説明

セリンパルミトイル転移酵素の機能阻害に基づく破骨細胞の分化抑制

【課題】本発明は、骨代謝異常疾患の治療薬となり得る破骨細胞分化抑制剤を提供する。また当該破骨細胞分化抑制剤を探索するスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】本発明の破骨細胞分化形成抑制剤は、セリン代謝系酵素であるセリンパルミトイル転写酵素の活性を阻害する物質を有効成分とする。また、本発明の破骨細胞分化形成抑制剤のスクリーニング方法は、セリンパルミトイル転写酵素の活性を阻害する作用を指標として、当該作用を有する物質を選択する工程から構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨の代謝に関わる破骨細胞の分化(破骨細胞形成)に関して新たな知見を提供するものである。さらに本発明は、この知見に基づいて、破骨細胞の分化を抑制するための物質(破骨細胞分化抑制剤)、並びに破骨細胞の分化を抑制することによって骨代謝を制御する方法に関する。また本発明は、破骨細胞の分化を抑制し、骨代謝異常に起因する骨疾患の予防または治療剤として有効な成分をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
骨は、生体の支持組織であると同時に、骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収が絶えず繰り返されている動的組織である。通常は、骨形成と骨吸収のバランスが保たれているが、骨芽細胞と破骨細胞の機能バランスに異常が生じると、この動的平衡状態が破綻し、様々な骨代謝関連疾患を引き起こす。かかる骨代謝関連疾患としては、例えば、閉経後骨粗鬆症、老人性骨粗鬆症、ステロイド治療による骨粗鬆症、関節リウマチ、変形関節炎、関節炎、変形性腰椎症、全身性エリテマトーデス、糖尿病における骨減少症、慢性腎不全における骨密度低下、骨大理石病等を挙げることができる。これらの骨疾患に罹患すると、その進行に伴って身体活動能力が低下し、ひいては腰痛・関節痛等の痛みを伴い、日常生活に支障をきたす場合も多い。近年、高齢化に伴って骨粗鬆症等の骨疾患が注目されつつあり、QOL(Quality of life)向上のためにも、患者の症状に合わせた治療を行うべく、多様な治療薬が求められている。
【0003】
破骨前駆細胞が分化を開始し成熟破骨細胞が形成される過程では、支持細胞から分泌されるタンパク質RANKL(Receptor Activator of NF-κB ligand)が破骨前駆細胞に発現する受容体RANKを介して細胞内で特定のシグナル伝達経路を活性化することが必須の工程となる。このシグナル伝達経路に位置する分子としてERK1/2およびp38と称される分子が挙げられるが、これらの分子が活性化されることにより、その下流に位置するc-Fos、および最下流に位置するNFAT2の発現が誘導され活性化される(非特許文献1)。
【0004】
このため、骨代謝関連疾患を治療するために、上記RANKL/RANKシグナル伝達系を阻害して破骨細胞の骨吸収活性を抑制する方法が検討されており、例えばRANKL/RANKのデコイ受容体OCIF/OPGを用いる方法(特許文献1〜4)、およびRANKL/RANKに対する抗体を使用する方法(特許文献5、非特許文献1および2)は実用化の段階にある。その他、RANKL/RANKシグナル伝達系の阻害を目的とした方法としては、乳由来の塩基性タンパク質画分をRANKL産生抑制剤として使用する方法(特許文献6)、並びにジフェルロイルメタン、ググルステロンまたは1’-アセトキシチャビコールをRANKLが媒介するNF-κB活性化の抑制剤として使用する方法(特許文献7)等が提案されている。
【0005】
一方、セリンパルミトイル転移酵素(Serine palmitoyltransferase:EC 2.3.1.50)(以下、単に「SPT」ともいう)については、セリン代謝経路のキー酵素としての研究解析が盛んに行われおり、D-セリンがその酵素活性を阻害することも知られている(非特許文献3)。しかしながら、SPTと破骨細胞分化(形成)や骨代謝との関連性については一切知られていない。
【特許文献1】特開2004-203747号公報
