説明

クリープ防止・導電性転がり軸受

【課題】静電転写複写機の定着部などに用いられる導電性軸受において、導電性と共に耐摩耗性も兼ね備えたものとし、かつ長期間の安定した導電性やクリープ防止性が得られるクリープ防止・導電性転がり軸受とすることである。
【解決手段】深溝玉軸受1の軸Aに嵌めた内輪2の内径面の両端部に2つの円周溝2aを設け、各円周溝2aにOリング7を装着し、これらのOリング7が装着された円周溝2aの間の内輪2の内径面に、導電剤を含有する潤滑油または潤滑グリースからなる導電性潤滑皮膜8を形成する。内輪2の内周面に対して回転軸Aからなる接触部材に対して軸受との導電性があり、しかも内輪2の内周面は液体潤滑されるため、初期のクリープ現象であるコツコツ音の発生が防止されると共に、Oリング7によって導電性潤滑皮膜8が流出または飛散しないよう液密に保持される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば複写機やプリンタなどの事務機器の定着ローラ支持軸受などに適用される導電性があり、かつ回転軸に対して「すきま嵌め」によって取り付けられてクリープ防止性を有するクリープ防止・導電性転がり軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、転がり軸受の外輪を形成する鋼よりも熱膨張係数が大きいアルミニウム合金等で形成されたハウジングに対応し、ハウジングと外輪の熱膨張差に伴う締め代の低下によって外輪がハウジングの内径面に沿って転がるというクリープ現象を防止するために、外輪の外径面に形成した円周溝に、ハウジングの内径面との間で弾性的に圧縮されるOリングを装着したクリープ防止転がり軸受が知られている(特許文献1)。
【0003】
図2に示されるように、特許文献1に記載のクリープ防止転がり軸受では、Oリング17を装着した複数の円周溝3aの間の外輪3の外径面に高粘度油18を塗布し、Oリング17による油飛散の防止を図りつつ外輪3の外径面の摩擦係数μを小さくして、外輪3がハウジング10と摺動しようとするクリープ力F(=μ・P)、(但し、Pはラジアル荷重である)を低減するようにしている。
【0004】
また、内輪のクリープを防止するようにしたクリープ防止転がり軸受としては、内輪の内径面の両端部にそれぞれ環状溝を設けてOリングを装着し、これらの内輪の内径面に装着した2本のOリングの間に潤滑グリースを封入し、Oリングの弾性締付け力で内輪を回り止めすると共に、グリースで内輪と回転軸の嵌め合い面に潤滑油膜を形成し、クリープによる嵌め合い面の摩耗を防止できるようにしたクリープ防止転がり軸受も知られている(特許文献2)。
【0005】
また、転がり軸受の内外を導通する導電性が要求される場合、軸受内部に導電性グリースを封入し、または通電シールや通電部材を装着した転がり軸受が周知である。
【0006】
例えば静電転写複写機は、感光ドラム上に静電潜像を形成してトナーを付着させて、感光ドラム上に形成された可視像を印字紙に帯電によって転写し、その際に感光ドラムから剥離した印字紙を定着ロールに送り、さらに加熱および加圧によってトナーを紙面に定着させる印字機構を有する。このような機構において、印字紙が通過する定着ロールなどに発生する静電気を外部に逃がすために、ロール軸端をアース(接地)して放電する「導電性軸受」が用いられている(特許文献3)。
【0007】
【特許文献1】特開2007−211865号公報
【特許文献2】特開2006−275244号公報
【特許文献3】特開2007−127267号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記した従来の静電転写複写機の定着部などに用いられる導電性軸受は、外輪からハウジングに電気的に導通させる必要があるため、導電性のある固形皮膜を設けており、そのような導電性が阻害されるような特許文献1、2に記載されているようなゴム製のOリングを装着することはできないと考えられる。
【0009】
また、外輪に導電性の固形皮膜を設けた転がり軸受では、クリープ現象により軸やハウジングなどの被接触面に摺動した際に導電性の固形皮膜が削り取られて転写されやすく、固形皮膜が摩耗損傷すると、長期間の安定した導電性が得られないという問題点もある。
【0010】
そこで、この発明の課題は、上記した問題点を解決して、静電転写複写機の定着部などに用いられる導電性軸受において、導電性と共に耐摩耗性も兼ね備えたものとし、かつ長期間の安定した導電性やクリープ防止性が得られるクリープ防止・導電性転がり軸受とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、この発明は、転がり軸受の内輪の内周面に軸方向に間隔を空けて複数の円周溝を形成し、これら複数の円周溝に弾性素材からなるOリングを嵌めて軸に密接可能な多重環状シールを設けた転がり軸受において、この多重環状シールの各Оリング同士の間における内輪の内周面上に、導電剤を含有する潤滑油または潤滑グリースからなる導電性潤滑皮膜を設けたことを特徴とするクリープ防止・導電性転がり軸受としたものである。
