説明

スクロール圧縮機

【課題】固定スクロールラップの壁面温度を低く維持することで高い体積効率を実現することが可能なスクロール圧縮機を提供すること。
【解決手段】固定スクロールラップ6bの外側で、旋回スクロール支持円板9bと旋回摺動する固定スクロール6の摺動面29に深溝26を設けることにより、固定スクロール内壁6d終了部付近の壁面温度低減によって吸入加熱を低減させることができ、体積効率および圧縮効率の更なる向上が可能であるとともに、摺動面積縮小によって旋回スクロール支持円板9bとそれに摺接する固定スクロール6上面との間の摺動損失が低減でき、機械効率も向上させることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空調機、冷凍機、ブロワ、給湯機等に使用されるスクロール圧縮機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鏡板上に渦巻きラップを形成した固定スクロール部品と旋回スクロール部品をかみ合わせ複数の圧縮室を形成し、旋回スクロール部品背面に一定圧を印加することで固定スクロールラップ上面と旋回スクロール支持円板面とがスラスト摺動し、旋回スクロール部品に偏心部を有するクランクシャフトを連結させ、オルダムリングを用いて自転を防止し旋回運動をさせることで、中心に向かって容積を減少させながら圧縮を行っていくスクロール圧縮機において、吸入室を満たす低温、低圧の冷媒ガスは様々な経路で加熱または加圧され、圧縮機の体積効率の低下を招いている。
【0003】
特に体積効率低下に影響を大きく及ぼす経路として、固定スクロールと旋回スクロール支持円板との摺動面を経由した旋回スクロール背面の背圧室から吸入室への漏れ込み、および、高温、高圧のガスにさらされるとともに摺動による摩擦で加熱されて非常に高温となっている固定スクロール部品からの熱伝達などが挙げられる。
【0004】
背圧室から吸入室への漏れ込みに関する対策として特許文献1に開示されているように図7において、吸入室101を半周の環状形状とし、吸入室101を形成する固定スクロール102のラップ巻終り端部103の側壁面104の形状をスクロールラップ曲線と同じインボリュート曲線をなす局部的な凹部構造とし、吸入室101を形成する壁面の形状を固定スクロール102鏡板部を中心とした円弧状曲線とインボリュート曲線とを組み合わせた形状としている。
【0005】
上記構成により、旋回スクロール支持円板と固定スクロール上面との摺動面における背圧室と吸入室とのシール長さを大きく設定できるため、吸入ガスの加熱および加圧抑制による体積効率向上が実現できる。
【特許文献1】特開平6−317268号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記従来の構成では、固定スクロール内壁のインボリュート曲線終了点から吸入口までの範囲において、固定スクロール内壁と旋回スクロール外壁との間に十分大きな隙間が設けられており、吸入口から流入した冷媒ガスが固定スクロール内壁と旋回スクロール外壁とで囲まれて閉じ込まれるまでに約半周の距離が生じる。したがって、その半周の間に高温状態の固定スクロール壁面から冷媒ガスへと熱伝達され、吸入加熱による体積効率の低下が懸念される。
【0007】
上記課題の解決策として、固定スクロールラップ内壁が吸入室までインボリュート曲線で構成された非対称スクロールを採用する方法も考えられる。この構成により、吸入口から旋回スクロール外壁側圧縮室の閉じ込みまでの距離が極小化でき、体積効率の低下を抑制することが可能である。
【0008】
同時に、固定スクロール内壁終了部付近を対称スクロールよりも内側に構成可能であるため、摺動面のシール長さをより長く確保できるため、背圧室から吸入室または圧縮室への冷媒ガスの漏れ込みも抑え、更なる体積効率の向上が見込める。
【0009】
