説明

エポキシ化合物の製造方法

【課題】反応工程と別個の脱塩工程を必要とせず、収率の損失も伴わないエポキシ化合物の製造方法の提供。
【解決手段】一般式(I)で示される化合物と陰イオン交換体を接触させて反応させ、一般式(II)で示される化合物を含む反応物を得る、エポキシ化合物の製造方法。
【化1】


〔式中、R1は炭素数1〜24のアルコキシ基、水酸基、ハロゲン原子又は水素原子、Aは−R2O−基(R2は炭素数2〜4のアルキレン基)又は−CH2CH(OH)CH2O−基、Bは−CH(OH)CH2X基又は−CH(X)CH2OH基、Xはハロゲン原子、mは0〜10の数、nは0〜2の数である。〕

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エポキシ化合物の製造方法に関し、詳しくは、陰イオン交換体を用いるエポキシ化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エポキシ化合物の製造方法として、特許文献1には、ハロヒドリンエーテルを水酸化ナトリウムで閉環反応させた後、副生した塩を遠心分離で脱塩する方法が開示されている。また、特許文献2においても、ハロヒドリンエーテルを水酸化ナトリウム等のアルカリで閉環反応させる方法が開示されており、分層により脱塩する例も記載されている。これらの方法は何れも、反応と脱塩とを逐次的に工程処理するものである。
【特許文献1】特公昭52−3924号公報
【特許文献2】特開平7−133269号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
エポキシ化合物の製造においては、原料の分子構造中に含まれる塩素が閉環反応により副生塩として脱離することから、反応後の液中には多量の塩が含まれ、精製(脱塩)負荷が過大となる問題がある。また、脱塩処理としては、水洗による抽出操作が好まれるが、これに伴い多量の廃水が発生するという問題もある。さらに、一部の反応物では、水への溶解性に起因して水洗時の廃水に溶解し、収率が低下することも併せて問題となる。
【0004】
本発明の課題は、反応工程と別個の脱塩工程を必要とせず、収率の損失も伴わないエポキシ化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、一般式(I)で示される化合物と陰イオン交換体を接触させて反応させ、一般式(II)で示される化合物を含む反応物を得る、エポキシ化合物の製造方法を提供する。
【0006】
【化2】

【0007】
〔式中、R1は炭素数1〜24のアルコキシ基、水酸基、ハロゲン原子又は水素原子であり、Aは−R2O−基(R2は炭素数2〜4のアルキレン基)又は−CH2CH(OH)CH2O−基であり、Bは−CH(OH)CH2X基又は−CH(X)CH2OH基であり、Xはハロゲン原子であり、mは0〜10の数であり、nは0〜2の数である。〕
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法により、反応工程と別個の脱塩工程を必要とすることなく、塩を含まないエポキシ化合物を高い収率にて簡便に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
<一般式(I)で示される化合物>
本発明に用いられる前記一般式(I)で示される化合物において、
1は、炭素数1〜24のアルコキシ基、水酸基、ハロゲン原子又は水素原子を示すが、炭素数1〜24のアルコキシ基としては、炭素数1〜24の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数2〜20の直鎖若しくは分岐鎖のアルケニル基、又は炭素数6〜14のアリール基等に酸素原子がエーテル付加した構造が挙げられる。ここで、炭素数1〜24の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基としては、メチル基、エチル基、1−プロピル基、2−プロピル基、1−ブチル基、2−ブチル基、1−ペンチル基、2−ペンチル基、1−ヘキシル基、1−ヘプチル基、1−オクチル基、2−エチルヘキシル基、1−デシル基、1−ウンデシル、1−ドデシル基、1−テトラデシル基、1−ヘキサデシル基及び1−オクタデシル基等が挙げられ、炭素数2〜20の直鎖若しくは分岐鎖のアルケニル基としては、ビニル基及びアリル基等が挙げられ、炭素数6〜14のアリール基としては、フェニル基、トリル基、キシリル基及びナフチル基等が挙げられる。ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子等が挙げられる。
