説明

スラグを触媒とした脂肪酸メチルエステルの生成方法

【課題】各脂肪酸メチルエステル生成における触媒を人が取り扱う上での危険性、界面活性成分生成による歩留まりの低下、触媒の高コストの課題を解決できるバイオディーゼル燃料である脂肪酸メチルエステルを生成する方法を提供する。
【解決手段】製鉄所から排出される各種スラグを触媒として用い、油脂をメタノールでエステル交換して、バイオディーゼル燃料となる脂肪酸メチルエステルを生成する。さらに各種鉄鋼スラグを不活性ガス中で高温処理または水を使わない乾式冷却をすることにより、触媒スラグの活性度を上げ、反応効率上げることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製鉄所から排出されるスラグを触媒として用い、油脂(トリグリセライド)をメタノールでエステル交換し、バイオディーゼル燃料の脂肪酸メチルエステルを生成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本の製鉄業では、年間約3800万トンのスラグが製鉄過程の副産物として排出されている。このスラグは製造プロセスにより、主に高炉(BF)スラグ、転炉(LD)スラグ、電炉(EAF)スラグに分類され、それぞれの年間排出量は約2500万トン、約950万トン、約350万トンとなっている(平成18年度,鐵鋼スラグ協会,鉄鋼スラグ統計年報)。
【0003】
高炉スラグはさらに、その冷却方法により徐冷スラグと水砕スラグに分けられる。徐冷スラグは、排出された高炉スラグを冷却ヤードに流し込み、自然放冷と適度の散水によって冷却することにより得られる結晶質の岩石状のスラグである。この徐冷処理は転炉、電炉の両スラグについても採用されている。水砕スラグは、排出された高炉スラグに加圧水を噴射すると同時に水流の中に投入し、急激に冷却することにより得られるため、ガラス質(非晶質)の粒状スラグとなる。また高炉スラグは製銑工程で排出され、銑鉄1トン当たり約290kg生成されている。
【0004】
転炉スラグおよび電炉スラグは製鋼工程で排出され、粗鋼1トン当たりそれぞれ約121kgおよび約123kg生成されている。これら鉄鋼スラグは現在、そのほとんどがそれぞれの特性を生かし、様々な用途で再資源化されている。例として、高炉スラグは天然の岩石に類似した成分を有しており、非アルカリ骨材反応を示すためコンクリート用骨材として用いられ、また水砕スラグには強い潜在水硬性があるのでセメントの原料に用いられている。転炉および電炉スラグは硬質で耐摩耗性にも優れているのでアスファルトコンクリート用骨材に用いられて、内部摩擦が大きいため土工用材や地盤改良用材として用いられている。さらに、これらのスラグは共通してCaOやSiO2などの肥料成分を含有しているので、肥料や土壌改良材などにも用いられている。
【0005】
このように、様々な用途を開発しているにもかかわらず、鉄鋼スラグは常に供給過剰となっているのが現状であり、今後さらなる用途の開発を期待されている。
【0006】
また、近年、温室効果ガスの排出量増大による地球温暖化が危惧されている。そのため、カーボンニュートラルの考え方から温室効果ガスの排出量が化石燃料より低いバイオマス燃料の生産量が増大している。
【0007】
化石燃料である軽油の代替燃料として脂肪酸メチルエステルを主成分としたバイオディーゼル燃料が、世界各国で生産され、その生産量も年々増加している。ドイツ、オーストリアは、ナタネ油を原料として水酸化カリウム、水酸化ナトリウムを触媒とし、脂肪酸メチルエステルをエステル交換で生成させている。アメリカは、大豆油を原料として水酸化カリウム、水酸化ナトリウムを触媒とし、脂肪酸メチルエステルをエステル交換で生成させている。
【0008】
しかし、脂肪酸メチルエステルを生成させる触媒としての水酸化カリウムと水酸化ナトリウムは、人間に対し危険性を持った物質でその取り扱いに注意を要するという問題点がある。
【0009】
また、水酸化カリウムまたは水酸化ナトリウムは、油脂のメタノールによるエステル交換反応中に、油脂に含まれる遊離脂肪酸と反応し、界面活性物質である脂肪酸カリウムまたは脂肪酸ナトリウムと水を生成することにより、さらに、油脂自体からも、脂肪酸カリウムまたは脂肪酸ナトリウムを生成し、脂肪酸メチルエステル生成を抑制するため、歩留まりを低下させる問題点がある。
【0010】
そのため、水酸化カリウムまたは水酸化ナトリウムなどのアルカリ触媒を使用せずに、油脂を全て、遊離脂肪酸に分解後、亜臨界反応条件下でメチルエステル化し脂肪酸メチルエステルを生成させる方法(特許文献1)が開発され、触媒の人間への取り扱いに関する危険性や歩留まり低下を回避できた。しかし、亜臨界の反応装置は、高温高圧に耐える必要があるため、反応装置が高価である。そのため、装置の設備コストが高いために、脂肪酸メチルエステルの生成コストが高くなる問題点がある。
【0011】
また、触媒を使用しても、触媒を人間が取り扱う危険性や歩留まり低下を回避できる脂肪酸メチルエステルを生成する方法として、イオン交換樹脂を触媒として用いた脂肪酸メチルエステルの生成方法(特許文献2)やペロブスカイト型構造を有する複合金属酸化物を含む触媒として用いた脂肪酸メチルエステルの生成方法(特許文献3)が開発されているが、触媒の製造コストが高く、脂肪酸メチルエステルの生成コストが高くなる問題点がある。
