説明

オーディオ信号処理装置およびオーディオアンプ

【課題】少ない演算量且つ歪みの少ない処理で、オーディオ信号の低域を強調することが可能なオーディオ信号処理装置を提供する。
【解決手段】オーディオ信号を入力する入力部と、入力されたオーディオ信号の低域成分を取り出すフィルタ部と、取り出された低域成分信号に対して、低域成分信号の振幅包絡線に追随して増幅度を変化させるダイナミックレンジ圧縮部と、入力されたオーディオ信号とダイナミックレンジ圧縮された低域成分信号とを加算合成して出力する合成部とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ミッシングファンダメンタル効果を利用してオーディオ信号の低音域を強調するオーディオ信号処理装置およびオーディオアンプに関する。
【背景技術】
【0002】
小型のスピーカでは低い可聴周波数帯域すなわち低域を十分に再生することができない。しかし、このようなスピーカで低域を再生したいという要請は多くある。たとえば、小型のオーディオ装置やマルチチャンネルオーディオシステム等である。
【0003】
マルチチャンネルオーディオシステムでは、各チャンネルのスピーカとは別に低域専用のスピーカであるサブウーファが設けられていることが多い。各チャンネルのオーディオ信号からサブウーファに振り分けられる低域成分の境界(クロスオーバー周波数)は、各チャンネルに接続されるスピーカの性能に応じて決定される。すなわち、通常チャンネルのスピーカが80Hzまで再生できるものであれば80Hz以下の低域成分がサブウーファに振り分けられ、通常チャンネルのスピーカが200Hzまでしか再生できないものであれば200Hz以下の低域成分がサブウーファに振り分けられる。
【0004】
ところが、低機能なAVアンプの場合、全チャンネルに対して一括して1つのクロスオーバー周波数しか設定できないものがある。この場合、低域が最も出ない(廉価な)スピーカにあわせて高いクロスオーバー周波数が設定されてしまう。このため、フロントチャンネルのメインスピーカが80Hzまで再生できるものであっても、他のチャンネル(センタ、サラウンド)のスピーカが200Hzまでしか再生できない場合には、フロントチャンネルのクロスオーバー周波数も200Hzにされ、メインスピーカが80Hz〜200Hzの信号が再生できるにもかかわらずサブウーファに振り分けられてしまう。
【0005】
このような場合に、センタチャンネル等のスピーカで再生可能な周波数を下げることができれば、メインスピーカが低い周波数を再生して本来の能力を発揮することができる。
【0006】
このような場面に対処するため、高調波を発生させて聴取者にミッシングファンダメンタル効果を生じさせることにより、聴感上の再生可能周波数を下げる技術が種々提案されている(たとえば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−237294号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、波形を大きく歪ませて高調波を発生させると音質の劣化を招くという問題点があり、これを防ぐために特許文献1のような処理を行うと、演算量が増加してしまうという問題点が生じる。
【0009】
上記のような低機能なAVアンプの場合、高性能なDSPを搭載していない場合が多いため、演算量が多いと個別のチャンネルに対して処理を行うことができないという問題点も生じる。
【0010】
また、単に高調波を付加するのみでは、低域の音量感を十分に向上させることができないという別の課題もある。
【0011】
この発明は、少ない演算量且つ歪みの少ない処理で、オーディオ信号の低域を強調することが可能なオーディオ信号処理装置およびオーディオアンプを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1の発明であるオーディオ信号処理装置は、オーディオ信号を入力する入力部と、入力されたオーディオ信号の低域成分を取り出すフィルタ部と、前記取り出された低域成分信号に対して、該低域成分信号の振幅包絡線に追随して増幅度を変化させるダイナミックレンジ圧縮部と、前記入力されたオーディオ信号と、前記ダイナミックレンジ圧縮された低域成分信号とを加算合成して出力する合成部と、を備えたことを特徴とする。
