説明

コールドスプレーによる皮膜形成方法及びコールドスプレー装置

【課題】 基材に影響を与えることなくレーザ光を皮膜材料に照射して、皮膜材料の粉末堆積層の密度を向上させる等皮膜の性状向上を図る。
【解決手段】 スプレーノズル7から皮膜材料の粉末を当該皮膜材料の融点温度未満の作動ガスと共に基材Kに向けて噴射して、基材Kに皮膜材料の皮膜を形成するコールドスプレーによる皮膜形成方法において、レーザ照射機10によりスプレーノズルKから基材に至る皮膜材料の粉末の経路に該粉末を加熱するレーザ光を照射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コールドスプレー法により皮膜材料の皮膜を基材に形成する技術に係り、特に、レーザ光を利用したコールドスプレーによる皮膜形成方法及びコールドスプレー装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、コールドスプレー(Cold Spray)法によって基材の表面に皮膜を形成する方法は、皮膜材料の融点または軟化点よりも低い温度に設定した超音速で流れるガスで皮膜材料の粉末を搬送することによって、この粉末を基材の表面に衝突させるものである。この方法では、粉末が高速で基材の表面に衝突した際に、固相状態のままで粉末の粒子が塑性変形することによって皮膜が形成される。
従来、このようなコールドスプレー法において、レーザ光を利用した方法も開発されている。この種のコールドスプレーによる皮膜形成方法としては、例えば、特開2006−176880号公報(特許文献1)あるいは特表2008−528800号公報(特許文献2)記載の技術が知られている。
これは、図13に示すように、スプレーノズル100から皮膜材料の粉末をその融点温度未満の作動ガスと共に基材Kに向けて噴射して、基材Kに皮膜材料の皮膜を形成するもので、レーザ照射機101からレーザ光を基材Kの皮膜材料の粉末が被着される部位(スプレーポイント)に照射して皮膜材料の被着過程においてこの皮膜材料に熱を加え、これにより皮膜材料の粉末堆積層の密度を向上させる等皮膜の性状を良好にするようにしている。あるいはまた、皮膜材料の被着後においてこの皮膜材料に熱を加えることも行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−176880号公報
【特許文献2】特表2008−528800号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記従来のコールドスプレーによる皮膜形成方法においては、皮膜材料の被着過程あるいは皮膜材料の被着後に、レーザ光を基材に照射して皮膜材料に熱を加えているので、例えば、基材を変形させてしまう等、少なからず、基材に悪影響を与えることがあるという問題があった。
本発明は上記の点に鑑みて為されたもので、基材に影響を与えることなくレーザ光を皮膜材料に照射して、皮膜材料の粉末堆積層の密度を向上させる等皮膜の性状向上を図ったコールドスプレーによる皮膜形成方法及びコールドスプレー装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
このような目的を達成するための本発明のコールドスプレーによる皮膜形成方法は、スプレーノズルから皮膜材料の粉末を当該皮膜材料の融点温度未満の作動ガスと共に基材に向けて噴射して、該基材に皮膜材料の皮膜を形成するコールドスプレーによる皮膜形成方法において、上記スプレーノズルから基材に至る皮膜材料の粉末の経路に該粉末を加熱するレーザ光を照射する構成としている。
【0006】
これにより、スプレーノズルから噴射された皮膜材料の粉末にレーザ光が照射されるので、皮膜材料の粉末が基材に被着する直前で皮膜材料の粉末が加熱されることから、より軟化し、そのため、基材に被着した際に粒子間結合度が向上して皮膜材料の密度が高くなり、皮膜材料の性状が向上させられる。例えば、皮膜材料の硬度を高くすることができ、また、耐摩耗性を向上させることができる。
【0007】
この場合、上記レーザ光の強度は、上記経路を飛行中の粉末を当該粉末の融点温度未満の温度範囲で温度上昇させる強度であることが有効である。融点温度以上に加熱すると粉末の酸化や分解などの不具合がある。
