説明

スルホン酸基導入無定形炭素、その製造法、及びその用途

本発明は、13C核磁気共鳴スペクトルにおいて縮合芳香族炭素6員環及びスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環の化学シフトが検出され、粉末X線回折において半値幅(2θ)が5〜30°である炭素(002)面の回折ピークが少なくとも検出され、プロトン伝導性を示すことを特徴とするスルホン酸基が導入された無定形炭素を提供する。 このスルホン酸基導入無定形炭素は、プロトン伝導性、酸触媒機能、熱安定性、化学的安定性に優れ、また、低コストで製造可能であることから、プロトン伝導性材料、固体酸触媒として非常に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スルホン酸基が導入された無定形炭素に関するものである。このスルホン酸基導入無定形炭素は、プロトン伝導性材料や固体酸触媒などとして利用できる。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質型燃料電池は、燃料極と空気極との間にプロトン伝導膜を配置するタイプの燃料電池であり、小型化、軽量化が可能であるため、車搭載型の燃料電池として期待されている。
【0003】
高分子電解質型燃料電池のプロトン伝導膜としては、ナフィオン(登録商標、デュポン社)が使用されている。しかし、ナフィオンは、熱的・化学的安定性が低いため、電池を高い温度で作動させることができない。ナフィオンを使用した燃料電池において低温でも十分な出力を得るためには、空気極に大量の白金触媒(空気極の40〜60重量%相当)を使用する必要があり、これが燃料電池のコストを高くしている。また、ナフィオンそのもののコストも高い。現在、ナフィオンに代わる新たなプロトン伝導性材料の開発が進められているが、未だ実用化には至っていない(非特許文献1、特許文献1、特許文献2)。
【0004】
ところで、固体酸触媒は、分離・回収に中和や塩の除去といったプロセスが不要であり、不必要な副産物を生産することなく省エネルギーで目的物を作ることができるため、従来から積極的にその研究が進められてきた(非特許文献2)。その結果、ゼオライト、シリカ−アルミナ、含水ニオブ等の固体酸触媒が化学工業で大きな成果を挙げ、社会に大きな恩恵をもたらしている。また、前述したナフィオンも親水性を有する非常に強い固体酸(固体超強酸)であり、液体酸を上回る酸強度をもつ超強酸として働くことが既に知られている。しかし、ナフィオンのようなポリマー性の固体酸触媒は熱に弱く、また、工業的に利用するには高価すぎるという問題点がある。このように、性能およびコストなど面から固体酸触媒が液体の酸触媒より有利な工業的プロセスの設計は難しく、現在のところほとんどの化学産業は液体の酸触媒に依存しているといえる。このような現状において性能、コスト面で液体の酸を凌ぐ固体酸触媒の出現が望まれている。
【0005】
【非特許文献1】HIGHTEMPETATURE MEMBRANES FOR SOLID POLYMER FUEL CELLS,ETSU F/02/00189/REP,Contractor Johnson Matthey Technology Centre,Prepared by Martin Hogarth Xavier Glipa,Crown Copyright,2001,Pi−15、特に第4ページ、Table11
【非特許文献2】Ishihara,K;Hasegawa,A;Yamamoto,H.Angew.Chem..Int.Ed.2001,40,4077.