しかし、固定スクロール内壁終了部付近の壁面の温度は依然として高温の状態にあり、壁面から低温の吸入ガスへの熱伝達による吸入加熱および再膨張損失の発生は避けられない。その結果、旋回スクロール外壁側圧縮室が吸入ガスを閉じ込む前に吸入ガスが加熱されれば体積効率が低下するし、閉じ込み後に加熱されれば圧縮動力が増加し、圧縮効率が低下してしまう。
【0010】
本発明は、前記従来の課題を解決するもので、固定スクロールラップの外側で、旋回スクロール支持円板と旋回摺動する固定スクロールの摺動面に深溝を設けることにより、固定スクロール中心部からの熱伝導と熱伝達を減少させて固定スクロール内壁終了部付近の壁面温度を低下し、吸入加熱および再膨張抑制による体積効率および圧縮効率向上が可能なスクロール圧縮機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記従来の課題を解決するために、本発明のスクロール圧縮機は、請求項1記載のとおり、固定スクロールラップの外側で、旋回スクロール支持円板と旋回摺動する固定スクロールの摺動面に深溝を設けたものである。
【0012】
従来の構成では背圧室から吸入室への漏れ込み抑制または吸入口から圧縮室閉じ込みまでの距離短縮による吸入加熱低減にとどまっていたものが、本構成によれば、固定スクロール内壁終了部付近の壁面温度低減によって更に吸入加熱を低減させることができ、体積効率および圧縮効率の更なる向上が可能であるとともに、摺動面積縮小によって旋回スクロール支持円板とそれに摺接する固定スクロール上面との間の摺動損失が低減でき、機械効率も向上させることが可能である。
【発明の効果】
【0013】
本発明のスクロール圧縮機は、固定スクロール壁面温度低減による体積効率および圧縮効率の向上と、摺動面積低減による機械効率の向上が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
第1の発明は、固定スクロールの一部をなす鏡板の一面に直立して形成された渦巻き状の固定スクロールラップに対して、旋回スクロールの一部をなすラップが支持円板上に直立するとともに、固定スクロールラップに類似した形状の旋回スクロールラップを互いに噛み合わせて、両スクロール間に渦巻き形の対称形の一対の圧縮空間を形成し、固定スクロールラップの中心部に吐出室に通じる吐出口を設け、固定スクロールラップの外側には吸入室を設け、自転阻止部材を介して旋回スクロールが固定スクロールに対し旋回運動を行うことによって、各圧縮空間が吸入側より吐出側に向けて連続移行する複数個の圧縮室に区画されて流体を圧縮すべく容積変化するスクロール圧縮機において、固定スクロールラップの外側で、旋回スクロール支持円板と旋回摺動する固定スクロールの摺動面に深溝を設けることにより、高温の吐出ガスから固定スクロール中心部への熱伝達と固定スクロール中心部から外周部への熱伝導の経路において熱抵抗を上昇させ、固定スクロール内壁終了部の壁面温度を低下させることができるため、低温の吸入ガスの加熱を抑制し、旋回スクロール外壁側圧縮室の閉じ込み前では閉じ込み冷媒ガスの高密度化による体積効率向上、閉じ込み後では加熱による圧縮室内圧力上昇の抑制による圧縮効率向上を実現することが可能である。
【0015】
同時に、旋回スクロール支持円板と固定スクロール上面との摺動面において、深溝を設けることで摺動面積が縮小し、摺動損失低減による機械効率向上も実現可能である。
【0016】
なお、旋回スクロール外壁側圧縮室の閉じ込みクランク角と内壁側圧縮室の閉じ込みク
ランク角が概ね180°ずれている対称スクロール構成では、吸入口から旋回スクロール外壁側圧縮室の閉じ込み位置までの吸入ガス助走区間が長いため、吸入加熱低減効果はより大きい。
【0017】
第2の発明は、特に、第1の発明のスクロール圧縮機において、固定スクロールの深溝の深さを固定スクロールラップ溝の深さの1/3以上に設定することにより、冷凍能力の測定ばらつきの範囲を超えた、明確な吸入加熱の低減が可能である。
