説明

スチール・コード

【目的】心ワイヤの移動が生じにくく,かつ強度低下の少ないスチール・コードを提供する。
【構成】スチール・コード1は,表面にスパイラル状平面部2a,2bを備えた1本の心ワイヤ2と,その周囲に位置する複数本の側ワイヤ3とが撚り合わされて構成される。心ワイヤ2のスパイラル状平面部の回転方向とスチール・コード1の撚り方向とは同一であり,心ワイヤ2のスパイラル状平面部2a,2bのピッチHと,スチール・コード1の撚りピッチPとの比がH/P≦0.7である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,スチール・コード,特に,ゴム製品,合成樹脂製品等の補強部材として利用されるスチール・コードに関する。
【背景技術】
【0002】
従来からタイヤの補強部材として,1+N構成のスチール・コードが使用されている(特許文献1〜3)。
【特許文献1】特開2001−329476号公報
【特許文献2】特開2005−179878号公報
【特許文献3】特許第3498274号公報
【0003】
しかしながら,上記特許文献1〜3に開示されているスチール・コードを構成する心ワイヤおよび側ワイヤは,いずれも断面が円形のものである。断面が円形の心ワイヤおよび側ワイヤを用いた1+N構成のスチール・コードは,心ワイヤと側ワイヤが滑らかに接触するので,心ワイヤと側ワイヤとの間の摩擦力が小さく,たとえばタイヤに埋込まれて用いられているときに,スチール・コード内部へのゴム浸透性が良好であっても,心ワイヤがスチール・コードの長手方向に移動して側ワイヤの間から飛出し,形の崩れた部分に応力が集中してスチール・コードが早期に破断する不具合や,飛出した心ワイヤによってゴムとスチール・コードとの接着界面が破壊される,いわゆるセパレーションの起点となる不具合が生じることがある。また,スチール・コード内部にゴムが確実に浸透しないこともあり,心ワイヤと側ワイヤとの間の摩擦力(抵抗力)の向上を,ゴム浸透性のみに頼るのは好ましくはない。
【0004】
特許文献4には,心ワイヤに波形型付けを施した1+5構成のスチール・コードが開示されている。心ワイヤを波形に型付けする(波付加工する)ことによって,心ワイヤと側ワイヤとの間の摩擦力が増大し,心ワイヤの移動が生じにくいスチール・コードを得ることができる。しかしながら,波形を付与する程度に心ワイヤを加工すると,心ワイヤに比較的大きな強度低下が生じてしまう。心ワイヤを含むスチール・コードの単位質量当たりの切断強度が大きく低下し,補強材としての強度効率が悪くなる。
【特許文献4】特許第3040025号公報
【発明の開示】
【0005】
この発明は,心ワイヤの移動が生じにくく,かつ強度低下の少ないスチール・コードを提供することを目的とする。
【0006】
この発明によるスチール・コードは,スチール・ワイヤ表面に,その長手方向にスパイラル状に変位している平面部を有する1本のスチール・ワイヤ心線(以下,心ワイヤという)が中心に配置され,心ワイヤとその周囲の複数本のスチール・ワイヤ側線(以下,側ワイヤという)とが撚り合わされている1+N構成のスチール・コードであって,上記心ワイヤのスパイラル状平面部の回転方向と上記スチール・コードの撚り方向とが同一であり,上記心ワイヤのスパイラル状平面部のピッチHと,上記スチール・コードの撚りピッチPとの比がH/P≦0.7であることを特徴とする。心ワイヤの表面のスパイラル状平面部は,1つ(1本)であっても,複数,たとえば,2つ(2本),3つ(3本),4つ(4本)等であってもよい。
【0007】
この発明によると,心ワイヤに対する加工は,その長手方向の平面部の加工であるから,スパイラル状波付け加工や二次元の波付け(クリンプ)加工と比べて心ワイヤの強度低下が小さく,したがって心ワイヤと側ワイヤとを撚合わせることによってつくられるスチール・コードの強度低下も小さい。
【0008】