【特許文献2】特許523650号公報
【特許文献3】特表平11-503616号公報
【特許文献4】特表2002-525060号公報
【特許文献5】WO2007/059136
【特許文献6】特開2008-214237号公報
【特許文献7】WO2006/046934
【非特許文献1】Lipton A et al. (2007) Randomized active-controlled phase II study of denosumab efficacy and safety in patients with breast cancer-related bone metastases. J Clin Oncol 25(28):4431-4437
【非特許文献2】Kostenuik PJ (2005) Osteoprotegerin and RANKL regulate bone
【非特許文献3】Kentaro Hanada, et al., FEBS Letters 474 (2000) 63-65
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述するように、破骨細胞は骨吸収活性を有し、脊椎動物における骨代謝に必須の細胞であり、その形成や活性の亢進は骨粗鬆症などの骨疾患、関節リウマチに伴う骨破壊などの要因になることが知られている。このため、破骨細胞の分化を制御する薬剤ならびに方法の開発は、高齢化社会における社会問題の一つである骨代謝疾患の解決策として有用である。
【0007】
従来の骨代謝異常に対する薬剤のうち破骨細胞を標的とするものとしては、ビスホスフォネート、カルシトニンおよびホルモン(エストロゲン、植物由来ホルモン)を挙げることができる。しかしビスホスフォネートは効果が低いことに加えて長期使用が必要であること、また吐き気や悪心、食欲不振、消化管潰瘍等の副作用が生じるといった問題点がある。またカルシトニンには高価であるという問題、エストロゲン等のホルモンには乳ガン等の腫瘍形成性が報告されている等といった問題がある。また実用化の段階に入った抗体関連薬剤は、高価で、複雑な調製が必要であり、しかも個人差があるという問題が指摘されている。そこでこれらの問題を克服するためには、全く新しい観点から薬剤を開発する必要がある。
【0008】
本発明は、破骨細胞分化制御機構に関する新しい知見に基づくものであり、その目的は、セリン代謝系酵素であるSPTの機能阻害に基づいて破骨細胞の分化形成を抑制する技術を提供することである。より詳細には、本発明は、上記知見に基づいて、破骨細胞の分化形成を抑制し、骨代謝異常に起因する骨疾患の予防または治療剤の有効成分となりえる物質を探索する方法(スクリーニング方法)を提供することを目的とする。また本発明は、破骨細胞の分化形成を抑制することによって骨代謝を制御することができる破骨細胞分化抑制剤、およびそれを有効成分とする、骨代謝異常に起因する骨疾患の予防または治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前述するように、破骨前駆細胞が分化を開始し成熟破骨細胞が形成される過程では、RANKL/RANKを介したシグナル伝達経路が活性化され、NFAT2の発現が誘導されることが知られている(非特許文献1)。これに関連して、本発明者は、既に、NFAT2の発現を誘導し破骨細胞を分化形成するためにはL-セリンが必須であることを見出している(特許文献5)。
【0010】
今回、本発明者は、水溶性のL-セリンアナログであるO-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩(H-Ser(tBu)-OMe・HCl)が、上記L-セリンの破骨細胞分化作用を阻害することを見出した(実験例1)。そこで、その作用機序を解析したところ、当該L-セリンアナログには、RANKL の受容体であるRANKの発現を抑制し、RANKL/RANKを介したシグナル伝達を遮断する作用があること(実験例2)、またL-セリンと拮抗してセリン代謝系酵素であるSPT(Serine palmitoyltransferase:EC 2.3.1.50)の活性を阻害する作用があること(実験例3)を見出し、他のセリン代謝阻害剤でも同様な結果が得られることを確認した。これらの知見は、セリン代謝系酵素であるSPTを阻害することにより、RANKL/RANKのシグナル系が遮断され、破骨細胞の分化形成が抑制できることを意味する。このことは、さらに骨粗鬆症モデル動物において、上記L-セリンアナログの投与によって骨密度の減少が抑制できることからも裏付けられた(実験例4)。
