成となっている。
【0110】
このときの、入力電圧Vに対するユニモルフ型カンチレバーの変位量には、近似的に式1の関係にある。(J.G.Smith,W.Choi,The constituent equations of piezoelectric heterogeneous bimorph, IEEE trans.Ultrason.Ferro.Freq.Control 38 (1991) 256-270:非特許文献2参照)
式1中には、下部電極膜、上部電極膜、その他バッファー層などの物性値項が入っていないが、基板厚さhsがそれらの厚さに対して、充分薄い時それらの層の物性値・膜厚は無視でき、式1は実用上充分な近似式となっている。
【0111】
【数3】
【0112】
この式1から、ユニモルフ型カンチレバーの入力電界に対する変位量を測定することで圧電膜素子のd31を決定することができる。
【実施例】
【0113】
以下、本発明の圧電膜、圧電膜素子、圧電膜素子を用いた液体吐出ヘッドについて実施例を挙げて説明する。
【0114】
(実施例1)
実施例1の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0115】
SrTiO3{100}基板上にスパッタリング法でSrRuO3(SRO)膜を基板温度600℃で200nm成膜し、SRO下部電極膜を有する基板を得た。
【0116】
次に、この基板上に圧電膜のPZTをパルスMOCVD法を用いて成膜した。成膜方法は以下に説明する。
【0117】
図9に示した装置で、基板ホルダー上の上記基板を8.3rpmで回転させながら、基板を600℃に加熱した。更に、Pbの原料ガスを5.8cm3/分の供給量で供給し、Zr,Tiの原料はPb量に対して、Zrは、0.14〜0.15になるように、Ti原料は、0.85〜0.86になるように供給した。上記原料ガスの供給時間12秒にたいして、8秒間原料無供給の時間を設け、これを繰り返し、膜厚2.0μmのペロブスカイトPZTエピタキシャル膜を成膜した。原料ガスの供給前に、原料のバブリングを70分間行った。
【0118】
PZTの元素比は誘導結合プラズマ発光分析装置による組成分析(ICP組成分析)の結果、Zr/(Zr/Ti)は0.14であった。また、X線回折の2θ/θ測定の結果、PZTのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPZTペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。また、同様にX線回折によりPZTの(002)、(200)の極点測定を行った(図11)。測定の結果、図に示すようにAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインが観察された。ここでBドメイン、DドメインはそれぞれAドメイン、Cドメインに対し0.6°の結晶方位のズレを有し、AドメインとCドメインは双晶面が{110}である双晶の鏡像関係を持つことが分かった。また図より、PZTの(200)の極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点が観察されるが、この回折点がSrTiO3基板に起因するものか、SRO電極に起因するものか、PZTの90°ドメイン構造に起因するものかは明確には分からなかった。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPZTの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PZTは正方晶であることを確認した。
【0119】
さらに圧電膜上に電極膜としてTi、Ptの順でスパッタリング法によりそれぞれ4nm、150nm成膜して、実施例1の圧電膜素子を作製した。
【0120】
(実施例2)
実施例2の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0121】
実施例1で用いた基板と同様の、SRO下電極のSrTiO3基板を用いた。
【0122】
原料ガスとして、Pb原料とTi原料のみを用い、実施例1と同様に基板を600℃に加熱し、Pb原料ガスの供給量に対してTi原料の供給量を0.94に設定し、供給した。基板の回転数は、実施例1と同様にしたが、Pb原料ガスの供給量は、6.1cm3/分であった。原料供給時間と無供給の時間を、それぞれ、12秒、6秒に設定し成膜した。これを繰り返し、膜厚2.0μmのPbTiO3(PTO)のペロブスカイト構造のエピタキシャル膜を得た。
【0123】
X線回折の2θ/θ測定の結果、PTOのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPTOペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。同様にX線回折によりPTOの(002)、(200)の極点測定を行った(図12)。測定の結果、図に示すようにAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインが観察された。ここでBドメイン、DドメインはそれぞれAドメイン、Cドメインに対し0.7°の結晶方位のズレを有し、AドメインとCドメインは双晶面が{110}である双晶の鏡像関係を持つことが分かった。また図より、PTOの(200)の極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点が観察されるが、この回折点がSrTiO3基板に起因するものか、SRO電極に起因するものか、PTOの90°ドメイン構造に起因するものかは明確には分からなかった。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPTOの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PTOは正方晶であることを確認した。
【0124】
さらに圧電膜上に電極膜としてTi、Ptの順でスパッタリング法によりそれぞれ4nm、150nm成膜して、実施例2の圧電膜素子を作製した。
【0125】
(比較例1)
比較例1の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0126】
実施例1と同様の基板上に、Pbの原料として、酢酸鉛、Zr原料として、テトラーt−ブトキシZr,Ti原料として、テトライソプロポキシTiを用いた。これらをイソプロパノ―ル中に、鉛が1.2倍当量になるように仕込み、またZr/Ti比が、40/60になるように仕込んだ。安定剤として、メチルジベンジルアミンを、全仕込み原料量に対して1モル%になるように添加した。これを50℃で2時間加熱処理した後、スピン塗布しPZT膜を2.0μm成膜した。スピン塗布の一回あたりの膜厚は、0.2μmであるため、10回塗布工程を行った。塗布後、410℃で仮焼処理を行い、その後、結晶化処理を600℃で行い、これを繰り返した。最終処理には、600℃に代えて、650℃の加熱処理を行い、比較例1の膜を得た。
【0127】
PZTの元素比は誘導結合プラズマ発光分析装置による組成分析(ICP組成分析)の結果、Zr/(Zr/Ti)は0.40であった。また、X線回折の2θ/θ測定の結果、PZTのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPZTペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。同様にX線回折によりPTOの(002)、(200)の極点測定を行った。測定の結果、(200)、(002)極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点がそれぞれ観察された。つまり、図11で図示されたAドメインと90°ドメイン構造に起因する回折点のみが観察された。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPZTの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PZTは正方晶であることを確認した。さらに圧電膜上に電極膜としてTi、Ptの順でスパッタリング法によりそれぞれ4nm、150nm成膜して、比較例1の圧電膜素子を作製した。
【0128】
表1に、実施例1、2および比較例1の圧電膜素子の圧電定数の測定結果を示す。圧電定数はユニモルフ型カンチレバー方式を用いたd31測定法によりおこなった。d31測定用サンプルは、圧電膜素子の上部電極18を12mm×3mmの矩形パターンに加工した後、ダイサーにより図23に示す形状に切断して作製した。このとき上部電極18は、実施例1、2および比較例1のSrTiO3{100}基板上の圧電膜素子では、その矩形の各辺がSrTiO3{100}基板の<100>方向と平行となるような配置とした。
【0129】
本実施例のd31の決定は以下の条件で行った。
【0130】
サンプルへの入力信号電圧として、圧電膜素子10に0〜150[kV/cm]の電界[圧電膜の膜厚3μmに対して0〜45Vの電圧を印加]が加わるよう500Hzのsin波を与えた。そして、この入力信号電圧に対して得られたカンチレバー先端の変位量δを測定することで、d31を決定した。
【0131】
電圧の極性については、同一電界において変位が最大となる極性を選んだ。入力信号電圧としてSin波を採用した理由は、カンチレバーの質量が大きいので、カンチレバー先端の変位δが、振動運動の慣性項を排除することを目的としている。
【0132】
式1中に使用した物性値は、以下を用いた。
S11S=3.8×10-12[m2/N]
S11P=10.0×10-12[m2/N]
【0133】
【表1】
【0134】
表1に示されているように、実施例1、2の圧電膜素子は高い圧電性が実現できた。
【0135】
(実施例3)
次に実施例3の液体吐出ヘッドを以下の手順で作製した。
【0136】
基板としてエピタキシャルSi膜が500nm厚、SiO2層が500nm厚で成膜されたSOI基板を用いた。このSi{100}基板表面をフッ酸処理した後、YがドープされたZrO2膜をスパッタリング法で基板温度800℃で100nm成膜し、続いてCeO2膜を基板温度600℃で60nm成膜した。どちらも<100>配向の単結晶膜であった。更にこの上に下部電極膜としてスパッタリング法によりLaNiO3(LNO)膜を100nm厚で基板温度300℃で成膜した。さらにこのLNO膜上にSrRuO3(SRO)膜を基板温度600℃で200nm成膜し、下部電極膜等を有する基板を得た。電極膜もSRO膜も<100>配向の単結晶膜であった。
【0137】
次に、上記の下部電極膜等を有する基板を用いたこと以外は実施例1と同様にして圧電膜素子を作製し、アクチュエーター部をパターニングした後、ハンドル層のSi基板を誘導結合プラズマ法(ICP法)でドライエッチングして振動板と個別液室を形成した。次に、これに共通液室、連通孔を形成した別のSi基板を張り合わせ、さらに吐出口の形成された基板を共通液室、連通孔が形成されている前記Si基板に張り合わせた。こうして、振動板がSiO2層、Si膜、YがドープされたZrO2膜、CeO2膜となる液体吐出ヘッドを作製した。この液体吐出ヘッドに駆動信号を印加して駆動し、液体吐出ヘッドの個別液室中心部に上部電極側からφ20μmのレーザーを照射し、レーザードップラー変位系により液体吐出ヘッドの変位量を評価した。その結果、本実施例の液体吐出ヘッドでは0.18μmと大きい変位が得られた。また、この液体吐出ヘッドは108回の駆動信号に対しても追随性の良い変位を示した。
【0138】
(実施例4)
実施例4の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0139】
基板としてエピタキシャルSi膜が500nm厚、SiO2層が500nm厚で成膜されたSOI基板を用いた。このSi{100}基板表面をフッ酸処理した後、YがドープされたZrO2膜をスパッタリング法で基板温度800℃で100nm成膜し、続いてCeO2膜を基板温度600℃で60nm成膜した。どちらも<100>配向の単結晶膜であった。更にこの上に下部電極膜としてスパッタリング法によりLaNiO3(LNO)膜を100nm厚で基板温度300℃で成膜した。さらにこのLNO膜上にSrRuO3(SRO)膜を基板温度600℃で200nm成膜し、下部電極膜等を有する基板を得た。電極膜もSRO膜も<100>配向の単結晶膜であった。次に、実施例2と同様の条件で膜厚1.0μmのPbTiO3(PTO)のペロブスカイト構造のエピタキシャル膜を得た。
【0140】
X線回折の2θ/θ測定の結果、PTOのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPTOペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。同様にX線回折によりPTOの(002)、(200)の極点測定を行った(図31)。測定の結果、図に示すようにAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインが観察された。ここでBドメイン、DドメインはそれぞれAドメイン、Cドメインに対し1.0°の結晶方位のズレを有し、AドメインとCドメインは双晶面が{110}である双晶の鏡像関係を持つことが分かった。また図より、PTOの(200)の極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点が観察されるが、この回折点がSRO電極に起因するものか、PTOの90°ドメイン構造に起因するものかは明確には分からなかった。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPTOの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PTOは正方晶であることを確認した。
【0141】
(実施例5)
実施例5の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0142】
KTaO3(タンタル酸カリウム:KTO){100}基板上に、にスパッタリング法でSrRuO3(SRO)膜を基板温度600℃で200nm成膜し、SRO下部電極膜を有する基板を得た。次に、実施例2と同様の条件で膜厚1.0μmのPbTiO3(PTO)のペロブスカイト構造のエピタキシャル膜を得た。
【0143】
X線回折の2θ/θ測定の結果、PTOのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPTOペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。同様にX線回折によりPTOの(002)、(200)の極点測定を行った(図31)。測定の結果、図に示すようにAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインが観察された。ここでBドメイン、DドメインはそれぞれAドメイン、Cドメインに対し1.0°の結晶方位のズレを有し、AドメインとCドメインは双晶面が{110}である双晶の鏡像関係を持つことが分かった。また図より、PTOの(200)の極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点が観察されるが、この回折点がSRO電極に起因するものか、PTOの90°ドメイン構造に起因するものかは明確には分からなかった。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPTOの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PTOは正方晶であることを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0144】
【図1】本発明のエピタキシャル酸化物膜のドメイン構造の模式図およびそのX線回折による極点図の模式図である。
【図2】本発明のエピタキシャル酸化物膜のX線回折による極点図の模式図である。
【図3】本発明のエピタキシャル酸化物膜の模式図およびそのX線回折による極点図の模式図である。
【図4】本発明のエピタキシャル酸化物膜のドメイン構造を説明するための図である。
【図5】本発明のエピタキシャル酸化物膜のドメイン構造を説明するための図である。
【図6】本発明のエピタキシャル酸化物膜のドメイン構造を説明するための図である。