【0012】
上記したように構成されるこの発明のクリープ防止・導電性転がり軸受は、多重環状シールの各Оリング同士の間における内輪の内周面上に、導電剤を含有する潤滑油または潤滑グリースからなる導電性潤滑皮膜を設けている。
【0013】
導電性潤滑皮膜は、導電剤を含有するので、内輪の内周面に対して回転軸からなる接触部材との導電性がある。
しかも、転がり軸受の内輪の内周面は、通常は所定の潤滑皮膜によって液体潤滑されるため、初期のクリープ現象であるコツコツ音の発生が防止され、また潤滑油または潤滑グリースからなる導電性潤滑皮膜は、Oリングによって流出または飛散しないよう保持される。そのため、長期間の使用に耐える安定した導電性やクリープ防止性が得られ、クリープ現象による摩耗損傷が経時的な安定性をもって確実に防止される。
【0014】
また、この発明のクリープ防止・導電性転がり軸受は、Oリングを装着した内輪の内周面がすきま嵌め可能であるから、内輪が回転軸にすきま嵌めされ、かつ外輪が装置のハウジング等にしまり嵌めされて装置の要所に取り付けられる。
【0015】
上記の転がり軸受において、導電剤が炭素系導電剤であるものは、導電剤により導電性を添加効率よく発揮させるために好ましく、さらに炭素系導電剤が、カーボンナノチューブからなる炭素繊維を含む炭素系導電剤を採用すると、より少量の添加で優れた導電性およびクリープ防止性が得られるため、理想的なクリープ防止・導電性転がり軸受を得ることができる。
【0016】
また、導電性潤滑皮膜が、酸化(絶縁)皮膜形成抑制剤を含有すものであれば、外輪の外周面上もしくは内輪の内周面の一部に導電性潤滑皮膜がせず、絶縁状態が防止され、また長年使用しても安定した導電性のあるクリープ防止・導電性転がり軸受になる。
【0017】
導電性潤滑皮膜が、極圧剤を含有する潤滑グリースであると、クリープ現象が起こった場合にも極圧剤によっての潤滑性が維持され、クリープ現象の発生を防止できる。
また、Oリングが、導電性ゴムで形成されているものでは、より導電性に優れたクリープ防止・導電性転がり軸受になる。
【発明の効果】
【0018】
この発明は、転がり軸受の多重環状シールの各Оリング同士の間における内輪の内周面上に、導電剤を含有する潤滑油または潤滑グリースからなる導電性潤滑皮膜を設けたので、導電性と共に耐摩耗性も兼ね備えた転がり軸受となり、Оリングによって保持された所定の液体潤滑剤によって導電性と共に耐摩耗性も保持されるため、長期間の安定した導電性やクリープ防止性が得られるクリープ防止・導電性転がり軸受となる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
この発明の実施形態を以下に添付素面に基づいて説明する。
図1に示すように、実施形態は、内輪2と外輪3の間の軸受空間に複数のボール4が保持器5に保持され、軸受空間がシール部材6でシールされた深溝玉軸受1であり、軸Aに嵌めた内輪2の内径面の両端部に2つの円周溝2aが設けられて、各円周溝2aにOリング7が装着され、これらのOリング7が装着された円周溝2aの間の内輪2の内径面に、導電剤を含有する潤滑グリースからなる導電性潤滑皮膜8が塗布形成されている。
【0020】
Oリング7はフッ素ゴムなどの耐油性のある弾性素材で形成され、軸Aの外径面との間で弾性的に圧縮されることにより、その弾性圧縮力で内輪2を拘束し、内輪2が軸Aの外径面に沿って転がろうとするクリープを防止している。
【0021】
また、塗布した潤滑油または潤滑グリースからなる導電性潤滑皮膜8は、摩擦係数μを小さくし、ラジアル荷重Pによるハウジングまたは軸との摩擦力によって、径面に沿って転がろうとするクリープ力F(=μ・P)を低減して、より確実に外輪または内輪のクリープを防止する作用を奏するものである。
【0022】
この発明に用いるOリングの材質としては、軸受の使用温度に応じて選択的に採用することができ、上記したフッ素ゴムの他、標準温度対応のニトリルゴム、耐熱性に優れたアクリルゴムまたは前記フッ素ゴムなどの弾性素材が挙げられる。
【0023】
このようなOリングは、導電剤が配合された導電性ゴムを採用することもできる。導電性ゴムは、ニトリル系、アクリル系、フッ素系、シリコン系等のゴム材料に、カーボンパウダーやカーボン繊維等の導電物質を、製造過程で混入させることで、製造される。混入させる導電物質の形状は、必ずしもパウダー状や繊維状でなくても良い。
【0024】
この発明に用いる導電剤を含有する潤滑油または潤滑グリースとしては、鉱油、PAO、ポリαオレフィン油、エーテル油、エステル油、ポリグリコール油、フッ素油その他の合成油などからなる周知の潤滑油、またはこれらを基油として増ちょう剤(リチウム石鹸、ジウレア、ポリウレア、フッ素樹脂など)を配合した潤滑グリースであり、必須の添加剤として導電剤が配合される。適宜に使用される周知の添加剤としては、油性剤、極圧剤、酸化(絶縁)皮膜形成抑制剤、分散助剤などが挙げられる。
