説明

クロマトグラフ質量分析装置

【課題】MS/MS分析のためのプリカーサの選択の自動的に行うとともにその選択の精度を上げ、未知成分の同定の効率化と精度向上とを図る。
【解決手段】目的試料に対する1回目のLC/MS分析により、m/z、強度、時間の3次元データを収集し(S1、S2)、分析終了後に予め設定されたm/z範囲のデータを用いてマスクロマトグラムを作成する(S3)。そのマスクロマトグラムに対しピーク検出を行い、ピークに対応するm/zを含むピーク情報を収集する(S4、S5)。ピーク強度が所定の閾値以上のものを抽出し、同一成分に由来するとみなせるピークを除いて、プリカーサイオンリストを作成するとともに、同一時間に出現する複数のピークに対応した成分のMS/MS分析を実行できるようにスケジュールを設定する(S7)。このスケジュールに従い目的試料に対して1回以上のLC/MS/MS分析を実行し、それにより得られたデータに基づいて成分同定を実行する(S8〜S11)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)と特定のイオンを開裂させてそれにより生成されたプロダクトイオンを質量分析するMS分析機能を有する質量分析装置(MS)とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフやガスクロマトグラフと質量分析装置とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置、つまりLC/MSやGC/MSでは、予め設定されたm/z範囲に亘る質量分析を繰り返すことにより、LCやGCのカラムから時間経過に伴って溶出する各種成分に対するマススペクトルを時々刻々と取得することができる。
【0003】
例えば特許文献1、非特許文献1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置では、マス(MS)スペクトルデータを繰り返し採取しながら、取得されたMSスペクトルの中で所定のm/z範囲内でピーク強度が高い順にピークを選択し、そのピークに対応したm/zをもつイオンをプリカーサイオンに自動的に設定してMS/MS分析を行うことが可能である。これによれば、微量の試料や貴重な試料について一度だけLC/MS分析を行うことで、MS分析結果とMS/MS分析結果とを得ることができ、これを利用して目的化合物を同定することができる。
【0004】
しかしながら、例えば比較的不純物が多く含まれている試料を分析する場合など、マススペクトルに多数の不所望のピーク、つまりはノイズピークが出現するような条件の下では、マススペクトルから適切なプリカーサを自動的に選定するのは難しい。適切でないプリカーサイオンを選択してMS/MS分析を実行すると、無駄な分析を実行するのみならず、誤った情報を同定処理に提供することで同定の正確性を損ねるおそれもある。
【0005】
2回以上の分析が可能である、或る程度十分な量の試料が用意できる場合には、まず1回目の分析でマススペクトルや特定のm/zにおけるマスクロマトグラムなどを取得し、ユーザがそれらスペクトルやクロマトグラムを解析処理して、未知成分であると想定されるm/zを見つける。そして、そのm/zをプリカーサイオンに設定したMS/MS分析を、同一試料に対する2回目の分析として実行する。しかしながら、実際にはLC/MS分析で収集されるデータの量は膨大であるため、ユーザがこれらデータを解析して適切なm/zを選択する作業はかなり面倒で手間の掛かる作業であった。また、適切なm/zが見つかったとしても、この数が多い場合にそれを一々手動で設定してMS/MS分析を実行する作業はかなり手間が掛かる作業であった。
【0006】
【特許文献1】特開2007−309661号公報