そして、この温度上昇により、飛行中の粉末が温度低下しても温度上昇させて軟化を促進するので、基材に衝突、積層した際に粒子間結合度を確実に向上させることができる。
また、この場合、上記レーザ光の照射範囲は、上記粉末の飛行方向に直交する投影面上、該粉末の拡散範囲を包含する範囲であることが有効である。粉末全体に亘ってレーザ光を照射できるので、粉末全体の軟化を促進することができ、基材に被着した際に、より一層粒子間結合度を確実に向上させることができる。
【0008】
更に、上記レーザ光は、カライドスコープを通して照射されるYAGレーザであることが有効である。
カライドスコープは均一分布光学系なので、粉末に均一なレーザ光を照射することができ、粉末の軟化を均一に促進することができ、基材に被着した際に、粒子間結合を均一にして被覆品位を向上させることができる。
また、YAGレーザは光ファイバーで伝送することができ、ロボットなどへの搭載が容易になる。そのため、自動化し易いなどの効果を奏する。
【0009】
また、上記目的を達成するための本発明のコールドスプレー装置は、スプレーノズルから皮膜材料の粉末を当該皮膜材料の融点未満の作動ガスと共に基材に向けて噴射して、該基材に皮膜材料の皮膜を形成するコールドスプレー装置において、上記スプレーノズルから基材に至る皮膜材料の粉末の経路に該粉末を加熱するレーザ光を照射するレーザ照射手段を備えた構成としている。
この場合、上記レーザ照射手段は、カライドスコープを通してYAGレーザを照射することが有効である。上記と同様の作用,効果を奏する。
また、必要に応じ、上記レーザ照射手段の粉末の経路に対するレーザ光の照射位置を調整する位置調整機構を備えた構成としている。粉末に最適なレーザ光を照射できるように調整できるので、粉末全体の軟化を確実に促進することができ、基材に衝突、積層した際に、より一層粒子間結合度を確実に向上させることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、スプレーノズルから噴射された皮膜材料の粉末にレーザ光が照射されるので、皮膜材料の粉末が基材に被着する直前で皮膜材料の粉末が加熱されることから、より軟化し、そのため、基材に被着した際に粒子間結合度が向上して皮膜材料の密度が高くなり、皮膜材料の性状が向上させられる。例えば、皮膜材料の硬度を高くすることができ、また、耐摩耗性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施の形態に係るコールドスプレー装置を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るコールドスプレー装置において、粉末の飛行範囲とレーザ光の照射範囲との関係を示す図であり、(a)は図1中上面図、(b)は図1中側面図、(c)は基材からスプレーノズル方向へ見た図である。
【図3】本発明の実施例に係るコールドスプレー装置による皮膜形成方法(a)を比較例に係る皮膜形成方法(b)(c)とともに示す図である。
【図4】本発明の実施例に係るコールドスプレーによる皮膜形成方法において用いる皮膜材料の一例を示す電子顕微鏡写真である。
【図5】本発明の実施例及び比較例に係るコールドスプレーによる皮膜形成方法におけるコールドスプレー条件を示す表図である。
【図6】本発明の実施例1に関し試料の皮膜断面を示す光学顕微鏡写真である。
【図7】本発明の実施例1に関しレーザ出力と試料の摩耗減量との関係を示すグラフ図である。
【図8】本発明の実施例2に関し試料の皮膜断面を示す光学顕微鏡写真である。
【図9】比較例1に関し試料の皮膜断面を示す光学顕微鏡写真である。
【図10】比較例2に関し試料の皮膜断面を示す光学顕微鏡写真である。
【図11】比較例3に関し試料の皮膜断面を示す光学顕微鏡写真である。
【図12】比較例4に関し試料の皮膜断面を示す光学顕微鏡写真である。
【図13】従来のコールドスプレー装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面に基づいて、本発明の実施の形態に係るコールドスプレーによる皮膜形成方法及びコールドスプレー装置について詳細に説明する。本発明の実施の形態に係るコールドスプレーによる皮膜形成方法は、本発明の実施の形態に係るコールドスプレー装置において実現されるので、このコールドスプレー装置の作用において説明する。