【0013】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記ダイナミックレンジ圧縮部は、前記低域成分信号を絶対値化する絶対値化部と、該絶対値化された低域成分信号のピークを検出するピークホールド部と、該ピークホールド部によって検出されたピーク値に基づき前記低域成分信号に対する増幅度を決定する増幅度決定部と、該増幅度決定部によって決定された増幅度で前記低域成分信号を増幅してダイナミックレンジを圧縮するレベル調整部と、を備えたことを特徴とする。
【0014】
請求項3の発明は、請求項2の発明において、前記ピークホールド部の時定数が前記フィルタ部の高域遮断周波数の時定数の200倍以下に設定されていることを特徴とする。
【0015】
請求項4の発明は、請求項2、3の発明において、請求項前記増幅度決定部は、前記ピークホールド部によって検出されたピーク値を前記増幅度に変換するDRCテーブルを備え、前記ピーク値を参照値として増幅度を読み出すことを特徴とする。
【0016】
請求項5の発明であるオーディオアンプは、請求項1または2に記載のオーディオ信号処理装置を低域強調部として用い、入力されるマルチチャンネルのオーディオ信号の一部または全部のチャンネルの処理回路に前記低域強調部を挿入したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
この発明によれば、ダイナミックレンジ圧縮という軽い処理で良質な高調波を発生することができ、リミッタ等の処理に比べて波形の歪みを少なくすることができる。
【0018】
また、処理が軽いためマルチチャンネルのオーディオ装置に適用した場合でも、各チャンネル個別に処理をすることが可能になる。
【0019】
またさらに、低域成分および低域成分から生成された高調波が元の信号に加算されることで、低域の音量感を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】この発明の実施形態であるオーディオ信号処理装置のブロック図
【図2】オーディオ信号処理装置のダイナミックレンジ圧縮部のブロック図
【図3】ダイナミックレンジ圧縮部の各部の信号波形を示す図
【図4】100Hzの正弦波に対するピーク検出の波形を示す図
【図5】ダイナミックレンジ圧縮部のDRCテーブルの内容を説明する図
【図6】100Hzの正弦波をダイナミックレンジ圧縮部に入力したときの各部の信号波形を示す図
【図7】オーディオ信号処理装置で処理された100Hzの正弦波の周波数スペクトルを示す図
【図8】オーディオ信号処理装置が適用されるAVアンプのブロック図
【発明を実施するための形態】
【0021】
図面を参照してこの発明の実施形態であるオーディオ信号処理装置について説明する。図1はオーディオ信号処理装置1のブロック図である。このオーディオ信号処理装置は、オーディオ信号(原音Sa)から低域成分信号Sbを取り出し、この低域成分信号Sbに対してダイナミックレンジ圧縮処理をして原音に加算して出力する。以上の簡略な処理により、オーディオ信号の低域の音量感を向上させるとともに、低域成分の奇数次の高調波を発生させ、聴取者にミッシングファンダメンタル効果を生じさせて低域の聴感を補強する。また、原音から分離した成分信号に対してダイナミックレンジ圧縮の処理をして原音に加算する処理であるため、原音を直接加工する場合や成分信号に対してリミッタ(振幅制限)等を施す場合に比べて音質の劣化がわずかである。ここで、ダイナミックレンジ圧縮処理とは、オーディオ信号の振幅包絡線の変化が小さく、および/または、緩やかになるように、オーディオ信号の増幅ゲインを制御する処理を言う。
【0022】
図1において、オーディオ信号処理装置1は、ハンドパスフィルタ12、13、ダイナミックレンジ圧縮部14および加算器15を有している。処理対象のオーディオ信号である原音Saは入力部inputから入力され、処理され低域が強調・補強されたオーディオ信号Sdは出力部outputから出力される。入力部inputは加算器15に直接接続されるとともに、直列に接続されたバンドパスフィルタ12、13およびダイナミックレンジ圧縮部14からなる高調波発生部11に接続される。
【0023】