【0011】
破骨細胞の形成は、骨粗鬆症などの骨疾患や関節リューマチに伴う骨破壊などの要因になる。ゆえに、上記の知見から、セリン代謝系酵素SPTを阻害すると破骨細胞の分化形成が抑制され、その結果、骨代謝が制御でき、骨代謝異常に基づく骨疾患を改善させることが可能であると考えられる。
【0012】
本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の具体的態様を有するものである。
【0013】
I.破骨細胞分化形成抑制剤のスクリーニング方法
(I-1)被験物質の中からセリンパルミトイル転移酵素(SPT)の活性を阻害する作用を有する物質を選択する工程を有する、破骨細胞分化抑制剤のスクリーニング方法。
(I-2)下記の工程を有する、(I-1)に記載する破骨細胞分化抑制剤のスクリーニング方法:
(a) 被験物質およびSPTの存在下で、L-セリンとパルミトイルCoAを反応させる工程、
(b) 上記反応により生成したケトジヒドロスフィンゴシン(以下、「KDS」ともいう)の量を測定し、被験物質を用いず、SPT存在下でL-セリンとパルミトイルCoAを反応させて生成するKDS量(対照KDS量)と対比する工程、および
(c) 上記KDS量が対照KDS量よりも低減した場合の被験物質を、破骨細胞分化形成抑制剤の候補物質として選択する工程。
(I-3)骨代謝異常疾患の予防または治療剤の有効成分の探索方法である(I-1)または(I-2)に記載するスクリーニング方法。
(I-4)骨代謝異常疾患が、骨粗鬆症、関節リウマチ、変形関節炎、関節炎、変形性腰椎症、全身性エリテマトーデス、糖尿病における骨減少症、慢性腎不全における骨密度低下、骨髄腫、バーキットリンパ腫、悪性リンパ腫、家族性骨ページェット病、家族性拡張性骨溶解症(familial expansile osteolysis:FEO)、または、歯周疾患である、(I-3)に記載するスクリーニング方法。
【0014】
II.破骨細胞分化抑制剤
(II-1)SPT阻害剤を有効成分とする、破骨細胞分化抑制剤。
(II-2)SPT阻害剤が、D-セリン、FB1、ミリオシン、O-t-ブチル-L-セリンのエステル、およびこれらの塩からなる群から選択される少なくとも1種である、(II-1)に記載する破骨細胞分化抑制剤。
(II-3)O-t-ブチル-L-セリンのエステルがO-t-ブチル-L-セリンメチルエステルである、(II-2)に記載する破骨細胞分化抑制剤。
【0015】
III.骨代謝異常疾患の予防または治療用医薬組成物
(III-1)(II-1)〜(II-3)のいずれかに記載する破骨細胞分化抑制剤を有効成分とする骨代謝異常疾患の予防または治療剤。
(III-2)骨代謝異常疾患が、骨粗鬆症、関節リウマチ、変形関節炎、関節炎、変形性腰椎症、全身性エリテマトーデス、糖尿病における骨減少症、慢性腎不全における骨密度低下、骨髄腫、バーキットリンパ腫、悪性リンパ腫、家族性骨ページェット病、家族性拡張性骨溶解症(familial expansile osteolysis:FEO)、または歯周疾患である、(III-1)に記載する骨代謝異常疾患の予防または治療剤。
【0016】
IV.破骨細胞分化形成の抑制方法
(IV-1)単球/マクロファージ系の造血細胞又は骨髄由来の初期細胞におけるSPT活性を阻害することを特徴とする、破骨細胞の分化抑制方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、セリン代謝系(SPTによるKDS産生)を阻害することにより、破骨細胞の分化を抑制し、骨代謝回転を抑制する機能を有する物質を探索する技術を提供することができる。当該技術は、すなわち骨代謝異常疾患の予防または治療剤の有効成分の探索方法として有効に利用することができる。
【0018】