本発明の実施の形態に係るコールドスプレー装置は、図1及び図2に示すように、スプレーノズルから皮膜材料の粉末を、皮膜材料の融点未満の作動ガスと共に基材Kに向けて噴射(実施の形態では水平方向に噴射)して、基材Kに皮膜材料の皮膜を形成するものである。
【0013】
詳しくは、このコールドスプレー装置1は、空気,窒素,ヘリウムなどの高圧の作動ガスが供給される主配管2と、主配管2の途中に設けられ作動ガスを皮膜材料の融点未満の温度または軟化温度よりも低い温度に加温するガス加熱器3と、主配管2から分岐され作動ガスの一部を粉末搬送のキャリアガスとして送る枝配管4と、枝配管4に介装されキャリアガスにより皮膜材料の粉末を搬送せしめる粉末供給装置5と、主配管2及び枝配管4が合流し枝配管4からの皮膜材料の粉末を加温されたガスに投入させるミキシングチャンバ6と、ミキシングチャンバ6に接続され固体基材Kに皮膜材料の粉末をガスとともに吹き付けるスプレーノズル7とから構成されている。スプレーノズル7では作動ガス及び皮膜材料の粉末は超音速流となって噴出される。
【0014】
また、本コールドスプレー装置1は、スプレーノズル7から基材Kに至る皮膜材料の粉末の経路に該粉末を加熱するレーザ光を照射(実施の形態では垂直方向に上から照射)するレーザ照射手段としてのレーザ照射機10を備えている、このレーザ照射機10はレーザ光として周知のYAGレーザを照射するレーザ加工ヘッド11を備えている。加工ヘッド11としてはカライドスコープが用いられ、光ファイバーで発信器からこのレーザ加工ヘッド11へ伝送される。カライドスコープは、均一なエネルギー密度のレーザビームを照射できる光学系である。YAGレーザなので、光ファイバーで伝送することができ、ロボットなどへの搭載が容易になる。そのため、自動化し易いなどの効果を奏する。
この場合、レーザ光の強度は、経路を飛行中の粉末を当該粉末の融点温度未満の温度範囲で温度上昇させる強度になるように調整される。融点温度以上に加熱すると粉末の酸化や分解などの不具合がある。
また、この場合、図2に示すように、レーザ光の照射範囲LAは、粉末の飛行方向に直交する投影面(図2(C))上、該粉末の拡散範囲MAを包含する範囲に設定されている。カライドスコープのレーザ光の形状は、図2(a)に示すように、断面略矩形状であり、そのビームの大きさは、例えば、4mm×4mmと一定に設定される。図2(C)に示すように、粉末の拡散範囲MAは、粉末の飛行方向に直交する投影面上、例えば、直径1.5mmの円形範囲であり、レーザ光の照射範囲に包含される。
【0015】
また、本装置においては、図1に示すように、レーザ照射機10の粉末の経路に対するレーザ光の照射位置を調整する位置調整機構20を備えている。位置調整機構20は、例えば、レーザ加工ヘッド11を粉末の照射方向に沿う前後方向(X方向)、粉末の照射方向に直交する水平方向(Y方向)、粉末の照射方向に直交する垂直方向(Z方向)の3軸方向に移動可能に支持するスライダ機構(図示せず)と、X,Y,Z方向に移動させるボールねじ機構を備えたアクチュエータ(図示せず)とから構成されている。
【0016】
また、本装置が対象とする被覆材料の粉末は、無機材料粉末または/及び有機材料粉末を用いることができる。被覆材料の粉末均粒径は、例えば、1〜1000μmである。
無機材料粉末としては、例えば、ニッケルなどの各種金属、酸化物系や炭化物系のサーメット等のこれらの合金、あるいはこれらの酸化物等、適宜のものを選択することができる。
有機材料粉末としては、ポリエチレン,ポリプロピレン等の各種樹脂等、適宜のものを選択することができる。
また、固体基材Kとしては、鉄,鋳鉄,ステンレス,パーマロイ,銅,黄銅,リン青銅,ニッケル,キュプロニッケル,錫,鉛,コバルト,半田,チタン,アルミニウム,クロム,金,銀,白金,パラジウム,亜鉛の何れかの金属、あるいはこれらの合金、金属の酸化物、リン酸塩処理金属、クロム酸塩処理金属、木材、紙、プラスチックス、ガラスや金属粉末等を混合した複合強化プラスチック等、適宜のものを選択することができる。