【特許文献1】特開2003−217341号公報
【特許文献2】特開2003−342241号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上のように、プロトン伝導性材料及び固体酸触媒として利用可能な物質に対する社会的要求は非常に大きい。本発明は、このような背景の下になされたものであり、プロトン伝導性材料及び固体酸触媒として利用可能な新規な物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、芳香族炭化水素類を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理して得られる無定形炭素が、プロトン伝導性及び酸触媒機能を持ち、かつ熱的・化学的に安定性が高いことを見出し、この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(15)を提供するものである。
(1)スルホン酸基が導入された無定形炭素を含有するプロトン伝導性材料。
(2)スルホン酸基が導入された無定形炭素のプロトン伝導度が、0.01〜0.2Scm−1(温度80℃、湿度100%条件下で交流インピーダンス法による)である、(1)記載のプロトン伝導性材料。
(3)スルホン酸基が導入された無定形炭素の硫黄含有量が、0.3〜15atm%である、(1)又は(2)記載のプロトン伝導性材料。
(4)スルホン酸基が導入された無定形炭素が、芳香族炭化水素類を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理して得られるものである、(1)乃至(3)のいずれか記載のプロトン伝導性材料。
(5)加熱処理温度が、100℃〜350℃である、(4)記載のプロトン伝導性材料。
(6)芳香族炭化水素類が、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ペリレン、及びコロネンからなる群から選ばれる少なくとも1種である、(4)又は(5)記載のプロトン伝導性材料。
(7)13C核磁気共鳴スペクトルにおいて縮合芳香族炭素6員環及びスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環の化学シフトが検出され、粉末X線回折において半値幅(2θ)が5〜30°である炭素(002)面の回折ピークが少なくとも検出され、プロトン伝導性を示すことを特徴とするスルホン酸基が導入された無定形炭素。
(8)粉末X線回折において炭素(002)面の回折ピークのみが検出される(7)記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
(9)スルホン酸密度が0.5〜8mmol/gである(7)又は(8)記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
(10)スルホン酸密度が1.6〜8mmol/gである(7)又は(8)記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
(11)スルホン酸密度が3〜8mmol/gである(7)又は(8)記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
(12)プロトン伝導度が、0.01〜0.2Scm−1(温度80℃、湿度100%の条件下で交流インピーダンス法による)である(7)乃至(11)のいずれか記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
(13)有機化合物を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理する工程を含む(7)乃至(12)のいずれか記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素の製造方法。
(14)有機化合物を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理する工程を不活性ガス又は乾燥空気気流中で行うことを特徴とする請求項13記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素の製造方法。
(15)有機化合物を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理する工程の後に、加熱処理物を真空加熱することを特徴とする請求項14又は15記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によって提供されるスルホン酸基導入無定形炭素は、プロトン伝導性、酸触媒機能、熱安定性、化学的安定性に優れ、また、低コストで製造可能であることから、プロトン伝導性材料、固体酸触媒として非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】有機化合物からスルホン酸基導入無定形炭素を製造する工程を概念的に表した図。