【0018】
第3の発明は、特に、第1または2の発明のスクロール圧縮機において、旋回スクロール支持円板が旋回運動したときに旋回スクロール支持円板の外周によって描かれる内外の包絡線のうち、内側包絡線よりも内側に深溝を設けることにより、深溝の内部空間と背圧室とを固定スクロール上面の摺動面によって隔離させることができ、その結果、深溝内部空間の圧力を自由に設定することで旋回スクロールと固定スクロールとの摺動面におけるスラスト力の最適化が可能となる。
【0019】
また、深溝の内側壁面と固定スクロール内壁面との距離を極小化させて、固定スクロール内壁終了部付近の壁面温度低下により吸入加熱を更に低減させることが可能となるのと同時に、旋回スクロールが旋回運動したときに、旋回スクロール支持円板の外周エッジ部が深溝の外側壁面のエッジ部と干渉することがないため、エッジ同時の衝突による機械損失増加を防止することも可能である。
【0020】
第4の発明は、特に、第3の発明のスクロール圧縮機において、深溝を吸入室と連通させている。
【0021】
深溝内部空間全体を吸入室と連通させて吸入圧力とさせた場合には、深溝の内側壁面の温度が吸入ガスの温度により近づき、固定スクロール内壁終了部付近の壁面温度の更なる低減により、体積効率および圧縮効率をより一層向上させることが可能となる。
【0022】
また、旋回スクロール支持円板の圧縮室側合計圧力が低下し、旋回スクロール支持円板と固定スクロール上面との摺動面におけるスラスト力が上昇するため、特に低速、低圧縮比の運転条件における旋回スクロールの固定スクロールからの離反を抑制でき、離反に伴う背圧室から吸入室への冷媒ガスの漏れ込みによる体積効率の低下を防止することも可能である。
【0023】
一方、深溝を複数個に分離し、一部を吸入圧力、残りを背圧室の中間圧力に設定した場合には、固定スクロール内壁終了部付近の壁面温度を低下させて吸入加熱を低減させることが可能となるのと同時に、旋回スクロールが固定スクロールから最も離反しやすいクランク角におけるスラスト力を増加させ、他のクランク角ではスラスト力の不要な増加を抑えて、全クランク角でのスラスト力の最適化を図ることができるため、低速、低圧縮比の運転条件での旋回スクロールの離反を防止しながら、スラスト力増加による摺動損失の増大をも防止することが可能である。
【0024】
第5の発明は、特に、第1または2の発明のスクロール圧縮機において、旋回スクロール支持円板外周の外側包絡線よりも外側に深溝の外側壁面を設けることにより、旋回スクロールが旋回運動したときに、旋回スクロール支持円板の外周エッジ部が深溝の外側壁面よりも内側を常に旋回し、深溝の外側壁面のエッジ部と干渉することがないため、エッジ同時の衝突による機械損失増加を防止することが可能である。
【0025】
また、遠心力や圧縮動力による旋回スクロールの微小な傾きで、旋回スクロール支持円板の偏心方向エッジ部と固定スクロール上面とが集中的に摺動することによる機械損失の
増加も防止することができる。
【0026】
第6の発明は、特に、第1〜5のいずれか1つの発明のスクロール圧縮機において、深溝を固定スクロールラップ溝を囲む環状溝とすることにより、固定スクロール内壁の広い範囲において壁面温度を低下させることができ、より一層吸入加熱を低減させることができる。
【0027】
また、深溝を真円形状とすれば、固定スクロール内壁と深溝の内側壁面との距離が一部で大きくなり、吸入加熱低減効果が若干薄れるものの、深溝を旋削することができるため、加工工数低減により、深溝加工による加工コストの増加を抑えることが可能である。
【0028】
第7の発明は、特に、第1〜6のいずれか1つの発明のスクロール圧縮機において、深溝の幅を旋回スクロールの旋回直径よりも大きく設定することにより、旋回スクロール支持円板の外周エッジ部は常に深溝の内側壁面と外側壁面との間を旋回することになり、エッジ部同士の衝突による機械損失増加を防止することができる。