この基材は、スプレーノズルに対面させられて図示外のテーブルに固定されて図示外の駆動手段により、粉末の飛行方向に直交する面方向に行列状に移動させられる。
【0017】
従って、実施の形態に係るコールドスプレー装置1によれば、スプレーノズル7から噴射された皮膜材料の粉末にレーザ光が照射されるので、皮膜材料の粉末が基材Kに被着する直前で皮膜材料の粉末が加熱されることから、より軟化し、そのため、基材Kに被着した際に粒子間結合度が向上して皮膜材料の密度が高くなり、皮膜材料の性状が向上させられる。例えば、皮膜材料の硬度を高くすることができ、また、耐摩耗性を向上させることができる。
この場合、図2(C)に示すように、レーザ光の照射範囲LAは、粉末の飛行方向に直交する投影面上、該粉末の拡散範囲MAを包含する範囲になっているので、粉末全体に亘ってレーザ光を照射でき、そのため、粉末全体の軟化を促進することができ、基材Kに被着した際に、より一層粒子間結合度を確実に向上させることができる。
更に、上記レーザ光は、カライドスコープを通して照射されるYAGレーザなので、カライドスコープは均一分布光学系であることから、粉末に均一なレーザ光を照射することができ、粉末の軟化を均一に促進することができ、基材Kに被着した際に、粒子間結合を均一にして被覆品位を向上させることができる。
【実施例】
【0018】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例に係るコールドスプレー装置は、スプレーノズル側の装置として、米国イノバティ社製のKinetic Metallizationシステム(KM-CDS)を用いた。この装置は、粉末供給装置、ガス調整装置、スプレーノズル、制御装置から構成されている。ボンベから供給された作動ガスは、装置内でプロセスガスと粉末を搬送するためのキャリアガスの2つの系統に分岐される。プロセスガスは、ヒーターによって加熱され急激に膨張しながら超高速のガス流となってミキシングチャンバへ流れる。一方、キャリアガスは、粉末供給装置から原料粉末を搬送する。搬送された粉末は、ミキシングチャンバ内でプロセスガスと混合され、超高速のガス流となってスプレーノズルから噴出される。このようなプロセスを経て、超高速に加速された原料粉末は、基材に向かって吹き付けられ皮膜が形成される。使用した装置のノズルは、音速ノズルで粉末に対して効率的に運動エネルギーを供給できるといわれている。基材はジグを介して六軸多関節ロボットに取り付け、被着の際にハシゴ状に移動させた。
【0019】
また、レーザ照射機としては、最大出力3kWのYAGレーザ装置(石川島播磨重工業(株)製iLS-YC25C)を使用した。レーザ光は光ファイバーで発信器からカライドスコープからなるレーザ加工ヘッドへ伝送され、均一なエネルギー密度のレーザビームとなって照射される。照射するレーザのエネルギー密度を変化させるためにビームの大きさを4mm×4mm一定とした。皮膜材料の粒子へ上方からレーザ光が照射されるように、コールドスプレーノズルとレーザヘッドをジグに固定した。
【0020】
そして、上記の実施例に係るコールドスプレー装置を用い、実施例1,2,比較例1〜4に係る被着を行なった。
実施例1,2,比較例1〜4で用いた基材は、金属基材であり、板状(幅50mm×長さ60mm×厚さ5mm)のSUS304鋼を使用した。コーティングに際して、アセトンで超音波洗浄を行った後に#54のアルミナでブラスト処理を行った。
被覆材料として使用した粉末は、金属系粉末であるNi(実施例1,比較例1,比較例3)と、サーメット系粉末であるWC-Co(実施例2,比較例2,比較例4)の2種類とした。粉末外観のSEM写真を図4に示す。Ni粉末はカルボニール法で作製した粉末で球形をしている。WC-Co粉末はサブミクロンのWCとCoを造粒した粉末であることがわかる。粉末は吸着した水分を十分に除去するために真空乾燥炉中で100℃、8時間以上乾燥して使用した。
【0021】