【図7】本発明のエピタキシャル酸化物膜のX線回折による逆格子マッピングの模式図である。
【図8】本発明のエピタキシャル酸化物膜のX線回折による極点図の模式図である。
【図9】エピタキシャル酸化物膜の製造装置の一例の構成を示す図である。
【図10】圧電膜素子の実施形態の一例の断面模式図である。
【図11】PZTペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜のX線回折による極点測定の結果を示す図である。
【図12】PTOペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜のX線回折による極点測定の結果を示す図である。
【図13】液体吐出ヘッドの構成の一部の模式的斜視図である。
【図14】図13に示す液体吐出ヘッドの幅方向の断面模式図である。
【図15】図13に示す液体吐出ヘッドを上面側(吐出口側)から見た模式図である。
【図16】図13に示す液体吐出ヘッドを上面側(吐出口側)から見た模式図である。
【図17】本発明の液体吐出ヘッドの製造工程の一例を示す概略図である。
【図18】本発明の液体吐出ヘッドの製造工程の一例を示す概略図である。
【図19】本発明の液体吐出ヘッドの製造工程の一例を示す概略図である。
【図20】本発明の液体吐出ヘッドの製造工程の一例を示す概略図である。
【図21】圧電特性の評価法を示す概略図である。
【図22】圧電特性の評価法を示す概略図である。
【図23】圧電特性の評価法を示す概略図である。
【図24】液体吐出装置の一例を示す斜視図である。
【図25】液体吐出装置の一例を示す斜視図である。
【図26】PTO(200)、(002)の極点図の重ね合わせ模式図である。
【図27】PTO膜の結晶格子のa軸長さおよびc軸長さの膜厚依存性を示す図である。
【図28】本発明の圧電膜(PTO膜)のA,B,C,D各ドメインのズレ角と膜厚との関係を示す図である。
【図29】本発明の圧電膜の膜断面方向から見たドメイン構造と、A,B,C,D各ドメインと、ズレ角との関係を考えた模式図である。
【図30】基板にSiおよびKTOを用いた場合のPTOの(002)、(200)の極点測定の結果を示す図である。
【図31】基板にSiおよびKTOを用いた場合のPTOの(002)、(200)の極点測定の結果を示す図である。
【図32】PTO膜A,B,C,D各ドメインのずれ角とA,B,C,Dドメイン全体におけるA,Bドメインの割合との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0145】
5 基板
6 第1の電極膜
7 圧電膜
8 第2の電極膜
9 バッファー層
10 圧電膜素子
11 吐出口
12 連通孔
13 個別液室
14 共通液室
15 振動板
16 下部電極膜
17 吐出口を設けた基板
18 上部電極膜
19 バッファー層
【技術分野】
【0001】
本発明は、エピタキシャル酸化物膜、圧電膜、圧電膜素子およびこれを用いた液体吐出ヘッド及び、特に液体吐出装置に使用される、液体吐出ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、圧電アクチュエーターは、モータ構造の微細化、高密度化が可能であるという点で、電磁型モータに代わる新しいモータとして、携帯情報機器分野および化学、医療分野で注目されている。圧電アクチュエーターはその駆動に際して電磁ノイズを発生させず、また他からのノイズの影響も受けない。さらに、圧電アクチュエーターは、マイクロマシンに代表されるような、サブミリメートルクラスの大きさの機器を作る技術として注目されており、その駆動源として微小な圧電素子が求められている。
【0003】
一般に圧電体素子は、圧電体に一対の電極を接続した構成を有する。圧電体は、熱処理を施したバルク材の焼結体や単結晶体等の圧電特性を有する材料を、切削、研磨等の加工技術によって所望の大きさ、厚さに微細成形して製造するのが一般的である。また、微小な圧電体素子を形成する上では、金属やシリコンなどの基板上の所定位置に、印刷法などの方法を用いて、グリーンシート状の圧電体を塗布・焼成し、圧電体素子を直接形成する手法が一般的ある。このようなグリーンシートからの成形体は、厚みが数十μm〜数百μm程度であり、圧電体の上下には電極が設けられており、電極を通じて電圧が印加されるようになっている。
【0004】
従来、液体吐出ヘッドに用いるような小型の圧電体素子に使用する圧電体も、上述した材料を上記のように切削、研磨等の加工技術によって微細成形したり、もしくはグリーンシート状の圧電体を用いて製造されたりしていた。このような圧電体素子を用いた装置としては、例えばユニモルフ型の圧電体素子構造を有する液体吐出ヘッドがある。液体吐出ヘッドは、インク供給室に連通した圧力室とその圧力室に連通したインク吐出口とを備え、その圧力室に圧電素子が接合もしくは直接形成された振動板が設けられて構成されている。このような構成において、圧電体素子に所定の電圧を印加して圧電素子を伸縮させることにより、たわみ振動を起こさせて圧力室内のインクを圧縮することによりインク吐出口からインク液滴を吐出させる。
【0005】
上述した圧電体の機能を利用したカラーのインクジェットプリンタが現在普及しているが、かかる圧電方式のプリンターに対してもその印字性能の向上、特に高解像度化および高速印字が求められている。そのため液体吐出ヘッドを微細化したマルチノズルヘッド構造を用いて高解像度および高速印字を実現する事が試みられている。液体吐出ヘッドを微細化するためには、インクを吐出させるための圧電体素子を更に小型化することが必要になる。更に、最近、液体吐出ヘッドを配線直描等の工業用途に応用する試みも活発である。その際、より多様な特性をもつ液体吐出ヘッドの更なる吐出圧発生素子構造パターンの微細化及び高性能化が求められている。
【0006】
近年、マイクロマシン技術の発達により、圧電体を薄膜として形成し、半導体で用いられてきた微細加工技術を駆使してより高精度な超小型圧電素子を開発する研究がなされている。特に、スパッタリング法、化学気相合成法、ゾルゲル法、ガスデポジション法、パルスレーザーデポジション法等の薄膜法により形成される圧電膜の厚みは、圧電アクチュエーター用途の場合、一般に数百nm〜数十μm程度である。この圧電膜に電極が接続されており、この電極を通じて電圧が印加されるようになっている。
【0007】
一方、圧電体素子の小型化に伴い、より大きな圧電特性を示す高性能な圧電体材料の研究も活発である。近年注目されている圧電体材料としては、一般式ABO3で表わされるペロブスカイト型構造を有する複合酸化物材料がある。この材料は、例えばPb(ZrxTi1-x)O3(ジルコン酸チタン酸鉛:PZT)に代表されるように、優れた強誘電性、焦電性、圧電性を示す。PZT材料としては、例えば、非特許文献1に説明されているような材料がある。
【0008】
また、例えば{Pb(Mg1/3Nb2/3)O3}1-x−(PbTiO3)x(マグネシウム酸ニオブ酸チタン酸鉛:PMN−PT)に代表されるようなリラクサ系単結晶材料は、特に優れた圧電性を示す。例えば、特許文献1においては、PMN−PTをフラックス溶融により合成する方法が示されている。このような合成法によりバルク状単結晶体が得られ、1%を超える大きな歪量の材料が得られたことが報告されている。しかしながら、このようなバルク状の圧電体は上記のように切削、研磨等の技術によって微細成形する必要があり、より高精度な超小型圧電素子への適用は困難である。
【0009】
そこで、このような圧電体をスパッタリング法、化学気相合成法、ゾルゲル法、ガスデポジション法、パルスレーザーデポジション法等の薄膜法を用いて、膜として形成することが検討されている。しかしながら、現在のところ、上記のような圧電性の高い材料であっても、それを用いて薄膜成膜法で圧電体(圧電膜)を形成した場合、本来期待されるほど高い圧電性の実現には至っておらず、その差は非常に大きい。さらに、圧電性を高めると問題になる、大きな圧電歪が主原因になる電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避する好適な圧電膜素子は未だ確立されていなかった。
【0010】
なお、リラクサ系材料をスパッタリング法、化学気相合成法、ゾルゲル法、ガスデポジション法、パルスレーザーでポジション法等の薄膜法を用いて、圧電膜を形成することが検討されている。例えば、非特許文献2においては、PLD法によりPMN-PT薄膜を成膜したことが報告されている。
【0011】
ところで、発明者らは、圧電膜が双晶を持つことで圧電性が向上し、かつ、圧電膜と下部電極もしくは上部電極との密着性がよくなることを特許文献2において示している。我々はこの理由の一つの考察として、例えば、圧電膜が双晶を持つことにより、種々の製法で材料が作製される際に生じる内部応力を、双晶構造によって緩和できるのではないかと考えている。このためバルク材料を用いて得られた圧電体に近い圧電性が示され、かつ、圧電膜と下部電極もしくは上部電極との密着性が良い圧電素子が得られるのではないかと考えている。
【特許文献1】特許3397538号明細書
【特許文献2】特開2004−249729号公報
【非特許文献1】「セラミック誘電体工学」,第4版、1992年6月1日発行、学献社、p.333
【非特許文献2】Applications of Ferroelectrics, 2002. ISAF 2002. Proceedings of the 13th IEEE International Symposium P133-136
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、上記問題点を解決し、大きな圧電性を有する圧電膜、これを用いた、圧電膜素子を提供することにある。また本発明の更なる目的は、光学機器等の種々の分野における機能性膜として利用可能な、新規構造を有する酸化物膜を提供することにある。本発明の更なる目的は、大きな圧電歪が主原因になる電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避できる好適な圧電膜素子を提供することにある。本発明の更なる目的は、高い吐出性能を安定して得ることができ、圧電膜素子を含む吐出圧発生素子構造パターンの微細化が可能である液体吐出ヘッドおよびこれを有する液体吐出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のエピタキシャル酸化物膜の一態様は、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満であることを特徴とするエピタキシャル酸化物膜である。
【0014】
本発明のエピタキシャル酸化物膜の他の態様は、少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル酸化物膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインとCドメインとDドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインおよび前記Bドメインは[001]配向であり、前記Cドメインおよび前記Dドメインは[100]配向であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Bドメインと前記Dドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である
ことを特徴とするエピタキシャル酸化物膜である。
【0015】
本発明の圧電膜の一態様は、エピタキシャル酸化物膜からなる圧電膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満であることを特徴とする圧電膜である。
【0016】
本発明の圧電膜の他の態様は、少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル酸化物膜からなる圧電膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインとCドメインとDドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインおよび前記Bドメインは[001]配向であり、前記Cドメインおよび前記Dドメインは[100]配向であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Bドメインと前記Dドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である
ことを特徴とする圧電膜である。
【0017】
本発明の圧電膜素子は、上記構成の圧電膜と、該圧電膜に接する一対の電極と、を有することを特徴とする圧電膜素子である。
【0018】
本発明の液体吐出ヘッドは、吐出口と、吐出口に連通する個別液室と、該個別液室に対応して設けられた圧電素子と、前記個別液室と前記圧電素子との間に設けられた振動板とを有し、前記振動板により生じる前記個別液室内の体積変化によって前記個別液室内の液体を前記吐出口から吐出する液体吐出ヘッドであって、
前記圧電素子が上記構成の圧電膜素子であることを特徴とする液体吐出ヘッドである。
【0019】
本発明の液体吐出装置は、上記構成の液体吐出ヘッドを有することを特徴とする液体吐出装置である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によって、大きな圧電性を有し、かつ大きな圧電歪が主原因になる圧電膜素子での電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避できる圧電膜素子及びそれに用いる圧電膜を提供することができる。更に、この圧電膜素子を用いることで、均一で高い吐出性能を示し、更なる吐出圧発生素子構造パターンの微細化が可能な液体吐出ヘッドおよびこれを有する液体吐出装置を得ることが出来る。また、本発明によれば、光学機器の分野などの種種の分野で利用可能な新規構造のエピタキシャル酸化物膜を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の圧電膜素子が優れた特徴を有するのは、結晶配向性をもったエピタキシャル膜に複雑な構造が存在する為であると考えられる。一般に、バルク体単結晶の圧電体の自発分極方向に電界を印加すると、高い圧電特性が得られると考えられているが、近年、圧電体材料の圧電性向上のひとつの手段として、ドメインエンジニアリングと言われるドメイン制御を行う研究が行われている。例えば、リラクサ単結晶材料としては{Pb(Zn1/3Nb2/3)O3}1-x−(PbTiO3)x(亜鉛酸ニオブ酸チタン酸鉛:PZN−PT)が知られている。このリラクサ単結晶材料において、エンジニアード・ドメイン構造と呼ばれるドメイン制御を行うことによる圧電定数の大幅な改善が報告されている。すなわち、セラミックス Vol40(8)2005 P.600(参考文献1)には、この材料において、自発分極方向の圧電定数d33の30倍以上(2500−2800pC/N)の圧電定数が得られることが報告されている。
【0022】
参考文献1には、更に、ドメイン制御を行うことで圧電性を向上させる一つの方向として、ドメインサイズを小さくすることが有効である旨の報告がある。ドメインエンジニアリングを用いることにより、電界印加に伴う結晶の相変態や、電界に対し水平でないドメイン(例えば略垂直方向に分極を持つドメイン)の回転に基づいて、材料が本来有する分極変位より大きな圧電変位を得ることが出来る。しかし、このような圧電変位を発現させるには非常に高いエネルギーが必要である。このため、ドメインエンジニアリングを適用した圧電材料における圧電変位のエネルギーを低下させるには、結晶の相変態やドメインの回転が圧電材料中で誘発されるようなドメイン構造が重要である。
【0023】
ドメインサイズが小さくなれば、ドメインが微小なゆらぎをもつことが可能になり、ドメインエンジニアリングによる圧電変位のエネルギーが低下する。特に、膜応力や格子欠陥の多い薄膜において、ドメインエンジニアリングを適用して大きな圧電変位を得るためには、ドメインをこのような微小な揺らぎをもつ状態に制御することが特に重要である。
【0024】