バンドパスフィルタ12は、直列に接続されたハイパスフィルタ(HPF)12Hおよびローパスフィルタ(LPF)からなる。HPF12Hは、たとえばバタワース特性の二次IIRフィルタにより構成され、カットオフ周波数は20Hz、減衰特性は12dB/octである。ただし、HPF12Hの構成、カットオフ周波数、減衰特性はこれに限定されない。また、LPF12Lは、たとえばバタワース特性の二次IIRフィルタにより構成され、カットオフ周波数は100Hz、減衰特性は12dB/octである。ただし、LPF12Lの構成、カットオフ周波数、減衰特性はこれに限定されない。なお、バンドパスフィルタ12を、ハイパスフィルタ、ローパスフィルタの組み合わせでなく、帯域通過特性を有する単体のフィルタで構成してもよい。
【0024】
また、バンドパスフィルタ13も、バンドパスフィルタ12と同様に、ハイパスフィルタ(HPF)13Hおよびローパスフィルタ(LPF)13Lを直列に接続した構造を有しており、カットオフ周波数は、HPF13Hが60Hz、LPF13Lが200Hzである。バンドパスフィルタ12、13により、原音Saから60Hz〜100Hzの低域成分Sbが取り出される。なお、2つのバンドパスフィルタ12、13を直列に接続したのは、カットオフ特性を急峻且つ自由に設計できるようにするためであり、バンドパスフィルタは1つでもよいし、12Hと12Lと同様にハイパスフィルタ、ローパスフィルタの組み合わせでなく、帯域通過特性を有する単体のフィルタで構成してもよい。
【0025】
取り出された低域成分Sbは、ダイナミックレンジ圧縮部14に入力される。ダイナミックレンジ圧縮部14は、この低域成分Sbに対して速い時定数のダイナミックレンジ圧縮処理を行う。ダイナミックレンジ圧縮部14から出力された圧縮信号Sc、すなわちダイナミックレンジ圧縮処理をされた低域成分信号Sbは、高調波を持つとともに低域の音量感が増強されている。この圧縮信号Scが加算器15に入力される。
【0026】
加算器15は、原音Saと圧縮信号Scを加算して処理済のオーディオ信号Sdを合成する。処理済のオーディオ信号Sdは出力部outputから出力される。
【0027】
図2はダイナミックレンジ圧縮部14のブロック図である。図3は、ダイナミックレンジ圧縮部14に各部の信号波形、具体的には、低域成分信号Sb(入力信号)、セレクタ22によって検出されたピーク検出曲線P、および、このピーク検出曲線Pの値に基づいて算出されたゲイン値Gの波形を示す図である。
【0028】
図2において、ダイナミックレンジ圧縮部14は、入力部inputから入力した低域成分信号Sbをゲイン決定部30およびレベル調整部26に入力する。レベル調整部26は、低域成分信号Sbのレベルを調整し、圧縮信号Scとして出力する。このレベル調整は、ゲイン決定部30が決定したゲイン値Gで行われる。ゲイン決定部30は、低域成分信号Sbの振幅値に基づき、低域成分信号Sbのダイナミックレンジを圧縮するような、すなわち、低域成分信号Sbの振幅包絡線の変化が小さく、および/または、緩やかになるようにゲイン値Gを刻々決定する。
【0029】
ゲイン決定部30は、絶対値算出部(ABS)21、セレクタ22、ディレイ(遅延素子)27、ディケイ(減衰乗算器)28、リミッタ(振幅制限器)23,24を有有するピーク検出部31、および、DRCテーブル25を備えている。ピーク検出部21は、ディケイ28で時定数が決定されるピークホールド回路である。
【0030】
絶対値算出部21は、入力された低域成分信号Sbの振幅の絶対値を算出して(全波整流して)出力する。すなわち、図3のSbに示す信号波形の負側の半波を正側に反転して出力する。
【0031】
セレクタ22は、絶対値算出部21から出力される絶対値化された低域成分信号の値(入力a)と、セレクタ22から1サンプル前に出力され減衰(ディケイ)された値(入力b)と比較し、大きい方の値を出力する。この入力bの値は、セレクタ22から出力され、ディレイ27で1サンプル遅延され、ディケイ28で減衰された値である。このディケイ28の時定数(減衰特性)は−9dB/150ms程度に設定される。振幅が1/eになる時間、つまり約−9dBまで減衰する時間を時定数と呼ぶ場合には、このディケイ28の時定数TCは150msである。
【0032】
ここで、ローパスフィルタの時定数Tは以下の式で表される。
T=1/(2×π×fc) ;(πは円周率、fcはカットオフ周波数)