平面部は,スチール・コードの中心に心ワイヤが配置されている状態において,スパイラル状に変位していればよい(平面部が心ワイヤの表面にスパイラル状に巻き付いているような形態)。心ワイヤが平面部を有し,かつこの平面部がスパイラル状に変位しているので,側ワイヤは心ワイヤの平面部(曲面部と平面部の境界)を比較的小さな角度で複数回斜めに横切ることになる。このため,断面が全長にわたって円形である心ワイヤおよび側ワイヤに比べると,心ワイヤと側ワイヤとの間の摩擦力を大きくすることができる。
【0009】
一実施態様では,心ワイヤの長手方向に直線状に平面部を形成しておき,スチール・コードをつくるときにこの心ワイヤがねじられることによって,結果的に,スチール・コードの中心に心ワイヤが配置されている状態において平面部はスパイラル状に変位したものになる。ねじられていない心ワイヤ自体がスパイラル状平面部を持つものであってもよい。たとえば,心ワイヤをあらかじめねじっておき,ねじられた状態の心ワイヤに直線状の平面部を形成し,その後心ワイヤをねじり戻すと,ねじられていない状態の心ワイヤがスパイラル状の平面部を持つものになる。スチール・コードの中心に配置されている心ワイヤは,ねじれを伴っているものであってもよいし,ねじられていないものであってもよい。いずれにしても,スチール・コードの中心に配置されている状態において,心ワイヤの表面にはその長手方向にスパイラル状に変位した平面部が存在する。
【0010】
この発明によると,心ワイヤのスパイラル状平面部の回転方向とスチール・コードの撚り方向とが同一とされる。心ワイヤのスパイラル状平面部の回転方向とスチール・コードの撚り方向とが逆方向である場合,側ワイヤは心ワイヤの平面部(曲面部と平面部の境界)と大きな角度で交差することになり,心ワイヤと側ワイヤが点接触の状態になる。これにより,フレッティング摩耗によってスチール・コードの疲労性が悪化することがある。心ワイヤのスパイラル状平面部の回転方向とスチール・コードの撚り方向とを同一方向とすることによって,フレッティング摩耗を抑制することができる。
【0011】
またこの発明によると,心ワイヤのスパイラル状平面部のピッチHは上記スチール・コードの撚りピッチPよりも短く,その比がH/P≦0.7に調節されている。上述のように,スパイラル状平面部によって心ワイヤと側ワイヤとの間の摩擦力が増大するので,スチール・コードの長手方向への心ワイヤの移動抵抗が大きくなり,心ワイヤの移動(スチール・コードの端面からの心ワイヤの飛出し)も抑制されてセパレーションが防止される。
【0012】
心ワイヤのスパイラル状平面部のピッチHとスチール・コードの撚りピッチPとの比をH/P≦0.7に調節するのは,たとえ心ワイヤがスパイラル状平面部を持つものであっても,心ワイヤのスパイラル状平面部のピッチHとスチール・コードの撚りピッチPとが近づくにつれて,心ワイヤと側ワイヤの接触状態が,心ワイヤに加工を施していない状態に近づくため,スパイラル状平面部を形成したことによる摩擦力増大効果(心ワイヤの移動抑制効果)が小さくなるからである。ピッチ比H/Pを0.7以下とすることによって,心ワイヤと側ワイヤとの間の十分な摩擦力を確保することができ,心ワイヤの移動を効果的に抑制することができる。また,平面部の存在によって,心ワイヤと側ワイヤとの間にゴムまたは合成樹脂が浸透しやすい隙間を確保することも可能になる。この場合には,ゴムまたは合成樹脂の接着力による相乗効果が生じ,心ワイヤと側ワイヤとの間の移動抵抗を付加的に大きくすることができる。
【0013】
ピッチ比H/Pを小さくするにつれて心ワイヤと側ワイヤとの間の摩擦力が増大する。ピッチ比H/Pを小さくするには,たとえば,心ワイヤのスパイラル状平面部の形成工程と,心ワイヤおよび側ワイヤを撚り合わせる工程とを一つの工程で実施する場合であれば,心ワイヤと側ワイヤとの撚り合わせ工程の撚り速度に対する,心ワイヤのスパイラル状平面部の形成工程のねじり速度を,大きくすればよい。しかしながら,ねじり速度を大きくする調整には限界があるので,ピッチ比H/Pをさらに小さくするには撚線機における心ワイヤおよび側ワイヤの搬送速度を遅くせざるを得ない。このため,あまりにピッチ比H/Pを小さくしようとすると,スチール・コードの製造スピードが遅くなり,スチール・コードの製造効率が悪くなってしまう。好ましくは,心ワイヤのスパイラル状平面部のピッチHと,スチール・コードの撚りピッチPとの比は0.3≦H/Pとされる。ピッチ比H/Pが0.3以上であれば,製造スピードの低下によるスチール・コードの製造効率の悪化も比較的許容できる。