つまり、本発明の圧電膜素子が高い圧電性を有する理由は、上述のような小さいドメインサイズを有する構造が、圧電膜が複雑な構造を持つエピタキシャル酸化物膜としての圧電膜において実現できる為ではないかと考えられる。本発明の圧電膜が有する複雑な構造とは、あるドメインに対して非常に小さな結晶方位のズレを有するドメインが存在する構造である。このドメインの存在により、結晶の相変態やドメインの回転が圧電体中で誘発していくことが可能になり、ドメインエンジニアリングによる圧電変位のエネルギーが低下し、高い圧電性を有することが可能になる。また同時に、本発明の複雑な構造により、基板上に形成される圧電膜としてのエピタキシャル酸化物膜が受ける膜応力を緩和することも出来る。このため、大きな圧電歪が主原因になる電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避できる圧電膜素子が得られるのではないかと考えられる。
【0025】
さらに、本発明の圧電膜が少なくともAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインを有する複雑な構造をもつことができる。この場合には、この複雑な構造自体により、基板上に形成される圧電膜であるエピタキシャル酸化物膜が受ける膜応力を緩和することができるのではないかと考えられる。これが大きな圧電歪が主原因になる電極剥がれや、基板上に圧電膜素子を直接形成する際の膜剥がれ等を回避できることはもちろん、大きな圧電性を有することができる理由ではないかと考えられる。
【0026】
本発明のエピタキシャル酸化物膜は、一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物からなり、上述した複雑な構造を有する。このエピタキシャル酸化物膜は、上述のとおり圧電膜素子に組み込む圧電膜として好適に利用できる。
【0027】
本発明のエピタキシャル酸化物膜は、上述した圧電応用以外として、光スイッチング素子等の光学素子などとして用いる事が出来る。圧電特性の良好な膜は、概して、屈折率変化も大きいために光学素子として用いる事が出来る。また、本発明の酸化物膜は、エピタキシャル膜であるために、材料組成の選択により、透明性の良い膜を得る事が出来る。光学素子として用いる場合の好ましい膜厚は、0.6μm以上20μm以下である。圧電膜として好ましい膜厚は、0.6μm以上10μm以下である。
【0028】
(圧電膜素子)
このエピタキシャル酸化物膜を圧電膜とした圧電膜素子の構成について以下説明する。図10に、本発明の圧電膜素子の実施形態の一例の断面模式図を示す。圧電膜素子10は、少なくとも、第1の電極膜6、本発明に係る圧電膜7および第2の電極膜8を有する。図10に示した実施形態の圧電素子においては、圧電膜素子10の断面形状は矩形で表示されているが、台形や逆台形であってもよい。圧電膜素子10は基板5上に形成されるが、圧電膜素子10を構成する第1の電極膜6および第2の電極膜8はそれぞれ下部電極、上部電極どちらとしても良い。この理由はデバイス化の際の製造方法によるものであり、どちらでも本発明の効果を得る事が出来る。また基板5と第1の電極膜6の間にバッファー層9があっても良い。圧電膜素子10は、少なくとも基板5上又は基板5上に形成されたバッファー層9上に第1の電極膜6を形成し、次に圧電膜7をその上に形成し、更に第2の電極膜8を形成することによって製造することができる。
【0029】
(圧電膜)
本発明における圧電膜は、一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成るエピタキシャル膜である。材料としては、本発明で目的とする圧電膜を構成できるものであれば良い。このような材料としては、例えば、PbTiO3(チタン酸鉛:PTO)に代表される強誘電性、焦電性、圧電性を示す強誘電材料がある。また、例えばPb(ZnxNb1-x)O3(亜鉛酸ニオブ酸鉛:PZN)に代表される、優れた圧電性を示すリラクサ系電歪材料がある。特に、これらの材料の中にはMPBと呼ばれる結晶相境界を持つ場合があり、一般的にMPB領域の圧電性は特に良好であることが知られている。このような材料としては、例えば、以下に示す式で表わされるジルコン酸チタン酸鉛(PZT)、亜鉛酸ニオブ酸チタン酸鉛(PZN−PT)、マグネシウム酸ニオブ酸チタン酸鉛(PMN−PT)などの強誘電材料、リラクサ系電歪材料がある。
・PZT:Pb(ZrxTi1-x)O3
・PZN−PT:{Pb(Zn1/3Nb2/3)O3}1-x−(PbTiO3)x
・PMN−PT:{Pb(Mg1/3Nb2/3)O3}1-x−(PbTiO3)x
ここで、例えばチタン酸鉛をPbTiO3と表記しているが、各元素の組成は成膜における若干の組成ズレがあっても良い。例えばPb1.2TiO2.7のような組成ズレがある場合でも、圧電膜が一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物から成るエピタキシャル膜であれば構わない。またXは1以下の0以上の数である。MPB領域は、例えばPZTの場合はXが0.4〜0.7、PZN−PTの場合はXが0.05〜0.3、PMN−PTの場合はXが0.2〜0.4の範囲に一般に存在する。さらに本発明における圧電膜は上述の鉛系以外の材料でも良い。鉛系以外の材料としては、例えばBaTiO3(チタン酸バリウム:BTO)、LiNbO3(ニオブ酸リチウム:LNO)などがある。さらに、BiFeO3(鉄酸ビスマス)やBiCoO3(コバルト酸ビスマス)など、近年注目されている非鉛材料なども含まれる。また、例えばPMN−PTのZrがTiに代替されて含まれたPMN−PZTや、例えば上述の材料に微量の元素をドーピングした(Pb,La)(ZrxTi1-x)O3(PLZT)のような材料であっても良い。
【0030】
(ドメインと確認方法)
また、本発明における圧電膜は、圧電膜中に、互いに結晶方位のずれを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、AドメインとBドメインの結晶方位のズレが2°未満である。本発明におけるドメインとは圧電膜中に存在する格子定数と結晶方位を同じくする微小な結晶領域のことを指す。本発明におけるAドメインとBドメインはX線回折を用いて簡単に特定することができる。例えば[001]配向の正方晶PZT膜が、図1(a)のようにAドメイン(各図においてAで表示)とBドメイン(各図においてBで表示)をもつとする。なお、ここでドメインの「A」及び「B」は2種のドメインを区別するための記号であり、ペロブスカイト複合酸化物の構成を示す一般式ABO3における「A」成分及び「B」成分を意味するものではない。
【0031】
図1(a)の膜厚方向の断面図として示す構造において、例えばPZTの(004)はX線回折において2θでおよそ96°付近に回折角が得られる(X線源としてCuのKα線を用いた場合)。そこで、2θを96°付近の(004)の回折角に固定して、圧電膜の膜厚方向(PZTの[004]方向)からの傾きが2°の範囲の極点測定を行うと図1(b)のような回折点が得られる。ここで、Aドメインに対しの結晶方位のズレが2°未満であるBドメインは複数存在しても良い。また、ドメインの半価幅(結晶方位のゆらぎ)が大きい場合や、AドメインとBドメインの結晶方位のズレが非常に小さい場合には、AドメインとBドメインの回折点が重なる場合がある。このように回折点が重なる場合でも、それぞれの回折点のピークトップが確認できる範囲(ピーク分離できる範囲)であれば、それぞれドメインとして区別してよい。また、本発明のAドメインとBドメインの極点測定により得られる回折点は、図1(b)以外にも、例えば図2のようなものも挙げられる。
【0032】
(複数のドメインペアを有する構造)
本発明にかかる圧電膜(エピタキシャル酸化物膜)は、AドメインとBドメインとの組合せ(ペア)に加えて、Cドメイン(各図においてCで表示)とDドメイン(各図においてDで表示)の組合せ(ペア)を更に有するものでもよい。これらのCドメインとDドメインも、上記と同様の方法で区別できる。尚、本発明におけるドメイン間の結晶方位のズレは2°未満であるため、ドメインの確認をX線回折により行う場合は角度分解能の高い測定が必要である。そこで、本発明におけるAドメインとBドメイン、もしくはCドメインとDドメインを区別するためには、TEM等で判断することも可能であるが、X線回折を用いることが好ましい。X線回折の測定装置としては、多軸ゴニオメーターをもつX線回折装置を用い、回折X線の検出器の手前に、縦発散・横発散共に0.01Rad.(ラジアン)以下のソーラースリットを挿入することが好ましい。なお、多軸ゴニオメーターをもつX線回折装置としては、例えばパナリティカル社製X線回折装置X’Pert MRD(商品名)や、リガク社製X線回折装置ATX−E(商品名)のような装置が好適に利用できる。さらに、一般に多軸ゴニオメーターにおいては、極点測定を行う際にスキャンする回転角(一般にφ軸)のスキャン精度は2θ/θ測定のスキャン精度(一般に2θ軸)より劣る場合が多い。そこで、本発明のように数度程度の範囲を極点測定する場合には、あおり角(一般にω軸とψ軸)をスキャンすることで角度分解能の高い極点測定を行うことが出来る。
【0033】
以上、本発明のAドメインとBドメイン、CドメインとDドメインの組み合わせについて説明したが、例えば、AドメインがBドメイン以外のドメインと2°未満の結晶方位のズレを有する関係であってもよい。また同様に、CドメインがDドメイン以外のドメインと2°未満の結晶方位のズレを有する関係であってもよい。
【0034】
また、本発明における圧電膜は、AドメインとBドメインの結晶方位のズレをX°、CドメインとDドメインの結晶方位のズレをY°とした場合、 X=Y の関係を満たすことが好ましい。これはAドメインおよびCドメインに対し、BドメインおよびDドメインがそれぞれ同じ理由に起因した結晶方位のズレをもつことを示す。例えば、PZTを例に取ると、正方晶のAドメインおよびCドメインの隣に菱面体晶や単斜晶のBドメインおよびDドメインがそれぞれ存在する場合に起こり得る。あるいは、後述するようにAドメインおよびCドメインの隣に同じ双晶の鏡像関係を有するBドメインおよびDドメインがそれぞれ存在する場合に起こり得る。このような圧電膜は、無差別にドメインが存在する場合より、成膜条件を制御することによる膜のドメイン制御が行いやすい為、より好ましいドメイン構造を有するものである。
【0035】
(エピタキシャル膜)
さらに、本発明の圧電膜は少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル膜であることが好ましい。これは、正方晶のペロブスカイト複合酸化物は分極方向が[001]であるが、本発明の圧電膜が正方晶でかつ<100>配向であれば、ドメインエンジニアリングという圧電向上手段に適した構造になると考えられる為である。つまり、圧電膜素子に電界を印加した際に、圧電膜を構成するドメインの大部分の分極方向を膜厚方向にそろえることが可能になると考えられる。
【0036】
本発明におけるエピタキシャル膜とは、基板もしくは下層膜(例えば下電極膜)の結晶性を利用して、膜厚方向および膜面内方向に単一の結晶方位をもった膜のことを指す。つまり、面内方向がランダム配向ではないことで本発明の複雑な結晶構造が得られる。例えば、ペロブスカイト型構造のSRO(ルテニウム酸ストロンチウム)とPZTは格子定数が4Å程度と近い。そこで、下電極膜として<100>配向のSROを形成した上に、圧電膜としてPZTやPTOを形成すると、成膜条件により<100>配向のPZTやPTOを形成することが可能になる。このように下層膜(例えば下電極膜)の結晶性を利用して、膜厚方向および膜面内方向に単一の結晶方位をもった膜がエピタキシャル膜である。本発明のエピタキシャル酸化物膜も上述した単一結晶方位を有するものである。
【0037】
(結晶配向の確認方法)
本発明における<100>配向とは、X線回折を用いて簡単に特定することができる。例えば、正方晶<100>配向のPZTの場合、X線回折の2θ/θ測定での圧電膜に起因するピークは{100}、{200}等の{L00}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)のピークのみが検出される。これに加えて、{110}非対称面の極点測定をした際に、図3のように矢印で示した圧電膜の膜厚方向からの傾きが約45°に該当する円周上の90°毎の位置に各結晶の{110}非対称面の極点が4回対称のスポット状のパターンとして測定される。この場合の「膜厚方向」とは、圧電膜の結晶の{L00}面の法線方向である。
【0038】
(結晶配向の定義)
ここで、<100>とは[100]や[010]や[001]等で一般に表される計6方位を総称した表現である。例えば[100]と[001]は結晶系が立方晶の場合は同意であるが、正方晶や菱面体晶の場合は区別しなければならない。しかし、ペロブスカイト複合酸化物の結晶は、正方晶や菱面体晶であっても立方晶に近い格子定数を持つ。したがって、本発明においては正方晶の[100]と[001]や菱面体晶の[111]と
【0039】
【数1】
【0040】
も<100>や<111>で総称する。
なお、
【0041】
【数2】
【0042】
は、以下「1バー」と表記する。
【0043】
本発明においては例えば正方晶のPZTにおいて、分極方向である[001]と非分極方向である[100]や[010]が同時に存在していても、<100>単一の結晶方位をもつ<100>配向である。また、本発明においては、例えば正方晶と菱面体晶と単斜晶などの複数結晶相が混在(混相)する場合や、双晶等に起因する結晶が混在する場合や、転位や欠陥等がある場合も、広義に<100>配向とみなす。これは、このような相や双晶が混在する場合も、<100>軸は膜厚方向から5°程度しか傾かない為、ドメインエンジニアリングを発現させるに不足が無い為である。つまり、本発明において<100>配向とは、圧電膜が膜厚方向に<100>単一の結晶方位をもつことを指すが、数度程度の傾きの範囲を持つもの、例えば、<100>結晶軸が膜厚方向から5°程度傾いていても<100>配向という。さらに、本発明において{110}とは(110)や(101)や(011)等で一般に表される計6面を総称した表現であり、その詳細は前述した方位に関する取り扱いと同様である。
【0044】
(結晶相の測定)
尚、圧電膜の結晶相はX線回折の逆格子空間マッピングによって特定することができる。例えば、PZTの<100>配向の圧電膜が正方晶の場合に、逆格子空間マッピングで(004)と(204)を測定する。すると、(004)逆格子点のy軸方向の大きさQy(004)と、(204)逆格子点のy軸方向の大きさQy(204)との関係が Qy(004)=Qy(204) となるような逆格子点が得られる。例えば、菱面体晶の場合に、逆格子空間マッピングで(004)と(204)を測定する。すると、(004)逆格子点のy軸方向の大きさQy(004)と、(204)逆格子点のy軸方向の大きさQy(204)との関係が Qy(004)>Qy(204) 、もしくは Qy(004)<Qy(204) となる。すなわち、(004)逆格子点のy軸方向の大きさQy(004)と、(204)のx軸方向の大きさQx(204)との関係が Qy(004)≒2Qx(204) となるような逆格子点が得られる。この際、 Qy(004)>Qy(204) 、かつ、 Qy(004)<Qy(204) となるような2つの(204)逆格子点が現れても構わない。この2つの逆格子は双晶の関係にあると思われる。ここで、逆格子空間のy軸は圧電膜の膜厚方向であり、x軸は圧電膜の膜面内方向のある一方向である。
【0045】
(双晶)
本発明における圧電膜では、AドメインとCドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であることが好ましい。また、BドメインとDドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であることがさらに好ましい。これは、例えばドメインスイッチングにより圧電膜の分極が[001]方向にそろう際、後述する図4(a)のモデルで示すようなCドメインもしくはDドメインの寄与で、大きな圧電変化を生み出すことができる為であると考えられる。つまり、圧電膜がこのような双晶をもつと、略垂直方向に分極を持つドメインの回転により、材料が本来有する分極変位より大きな圧電変位を得ることが出来るドメインエンジニアリングを発現させることが出来る為であると考えられる。さらに、本発明の圧電膜は、複雑な構造によりドメインサイズがより小さくなっていると考えられ、このようなドメインスイッチングが通常の双晶構造よりおこり易いと思われる。また、同時に双晶の双晶面が{110}であることで、圧電膜素子が作製される際に生じる内部応力がより緩和されやすい構造になるためであると考えられる。