より具体的には、図3(a)に示すように、本発明に係る実施例1(飛行中Ni)及び実施例2(飛行中WC−Co)に係る被着を行ない、図3(b)(c)に示す比較例1〜4の方法と比較した。図3(b)に示すように、比較例1(基材上で同時Ni)及び比較例2(基材上で同時WC−Co)は、従来例(図13)と同様の方法での被着であり、基材の皮膜材料のスプレーポイントにレーザ照射位置が交差するようにレーザ照射機を配置して行った。図3(c)に示すように、比較例3(後処理Ni)及び比較例4(後処理WC−Co)は、レーザ光を基材に皮膜材料を被着後に後処理により行った。
【0022】
また、スプレーノズル側の装置のコールドスプレーは、図5に示す条件で行った。コーティングに際しては、粉末供給量のキャリブレーションを行い、所定の粉末が供給されるように粉末供給装置を調整した。スプレーノズルと基材間の距離は通常は15mmであるが、レーザヘッドと基材が干渉するために30mmとした。所定の厚さになるようにパス数を調整してコーティングを行った。
【0023】
実施例1(飛行中Ni)及び実施例2(飛行中WC−Co)、比較例1(基材上で同時Ni)及び比較例2(基材上で同時WC−Co)においては、照射するレーザのエネルギー密度を変化させるためにビームの大きさを4mm×4mm一定とし、レーザ出力を0kW,1.0kW,1.5kW,2.0kWの4水準として変化させた。トラバース速度は、50mm/sとした。
比較例3(後処理Ni)においては、レーザヘッドをロボットに取り付けて、トラバース速度は10mm/s,25mm/s,50mm/sの3水準とし、ビームの大きさを2mm×2mmとし、レーザ出力を1.5kW,2.0kWの2水準として、これらを組み合わせて処理を行った。
比較例4(後処理WC−Co)においては、レーザヘッドをロボットに取り付けて、トラバース速度は50mm/s一定とし、エネルギー密度を変化させるためにビームの大きさを2mm×2mm,4mm×4mm,6mm×6mmの3水準、レーザ出力を1.5kW,2.0kWの2水準として、これらを組み合わせて処理を行った。
各レーザ処理に際し、パワーメータを使用して加工端出力を確認してからレーザ処理を行った。
【0024】
そして、実施例1,2,比較例1〜4について、下記の試験,分析を行った。
試験片は精密切断機で切断して、樹脂に埋め込み、自動研磨機で研磨して皮膜組織観察等の試料とした。皮膜組織は、光学顕微鏡組織観察及びEPMA((株)日本電子製JXA-8900M)により微細組織観察及び分析を行った。この他にコーティングによる皮膜構造の変化を調べるためにX線回折装置((株)理学電機製RINT-2200)により構造解析を行った。比較のために用いた原料粉末の分析も行い、コーティング前後の酸化、分解等の有無を調べた。一部の皮膜については、皮膜硬さ評価としてマイクロビッカース硬さ測定を耐摩耗性評価としてスガ式摩耗試験を行った。スガ式摩耗試験は、回転円板外周部に#320のSiC耐水研磨紙を貼り付け荷重をかけながら試験片を往復運動させて試験片を摩耗させ、その摩耗減量で耐摩耗性を評価する方法である。試験は荷重10N、往復運動回数4000回で行った。
【0025】
(1)実施例1(飛行中Ni)の結果
実施例1に係る試料のNi皮膜組織を図6に示す。実施例1においては、コールドスプレーの飛行粒子速度は、700m/sを超えていて非常に速いので、ビームの大きさを4mm×4mmに設定しているためレーザを通過する時間は約6μsという非常に短い時間である。そのため皮膜断面組織に大きな違いは無い。尚、顕微鏡写真中、上層の黒い部分は埋め込んだ樹脂である(以下同じ)。
マイクロビッカース硬さはレーザ出力の上昇に伴ってわずかに増加する傾向が認められた。そこでスガ式摩耗試験により皮膜の耐摩耗性について評価した。測定結果を図7に示す。レーザ出力の上昇に伴って摩耗減量は減少傾向を示している。スガ式摩耗試験結果は、皮膜内の粒子間結合度が影響を与えることを示している。非常に短いレーザ照射時間でも皮膜内の粒子間結合度を強化することがわかる。
【0026】
(2)実施例2(飛行中WC−Co)の結果
実施例2に係る試料のWC-Co皮膜組織を図8に示す。皮膜組織中に溶融部などは観察されない。また、気孔が少なく緻密な皮膜が形成されている。出力2.0kWで作成した皮膜は、レーザを照射していない皮膜よりも皮膜厚さが少し厚くなっていることがわかる。
【0027】
(3)比較例1(基材上で同時Ni)の結果