【0010】
Aは、−R2O−基(R2は炭素数2〜4のアルキレン基)又は−CH2CH(OH)CH2O−基を示すが、炭素数2〜4のアルキレン基としては、エチレン基、トリメチレン基、プロピレン基、ブチレン基等が挙げられる。
【0011】
mは0〜10の数を示すが、0〜4が好ましい。nは0〜2の数を示すが、0〜1が好ましい。
【0012】
一般式(I)で示される化合物の例としては、アリルハロヒドリンエーテル、1−ブチルハロヒドリンエーテル、1−ペンチルハロヒドリンエーテル、1−ヘキシルハロヒドリンエーテル、1−オクチルハロヒドリンエーテル、2−エチルヘキシルハロヒドリンエーテル、1−デシルハロヒドリンエーテル、2−エチルオクチルハロヒドリンエーテル、1−テトラデシルハロヒドリンエーテル、1−オクタデシルハロヒドリンエーテル、モノクロロエタノール、2−クロロプロパノール、2−クロロブタノール、1,2−ジクロロプロパノール、1,3−ジクロロプロパノール及び3−クロロプロパンジオール等が挙げられる。これらの中でも、ジクロロプロパノール及びクロロプロパンジオールは、本発明の製造方法を介してエピクロロヒドリンやグリシドールといった重要な化学原料を合成できる点で好適である。ジクロロプロパノール及びクロロプロパンジオールは、グリセリンの塩素化により得ることができる。
【0013】
<陰イオン交換体>
本発明のエポキシ化合物の製造方法に用いる陰イオン交換体とは、事実上、大気圧条件下で蒸気圧を有さず且つ水に不溶とみなすことができる陰イオン吸着部位を有する物質を意味し、これに該当する物質であれば、特に限定されず、無機物タイプ、有機物タイプのいずれも用いることができる。ここで、本願でいう「大気圧条件下で蒸気圧を有さず」とは、20℃における蒸気圧が1kPa以下の場合をいい、「水に不溶」とは、20℃における水への溶解度が0.1%以下の場合をいう。この中でも、簡便に再生処理され、且つ陰イオン交換体としての損失を殆ど伴わない有機物タイプが好ましい。有機物タイプの陰イオン交換体としては、陰イオン交換樹脂が好ましく、強塩基性陰イオン交換樹脂及び弱塩基性陰イオン交換樹脂が挙げられる。強塩基性陰イオン交換樹脂としては、ポリエチレン若しくはポリスチレン主鎖に4級アミンを官能基として付与したものが挙げられる。また、弱塩基性陰イオン交換樹脂としては、ポリエチレン若しくはポリスチレン主鎖に2級アミンや3級アミンを官能基として付与したものが挙げられる。これら陰イオン交換体は、単独でのみならず、複数の種類のものを組み合わせて用いることもできる。
【0014】
陰イオン交換体は、反応に用いる前に予め活性化処理することが好ましい。陰イオン交換体の活性化処理は、アルカリ剤と接触させることにより行う。アルカリ剤としては、強塩基性のアルカリ金属が用いられる。強塩基性のアルカリ金属としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム及び水酸化マグネシウム等が挙げられる。これらは、主に水溶液の形態で利用されるが、水溶液の濃度は目的に応じて適宜選定できる。
【0015】
また、反応後の、塩素イオンを捕捉した陰イオン交換体は、反応後の反応物から分離回収し、アルカリ剤により再生することができる。再生処理に用いることができるアルカリ剤は、活性化処理に関し先述したアルカリ剤と同じものを用いることができる。
【0016】
<エポキシ化合物の製造方法>
本発明のエポキシ化合物の製造方法は、上記の一般式(I)で示される化合物と陰イオン交換体とを接触させて反応させるものである。陰イオン交換体を用いて閉環反応をおこなう本発明の製造方法では、水酸化ナトリウム等のアルカリを用いてハロヒドリンエーテルの閉環反応を行う従来の製造方法とは異なり、閉環反応に伴い脱離する塩素イオンは塩を形成することなく陰イオン交換体により捕捉されるため、反応と同時に脱塩したのと同様の効果を奏する。
