説明

エンジンバルブの研削加工方法

【課題】SUH35(JIS G4311)からなるエンジンバルブを研削加工する際に、シャフトの端部の被研削面に早期に研削焼けが生ずるのを抑制するエンジンバルブの研削加工方法を提供する。
【解決手段】cBN硬質砥粒を備える電着砥石で研削加工する際の条件について検討を行った。その結果、研削の際に研削部分に供給される加工油(本願において、研削油、という)を選択することにより、研削焼けが生じるまでの期間を劇的に延ばすことができ、さらに、電着砥石に固着される硬質砥粒を特定することにより、この期間を延ばすことができる。つまり、本発明は、SUH35からなるエンジンバルブを研削の対象とし、cBN硬質砥粒を備える電着砥石で研削加工するものであり、動粘度が12mm/s以下の不水溶性の研削油を用いることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンバルブを研削する際に用いる電着砥石の交換頻度を低減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
cBN(Cubic Boron Nitride:立方晶窒化ホウ素)からなる硬質砥粒を、Ni,Co等の金属めっき相によって円盤状の台金の外周面に固着させた電着砥石が、高能率研削や粗研削等に多用されている。この電着砥石は使用目的に応じて、例えば80〜120m/sの砥石周速度で高速研削が行われる。
【0003】
cBNからなる硬質砥粒を備える電着砥石を用いても、被削材によってはcBN砥粒の摩耗、欠け、脱落に伴い被削材の加工面に研削焼けが発生することがあり、その結果、電着砥石の交換頻度が高くなることがある。そこで、例えば特許文献1では、研削液の通液溝として機能する複数の環状溝を同心円状に形成することで、研削液を研削平面と被削材との間に潤沢に行き渡らせることを可能とし、研削焼けの発生を抑制することが述べられている。なお、特許文献1の電着砥石は、円盤状の台金の平面部に硬質砥粒が固着されたものであり、円盤状の台金の外周面に固着させた電着砥石とは形態が相違する。
【0004】
ところが、特許文献1に提案されている電着砥石は、被削材の研削される領域の面積(被削面積)が広い場合にはよいものの、被削面積が狭い場合には有効性が低い。例えば、エンジンバルブを被削材とすると、バルブヘッドが設けられる側の反対側のシャフトの端面は被削面積が小さいので、当該端面を通液溝に対向させながら研削しないと通液溝の効果を得ることができない。一方で、当該端部を通液溝に対向させながら研削すると、被研削面に溝の形状が転写されるおそれがあるし、また、当該端部が通液溝に引っかかって研削に支障をきたすおそれがある。したがって、特許文献1は被削面積の小さい被削材の研削焼け防止に解決策を与えるものでない。
【0005】
cBNからなる硬質砥粒を備える電着砥石を用いてSUH35(JIS G4311,オーステナイト系耐熱鋼)からなるエンジンバルブを研削加工する際に、生産効率の観点から、80〜120m/sの砥石周速度で高速研削を行うと、cBN砥粒の摩耗、欠け、脱落に伴い被削材の加工面に研削焼けが早期に発生する。この研削加工はシャフトの前記端部をも対象としており、これまで、早期に発生する研削焼けに対して効果的な対策を立てることができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−25235号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような背景に基づいてなされたもので、SUH35からなるエンジンバルブを研削加工する際に、シャフトの端部の被研削面に早期に研削焼けが生ずるのを抑制するエンジンバルブの研削加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、かかる目的のもと、SUH35からなるエンジンバルブを、cBN硬質砥粒を備える電着砥石で研削加工する際の条件について検討を行った。その結果、研削の際に研削部分に供給される加工油(本願において、研削油、という)を選択することにより、研削焼けが生じるまでの期間を劇的に延ばすことができ、さらに、電着砥石に固着される硬質砥粒を特定することにより、この期間を延ばすことができることを知見した。以下に述べる本発明は、これら知見に基づいてなされたものである。
すなわち、本発明は、SUH35からなるエンジンバルブを研削の対象とし、cBN硬質砥粒を備える電着砥石で研削加工するものであり、動粘度が12mm/s以下の不水溶性の研削油を用いることを特徴とする。なお、SUH35の化学組成は後述する。
【0009】
本発明において、硬質砥粒は、hBNとcBNの比(以下、hBN/cBN、と略記する)が0.27〜0.31であることが好ましい。hBNとcBNの比は、フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR;Fourier Transform InfraRed spectrometer)による分析値で特定されるものとする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、研削油を特定することにより、SUH35からなるエンジンバルブを研削加工する際の研削焼けが生じるまでの期間を延ばすことができる。したがって、電着砥石の交換頻度を抑えることにより、エンジンバルブの製造コストを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】電着砥石の構成を示す図であり、(a)はその外観を示す斜視図、(b)はその外周の拡大断面図、(c)はその外周の平面拡大図である。