ところで、細胞の機能を制御する物質を探索あるいは開発し、医薬品としての可能性を探る場合には、その物質の効果の強さだけではなく、その作用点、すなわち標的分子が明確であり、その作用が目的とする病気、組織、細胞に特異的であることが望ましい。本発明が提供する破骨細胞分化抑制剤およびこれを有効成分とする骨代謝異常疾患の予防または治療用医薬組成物は、今までの知見から、RANKL/RANKシグナル系を介して破骨細胞に特異的に作用するものと予想される(作用点・標的分子の明確性)。特にO-t-ブチル-L-セリンのエステルは、L-セリンアナログである点で生体親和性が高く、また水溶性の低分子化合物である点で、低コストで工業的製造が可能であり、また様々な形態で投与することができ、速効性があるという利点がある。この点で本発明が提供する破骨細胞分化形成抑制剤、およびこれを有効成分とする医薬組成物は、ヒトを含む哺乳動物に対して安全性が高いものといえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
I.破骨細胞分化形成抑制剤スクリーニング方法
本発明は、破骨細胞の分化形成を抑制する物質をスクリーニングする方法を提供する。本発明の方法で探索取得される物質は、セリン代謝系酵素であるセリンパルミトイル転移酵素(Serine palmitoyltransferase:EC 2.3.1.50)の活性を阻害する作用を有することによって、破骨細胞の分化形成を抑制することができる。このため当該物質によれば、骨代謝異常疾患を予防または治療することができると期待される。従って、本発明の方法は、骨代謝異常疾患の予防または治療用医薬組成物の有効成分となりえる候補物質をスクリーニングする方法であるともいえる。
【0020】
ここで本発明でいう「破骨細胞の分化」とは、細胞が形態的に破骨細胞の性質を示すように分化されること、または、その形態学的な変化を経て活性化され骨吸収作用を示すように分化されることを含む概念である。
【0021】
また、本発明で「抑制」とは、単球由来のマクロファージ様細胞などの破骨細胞の前駆細胞が、破骨細胞に分化形成することを100%抑制(阻止)する場合と、100%阻止しなくても、上記前駆細胞が本来有する破骨細胞への分化形成能を低減させる場合の両方を含む。破骨細胞への分化は、実際には、破骨細胞の特徴である多核細胞の形成を観察することにより測定することができる。破骨細胞への分化を測定するには、破骨細胞のマーカーである酒石酸耐性酸ホスファターゼ(TRAP)染色法を用いることができる。
【0022】
本発明のスクリーニング方法は、基本的にはSPTの活性を阻害する作用を有する物質を探索することからなるが、具体的には下記の工程を有する方法を例示することができる。
【0023】
(a) 被験物質およびSPTの存在下で、L-セリンとパルミトイルCoAを反応させる工程、
(b) 上記反応により生成したKDS(3-ketoduhydrosphingosine)の量を測定し、被験物質を用いず、SPT存在下でL-セリンとパルミトイルCoA を反応させて生成するKDS量(対照KDS量)と対比する工程、および
(c) 上記KDS量が対照KDS量よりも低減した場合の被験物質を、破骨細胞分化抑制剤の候補物質として選択する工程。
【0024】
かかる工程により、SPT活性を阻害して破骨細胞の分化形成を抑制する作用を有する物質を取得することができる。
【0025】
被験物質としては、制限はされないが、核酸、ペプチド、タンパク質、有機化合物、または無機化合物などであり、スクリーニングは、具体的には、これらの被験物質またはこれらを含む組成物(例えば、細胞抽出物、遺伝子ライブラリーの発現産物等を含む)を挙げることができる。
【0026】
SPT(Serine palmitoyltransferase:EC 2.3.1.50)は、生体内でスフィンゴ脂質生合成の初発段階を担うセリン代謝系酵素であり、L-セリンとパルミトイルCoAを縮合させて3-ケトジヒドロスフィンゴシン(KDS)を生成する反応を触媒する。かかる酵素は、ヒトを含む哺乳類などの動物、植物、および酢酸菌などの微生物に広く存在することが知られている(Hanada K. (2003) “Serine palmitoyl transferase, a key enzyme of sphingolipids metabolism” Biochimica Biophysica Acta 1632:16-30.)。