【非特許文献1】「液体クロマトグラフ質量分析計 LCMS-IT-TOF オートMSn機能」、[online]、株式会社島津製作所、[平成20年7月2日検索]、インターネット<URL :http://www.an.shimadzu.co,jp/products/lcms/it-tof10.htm>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、同一の試料について2回以上の分析の繰り返しが可能である条件の下で、自動的に適切なイオンをプリカーサイオンとして設定しMS分析を実行することができるクロマトグラフ質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明は、目的試料中の試料成分を時間方向に分離するクロマトグラフと、導入される試料中の成分をイオン化し、少なくとも1回のイオンの選別及び開裂を行った上で、生成されたイオンを質量分析するMS(n≧2の整数)分析可能な質量分析装置と、を組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置において、
a)目的試料に対するMSm−1(mは2≦m≦nの整数)分析を実行し、m/z、強度、及び時間の3次元データを収集するMSm−1分析実行手段と、
b)前記MSm−1分析により収集された3次元データの中で、少なくとも1つの所定のm/z範囲に含まれる3次元データを用い、そのm/z範囲に対応するマスクロマトグラムを作成するマスクロマトグラム作成手段と、
c)前記マスクロマトグラムに対しピークを検出し、そのピーク強度が所定の閾値以上であるピークに対応したm/zを含むピーク情報を取得するピーク情報収集手段と、
d)前記ピーク情報収集手段により収集されたピーク情報を利用してプリカーサイオンを決定するプリカーサ決定手段と、
e)前記目的試料に対し、前記決定されたプリカーサイオンに対する選別及び開裂操作を伴うMS分析を実行するMS分析実行手段と、
を備えることを特徴としている。
【0009】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置は、実質的には、液体クロマトグラフ質量分析装置又はガスクロマトグラフ質量分析装置のいずれかである。
【0010】
上記質量分析装置は、クロマトグラフから導入される試料中の成分をイオン化するイオン源と、必要に応じてそのイオンの質量選別を行った上で選別されたイオンを開裂させる開裂部と、イオン源で生成されたイオン又は開裂部で開裂により生成されたプロダクトイオンをm/zに応じて分離する質量分離部と、m/zに応じて分離されたイオンを検出する検出部と、を備える。
【0011】
上記質量分離部は特にその態様や構造が限定されるものではないが、例えば、飛行時間型質量分離器や四重極質量フィルタなどを利用することができる。
【0012】
開裂部としては、リニア型又は3次元四重極型のイオントラップを用い、衝突誘起解離(CID)などによりイオンを開裂させるものとすることができる。特にnが3以上のMS分析を行う場合には、3次元四重極型イオントラップを用いることが好ましい。
【0013】
イオン源は、クロマトグラフが液体クロマトグラフである場合には、通常、エレクトロスプレイイオン化法(ESI)や大気圧化学イオン化法(APCI)などを利用した大気圧イオン源が用いられる。またクロマトグラフがガスクロマトグラフである場合には、電子イオン化法(EI)や化学イオン化法(CI)などによるイオン源が用いられる。
【0014】
m=2として本発明を適用した液体クロマトグラフ質量分析装置では、例えば、分析が開始されると、まずMSm−1分析実行手段が目的試料に対するLC/MS分析を実行し、m/z、強度、及び時間の3つのディメンジョンを有する3次元データを収集する。LC/MS分析終了後、マスクロマトグラム作成手段は予め定められているm/z範囲に含まれる3次元データを抽出し、例えばm/z軸方向にデータを積算してマスクロマトグラムを作成する。m/z範囲は或る1つのm/zであってもよく、その場合には積算処理が不要であることは言うまでもない。
【0015】
ピーク情報収集手段は、作成されたマスクロマトグラムに対する波形処理を実行し、例えばクロマトグラムカーブの傾きや強度を利用してピークを検出する。そして、ピーク強度が所定の閾値以上であるピークを抽出し、そのピークに対応したm/zを含むピーク情報を収集する。ピーク情報は、m/zのほかに、ピーク開始時間、終了時間などを含むものとすることができる。ピークに対応したm/zは、例えば、そのピークの出現時間(ピーク開始時間から終了時間までの間の時間、又はピークトップが出現した時間)に得られたマススペクトルにおいて、そのマスクロマトグラムの作成の元となったm/z範囲内で最大のピーク強度を与えるm/zとすることができる。1つのマスクロマトグラムに複数のピークが存在する場合には、各ピーク毎に上記のようなピーク情報を求める。また、複数のm/z範囲が指定されてマスクロマトグラム作成手段により各m/z範囲に対応するマスクロマトグラムがそれぞれ求まる場合には、ピーク情報収集手段は各マスクロマトグラム毎にピーク検出とピーク情報の収集を実行する。
