説明

オーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工方法及び装置

【課題】設備費がかからず、また、温度コントロールを安定しておこなうことができる。
【解決手段】加熱された液状の潤滑剤内に、張力が加えられたオーステナイト系ステンレス鋼母線を通して、この母線を加熱する工程と、加熱された母線を引き抜き加工する工程と、を具備するオーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工中に加工誘起マルテンサイトが発生するオーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系ステンレス線の伸線加工(引抜加工)に於いては、加工中に加工誘起マルテンサイトが発生する。このため、通常金属で起きる転位の集積による不働転位の増殖による加工硬化とともに、加工誘起マルテンサイトの発生に起因する硬化が加算される。 その結果、オーステナイト系ステンレス線では減面率を高くして引抜加工すると断線を生じる。
【0003】
このような理由から、従来のオーステナイト系ステンレス線の伸線加工では、5.5mmφの母線を0.34 mmφの最終径迄連続伸線加工する場合、例えば、母線を減面率84%で2.20mmφ迄1次伸線した後、一次光輝焼鈍してマルテンサイトをオーステナイト化し、ついで、減面率83.3%で0.89mmφ迄2次伸線した後二次光輝焼鈍し、更に85.6%で0.34mmφ迄3次伸線している。すなわち、従来方法では、3種類の伸線機を配置する必要があり、2回の光輝焼鈍をする必要がある。そのため、設備費がかかる問題があった。
【0004】
この問題を解決するために、特許文献1は、列設されたダイス又はダイスローラの前段にそれぞれインダクションヒータを配置し、母線をインダクションヒータで誘導加熱した後にダイス又はダイスローラに順次通して伸線加工することを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平7―80008号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、この方法では、ダイス又はダイスローラの前段にそれぞれインダクションヒータを配置しなければならないため、設備費がかさむという問題は必ずしも解決されない。また、作業線速などの伸線条件が変った場合、それに応じてインダクションヒータの処理時間などを精度よくコントロールして、所望の温度となるようにする必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工方法は、加熱された液状の潤滑剤内に、張力が加えられたオーステナイト系ステンレス鋼母線を通して、この母線を加熱する工程と、加熱された母線を引き抜き加工する工程と、
を具備する。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼線を潤滑剤で加熱するので、設備費がかからず、また、伸線条件が変っても温度コントロールを安定しておこなうことができる効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の原理を説明する為のオーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0011】
図1に示す装置は、伸線加工されるオーステナイト系ステンレス鋼母線Wにバックテンションをかけるバックテンションローラ10(張力付加手段)を備えている。バックテンションローラ10の下流側には、ダイス収容体20が配置され、このダイス収容体内の後段に、オーステナイト系ステンレス鋼母線Wを引き抜き加工するダイス30(引き抜き加工手段)が配置されている。ダイス収容体20には、加熱された潤滑剤が供給されており、オーステナイト系ステンレス鋼母線が通過する際に、加熱するものである。ダイス収容体20は、潤滑剤を循環させる循環経路を構成する潤滑剤供給管44,循環ポンプ46,戻し管48を介して、潤滑剤槽40と接続されている。潤滑剤槽40には、加熱された潤滑剤が収容され、加熱された潤滑剤が潤滑剤槽40とダイス収容体20との間を循環するようになっている。潤滑剤槽40には潤滑剤槽内の潤滑剤を加熱するヒータ42(加熱手段)及び潤滑剤の温度を検出する温度検出手段(温度計50)を備えて、潤滑剤の加熱温度が所定の温度となるように制御されている。
【0012】
しかして、オーステナイト系ステンレス鋼母線Wは、張力が付加された状態でダイス収容体20を通り、ダイス30により引き抜き加工される。
【0013】
ダイス収容体20内には加熱された潤滑剤が供給されており、母線Wはダイス収容体内を通る際に所定の温度に加熱され、母線Wは加熱された状態で所定の減面率で引き抜き加工される。潤滑剤槽40は、加熱された潤滑剤をダイス収容体20に供給するもので、ここに収容された潤滑剤をヒータ42で所定温度に加熱し、加熱された潤滑剤を潤滑剤供給管44に設けた循環ポンプ46により供給し、ダイス収容体内の潤滑剤を戻し管48により、潤滑剤槽40に戻している。潤滑剤の温度は温度検出手段(温度計50)で逐次検出され、潤滑剤が所望の温度に維持されるようにしている。
【0014】
この例では、張力付加手段としてバックテンションローラを用いているが、縦横ローラなど公知の張力付加手段を用いることもできる。なお、バックテンションを加えるのは、線をダイスに真直ぐに入れて、加工を均一且つ容易にするためである。
【0015】
潤滑剤は、水溶性潤滑剤、油性潤滑剤のいずれも使用することができる。 水溶性潤滑剤の場合は、その加熱温度は常温を超え100℃未満である。油性潤滑剤の場合は、その加熱温度は100℃以上250℃以下である。
【0016】