【0027】
例えば、ヒトのSPTのアミノ酸配列(AAK29328、NCBI)およびそれをコードする塩基配列(AH010598、NCBI)は既に公知であり(Dawkins, J.L., Nat. Genet.27(3), 309-312 (2001))、かかる情報に基づいて遺伝子工学的に製造することができる。また、SPTは、動物の場合、肝臓、肺、腎臓などの各組織のミクロゾーム画分に存在しているので、かかるミクロゾーム画分から単離精製して使用することもできる。但し、本発明のスクリーニング方法において、SPTが活性を有するものであれば、その精製度は特に問題にならず、ミクロゾーム画分を非精製状態で使用することもできる。さらに本発明のスクリーニングにおいて、使用されるSPTの由来は特に制限されず、ヒトに由来するSPTのみならず、マウスやラットなどの動物に由来するSPTでも、また植物又は微生物由来のSPTであってもよい。好ましくは動物に由来するSPTであり、より好ましくはヒト由来のSPTである。
【0028】
L-セリンおよびパルミトイルCoAはいずれも商業的に入手することができる市販品を使用することができる(例えば、SIGMA、AVANTI、American Radiolabeled Chemicalsなど)。
【0029】
なお、L-セリンとパルミトイルCoAが縮合して生成されるKDS(3-ketoduhydrosphingosine)の有無および量を簡便に測定するために、L-セリンおよびパルミトイルCoAとして、どちらかいずれか一方が標識されているものを使用することもできる。かかる標識としては蛍光物質による標識、化学発光物質による標識、または放射性若しくは非放射性同位体による標識を挙げることができる。こここで同位体元素として、例えばH、13Cまたは14Cを挙げることができる。好ましくはHおよび14Cである。
【0030】
L-セリンとパルミトイルCoAとの反応は、被験物質とSPTの存在下、または対照実験においては被験物質を用いずSPTの存在下で行われる。反応条件は、上記目的が達成できるものであれば特に制限されない。被験物質を用いずSPT存在下で反応させる場合の条件の一例としては、50mM Hepes-NaOH緩衝液(pH7.5)、5mM EDTA、5mM Dithiothreitol (DTT)、50 μM ピリドキサールリン酸、25 μM パルミトイルCoA、および0.1mM L-セリンを含む標準反応溶液(200μl)を用いて、37℃で10分間反応させる方法を挙げることができる。被験物質存在下で反応させる場合は、上記標準反応溶液に、被験物質を添加することで実施することができる。
【0031】
かかる反応によって生成するKDSの検出および定量は、薄層クロマトグラフィーや高速液体クロマトグラフィーなどの定法の分析技術を用いることで実施することができる。
【0032】
かかるスクリーニング方法による破骨細胞分化抑制剤(候補物質)の選別は、基本的に、被験物質とSPTの存在下でL-セリンとパルミトイルCoAとを反応させて生成するKDSの量を測定することによって実施することができる。この場合、KDSの生成が全く認められなければ、使用された被験物質を、破骨細胞分化抑制剤の候補物質として選別することができる。また、本発明のスクリーニング方法は、上記で得られたKDS量を、被験物質を用いずSPTの存在下でL-セリンとパルミトイルCoAとを反応させて生成する対照KDSの量とを対比することによっても実施することができる。この場合、被験物質存在下で得られたKDS量が対照KDS量に比して低減すれば、使用された被験物質を、破骨細胞分化抑制剤の候補物質として選別することができる。
【0033】
上記スクリーニングで選別される物質は、破骨細胞の分化形成を抑制する作用を有するものであり、骨代謝異常疾患の発症や進展を予防する医薬組成物または骨代謝異常疾患を改善する治療薬の有効成分として使用することが可能である。
【0034】
なお、骨代謝異常疾患としては、骨粗鬆症、関節リウマチ、変形関節炎、関節炎、変形性腰椎症、全身性エリテマトーデス、糖尿病における骨減少症、慢性腎不全における骨密度低下、骨髄腫、バーキットリンパ腫、悪性リンパ腫、家族性骨ページェット病、家族性拡張性骨溶解症(familial expansile osteolysis:FEO)、または歯周疾患を挙げる