【0016】
プリカーサ決定手段は、収集されたピーク情報に基づいてプリカーサイオンのリストを作成する。なお、この際に、同位体ピークや多価イオンピークなど同じ成分由来で異なるm/zをもつピークを考慮してプリカーサイオンを選択することにより、実際にMS分析を実行する回数を減らすことができる。異なるマスクロマトグラムから抽出された複数のピークが時間的に重ならなければ、1回の分析により全てのプリカーサイオンに対するMS分析を実行することが可能である。一方、異なるマスクロマトグラムから抽出された複数のピークが時間的に重なっている場合には、この重なりを避けるように自動的にMS分析スケジュールを組む。MS分析実行手段はこうして作成されたプリカーサイオンリストに従って、目的試料に対する2回目以降の分析としてLC/MS/MS(LC/MS)分析を実行する。これにより、目的とする未知成分のMSスペクトルを得ることができる。
【0017】
また本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の好ましい一態様として、少なくとも前記MS分析実行手段により得られた特定のプリカーサイオンに対するMSスペクトルとそのプリカーサイオンが得られたときのMSm−1スペクトルとから成分推定を実行する成分推定手段、をさらに備える構成とするとよい。もちろん、mが3以上である場合に、MSm−2スペクトル、MSm−3スペクトルなどさらに遡った段階で得られたマススペクトルも成分推定に利用するようにしてもよい。
【0018】
この構成では、成分推定手段が、MSm−1スペクトルやMSスペクトルに現れているピークを抽出し、例えばそのピークのm/zと信号強度とを求め、それに基づいて所定のアルゴリズムに則って成分の同定を行う。この同定の手法は周知の方法、例えばデータベース検索などを用いることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置によれば、目的試料に対する例えば1回目のMS分析の結果が自動的に処理され、目的とする未知成分を適切に抽出して2回目以降の分析によりその未知成分のMSスペクトルを収集することができる。ユーザが必要な分析条件等を初めに設定しておきさえすれば、あとは自動的にデータ処理や2回目以降の分析が遂行される。したがって、ユーザは面倒な作業や操作から解放され、効率的に分析を遂行することができる。
【0020】
また、ピーク検出の対象となるマスクロマトグラムを作成する際のm/z範囲を適切に設定することで、不所望のノイズを抑制し、目的とする未知成分を適切に抽出することができる。したがって、不適切なm/zをプリカーサとした無駄なMS分析を実行することを避けることができる。また、上記のように成分推定を行う際に、正確性の高いMSスペクトルを同定処理に供することができるので、成分同定の精度が向上し、同定不能や同定間違いを減らすことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の一実施例である液体クロマトグラフ/イオントラップ飛行時間型質量分析装置(LC/IT−TOFMS)について、図1〜図4を用いて詳細に説明する。
【0022】
図1は本実施例のLC/IT−TOFMSの要部の構成図である。このLC/IT−TOFMSは、大別して、液体クロマトグラフ(LC)部1と質量分析(MS)部2とを有し、LC部1とMS部2とを接続する大気圧イオン化インタフェイスには、エレクトロスプレイイオン化(ESI)インタフェイスが用いられている。なお、イオン化法はこれに限るものでなく、例えば大気圧化学イオン化法(APCI)や大気圧光イオン化法(APPI)など、他の各種態様のイオン化インタフェイスを用いることができる。
【0023】
