説明

カプセル含有合成樹脂部材及び転動装置

【課題】鉱油を含有した合成樹脂部材において、寸法収縮が少なく、転動部材への潤滑油の供給を良好に安定して行い、しかも良好な機械的特性を発揮すること。
【解決手段】カプセル含有合成樹脂部材では、鉱油をカプセル全重量に対して50質量%以上内包したカプセルが、成形後の合成樹脂全量に対して、2質量%以上50質量%未満配合されている。転がり軸受の保持器等は、これらのカプセル含有合成樹脂部材を使用している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カプセル含有合成樹脂部材、及び、当該カプセル含有合成樹脂部材を使用した転がり軸受の保持器、リニアガイド、ボールねじの合成樹脂シール部、及びジョイント継手などの転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
以下に、転動装置の一例として、転がり軸受を例として説明する。なお、転動装置の他例としてのリニアガイド等の従来技術に関しては、特許文献1に開示してある。
【0003】
図3は、従来例に係る転がり軸受を示す要部断面図である。図4は、図3に示される転がり軸受の保持器を示す斜視図である。
【0004】
転がり軸受は、図3に示されるように、外周面に内輪軌道1を有する内輪2と、内周面に外輪軌道3を有する外輪4とを同心に配置し、内輪軌道1と外輪軌道3との間に複数個の転動体5を転動自在に設ける事で構成されている。外輪4の両端部内周面には、それぞれ円輪状のシール板6の外周縁を係止し、両シール板6によって転動体5の設置部分に存在するグリースや発生したダスト(発塵)が外部に漏洩したり、或は外部に浮遊する塵芥が転動体5の設置部分に侵入したりするのを防止している。
【0005】
また、複数個の転動体5は、図4に示す様な保持器7に、転動自在に保持されている。この保持器7は、合成樹脂を射出成形する事により、一体に形成されている。即ち、この保持器7は、円環状の主部8と、この主部8の片面に設けられた複数組の保持部9とを備えている。各保持部9は、互いに間隔をあけて配置された1対の弾性片10から成る。各保持部9を構成する1対の弾性片10の互いに対向する面は、互いに同心の球状又は円筒状の凹面をなしている。各転動体5は、各弾性片10の間隔を弾性的に押し広げつつ、上記1対の弾性片10の間に押し込む事により、各保持部9に転動自在に保持される。
【0006】
一般に保持器7に使用されている材料は、金属、又はポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂等の射出成形可能な合成樹脂が単体、若しくはガラス繊維、カーボン繊維、有機繊維等で強化した合成樹脂組成物が使用されている。また、保持器7は転動体5を保持する機能しか有しておらず、転がり軸受の潤滑には、潤滑油、又はグリース等の半固体状潤滑剤が使用されている。特にグリース等の半固体状潤滑剤を使用した場合、該潤滑剤に起因する攪拌抵抗の為、軸受により支持された軸等を回転させる為に要するトルクが大きく、しかも回転に伴ってのトルク変動も大きくなりやすい。
【0007】
そこで、従来より保持器7自体に潤滑機能を付与した転がり軸受も提案されている。例えば、特許文献2には、圧縮成形により多孔質に成形されたポリアミドイミド樹脂にフッ素化油を含浸させた軸受保持器が開示されている。また、特許文献3には、油を含有するバインダと母材とからなる含油プラスチックを成形した保持器を、潤滑油中に含浸させた保持器が開示されている。
【0008】
また、保持器自体に潤滑機能を付与した転がり軸受に関して、例えば特許文献4には、ポリアミド樹脂100重量部に対して、0.1〜1.0重量%の潤滑油を含浸させた軸受用保持器が開示されている。更に、同様に潤滑機能が付与された転がり軸受用保持器として、特許文献5には、超高分子量ポリエチレンと潤滑剤とからなる混合物を加圧・加熱成形してなる軸受用保持器が開示されている。
【特許文献1】特開平2004−211906号公報
【特許文献2】特開昭61−6429号公報
【特許文献3】特開平1−93623号公報
【特許文献4】特開平6−249244号公報
【特許文献5】特開平6−200947号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献2に記載された軸受保持器の場合、保持器が多孔質であり、しかも保持器の母材であるポリアミドイミド樹脂と潤滑油である完全フッ素化油との親和性が低いために、潤滑油の漏出が早く、早期に潤滑作用が消失してしまう。
【0010】
また、特許文献3に記載された保持器の場合には、保持器を形成する樹脂が予め10重量%程度含油した含油樹脂組成物であるために、転がり軸受用保持器のようにウエルドラインが生じ易い成形品においては、射出成形時に樹脂と潤滑油とが分離し、ウエルドライン付近の機械的特性を著しく低下させてしまう。
【0011】
また、特許文献4に記載された軸受用保持器においても、潤滑油の含浸量が0.1〜1.0重量%と低いために、保持器単独では十分な潤滑性が得られないことがあり、特に耐久性が要求されるような場合には、軸受に潤滑油をオイルプレーティングしたり、あるいはグリースを付加するなどの処理が必要となる。
【0012】