ことができる。
【0035】
上記のスクリーニング方法によって選別された候補物質は、さらに骨代謝異常疾患を有する病態非ヒトモデル動物を用いてスクリーニングをかけることもできる。かくして選別される候補物質は、さらに骨代謝異常疾患を有する病態非ヒトモデル動物を用いた薬効試験、安全性試験、さらに骨代謝異常疾患を有する患者(ヒト)もしくはその前状態にある患者(ヒト)への臨床試験に供してもよく、これらの試験を実施することによって、より実用的な骨代謝異常疾患の予防または治療用医薬組成物の有効成分を選別取得することができる。
【0036】
このようにして選別された物質は、必要に応じて構造解析を行った後、その物質の種類に応じて、化学的合成、生物学的合成(発酵を含む)または遺伝子工学的操作によって、工業的に製造することができ、破骨細胞分化抑制剤または骨代謝異常疾患予防・治療用医薬組成物の調製に使用することができる。
【0037】
上記のスクリーニング方法は、前述するように、その基本はSPT活性を阻害する作用を有する物質を探索することからなる。従って、上記のスクリーニング方法は、別の角度から、SPT活性を阻害する作用を有する物質(SPT阻害剤)をスクリーニングする方法と規定することができる。当該方法で得られるSPT阻害剤は、その作用に基づいて破骨細胞の分化形成を抑制することができる。このため当該物質によれば、骨代謝異常疾患を予防または治療することができると期待される。
【0038】
II.破骨細胞分化抑制剤
本発明の破骨細胞分化抑制剤は、SPT活性を阻害する作用を有する物質、すなわちSPT阻害剤を有効成分とするものである。
【0039】
本発明の破骨細胞分化抑制剤が対象とする「破骨細胞」としては、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物を含む脊椎動物の破骨細胞であれば特に限定されず、例えば単球由来のマクロファージ様細胞から分化形成される破骨細胞を挙げることができる。破骨細胞は、骨の表面に密着し、活性化に伴い酸や種々のプロテアーゼ等を分泌することにより骨吸収能を示す。
【0040】
本発明でいう破骨細胞への分化(破骨細胞の形成)とは、細胞が形態的に破骨細胞の性質を示すように分化形成されること、または、その形態学的な変化を経て活性化され骨吸収作用を示すように分化形成されることを含む概念である。なお、本発明で「抑制」とは、単球由来のマクロファージ様細胞などの破骨細胞の前駆細胞が破骨細胞に分化することを100%抑制(阻止)する場合と、100%阻止しなくても上記前駆細胞が本来有する破骨細胞への分化形成能を低減させる場合の両方を含む。破骨細胞への分化は、破骨細胞の特徴である多核細胞の形成を観察することにより測定することができる。破骨細胞への分化形成を測定する方法としては、破骨細胞のマーカーである酒石酸耐性酸ホスファターゼ(TRAP)染色法を用いることができるが、これに限定されない。
【0041】
かかる破骨細胞分化抑制剤の有効成分であるSPT阻害剤としては、SPT活性を阻害する作用を有することが知られている公知のSPT阻害剤、例えばFB1(Merrill Jr AH et al. (1993) “Fumonisin B1 inhibits sphingosine (sphinganine) N-acyltransferase and de novo sphingolipids biosynthesis in cultured neurons in situ” J Biol Chem 268:27299-27306)、ミリオシン(Myriocin)(Miyake Y et al. (1995)“Serine palmitoyltransferase is the primary target of a shingosinelike immunosuppressant, ISP-1/myriocin” Biochem Biophys Res Commun 211:396-403)、およびD-セリン(Hanada K et al. (2000) “D-Serine inhibits serine palmitoyltransferase, the enzyme catalyzing the initial step of sphingolipid biosynthesis” FEBS Letters, 474, 63-65, 2000)を用いることができる。