【0012】
【特許文献1】特開2007−9017公報
【特許文献2】特開2007−14871公報
【特許文献3】特開2002−294277公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
油脂のメタノールによるエステル交換反応による脂肪酸メチルエステル生成するためには、酸性触媒または塩基性触媒を用いることによって、それぞれの反応に併せた最適条件設定を必要とする。しかし、鉄鋼スラグは、酸性触媒成分のSiO2・Al2O3と塩基性触媒成分のCaOが共存しており、性質の異なる触媒共存下での油脂のメタノールによるエステル交換反応による脂肪酸メチルエステル生成する方法は提供されていなかった。よって、本発明は、脂肪酸メチルエステル生成における触媒を人が取り扱う上での危険性、界面活性成分生成による歩留まりの低下、触媒の高コストの課題を解決することにある。また、本発明により、供給過剰状態にある鉄鋼スラグの新たな用途を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、製鉄所から排出される各種スラグを触媒として用い、油脂をメタノールでエステル交換して、バイオディーゼル燃料となる脂肪酸メチルエステルを生成させる方法を提供する。加えて、不活性ガス中で高温処理または水を使わない乾式冷却をすることにより、触媒スラグの活性度を上げ、脂肪酸メチルエステルの生成方法の反応効率上げる方法も提供する。
【発明の効果】
【0015】
製鉄所で排出される塩基度1以上のスラグが、油脂とメタノールをエステル交換させる触媒として働き、脂肪酸メチルエステルを生成する。
【0016】
触媒としての鉄鋼スラグは、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、イオン交換樹脂など比較し、格段に低価格である。そのため、スラグを触媒として用いることによって、バイオディーゼル燃料としての脂肪酸メチルエステルの生成の触媒コストが低減でき、結果として、バイオディーゼル燃料としての脂肪酸メチルエステルの製造コストを低下する効果があり、供給過剰となっている鉄鋼スラグの用途を提供できる効果もある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
触媒として用いるスラグは、塩基度(酸化カルシウム/酸化ケイ素の比)が3以上であることが好ましいが、高炉スラグのような塩基度約1前後のスラグでも、請求項2に示す不活性ガス中で高温処理または水を使わない乾式冷却をすることにより、触媒スラグの活性度を上げ、脂肪酸メチルエステルの生成方法の反応効率上げる処理によって、ある程度脂肪酸メチルエステルを生成可能である(図1、BF slag1:水砕スラグ、BF slag2:乾式冷却スラグ)。
【0018】
塩基度3前後の製鋼スラグ(LD slag)であっても、請求項2に記載の熱処理無しでは、触媒効果を示さない(図1 LD slag 1)。しかし、約1000℃で熱処理すると、6時間のメチルエステル交換反応時間で56%の生成率となる(LD slag 2)。さらに、不活性ガス(Ar)中で熱処理したスラグ(LD slag 3)を用いて、メチルエステル交換反応時間を9時間まで各1時間毎にサンプリングした結果を、図1に示した。9時間で82%の生成率となる。また、比較的新しい製鋼スラグ(LD slag 4)塊を粉砕し、空気中で熱処理すると、メチルエステル交換反応時間6時間でも、92%の生成率であることから、スラグの保存方法が重要である。
【0019】
油脂は、遊離脂肪酸含有量が低い植物油または動物油が好ましい。しかし、遊離脂肪酸を含有しても、触媒としてのスラグの添加量を増加させることによって、油脂とメタノールによるエステル交換反応を進行させ、脂肪酸メチルエステルを生成させることは可能である。
【0020】
油脂とメタノールのメチルエステル交換は、反応温度として60℃が最適であるが、40〜100℃の範囲で温度が高いほどまた、反応時間を長くすることによって、脂肪酸メチルエステルを生成できる。
【0021】
油脂に添加するメタノール量は、400g/油脂kgが最適であるが、200g/油脂kg〜400g/油脂kgの範囲であれば、エステル交換反応は進行し、脂肪酸メチルエステルを生成できる。
【0022】
油脂とメタノールのエステル交換において、反応温度は、60℃が望ましいが、20〜90℃の範囲で、メタノール添加量400g/油脂kg以上、反応時間は、4時間以上が好ましい。
【0023】
触媒スラグの量は、500g/油脂kg以上が望ましいが、50〜500g/油脂kgの範囲で、メチルエステルは生成可能である。この場合、反応時間を長く、温度を高くすることが望ましい。
【実施例1】
【0024】
高炉スラグを触媒とした脂肪酸メチルエステルの生成
図1のBF slag 1およびBF slag 2は、それぞれ高炉水砕スラグおよび高炉スラグを乾式急冷したものである。表1は、高炉スラグを使用した場合の油脂100gに対するメチルエステル交換反応条件を示す。BF slag 2は、乾式急冷によって、マーウィナイト(Merwinite)およびゲーレナイト(Gehlenite)の結晶相が混在した形となり、これらがメチルエステル生成の触媒機能を有するものと考えられる。
【表1】