【0046】
本発明において利用し得る双晶とは、圧電膜を構成する結晶のある面を双晶面として鏡像関係が成り立つ結晶を指す。代表例として図4(a)のような鏡像関係にある結晶が本発明で利用し得る双晶である。図4(a)は、結晶が正方晶であり、Aドメイン及びCドメインを有する結晶構造の概略図である。このAドメインは、膜厚方向と垂直な方向に(100)、つまり、膜厚方向に[001]の結晶軸をもつ。また、Cドメインは、膜厚方向から若干のずれをもつ方向に(100)、つまり、膜面内方向から若干のずれをもつ方向に[001]の結晶軸をもつ。AドメインとCドメインは(101)を双晶面として双晶の鏡像関係にある。この場合の若干のずれとは正方晶の結晶格子のa軸長さとc軸長さとの正接の関係にある角度の2倍から90°を引いた程度の大きさである。一般に、一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物の単位格子は比較的立方体に近いため、双晶により生じる前述の若干のずれとはおよそ数度程度である。また、図4(a)からは、AドメインとCドメインとは互いに結晶方位のずれを有する事がわかる。
【0047】
図4(b)は図4(a)に示したAドメインおよびCドメインを有する圧電膜7の膜断面構造の概略の一例である。また図5(a)は結晶が正方晶であり、AドメインとC'ドメインを有する結晶構造の概略図である。このAドメインは、膜厚方向と垂直な方向に(100)、つまり、膜厚方向に[001]の結晶軸をもつ。C'ドメインは、膜厚方向から若干のずれをもつ方向に(100)、つまり、膜面内方向から若干のずれをもつ方向に[001]の結晶軸をもつ。また、図5(b)は、図5(a)に示したAドメインおよびC'ドメインを有する圧電膜の膜断面構造の概略の一例である。AドメインとC'ドメインは(1バー01)を双晶面として双晶の鏡像関係にある。ここで、図4(a)のCドメインと図5(a)のC'ドメインとはそれぞれ同じAドメインに対して双晶の鏡像関係にあるにもかかわらず別の結晶方位を有する。これは、Aドメインが膜厚方向に[001]の結晶軸をもつ正方晶であるために、4つ存在する{110}の双晶面(101)、(1バー01)、(011)、(01バー1)がそれぞれ違う方向を向いているためである。よってAドメインに対して{110}を双晶面とするドメインはCドメイン、C'ドメイン、C''ドメイン、C'''ドメインが存在する。本発明におけるCドメインとは、例えば前述したようなCドメイン、C'ドメイン、C''ドメイン、C'''ドメインを総称したドメインのことであり、例えば図6のように圧電膜7中に少なくとも2種類以上のCドメインが混在したものであっても良い。また、図6に示す圧電膜7の膜断面構造の概略には、例えばC''ドメインとAドメインの一部とは双晶の鏡像関係にない部分が含まれるが、少なくとも図6のC''ドメインは(011)を双晶面としてAドメインと双晶の鏡像関係にある。このため、AドメインとCドメインは少なくとも互いに双晶の鏡像関係を満たすドメインである。
【0048】
以上、本発明における双晶について図を用いて説明したが、双晶ドメインは図4(b)のように膜面内方向にのみ変化する必要は無く、例えば膜厚方向に変化しても、膜中にランダムに存在しても構わない。これはA、B、C、D各ドメインについても同様である。ここで図4(a)、図5(a)の矢印は[001]軸の方向である。また、図4、図5ではAドメイン及びCドメインを有する結晶構造を示したが、Bドメイン及びDドメインを有する結晶構造についても同様の取り扱いである。
【0049】
(双晶の確認方法)
尚、圧電膜の双晶はX線回折の逆格子空間マッピングと極点測定によって簡単に特定することができる。例えば、[001]配向のPZT圧電膜が正方晶で、かつ、図4(a)と図4(b)で示す双晶を有する場合、逆格子空間マッピングで{004}空間と{204}空間を測定すると、図7のような回折が現れる。すなわち、図7に示すように、Aドメインに起因した(204)回折の近傍に、双晶のCドメインに起因した(402)回折が現れる。このとき、双晶によって生じる方位の若干のズレ({004}空間におけるAドメインとCドメインの逆格子空間原点からの角度ズレ)が正方晶の結晶格子のa軸長さとc軸長さとの正接の関係にある角度の2倍から90°を引いた程度の大きさとなる。また、同様に2θ軸を(004)と(400)の回折角に固定して、圧電膜の膜厚方向(PZTの[004]方向)からの傾きが5°程度の範囲の極点測定を行うと図8のような回折点が得られる。
【0050】
以上、本発明の双晶の代表例として、AドメインとCドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である膜を説明した。Bドメイン及びDドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である膜についても同様の取り扱いである。
【0051】
しかし、例えばAドメインとBドメイン、CドメインとDドメインとが双晶の鏡像関係にある場合は上記の構成に限定されない。例えば{111}の双晶面をもつ正方晶の[001]配向の膜等であってもよいし、例えばそれらが複雑に共存する膜であっても良い。また、例えば、{110}の双晶面をもつ正方晶の[100]配向の膜や、{110}の双晶面をもつ正方晶の[001]配向の膜等が複雑に共存することで現れる双晶の鏡像関係であっても良い。ただし、この場合の結晶方位のズレは、AドメインとBドメイン間、CドメインとDドメイン間とも2°以内であることが好ましい。
【0052】
(BドメインおよびDドメインの方位ズレ)
本発明における圧電膜はAドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分とBドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをもつ。同様に、Cドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分とDドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをもつ。例えば図11、図12の場合は面内方向でどちらも45°のズレを持つ。
【0053】
図26は図12で示すPTO(200)、(002)の極点図の重ね合わせ模式図である。ここで、XはAドメインとBドメインの[002]方位のズレ、YはCドメインとDドメインの[200]方位のズレである。また、VはAドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分とBドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレである。また、WはCドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分とDドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレである。
【0054】
θ1=arctan(c/a) ×2-90で、正方晶である圧電膜の結晶格子のa軸長さとc軸長さとの正接の関係にある角度の2倍から90°を引いた大きさである。θ3はAドメインの[002]とCドメインの[200]の方位ズレである。θ2とθ4はBドメインの[002]とDドメインの[200]の方位ズレである。図12において図26で示すような複雑な極点構造が現れた詳細までは分かっていないが、例えば以下のような理由でないかと考えている。
【0055】
AドメインはSRO膜上にエピタキシャル成長したPTO膜であり、膜厚方向、膜面内方向とも下地膜であるSRO膜と同じ単一の結晶方位を有するドメインであとする。次にCドメインはAドメインと{110}を双晶面とした双晶の鏡像関係にあるドメインであるとする。Cドメインは双晶の鏡像関係による若干の方位ズレθ3を有するが、AドメインおよびSRO膜と同じ単一の結晶方位を有するはずである。Cドメインが複数存在/観察されることは前述した。ここでAドメインの結晶格子のa軸長さとc軸長さからθ1を求めると、θ3と同じとなるはずである。次にDドメインはBドメインと{110}を双晶面とした双晶の鏡像関係にあるドメインであるとする。DドメインはBドメインと双晶の鏡像関係による若干の方位ズレθ2もしくはθ4とを有するが、AドメインおよびSRO膜と同じ単一の結晶方位を有するはずである。BドメインやDドメインが複数存在/観察されることもCドメインと同様である。
【0056】
ここで図27は図12のPTO膜の結晶格子のa軸長さおよびc軸長さの膜厚依存性を示す。本発明において図12のBドメインやDドメインが現れるのは600nm以上であるため、図27の結晶格子の600nm以下の点では、a軸長さはX線回折におけるCドメインの2θ角から、また、c軸長さはX線回折におけるAドメインの2θ角から求めた。一方1000nm以上の点ではa軸長さはX線回折におけるDドメインの2θ角から、また、c軸長さはX線回折におけるBドメインの2θ角から求めた。
【0057】
図より500nm以下でc軸長さが極小を示していることが分かるが、500nm付近のa軸長さおよびc軸長さから求められるθ1はθ3およびθ4とほぼ等しい。また、1000nm以上のa軸長さおよびc軸長さから求められるθ1はθ2とほぼ等しい。
【0058】
つまり、AドメインとCドメイン、およびBドメインとDドメインはどちらも{110}を双晶面とする双晶の鏡像関係にある。しかし、圧電膜の膜厚依存により若干の方位ズレが異なっているものと思われる。
【0059】
ここで、図28は本発明の圧電膜(PTO膜)のA,B,C,D各ドメインのズレ角と膜厚との関係を示す。1000nmでは確認されているBドメインおよびDドメインは500nm以下では存在しない為、500nm以下ではθ2およびX,Yは存在しないが、1000nm以上ではθ2=X+Y+θ3の関係にあることがわかる。このθ2の値はPTOバルク体のa軸長さおよびc軸長さから求められるθ1とほぼ一致する。つまりBドメインとDドメインはほぼバルク体と同じ程度の格子定数を有することが分かる。一方500nm以下では図27よりθ1はθ3とほぼ一致する為、バルク体に対し歪んだ格子定数を有することが分かる。この理由は以下のような構造モデルで考えられる。
【0060】
図29は本発明の圧電膜が以下の条件を満たすと仮定した場合の膜断面方向から見たドメイン構造と、A,B,C,D各ドメインと、ズレ角との関係を考えた模式図である。
(1)A,B,C,Dドメインを有し、AドメインおよびBドメインが[001]配向であり、CドメインおよびDドメインが[100]配向である。
(2)AドメインとCドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有する。
(3)前記双晶の双晶面が{110}である。
(4)BドメインとDドメインが少なくとも双晶の鏡像関係を有する。
(5)前記双晶の双晶面が{110}である。
【0061】
基板から600nm以下の薄膜部ではAドメインとCドメインが前述の双晶の鏡像関係により、θ3のズレをもって存在している。さらに基板から600nm以上の厚膜部では、BドメインとDドメインが前述の双晶の鏡像関係により、θ2のズレをもって存在している。ここで、Cドメインは基板水平面とθ3のズレを有している。一方、Dドメインは、基板水平面とθ3+Yのズレを有している。このような差が生じるのはAドメインとCドメインが基板から600nm以下の薄膜部で存在している為、基板の拘束によりY分の格子ズレをとることが困難である為ではないかと思われる。つまり格子が歪むことにより、AドメインとCドメインが双晶の鏡像関係にあるために生じるθ1のズレ角が小さくなり、基板の拘束を吸収しているものと思われる。一方、BドメインとDドメインは600nm以上の厚膜部で存在する為、基板からの拘束を受けることなく、バルクとほぼ同じ程度の格子定数を有することができる。このため、AドメインとCドメインが双晶の鏡像関係にあるために生じるθ1のズレ角はθ3にさらにXとYを加えた角度θ2となる。すなわち、BドメインおよびDドメインはそれぞれAドメインおよびCドメインとに対しXとYの角度だけ均等にズレを持つことで、600nm以上の厚膜部に存在できるものと思われる。また、図28の結果や上記の考察よりX=Yとなることも予想できる。
【0062】
本発明の圧電膜のAドメインとBドメインの結晶方位のズレが2°未満であり、また、CドメインとDドメインとの結晶方位のズレが2°未満であることは以下の理由によると思われる。一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物、特に鉛系のペロブスカイト複合酸化物の正方晶のa軸長さとc軸長さの比は一般的に小さい。公知の材料として比較的a軸長さとc軸長さの比が大きいものはPTOであるが、PTOは正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.06程度である。この値より前述のθ1を求めるとおよそ3.5°程度となる。ところで、AドメインとBドメインの結晶方位のズレ角はXであるが、図28から考えると、θ2=X+Y+θ3であり、かつ、ほぼX=Yの関係が成り立ち、かつθ2は3.5°程度となる。そのため、特に鉛系のペロブスカイト複合酸化物の場合、本発明の圧電膜のAドメインとBドメインの結晶方位のズレは2°未満となり、また、CドメインとDドメインとの結晶方位のズレが2°未満となることが予想できる。
【0063】
一方、非鉛系の圧電材料まで考えた場合、例えばBiCoO3(コバルト酸ビスマス)は正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.25程度と大きい。このためθ2は10°を超える値になることが予想される。よって、材料によっては本発明の圧電体膜は本発明の圧電膜のAドメインとBドメインの結晶方位のズレは5°未満となり、また、CドメインとDドメインとの結晶方位のズレが5°未満となることが考えられる。
【0064】
本発明の圧電膜の複雑なドメイン構造は、前述のようにAドメインとCドメインの双晶構造、およびBドメインとDドメインの双晶構造、および基板からの応力の影響を受け形成されていると思われる。このため、例えば熱膨張係数や堅さ等の物性の違う基板を用いることでそのズレ角度等に若干の変化が出る。例えば図30および図31はそれぞれ基板にSiおよびKTOを用いた場合のPTOの(002)、(200)の極点測定の結果である。図12の基板にSTOを用いた場合のPTOの(002)、(200)の極点測定の結果を含め、これらの結果より、次のことが分かる。
【0065】
すなわち、各基板によりθ3の大きさには違いがあるものの、θ2の大きさはほぼ同じであり、バルク体のθ1とほぼ一致する3.5°程度になる。このように基板により膜への応力のかかり方が変化する為、AドメインとCドメインの双晶構造から得られるθ3には違いが生じるものの、BドメインとDドメインの双晶構造から得られるθ2は基板に依存しない。
【0066】
これを裏付ける結果を図32に示す。図32はPTO膜A,B,C,D各ドメインのずれ角とA,B,C,Dドメイン全体におけるA,Bドメインの割合との関係である。ここで、ドメインの割合はX線回折における各ドメインの回折強度から導いた。図32より、A,B,C,Dドメイン全体のA,Bドメインの割合が増すとθ3が大きくなり、XおよびYが小さくなることがわかる。また、θ3はA,B,C,Dドメイン全体のA,Bドメインの割合が1に近づくとθ2およびθ1の値に近づき、逆に、XおよびYはA,B,C,Dドメイン全体のA,Bドメインの割合が0に近づくと0に近づく。つまり、X,Yおよびθ3の大きさはA,B,C,Dドメイン全体におけるA,Bドメインの割合に対し一次の関数で決まる。つまり、A,B,C,Dドメイン全体のA,Bドメインの割合をVcとした場合、X,Yの大きさはX=Y=θ1×(1−Vc)/2の関係になることがわかる。
【0067】
さらに、A,B,C,Dドメイン全体におけるA,Bドメインの割合は基板の熱膨張係数αsub、エピタキシャル酸化物膜の熱膨張係数αfilm、成膜温度Ts、エピタキシャル酸化物膜のキュリー温度Tcにより決まっていることを確かめた。更に、σ=(Ts−Tc)×(αfilm−αsub)とおいた場合、Vcはσの一次の関数であらわされることまで確かめた。これにより、Vcはエピタキシャル酸化物膜が受ける熱応力により制御でき、さらに、A,B,C,D各ドメインのずれ角等を制御できることがわかる。