【0017】
一般式(I)で示される化合物と陰イオン交換体との反応に関しては、陰イオン交換体の交換容量に基づいて化学量論比を設定することができる。また、この化学量論比は特に限定されず、目的に応じて任意に設定することができる。但し、一般式(II)で示される化合物が、一般式(I)で示される化合物と副反応生成物を形成するような官能基を持つ場合においては、陰イオン交換体に対して一般式(I)で示される化合物を過剰とする化学量論比を設定して反応することが望ましい。また、これらの目的を損なわない範囲で、反応性に影響のない有機溶媒や塩類を任意に添加することも可能である。
【0018】
反応温度は、一般式(I)で示される化合物の反応性や陰イオン交換体の耐熱性に応じて適宜選定することが好ましい。陰イオン交換体を利用する本発明の製造方法では、従来のアルカリ剤を用いた製造法に比べ、極めて寛容に反応を行うことが可能である。エネルギー消費の観点においても過度の高温は望ましくなく、反応温度としては、−80℃〜150℃が好ましく、−30〜80℃がより好ましい。実用上、−10〜60℃が更に好ましい。
【0019】
反応圧力は、温度その他の条件に応じて適宜選定することができるが、反応液と陰イオン交換体との接触頻度並びに陰イオン交換体の構造安定性の観点から、原料及び反応物が示す飽和蒸気圧を上回る圧力条件とすることが好ましい。また、陰イオン交換体の構造安定性の観点から、液圧などの過度の物理力を与えないプロセス操作が好ましい。
【0020】
反応時間は、原料、温度その他の条件に応じて適宜選定することが好ましい。
【0021】
反応操作の形態としては、回分式、半回分式、連続式いずれの操作も用いることができる。これらの中でも、陰イオン交換体を再生利用する場合に容易な操作で対応できる観点から、半回分式又は連続式が好ましい。
【実施例】
【0022】
以下の実施例等において、反応液中の塩素イオン濃度は以下の方法により測定した。
【0023】
<塩素イオン濃度の測定法>
硝酸銀と塩素イオンの反応を用いて、呈色法で求めるVolhard法により定量を行った。
【0024】
実施例1
陰イオン交換樹脂Purolite PFA-400(ピューロライトジャパン(株)製)を水酸化ナトリウム水溶液中に浸漬して一晩置いた後、水酸化ナトリウムの残留がないように十分にイオン交換水で洗浄して、更にエタノールでも十分に洗浄して、活性化された陰イオン交換樹脂を調製した。この活性化された陰イオン交換樹脂40mL(イオン交換容量52meq)に対して2−エチルヘキシルクロルヒドリンエーテル(純度38%、自製)8.9g(塩素換算イオン量15meq)を200mLのフラスコ中で25℃の条件下で回分的に混合して反応を行った。反応開始から60分後に陰イオン交換樹脂と反応液からなる固液混合物をろ紙にて固液分離した。得られた反応液について、2−エチルヘキシルクロルヒドリンエーテルは反応で全て消費されており(即ち、反応率100%)、また反応選択率は100%であった(収率100%)。反応液中の塩素イオン濃度は100ppmであった。
【0025】
比較例1
水酸化ナトリウム(和光純薬工業(株)製、特級)2.1gをイオン交換水37.9gに溶解し、1.3mol/kgの水酸化ナトリウム水溶液(イオン交換容量52meq)を調製した。これに対して2−エチルヘキシルクロルヒドリンエーテル(純度38%、自製)8.6gを200mLのフラスコ中で25℃の条件下で回分的に混合して反応を行った。反応開始から60分後の反応液について、2−エチルヘキシルクロルヒドリンエーテルは0.2%しか消費されていない状態であった。
【0026】
比較例2
ナトリウムメチラート(和光純薬工業(株)製、特級)2.8gをメタノール37.2gに溶解し、1.3mol/kgのナトリウムメチラート溶液(イオン交換容量52meq)を調製した。これに対して2−エチルヘキシルクロルヒドリンエーテル(純度38%、自製)9.0gを200mLのフラスコ中で25℃の条件下で回分的に混合して反応を行った。反応開始から60分後の反応液について、2−エチルヘキシルクロルヒドリンエーテルは反応で全て消費されており、また反応選択率は100%であった(収率100%)。反応液中の塩素イオン濃度は1470ppmであった。
【0027】
実施例2