【0029】
第8の発明は、特に、第1〜7のいずれか1つの発明のスクロール圧縮機において、深溝の一部または全域において深溝の内部空間と固定スクロールの反ラップ側空間とを連通し、概ね吸入圧力とすることにより、深溝の内側壁面温度が低下し、その結果固定スクロール内壁終了部付近の壁面温度も低下することで吸入加熱を更に抑制することが可能である。
【0030】
これは、特に密閉容器内部が吸入圧力となっている低圧型圧縮機において構成可能であり、固定スクロールの反ラップ側空間だけが吸入圧力で、電動機などが収められた他の空間は吐出圧力となっているような高圧型圧縮機でも可能であるし、反ラップ側空間の一部が独立し、吸入圧力よりもやや高い中間圧力に設定された場合でも可能である。
【0031】
また、深溝の端部から他端部の全域にわたって固定スクロール上面から反ラップ側面まで貫通した空間とすることで、固定スクロール自体に弾性を持たせることができるため、本体フレームと固定スクロールとをボルト固定したときのボルト締結による応力を深溝外側で吸収し、固定スクロールラップの歪みを抑制することも可能となる。
【0032】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、この実施の形態によって本発明が限定されるものではない。
【0033】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1におけるスクロール圧縮機の縦断面図である。
【0034】
図1において、鉄製の密閉容器1の内部全体は吐出管2に連通する高圧雰囲気となり、その中央部に電動機3、上部に圧縮機構が配置され、電動機3の回転子3aに固定されたクランク軸4の一端を支承する圧縮機構の本体フレーム5が密閉容器1に固定されており、その本体フレーム5に固定スクロール6が取り付けられている。
【0035】
クランク軸4に設けられた主軸方向の油通路7は、その一端が給油ポンプ装置8に通じ、他端が最終的に旋回スクロール9の偏心軸受10に通じている。固定スクロール6と噛み合って圧縮室11を形成する旋回スクロール9は、渦巻き状の旋回スクロールラップ9aと偏心軸受10とを直立させたラップ支持円板9bとからなり、固定スクロール6と本体フレーム5との間に配置されている。
【0036】
固定スクロール6は、鏡板6aと渦巻き状の固定スクロールラップ6bとからなり、固
定スクロールラップ6bの中央部に吐出口12、外周部に吸入室13が配置されている。
【0037】
クランク軸4の主軸から偏心してクランク軸4の上端部に配置された偏心軸14は、旋回スクロール9の偏心軸受10と係合摺動すべく構成されている。旋回スクロール9のラップ支持円板9bと本体フレーム5に設けられたスラスト軸受15との間は、油膜形成可能な微小隙間が設けられている。ラップ支持円板9bには偏心軸受10とほぼ同心の環状シール部材16が遊合状態で装着されており、その環状シール部材16はその内側の背面室17と外側の背圧室18とを仕切っている。
【0038】
給油ポンプ装置8によって吸い上げられたオイルはクランク軸4の油通路7を通り旋回スクロール9の偏心軸受10と偏心軸14との間に形成された軸方向の内部空間20へ導かれ、一方は旋回スクロール9のラップ支持円板9bの背面に設けられた絞り部21を経由して固定スクロール6と本体フレーム5とによって囲まれて形成される背圧室18へと通じ、旋回スクロール9を固定スクロールラップ6bに押さえつける機能を持った背圧調整弁22、オイル供給通路22aを通って吸入室13へと導かれる。もう一方は偏心軸受10、背面室17、主軸受19を通り圧縮機構外部へ排出される。
【0039】