【0068】
最後にVおよびWについて考える。圧電膜中に以上の関係で膜厚依存を有しつつもA、B、C、Dドメインが共存できると仮定する。前述したようにCドメイン、C'ドメイン、C''ドメイン、C'''ドメインが存在できるので、DドメインはBドメインに対しθ2とθ4を両立して存在しなければならない。そこで、Aドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分とBドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分とは膜面内方向に回転ズレをもつ事が必要になる。同様に、Cドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分とDドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分とは膜面内方向に回転ズレをもつ事が必要になる。以上が図11や図12で得られた複雑な結晶構造が得られるメカニズムではないかと考えられる。また、図11や図12の場合は上記回転ズレは45°である必要がある。つまり、WとVの関係は、0<V=W≦45にあることが好ましく、V=W=45の関係にあることが更に好ましい。さらに、(θ2−θ4)/2=X=Yとなる事もわかる。
【0069】
(90°ドメイン構造)
さらに、本発明の圧電膜は90°ドメイン構造を有することが好ましい。本発明における90°ドメイン構造とは、膜厚方向と垂直な方向に(100)、つまり、膜厚方向に[001]の結晶軸をもつドメインと、膜厚方向と垂直な方向に(001)、つまり、膜厚方向に[100]の結晶軸をもつドメインとが共存する構造である。この場合、前述の2つのドメインは双晶の鏡像関係になく双晶ドメインではない。90°ドメイン構造を有すると、膜厚方向に[001]の結晶軸をもつドメイン、膜厚方向に[100]の結晶軸をもつドメインそれぞれに本発明の互いに結晶方位のずれを有するドメイン、および、双晶構造を有するドメインが存在可能である。その結果、さらに複雑な構造をもつ圧電膜を得ることが出来る。
【0070】
(エピタキシャル酸化物膜の構成材料)
圧電膜としてのエピタキシャル酸化物膜の主成分はチタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛であることが好ましい。これは、一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物の中では、一般にPTOやPZTのような強誘電材料の方が、例えばPZN−PTのようなリラクサ系電歪材料より、正方晶や菱面体晶の格子の歪みが大きい為である。
【0071】
圧電膜としてのエピタキシャル酸化物膜の主成分はチタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛であることが好ましい。これは、一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物の中では、一般にPTOやPZTのような強誘電材料の方が、例えばPZN−PTのようなリラクサ系電歪材料より、正方晶や菱面体晶の格子の歪みが大きい為である。(ここで、格子の歪とは、正方晶の場合は結晶格子のa軸とc軸の比c/aのことであり、菱面体晶の場合はa,b,c軸のなす角αの90°からのズレのことである。)このため、大きな圧電変化を生み出しやすく、かつ、圧電膜素子が作製される際に生じる内部応力の緩和が容易となる。例えば、PTOは正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.06程度である。MPBと呼ばれる結晶相境界付近のPZTは正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.03程度である。BaTiO3(チタン酸バリウム)は正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.01程度である。さらに例えばBiCoO3(コバルト酸ビスマス)は正方晶のa軸とc軸の比c/aが1.25程度と大きいため、大変優れた圧電膜である。
【0072】
(膜厚)
圧電膜の膜厚は0.6μm以上あることが好ましい。膜厚が0.6μm以上であれば、本発明の複雑な双晶構造をより容易に得ることが出来る。材料や基板の種類にも依存するが、特に60nm以下の膜厚では、本発明の複雑な双晶構造を形成する前述のBドメインとDドメインを得ることが難しい。
【0073】
(測定方法)
上述のように圧電膜の結晶構造はX線回折により容易に確認することが出来るが、上述のX線回折の他にも、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察等によっても確認することが出来る。
【0074】
(エピタキシャル酸化物膜の形成方法)
本発明における圧電膜として利用し得るエピタキシャル酸化物膜の形成方法は特に限定されない。10μm以下の薄膜では通常、ゾルゲル法、水熱合成法、ガスデポジション法、電気泳動法等の薄膜形成法を用いることができる。さらにはスパッタリング法、化学気相成長法(CVD法)、有機金属気相成長法(MOCVD法)、イオンビームデポジション法、分子線エピタキシー法、レーザーアブレーション法等の薄膜形成法も用いることができる。これらの薄膜形成法では、基板や下部電極からのエピタキシャル成長を用いた圧電膜の形成が可能となる。
【0075】
上記の各種方法のなかでも、成膜方法としては、特に、図9に示す装置を用いるパルスMOCVD法により成膜することにより得る事が好ましい。
【0076】
パルスMOCVD法では、配管内で単結晶成膜を阻害する酸化反応が進行しないよう出発原料供給路の温度制御を行うことが好ましい。さらに、パルスMOCVD法においては、不活性キャリアガス・出発原料混合ガスを間欠的に供給することが好ましい。この際、混合ガスの間欠時間を制御することで、混合ガスの基板上での十分な反応時間が得られ、膜のダメージ等を抑制することが出来る。その結果として、圧電膜中の酸素欠損、鉛欠損、結晶格子を構成する各構成元素の格子サイト欠陥などにより生じる欠陥などを抑制することが出来る。特に本発明の結晶構造を得やすい方法として、成膜レートの高い製法を用いる事が好ましい。そのために原料ガスの供給量を高くする事と、酸化物膜が欠陥なしで出来るように酸素分圧を高くすることが好ましい。
【0077】
MOCVD法で用いる原料としては、アルキル金属化合物、アルコキシル金属化合物、β−ジケトン化合物、シクロペンタジエニル化合物、ハロゲン化合物、有機酸化合物等を用いる事が出来る。
【0078】
圧電膜としてPZTを成膜する場合、原料としては次に記載の物が好ましく利用される{(CH3)3CCO2)2CHの基をthdで表す}。
【0079】
まず、Pb原料としては、Pb(C2H5)4、Pb(thd)2、Pb(thd)(OC2H5)2、(C2H5)3PbOCH2C(CH3)3、Pb(C2H5)3(OC4H9−t)、Pb(C6H5)4、PbCl2等を挙げることが出来る。Zr原料としては、Zr(OC4H9−t)4、Zr(i-C3H7)4、Zr(OC2H5)4、Zr(OCH3)4,Zr(OC5H11−n)4等を挙げることが出来る。Ti原料としては、Ti(OC3H7−i)4、Ti(thd)2(OC3H7−i)2、Ti(OC2H5)4、TiCl4、Ti(OCH3)4、Ti(OC5H11)4等を挙げることが出来る。また、PZTのPbの一部をLaなどで置換する事を行っても良いが、その場合の原料としては、La(thd)3、La(C2H3O2)4、LaCl3等を用いる。また、PZT組成としてPbは、Zr,Ti等のBサイト元素に対して過剰量あっても良い。
【0080】
キャリアガスは、不活性ガスが選択され、例えば、Ar,N2,He等が好ましい。また、これらの混合系でも良い。キャリアガスの流量は、10cm3/分から1000cm3/分の範囲が好ましい。
【0081】
(圧電膜素子の構造)
本発明の圧電膜素子は、本発明の圧電膜と、該圧電体に接する一対の電極とを有する。本発明の圧電膜素子の第1の電極(電極膜)又は第2の電極(電極膜)は、前述の圧電膜と良好な密着性を有し、かつ導電性の高い材料が好ましい。すなわち、上部電極膜又は下部電極膜の比抵抗を10-7〜10-2Ω・cmとすることのできる材料からなることが好ましい。このような材料は一般的に金属であることが多いが、例えば、Au、Ag、CuやRu、Rh、Pd、Os、Ir、PtなどのPt族の金属を電極材料として用いることが好ましい。また上記材料を含む銀ペーストやはんだなどの合金材料も高い導電性を有し、好ましく用いることができる。また、例えばIrO(酸化イリジウム)、SRO(ルテニウム酸ストロンチウム)、ITO(導電性酸化スズ)、BPO(鉛酸バリウム)などの導電性酸化物材料も電極材料として好ましい。また、電極膜は1層構成でもよく、多層構成でもよい。例えば基板との密着性を上げる為Pt/Tiのような構成としても良いし、基板やバッファー層からエピタキシャル成長をするために、SRO/LNO(ニッケル酸ランタン)のような構成としても良い。
【0082】
尚、本発明の圧電膜はエピタキシャル酸化物膜からなるため、少なくとも第1の電極も単結晶体やエピタキシャル膜であることが好ましい。本発明の圧電膜は一般式ABO3で構成されるペロブスカイト複合酸化物から成るため、その格子定数はおよそ4Å程度である。そこで、電極材料は4Å程度の格子定数をとれる材料が好ましい。例えば上記材料の中ではPt族金属、SRO、BPOなどが特に好ましい。さらに、第1の電極膜が少なくとも<100>配向したペロブスカイト型構造の酸化物電極膜を含む場合は、<100>配向した1軸配向膜又は単結晶膜を容易に作製することができる。特にSROは格子定数が4Å程度とPZTの格子定数に近く、また膜の単結晶化も容易であるため、より容易にエピタキシャル圧電膜を作製することができる。
【0083】
また、電極膜の膜厚は100nmから1000nm程度とすることが好ましく、500nm以下とすることがさらに好ましい。電極膜の膜厚を100nm以上とすると電極膜の抵抗が充分に小さくなり、1000nm以下とすると圧電膜素子の圧電性を阻害する虞もなく好ましい。
【0084】
電極膜の形成方法は特に限定されないが、1000nm以下の電極膜は、通常、ゾルゲル法、水熱合成法、ガスデポジション法、電気泳動法等の薄膜形成法を用いて形成することができる。さらにはスパッタリング法、CVD法、MOCVD法、イオンビームデポジション法、分子線エピタキシー法、レーザーアブレーション法等の薄膜形成法を用いて形成することができる。これらの薄膜形成法では、基板やバッファー層からのエピタキシャル成長を用いた圧電膜の形成が可能となるため、エピタキシャル圧電膜の形成が容易になる。
【0085】
(液体吐出ヘッド及び液体吐出装置)
次に、本発明の液体吐出ヘッドについて説明する。
【0086】
本発明の液体吐出ヘッドは、吐出口と、吐出口に連通する個別液室と、個別液室の一部を構成する振動板と、個別液室の外部に設けられた振動板に振動を付与するための圧電素子とを有する。この液体吐出ヘッドでは、振動板により生じる個別液室内の体積変化によって個別液室内の液体が吐出口から吐出される。そして、この液体吐出ヘッドは、前記圧電素子として上記構成のエピタキシャル酸化物膜を用いた圧電膜素子を用いたことを特徴とする。
【0087】
本発明にかかる上記構成のエピタキシャル酸化物膜を有する圧電膜素子を用いることで、均一で高い吐出性能を示し、圧電膜素子を含む吐出圧発生素子構造パターンの微細化を行うことが可能な液体吐出ヘッドを容易に得ることが出来る。本発明の液体吐出ヘッドは、インクジェットプリンタやファクシミリ、複合機、複写機などの画像形成装置、あるいは、インク以外の液体を吐出する産業用吐出装置に使用されても良い。
【0088】
本発明の液体吐出ヘッドを図13を参照しながら説明する。図13は本発明の液体吐出ヘッドの実施形態の一例を示す模式図である。図13に示した実施形態の液体吐出ヘッドは、吐出口11、吐出口11と個別液室13を連通する連通孔12、個別液室13に液を供給する共通液室14を備えており、この連通した経路に沿って液体が吐出口11に供給される。個別液室13の一部は振動板15で構成されている。振動板15に振動を付与するための圧電膜素子10は、個別液室13の外部に設けられている。圧電膜素子10が駆動されると、振動板15は圧電膜素子10によって振動を付与され個別液室13内の体積変化を引き起こし、これによって個別液室13内の液体が吐出口から吐出される。圧電膜素子10は、後述の図14に示した実施形態においては、矩形の形をしているが、この形状は楕円形、円形、平行四辺形等の形状としても良い。
【0089】
図13に示した液体吐出ヘッドの幅方向の断面模式図を図14に示す。図14を参照しながら、本発明の液体吐出ヘッドを構成する圧電膜素子10を更に詳細に説明する。圧電膜素子10の断面形状は矩形で表示されているが、台形や逆台形でもよい。また、図14中では第1の電極膜6が下部電極膜16、第2の電極膜8が上部電極膜18に相当するが、本発明の圧電膜素子10を構成する第1の電極膜6および第2の電極膜8はそれぞれ下部電極膜16、上部電極膜18のどちらになっても良い。これはデバイス化時の製造方法によるものであり、どちらでも本発明の効果を得る事が出来る。また振動板15は本発明の圧電膜素子10を構成する基板5から形成したものであってもよい。また振動板15と下部電極膜16の間にバッファー層19があっても良い。
【0090】
図15および図16は、図13に示した液体吐出ヘッドを上面側(吐出口11側)から見たときの模式図である。破線で示された領域13は、圧力が加わる個別液室13を表す。個別液室13上に圧電膜素子10が適宜パターニングされて形成される。例えば、図15において、下部電極膜16は圧電膜7が存在しない部分まで引き出されており、上部電極膜18(不図示)は下部電極膜16と反対側に引き出され駆動源につながれている。図15および図16では下部電極膜16はパターニングされた状態を示しているが、図14に示したように圧電体7がない部分に存在するものであっても良い。圧電体7、下部電極膜16、上部電極膜18は圧電膜素子10を駆動する上で、駆動回路と圧電膜素子10間にショート、断線等の支障がなければ目的にあわせて最適にパターニングすることができる。また、個別液室13の形状が、平行四辺形に図示されているのは、基板として、Si(110)基板を用い、アルカリによるウエットエッチングを行って個別液室が作成された場合には、このような形状になるためである。個別液室13の形状は、これ以外に長方形であっても良いし、正方形であっても良い。一般に、個別液室13は、振動板15上に一定のピッチ数で複数個作成されるが、図16で示されるように、個別液室13を千鳥配列の配置としてもよいし、目的によっては1個であっても良い。
【0091】
振動板15の厚みは、通常0.5〜10μmであり、好ましくは1.0〜6.0μmである。この厚みには、上記バッファー層19がある場合はバッファー層の厚みも含まれる。また、バッファー層以外の複数の層が形成されていても良い。例えば振動板と個別液室を同じ基板から形成する場合に必要なエッチストップ層などが含まれていても良い。個別液室13の幅Wa(図15参照)は、通常30〜180μmである。長さWb(図15参照)は、吐出液滴量にもよるが、通常0.3〜6.0mmである。吐出口11の形は、通常、円形又は星型であり、径は、通常7〜30μmとすることが好ましい。吐出口11の断面形状は、連通孔12方向に拡大されたテーパー形状を有するのが好ましい。連通孔12の長さは、通常0.05mmから0.5mmが好ましい。連通孔12の長さを0.5mm以下とすると、液滴の吐出スピードが充分大きくなる。また、0.05mm以上とすると各吐出口から吐出される液滴の吐出スピードのばらつきが小さくなり好ましい。また、本発明の液体吐出ヘッドを構成する振動板、個別液室、共通液室、連通孔等を形成する部材は、同じ材料であっても良いし、それぞれ異なっても良い。例えばSi等であれば、リソグラフィ法とエッチング法を用いることで精度良く加工することができる。また、異なる場合に選択される部材としては、それぞれの部材の熱膨張係数の差が1×10-8/℃から1×10-6/℃である材料が好ましい。例えばSi基板に対してはSUS基板、Ni基板等を選択することが好ましい。
【0092】
