説明

グリース組成物およびグリース封入軸受

【課題】鉄系金属と接触する環境下での使用において、水素脆性による該金属表面での剥離を効果的に防止できるグリース組成物および該グリース組成物を封入したグリース封入軸受を提供する。
【解決手段】グリース封入軸受1は、グリース組成物7が封入されてなり、このグリース組成物7は、基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなるグリース組成物であって、上記添加剤は、アルミニウム、ケイ素、チタン、タングステン、モリブデン、クロム、コバルトから選ばれた少なくとも一つの金属粉末またはその無機化合物を含有してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はグリース組成物および該グリース封入軸受に関し、特にオルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受用や、モータ用の転がり軸受用のグリース組成物およびこのグリース組成物が封入されたグリース封入軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車における電装部品や補機、産業機械におけるモータ等は、年々小型化や高性能、高出力が求められており、使用条件が厳しくなってきている。これらには、転がり軸受が使用されており、その潤滑には主としてグリースが用いられている。ところが、高温下での高速回転等使用条件が過酷になることで、転がり軸受の転走面に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期に生じ、問題になっている。
この特異的な剥離は、通常の金属疲労により生じる転走面内部からの剥離と異なり、転走面表面の比較的浅いところから生じる破壊現象で、水素が原因の水素脆性による剥離と考えられている。このような早期に発生する白色組織変化を伴った特異な剥離現象を防ぐ方法として、例えばグリース組成物に不動態化剤を添加する方法が知られている(特許文献1参照)。またグリース組成物にビスマスジチオカーバメートを添加する方法が知られている(特許文献2参照)。
【0003】
しかしながら、近年、自動車における電装部品や補機、産業機械におけるモータ等では、高温下で、高速運転−急減速運転−急加速運転−急停止が頻繁に行なわれる等ますます転がり軸受の使用条件が過酷化され、不動態化剤やビスマスジチオカーバメートを添加する方法では剥離現象を防ぐ対策として不十分になってきている。
【特許文献1】特開平3−210394号公報
【特許文献2】特開2005−42102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、鉄系金属と接触する環境下での使用において、水素脆性による該金属表面での剥離を効果的に防止できるグリース組成物および該グリース組成物を封入したグリース封入軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のグリース組成物は、基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなり、鉄系金属と接触する環境下で使用されるグリース組成物であって、上記添加剤は、アルミニウム、ケイ素、チタン、タングステン、モリブデン、クロム、コバルトから選ばれた少なくとも一つの金属粉末またはその無機化合物を含有することを特徴とする。
【0006】
上記増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤であることを特徴とする。また、上記基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ-α-オレフィン油から選ばれた少なくとも一つの油であることを特徴とする。
上記金属粉末またはその無機化合物の配合割合は、ベースグリース 100 重量部に対して 0.05 重量部〜10 重量部であることを特徴とする。
【0007】
本発明のグリース封入軸受は、上述したグリース組成物が封入されてなる軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明のグリース組成物は、基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに、アルミニウム、ケイ素、チタン、タングステン、モリブデン、クロム、コバルトから選ばれた少なくとも一つの金属粉末またはその無機化合物を含有する添加剤を配合してなるので、鉄系金属と接触する環境下での使用において、水素脆性による該金属表面での剥離を効果的に防止できる。
【0009】
本発明のグリース封入軸受は、上記グリース組成物を封入してなるので、軸受鋼からなる転走面において、水素脆性による白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止でき軸受寿命に優れる。この結果、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受として好適に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
転がり軸受において、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できるグリース組成物について鋭意検討を行なった。ここで、転走面は軸受鋼からなるため、このような鉄系金属と接触する環境下において、鉄との相互溶解度を考慮した添加剤をグリース組成物に配合することについて検討を行なった。この結果、鉄との相互溶解度が所定値(0.1%)以上であるもの、具体的には、アルミニウム、ケイ素、チタン、タングステン、モリブデン、クロム、コバルトから選ばれた少なくとも一つの金属粉末またはその無機化合物を含有する添加剤を配合したグリース組成物を封入した転がり軸受を用い、急加減速試験を行なったところ、軸受寿命を延長できることがわかった。なお、鉄と各金属との相互溶解度は、例えば『トライボロジー』/著者 山本雄二ほか/発行所 理工学社/(1998.2.28)P.193、図8.7に示されている。
上記金属粉末等を含有する添加剤を配合することにより、鉄系金属材を含む軸受部の摩擦摩耗面または摩耗により露出した金属新生面において上記添加剤が反応し、軸受転走面に被膜が生成すると考えられる。そして、この軸受転走面に生成した被膜が、グリース組成物の分解による水素の発生を抑制して、水素脆性による特異な剥離を防止できるため、転がり軸受の寿命が延長するものと考えられる。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0011】