吐出口12の出口側を開閉する逆止弁装置23が固定スクロール6の鏡板6aの平面上に取り付けられており、その逆止弁装置23は薄鋼板製のリード弁23aと弁押さえ23bとからなる。
【0040】
クランク軸4の下端は密閉容器1内に溶接や焼き嵌めして固定された副軸受け24により軸受けされ、安定に回転することができる。副軸受け24はジャーナル軸受け構成となっており、給油ポンプ装置8によって吸い上げられたオイルの一部が副軸受け24へと供給される。
【0041】
圧縮機構にて圧縮されたガスは圧縮機構外周部付近に設けられた下向きガス流路25を通り、図示された点線矢印のごとく回転子3a上部へと導かれる。ここで主軸受け19などを潤滑後排出されたオイルと合流し、回転子3a内部に設けられた回転子通路3cを介して回転子3a下部へと到達後、ガスとオイルの混合流が遠心力によって固定子3b下部コイルエンドに衝突し、気液分離される。気液分離後のガスは固定子3b外周に設けられた固定子通路3dを介して電動機3上部へと導かれ、圧縮機構に設けられた図示されていない上向きガス流路を通って圧縮機構上側空間へ到達後、吐出管2から密閉容器1外部へと吐出される。
【0042】
図2は図1における固定スクロール6の平面図で、固定スクロールラップ溝6cの外側に深溝26を設けている。
【0043】
深溝26の外側壁面26aは旋回スクロール9が旋回運動したときのラップ支持円板9b外周部の描く外側包絡線27よりも外側に位置しており、深溝26の内側壁面26bはラップ支持円板9b外周部の描く内側包絡線28よりも内側に位置している。
【0044】
また、図示されていないが、深溝26の深さは固定スクロールラップ6bの高さと概ね同等としている。
【0045】
以上のように構成されたスクロール圧縮機について、以下その動作、作用を説明する。
【0046】
固定スクロール6の中心部付近における圧縮室11内部の冷媒ガスは高温、高圧の状態にあり、冷媒ガスの持つ熱が固定スクロール6中心部付近の表面に伝達される。固定スクロール6中心部付近の熱は、固定スクロール鏡板6aの中心部から固定スクロール鏡板6
aの外周部へと伝導される。
【0047】
固定スクロールラップ6bの内壁6dと深溝26の内側壁面26bとの距離は十分小さく設定されているため、固定スクロール鏡板6aから固定スクロール内壁6dへの熱伝導される通路が小さく熱抵抗が大きいために、固定スクロール内壁6dの表面温度は上昇しにくくなる。
【0048】
したがって、吸入室13に流入した低温、低圧の吸入ガスが固定スクロール内壁6dから受ける熱量は非常に小さく、吸入ガスの受熱による密度低下を抑制することができる。その結果、吸入ガスを密度の高い状態に維持させることにより体積効率を向上させることが可能となる。
【0049】
また、固定スクロール内壁6d側の圧縮室11が吸入ガスを閉じ込んだ後でのガスの受熱による圧力上昇を抑制することができるため、圧縮動力の上昇を抑え、圧縮効率を向上させることも可能となる。
【0050】
同時に、旋回スクロールラップ支持円板9bと摺動する固定スクロール6上面の摺動面29の面積を縮小させることにより、摺動面29における摺動損失を低減させることができ、機械効率を向上させることが可能となる。
【0051】
さらに、深溝26の外側壁面26aを旋回スクロール9が旋回運動したときのラップ支持円板9b外周部の描く外側包絡線27よりも外側に、深溝26の内側壁面26bをラップ支持円板9b外周部の描く内側包絡線28よりも内側に配置することにより、旋回スクロール9が旋回運動したときに、旋回スクロールラップ支持円板9bの外周エッジ部が深溝26の外側壁面26aと内側壁面26bの間を常に旋回し、深溝26の外側壁面26aおよび内側壁面26bのエッジ部と干渉することがないため、エッジ同時の衝突による機械損失増加を防止することが可能である。
【0052】
深溝26の深さは固定スクロールラップ溝6cの深さの1/3以上に設定することが望ましい。その理由は以下のとおりである。