更に、特許文献5に記載された軸受用保持器では、成形材料が多量の潤滑剤を含有しているために、成形体とした時にその強度に問題があり、たとえ強化材等を使用したとしても保持器としての使用に耐え得る機械的強度を得にくい。また、強化材等の多量の使用は、潤滑剤の含有量を低下させることとなるため、それらの使用量にはおのずと限界があり、機械的強度の改善が図れない。しかも、潤滑剤をその組織中に全体に亘り保持しているために、潤滑剤の滲み出しによる寸法収縮が大きく、保持器としての転動体保持機能を果たさなくなる。
【0013】
本発明は、上述したような事情に鑑みてなされたものであって、鉱油を含有した合成樹脂部材において、寸法収縮が少なく、転動部材への潤滑油の供給を良好に安定して行い、しかも良好な機械的特性を発揮することができる、カプセル含有合成樹脂部材及び転動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成するため、本発明に係るカプセル含有合成樹脂部材は、
鉱油をカプセル全重量に対して50質量%以上内包したカプセルが、成形後の合成樹脂全量に対して、2質量%以上50質量%未満配合されていることを特徴とする。
【0015】
また、本発明に係る転動装置は、
合成樹脂部材を含む転動装置において、
前記合成樹脂部材は、請求項1に記載のカプセル含有合成樹脂部材であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、鉱油を含有した合成樹脂部材において、寸法収縮が少なく、転動部材への潤滑油の供給を良好に安定して行い、しかも良好な機械的特性を発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態に係るカプセル含有合成樹脂部材及び転動装置を図面を参照しつつ説明する。
【0018】
本実施の形態では、カプセル含有合成樹脂部材は、鉱油をカプセル全重量に対して50質量%以上内包したカプセルが、成形後の合成樹脂全量に対して、2質量%以上50質量%未満配合されていることを特徴とする。
【0019】
本実施の形態に使用されるカプセル含有合成樹脂部材の母材は、合成樹脂部材の形状を形成および維持する役割を果たすために耐熱性能および耐油性能に優れることが好ましく、例えばポリアミド、ポリアセタール、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルエーテルケトン等を好適に例示できる。特に、ポリアミド樹脂は耐熱性能や耐油性能に加えて、価格が安価なことから好適である。
【0020】
本実施の形態に使用されるカプセルの内包物である鉱油は、減圧蒸留、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を適宜組み合わせて、粘度指数が100以上となるように精製した鉱油が好ましい。そして、粘度指数が120以上となるように精製した、いわゆる高精製度鉱油がより好ましい。
【0021】
鉱油のカプセル重量に対する含有量は、50質量%以上が好ましい。50質量%未満では、合成樹脂が成形されたときの含油効果が不十分である。
【0022】
鉱油の動粘度は特に限定されないが、40℃での動粘度が10〜400mm/sが好ましい。これは、転動装置の使用温度に応じて変えれば良い。
【0023】
本実施の形態に使用されるカプセルの膜材は、特に限定されるものではないが、合成樹脂成形時の温度に耐えられるものを選ぶ必要がある。
【0024】
具体的には、メチロール化メラミン膜、ポリウレタン系膜、ポリイミド系膜等が挙げられ、耐熱涙を考えるとin situ法によって合成されるメチロール化メラミン膜が特に好ましい。
【0025】
カプセルの成形後の合成樹脂全量に対する配合量は、2質量%以上50質量%未満が好ましい。
【0026】
2質量%未満であると、含油効果がほとんど得られない。また、50質量%以上とすると、成形後の合成樹脂全量に対する鉱油量が多くなってしまうため、機械的特性に問題が生じてしまう。より好ましくは、10質量%以上40質量%未満である。
【0027】
カプセルの一次平均粒径は、特に限定されるものでないが、大きすぎると合成樹脂成形時にうまく分散されないため、好ましくは5μm以下、より好ましくは3μm以下、最も好ましくは、1μm以下である。
【0028】
合成樹脂並びに必要に応じて配合される充填材は、直接溶融混練機を用いて混練してもよいし、また予めこれらの材料をヘンシェルミキサー、タンブラー、リボンミキサー等の混合機で予備混合した後に溶融混練機へ供給する事もできる。溶融混練機としては、単軸又は二軸押出機、混合ロール、加圧ニーダー、ブラベンダープラストグラフ等の公知の溶融混練装置が使用できる。溶融混練する際の温度は、充填材を除く各成分の溶融が十分進行し、且つ分解しない温度を適宜選定すればよい。
【0029】
本実施の形態に係るカプセル含有合成樹脂部材の成形方法は、通常の射出成形法であり、例えばインラインスクリユー式射出成形機を用いて行うことができる。
【0030】
尚、本実施の形態は、カプセル含有合成樹脂部材のカプセルと母材を必須の構成成分とし、必要に応じて充填材を配合して形成されるが、本発明の目的を損なわない範囲で、更に適量の各種充填材(剤)や各種安定剤を配合してもよい。
【0031】