LPF12Lのカットオフ周波数fc12=100(Hz)であるため、LPF12Lの回路時定数T12=1.59msとなる。LPF12Lは、本装置が処理し、高調波を発生させる低域成分信号の周波数上限を規定する回路である。ディケイ28の時定数TCは、このLPF12Lの時定数T12のおよそ100倍であり、聴感上はこの程度の時定数比率が歪み少なくミッシングファンダメンタル効果を発生させるうえで最適である。ディケイ28の時定数は、ローパスフィルタに比べると長いが、エフェクタであるコンプレッサと比べると十分に短く高速である。ディケイ28の時定数は聴感と高調波スペクトルの発生度合いに基づいて決定すればよいが、発明者の実験により、ディケイ28の時定数TCは、LPF12Lの時定数T12のおよそ50倍乃至200倍程度が望ましいことが判っている。
図4は、100Hzのサイン波に−9dB/150msのディケイ曲線を重ね合わせた図である。ディケイ曲線は、波形のピークから−9dB/150msの比率で下降してゆき、次のピークに到達したとき約−0.3dB下降している。セレクタ22から出力されるピーク検出曲線Pは、一つの波形のピークから−9dB/150msの比率でディケイ曲線に沿って下降してゆき、次の波形に当たったときこの波形値で更新される。この程度の時定数(減衰特性)が、信号波形にミッシングファンダメンタル効果のための高調波を発生させるために最適の歪みを生じさせる。これよりも減衰が遅いと歪み(高調波)が生じず、これよりも減衰が速いと歪みが大きすぎて音色が損なわれる。
【0033】
このような時定数を設定することにより、セレクタ22の出力波形は、図3のPに示すように、絶対値化された低域成分信号Sbの大きなピークには瞬時に反応し、その後は−9dB/150msの減衰特性でほぼ包絡線に沿って減衰する波形となる。この波形Pをここではピーク検出曲線と呼ぶ。
【0034】
リミッタ24は、セレクタ22から出力されたピーク検出曲線Pによるコンプレッション演算の下限値を制限する演算部である。リミッタ24は、ピーク検出曲線Pの値が−30dBを下回ったときその値に代えて−30dBを出力する。これにより、−30dB以下の入力に対してのゲインは−30dBの時と同じ値となる。なお、リミッタ24の制限値は−30dBに限定されない。また、ピーク検出曲線Pの上限値を制限するリミッタを更に設けてもよい。
【0035】
リミッタ24で下限値を制限されたピーク検出曲線Pの値は、参照値としてDRCテーブル25に入力される。DRCテーブル25は入力されたピーク検出曲線Pの値に対応するゲイン値Gを出力し、これを乗算係数としてレベル調整部26に入力する。この実施形態では、ピーク検出曲線Pの値に対するゲイン値Gは、図3に示すような曲線になる。
【0036】
図5はDRCテーブル25の内容を説明する図である。図5(A)は、−30dB〜0dBの入力(ダイナミックレンジ30dB)を−15dB〜0dBの半分のレンジに圧縮する場合の入出力関係を示したグラフである。同図において、横軸が入力値であり縦軸が出力値を示している。直線L1がDRCなしの場合(リニア出力)の入出力関係を示す。折れ線L2がDRCありの場合の入出力関係を示している。図5(B)は、同図(A)の入出力関係および入力に対応するゲイン値を10dB刻みのテーブルとしたものである。上述のように、入力が−30dB以下のときはコンプレッションをかけないためゲインは15dBで一定であり、入力が−30dBを超えると徐々にゲインが低下してゆき(−20dBのとき10dB、−10dBのとき5db)、入力が0dBになるとゲインは0dBとなる。
【0037】
図2において、レベル調整部26は、決定されたゲイン値Gを用いて低域成分信号Sbのレベルを調整し、圧縮信号Scとして出力する。図1において、加算器15が圧縮信号Scと原音Saとを加算合成してて処理済のオーディオ信号Sdとして出力する。
【0038】
図6は、図4に示した100Hzの正弦波を−20dBで装置に入力した場合の、入力信号Sb、ピーク検出曲線Pおよびゲイン値Gの波形を示す図である。また、図7は、図4に示した100Hzの正弦波を−20dBで装置に入力した場合に出力される処理済のオーディオ信号Sdの周波数スペクトルを示す図である。図6に示すように、−20dB(リニアで0.1)の入力信号が、ほぼ+10dB(リニアで3.2)付近のゲインGで増幅され、ほぼ−10dB(リニアで0.32)の圧縮信号Scとして出力される。このときのゲインGは図6の上部に示すように、ほぼ+10dBであるが、図4に示したようにディケイと波形のピークによる値更新によって若干の200Hz周期のうねりが発生している。このうねりが波形を微妙に(聴感上影響のない程度に)歪ませて高調波を生み出している。