【図2】スルホン酸基導入無定形炭素(原料:ナフタレン)を触媒とした場合の酢酸エチル生成の経時的変化を示す図。
【図3】スルホン酸基導入無定形炭素(原料:コロネン)を触媒とした場合の酢酸エチル生成の経時的変化を示す図。
【図4】スルホン酸基導入無定形炭素(原料:重油)を触媒とした場合の酢酸エチル生成の経時的変化を示す図。
【図5】実施例4で得られたスルホン酸基導入無定形炭素の13C核磁気共鳴スペクトル。
【図6】実施例4で得られたスルホン酸基導入無定形炭素の粉末X線回折パターン。
【図7】実施例4〜6で得られたスルホン酸基導入無定形炭素の酢酸エチルの生成速度を示す図。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
〔1〕スルホン酸基導入無定形炭素
本発明のスルホン酸基導入無定形炭素は、以下の(A)、(B)及び(C)の性質を持つことを特徴とするものである。
(A)13C核磁気共鳴スペクトルにおいて縮合芳香族炭素6員環及びスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環の化学シフトが検出される。
(B)粉末X線回折において半値幅(2θ)が5〜30°である炭素(002)面の回折ピークが少なくとも検出される。
(C)プロトン伝導性を示す。
【0012】
上記(B)の性質に関して、検出される回折ピークは(002)面以外のものがあってもよいが、(002)面の回折ピークのみが検出されることが好ましい。
【0013】
上記(C)の性質に関して、プロトン伝導度は特に限定されないが、0.01〜0.2Scm−1であることが好ましく、0.08〜0.11Scm−1であることが更に好ましい(前記プロトン伝導度は、温度80℃、湿度100%条件下、交流インピーダンス法によって測定される値である。)。
【0014】
また、本発明のスルホン酸基導入無定形炭素は、以下の(D)及び/又は(E)の性質を持つものであってもよい。
(D)スルホン酸密度が0.5〜8mmol/gである。
(E)スルホン酸基が結合した炭素原子が全炭素原子の3%〜20%である。
【0015】
上記(D)の性質に関し、スルホン酸密度は0.5〜8mmol/gであればよいが、1.6〜8mmol/gであることが好ましく、3〜8mmol/gであることが更に好ましい。
【0016】
本発明のスルホン酸基導入無定形炭素は、後述するプロトン伝導性材料として利用できるほか、固体酸触媒、イオン交換体、イオン選択性材料などにも利用することもできる。
〔2〕スルホン酸基導入無定形炭素の製造方法
本発明のスルホン酸基導入無定形炭素の製造方法は、有機化合物を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理する工程を含むものである。この工程の概略を図1に示す。有機化合物を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理すると、炭化、スルホン化、環同士の縮合が起きる。この結果、図1に示すようなスルホン酸基が導入された無定形炭素が生成する。
【0017】
濃硫酸又は発煙硫酸中の有機化合物の加熱処理は、窒素、アルゴン等の不活性ガス気流中、あるいは乾燥空気気流中で行うことがスルホン酸密度の高い無定形炭素を製造する上で必要である。より好ましい処理は有機化合物を加えた濃硫酸又は発煙硫酸に窒素、アルゴン等の不活性ガス、あるいは乾燥空気を吹き込みながら加熱を行うことである。濃硫酸と芳香族化合物の反応によって芳香族スルホン酸と水が生成するが、この反応は平衡反応である。したがって反応系内の水が増えると、逆反応が早く進むため、無定形炭素に導入されるスルホン酸の量が著しく低下する。不活性ガスや乾燥空気気流中で反応を行うか、反応系にこれらのガスを吹き込みながら反応を行い、水を反応系から積極的に除去することによって高いスルホン酸密度をもつ無定形炭素を合成することができる。
【0018】
加熱処理においては、有機化合物の部分炭化、環化及び縮合などを進行させると共に、スルホン化を起こさせる。従って、加熱処理温度は、前記反応を進行させる温度であれば特に限定されないが、工業的には、100℃〜350℃、好ましくは150℃〜250℃である。処理温度が100℃未満の場合、有機化合物の縮合、炭化が十分でなく、炭素の形成が不十分であることがあり、また、処理温度が350℃を超えると、スルホン酸基の熱分解が起きる場合がある。
【0019】
加熱処理時間は、使用する有機化合物や処理温度などによって適宜選択できるが、通常、5〜50時間、好ましくは10〜20時間である。