【図2】研削対象であるエンジンバルブの外観を示す図である。
【図3】実施例における実験結果を示している。
【図4】研削油の動粘度と研削本数の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付する図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
はじめに、電着砥石について図1を参照しながら説明する。
研削工具である電着砥石1は、円盤状の台金2の外周面に、研削部3が設けられている。研削加工を行う際には、電着砥石1を円筒研削盤に取付けて高速で回転させる。研削部3は、cBN砥粒6をバインダで担持したものであり、例えば、台金2の外周面に電着ニッケルめっき層4を形成した後、cBN砥粒を懸濁させたニッケルめっき液中で電着させることで、cBN砥粒6を担持した電着ニッケルめっき担持層5を形成して形成される。なお、cBN砥粒6を担持するバインダは、上記のニッケルめっきに限るものでない。
電着砥石1を使用している過程で、cBN砥粒6は摩耗、欠け、さらには電着ニッケルめっき担持層5から脱落(図1(b)の符号7)することが不可避である。cBN砥粒6の脱落などが顕著になると、電着砥石1のcBN砥粒6による研削が行われなくなり、研削焼けが生じる。
【0013】
次に、電着砥石1により研削される対象はエンジンバルブ10であり、その一例を図2に示すように、ヘッド11と、ヘッド11を支持するシャフト12とから構成される。本発明によるエンジンバルブ10は、オーステナイト系の耐熱鋼であるSUH35から構成される。SUH35は、以下に示す化学組成(%は質量%)を有し、通常、1050〜1150℃保持後急冷する固溶化熱処理及び750〜850℃保持後空冷する時効熱処理を施して使用される。この熱処理が施されたSUH35は、以下に示す機械的特性を有している。
【0014】
SUH35 化学組成(JIS G4311)
C:0.48〜0.58%
Si:0.35%以下
Mn:8.00〜10.00%
P:0.040%以下
S:0.030%以下
Ni:3.25〜4.50%
Cr:20.00〜22.00%
N:0.35〜0.50%
残部:Fe及び不可避的不純物
【0015】
SUH35 機械的特性(JIS G4311)
耐力:≧560N/mm
引張強さ:≧880N/mm
伸び:≧8%
硬さ(HB):≧302
【0016】
エンジンバルブ10は、ヘッド11の部分を含む棒状素材と、シャフト12の部分を含む棒状素材を各々用意し、これを付き合わせ溶接した後に、ヘッド11の部分を含む棒状素材の部分にアプセット及び鍛造を施すことにより、ヘッド11の形状を概略構成する。次いで、必要な表面処理を行った後に、シャフト12の端面(端部)13を研削することで仕上げる。本発明は、この端面13を研削することを想定しているが、これに限定されるものではない。
【0017】
本発明は、SUH35から構成されるエンジンバルブ10を電着砥石1により研削するものであるが、この研削に動粘度(40℃)が12mm/s以下の不水溶性の研削油を用いる。これは、後述する実施例に示すように、研削焼けが生じるまでの期間が延び、電着砥石1の寿命を飛躍的に延ばすことができたからである。
ここで、研削油は、不水溶性研削油と水溶性研削油とに大別される。不水溶性研削油は、鉱油、油脂、合成油等の潤滑剤を基油として加えた油性のものであって、主に潤滑性を重視する場合に使用される。また、後者の水溶性研削油は、例えば基油に、必要に応じて極圧添加剤を加えると共に、界面活性剤を加え、水中に分散乳化してエマルジョンとしたものであって、主に冷却性を重視する場合に使用される。本発明は、被削材がSUH35であることから、不水溶性の研削油を用いる。
本発明において、不水溶性研削油の動粘度は12mm/s以下とするが、あまり低くなりすぎると潤滑性能が低下するので、動粘度は2mm/s以上とすることが好ましい。本発明において、より好ましい不水溶性研削油の動粘度は5〜10mm/s、さらに好ましい不水溶性研削油の動粘度は7〜9mm/sである。
【0018】
本発明において、研削油の具体的な成分は問われないが、以下の範囲とすることが望ましい。
脂肪油分:1〜5質量%
硫黄分:5〜10質量%
塩素分:含有せず
【0019】
次に、本発明では、hBN/cBNが0.27〜0.31であるcBN砥粒6を用いることが望ましい。そうすることで、研削焼けが生じるまでの期間をさらに延ばすことができる。hBN/cBNは、0.275〜0.305であることがより好ましく、0.28〜0.30であることがさらに好ましい。