本発明の圧電膜は少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル膜であることが好ましいが、本発明の液体吐出ヘッドにおける圧電膜の膜面内方向の結晶方位は、圧電膜素子の長手方向に<100>の方位を持つことが好ましい。なお、この長手方向は、図15のWbの方向である。
【0093】
次に本発明の液体吐出ヘッドの製造方法について説明する。本発明の液体吐出ヘッドの製造方法は、少なくとも、次の工程を有する。
(1)吐出口を形成する工程。
(2)吐出口と個別液室を連通する連通孔を形成する工程。
(3)個別液室を形成する工程。
(4)個別液室に連通する共通液室を形成する工程。
(5)個別液室に振動を付与する振動板を形成する工程。
(6)個別液室の外部に設けられた振動板に振動を付与するための本発明の圧電膜素子を製造する工程。
【0094】
具体的には、例えば、本発明の液体吐出ヘッドを製造する第一の方法として、次に述べる方法を挙げることができる。まず、前述の(6)の工程を適用して圧電膜素子10を形成した基板に(3)の工程を適用して個別液室の一部および振動板を形成する。別途(2)、(4)の工程を適用して連通孔と共通液室を形成した基体および(1)の工程を適用して吐出口を有する基体を作製する。次に、上記基板およびこれらの基体を積層して一体化して液体吐出ヘッドを製造する。
【0095】
また、本発明の液体吐出ヘッドを製造する第二の方法の方法として、次に述べる方法を挙げることができる。まず、別途、少なくとも、(3)の工程を適用して個別液室が形成される基体もしくは個別液室が形成された基体を作製する。次に、これに、(6)の工程を適用して圧電膜素子が形成された基板もしくは(5)と(6)の工程により振動板と圧電膜素子を形成した基板から圧電膜素子又は振動板と圧電膜素子を転写する。次に、圧電膜素子又は振動板と圧電膜素子が転写された基体の少なくとも圧電膜素子等と対向する側の基体部分を(2)の工程を適用して加工して個別液室を形成する。さらに上記第一の方法と同様にして、連通孔と共通液室を形成した基体、吐出口を形成した基体を作製し、これらの基体を積層して一体化して液体吐出ヘッドを製造する。
【0096】
第一の方法としては、図17に示したように、まず、圧電膜素子の製造方法と同様にして基板5上に圧電膜素子10を設ける。次に、少なくとも、圧電膜素子10をパターニングした状態で基板5の一部を除去して、個別液室13の一部を形成すると共に振動板15を形成する。別途、共通液室14および連通孔12を有する基体を作製し、さらに吐出口11を形成した基体を作製する。さらに、これらを積層して一体化して液体吐出ヘッドを形成する製造方法を挙げることができる。基板5の一部を除去する方法としては、ウエットエッチング法、ドライエッチング法、又はサンドミル法等の方法を挙げる事が出来る。基板5の一部をこのような方法によって除去することで振動板15と個別液室13の少なくとも一部を形成することができる。
【0097】
第二の方法として、例えば、図18に示したように、まず、圧電膜素子の製造方法と同様にして基板5上に圧電膜素子10を設ける。次に、圧電膜素子10がパターニングされない状態で振動板15を圧電膜素子上に成膜した基板を作製する。さらに、個別液室13を設けた基体、連通孔12および共通液室14を設けた基体および吐出口11を設けた基体等を作製し、これらを積層した後に、上記基板から振動板、圧電膜素子等を転写する製造方法を挙げることができる。
【0098】
又、図19に示したように、まず、基板5上に圧電膜素子10を形成しこれをパターニングして圧電膜素子を形成する。別途、振動板15を基体上に設けさらに個別液室13の一部が設けられた基体、共通液室14および連通孔12が設けられた基体、吐出口11を形成した基体を作製する。さらに、これらを積層し、これに前記基板から圧電膜素子10を転写して液体吐出ヘッドを形成する製造方法を挙げることができる。
【0099】
転写時の接合方法としては無機接着剤又は有機接着剤を用いる方法でも良いが、無機材料による金属接合がより好ましい。金属接合に用いられる材料としては、In、Au、Cu、Ni、Pb、Ti、Cr、Pd等を挙げることができる。これらを用いると、300℃以下の低温で接合出来、基板との熱膨張係数の差が小さくなるため、長尺化された場合に圧電膜素子の反り等による問題が回避されるとともに圧電膜素子に対する損傷も少ない。
【0100】
第一の方法における連通孔12や共通液室14、および第二の方法における個別液室13や連通孔12や共通液室14は、例えば、形成部材(基体)を加工して形成することができる。この加工には、形成部材(基体)をリソグラフィによりパターニングする工程とエッチングにより部材の一部を除去する工程を有する方法が利用できる。例えば、第二の方法の場合、図20で示されるa)からe)の工程により、個別液室13、連通孔12、共通液室14が形成される。a)は個別液室13用のマスクの形成工程を示し、b)は上部からエッチング等により個別液室13が加工される工程(斜線部は、加工部を意味する)を示す。また、c)は個別液室13の形成に用いたマスクの除去および連通孔12、共通液室14用のマスクの形成工程を示し、d)は下部からエッチング等により連通孔12および共通液室14を加工する工程を示す。さらにe)は連通孔12および共通液室14の形成に用いたマスクを除去し、個別液室13、連通孔12および共通液室14が形成された状態を模式的に示す。吐出口11は、基体17をエッチング加工、機械加工、レーザー加工等することで形成される。f)はe)の後に、吐出口11が形成された基体17を個別液室13、連通孔12および共通液室14が形成された基体に接合した状態を示す。吐出口を設けた基体17の表面は、撥水処理がされている事が好ましい。各基体の接合方法としては転写時の接合方法と同様であるが、その他、陽極酸化接合であってもよい。
【0101】
第二の方法において、基板5上の圧電膜素子10を転写する別の基体は、図20のe)の状態かf)の状態としたものを用いることが好ましい。ここで、基板5上の圧電膜素子上に振動板を形成している場合は、図20のe)又はf)の状態の個別液室13上に直接転写する。また、基板5上の圧電膜素子上に振動板を形成していない場合は、図20のe)又はf)の状態の個別液室13の孔を樹脂で埋めて振動板を成膜し、その後エッチングによりこの樹脂を除去して振動板を形成した後に転写する。この際、振動板はスパッタリング法、CVD法等の薄膜形成法を用いて形成することが好ましい。また、圧電膜素子10のパターン形成工程は転写前後どちらであっても良い。
【0102】
次に、本発明の液体吐出装置について説明する。本発明の液体吐出装置は、上記本発明の液体吐出ヘッドを有するものである。
【0103】
本発明の液体吐出装置の一例として、図24および図25に示すインクジェット記録装置を挙げることができる。図24に示す液体吐出装置(インクジェット記録装置)81の外装82〜85及び87を外した状態を図25に示す。インクジェット記録装置81は、記録媒体としての記録紙を装置本体96内へ自動給送する自動給送部97を有する。更に、自動給送部97から送られる記録紙を所定の記録位置へ導き、記録位置から排出口98へ導く搬送部99と、記録位置に搬送された記録紙に記録を行う記録部91と、記録部91に対する回復処理を行う回復部90とを有する。記録部91には、本発明の液体吐出ヘッドを収納し、レール上を往復移送されるキャリッジ92が備えられる。
【0104】
このようなインクジェット記録装置において、コンピューターから送出される電気信号によりキャリッジ92がレール上を移送され、圧電体を挟持する電極に駆動電圧が印加されると圧電体が変位する。この圧電体の変位により振動板15を介して各圧電室を加圧し、インクを吐出口11から吐出させて、印字を行なう。
【0105】
本発明の液体吐出装置においては、均一に高速度で液体を吐出させることができ、装置の小型化を図ることができる。
【0106】
上記例は、プリンターとして例示したが、本発明の液体吐出装置は、ファクシミリや複合機、複写機などのインクジェット記録装置の他、産業用液体吐出装置として使用することができる。
【0107】
(圧電特性の評価)
本発明の圧電膜素子の圧電特性の評価はユニモルフ型カンチレバー方式を用いたd31測定法によりおこなった。測定方法・構成概略を図21、図22及び図23に示す。
【0108】
基板5上に下部電極膜16、圧電膜7、上部電極膜18の順で構成された圧電膜素子10は、クランプ冶具502により片側が固定されたユニモルフ型カンチレバーの構成となっている。クランプ冶具502の上側部分502-aは、導電性材料で構成されており、圧電膜7の下部電極膜16と電気的に接触されており、交流電源503の出力端子の一方(不図示)に電気ケーブル504-aに繋がっている。交流電源503の出力端子のもう一方(不図示)は電気ケーブル504-bを通じ上部電極膜18に繋がっており、圧電膜7に交流電圧を印加できる構成となっている。
【0109】
交流電源503によって供給された電界によって、圧電膜素子10は伸縮する。それに伴って、基板5が歪み、ユニモルフ型カンチレバーはクランプ冶具502によって固定された端の部分を支点として上下振動する。このとき圧電膜素子10のクランプされていない端部の振動をレーザードップラー速度計(LDV)505でモニターし、入力電界に対するユニモルフ型カンチレバーの変位量を計測できる構成となっている。
【0110】
このときの、入力電圧Vに対するユニモルフ型カンチレバーの変位量には、近似的に式1の関係にある。(J.G.Smith,W.Choi,The constituent equations of piezoelectric heterogeneous bimorph, IEEE trans.Ultrason.Ferro.Freq.Control 38 (1991) 256-270:非特許文献2参照)
式1中には、下部電極膜、上部電極膜、その他バッファー層などの物性値項が入っていないが、基板厚さhsがそれらの厚さに対して、充分薄い時それらの層の物性値・膜厚は無視でき、式1は実用上充分な近似式となっている。
【0111】
【数3】
【0112】
この式1から、ユニモルフ型カンチレバーの入力電界に対する変位量を測定することで圧電膜素子のd31を決定することができる。
【実施例】
【0113】
以下、本発明の圧電膜、圧電膜素子、圧電膜素子を用いた液体吐出ヘッドについて実施例を挙げて説明する。
【0114】
(実施例1)
実施例1の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0115】
SrTiO3{100}基板上にスパッタリング法でSrRuO3(SRO)膜を基板温度600℃で200nm成膜し、SRO下部電極膜を有する基板を得た。
【0116】
次に、この基板上に圧電膜のPZTをパルスMOCVD法を用いて成膜した。成膜方法は以下に説明する。
【0117】
図9に示した装置で、基板ホルダー上の上記基板を8.3rpmで回転させながら、基板を600℃に加熱した。更に、Pbの原料ガスを5.8cm3/分の供給量で供給し、Zr,Tiの原料はPb量に対して、Zrは、0.14〜0.15になるように、Ti原料は、0.85〜0.86になるように供給した。上記原料ガスの供給時間12秒にたいして、8秒間原料無供給の時間を設け、これを繰り返し、膜厚2.0μmのペロブスカイトPZTエピタキシャル膜を成膜した。原料ガスの供給前に、原料のバブリングを70分間行った。
【0118】
PZTの元素比は誘導結合プラズマ発光分析装置による組成分析(ICP組成分析)の結果、Zr/(Zr/Ti)は0.14であった。また、X線回折の2θ/θ測定の結果、PZTのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPZTペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。また、同様にX線回折によりPZTの(002)、(200)の極点測定を行った(図11)。測定の結果、図に示すようにAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインが観察された。ここでBドメイン、DドメインはそれぞれAドメイン、Cドメインに対し0.6°の結晶方位のズレを有し、AドメインとCドメインは双晶面が{110}である双晶の鏡像関係を持つことが分かった。また図より、PZTの(200)の極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点が観察されるが、この回折点がSrTiO3基板に起因するものか、SRO電極に起因するものか、PZTの90°ドメイン構造に起因するものかは明確には分からなかった。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPZTの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PZTは正方晶であることを確認した。
【0119】
さらに圧電膜上に電極膜としてTi、Ptの順でスパッタリング法によりそれぞれ4nm、150nm成膜して、実施例1の圧電膜素子を作製した。
【0120】
(実施例2)
実施例2の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0121】
実施例1で用いた基板と同様の、SRO下電極のSrTiO3基板を用いた。
【0122】
原料ガスとして、Pb原料とTi原料のみを用い、実施例1と同様に基板を600℃に加熱し、Pb原料ガスの供給量に対してTi原料の供給量を0.94に設定し、供給した。基板の回転数は、実施例1と同様にしたが、Pb原料ガスの供給量は、6.1cm3/分であった。原料供給時間と無供給の時間を、それぞれ、12秒、6秒に設定し成膜した。これを繰り返し、膜厚2.0μmのPbTiO3(PTO)のペロブスカイト構造のエピタキシャル膜を得た。
【0123】
X線回折の2θ/θ測定の結果、PTOのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPTOペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。同様にX線回折によりPTOの(002)、(200)の極点測定を行った(図12)。測定の結果、図に示すようにAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインが観察された。ここでBドメイン、DドメインはそれぞれAドメイン、Cドメインに対し0.7°の結晶方位のズレを有し、AドメインとCドメインは双晶面が{110}である双晶の鏡像関係を持つことが分かった。また図より、PTOの(200)の極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点が観察されるが、この回折点がSrTiO3基板に起因するものか、SRO電極に起因するものか、PTOの90°ドメイン構造に起因するものかは明確には分からなかった。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPTOの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PTOは正方晶であることを確認した。
【0124】
さらに圧電膜上に電極膜としてTi、Ptの順でスパッタリング法によりそれぞれ4nm、150nm成膜して、実施例2の圧電膜素子を作製した。
【0125】
(比較例1)
比較例1の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0126】
実施例1と同様の基板上に、Pbの原料として、酢酸鉛、Zr原料として、テトラーt−ブトキシZr,Ti原料として、テトライソプロポキシTiを用いた。これらをイソプロパノ―ル中に、鉛が1.2倍当量になるように仕込み、またZr/Ti比が、40/60になるように仕込んだ。安定剤として、メチルジベンジルアミンを、全仕込み原料量に対して1モル%になるように添加した。これを50℃で2時間加熱処理した後、スピン塗布しPZT膜を2.0μm成膜した。スピン塗布の一回あたりの膜厚は、0.2μmであるため、10回塗布工程を行った。塗布後、410℃で仮焼処理を行い、その後、結晶化処理を600℃で行い、これを繰り返した。最終処理には、600℃に代えて、650℃の加熱処理を行い、比較例1の膜を得た。
【0127】