【0020】
使用する濃硫酸又は発煙硫酸の量は特に限定されないが、有機化合物1モルに対し、通常、2.6〜50.0モルであり、好適には6.0〜36.0モルである。
【0021】
有機化合物としては、芳香族炭化水素類を使用することができるが、それ以外の有機化合物、例えば、グルコース、砂糖(スクロース)、セルロースのような天然物、ポリエチレン、ポリアクリルアミドのような合成高分子化合物を使用してもよい。芳香族炭化水素類は、多環式芳香族炭化水素類でも単環式芳香族炭化水素類でもよく、例えば、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ペリレン、コロネンなどを使用することができ、好適には、ナフタレンなどを使用することができる。有機化合物は、一種類だけを使用してもよいが、二種類以上を組み合わせて使用してもよい。また、必ずしも精製された有機化合物を使用する必要はなく、例えば、芳香族炭化水素類を含む重油、ピッチ、タール、アスファルトなどを使用してもよい。
【0022】
グルコース、セルロース等の天然物や合成高分子化合物を原料とするときは、濃硫酸又は発煙硫酸中での加熱処理の前に、これらの原料を不活性ガス気流中で加熱し、部分炭化させておくことが好ましい。このときの加熱温度は、通常、100〜350℃であり、処理時間は、通常、1〜20時間である。部分炭化の状態は、加熱処理物の粉末X線回折パターンにおいて、半値幅(2θ)が30°の(002)面の回折ピークが検出されるような状態が好ましい。
【0023】
芳香族炭化水素類、又はこれを含む重油、ピッチ、タール、アスファルトなどを原料とする場合、濃硫酸又は発煙硫酸中での加熱処理の後、生成物を真空加熱することが好ましい。これは、過剰の硫酸を除去すると共に、生成物の炭化・固化を促進させ、生成物の収率を増加させる。真空排気は排気速度10L/min以上、到達圧力100torr以下の排気装置を用いることが好ましい。好ましい加熱温度は140〜300℃、より好ましい温度は200〜280℃である。この温度における真空排気の時間は、通常2〜20時間である。
〔3〕プロトン伝導性材料
本発明のプロトン伝導性材料は、スルホン酸基が導入された無定形炭素を含有するものである。本発明のプロトン伝導材料は、スルホン酸基導入無定形炭素のみからなってもよいが、それ以外の他の成分を含んでいてもよい。
【0024】
本発明のプロトン伝導性材料に含まれるスルホン酸基導入無定形炭素は、スルホン酸基を持ち、無定形炭素としての性質を示す物質であればどのようなものでもよい。ここで「無定形炭素」とは、炭素からなる物質であって、ダイヤモンドや黒鉛のような明確な結晶構造を持たない物質をいい、より具体的には、粉末X線回折において、明確なピークが検出されないか、あるいは幅の広いピークが検出される物質を意味する。
【0025】
好適なスルホン酸基導入無定形炭素としては、上述した本発明のスルホン酸基導入無定形炭素を挙げることができ、また、上述した(C)の性質を持ち、更に、以下の(F)、(G)、及び(H)の性質を持つスルホン酸基導入無定形炭素を挙げることもできる。
(F)水に不溶である。
(G)酸触媒としての機能を持つ。
(H)硫黄含有量は、通常0.3〜15atm%であり、好適には3〜10atm%である。
【0026】
本発明のプロトン伝導性材料は、耐熱性、化学的安定性、コスト性に優れており、燃料電池用のプロトン伝導膜の材料として有用である。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【0028】
最初に本実施例で用いた測定装置及び測定法について説明する。
【0029】
13C MAS(Magic angle spinning)核磁気共鳴スペクトルの測定:ASX200(Bruker社製、測定周波数:50.3MHz)を使用して測定した。
【0030】
X線解析装置:Geigerflex RAD−B,CuKα(株式会社リガク社製)を使用した。
【0031】
閃光燃焼を用いた元素分析計:CHSN−932(米国LECO社製)を使用した。
【0032】
プロトン伝導度の測定:交流インピーダンス法によって測定した。即ち、100%相対湿度下に置かれた直径10mmのフィルム状試料を、白金電極に挟み、密閉セルに封入し、インピーダンスアナライザー(HYP4192A)を用いて、周波数5〜13MHz、印加電圧12mV、温度20℃、50℃、100℃にてセルのインピーダンスの絶対値と位相角を測定した。得られたデータは、コンピュータを用いて発振レベル12mVにて複素インピーダンス測定を行い、プロトン伝導度を算出した。
【0033】
スルホン酸密度の測定:製造した材料1gを蒸留水100mLに分散させ、0.1M水酸化ナトリウム水溶液で滴定することによって求めた。なお、中和点はpHメータを用いて決定した。