本発明のグリース組成物に添加する添加剤は、アルミニウム、ケイ素、チタン、タングステン、モリブデン、クロム、コバルトから選ばれた少なくとも一つの金属粉末またはその無機化合物を含有してなる。各金属粉末またはその無機化合物は、単独で、または、2種類以上を併用して用いてもよい。耐熱耐久性に優れ、熱分解しにくいため、極圧性効果の高い純金属粉末が好ましい。
各金属粉末は、平均粒子径 150μm 以下、好ましくは 50μm 以下の粉末が使用できる。平均粒子径が 150μm をこえると金属新生面への反応性に劣る。
【0012】
アルミニウム化合物としては、炭酸アルミニウム、硫化アルミニウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウムおよびその水和物、硫酸アルミニウム、フッ化アルミニウム、臭化アルミニウム、よう化アルミニウム、酸化アルミニウムおよびその水和物、水酸化アルミニウム、セレン化アルミニウム、テルル化アルミニウム、りん酸アルミニウム、りん化アルミニウム、アルミン酸リチウム、アルミン酸マグネシウム、セレン酸アルミニウム、チタン酸アルミニウム、ジルコン酸アルミニウム等の無機アルミニウムが挙げられる。
【0013】
チタン化合物としては、酸化チタン、ほう化チタン、炭化チタン、水酸化チタンが挙げられる。
タングステン化合物としては、酸化タングステン、炭化タングステン、ほう化タングステン、窒化タングステン、硫化タングステン、けい化タングステンが挙げられる。
【0014】
モリブデン化合物としては、酸化モリブデン、ほう化モリブデン、炭化モリブデン、けい化モリブデン、窒化モリブデン、硫化モリブデンが挙げられる。
クロム化合物としては、酸化クロム(III)、炭化クロム、ほう化クロム、けい化クロム、リン酸クロムが挙げられる。
コバルト化合物としては、酸化コバルト、炭酸コバルト、リン化コバルト、けい化コバルト、チタン酸コバルト、モリブデン酸コバルト、タングステン酸コバルトが挙げられる。
【0015】
金属粉末またはその無機化合物の配合割合は、ベースグリース 100 重量部に対して 0.05〜10 重量部であることが好ましい。例えば、各金属粉末またはその無機化合物のうち、一種のみを使用する場合には、ベースグリース 100 重量部に対してそれを 0.05〜10 重量部配合し、複数種を併用する場合には、それらを合わせた合計量を上記配合割合範囲内とする。
上記金属粉末等の配合割合が 0.05 重量部未満であると水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できない。また、10 重量部をこえても剥離防止効果がそれ以上に向上しない。
【0016】
本発明に使用できる基油としては、スピンドル油、冷凍機油、タービン油、マシン油、ダイナモ油等の鉱油、高度精製鉱油、流動パラフィン油、ポリブテン油、フィッシャー・トロプシュ法により合成されたGTL油、ポリ-α-オレフィン油、アルキルナフタレン油、脂環式化合物等の炭化水素系合成油、または、天然油脂、ポリオールエステル油、りん酸エステル油、ポリマーエステル油、芳香族エステル油、炭酸エステル油、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、アルキルベンゼン油、フッ素化油等の非炭化水素系合成油等を使用できる。
これらの中で、耐熱性と潤滑性に優れたアルキルジフェニルエーテル油、または、ポリ-α-オレフィン油を用いることが好ましい。
【0017】
本発明に使用できる増ちょう剤としては、ベントン、シリカゲル、フッ素化合物、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、力ルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア系化合物が挙げられる。
これらの中で、耐熱性、コスト等を考慮するとウレア系化合物が望ましい。
【0018】
ウレア系化合物は、イソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させることにより得られる。反応性のある遊離基を残さないため、イソシアネート化合物のイソシアネート基とアミン化合物のアミノ基とは略当量となるように配合することが好ましい。
【0019】
ジウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミンとの反応で得られる。ジイソシアネートとしては、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜等が挙げられ、モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミン、アニリン、p-トルイジン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。
【0020】
ポリウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミン、ジアミンとの反応で得られる。ジイソシアネート、モノアミンとしては、ジウレア化合物の生成に用いられるものと同様のものが挙げられ、ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、フェニレンジアミン、トリレンジアミン、キシレンジアミン、ジアミノジフェニルメタン等が挙げられる。
【0021】
基油にウレア系化合物等の増ちょう剤を配合して、上記金属粉末等を配合するためのベースグリースが得られる。ウレア系化合物を増ちょう剤とするベースグリースは、基油中でイソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させて作製する。
ベースグリース 100 重量部中に占める増ちょう剤の配合割合は、1〜40 重量部、好ましくは 3〜25 重量部配合される。増ちょう剤の含有量が 1 重量部未満では、増ちょう効果が少なくなり、グリース化が困難となり、40 重量部をこえると得られたベースグリースが硬くなりすぎ、所期の効果が得られ難くなる。
【0022】
また、上記金属粉末等とともに、必要に応じて公知のグリース用添加剤を含有させることができる。この添加剤として、例えば、有機亜鉛化合物、アミン系、フェノール系化合物等の酸化防止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレン等の粘度指数向上剤、グラファイト等の固体潤滑剤、金属スルホネート、多価アルコールエステルなどの防錆剤、有機モリブデンなどの摩擦低減剤、エステル、アルコールなどの油性剤、りん系化合物などの摩耗防止剤等が挙げられる。これらを単独で、または 2 種類以上組み合せて添加できる。