比較例1に係る試料のNi皮膜組織を図9に示す。比較例1では、皮膜のエックス線回折結果では、低いNiOのピークが観察されたことから、レーザ同時照射によって熱的な影響は大きいもののコールドスプレーのキャリアガスによる冷却効果によって、後述の比較例4の方法に比べてあまり溶融しないものと考えられる。皮膜の硬さはどのレーザ出力でも100程度となっていて、レーザ照射無しの皮膜と比較して低い値になっていた。また、比較例1の方法はレーザ照射時間が実施例1よりも長いために熱的な影響が大きく、皮膜の焼きなまし効果が高いと考えられる。これらの結果からレーザ照射条件が短い場合はある程度粒子間結合度を強化する効果があるが、照射時間が長くなると熱的な影響が大きくなるために硬さは低下するので、実施例に比較して劣る。
【0028】
(4)比較例2(基材上で同時WC−Co)の結果
比較例2に係る試料のWC-Co皮膜表面と断面の光学顕微鏡組織を図10に示す。レーザ照射によってどの条件でも皮膜が溶融してブローホールが発生している。特に2.0kWで処理した皮膜は溶融部が非常に大きくなっている。Niと比較して皮膜が溶融しているのはWC-Coの方がNiよりもレーザの吸収率が高いためである。
【0029】
(5)比較例3(後処理Ni)の結果
比較例3に係る試料のNi皮膜組織を図11に示す。この方法では、レーザ出力が高くトラバース速度が遅いほど溶け込み幅が広く、溶け込み深さが深くなっていることが分かる。特に、この方法では、スプレー後にレーザ照射を行うために、基材に対してレーザ光を相対的に行列状に移動させなければならないので、加工時間が多くなり、また、レーザビームの先に照射した部分との重なり条件の最適化が非常に難しいため、基材の表面全体を均一に処理することが困難になる。
【0030】
(6)比較例4(後処理WC−Co)の結果
比較例4に係る試料のWC-Co皮膜の断面の光学顕微鏡組織を図12に示す。WC-Co皮膜はレーザの吸収率がNi皮膜よりも良いためトラバース速度を速くして処理を行っている。エネルギー密度によって皮膜組織は変化していて、その組織は溶融部、熱影響部に分かれている。エネルギー密度が高い2mm×2mm、レーザ出力2.0kWの条件では、デンドライトデンドライト状の組織が観察されている。尚、この部分の定性分析では、C、Cr、Wが検出されており、レーザ照射によって溶け込みが深く基材が溶融したため、基材中のCrが溶融してWとの複炭化物が生成したためと考えられる。これに対して皮膜のみ溶融した皮膜組織では、溶融して凝固することによって粗大化したWC粒子が観察される。この図からエネルギー密度1.0W/mm2/s以上で皮膜が溶融していることがわかる。また、溶融部の有無にかかわらずエネルギー密度の上昇とともにマイクロビッカース硬さが上昇する傾向が認められる。皮膜中にブローホールが発生することを除けば、レーザ後処理は、皮膜硬さを向上させるために有効な手段であると考えられる。しかしながら、上述したように、スプレー後にレーザ照射を行うために、基材に対してレーザ光を相対的に行列状に移動させなければならないので、加工時間が多くなり、また、レーザビームの先に照射した部分との重なり調整が困難になり、基材の表面全体を均一に処理することが困難になる。
【0031】
以上の結果から、比較例1及び比較例2の基材上でコールドスプレーとレーザを同時照射する方法では、エネルギー密度を低くした条件では酸化物等は認められず、均一な皮膜が形成されたものの、単位時間あたりのエネルギー密度が高い条件では、Ni皮膜中に酸化物が、WC-Co皮膜中にη相が確認された。
また、比較例3のNiのレーザ後処理では10W/mm2/s以上で皮膜の溶融が認められた。溶け込み幅は急激に上昇し、溶け込み深さはエネルギー密度の上昇にともなって徐々に深くなる傾向を示した。
比較例4のWC-Coレーザ後処理のレーザ溶融部は著しい硬さの上昇が認められた。また、WC-Coレーザ後処理はエネルギー密度と硬さに相関関係がみとめられ、エネルギー密度が高い条件では、ステンレス基材中のCr、Wとの複炭化物が生成され、皮膜のみ溶融した場合は、再凝固で粒径の大きな炭化物が生成した。