〔実施例1〕 ナフタレンからのスルホン酸基導入無定形炭素の製造
20gのナフタレンを300mlの濃硫酸(96%)に加え、250℃で15時間加熱した後、過剰の濃硫酸を250℃での減圧蒸留によって除去し、黒色粉末を得た。この黒色粉末を300mlの蒸留水で洗浄し、洗浄後の蒸留水中の硫酸が元素分析の検出限界以下になるまでこの操作を繰り返し、スルホン酸基が導入された無定形炭素を得た。
【0034】
このスルホン酸基導入無定形炭素の粉末を加圧成型することによって、厚さ0.7mm、直径10mmのディスクを作製し、ディスクの片面に白金を蒸着した後、前述した交流インピーダンス法によってプロトン伝導度を測定した。80℃、湿度100%における上記スルホン酸残基導入無定形炭素のプロトン伝導度は1.1×10−1Scm−1であることが確認された。この結果は、上記スルホン酸残基導入無定形炭素がナフィオンに匹敵するプロトン伝導度を有することを示している。
〔実施例2〕 コロネンからのスルホン酸基導入無定形炭素の製造
5gのコロネン(C2412)を100ml濃硫酸(96%)に加え、250℃で15時間加熱した後、過剰の濃硫酸を280℃での減圧蒸留によって除去し、黒色粉末を得た。この黒色粉末を300mlの蒸留水で洗浄し、洗浄後の蒸留水中の硫酸が元素分析の検出限界以下になるまでこの操作を繰り返し、スルホン酸基が導入された無定形炭素を得た。
【0035】
このスルホン酸残基導入無定形炭素の粉末を加圧成型することによって、厚さ0.7mm、直径10mmのディスクを作製し、ディスクの片面に白金を蒸着した後、前述した交流インピーダンス法によってプロトン伝導度を測定した。80℃、湿度100%における上記スルホン酸残基導入無定形炭素のプロトン伝導度は0.7×10−2Scm−1であることが確認された。この結果は、上記スルホン酸残基導入無定形炭素がナフィオンに匹敵するプロトン伝導度を有することを示している。
〔実施例3〕 重油からのスルホン酸基導入無定形炭素の製造
10gの重油を300mlの濃硫酸(96%)に加え、250℃で15時間加熱した後、過剰の濃硫酸を250℃での減圧蒸留によって除去し、黒色粉末を得た。この黒色粉末を300mlの蒸留水で洗浄し、洗浄後の蒸留水中の硫酸が元素分析の検出限界以下になるまでこの操作を繰り返し、スルホン酸基が導入された無定形炭素を得た。
【0036】
このスルホン酸残基導入無定形炭素の粉末を加圧成型することによって、厚さ0.7mm、直径10mmのディスクを作製し、ディスクの片面に白金を蒸着した後、前述した交流インピーダンス法によってプロトン伝導度を測定した。80℃、湿度100%における上記スルホン酸残基導入無定形炭素のプロトン伝導度は1.0×10−1Scm−1であることが確認された。この結果は、上記スルホン酸残基導入無定形炭素がナフィオンに匹敵するプロトン伝導度を有することを示している。
〔試験例1〕 X線構造解析
実施例1〜3で製造したスルホン酸残基導入無定形炭素の構造を、前述したX線解析装置を用いて解析した。この結果、実施例1〜3で製造したいずれのスルホン酸残基導入無定形炭素においても、X線回折パターンにはいかなる構造も確認することができず、これらの物質はアモルファスであることがわかった。
〔試験例2〕 硫黄含有量の測定
実施例で1〜3で製造したスルホン酸残基導入無定形炭素を酸素気流中下で燃焼させ、前述した元素分析計を用いて硫黄含有量を測定した。この結果、実施例1、2、3のスルホン酸残基導入無定形炭素の硫黄含有量は、それぞれ7.1atm%、1.5atm%、3.5atm%であり、いずれの物質にも多くのスルホン酸基が存在することが確認された。
〔試験例3〕 熱安定性の評価
実施例1〜3で製造したスルホン酸残基導入無定形炭素の大気中での分解温度を、昇温脱離法(日本ベル株式会社マルチタスクTPD)及び熱重量分析法(島津製作所DTG−60/60H)により測定した。この結果、実施例1、2、3のスルホン酸残基導入無定形炭素の分解温度は、それぞれ250℃、210℃、250℃であり、いずれの物質も熱的安定性が高いことが確認された。
〔試験例4〕 化学的安定性の評価
実施例1〜3で製造したスルホン酸残基導入無定形炭素を150℃で1時間真空排気した後、その0.2gを触媒としてアルゴン雰囲気下の酢酸0.1molとエチルアルコール1.0molの混合溶液に添加し、70℃で6時間攪拌し、反応中に酸触媒反応によって生成する酢酸エチルの生成量をガスクロマトグラフで調べた。また、反応終了後、スルホン酸残基導入無定形炭素を回収し、洗浄後、同じ反応に再度触媒として用い、同様に酢酸エチルの生成量を調べた。なお、比較として同量のナフィオンを触媒として用いた場合の酢酸エチル生成量も調べた。
【0037】
実施例1、2、3で製造したスルホン酸残基導入無定形炭素の実験結果をそれぞれ図2、3、4に示す。これらの図に示すように、いずれのスルホン酸残基導入無定形炭素も酸触媒として機能しており、また、その触媒作用はナフィオンよりも強かった。また、スルホン酸残基導入無定形炭素の触媒作用は、再使用時においても低下しなかった。