潤滑剤として公知の潤滑剤をいずれも適用でき、水溶性潤滑剤としては、例えば、ラツプルNN−21(株式会社日新化学研究所製)など、油性潤滑剤としては、例えば、PZ-1105(日本ユナコ株式会社製)などが挙げられる。
【0017】
上記の例では、母線Wを潤滑剤に浸漬して加熱しているが、母線Wに潤滑剤を吹き付けて加熱することも可能である。
【0018】
本発明の原理を図1に基づいて説明したが、この原理は各種の伸線装置1機に適用することができる。例えば、ダイス収容体20内に複数のダイスを順次列設して、順次伸線加工する、いわゆるスリップ式の伸線装置に適用できる。また、一つの潤滑剤槽から複数乃至全てのダイス収容体に潤滑剤を循環供給する方式を取ることもできる。また、全没式又はシャワー式段車伸線装置に適用する場合は、一つの潤滑剤槽内の潤滑剤を加熱して、加熱された潤滑剤を、段車を収容したダイス収容体に供給・循環することができる。
【0019】
いずれにしても、従来公知の伸線装置に潤滑剤槽を連結すればよく、設備費も低コストとなる。
【実施例】
【0020】
本発明方法により、オーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工をおこなった。
【0021】
実施例1
潤滑剤:油性潤滑剤(日本ユナコ株式会社製:PZ-1105)
母線の加熱温度:150℃
母線径:5.5 mmφ
仕上り径:0.34 mmφ
各ダイスの減面率:40〜43%、11回引き
全減面率:96.2%
各線径は次のとおりである。
【0022】
5.5mmφ→4.3 mmφ→3.35 mmφ→2.6 mmφ→2.0 mmφ→1.55 mmφ→1.20 mmφ→0.93 mmφ→0.73 mmφ→0.57 mmφ→0.445 mmφ→0.34 mmφ
最終線径の伸線速度:250m/min
加工後の仕上り線の表面状態を検査したところ、表面状態に異常はなく、内部の組織にもヘアクラックやボイドも認められず正常組織であった。また、引張強度は2200N/mmと所望の強度であった。
【0023】
実施例2
潤滑剤:水性潤滑剤(株式会社日新化学研究所製:ラツプルNN−21)
母線の加熱温度:90℃
母線径:5.5 mmφ
仕上り径:0.34 mmφ
各ダイスの減面率:38〜36%、12回引き
全減面率:96.2%
各線径は次のとおりである。
【0024】
5.5mmφ→4.35mmφ→3.44 mmφ→2.72 mmφ→2.16 mmφ→1.69 mmφ→1.34 mmφ→1.06 mmφ→0.83 mmφ→0.66 mmφ→0.52 mmφ→0.42 mmφ→0.34 mmφ
最終線径の伸線速度:200m/min
加工後の仕上り線の表面状態を検査したところ、表面状態に異常はなく、内部の組織にもヘアクラックやボイドも認められず正常組織であった。また、引張強度は2250N/mmと所望の強度であった。
【0025】
従来のプロセスでは3種類の伸線機:18”×8H(なお、18”は18インチの釜径、8Hは8ケを意味する。以下同様),16”×8H,12”×8H、合計24Hで、しかも16”釜と12”釜での伸線をする前にそれぞれの径で光輝焼鈍処理が必要であった。これに対し、上記実施例からわかるように、本発明によれば、11H〜12Hの1種類の伸線機のみで、しかも、光輝焼鈍は必要でなく、全く合理的な生産が可能である。
【符号の説明】
【0026】
10…バックテンションローラ、20…ダイス収容体、30…ダイス、40…潤滑剤槽、42…ヒータ、44…潤滑剤供給管、46…循環ポンプ、48…戻し管、50…温度計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
張力がかけられたオーステナイト系ステンレス鋼母線を、加熱された液状の潤滑剤内に通して、この母線を加熱する工程と、
加熱された母線を引き抜き加工する工程と、
を具備するオーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工方法。
【請求項2】
張力がかけられたオーステナイト系ステンレス鋼母線に、加熱された液状の潤滑剤内を散布して、この母線を加熱する工程と、
加熱された母線を引き抜き加工する工程と、
を具備するオーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工方法。
【請求項3】
潤滑剤は、水溶性潤滑剤であり、母線の加熱温度は、常温を超え100℃未満である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
潤滑剤は、油性潤滑剤であり、母線の加熱温度は、100℃以上250℃以下である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
母線の加熱工程と、母線の引き抜き工程とを複数回繰り返す請求項1〜4のいずれかの方法。
【請求項6】
伸線加工されるオーステナイト系ステンレス鋼母線に張力をかける張力付加手段と、
加熱された潤滑剤が供給され、張力がかけられたオーステナイト系ステンレス鋼母線が通過することにより、オーステナイト系ステンレス鋼母線を加熱するダイス収容体と、
加熱されたオーステナイト系ステンレス鋼母線を引き抜き加工する引き抜き加工手段と、
潤滑剤が収容された潤滑剤槽と、
前記ダイス収容体と潤滑剤槽との間に潤滑剤を循環させる循環経路と、
潤滑剤槽内の潤滑剤を加熱する加熱手段と、
を具備するオーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工装置。
【請求項7】
張力付加手段は、バックテンションローラである請求項6に記載のオーステナイト系ステンレス鋼線の伸線加工装置。

【図1】
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