【0014】
この発明はまた,スチール・コードに,ゴムまたは合成樹脂が加硫成形されている複合体を提供する。
【0015】
この発明による複合体は,上記のスチール・コードの周囲から,ゴムまたは合成樹脂が加硫成形されたものである。
【0016】
上述したように,この発明によるスチール・コードは心ワイヤと側ワイヤとの間の摩擦力が十分に大きく,したがって心ワイヤの移動を効果的に抑制することができる。また,心ワイヤに対する加工がその長手方向の平面部の加工であるから,心ワイヤの強度低下は小さく,スチール・コード自体の強度が高い。心ワイヤの移動が抑制され,かつ強度が高い複合体を得ることができる。
【実施例】
【0017】
図1(A)はスチール・コードを,スチール・コードを構成する側ワイヤの一部を省略して示す斜視図である。図1(B)はスチール・コードの拡大横断面図である。
【0018】
心ワイヤ(素線)(コア・ワイヤ)2とその周囲に位置する側ワイヤ(素線)(シース・ワイヤ)3とを撚り合わせることによって,スチール・コード1がつくられる。図1に示すスチール・コード1は,1本の心ワイヤ2が中心に位置し,その周囲に5本の側ワイヤ3が位置する,いわゆる1+5構成のスチール・コードである。
【0019】
スチール・コード1の中心に位置する心ワイヤ2には,その長手方向にスパイラル状(螺旋状)に(心ワイヤ2にあたかも巻付くように)変位している2つ(2本)の平面部2a,2bが,形成されている。以下,スチール・コード1の中心に位置している心ワイヤ2の表面の平面部を,「スパイラル状平面部」と呼ぶ。
【0020】
スパイラル状平面部2a,2bの回転方向と,スチール・コード1の撚り方向は同じ方向であり,スパイラル状平面部2a,2bのピッチHはスチール・コード1の撚りピッチPよりも短い。詳細は後述するが,スパイラル状平面部2a,2bのピッチHと,スチール・コード1の撚りピッチPとの比(以下,ピッチ比H/Pという)はH/P≦0.7,好ましくは0.3≦H/P≦0.7に調節される。図1(A)は,スパイラル状平面部2a,2bのピッチHが9.04mm,スチール・コード1の撚りピッチPが18.1mmであるスチール・コード1を拡大して示しており,このスチール・コード1のピッチ比H/Pは0.499(=9.04/18.1)である。
【0021】
図2(A)〜(D)は,加硫成形によってゴム被覆されたスチール・コード1の横断面を,断面位置(切断位置)をそれぞれ異ならせて示している。
【0022】
スチール・コード1は,上述のように,1本の心ワイヤ2とその周囲に位置する5本の側ワイヤ3とを撚合わせることによってつくられるので,断面とする位置によって,側ワイヤ3の位置は変化する。また,スチール・コード1の中心に位置している心ワイヤ2の平面部2a,2bはスパイラル状に変位しているので,断面とする位置によって平面部2a,2bの位置も変化する。さらに,心ワイヤ2のスパイラル状平面部2a,2bのピッチHとスチール・コード1の撚りピッチPは異なっているので,平面部2a,2bと側ワイヤ3との相対位置も,断面とする位置によって変化する。平面部2a,2bが存在することによって,心ワイヤ2と側ワイヤ3との間の摩擦力が大きくなり,心ワイヤ2の移動を抑制することができる。
【0023】
平面部2a,2bの形状によっては,ゴムまたは合成樹脂が心ワイヤ2と側ワイヤ3との間に十分に浸透し,心ワイヤ2および側ワイヤ3とゴムまたは合成樹脂との間の摩擦力(抵抗力)を付加的に強めることもできる。この場合には,スチール・コード1の長手方向への心ワイヤ2の移動が一層抑制される(心抜け力が高くなる)。
【0024】