【0038】
上記スルホン酸残基導入無定形炭素を150℃のオートクレーブ中で蒸留水と共に72時間加熱した後、ろ別した粉末を150℃で1時間真空排気した後、その0.2gを触媒として上記と同様の反応を行ったところ、いずれのスルホン酸残基導入無定形炭素も加熱処理していないものと同様の触媒作用を示した(図には示さない)。これらの結果は上記スルホン酸残基導入無定形炭素は化学的安定性が高く、150℃の水中においても酸強度が損なわれないことを示している。
〔実施例4〕
(1)ナフタレンからのスルホン酸基導入無定形炭素の製造
20gのナフタレンを300mLの96%濃硫酸に加え、この混合物に窒素ガスを30ml/minで吹き込みながら250℃で15時間加熱することによって黒色の液体が得られた。この液体を排気速度50L/min、到達圧力1×10−2torr以下の高真空ロータリーポンプで真空排気しながら250℃で5時間加熱することによって過剰の濃硫酸の除去と炭化の促進を行い、黒色粉末を得た。この黒色粉末を不活性気流中下180℃で12時間加熱した後、300mLの蒸留水で洗浄し、洗浄後の蒸留水中の硫酸が前述した閃光燃焼を用いた元素分析計による元素分析の検出限界以下になるまでこの操作を繰り返し、スルホン酸基が導入された無定形炭素を得た。得られたスルホン酸基導入無定形炭素の13C核磁気共鳴スペクトルを図5に示す。核磁気共鳴スペクトルは、前述した13CMAS核磁気共鳴スペクトルの測定法に従って測定した。図5に示すように、130ppm付近には縮合芳香族炭素6員環による化学シフトが現れ、140ppm付近にはスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環による化学シフトが現れた。なお、図5中で、SSBと示したピークは、13C MAS核磁気共鳴スペクトルの測定で特徴的に観測されるスピニングサイドバンドであり、炭素種に由来するものではない。図6には前述したX線解析装置で測定した粉末X線回折パターンを示した。図6に示すように、炭素(002)面と(004)面の回折ピークが確認された。(002)面の回折ピークの半値幅(2θ)は11°であった。また、このスルホン酸基導入無定形炭素のスルホン酸密度は4.9mmol/gであった。
【0039】
このスルホン酸基導入無定形炭素の粉末を加圧成型(日本分光社製、10mmΦ錠剤成型器、成型条件:400kg/cm、室温、1分)することによって、厚さ0.7mm、直径10mmのディスクを作製し、ディスクの片面に白金を蒸着した後、前述した交流インピーダンス法によってプロトン伝導度を測定した。プロトン伝導度は1.1×10−1Scm−1であることが確認された。この結果は、上記スルホン酸基導入無定形炭素がナフィオンに匹敵するプロトン伝導度を有することを示している。
(2)ナフタレンから製造されたスルホン酸基導入無定形炭素の固体酸としての利用
上記スルホン酸基導入無定形炭素の粉末を150℃で1時間真空排気した後、その0.2gを触媒としてアルゴン雰囲気下の酢酸0.1molとエチルアルコール1.0molの混合溶液に添加し、70℃で6時間攪拌し、反応中に酸触媒反応によって生成する酢酸エチルの生成速度をガスクロマトグラフで調べた。その結果を図7にA(原料:ナフタレン)として示した。比較のため、スルホン酸基導入無定形炭素の代わりに、0.2gの濃硫酸、ナフィオンを触媒として反応を行い、酢酸エチル生成速度を求めた。この結果を図7にR1(HSO)、R2(ナフィオンNR50)として示した。図7のAに示されるように、スルホン酸基導入無定形炭素の存在下では酢酸エチルの生成が著しく速く、この物質が強い固体酸触媒として機能していることがわかった。
〔実施例5〕
(1)トルエンからのスルホン酸基導入無定形炭素の製造
5gのトルエンを100mLの96%硫酸に加え、この混合物に窒素ガスを30ml/minで吹き込みながら250℃で15時間加熱することによって黒色の液体が得られた。この液体を排気速度50L/min、到達圧力1×10−2torr以下の高真空ロータリーポンプで真空排気しながら250℃で5時間加熱することによって過剰の濃硫酸の除去と炭化の促進を行い、黒色粉末を得た。この黒色粉末を不活性気流中下180℃で12時間加熱した後、300mLの蒸留水で洗浄し、洗浄後の蒸留水中の硫酸が元素分析の検出限界以下になるまでこの操作を繰り返し、スルホン酸基が導入された無定形炭素を得た。得られたスルホン酸残基導入無定形炭素の13C核磁気共鳴スペクトルの130ppm付近には縮合芳香族炭素6員環による化学シフトが現れ、140ppm付近にはスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環による化学シフトが現れた。得られたスルホン酸基導入無定形炭素粉末の粉末X線回折パターンでは炭素(002)面と(004)面の回折ピークが確認された。(002)面の回折ピークの半値幅(2θ)は8°であった。また、このスルホン酸残基導入無定形炭素のスルホン酸密度は4.2mmol/gであった。