【0039】
図7に示すように、原音Saに対して全体的に(特に低域側に)厚みが増しているとともに、基音周波数(100Hz)に対する奇数次(300Hz、500Hz、・・・)の高調波が発生している。また、ノイズとなるような他の周波数成分のピークは見られない。
【0040】
以上のように、入力信号の絶対値ピーク検出後に時定数を設けたことによりゲイン値Gの曲線が低周波信号となり、このゲイン値Gが乗算係数として低域成分信号Sbに乗算(振幅変調)されるため、圧縮信号Scは波形がミッシングファンダメンタル効果を生じさせるために好適な高調波成分を含むものとなり低域の厚みが増したものとなる。また、この時定数(リリースタイム)が高速であるため、決定されるゲイン値Gがなだらかであるが十分に大きく変動し、波形の過度な歪みを抑制しつつ高調波を含ませることが可能になっている。
【0041】
そして上記のように、オーディオ信号Sdは、低域成分の奇数次の高調波を有するため、聴取者にミッシングファンダメンタル効果を生じさせて低域の聴感を補強することができる。また、原音から分離した成分信号に対してダイナミックレンジ圧縮の処理をして原音に加算する処理であるため、音質の劣化がわずかである。
【0042】
図2の構成では、低域成分信号Sbのレベル検出をピーク検出で行っているが、ピーク検出(およびディケイ)の手法をとらずに、短い時間の実効値を算出してレベル検出を行っても良い。またこれらを併用してもよい。ただし、ピーク検出の方が簡略であり、演算量を節約することができる。
【0043】
また、以上の説明では、信号レベルをデシベル(dB)で説明したが、実際の演算はリニアな振幅値(16ビットの場合:0〜32768)で行ってもよい。また、上記実施形態では、ゲイン値Gの決定をDRCテーブル25を用いて行っていたが、演算によって求めてもよい。演算はdB、リニア値のどちらを用いてもよい。
【0044】
図8は、上記オーディオ信号処理装置1が用いられたオーディオアンプ50を示すブロック図である。オーディオアンプ50は、5.1チャンネルのマルチチャンネルオーディオ用のアンプであり、フロント左FL、フロント右FR、センタC、サラウンド左SL、サラウンド右SRの5チャンネルのオーディオ信号を入力し、これら5チャンネルのオーディオ信号から低域成分を分離して合成し、低音チャンネルであるサブウーファチャンネルSWを作成するものである。
【0045】
ここで、各チャンネルにはそれぞれスピーカ60、61が接続されるが、サブウーファ61を除く5チャンネルに同一特性のスピーカが接続されるとは限らない。この例では、フロントチャンネルFL,FRのスピーカ60FL,FRは、大型の特性の良いスピーカ(たとえば再生可能周波数が80Hz以上のもの)が接続され、センタチャンネルCおよびサラウンドチャンネルSL,SRのスピーカ60C,60SL,60SRには、小型のもの(たとえば再生可能周波数が200Hz以上のもの)が接続されているとする。
【0046】
入力された5チャンネルのオーディオ信号は、ハイパスフィルタ(HPF)51でスピーカ55の再生可能周波数以下の周波数成分がカットされたのち放音処理部54に入力される。また、5チャンネルのオーディオ信号は、加算器52で加算されたのちローパスフィルタ(LPF)53でスピーカ60の再生可能周波数以下の周波数成分が取り出され、サブウーファチャンネルSWの信号として放音処理部54に入力される。
【0047】
放音処理部54は、入力されたオーディオ信号に対してイコランジング、音場形成等の処理をし、増幅してスピーカ60、61に出力する。スピーカ60,61は入力されたオーディオ信号を音響として放音する。
【0048】
ここで、低機能なオーディオアンプの場合、ハイパスフィルタ51およびローパスフィルタ53のカットオフ周波数(クロスオーバー周波数)は全チャンネル一括して1つの周波数しか設定できないものが多い。この図の例の場合、センタチャンネルCおよび左右サラウンドチャンネルSL,SRのスピーカ60C,60SL,60SRの再生可能最低周波数が200Hzであるため、サブウーファSWを用いて全周波数帯域をカバーしようとすれば、HPF51、LPF52のカットオフ周波数を200Hzとして200Hz以下の周波数成分をサブウーファ56から放音することになる。