図3(A)および(B),ならびに図4(A)および(B)は,スチール・コードの中心に位置する心ワイヤの他の例を示すもので,図3(A)および図4(A)は心ワイヤの斜視図を,図3(B)および図4(B)はその横断面図を示している。心ワイヤは,相対する両側に2つの平面部2a,2bを持つもの(図1(A),(B)の心ワイヤ2)に限られず,3つの平面部2a,2b,2cを持つもの(図3(A),(B)の心ワイヤ2A),または4つの平面部2a,2b,2c,2dを持つものであってもよい(図4(A),(B)の心ワイヤ2B)。もちろん,1つの平面部を持つものであってもよい。
【0025】
図5はスチール・コード製造装置を概略的に示している。図6は平面部加工装置を概略的に示している。
【0026】
スチール・コード製造装置は,2つのバンチャー撚線機10およびバンチャー撚線機20を備えている。撚線機10はスチール製の1本の心ワイヤ2にねじれを加えるものである。撚線機20は心ワイヤ2を中心にして,この心ワイヤ2と心ワイヤ2の周囲に位置する5本のスチール製の側ワイヤ3とを撚りながら束ねることによって,スチール・コード1を製造するものである。スチール・コード1を製造する撚線機20はバンチャー撚線機であるから,心ワイヤ2および側ワイヤ3には撚り工程中にねじれが加わる。スチール・コード製造装置によって1+5構成のスチール・コード(撚線)1がつくられる。
【0027】
撚線機10のフレーム(図示略)にはクレードル12が支持されている。クレードル12は,後述するフライヤが回転しても,ほぼ静止状態に保たれる。このクレードル12に,心ワイヤ2が巻回されたボビン11および平面部加工装置13が設けられている。
【0028】
ボビン11から繰出された心ワイヤ2は,平面部加工装置13に送られる。
【0029】
図6を参照して,平面部加工装置13は一対のロール4を備えている。横断面が円形の単線の心ワイヤ2はこのロール4間を通過し,ロール4によって両側から圧延される。心ワイヤ2の両側に平面部2a,2b(平面部2bは図6において見えない)が形成される。
【0030】
図5に戻って,平面部加工装置13によって平面部2a,2bが形成された心ワイヤ2は,案内ロール14を経て,フライヤ(図示略)のガイドチップに掛けられてフライヤに沿って案内され,案内ロール15を経て撚線機10から送り出される。撚線機10のフライヤが回転することによって,心ワイヤ2にはねじれが加えられる。
【0031】
5つのボビン31のそれぞれに単線の側ワイヤ3が巻回されている。撚線機10から送り出された心ワイヤ2と,ボビン31から繰出された5本の側ワイヤ3とが,集合器32で集められる。集合器32によって束にされた心ワイヤ2および側ワイヤ3が,撚線機20に送られる。
【0032】
撚線機20のフレーム(図示略)にもクレードル22が支持されている。クレードル22には,スチール・コード1を巻取るためのボビン21が設けられている。
【0033】
束にされた心ワイヤ2および側ワイヤ3は,案内ロール23を経て,フライヤ(図示略)のガイドチップに掛けられてフライヤに沿って案内され,案内ロール24を経てボビン21によって巻き取られる。撚線機20のフライヤが回転することにより,心ワイヤ2および5本の側ワイヤ3の束がねじられかつ撚合わされて,スチール・コード(撚線)1となっていく。
【0034】
心ワイヤ2にねじれを加えるための撚線機10のフライヤの回転方向と,スチール・コード1を撚合わせるための撚線機20のフライヤの回転方向は逆方向とされている。撚線機10において心ワイヤ2はボビン11から繰り出され(イン・アウト),撚線機20においてスチール・コード1はボビン21に巻取られる(アウト・イン)ので,心ワイヤ2のねじり方向と,スチール・コード1の撚り方向とは同じ方向になる。
【0035】
分かりやすくするために,撚線機20によるスチール・コード1のねじれ(撚り)方向を+(プラス)で,それとは逆方向のねじれ(撚り)方向を−(マイナス)で表し,フライヤの回転速度に応じた単位長さあたりのねじれ回数を数値によって表すと,たとえば,撚線機10によって心ワイヤ2には「+5」のねじれが加えられ,撚線機20によってスチール・コード1には「+5」のねじれが加えられる。スチール・コード1の中心に位置する心ワイヤ2は,撚線機20によるねじりによって,+5+5=「+10」のねじれを持つものになる。すなわち,完成したスチール・コード1は「+5」のねじれを持ち,そのスチール・コード1の中心に位置する心ワイヤ2は「+10」のねじれを持つものになる。このようにして,心ワイヤ2のスパイラル状平面部2a,2bのピッチHは,スチール・コード1の撚りピッチPよりも短くされる(図1(A)参照)。