【0053】
深溝26の深さを固定スクロールラップ溝6cの深さと同等としたときの吸入加熱損失向上量に対し、深溝26の深さが固定スクロールラップ溝6cの深さの1/3のときの吸入加熱損失向上量は概ね1/3となる。一方、深溝26の深さを固定スクロールラップ溝6cの深さと同等としたときの吸入加熱損失向上量は圧縮機の冷凍能力の1〜2パーセントである。したがって、深溝26の深さが固定スクロールラップ溝6cの深さの1/3のときの吸入加熱損失向上量は約0.5パーセント以下となり、冷凍能力の測定ばらつきの範囲内となってしまう。
【0054】
以上のことから、明確な効果を得るためには深溝26の深さを固定スクロールラップ溝6cの深さの1/3以上に設定する必要がある。
【0055】
なお、深溝26の内側壁面26bと固定スクロール内壁6dとの距離は、内壁6dの壁面温度を低下させるためには小さいほど良く、背圧室18と圧縮室11または吸入室13との間の密閉性を向上させるためには大きいほど良いため、適正に設定する必要がある。
【0056】
そのとき、深溝26の内側壁面26bと固定スクロール内壁6dとの距離を最適な一定値に設定するためには、深溝26の内側壁面26bは固定スクロール内壁6dに平行なインボリュート曲線で構成することが望ましい。
【0057】
一方、深溝26の外側壁面26aは旋回スクロールラップ支持円板9bの外周部との干渉を防止するため、旋回スクロールラップ支持円板9b外周部の描く外側包絡線27と同心の円弧形状で構成することが望ましい。
【0058】
また、本実施例では示していないが、図2において背圧調整弁22を中心側へ移動させることで深溝26は端部の無い円環状とすることができ、固定スクロール内壁6dの終了部付近全域において吸入加熱を低減させることができるし、深溝26の内側壁面26bを外側壁面26aと同心円とすることで深溝26の旋削加工が実現し、加工工数を低減させることも可能となる。
【0059】
(実施の形態2)
図3は、本発明の実施の形態2における固定スクロール6の平面図である。
【0060】
深溝26は全周にわたって旋回スクロールラップ支持円板9b外周部の描く内側包絡線28の内側に位置し、いずれのクランク角でも深溝26が背圧室18と連通することはない。
【0061】
深溝26と吸入室13とは吸入連通路30によって連通しており、深溝26の内部空間は常に吸入圧力と同等となっている。
【0062】
この場合、深溝26の内側壁面26bの温度は低温の吸入ガス温度に近付くため、固定スクロール内壁6dの温度もより低下させることができ、吸入ガスの加熱をより低減させることが可能となる。また、深溝26の始端部26cは背圧室18と圧縮室11または吸入室13のいずれの空間にも連通しておらず閉塞状態となっているため、深溝26の内部空間に存在する吸入ガスが深溝26の外側壁面26aによって加熱された状態となっても、深溝26の内部空間は死水領域となり吸入室13への流入による体積効率の悪化はほとんどない。しかし、深溝26の始端部26cを吸入室13と連通させた場合には深溝26の内部空間の加熱された吸入ガスが吸入室13へと流れ込む流路ができ、体積効率を悪化させる可能性があるため、深溝26の始端部26cは閉塞させることが望ましい。
【0063】
また、深溝26の外側壁面26aを旋回スクロール9が旋回運動したときのラップ支持円板9b外周部の描く内側包絡線28よりも内側に配置することにより、旋回スクロール9が旋回運動したときに、旋回スクロールラップ支持円板9bの外周エッジ部が深溝26の内側壁面26bよりも内側を常に旋回し、深溝26の内側壁面26bのエッジ部と干渉することがないため、エッジ同時の衝突による機械損失増加を防止することが可能である。
【0064】
