説明

キャピラリープレートを用いた試料注入方法

【課題】
試料の乾燥を抑えることによって微量の試料でも注入できるようにする。
【解決手段】
各分離流路12の一端(カソード端)は、基板表面に開口したそれぞれのサンプルリザーバである小容量リザーバ14aに接続され、基板表面には全ての小容量リザーバ14aを含む大きさの大容量リザーバ16aが壁8で囲まれて形成されている。各分離流路12の他端(アノード端)は基板表面に形成された共通のリザーバ16bに接続されるように開口している。小容量リザーバを満たすように大容量リザーバに第1の液体を入れ、第1の液体よりも比重の重い第2の液体に溶解した試料を第1の液体を通過してそれぞれのキャピラリー流路の小容量リザーバ14aに注入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生化学、分子生物学、臨床などの分野において、極微量のタンパク質や核酸、薬物などを分析する方法に関し、特に複数のキャピラリー流路を備えたキャピラリープレートのそれぞれのキャピラリー流路で試料成分の分離を行なうために各キャピラリー流路に試料を注入する方法に関するものである。
そのようなキャピラリープレートは、キャピラリー電気泳動や液体クロマトグラフィーに用いることができる。
【背景技術】
【0002】
極微量のタンパク質や核酸などを分析する場合には、従来から電気泳動装置が用いられている。その代表的なものとしてキャピラリーチューブを用いたキャピラリー電気泳動装置がある。しかし、キャピラリーチューブを用いた装置は、その取扱いが煩雑である。そこで、取扱いを容易にするとともに、分析の高速化と装置の小型化を目的として、基板内部に複数のキャピラリー流路を形成したキャピラリープレートが提案され、使用されている(特許文献1,2参照。)。
【0003】
キャピラリープレートはキャピラリー流路が電気泳動用の分離流路又は液体クロマトグラフィー用のカラムとなり、両端部が基板表面に開口している。一端側の開口は試料注入用のサンプルリザーバとなっており、分析に先立ちサンプルリザーバに試料が注入される。
キャピラリー電気泳動や液体クロマトグラフィーにおける試料注入の際には、まずサンプルリザーバを洗浄し、残液を全て除去した後に試料を注入し、その後サンプルリザーバからキャピラリー流路内に試料を導入して分離を行なう。
【特許文献1】特開2002−310990号公報
【特許文献2】特開2003−166975号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
キャピラリー電気泳動や液体クロマトグラフィーにおいては、その分離性能の向上のためにキャピラリー部やカラム部が高温状態となっている場合が多い。その環境にてサンプルリザーバに微量な試料を注入した場合、試料が短時間の間に乾燥してしまう問題がある。
また、そのために、試料の量を低減することができないという問題もある。
本発明は、試料の乾燥を抑えることによって微量の試料でも注入できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、複数のキャピラリー流路を備えたキャピラリープレートのそれぞれのキャピラリー流路で試料成分の分離を行なうために各キャピラリー流路に試料を注入する方法であって、キャピラリープレートの少なくとも試料注入側に複数のキャピラリー流路の試料注入部を含む容量の大容量リザーバを設け、その大容量リザーバの底部にそれぞれのキャピラリー流路の試料注入部ごとの小容量リザーバを設け、試料注入に先立ち、小容量リザーバを満たすように大容量リザーバに第1の液体を入れ、第1の液体よりも比重の重い第2の液体に溶解した試料を第1の液体を通過してそれぞれのキャピラリーの小容量リザーバに注入する。
これにより、試料は第2の液体に溶解された状態で第1の液体の底に沈むように小容量リザーバに入っていく。そして、小容量リザーバでは試料は第1の液体によって空気と断絶され、乾燥を防ぐことができる。
【0006】
試料を溶解する第2の液体としては、粘性が低く、揮発しにくい液体が好ましい。第1の液体として水又はそれに近い比重の液体を使用する場合、第2の液体としては、水を基本として構成され、多価アルコール、糖類及びその他の親水性高分子化合物からなる群より選ばれる少なくとも一つを含むことができる。これらの化合物は、水に易溶であり化学的に安定性も高い。試料が核酸やタンパク質などの生体高分子であって、キャピラリー流路において電気泳動による分離を行なう場合は、これらの化合物は、試料を分析に適した状態に保つことができる。