PZTの元素比は誘導結合プラズマ発光分析装置による組成分析(ICP組成分析)の結果、Zr/(Zr/Ti)は0.40であった。また、X線回折の2θ/θ測定の結果、PZTのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPZTペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。同様にX線回折によりPTOの(002)、(200)の極点測定を行った。測定の結果、(200)、(002)極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点がそれぞれ観察された。つまり、図11で図示されたAドメインと90°ドメイン構造に起因する回折点のみが観察された。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPZTの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PZTは正方晶であることを確認した。さらに圧電膜上に電極膜としてTi、Ptの順でスパッタリング法によりそれぞれ4nm、150nm成膜して、比較例1の圧電膜素子を作製した。
【0128】
表1に、実施例1、2および比較例1の圧電膜素子の圧電定数の測定結果を示す。圧電定数はユニモルフ型カンチレバー方式を用いたd31測定法によりおこなった。d31測定用サンプルは、圧電膜素子の上部電極18を12mm×3mmの矩形パターンに加工した後、ダイサーにより図23に示す形状に切断して作製した。このとき上部電極18は、実施例1、2および比較例1のSrTiO3{100}基板上の圧電膜素子では、その矩形の各辺がSrTiO3{100}基板の<100>方向と平行となるような配置とした。
【0129】
本実施例のd31の決定は以下の条件で行った。
【0130】
サンプルへの入力信号電圧として、圧電膜素子10に0〜150[kV/cm]の電界[圧電膜の膜厚3μmに対して0〜45Vの電圧を印加]が加わるよう500Hzのsin波を与えた。そして、この入力信号電圧に対して得られたカンチレバー先端の変位量δを測定することで、d31を決定した。
【0131】
電圧の極性については、同一電界において変位が最大となる極性を選んだ。入力信号電圧としてSin波を採用した理由は、カンチレバーの質量が大きいので、カンチレバー先端の変位δが、振動運動の慣性項を排除することを目的としている。
【0132】
式1中に使用した物性値は、以下を用いた。
S11S=3.8×10-12[m2/N]
S11P=10.0×10-12[m2/N]
【0133】
【表1】
【0134】
表1に示されているように、実施例1、2の圧電膜素子は高い圧電性が実現できた。
【0135】
(実施例3)
次に実施例3の液体吐出ヘッドを以下の手順で作製した。
【0136】
基板としてエピタキシャルSi膜が500nm厚、SiO2層が500nm厚で成膜されたSOI基板を用いた。このSi{100}基板表面をフッ酸処理した後、YがドープされたZrO2膜をスパッタリング法で基板温度800℃で100nm成膜し、続いてCeO2膜を基板温度600℃で60nm成膜した。どちらも<100>配向の単結晶膜であった。更にこの上に下部電極膜としてスパッタリング法によりLaNiO3(LNO)膜を100nm厚で基板温度300℃で成膜した。さらにこのLNO膜上にSrRuO3(SRO)膜を基板温度600℃で200nm成膜し、下部電極膜等を有する基板を得た。電極膜もSRO膜も<100>配向の単結晶膜であった。
【0137】
次に、上記の下部電極膜等を有する基板を用いたこと以外は実施例1と同様にして圧電膜素子を作製し、アクチュエーター部をパターニングした後、ハンドル層のSi基板を誘導結合プラズマ法(ICP法)でドライエッチングして振動板と個別液室を形成した。次に、これに共通液室、連通孔を形成した別のSi基板を張り合わせ、さらに吐出口の形成された基板を共通液室、連通孔が形成されている前記Si基板に張り合わせた。こうして、振動板がSiO2層、Si膜、YがドープされたZrO2膜、CeO2膜となる液体吐出ヘッドを作製した。この液体吐出ヘッドに駆動信号を印加して駆動し、液体吐出ヘッドの個別液室中心部に上部電極側からφ20μmのレーザーを照射し、レーザードップラー変位系により液体吐出ヘッドの変位量を評価した。その結果、本実施例の液体吐出ヘッドでは0.18μmと大きい変位が得られた。また、この液体吐出ヘッドは108回の駆動信号に対しても追随性の良い変位を示した。
【0138】
(実施例4)
実施例4の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0139】
基板としてエピタキシャルSi膜が500nm厚、SiO2層が500nm厚で成膜されたSOI基板を用いた。このSi{100}基板表面をフッ酸処理した後、YがドープされたZrO2膜をスパッタリング法で基板温度800℃で100nm成膜し、続いてCeO2膜を基板温度600℃で60nm成膜した。どちらも<100>配向の単結晶膜であった。更にこの上に下部電極膜としてスパッタリング法によりLaNiO3(LNO)膜を100nm厚で基板温度300℃で成膜した。さらにこのLNO膜上にSrRuO3(SRO)膜を基板温度600℃で200nm成膜し、下部電極膜等を有する基板を得た。電極膜もSRO膜も<100>配向の単結晶膜であった。次に、実施例2と同様の条件で膜厚1.0μmのPbTiO3(PTO)のペロブスカイト構造のエピタキシャル膜を得た。
【0140】
X線回折の2θ/θ測定の結果、PTOのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPTOペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。同様にX線回折によりPTOの(002)、(200)の極点測定を行った(図31)。測定の結果、図に示すようにAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインが観察された。ここでBドメイン、DドメインはそれぞれAドメイン、Cドメインに対し1.0°の結晶方位のズレを有し、AドメインとCドメインは双晶面が{110}である双晶の鏡像関係を持つことが分かった。また図より、PTOの(200)の極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点が観察されるが、この回折点がSRO電極に起因するものか、PTOの90°ドメイン構造に起因するものかは明確には分からなかった。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPTOの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PTOは正方晶であることを確認した。
【0141】
(実施例5)
実施例5の酸化物膜及び圧電膜の製作手順は以下の通りである。
【0142】
KTaO3(タンタル酸カリウム:KTO){100}基板上に、にスパッタリング法でSrRuO3(SRO)膜を基板温度600℃で200nm成膜し、SRO下部電極膜を有する基板を得た。次に、実施例2と同様の条件で膜厚1.0μmのPbTiO3(PTO)のペロブスカイト構造のエピタキシャル膜を得た。
【0143】
X線回折の2θ/θ測定の結果、PTOのペロブスカイト構造の{00L}面(L=1、2、3、・・・、n:nは整数)に起因する反射ピークのみが検出され、非対称面{202}の極点測定を行ったところ、4回対称で反射ピークが現れた。この結果、圧電膜は<100>配向のPTOペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜であることを確認した。同様にX線回折によりPTOの(002)、(200)の極点測定を行った(図31)。測定の結果、図に示すようにAドメイン、Bドメイン、Cドメイン、Dドメインが観察された。ここでBドメイン、DドメインはそれぞれAドメイン、Cドメインに対し1.0°の結晶方位のズレを有し、AドメインとCドメインは双晶面が{110}である双晶の鏡像関係を持つことが分かった。また図より、PTOの(200)の極点図にはω軸、ψ軸ともに0°の位置に回折点が観察されるが、この回折点がSRO電極に起因するものか、PTOの90°ドメイン構造に起因するものかは明確には分からなかった。また、同様に温度300KにおけるX線回折により、Aドメインに相当するPTOの(004)、(204)の逆格子マッピングを行った。測定の結果、PTOは正方晶であることを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0144】
【図1】本発明のエピタキシャル酸化物膜のドメイン構造の模式図およびそのX線回折による極点図の模式図である。
【図2】本発明のエピタキシャル酸化物膜のX線回折による極点図の模式図である。
【図3】本発明のエピタキシャル酸化物膜の模式図およびそのX線回折による極点図の模式図である。
【図4】本発明のエピタキシャル酸化物膜のドメイン構造を説明するための図である。
【図5】本発明のエピタキシャル酸化物膜のドメイン構造を説明するための図である。
【図6】本発明のエピタキシャル酸化物膜のドメイン構造を説明するための図である。
【図7】本発明のエピタキシャル酸化物膜のX線回折による逆格子マッピングの模式図である。
【図8】本発明のエピタキシャル酸化物膜のX線回折による極点図の模式図である。
【図9】エピタキシャル酸化物膜の製造装置の一例の構成を示す図である。
【図10】圧電膜素子の実施形態の一例の断面模式図である。
【図11】PZTペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜のX線回折による極点測定の結果を示す図である。
【図12】PTOペロブスカイト型構造のエピタキシャル膜のX線回折による極点測定の結果を示す図である。
【図13】液体吐出ヘッドの構成の一部の模式的斜視図である。
【図14】図13に示す液体吐出ヘッドの幅方向の断面模式図である。
【図15】図13に示す液体吐出ヘッドを上面側(吐出口側)から見た模式図である。
【図16】図13に示す液体吐出ヘッドを上面側(吐出口側)から見た模式図である。
【図17】本発明の液体吐出ヘッドの製造工程の一例を示す概略図である。
【図18】本発明の液体吐出ヘッドの製造工程の一例を示す概略図である。
【図19】本発明の液体吐出ヘッドの製造工程の一例を示す概略図である。
【図20】本発明の液体吐出ヘッドの製造工程の一例を示す概略図である。
【図21】圧電特性の評価法を示す概略図である。
【図22】圧電特性の評価法を示す概略図である。
【図23】圧電特性の評価法を示す概略図である。
【図24】液体吐出装置の一例を示す斜視図である。
【図25】液体吐出装置の一例を示す斜視図である。
【図26】PTO(200)、(002)の極点図の重ね合わせ模式図である。
【図27】PTO膜の結晶格子のa軸長さおよびc軸長さの膜厚依存性を示す図である。
【図28】本発明の圧電膜(PTO膜)のA,B,C,D各ドメインのズレ角と膜厚との関係を示す図である。
【図29】本発明の圧電膜の膜断面方向から見たドメイン構造と、A,B,C,D各ドメインと、ズレ角との関係を考えた模式図である。
【図30】基板にSiおよびKTOを用いた場合のPTOの(002)、(200)の極点測定の結果を示す図である。
【図31】基板にSiおよびKTOを用いた場合のPTOの(002)、(200)の極点測定の結果を示す図である。
【図32】PTO膜A,B,C,D各ドメインのずれ角とA,B,C,Dドメイン全体におけるA,Bドメインの割合との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0145】
5 基板
6 第1の電極膜
7 圧電膜
8 第2の電極膜
9 バッファー層
10 圧電膜素子
11 吐出口
12 連通孔
13 個別液室
14 共通液室
15 振動板
16 下部電極膜
17 吐出口を設けた基板
18 上部電極膜
19 バッファー層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エピタキシャル酸化物膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満である
ことを特徴とするエピタキシャル酸化物膜。
【請求項2】
前記エピタキシャル酸化物膜中に、前記Aドメイン及び前記Bドメインに加えて、Cドメイン及びDドメインを更に有し、これらのドメインの結晶方位にズレがあり、前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが5°未満である請求項1に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項3】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが2°未満である請求項1に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項4】
前記エピタキシャル酸化物膜中に、前記Aドメイン及び前記Bドメインに加えて、Cドメイン及びDドメインを更に有し、これらのドメインの結晶方位にズレがあり、前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが2°未満である請求項3に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項5】
少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル酸化物膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインとCドメインとDドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインおよび前記Bドメインは[001]配向であり、前記Cドメインおよび前記Dドメインは[100]配向であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Bドメインと前記Dドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である
ことを特徴とするエピタキシャル酸化物膜。
【請求項6】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満であり、かつ前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが5°未満であることを特徴とする請求項5に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項7】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが2°未満であり、かつ前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが2°未満であることを特徴とする請求項5に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項8】
チタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛を主成分とする請求項3に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項9】
チタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛を主成分とする請求項4または7に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項10】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレをX°、前記Cドメインと前記Dドメインの結晶方位のズレをY°とした場合
X=Y
の関係を満たす請求項2、4乃至7、9のいずれかに記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項11】
少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル膜である酸化物膜において、
前記Aドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分と前記Bドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをV°、前記Cドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分と前記Dドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをW°とした場合、