例えば、有機充填材、無機充填材、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光保護剤、耐熱安定剤、難燃剤、帯電防止剤、過酸化物分解剤、流動性改良剤、非粘着性付与剤、離型剤、増核剤、固体潤滑剤、顔料、染料等を含んでいてもよい。
【0032】
また、本実施の形態のカプセルに含浸される鉱油は、本発明の目的を損なわない範囲で、必要に応じて、酸化防止剤、防錆剤、極圧剤、油性剤、粘度指数向上剤、摩耗防止剤等を含んでいてもよい。
【0033】
なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されず、種々変形可能である。
【実施例】
【0034】
以下、本発明の効果を説明するために実施例および比較例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0035】
また、本発明は主に軸受保持器を例として説明しているが、本発明のカプセル含有合成樹脂部材は保持器以外の他の部分でも使用が可能である。例えば、リニアガイド、ボールねじ、ジョイント継手、といった転動装置の合成樹脂部分が挙げられる。
【0036】
母材として、ナイロン66(PA66)を使用し、これに充填材としてアミノ系シランカップリング剤で処理したカット長3mm、フィラメント径13μmのガラスチョップドストランド〔日東紡績(株)製CS3PE−471〕30重量%を添加し、ヘンシェルミキサーで予備混合した後、押出機によりペレット化した。そして、そのペレットを280℃に加熱し、表1記載の割合でカプセル(一次平均粒径900μm、鉱油含有量50質量%)を混合させてから、図4に示される冠型保持器の形状に射出成形したものと、板状に射出成形したもの2種類ずつ作製した。
【0037】
カプセル割合を変えたものをそれぞれ成形した(表1参照)。成形体(保持器)を、図3に示される内径5mm、外形13mm、幅4mmのミニアチュア玉軸受に組み込み、回転試験に供した。
【0038】
回転試験は、内輪回転数5000rpm、スラスト荷重3kgf、雰囲気温度80℃の条件下で行い、軸受焼き付き時間を測定し、実施例1の測定結果を1として相対評価値を表1に示した。
【0039】
【表1】

更に、成形したそれぞれの平板のシャルピー衝撃強度をシャルピー衝撃試験(JIS K7111にて規定)で測定し、比較例1の値を1として相対評価値も表1に併記した。
【0040】
表1の実施例1〜4及び比較例1,2のカプセル含有量と焼付き寿命、カプセル含有量とシャルピー衝撃強度の関係を図1に示した。
【0041】
また、実施例1の組成でカプセル重量に対する内包物質(鉱油)を変化させたカプセルを混ぜて成形したもの数種類のそれぞれの焼付き寿命とシャルピー衝撃強度を測定し、それらの関係を図2に示した。
【0042】
以上説明したように、本発明によれば、鉱油がカプセル全重量に対して50質量%以上内包されたカプセルが配合されたカプセル含有合成樹脂部材を使用することによって引張強度の低下(実施例1と比較例1、比較例3より)を防ぎ、且つ良好な焼付き寿命を示すことが分かる。
【0043】
また、カプセルの配合量が成形後の合成樹脂全量に対して2質量%以上50質量%未満であると最も好ましい効果が得られることが図1より分かる。
【0044】
さらに、鉱油の内包量がカプセル全重量に対して50質量%未満の場合、効果が減少することが図2より分かる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】実施例1〜4及び比較例1,2のカプセル含有量と焼付き寿命、カプセル含有量とシャルピー衝撃強度の関係を示すグラフである。
【図2】実施例1の組成でカプセル重量に対する内包物質(鉱油)を変化させたカプセルを混ぜて成形したもの数種類のそれぞれの焼付き寿命とシャルピー衝撃強度を測定してそれらの関係を示すグラフである。
【図3】従来例に係る転がり軸受を示す要部断面図である。
【図4】図3に示される転がり軸受の保持器を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0046】
1 内輪軌道
2 内輪
3 外輪軌道
4 外輪
5 転動体
6 シール板
7 保持器
8 主部
9 保持部
10 弾性片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱油をカプセル全重量に対して50質量%以上内包したカプセルが、成形後の合成樹脂全量に対して、2質量%以上50質量%未満配合されていることを特徴とするカプセル含有合成樹脂部材。
【請求項2】
合成樹脂部材を含む転動装置において、
前記合成樹脂部材は、請求項1に記載のカプセル含有合成樹脂部材であることを特徴とする転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−31228(P2008−31228A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−203866(P2006−203866)
【出願日】平成18年7月26日(2006.7.26)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】