【0007】
多価アルコールとしては、2価アルコール、3価アルコール、例えば、エチレングリコール、グリセロール、ペンタエリスリトール、プロピレングリコール及びマンニトールなどが挙げられる。糖類としては、単糖類とこれが複数個縮合した少糖類、多糖類を含み、具体的にはグルコース、スクロース、デキストラン等が挙げられる。第2の液体に多価アルコールを含む場合、溶液中に好ましくは、5〜80(w/v)%、更に好ましくは20〜60(w/v)%含む。第2の液体に糖類を含む場合は、溶液中に、好ましくは、5〜80(w/v)%、更に好ましくは20〜60(w/v)%含む。
【0008】
本発明におけるキャピラリープレートは、基板に複数のキャピラリー流路を備えたものであればよい。キャピラリー流路の一例は、一方の基板の表面に微細な溝を形成し、その表面に他の基板を重ねて接合することにより形成されたものである。キャピラリー流路の他の例は、キャピラリーチューブであり、その場合のキャピラリープレートは基板にキャピラリーチューブを配列して基板と一体化したものである。
【0009】
小容量リザーバは大容量リザーバより径の小さい窪みとして形成することができる。
また、大容量リザーバの底面にそれぞれのキャピラリー流路の先端が開口し、大容量リザーバの底面は前記開口の周辺部のみが親水性、それ以外が疎水性となるように表面処理が施されていることにより、前記開口とその周辺部の親水性部分により小容量リザーバを形成することもできる。
【発明の効果】
【0010】
従来のキャピラリー電気泳動や液体クロマトグラフィーにおいては、試料を分離機構に注入する際に乾燥させないためにある程度の液量が必要であった。そこで、本発明では、大容量リザーバに液体を入れ、その液体を通過して、その液体よりも比重の重い液体に溶解した試料をそれぞれのキャピラリー流路の小容量リザーバに注入するようにしたので、試料は大容量リザーバの液体によって空気と断絶されるので、高温環境で試料の蒸発の危険を伴なわない安定した試料の滴下と注入を行なうことができ、乾燥を防ぐことができる。そして、試料の乾燥を防止することにより、試料の量を低減することができる。
【0011】
小容量リザーバがサンプルリザーバとなるので、試料が微量でも安定して試料を注入できる。
また、大容量リザーバ内部に複数のキャピラリー流路の小容量リザーバを備えるので、キャピラリー流路へのゲルの充填や洗浄、小容量リザーバへの試料の滴下、及びキャピラリー流路での電気泳動といった工程を複数のキャピラリー流路について同時に行なうのが可能であり、作業性の向上と時間短縮を行なうことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明をMEMS(Micro Electro Mechanical System:微小電気的・機械的システム)キャピラリープレートを電気泳動部材として用いた実施例を詳細に説明する。
図1において、(A)はキャピラリープレートからなる電気泳動部材におけるキャピラリー流路の平面図、(B)はカソード端におけるサンプルリザーバ(小容量リザーバ)部分の拡大平面図、(C)はカソード端部の斜視図、(D)はカソード端の断面図である。
【0013】
電気泳動部材は一対の板材10a,10bが接合されたものである。一方の板材10aにはキャピラリー流路からなる分離流路12が複数本、例えば384本形成されており、互いに交差しないように配列されている。
各分離流路12の一端(カソード端)は基板表面に開口したそれぞれのサンプルリザーバである小容量リザーバ14aに接続され、基板表面には全ての小容量リザーバ14aを含む大きさの大容量リザーバ16aが壁8で囲まれて形成されている。各分離流路12の他端(アノード端)は基板表面に形成された共通のリザーバ16bに接続されるように開口している。
【0014】
分離流路12の幅は10〜1000μm、好ましくは50〜130μmであり、深さは10〜1000μm、好ましくは20〜60μmである。他方の板材10bには分離流路12の両端に対応する位置に貫通穴が形成されている。一端側の貫通穴は小容量リザーバ14aであり、小容量リザーバ14aのサイズは直径が10μm〜3mm、好ましくは50μm〜2mmであり、数10nL〜数μLの試料を注入するのに適した大きさに設定されている。両板材10aと10bは、分離流路12が内側になるように張り合わされて、一体の板材となっている。
【0015】
板材10aへの分離流路12の形成はリソグラフィーとエッチング(ウエットエッチング又はドライエッチング)により形成することができる。板材10bへの貫通穴の形成はサンドブラストやレーザドリルなどの方法により形成することができる。