陰イオン交換樹脂ダイヤイオンPA316(三菱化学(株)製)を水酸化ナトリウム水溶液中に浸漬して一晩置いた後、水酸化ナトリウムの残留がないように十分にイオン交換水で洗浄して、活性化された陰イオン交換樹脂を調製した。この活性化された陰イオン交換樹脂60mLに対して3−クロロ−1,2−プロパンジオール(シグマアルドリッチジャパン(株)製)2.6g、イオン交換水30.0gを200mLのフラスコ中で25℃の条件下で回分的に混合して反応を行った。反応開始から30分後に陰イオン交換樹脂と反応液からなる固液混合物をろ紙にて固液分離した。得られた反応液について、3−クロロ−1,2−プロパンジオールは反応で46%が消費されており、また反応選択率は100%であった(収率46%)。反応液中の塩素イオン濃度は100ppm未満の値であった。
【0028】
比較例3
48%水酸化ナトリウム水溶液(工業品)6.53gをイオン交換水86.92gに溶解し、0.839mol/kgの水酸化ナトリウム水溶液を調製した。これに対して3−クロロ−1,2−プロパンジオール(シグマアルドリッチジャパン(株)製)2.6gを200mLのフラスコ中で25℃の条件下で回分的に混合して反応を行った。反応開始から30分後の反応液について、3−クロロ−1,2−プロパンジオールは反応で全て消費されており、また反応選択率は32%であった(収率32%)。反応液中の塩素イオン濃度は8000ppmであった。
【0029】
実施例3
陰イオン交換樹脂ダイヤイオンWA30(三菱化学(株)製)を水酸化ナトリウム水溶液中に浸漬して一晩置いた後、水酸化ナトリウムの残留がないように十分にイオン交換水で洗浄して、活性化された陰イオン交換樹脂を調製した。この活性化された陰イオン交換樹脂60mLに対して3−クロロ−1,2−プロパンジオール(シグマアルドリッチジャパン(株)製)6.1g、イオン交換水20.0gを200mLのフラスコ中で25℃の条件下で回分的に混合して反応を行った。反応開始から30分後に陰イオン交換樹脂と反応液からなる固液混合物をろ紙にて固液分離した。得られた反応液について、3−クロロ−1,2−プロパンジオールは反応で16%が消費されており、また反応選択率は100%であった(収率16%)。反応液中の塩素イオン濃度は100ppm未満の値であった。
【0030】
実施例1〜3及び比較例1〜3の結果をまとめて表1に示す。
【0031】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)で示される化合物と陰イオン交換体を接触させて反応させ、一般式(II)で示される化合物を含む反応物を得る、エポキシ化合物の製造方法。
【化1】

〔式中、R1は炭素数1〜24のアルコキシ基、水酸基、ハロゲン原子又は水素原子であり、Aは−R2O−基(R2は炭素数2〜4のアルキレン基)又は−CH2CH(OH)CH2O−基であり、Bは−CH(OH)CH2X基又は−CH(X)CH2OH基であり、Xはハロゲン原子であり、mは0〜10の数であり、nは0〜2の数である。〕
【請求項2】
陰イオン交換体が、陰イオン交換樹脂である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
陰イオン交換体が、予めアルカリ剤と接触処理されている、請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
陰イオン交換体が、反応後に反応物から分離回収されたイオン交換体である、請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
一般式(I)で示される化合物が、ジクロロプロパノール、クロロプロパンジオール、又はクロロプロパノールである、請求項1〜4の何れかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2010−143890(P2010−143890A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−325731(P2008−325731)
【出願日】平成20年12月22日(2008.12.22)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】