液体クロマトグラフ(LC)部1にあって、送液ポンプ12は移動相容器11に貯留されている移動相を吸引し、一定流量でインジェクタ13を通してカラム14へと送給する。インジェクタ13はオートサンプラを備え、予め用意された試料を自動的に選択し、所定のタイミングで所定料の試料を移動相中に注入する。インジェクタ13により移動相中に試料が注入されると、移動相の流れに乗って試料はカラム14へと導入される。カラム14を通過する間に試料中の各種成分は分離され、時間的にずれてカラム14の出口から溶出し、質量分析(MS)部2に導入される。
【0024】
MS部2は、大気圧雰囲気に維持されるイオン化室21と、ターボ分子ポンプ(図示せず)により真空排気され、高真空雰囲気に維持される分析室29と、を有し、その間には、段階的に真空度が高くされた第1段、第2段中間真空室24、27が配設されている。イオン化室21と第1段中間真空室24とは細径の脱溶媒管23を介して連通しており、第1段中間真空室24と第2段中間真空室27とは、円錐形状のスキマー26の頂部に穿設された小径のオリフィスを介して連通している。
【0025】
LC部1から供給された試料成分を含む溶出液がイオン源としてのESIノズル22に達すると、高圧電源(図示せず)から印加されている直流高電圧により、溶出液は片寄った電荷を付与される。そして、帯電した微小液滴としてイオン化室21内に噴霧される。この帯電液滴は大気由来のガス分子と衝突してさらに微細な液滴に粉砕され、速やかに乾燥して(脱溶媒化されて)試料分子が気化する。この試料分子はイオン蒸発反応を生じてイオン化される。発生したイオンを含む微小液滴は、差圧によって脱溶媒管23内に引き込まれ、脱溶媒管23内を通る間に一層脱溶媒化が進行してイオンが発生する。イオンはイオンガイド25、28で収束されつつ2つの中間真空室24、27を通過し分析室29へ送られる。分析室29内で、イオンは3次元四重極型のイオントラップ30の内部に導入される。
【0026】
イオントラップ30では、電源(図示せず)より各電極に印加される高周波電圧により形成される四重極電場によって、イオンは一旦捕捉・蓄積される。イオントラップ30の内部に蓄積された各種イオンは、所定のタイミングで一斉に運動エネルギーを付与され、質量分離器としての飛行時間型質量分離器(TOF)31に向けてイオントラップ30から放出される。つまり、イオントラップ30がTOF31に対するイオンの飛行の出発点となる。TOF31は直電電源(図示せず)から直流電圧が印加されるリフレクトロン電極32を備え、これにより形成される直流電場の作用によってイオンは折り返され、検出器としてのイオン検出器33に到達する。一斉にイオントラップ30から出射されたイオンはm/zの小さいイオンほど速く飛行し、m/zに応じた時間差を以てイオン検出器33に到達する。イオン検出器33は到達したイオン数に応じた電流を検出信号として出力する。
【0027】
この検出信号はA/D変換器34でデジタル値に変換された後に、データ処理部40に入力される。データ処理部40では、イオントラップ30からイオンが一斉に出射された時点からイオン検出器33に到達するまでの時間毎のイオンの信号強度を計測し、その時間情報を質量情報に換算して、横軸をm/z値、縦軸を信号強度とするマススペクトルを作成する。このデータ処理部40は、本実施例に特徴的な動作を達成するために、マスクロマトグラム作成部41、ピーク検出部42、プリカーサ設定部43、成分同定処理部44、を機能ブロックとして備える。またデータ処理部40には、MS部2により収集される膨大な量のデータを格納するデータ記憶部45が接続されている。
【0028】
分析制御部46は中央制御部47からの指示に基づいて、LC/MS分析、LC/MS/MS分析を実行するためにLC部1及びMS部2の各部の動作を制御する。中央制御部47にはユーザインターフェースとしての操作部48及び表示部49が接続されており、操作部48によるオペレータの操作を受けて分析のための各種の指令を分析制御部46やデータ処理部40に出力するとともに、マススペクトル等の分析結果を表示部49に出力する。なお、中央制御部47、分析制御部46、及びデータ処理部40の大部分は、所定の制御/処理ソフトウエアを搭載したパーソナルコンピュータにより具現化することができる。
【0029】