【0016】
小容量リザーバ14aは大容量リザーバ16aによって領域全体を覆われており、その斜視図を示す(C)のように、全ての小容量リザーバ14aは大容量リザーバ16a内に設けられ、リザーバ16aとつながっている。他端側のリザーバ16bも全ての分離流路12の他端側の開口が配置されている領域を覆っており、全ての分離流路12の他端側の開口はリザーバ16bとつながっている。
基板を構成する板材10a,10bの材質としては、石英ガラスやホウ珪酸系ガラス、樹脂などを用いることができ、泳動分離された成分を光学的に検出する場合には透明な材質を選択する。光以外の検出手段を使用する場合は、板材10a,10bの材質は透明なものに限定されるものではない。
【0017】
小容量リザーバ14aの内壁を親水性、大容量リザーバ16aの底面又は底面から内壁面にかけて疎水性としてもよい。
【0018】
そのような親水性と疎水性の表面処理としては、種々の方法を挙げることができる。例えば、板材としてガラス板を使用した場合には、酸で処理することにより親水性を持たせることができ、樹脂コーティング、フッ素樹脂加工、シランカップリング剤処理などにより疎水性を持たせることができる。
【0019】
図2に他のキャピラリープレートにおけるカソード側の断面図を示す。小容量リザーバ14aは板材10aの表面側に凹部として形成され、その底部で分離流路12とつながっている。複数の小容量リザーバ14aが大容量リザーバ16aに覆われて、大容量リザーバ16aの底面上に形成されている。
図3はさらに他のキャピラリープレートにおけるカソード側の断面図を示す。小容量リザーバ14aは分離流路12と同程度の大きさの開口として形成されている。
【0020】
これら図2又は図3に示されるキャピラリープレートにおいても、小容量リザーバ14aと、大容量リザーバ16aの底面のうち小容量リザーバ14aの開口部の狭い範囲の周辺部が親水性、その外側が疎水性となるように表面処理を施してもよい。これにより、注入された試料は親水性処理が施された部分に保持されることになり、その親水性領域が小容量リザーバとなる。その親水性領域の大きさは、保持される試料量が数10nL〜数μLとなるのに適した大きさに設定される。
【0021】
次に図1のキャピラリープレートにおける試料注入動作を図4を参照して説明する。
(1)キャピラリープレートを50℃の恒温状態に保つ。
(2)カソード側の大容量リザーバ16aに純水、例えば超純水のMilli−Q水を満たし、アノード側からシリンジで加圧して全ての分離流路12にゲルを充填する。
(3)分離流路12から小容量リザーバ14aに流出したゲルは、大容量リザーバ16aの純水中に拡散するので、リザーバ14a,16a内の水及びゲルを吸引ノズルによって吸引し、リザーバ14a,16a内を洗浄する。
【0022】
(4)リザーバ14a,16a内の洗浄後、カソード側リザーバ16aとアノード側リザーバ16bにバッファ溶液を満たし、両リザーバ16a,16b間に電圧を印加してプレセパレーションを行ない、ゲル中の夾雑物イオンをアノード電極又はカソード電極に移動させる。印加電圧は、例えば125V/cmで、印加時間は5分間である。
(5)カソード側リザーバ16aのバッファ溶液を吸引し、リザーバ16a内を洗浄した後、リザーバ16a内を純水、例えば超純水のMilli−Q水で満たす。
(6)その後、純水で満たされたリザーバ16aの各小容量リザーバ14aに順次又は複数個を単位としてピペッター6によって試料9を滴下する。試料滴下は、ピペッター6の先端を小容量リザーバ14aの近くまで降下させて行なう。試料9は水よりも比重の大きいエチレングリコールなどの溶媒に溶解した状態で、容量として0.1〜数μL程度の微量試料が分注される。このときも、キャピラリープレートは50℃の恒温状態が維持されている。
【0023】
(7)各小容量リザーバ14aにカソード電極を挿入し、アノード電極との間に電圧を印加して流路12への試料注入を行なう。試料注入のための印加電圧は、例えば50V/cmで、印加時間は40秒間である。
(8)リザーバ16aの純水とともに小容量リザーバ14a内の残った試料も吸引して洗浄した後、リザーバ14a,16a内をバッファ溶液で満たす。
【0024】
(9)リザーバ16aにカソード電極を挿入し、アノード電極との間に泳動電圧を印加して試料の電気泳動分離と信号検出を行なう。泳動分離のための印加電圧は、70〜300V/cmが適当であり、例えば125V/cmである。