また更なる効果として、深溝26の内部空間を低圧とすることで旋回スクロール9を固定スクロール6に押し付けるスラスト力が増加するため、特に低速、低圧縮比の運転条件における旋回スクロール9の固定スクロール6からの離反を抑制でき、離反に伴う背圧室18から吸入室13への冷媒ガスの漏れ込みによる体積効率の低下を防止することも可能である。
【0065】
しかし、スラスト力が増加しすぎると旋回スクロール9が固定スクロール6の摺動面29に強く押し付けられるようになり、逆に摺動損失の増加によって圧縮機全体の効率が低下することがある。
【0066】
そこで、旋回スクロール9が離反する可能性の高いクランク角でのみスラスト力を増加させ、他のクランク角ではスラスト力が増加し過ぎないように最適化する必要がある。
【0067】
図4は、本発明の実施の形態2におけるもう一つの固定スクロール6の平面図である。
【0068】
深溝26は第一の深溝26d、第二の深溝26e、第三の深溝26fの三個に分割されており、第一の深溝26dと第三の深溝26fは外側壁面26aが旋回スクロールラップ支持円板9bの描く内側包絡線28よりも内側に位置し、吸入室13と連通している。一方、第二の深溝26eは内側壁面26bが内側包絡線28よりも内側に、外側壁面26aが外側包絡線27よりも外側に位置し、背圧室18と連通している。
【0069】
この構成により、固定スクロール内壁6dの終了部付近における壁面温度を低下させることで吸入加熱を低減することが可能であるのと同時に、旋回スクロール9を固定スクロール6に押し付けるスラスト力がさほど必要でないクランク角においては旋回スクロール9の圧縮室11側圧力を上昇させ、摺動損失の不要な増加を防止してスラスト力の最適化を図ることができる。
【0070】
なお、図4では深溝26を三分割した例を挙げたが、分割数を増加させればより詳細なスラスト力の最適化が可能となるし、背圧室18と連通する第二の深溝26eが無くても同様の効果が得られる。
【0071】
(実施の形態3)
図5は、本発明の実施の形態3における固定スクロール6の平面図および断面図である。
【0072】
図5において、深溝26の平面形状は実施の形態2の図3と同様であるが、深さが固定スクロール6の全高と同等、すなわち固定スクロール鏡板背面6e側まで深溝26が貫通している。
【0073】
固定スクロール鏡板背面6e側の空間では、吐出口12から吐出された高温、高圧ガスと深溝26の空間と連通する吸入圧力空間とは図示されていない仕切り部材によって仕切られている。
【0074】
このとき、実施の形態2と同様の効果が得られるのと同時に、固定スクロール6全体に弾性を持たせることができるため、本体フレーム5と固定スクロール6をボルト固定したときの固定スクロール6の外周部で発生した歪みを深溝26で吸収し、固定スクロールラップ6bへ歪みが伝わりにくくなることで、固定スクロールラップ6bの変形による圧縮室11間の仕切り部隙間の増加を防ぎ、歪みによる漏れ損失の増大を防止することが可能である。
【0075】
一方、図6では深溝26の平面形状を実施の形態1の図2と同様とし、深溝26を固定スクロール鏡板背面6e側まで貫通させている。
【0076】
深溝26の内部空間は背圧室18と連通し、吸入圧力よりもやや高い中間圧力となっており、吐出口12から吐出された高温、高圧ガスと深溝26の空間と連通する中間圧力空間とは図示されていない仕切り部材によって仕切られている。
【0077】
このとき、実施の形態1と同様の効果が得られるのと同時に、前述の通り固定スクロールラップ6bの歪みによる漏れ損失の増大を防止することも可能である。
【0078】
なお、本実施例では深溝26を固定スクロール鏡板背面6eまで貫通させているが、貫通させずに十分に深い溝とすることでも歪み低減効果は得られる。
【産業上の利用可能性】
【0079】