【0036】
撚線機10のフライヤ,または撚線機20のフライヤの回転速度のいずれかまたは両方を調整することによって,ピッチ比H/Pは調整(制御)される。
【0037】
心ワイヤ2のねじれ方向およびスチール・コード1の撚り方向が同じであるから,スパイラル状平面部2a,2bの回転方向と,スチール・コード1の撚り方向も同じになる。スパイラル状平面部2a,2bの回転方向とスチール・コード1の撚り方向が逆方向である場合に比べて,心ワイヤ2と側ワイヤ3との接触点(接触範囲)が少なく(小さく)なり,フレッティング摩耗を抑制することができる。
【0038】
もちろん,心ワイヤ2に対する平面部加工およびねじり加工は,あらかじめ別工程で実施しておいてもよいのは言うまでもない。
【0039】
バンチャー撚線機20に代えてチューブラー撚線機を用いてもよい。チューブラー撚線機を用いると,スチール・コード1をつくるときに心ワイヤ2および側ワイヤ3にねじれは加えられず,チューブラー撚線機に入る前の心ワイヤ2および側ワイヤ3のねじれの状態がスチール・コード1においてもそのまま維持される。バンチャー撚線機20に代えてチューブラー撚線機を用いる場合には,心ワイヤ2をねじるバンチャー撚線機10のフライヤの回転方向は,チューブラー撚線機による側ワイヤの撚り方向と同じ方向とされる。
【0040】
ねじれが加えられていない状態の心ワイヤ2にスパイラル状平面部2a,2bを形成し,ねじられていない心ワイヤ2および側ワイヤ3を,バンチャー撚線機によって撚り束ねることによってスチール・コード1をつくるようにしてもよい。たとえば,形成すべきスパイラル平面部の回転方向と逆方向に心ワイヤ2をあらかじめねじっておき,ねじられた状態の心ワイヤ2を平面部加工装置13の一対のロール4に通過させて平面部2a,2bを形成し,その後ねじりを戻すことによって,ねじれが加えられていない状態の心ワイヤ2の表面に,スパイラル状平面部2a,2bを形成することができる。
【0041】
表1は,直径が0.32mmの1本の心ワイヤ2と直径が0.37mmの5本の側ワイヤ3とによって構成される1+5構成のスチール・コード1(被試験体)の計測試験の結果を示すものである。表1には,7個の被試験体(1)〜(7)についての試験結果が示されている。
【0042】
【表1】

【0043】
計測試験は,2つのスパイラル状平面部を持つ心ワイヤが中心に配置されたスチール・コード1(被試験体(1)〜(4))(図1(A),(B)参照)の他に,全く加工を施していない,すなわち,横断面が全長にわたって円形の心ワイヤが中心に配置されたスチール・コード(被試験体(5)),螺旋状に波付された(スパイラル波付加工が施された)心ワイヤが中心に配置されたスチール・コード(被試験体(6)),細かい波が形成された(クリンプ加工が施された)心ワイヤが中心に配置されたスチール・コード(被試験体(7))も作成して行った。
【0044】
計測試験では,各被試験体について,「切断荷重」,「心抜け力」(ゴム付およびゴム無のそれぞれ),および「ゴム浸透率」について計測した。
【0045】
「切断荷重」の計測では,500mmに切断したスチール・コード(被試験体)の両端を,5mm/minの速度で引っ張る引張試験を実施した。スチール・コードが断線したときの荷重を切断荷重とした(単位:N)。
【0046】
「心抜け力」の測定では,ゴム被覆されている状態のスチール・コード(以下,ゴム付スチール・コードという)と,ゴム被覆されていない状態のスチール・コード(以下,ゴム無スチール・コードという)のそれぞれについて,次の計測を行った。
【0047】