0<V=W≦45
の関係を満たす請求項2、4乃至7、9、10のいずれかに記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項12】
膜厚が0.6μm以上である請求項1乃至11のいずれかに記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項13】
エピタキシャル酸化物膜からなる圧電膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満である
ことを特徴とする圧電膜。
【請求項14】
前記エピタキシャル酸化物膜中に、前記Aドメイン及び前記Bドメインに加えて、Cドメイン及びDドメインを更に有し、これらのドメインの結晶方位にズレがあり、前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが5°未満である請求項13に記載の圧電膜。
【請求項15】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが2°未満である請求項13に記載の圧電膜。
【請求項16】
前記エピタキシャル酸化物膜中に、前記Aドメイン及び前記Bドメインに加えて、Cドメイン及びDドメインを更に有し、これらのドメインの結晶方位にズレがあり、前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが2°未満である請求項15に記載の圧電膜。
【請求項17】
少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル酸化物膜からなる圧電膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインとCドメインとDドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインおよび前記Bドメインは[001]配向であり、前記Cドメインおよび前記Dドメインは[100]配向であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Bドメインと前記Dドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である
ことを特徴とする圧電膜。
【請求項18】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満であり、かつ前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが5°未満であることを特徴とする請求項17に記載の圧電膜。
【請求項19】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが2°未満であり、かつ前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが2°未満であることを特徴とする請求項17に記載の圧電膜。
【請求項20】
前記エピタキシャル酸化物膜の主成分がチタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛である請求15に記載の圧電膜。
【請求項21】
前記エピタキシャル酸化物膜の主成分がチタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛である請求16または19に記載の圧電膜。
【請求項22】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレをX°、前記Cドメインと前記Dドメインの結晶方位のズレをY°とした場合
X=Y
の関係を満す請求項14、16乃至19、21のいずれかに記載の圧電膜。
【請求項23】
少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル膜である酸化物膜において、
前記Aドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分と前記Bドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをV°、前記Cドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分と前記Dドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをW°とした場合、
0<V=W≦45
の関係を満たす請求項14、16乃至19、21、22のいずれかに記載の圧電膜。
【請求項24】
90°ドメイン構造を有する請求項13乃至23のいずれかに記載の圧電膜。
【請求項25】
膜厚が0.6μm以上である請求項13乃至24のいずれかに記載の圧電膜。
【請求項26】
請求項13乃至25のいずれかに記載の圧電膜と、該圧電膜に接する一対の電極と、を有することを特徴とする圧電膜素子。
【請求項27】
吐出口と、吐出口に連通する個別液室と、該個別液室に対応して設けられた圧電素子と、前記個別液室と前記圧電素子との間に設けられた振動板とを有し、前記振動板により生じる前記個別液室内の体積変化によって前記個別液室内の液体を前記吐出口から吐出する液体吐出ヘッドであって、
前記圧電素子が請求項26に記載の圧電膜素子であることを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項28】
請求項27記載の液体吐出ヘッドを有することを特徴とする液体吐出装置。
【請求項1】
エピタキシャル酸化物膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満である
ことを特徴とするエピタキシャル酸化物膜。
【請求項2】
前記エピタキシャル酸化物膜中に、前記Aドメイン及び前記Bドメインに加えて、Cドメイン及びDドメインを更に有し、これらのドメインの結晶方位にズレがあり、前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが5°未満である請求項1に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項3】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが2°未満である請求項1に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項4】
前記エピタキシャル酸化物膜中に、前記Aドメイン及び前記Bドメインに加えて、Cドメイン及びDドメインを更に有し、これらのドメインの結晶方位にズレがあり、前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが2°未満である請求項3に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項5】
少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル酸化物膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインとCドメインとDドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインおよび前記Bドメインは[001]配向であり、前記Cドメインおよび前記Dドメインは[100]配向であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Bドメインと前記Dドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である
ことを特徴とするエピタキシャル酸化物膜。
【請求項6】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満であり、かつ前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが5°未満であることを特徴とする請求項5に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項7】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが2°未満であり、かつ前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが2°未満であることを特徴とする請求項5に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項8】
チタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛を主成分とする請求項3に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項9】
チタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛を主成分とする請求項4または7に記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項10】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレをX°、前記Cドメインと前記Dドメインの結晶方位のズレをY°とした場合
X=Y
の関係を満たす請求項2、4乃至7、9のいずれかに記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項11】
少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル膜である酸化物膜において、
前記Aドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分と前記Bドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをV°、前記Cドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分と前記Dドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをW°とした場合、
0<V=W≦45
の関係を満たす請求項2、4乃至7、9、10のいずれかに記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項12】
膜厚が0.6μm以上である請求項1乃至11のいずれかに記載のエピタキシャル酸化物膜。
【請求項13】
エピタキシャル酸化物膜からなる圧電膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満である
ことを特徴とする圧電膜。
【請求項14】
前記エピタキシャル酸化物膜中に、前記Aドメイン及び前記Bドメインに加えて、Cドメイン及びDドメインを更に有し、これらのドメインの結晶方位にズレがあり、前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが5°未満である請求項13に記載の圧電膜。
【請求項15】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが2°未満である請求項13に記載の圧電膜。
【請求項16】
前記エピタキシャル酸化物膜中に、前記Aドメイン及び前記Bドメインに加えて、Cドメイン及びDドメインを更に有し、これらのドメインの結晶方位にズレがあり、前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが2°未満である請求項15に記載の圧電膜。
【請求項17】
少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル酸化物膜からなる圧電膜において、
一般式ABO3で表わされるペロブスカイト複合酸化物から成り、
互いに結晶方位のズレを有するAドメインとBドメインとCドメインとDドメインを少なくとも有し、
前記Aドメインおよび前記Bドメインは[001]配向であり、前記Cドメインおよび前記Dドメインは[100]配向であり、
前記Aドメインと前記Cドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}であり、
前記Bドメインと前記Dドメインは少なくとも双晶の鏡像関係を有し、前記双晶の双晶面が{110}である
ことを特徴とする圧電膜。
【請求項18】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが5°未満であり、かつ前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが5°未満であることを特徴とする請求項17に記載の圧電膜。
【請求項19】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレが2°未満であり、かつ前記Cドメインと前記Dドメインとの結晶方位のズレが2°未満であることを特徴とする請求項17に記載の圧電膜。
【請求項20】
前記エピタキシャル酸化物膜の主成分がチタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛である請求15に記載の圧電膜。
【請求項21】
前記エピタキシャル酸化物膜の主成分がチタン酸鉛もしくはジルコン酸チタン酸鉛である請求16または19に記載の圧電膜。
【請求項22】
前記Aドメインと前記Bドメインの結晶方位のズレをX°、前記Cドメインと前記Dドメインの結晶方位のズレをY°とした場合
X=Y
の関係を満す請求項14、16乃至19、21のいずれかに記載の圧電膜。
【請求項23】
少なくとも正方晶を有し、<100>配向のエピタキシャル膜である酸化物膜において、
前記Aドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分と前記Bドメインの[001]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをV°、前記Cドメインの[001]方位の面内方向ベクトル成分と前記Dドメインの[100]方位の膜面内方向ベクトル成分との膜面内方向の回転ズレをW°とした場合、
0<V=W≦45
の関係を満たす請求項14、16乃至19、21、22のいずれかに記載の圧電膜。
【請求項24】
90°ドメイン構造を有する請求項13乃至23のいずれかに記載の圧電膜。
【請求項25】
膜厚が0.6μm以上である請求項13乃至24のいずれかに記載の圧電膜。
【請求項26】
請求項13乃至25のいずれかに記載の圧電膜と、該圧電膜に接する一対の電極と、を有することを特徴とする圧電膜素子。
【請求項27】
吐出口と、吐出口に連通する個別液室と、該個別液室に対応して設けられた圧電素子と、前記個別液室と前記圧電素子との間に設けられた振動板とを有し、前記振動板により生じる前記個別液室内の体積変化によって前記個別液室内の液体を前記吐出口から吐出する液体吐出ヘッドであって、
前記圧電素子が請求項26に記載の圧電膜素子であることを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項28】
請求項27記載の液体吐出ヘッドを有することを特徴とする液体吐出装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【公開番号】特開2007−288123(P2007−288123A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−231238(P2006−231238)
【出願日】平成18年8月28日(2006.8.28)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年8月28日(2006.8.28)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
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