【0049】
しかし、左右フロントチャンネルFL,FRに接続されたスピーカ60FL,60FRは再生可能最低周波数が80Hzであるにもかかわらず、80〜200Hzの成分はサブウーファチャンネルSWのスピーカ61に振り分けられ、音場形成が可能なフロントチャンネルから出力されないことになる。
【0050】
そこで、この実施形態では、小型のスピーカが接続されているセンタチャンネルC、左右サラウンドチャンネルSL,LRに図1〜図7で説明したオーディオ信号処理装置1を低音強調部55として挿入し、80Hz〜200Hzの低域成分がミッシングファンダメンタル効果により聴取者に知覚できるように加工する。そして、HPF51およびLPF53のカットオフ周波数を80Hzとする。
【0051】
これにより、センタチャンネルC、左右サラウンドチャンネルSL,LRのスピーカ60C,60SL,60SRは80〜200Hzの帯域は放音できないが、ミッシングファンダメンタル効果によってその帯域の周波数成分が聴取者に知覚できるようになる。そして、大型で特性の良いスピーカが接続されているフロントチャンネルでは、80Hzまでの低域成分がそのチャンネルのスピーカから再生され、良好に音場形成、音像定位が行われる。
【0052】
なお、この実施形態では、センタチャンネルC、左右サラウンドチャンネルSL,LRに低域強調部55を挿入したが、挿入するチャンネルはこれに限定されない。また、スピーカの再生可能周波数に応じて低域強調部55を挿入するか否かを決定しているが、挿入するか否かの決定もこの基準に限定されるものではない。たとえば、接続されるスピーカの性能にかかわらず全てのチャンネルに低域協調部55を挿入してもよい。
【符号の説明】
【0053】
1 オーディオ信号処理装置
14 ダイナミックレンジ圧縮部
25 DRCテーブル
26 レベル調整部
30 ゲイン決定部
31 ピーク検出部
55 低域強調部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーディオ信号を入力する入力部と、
入力されたオーディオ信号の低域成分を取り出すフィルタ部と、
前記取り出された低域成分信号に対して、該低域成分信号の振幅包絡線に追随して増幅度を変化させるダイナミックレンジ圧縮部と、
前記入力されたオーディオ信号と、前記ダイナミックレンジ圧縮された低域成分信号とを加算合成して出力する合成部と、
を備えたオーディオ信号処理装置。
【請求項2】
前記ダイナミックレンジ圧縮部は、
前記低域成分信号を絶対値化する絶対値化部と、
該絶対値化された低域成分信号のピークを検出するピークホールド部と、
該ピークホールド部によって検出されたピーク値に基づき前記低域成分信号に対する増幅度を決定する増幅度決定部と、
該増幅度決定部によって決定された増幅度で前記低域成分信号を増幅してダイナミックレンジを圧縮するレベル調整部と、
を備えた請求項1に記載のオーディオ信号処理装置。
【請求項3】
前記ピークホールド部の時定数が前記フィルタ部の高域遮断周波数の時定数の200倍以下に設定されている請求項2に記載のオーディオ信号処理装置。
【請求項4】
前記増幅度決定部は、前記ピークホールド部によって検出されたピーク値を前記増幅度に変換するDRCテーブルを備え、前記ピーク値を参照値として増幅度を読み出す請求項2または請求項3に記載のオーディオ信号処理装置。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載のオーディオ信号処理装置を低域強調部として用い、
入力されるマルチチャンネルのオーディオ信号の一部または全部のチャンネルの処理回路に前記低域強調部を挿入したオーディオアンプ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−151767(P2012−151767A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−10222(P2011−10222)
【出願日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】