ゴム付スチール・コードの心抜け力の計測では,直径3mmのゴム被覆されたスチール・コード(被試験体)を用意し,500mmの長さに切断した。両端50mm分の被覆ゴムを除去し,一端50mmでは側ワイヤ3を切断除去して心ワイヤ2を露出させ,他端50mmでは側ワイヤ3をばらして心ワイヤ2のみを切断除去した。一端の心ワイヤ2および他端の側ワイヤ3を固定して,5mm/minの速度で引張試験を実施した。心ワイヤ2の移動(抜け)が生じたときに計測された最大荷重を,心抜け力とした(単位:N)。
【0048】
ゴム無スチール・コードの心抜け力の測定においても,一端50mmでは側ワイヤ3を切断除去して心ワイヤ2を露出させ,他端50mmでは心ワイヤ2を切断除去した。一端の心ワイヤ2および他端の側ワイヤ3を固定して5mm/minの速度で引張試験を実施した。心ワイヤ2の移動(抜け)が生じたときに計測された最大荷重を心抜け力とした(単位:N)。
【0049】
「ゴム浸透率」の計測では,直径3mmのゴム被覆されたスチール・コード(被試験体)を用意し,100mmの長さに切断した。被覆ゴムを全て除去し,スチール・コード内に浸透しているゴムを剥離しないようにして側ワイヤ3を全て取除き,残った心ワイヤ2の表面に付着しているゴムの付着面積が心ワイヤ2の表面全体に占める割合を目視で判定し,ゴム浸透率とした(単位:%)。
【0050】
(i) スパイラル状平面部2a,2bを有する心ワイヤ2が中心に配置されたスチール・コード1(被試験体(1)〜(4))において,いずれの被試験体においても,心ワイヤ加工のない被試験体(5)と比較して,ゴム無およびゴム付の双方において心抜け力が大きい結果となった。また,被試験体(1)〜(4)において,ピッチ比H/Pが大きくなるにしたがって,ゴム無およびゴム付の双方において,心抜け力が小さくなった。これは,ピッチ比H/Pが大きくなるにしたがって,心ワイヤ2に形成されているスパイラル状平面部2a,2bを側ワイヤ3が横切る回数が少なくなり,心ワイヤ2と側ワイヤ3との間の摩擦力が小さくなるからである。
【0051】
被試験体(4)を参照して,ピッチ比H/Pが0.7を超えると,ゴム無スチール・コードの心抜け力は,心ワイヤ加工のない被試験体(5)を比較して0.8N程度しか上昇しなかった。ゴム無スチール・コードの心抜け力を60N以上に保つには,ピッチ比H/Pを0.7以下とする必要があることが分かった。
【0052】
(ii)ピッチ比H/Pが小さくなるにつれて心抜け力は良好な値となった。ピッチ比H/Pを小さくするには,心ワイヤ2のスパイラル状平面部の形成工程と,心ワイヤ2および側ワイヤ3を撚り合わせる工程とを一つの工程で実施する場合(図5参照),心ワイヤ2と側ワイヤ3との撚り合わる撚線機20の撚り速度に対する,心ワイヤ2のスパイラル状平面部の形成工程における撚線機10のねじり速度を,大きくすればよい。しかしながら,ねじり速度を大きくする調整には限界があるので,ピッチ比H/Pをさらに小さくするには撚線機10,20における心ワイヤ2および側ワイヤ3の搬送速度を遅くせざるを得ない。このため,あまりにピッチ比H/Pを小さくしようとすると,スチール・コード1の製造スピードが遅くなり,スチール・コード1の製造効率が悪くなってしまう。好ましくは,心ワイヤ2のスパイラル状平面部のピッチHと,スチール・コード1の撚りピッチPとの比は0.3≦H/Pとされる。ピッチ比H/Pが0.3以上であれば,製造スピードの低下によるスチール・コード1の製造効率の悪化も比較的許容できる。
【0053】
(iii) 加工が一切施されていない心ワイヤ2をもつスチール・コード(被試験体(5))については,心ワイヤ2と側ワイヤ3との間の接触が滑らかになるので,心抜け力は全試験体の中で最も小さい値となった。ゴム付スチール・コードについての心抜け力が202N程度,ゴム無スチール・コードについての心抜け力は57N程度となり,心ワイヤ2の移動が生じやすいスチール・コードであることが分かる。
【0054】