イオントラップ30には図示するように、例えばアルゴン等の衝突誘起解離(CID)ガスを供給できる構成となっており、イオントラップ30に蓄積したイオンをCIDにより開裂させてプロダクトイオンを生成させることができる。MS/MS分析などのMSn分析を行う際には、まずイオントラップ30に各種イオンを蓄積した後に、それらイオンの中で特定のm/zを有するイオンのみをプリカーサイオンとして選択的に残すように電極に印加する電圧を制御し、それからCIDガスをイオントラップ30に導入してプリカーサイオンの開裂を促進させる。そうして生成されたプロダクトイオンをイオントラップ30から一斉にTOF31に向けて放出し、m/z毎に分離して検出することで、プロダクトイオンのマススペクトル、つまりMS/MSスペクトルを得ることができる。
【0030】
上記構成を有するLC/IT−TOFMSにおける特徴的な動作を、図2〜図4を参照して説明する。図2は制御・処理手順を示すフローチャートである。
【0031】
オペレータが操作部48から分析条件を設定した上で自動分析の実行を指示すると、この指示を受けた中央制御部47はまずインジェクタ13に用意された目的試料のLC/MS分析を実行するように分析制御部46に指示を出し、これに応じて分析制御部46はLC部1及びMS部2をそれぞれ制御する(ステップS1)。これにより、インジェクタ13から移動相中に注入された目的試料がカラム14に送り込まれ、カラム14からの溶出液はMS部2に導入されて繰り返し質量分析される。データ処理部40では、イオントラップ30からの1回のイオン出射に応じて所定のm/z範囲のマススペクトルが作成され、これが時間経過に伴い繰り返される。したがって、データ処理部40では、m/z、強度、時間の3つのディメンジョンを持つ3次元データが得られ、これがデータ記憶部45に保存される(ステップS2)。
【0032】
溶出液に目的試料中の成分が溶出し始めると、マススペクトル上に試料成分に由来するイオンのピークが現れる。そうして、分析条件として設定された所定時間が経過するまで3次元データの収集を続ける。図3は収集される3次元データを模式的に示した図である。
【0033】
LC/MS分析が終了すると、データ処理部40においてマスクロマトグラム作成部41は、データ記憶部45に保存されている3次元データの中で、予め設定されたm/z範囲(図3中のΔM)のデータを抽出し、m/z軸方向に強度データを積算して、横軸が時間t、縦軸が強度Sの2次元データに変換する。これはm/z範囲ΔMに対応したマスクロマトグラムである(ステップS3)。図4にこのマスクロマトグラムの一例を示す。マスクロマトグラムを作成するためのm/z範囲(m/zの幅)は予め装置に対し決めておいてもよいし、分析条件の1つとしてユーザが設定できるようにしてもよい。このようにm/z軸方向に或る程度のm/zの幅をとって強度の積算を行うことで、試料成分のピーク強度はより明確になり、ノイズ成分は相対的に小さくなる。
【0034】
次にデータ処理部40においてピーク検出部42が、マスクロマトグラムのベースライン補正などの波形処理を行った上で、ピークを検出する(ステップS4)。ピーク検出方法としては、クロマトカーブの傾きを時間経過に従って求め、その正の傾きが所定値以上になったときにピークの開始点と判断し、その後、傾きが正から負に反転したときにピークトップであると判断し、その後、負の傾きが所定値以下になったときにピークの終了点であると判断することができる。もちろん、ピーク検出方法はこれに限らず、従来のクロマトグラムのピーク検出手法を利用することができる。図4の例の場合、例えばP1、P2、P3の3個のピークが検出される。
【0035】
それから、検出された各ピークのピーク情報として、m/z、ピーク開始時間、ピーク終了時間を求める(ステップS5)。マスクロマトグラム上のピークに対するm/z値は、例えば、そのピークのピークトップが出現した時間(図4中のピークP1ではt2)におけるマススペクトルを読み出し、そのマスクロマトグラムを作成したときのm/z範囲(ΔM)内で最大強度のピークを与えるm/zを用いることができる。また、そのピークの開始時間(図4中のピークP1ではt1)から終了時間(図4中のピークP1ではt3)までの間に得られた全てのマススペクトルを用いて、ピークに対応するm/zを決めてもよい。