電極はリザーバ16a,16bにそれぞれ予め設けておいてもよく、別途挿入するようにしてもよい。また、試料注入側ではリザーバ14aごとに電極を設けておいてもよく、別途挿入するようにしてもよい。
【0025】
測定条件は、次の通りである。
DNA試料はサイクルシークエンシング用試薬キットBigDye v3.1(アプライドバイオシステムズ社製)により作成した。鋳型DNAは12.5ng/μLのpUC18プラスミドDNA(東洋紡社製)及びプライマーは合成プライムを使用した。
その他条件はキット取り扱い説明に従い、エタノール沈殿処理を行なった後、乾燥固化した標品を得た。
【0026】
上記乾燥標品は、50%エチレングリコール、0.4mMのTris−HCl(pH8.0)及び0.04mMのEDTAの各成分を含む試料調製液を用いて、乾燥標品対試料調製液が1:8になるように溶解させ、シークエンサーに供する試料液を調製した。各試料液は図1に示すキャピラリープレート上に形成されたサンプルリザーバ14aへピペッターで注入した。サンプルリザーバ14a上面は水で満たされており、ピペッターの先端はサンプルリザーバ14aの開口から約0.5mm離れた真上から試料液を滴下した。
【0027】
以上の条件で行なった電気泳動パターンの一例を図5に示す。
泳動パターンは検出部で泳動分離されたDNAサンプルに励起光を照射し、その蛍光を検出したものであり、横軸は励起光で走査したときの走査番号を表し、時間に対応している。縦軸は蛍光強度である。グラフは4種類の塩基A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)及びT(チミン)に対応して4つの波形を含んでいる。
実施例による結果では、泳動分離された各ピークの蛍光検出の信号強度は大きく、かつ良好な分離状態を示していることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の試料注入方法は、生化学、分子生物学又は臨床などの分野において利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明が適用されるキャピラリープレートの一例を示す図であり、(A)はキャピラリー流路の平面図、(B)はカソード端におけるサンプルリザーバ(小容量リザーバ)部分の拡大平面図、(C)はカソード端部の斜視図、(D)はカソード端の断面図である。
【図2】他のキャピラリープレートにおけるカソード側の端部の断面図である。
【図3】さらに他のキャピラリープレートにおけるカソード側の端部の断面図である。
【図4】水中での試料の滴下を示すカソード側の端部の断面図である
【図5】電気泳動分離の結果の一例を示す波形図である。
【符号の説明】
【0030】
6 ピペッター
8 壁
9 試料
10a、10b 板材
12 分離流路
14a 小容量リザーバ
16a 大容量リザーバ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のキャピラリー流路を備えたキャピラリープレートのそれぞれのキャピラリー流路で試料成分の分離を行なうために各キャピラリー流路に試料を注入する方法において、
キャピラリープレートの少なくとも試料注入側に複数のキャピラリー流路の試料注入部を含む容量の大容量リザーバを設け、その大容量リザーバの底部にそれぞれのキャピラリー流路の試料注入部ごとの小容量リザーバを設け、
試料注入に先立ち、小容量リザーバを満たすように大容量リザーバに第1の液体を入れ、
第1の液体よりも比重の重い第2の液体に溶解した試料を第1の液体を通過してそれぞれのキャピラリー流路の小容量リザーバに注入することを特徴とする試料注入方法。
【請求項2】
小容量リザーバは大容量リザーバより径の小さい窪みとして形成されている請求項1に記載の試料注入方法。
【請求項3】
大容量リザーバの底面にそれぞれのキャピラリー流路の先端が開口し、大容量リザーバの底面は前記開口の周辺部のみが親水性、それ以外が疎水性となるように表面処理が施されていることにより、前記開口とその周辺部の親水性部分により小容量リザーバが形成されている請求項1に記載の試料注入方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−250621(P2006−250621A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−65527(P2005−65527)
【出願日】平成17年3月9日(2005.3.9)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】