(iv)波付け加工が施された心ワイヤ2をもつスチール・コード(被試験体(6))については,ゴム付およびゴム無スチール・コードの心抜け力は,それぞれ238.6N,96.5Nとなり,心ワイヤ2の移動が生じにくいことが分かる。しかしながら,切断荷重に着目すると,1754Nの測定結果が得られ,スパイラル状平面部2a,2bを有する心ワイヤ2が中心に配置されたスチール・コード1(被試験体(1)〜(4))に比べて,100N以上低い切断荷重によって断線してしまうことが分かった。これは,心ワイヤ2自体に波形が付与される程度の比較的大きな加工を施すと,心ワイヤ2の強度低下が著しくなり,その結果心ワイヤ2を含むスチール・コードの切断強度が低下するからである。
【0055】
(v) クリンプ加工が施された心ワイヤ2をもつスチール・コード(被試験体(7))についても,心抜け力については良好な値が得られたが,スパイラル状平面部を有する心ワイヤ2が中心に配置されたスチール・コード1(被試験体(1)〜(4))に比べて,150N以上低い切断荷重によって断線してしまうことが分かった。
【0056】
測定試験の結果によると,心ワイヤ2に波付け加工またはクリンプ加工を施すよりも,,心ワイヤ2の表面に平面部の加工を施す方が,強度の高いスチール・コードが得られることが分かった。また,心ワイヤ2の表面の平面部の位置をスパイラル状に変位させて,かつピッチ比H/Pを0.7以下に調整することによって,加工が一切施されていない心ワイヤをもつスチール・コードに比べて,心ワイヤ2の移動を抑制できることが分かった。上述のように,スチール・コード1の製造効率およびフレッティング摩耗の抑制を考慮すると,ピッチ比H/Pは0.3以上とするのが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】(A)はスチール・コードの斜視図を,(B)はその横断面図をそれぞれ示す。
【図2】(A)〜(D)は,ゴム被覆されたスチール・コードの横断面図を,断面とする位置を異ならせてそれぞれ示すものである。
【図3】(A)はスチール・コードの中心に位置する,3つ(3本)の平面部を備えた心ワイヤの斜視図を,(B)はその横断面図を,それぞれ示す。
【図4】(A)はスチール・コードの中心に位置する,4つ(4本)の平面部を備えた心ワイヤの斜視図を,(B)はその横断面図を,それぞれ示す。
【図5】スチール・コード製造装置を概略的に示す。
【図6】平面部加工装置を概略的に示す。
【符号の説明】
【0058】
1 スチール・コード
2,2A,2B 心ワイヤ(スチール・ワイヤ心線)
2a,2b,2c,2d 平面部
3 側ワイヤ(スチール・ワイヤ側線)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スチール・ワイヤ表面に,その長手方向にスパイラル状に変位している平面部を有する1本のスチール・ワイヤ心線が中心に配置され,上記スチール・ワイヤ心線とその周囲の複数本のスチール・ワイヤ側線とが撚り合わされている1+N構成のスチール・コードであって,上記スチール・ワイヤ心線のスパイラル状平面部の回転方向と上記スチール・コードの撚り方向とが同一であり,上記スチール・ワイヤ心線のスパイラル状平面部のピッチHと,上記スチール・コードの撚りピッチPとの比がH/P≦0.7である,
スチール・コード。
【請求項2】
上記スチール・ワイヤ心線のスパイラル状平面部のピッチHと,上記スチール・コードの撚りピッチPとの比が0.3≦H/Pである,請求項1に記載のスチール・コード。
【請求項3】
上記スチール・ワイヤ心線は複数のスパイラル状平面部を持つ,請求項1または2に記載のスチール・コード。
【請求項4】
請求項1から3のいずれ一項に記載のスチール・コードの周囲から,ゴムまたは合成樹脂が加硫成形されている,スチール・コードとゴムまたは合成樹脂の複合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−293165(P2009−293165A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−150040(P2008−150040)
【出願日】平成20年6月9日(2008.6.9)
【出願人】(000003528)東京製綱株式会社 (139)
【Fターム(参考)】