これに対して、本実施例に係る飛行粒子へのレーザ照射では、皮膜組織、X線回折結果にはどの条件においても大きな差は認められなかった。Ni、WC-Coともレーザ出力2.0kW以上からマイクロビッカース硬さに上昇傾向が認められる。また、飛行粒子へレーザ照射したNi皮膜のスガ式耐摩耗性試験では、レーザ出力増加に伴って減少傾向を示し、耐摩耗性が向上した。レーザ同時照射によって成膜した皮膜は、その他のレーザ照射方法と比較して均一な皮膜を短時間で得ることが可能であり、レーザ照射をしていない皮膜よりも耐摩耗性が高くなる。従って、実施例に係るコールドスプレーによる皮膜形成方法は優れているといえる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明によれば、従来からのコールドスプレー法とレーザを組み合わせることによってコールドスプレーの粒子加熱を行い、レーザ照射条件を最適に保つことによって、皮膜の硬さや粒子間結合度を向上させることが可能になり、そのため、高機能化を図ったコーティング技術を提供でき様々な産業分野で導入可能になる。特に、レーザはエネルギーの集中度が高く、局部加熱が可能で入熱の制御が容易であることから、例えば、金型の補修等の分野では有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0033】
K 基材
1 コールドスプレー装置
2 主配管
3 ガス加熱器
4 枝配管
5 粉末供給装置
6 ミキシングチャンバ
7 スプレーノズル
10 レーザ照射機
11 レーザ加工ヘッド
R 粉末の飛行方向
LA レーザ光の照射範囲
MA 粉末の拡散範囲
20 位置調整機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スプレーノズルから皮膜材料の粉末を当該皮膜材料の融点温度未満の作動ガスと共に基板に向けて噴射して、該基板に皮膜材料の皮膜を形成するコールドスプレーによる皮膜形成方法において、
上記スプレーノズルから基板に至る皮膜材料の粉末の経路に該粉末を加熱するレーザ光を照射することを特徴とするコールドスプレーによる皮膜形成方法。
【請求項2】
上記レーザ光の強度は、上記経路を飛行中の粉末を当該粉末の融点温度未満の温度範囲で温度上昇させる強度であることを特徴とする請求項1記載のコールドスプレーによる皮膜形成方法。
【請求項3】
上記レーザ光の照射範囲は、上記粉末の飛行方向に直交する投影面上、該粉末の拡散範囲を包含する範囲であることを特徴とする請求項2記載のコールドスプレーによる皮膜形成方法。
【請求項4】
上記レーザ光は、カライドスコープを通して照射されるYAGレーザであることを特徴とする請求項2または3記載のコールドスプレーによる皮膜形成方法。
【請求項5】
スプレーノズルから皮膜材料の粉末を当該皮膜材料の融点未満の作動ガスと共に基板に向けて噴射して、該基板に皮膜材料の皮膜を形成するコールドスプレー装置において、
上記スプレーノズルから基板に至る皮膜材料の粉末の経路に該粉末を加熱するレーザ光を照射するレーザ照射手段を備えたことを特徴とするコールドスプレー装置。
【請求項6】
上記レーザ照射手段は、カライドスコープを通してYAGレーザを照射することを特徴とする請求項5記載のコールドスプレー装置。
【請求項7】
上記レーザ照射手段の粉末の経路に対するレーザ光の照射位置を調整する位置調整機構を備えたことを特徴とする請求項5または6記載のコールドスプレー装置。

【図5】
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【図7】
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【図13】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−122213(P2011−122213A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−281691(P2009−281691)
【出願日】平成21年12月11日(2009.12.11)
【出願人】(306017014)地方独立行政法人 岩手県工業技術センター (61)
【出願人】(000157083)関東自動車工業株式会社 (1,164)
【Fターム(参考)】