【0036】
1つのマスクロマトグラムについてピーク検出と検出した1乃至複数のピークのピーク情報を取得したならば、設定された全てのm/z範囲についてステップS4、S5の処理を実行したか否かを判定し(ステップS6)、未処理のm/z範囲があればステップS4へ戻る。一方、設定された全てのm/z範囲についての処理が終了済みであれば、プリカーサ設定部43がプリカーサイオンリストを作成するとともにLC/MS/MS分析のスケジュールを作成する(ステップS7)。
【0037】
即ち、検出された全てのピークについてまず、そのピーク強度が予め定めた閾値LV以上のものを抽出する。例えば図4中に示すように閾値LVが設定されている場合、ピークP2はピーク強度が閾値LV未満であるため抽出されず、ピークP1、P3のみが残る。こうして選択されたピークのピーク情報に基づいプリカーサイオンリストを作成する。本装置の最終的な目的は未知成分の同定であるため、同一成分由来で異なるm/zを持つ同位体イオンや多価イオンはできるだけ除くことが好ましい。例えば前者はマススペクトル上でのピークの間隔などにより判断することができる。こうした情報に基づいて、同位体イオンや多価イオンによるピークをできるだけ除去し、残りのピークをプリカーサイオンリストに登録する。
【0038】
さらに、プリカーサ設定部43はプリカーサイオンリストに基づいて実際の分析スケジュールを作成する。リストに登録されたピークの出現時間に重なりがなければ、1回のLC/MS/MS分析により、登録された全てのプリカーサイオンを設定したMS/MS分析が可能である。これに対し、同一時間に複数のピークに対応したMS/MS分析は行えないから、2以上のピークが時間的に重なっている場合には、2回以上のLC/MS/MS分析を行う必要がある。このような基準により、プリカーサ設定部43は自動的にスケジュールを決定し、それを中央制御部47へと送る。
【0039】
中央制御部47は分析スケジュールに従って、インジェクタ13に用意された目的試料のLC/MS/MS分析を実行するように分析制御部46に指示を出し、これに応じて分析制御部46はLC部1及びMS部2をそれぞれ制御する(ステップS8)。図4に示すピークP1に対するm/zがM1であるとすると、時間t1から時間t3までの期間中は、プリカーサイオンのm/zをM1に設定したMS/MS分析を繰り返し、データ処理部40はMS/MSスペクトルデータを収集することになる(ステップS9)。上述のように2回以上のLC/MS/MS分析がスケジューリングされている場合には、それに従った回数だけインジェクタ13からの目的試料の注入と所定の終了時間までの分析を繰り返す。
【0040】
そうしてプリカーサイオンリストに登録された全てのプリカーサイオンに対するMS/MS分析結果、つまりはMS/MSスペクトルを取得すると、次にデータ処理部40において成分同定処理部44がMSスペクトル及びMS/MSスペクトルに基づいた成分同定を実行する(ステップS10)。即ち、マスクロマトグラム上にピークに対応したMSスペクトル及びMS/MSスペクトルを読み込み、各スペクトルに現れているピークのm/zを求める。場合によっては各ピークの信号強度も求める。そして、これらのm/zをデータベース検索に供することにより、成分同定用データベースから一致する可能性のある成分情報を求める。一般的に、データベース検索ではその一致の信頼性の程度を示す情報(例えばマスコットのMS/MSイオンサーチの場合にはスコア)が成分情報とともに出力される。そこで、成分同定処理部44は検索の信頼性の高い順に成分候補を並べ、中央制御部47を介して表示部49の画面上に表示する(ステップS11)。プリカーサイオンリストに登録されたピークはそれぞれが異なる成分である筈であるから、その各ピークについて同様に成分の推定を実行し、導出された成分候補を表示する。
【0041】
なお、成分同定はデータベース検索に限るものではなく、既存の各種のアルゴリズムに基づく成分同定を利用することができる。
【0042】
また上記実施例は、MS分析により得られたマスクロマトグラムを利用してMS/MS(=MS)分析の際のプリカーサを決めるようにしているが、さらに、例えばMS分析により得られたマスクロマトグラムを利用してMS分析の際のプリカーサを決めるようにすることができる。また、同様の手法により、さらに段数の多いMS分析の際のプリカーサを決めるようにすることもできる。