【0025】
例えば、基油中に、粒子径100〜300Åの中空粒子からなるカーボンブラックを8〜12重量%配合して増ちょうさせた導電性グリースも使用できる。
炭素系導電剤としては、カーボンブラック、黒鉛、フラーレン、カーボンナノチューブ,カーボンナノファイバー、炭素繊維等が挙げられる。カーボンブラックはそれ自体として微粒子表面に官能基を有すると共に、微粒子が2次構造を有しているため、安定した電気伝導性が得られる。カーボンブラックの種類は特に限定されるものではなく、ファーネスブラック、チャンネルブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック等が使用できる。
【0026】
前記の導電剤としては、カーボンブラックなどの炭素系導電剤以外にも、金属系導電剤、金属酸化物系導電剤、有機高分子系導電剤が挙げられるが、経済的実用性と混和ちょう度を高める効果もある点で炭素系導電剤が好ましい。導電剤としては、粉体ばかりでなくウィスカやカーボンナノチューブなどの炭素繊維を採用することもできる。
【実施例】
【0027】
図1に示す深溝玉軸受(外径52mm、内径25mm、幅15mm)の内径面にゴム製のOリング2本を軸方向に間隔を開けて装着し、はめあい面に導電剤としてカーボンブラックを10重量%含有する導電性グリース(リチウム石鹸−鉱油系)の油膜を形成する事による耐クリープ効果の確認試験を行なった。
すなわち、上記実施例の深溝玉軸受は、軸受内輪に装着した2本のOリング間の内周面にグリースを塗布し、内輪はOリングを圧縮変形させて回転軸に締まり嵌めし、外輪はハウジングにすきま嵌めして、回転軸の回転に伴う内輪のクリープの有無を調査するクリープ試験を、以下の軸受試験条件で8000時間後に評価した。
【0028】
・ハウジングとの嵌め合い隙間:50μm
・回転速度 :1800rpm
・荷重 :30kgf
・温度 :60℃
【0029】
上記試験の結果、試験軸受についてクリープ発生は認められず、2本のOリング間の軸受内輪の嵌め合い面に油膜を形成する事によりクリープ防止効果があることが確認できた。
【0030】
また、実施例で用いた導電剤を含有する潤滑グリースを玉軸受(内径30mm、外径42mm、幅7mm)に封入し、この玉軸受について、内径面にゴム製の2つのOリングを軸方向に間隔を開けて装着し、Oリング間のはめあい面に前記した導電性の潤滑グリースを塗布し、室温雰囲気下、軸受荷重を5kgfのラジアル荷重として回転速度70rpmで500時間回転させた後、鋼系金属製の回転軸の外周面と外輪の外周面との間で通電試験を行ない、その通電性能を調査した。
【0031】
上記の通電試験の結果、500時間後の通電抵抗が10kΩ以下であり、通電性能が保持されていることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施形態を示す深溝玉軸受の要部縦断面図
【図2】従来例を示す深溝玉軸受の要部縦断面図
【符号の説明】
【0033】
1、11 深溝玉軸受
2 内輪
3 外輪
2a、3a 円周溝
4 ボール
5 保持器
6 シール部材
7、17 Oリング
8 導電性潤滑皮膜
10 ハウジング
18 高粘度油
A 軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の内輪の内周面に軸方向に間隔を空けて複数の円周溝を形成し、これら複数の円周溝に弾性素材からなるOリングを嵌めて軸に密接可能な多重環状シールを設けた転がり軸受において、
この多重環状シールの各Оリング同士の間における内輪の内周面上に、導電剤を含有する潤滑油または潤滑グリースからなる導電性潤滑皮膜を設けたことを特徴とするクリープ防止・導電性転がり軸受。
【請求項2】
請求項1に記載の転がり軸受において、導電剤が炭素系導電剤である請求項1に記載のクリープ防止・導電性転がり軸受。
【請求項3】
炭素系導電剤が、カーボンナノチューブからなる炭素繊維を含む炭素系導電剤である請求項2に記載のクリープ防止・導電性転がり軸受。
【請求項4】
導電性潤滑皮膜が、酸化皮膜形成抑制剤を含有する潤滑グリースからなる請求項1に記載のクリープ防止・導電性転がり軸受。
【請求項5】
導電性潤滑皮膜が、極圧剤を含有する潤滑グリースからなる請求項1に記載のクリープ防止・導電性転がり軸受。
【請求項6】
Oリングが、導電性ゴムで形成されている請求項1に記載のクリープ防止・導電性転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−112490(P2010−112490A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−286334(P2008−286334)
【出願日】平成20年11月7日(2008.11.7)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】