【0040】
このスルホン酸残基導入無定形炭素の粉末を実施例4と同一の条件で加圧成型することによって、厚さ0.7mm、直径10mmのディスクを作製し、ディスクの片面に白金を蒸着した後、前述した交流インピーダンス法によってプロトン伝導度を測定した。プロトン伝導度は7×10−2Scm−1であることが確認された。この結果は、上記スルホン酸残基導入無定形炭素がナフィオンに匹敵するプロトン伝導度を有することを示している。
(2)トルエンから製造されたスルホン酸基導入無定形炭素の固体酸としての利用
上記スルホン酸基導入無定形炭素の粉末を150℃で1時間真空排気した後、その0.2gを触媒としてアルゴン雰囲気下の酢酸0.1molとエチルアルコール1.0molの混合溶液に添加し、70℃で6時間攪拌し、反応中に酸触媒反応によって生成する酢酸エチルの生成速度をガスクロマトグラフで調べた。その結果を図4にB(原料:トルエン)として示した。図7のBに示されるように、スルホン酸残基導入無定形炭素の存在下では酢酸エチルの生成が著しく速く、この物質が強い固体酸触媒として機能していることがわかった。
〔実施例6〕
(1)グルコースからのスルホン酸基導入無定形炭素の製造
10gのD−グルコースを不活性ガス気流中、250℃で15時間加熱し、茶褐色の有機物粉末〔半値幅(2θ)が30°である(002)面の回折ピークが観察される。〕を得た。この粉末5gを200mLの96%硫酸に加え、これに窒素ガスを30ml/minで吹き込みながら150℃で15時間加熱することによって黒色の固体を得た。この黒色固体を300mLの蒸留水で洗浄し、洗浄後の蒸留水中の硫酸が元素分析の検出限界以下になるまでこの操作を繰り返し、スルホン酸基が導入された無定形炭素を得た。得られたスルホン酸基導入無定形炭素粉末の13C核磁気共鳴スペクトルの130ppm付近には縮合芳香族炭素6員環による化学シフトが現れ、140ppmm付近にはスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環による化学シフトが現れた。得られたスルホン酸基導入無定形炭素粉末の粉末X線回折パターンでは、炭素(002)面の回折ピークが確認された。(002)面の回折ピークの半値幅(2θ)は20°であった。また、このスルホン酸残基導入無定形炭素のスルホン酸密度は4.5mmol/gであった。
【0041】
このスルホン酸残基導入無定形炭素の粉末を実施例4と同一の条件で加圧成型することによって、厚さ0.7mm、直径10mmのディスクを作製し、ディスクの片面に白金を蒸着した後、前述した交流インピーダンス法によってプロトン伝導度を測定した。プロトン伝導度は5×10−2cm−1であることが確認された。この結果は、上記スルホン酸残基導入無定形炭素がナフィオンに匹敵するプロトン伝導度を有することを示している。
(2)グルコースから製造されたスルホン酸基導入無定形炭素の固体酸としての利用
上記スルホン酸残基導入無定形炭素の粉末を150℃で1時間真空排気した後、その0.2gを触媒としてアルゴン雰囲気下の酢酸0.1molとエチルアルコール1.0molの混合溶液に添加し、70℃で6時間攪拌し、反応中に酸触媒反応によって生成する酢酸エチルの生成速度をガスクロマトグラフで調べた。その結果を図4のC(原料:グルコース)に示した。図7のCに示されるように、スルホン酸残基導入無定形炭素の存在下では酢酸エチルの生成が著しく速く、この物質が強い固体酸触媒として機能していることがわかった。
〔試験例5〕 熱安定性の評価
実施例4〜6で製造したスルホン酸残基導入無定形炭素の大気中での分解温度を、昇温脱離法(日本ベル株式会社マルチタスクTPD)及び熱重量分析法(島津製作所DTG−60/60H)により測定した。
【0042】
この結果、実施例4、5及び6のスルホン酸残基導入無定形炭素の分解温度は、それぞれ250℃、220℃、200℃であり、いずれの物質も熱的安定性が高いことが確認された。
〔試験例6〕 化学的安定性の評価
実施例4〜6で製造したスルホン酸残基導入無定形炭素を150℃のオートクレーブ中で蒸留水と共に72時間加熱した後、ろ別した粉末を150℃で1時間真空排気し、次いで、その0.2gを触媒として実施例4〜6と同様に酢酸エチルの生成反応を行ったところ、各実施例で製造したいずれの物質も加熱処理していないものと同様の触媒作用を示した(図には示さない)。これらの結果は各実施例で製造した物質は化学的安定性が高く、150℃の水中においても酸強度が損なわれないことを示している。