【0043】
また、上記実施例は一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正を行えることは明らかである。
【0044】
例えば本発明は、飛行時間型質量分離器以外の他の質量分離器を用いた質量分析装置にも適用可能であり、例えば四重極質量フィルタを用いた質量分析装置にも適用することができる。また、3次元四重極型イオントラップの代わりに、高周波電圧が印加される四重極又は多重極ロッドを内装したコリジョンセルを用いることも可能である。この場合、プリカーサイオンの選択はそのコリジョンセルの前段で行う必要があるから、典型的な例としては、三連四重極型MS/MS質量分析装置となる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の一実施例であるLC/IT−TOFMSの要部の構成図。
【図2】本実施例のLC/IT−TOFMSにおける自動分析を実行する際の制御・処理手順を示すフローチャート。
【図3】本実施例のLC/IT−TOFMSにおいて収集される3次元データを模式的に示した図。
【図4】本実施例のLC/IT−TOFMSにおいて作成されるマスクロマトグラムの一例を示す図。
【符号の説明】
【0046】
1…LC部
11…移動相容器
12…送液ポンプ
13…インジェクタ
14…カラム
2…MS部
21…イオン化室
22…ESIノズル
23…脱溶媒管
24、27…中間真空室
25、28…イオンガイド
26…スキマー
29…分析室
30…イオントラップ
31…TOF
32…リフレクトロン電極
33…イオン検出器
34…A/D変換器
40…データ処理部
41…マスクロマトグラム作成部
42…ピーク検出部
43…プリカーサ設定部
44…成分同定処理部
45…データ記憶部
46…分析制御部
47…中央制御部
48…操作部
49…表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的試料中の試料成分を時間方向に分離するクロマトグラフと、導入される試料中の成分をイオン化し、少なくとも1回のイオンの選別及び開裂を行った上で、生成されたイオンを質量分析するMS(n≧2の整数)分析可能な質量分析装置と、を組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置において、
a)目的試料に対するMSm−1(mは2≦m≦nの整数)分析を実行し、m/z、強度、及び時間の3次元データを収集するMSm−1分析実行手段と、
b)前記MSm−1分析により収集された3次元データの中で、少なくとも1つの所定のm/z範囲に含まれる3次元データを用い、そのm/z範囲に対応するマスクロマトグラムを作成するマスクロマトグラム作成手段と、
c)前記マスクロマトグラムに対しピークを検出し、そのピーク強度が所定の閾値以上であるピークに対応したm/zを含むピーク情報を取得するピーク情報収集手段と、
d)前記ピーク情報収集手段により収集されたピーク情報を利用してプリカーサイオンを決定するプリカーサ決定手段と、
e)前記目的試料に対し、前記決定されたプリカーサイオンに対する選別及び開裂操作を伴うMS分析を実行するMS分析実行手段と、
を備えることを特徴とするクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析装置であって、
少なくとも前記MS分析実行手段により得られた特定のプリカーサイオンに対するMSスペクトルとそのプリカーサイオンが得られたときのMSm−1スペクトルとから成分推定を実行する成分推定手段、をさらに備えることを特徴とするクロマトグラフ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−19655(P2010−19655A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−179750(P2008−179750)
【出願日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】