【実施例2】
【0025】
製鋼スラグ(LD slag)を触媒とした脂肪酸メチルエステルの生成
図1のLD slag 1およびLD slag 2は、製鋼スラグをそれぞれ、未処理のまま

用した場合の油脂100gに対するメチルエステル交換反応条件を示す。製鋼スラグを焼成することにより(LD slag 2)、スラグ中CaOが再生され(大気中で放置したため、Ca(OH)2またはCaCO3となっていたためと考えられる)、メチルエステル含有率は、6時間、60℃の反応条件で、56%に上昇した。
【表2】

【実施例3】
【0026】
製鋼スラグ(LD slag)を触媒とした場合の脂肪酸メチルエステルの生成量と時間の関係

の油脂100gに対するメチルエステル生成量の時間変化を示している。また、表3にメチルエステル交換反応条件を示す。LD slag2と同じ、製鋼スラグをAr中で焼成することにより(LD slag 3)、メチルエステル交換反応時間9時間で、82.4%に上昇することがわかる。
【表3】

【実施例4】
【0027】
出滓後1ヶ月以内で、乾燥条件に保存した製鋼スラグ塊(LD slag 4)を、粉砕後直ぐ触媒として利用した場合の脂肪酸メチルエステルの生成
図1のLD slag 4は、出滓後1ヶ月以内で、乾燥条件に保存した製鋼スラグ塊を、10

油脂100gに対するメチルエステル交換反応条件を示す。製鋼スラグ塊を、粉砕、熱処理した、LD slag 4では、メチルエステル含有率は、6時間、60℃の反応条件で、96%に上昇した。LD slag 3の6時間、59.4%に比較してかなりの反応率の上昇が得られた。
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、バイオディーゼル燃料としての脂肪酸メチルエステル製造に利用でき、鉄鋼スラグを触媒として使用することにより、触媒コスト低減に有効である。また、セメント原料や路盤材や土壌改良材など用途があっても供給過剰な鉄鋼スラグの用途を提供でき、鉄鋼スラグの利用可能性を広げるものである。さらに、植物油を原料としたバイオディーゼル燃料としての脂肪酸メチルエステル製造に本発明を用いることによって、地球温暖化の原因物質である温室効果ガスの二酸化炭素排出量を軽減でき、地球温暖化防止に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】各種スラグの脂肪酸メチルエステル化に対する触媒特性

【特許請求の範囲】
【請求項1】
製鉄所から排出される各種スラグを触媒として用い、油脂をメタノールでエステル交換して、バイオディーゼル燃料となる脂肪酸メチルエステルを生成させる方法。
【請求項2】
不活性ガス中で高温処理または水を使わない乾式冷却をすることにより、触媒スラグの活性度を上げ、反応効率上げる請求項1に記載の脂肪酸メチルエステル生成方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−239941(P2008−239941A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−110977(P2007−110977)
【出願日】平成19年3月25日(2007.3.25)
【出願人】(302040559)有限会社フィールドテクノロジー研究室 (3)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(591190955)北海道 (121)
【Fターム(参考)】