hBN/cBNは、前述したように、FT-IRにより特定する。ここで、FT-IRは、物質に赤外光を照射し、分子に振動・回転を起こさせ、この運動による分子固有の特定波長の吸収スペクトルを得ることを原理としている。本発明の場合、hBN及びcBNの吸収スペクトルを求める。hBNの吸収スペクトルのピーク値PhBN、cBNの吸収スペクトルのピーク値PcBNより、hBN/cBNはPhBN/PcBNで特定される。
【0020】
電着砥石1については、cBN砥粒6が上記の仕様を有する他に、以下の条件を備えていることが望ましい。
砥粒の粒度:#200/230(平均粒径76μm)
砥粒の密度:0.70〜0.75
砥粒の最大突き出し量:45〜50μm
バインダ(電着めっき)厚さ:40〜45μm
砥粒埋め込み率:53〜59%
【0021】
以上の研削油、電着砥石1を用いて行われる本発明の研削加工方法は、以下の加工条件を採用することが好ましい。
砥石周速度:80〜120m/s
砥石切り込み量:0.1〜0.15mm
砥石送り速度:1.0〜2.0m/min
動バランス:G0.4
【実施例1】
【0022】
以下本発明を具体的な実施例に基づいて説明する。
主要元素の組成が下記の組成を有する鋼材(SUH35)を用いて図2に示す形状のエンジンバルブ10を作製し、シャフト12の端面13を電着砥石1で研削を行った。なお、シャフト12の直径は5mmであり、研削による仕上げ精度はRaで0.6μmである。
【0023】
SUH35:C:0.55%、Mn:9.0%、Ni:3.50%、
Cr:21.00%、N:0.40%、残部:Fe及び不可避的不純物
【0024】
研削液は、以下の2種類を用意した。
種別A:ユシロ化学工業株式会社 ユシロンカットアーバス KZ270(不水溶性研削油剤)
種別B:ユシロ化学工業株式会社 ユシロンカットアーバス BM461(不水溶性研削油剤)
【0025】
また、電着砥石1については、hBN/cBNが以下のように異なる2種類の砥粒を用意した。ただし、同じhBN/cBNの砥粒でも、粒度については以下のように異なるものを用意した。
hBN/cBN:0.26 粒度:#325/400,#400/500
hBN/cBN:0.29 粒度:#200/230,#230/270,#400/500
【0026】
研削条件は以下の通りである。
砥石の周速度:120m/s
切込み量:0.1〜0.15mm
送り速度:1.5m/min
【0027】
以上の条件を図3に示すように組み合わせて研削を行い、研削焼けが生じるまでに研削を行ったエンジンバルブ10の本数(寿命)を求めた。その結果を図3に併せて示す。また、図4に、研削液の動粘度及び電着砥石1の砥粒のhBN/cBNと、寿命(研削本数)との関係をグラフに示す。なお、図3の寿命の右肩に付されている「*」は、当該研削本数に到っても研削焼けが生じないため、その後も当該電着砥石1で研削が継続されることを意味する。
【0028】
以上の図3及び図4より、研削油の動粘度を8mm/sと低くすることにより、電着砥石1の寿命を格段に延ばすことができる。例えば、hBN/cBNが0.29で一致する図3のNo.2とNo.4を比べると、研削油の動粘度を8mm/sと低くすることで、電着砥石1の寿命を3倍以上に向上できる。また、hBN/cBNが0.29で一致する図3のNo.3とNo.5を比べると、研削油の動粘度を8mm/sと低くすることで、電着砥石1の寿命を5倍以上に向上できる。
【0029】
次に、電着砥石1(砥粒)のhBN/cBNについて着目すると、hBN/cBNが0.29の砥粒を用いることで、電着砥石1の寿命を延ばすことができる。例えば、図3のNo.4とNo.7を比較すると、hBN/cBNを0.26から0.29にすることで、電着砥石1の寿命を2倍に向上できる。
【符号の説明】
【0030】
1…電着砥石、4…電着ニッケルめっき層、5…電着ニッケルめっき担持層、6…cBN砥粒、
10…エンジンバルブ、11…ヘッド、12…シャフト、13…端面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.48〜0.58%、Si:0.35%以下、Mn:8.00〜10.00%、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:3.25〜4.50%、Cr:20.00〜22.00%、N:0.35〜0.50%、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有するエンジンバルブの研削加工方法であって、
動粘度が12mm/s以下の不水溶性の研削油を用いて、cBN硬質砥粒を備える電着砥石により研削することを特徴とするエンジンバルブの研削加工方法。
【請求項2】
前記cBN硬質砥粒は、hBNとcBNの比(hBN/cBN)が0.27〜0.31である、
請求項1に記載のエンジンバルブの研削加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−24858(P2012−24858A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162636(P2010−162636)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】