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願(特願2003−322400及び特願2004−84527)の明細書および/または図面に記載されている内容を包含する。また、本発明で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとりいれるものとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スルホン酸基が導入された無定形炭素を含有するプロトン伝導性材料。
【請求項2】
スルホン酸基が導入された無定形炭素のプロトン伝導度が、0.01〜0.2Scm−1(温度80℃、湿度100%条件下で交流インピーダンス法による)である、請求項1記載のプロトン伝導性材料。
【請求項3】
スルホン酸基が導入された無定形炭素の硫黄含有量が、0.3〜15atm%である、請求項1又は2記載のプロトン伝導性材料。
【請求項4】
スルホン酸基が導入された無定形炭素が、芳香族炭化水素類を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理して得られるものである、請求項1乃至3のいずれか一項記載のプロトン伝導性材料。
【請求項5】
加熱処理温度が、100℃〜350℃である、請求項4記載のプロトン伝導性材料。
【請求項6】
芳香族炭化水素類が、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ペリレン、及びコロネンからなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項4又は5記載のプロトン伝導性材料。
【請求項7】
13C核磁気共鳴スペクトルにおいて縮合芳香族炭素6員環及びスルホン酸基が結合した縮合芳香族炭素6員環の化学シフトが検出され、粉末X線回折において半値幅(2θ)が5〜30°である炭素(002)面の回折ピークが少なくとも検出され、プロトン伝導性を示すことを特徴とするスルホン酸基が導入された無定形炭素。
【請求項8】
粉末X線回折において炭素(002)面の回折ピークのみが検出される請求項7記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
【請求項9】
スルホン酸密度が0.5〜8mmol/gである請求項7又は8記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
【請求項10】
スルホン酸密度が1.6〜8mmol/gである請求項7又は8記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
【請求項11】
スルホン酸密度が3〜8mmol/gである請求項7又は8記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
【請求項12】
プロトン伝導度が、0.01〜0.2Scm−1(温度80℃、湿度100%の条件下で交流インピーダンス法による)である請求項7乃至11のいずれか一項記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素。
【請求項13】
有機化合物を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理する工程を含む請求項7乃至12のいずれか一項記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素の製造方法。
【請求項14】
有機化合物を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理する工程を不活性ガス又は乾燥空気気流中で行うことを特徴とする請求項13記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素の製造方法。
【請求項15】
有機化合物を濃硫酸又は発煙硫酸中で加熱処理する工程の後に、加熱処理物を真空加熱することを特徴とする請求項13又は14記載のスルホン酸基が導入された無定形炭素の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【国際公開番号】WO2005/029508
【国際公開日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【発行日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514020(P2005−514020)
【国際出願番号】PCT/JP2004/013035
【国際出願日】平成16年9月8日(2004.9.8)
【出願人】(899000013)財団法人理工学振興会 (81)
【Fターム(参考)】