【0023】
本発明のグリース組成物は、水素脆性による特異な剥離の発生を抑制することができるので、グリース封入軸受の寿命を向上させることができる。このため、玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受等の封入グリースとして使用できる。
【0024】
本発明のグリース組成物が封入されているグリース封入軸受について図1により説明する。図1は深溝玉軸受の断面図である。
グリース封入軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この転動体4は、保持器5により保持される。また、内、外輪の軸方向両端開口部がシール部材6によりシールされ、少なくとも転動体4の周囲に本発明のグリース組成物7が封入される。なお、内輪2および外輪3は鉄系金属である軸受鋼からなる。
【実施例】
【0025】
実施例1〜実施例8
表1に示した基油の半量に、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート(日本ポリウレタン工業社製ミリオネートMT、以下、MDIと記す)を表1に示す割合で溶解し、残りの半量の基油にMDIの2倍当量となるモノアミンを溶解した。それぞれの配合割合および種類は表1のとおりである。
MDIを溶解した溶液を撹拌しながらモノアミンを溶解した溶液を加えた後、100〜120℃で 30 分間撹拌を続けて反応させて、ジウレア化合物を基油中に生成させた。
これに金属粉末および酸化防止剤を表1に示す配合割合で加えてさらに 100℃〜120℃で 10 分間撹拌した。その後冷却し、三本ロールで均質化し、グリース組成物を得た。
【0026】
表1において、基油として用いた合成炭化水素油は 40℃における動粘度 30 mm2/sec の新日鉄化学社製シンフルード601を、アルキルジフェニルエーテル油は 40℃における動粘度 97 mm2/sec の松村石油社製、モレスコハイルーブLB100を、それぞれ用いた。また、酸化防止剤は住友化学社製ヒンダードフェノールを用いた。
【0027】
得られたグリース組成物の急加減速試験を行なった。試験方法および試験条件を以下に示す。また、結果を表1に示す。
【0028】
<急加減速試験>
電装補機の一例であるオルタネータを模擬し、回転軸を支持する内輪回転の転がり軸受(内輪・外輪は軸受鋼)に上記グリース組成物を封入し、急加減速試験を行なった。急加減速試験条件は、回転軸先端に取り付けたプーリに対する負荷荷重を 1960 N 、回転速度は 0 rpm〜18000 rpm で運転条件を設定し、さらに、試験軸受内に 0.1 A の電流が流れる状態で試験を実施した。そして、軸受内に異常剥離が発生し、振動検出器の振動が設定値以上になって発電機が停止する時間(剥離発生寿命時間、h )を計測した。なお、試験は、500 時間で打ち切った。
【0029】
比較例1〜比較例3
実施例1に準じる方法で、表1に示す配合割合で、増ちょう剤、基油を選択してベースグリースを調整し、さらに添加剤を配合してグリース組成物を得た。得られたグリース組成物を実施例1と同様の試験を行なって評価した。結果を表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
表1に示すように、各実施例では、急加減速試験は全て 300 時間以上(剥離発生寿命時間)の優れた結果を示した。これは、封入するグリースに所定の金属粉末またはその無機化合物を所定割合で添加したことにより転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止できたためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明のグリース組成物は転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止でき軸受寿命に優れるのでオルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受、モータ用軸受に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】深溝玉軸受の断面図である。
【符号の説明】
【0034】
1 グリース封入軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなり、鉄系金属と接触する環境下で使用されるグリース組成物であって、
前記添加剤は、アルミニウム、ケイ素、チタン、タングステン、モリブデン、クロム、コバルトから選ばれた少なくとも一つの金属粉末またはその無機化合物を含有することを特徴とするグリース組成物。
【請求項2】
前記増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤であることを特徴とする請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
前記基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ-α-オレフィン油から選ばれた少なくとも一つの油であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のグリース組成物。
【請求項4】
前記金属粉末またはその無機化合物の配合割合は、ベースグリース 100 重量部に対して 0.05〜10 重量部であることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3のグリース組成物。
【請求項5】
グリース組成物が封入されてなるグリース封入軸受であって、前記グリース組成物が請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載のグリース組成物であることを特徴とするグリース封入軸受。

【図1】
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【公開番号】特開2008−266424(P2008−266424A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−109780(P2007−109780)
【出願日】平成19年4月18日(2007.4.18)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】