以上のように、本発明にかかるスクロール圧縮機は、固定スクロールラップの外側で、旋回スクロール支持円板と旋回摺動する固定スクロールの摺動面に深溝を設けることにより、固定スクロール内壁終了部付近の壁面温度低減によって吸入加熱を低減させることができ、体積効率および圧縮効率の更なる向上が可能であるとともに、摺動面積縮小によって旋回スクロール支持円板とそれに摺接する固定スクロール上面との間の摺動損失が低減でき、機械効率も向上させることが可能であり、HFC系冷媒やHCFC系冷媒を用いたエアーコンディショナー用圧縮機のほかに、自然冷媒CO2を用いたエアーコンディショナーやヒートポンプ式給湯機などの用途にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明の実施の形態1における縦型スクロール圧縮機の縦断面図
【図2】本発明の実施の形態1における固定スクロールの平面図
【図3】本発明の実施の形態2における固定スクロールの平面図
【図4】本発明の実施の形態2におけるもう一つの固定スクロールの平面図
【図5】本発明の実施の形態3における固定スクロールの平面図および断面図
【図6】本発明の実施の形態3におけるもう一つの固定スクロールの平面図および断面図
【図7】従来の固定スクロールの平面図
【符号の説明】
【0081】
6 固定スクロール
6a 鏡板
6b 固定スクロールラップ
6c 固定スクロールラップ溝
9 旋回スクロール
9a 旋回スクロールラップ
9b ラップ支持円板
11 圧縮室
12 吐出口
13 吸入室
26 深溝
26a 外側壁面
26b 内側壁面
27 外側包絡線
28 内側包絡線
29 摺動面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定スクロールの一部をなす鏡板の一面に直立して形成された渦巻き状の固定スクロールラップに対して、旋回スクロールの一部をなすラップが支持円板上に直立するとともに、前記固定スクロールラップに類似した形状の旋回スクロールラップを互いに噛み合わせて、両スクロール間に渦巻き形の対称形の一対の圧縮空間を形成し、前記固定スクロールラップの中心部に吐出室に通じる吐出口を設け、前記固定スクロールラップの外側には吸入室を設け、自転阻止部材を介して前記旋回スクロールが前記固定スクロールに対し旋回運動を行うことによって、前記各圧縮空間が吸入側より吐出側に向けて連続移行する複数個の圧縮室に区画されて流体を圧縮すべく容積変化するスクロール圧縮機であって、前記固定スクロールラップの外側で、前記旋回スクロール支持円板と旋回摺動する前記固定スクロールの摺動面に深溝を設けたことを特徴とするスクロール圧縮機。
【請求項2】
前記固定スクロールの前記深溝の深さが、前記固定スクロールラップ溝の深さの1/3以上である請求項1記載のスクロール圧縮機。
【請求項3】
前記旋回スクロール支持円板が旋回運動したときに前記旋回スクロール支持円板の外周によって描かれる内外の包絡線のうち、内側包絡線よりも内側に前記深溝が設けられている請求項1または2記載のスクロール圧縮機。
【請求項4】
前記深溝が前記吸入室と連通している請求項3に記載のスクロール圧縮機。
【請求項5】
前記旋回スクロール支持円板外周の外側包絡線よりも外側に前記深溝の外側壁面が設けられている請求項1または2記載のスクロール圧縮機。
【請求項6】
前記深溝が前記固定スクロールラップ溝を囲む環状溝である請求項1〜5いずれか1項に記載のスクロール圧縮機。
【請求項7】
前記深溝の幅が前記旋回スクロールの旋回直径よりも大きい請求項1〜6いずれか1項に記載のスクロール圧縮機。
【請求項8】
前記深溝の一部または全域において前記深溝の内部空間と前記固定スクロールの反ラップ側空間とが連通し、概ね吸入圧力となっている請求項1〜7いずれか1項に記載のスクロール圧縮機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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