また、水溶性のL-セリンアナログであるO-t-ブチル-L-セリンのエステルを好適に用いることができる。O-t-ブチル-L-セリンのエステルとしては、制限されないが好ましくはメチルエステル、エチルエステルおよびプロピルエステルなどの、炭素数1〜4、好ましくは1〜3のアルキルエステル化物を挙げることができる。好ましくはO-t-ブチル-L-セリンのメチルエステル化物(O-t-ブチル-L-セリンメチオルエステル)である。
【0042】
これらはフリーの状態であってもよいし、また塩の形態を有するものであってもよい。塩としては薬学的に許容され、かつO-t-ブチル-L-セリンの望ましい薬理活性を有する塩を挙げることができる。かかる塩としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸などの無機酸で生成される酸付加塩;酢酸、プロピオン酸、グリコール酸、酪酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、酒石酸、クエン酸、安息香酸、桂皮酸、マンデル酸、メタンスルホン酸、ラウリル硫酸、グルタミン酸、ヒドロキシナフトエ酸、サリチル酸、ステアリン酸、ムコン酸などの有機酸で生成される酸付加塩を挙げることができる。
【0043】
本発明の破骨細胞分化抑制剤は、上記SPT阻害剤100重量%からなるものであってもよいが、本発明の効果を損なわないことを限度として、その製剤の投与形態に応じて通常使用される安定化剤、保存剤、緩衝剤、等張化剤、キレート剤、pH調整剤、界面活性剤、増量剤などを含むことができる。この場合、破骨細胞分化抑制剤に含まれるSPT阻害剤の量は、最終製剤がSPC活性を阻害する作用を有するように1〜99.5重量%の範囲から適宜選択調整される。
【0044】
III.骨代謝異常疾患の予防または治療用医薬組成物
前述するように、破骨細胞の分化形成や活性の亢進は、骨粗鬆症等の骨代謝異常疾患の要因になることが知られている。よって、前述するSPTの活性を阻害する物質は、破骨細胞の分化形成を抑制する作用を有することに基づいて、骨代謝異常疾患の発症を予防し、また治療する薬物として有効に使用することができる。
【0045】
骨代謝異常疾患としては、骨粗鬆症、関節リウマチ、変形関節炎、関節炎、変形性腰椎症、全身性エリテマトーデス、糖尿病における骨減少症、慢性腎不全における骨密度低下、骨髄腫、バーキットリンパ腫、悪性リンパ腫、家族性骨ページェット病、家族性拡張性骨溶解症(familial expansile osteolysis:FEO)、または歯周疾患を例示することができる。
【0046】
本発明の骨代謝異常疾患の予防または治療用医薬組成物は、SPTの活性を阻害する物質、すなわちIIで説明する破骨細胞分化抑制剤を有効成分として含む。好ましい破骨細胞分化抑制剤は、ヒト由来のSPTの活性を阻害する物質を有効成分とするものであり、かかるものとしてはFB1、ミリオシン(Myriocin)、D-セリン、O-t-ブチル-L-セリンのエステルまたはそれらの塩を好適に例示することができる。好ましくはO-t-ブチル-L-セリンのエステルまたはその塩であり、より好ましくはO-t-ブチル-L-セリンのメチルエステルまたはその塩である。
【0047】
本発明の医薬組成物は、有効量の有効成分(SPT阻害剤)とともに、その種類に応じて、自体公知の薬学的に許容される担体や添加剤を含んでいてもよい。当該医薬組成物は、所望の投与方法、例えば経口投与、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、経肺投与、経鼻投与、経腸投与、腹腔内投与、または冠動脈もしくは冠状静脈洞投与などによって投与することができ、その投与経路に応じて、錠剤、丸剤、散剤、粉末剤、顆粒剤、及びカプセル剤などの固体投与形態;溶液、懸濁剤、乳剤、シロップ、リポソーム製剤、注射剤、静注剤、点滴剤及びエリキシルなどの液剤投与形態;貼付剤、軟膏、クレーム及び噴霧剤などの外用投与形態に、調合、成形乃至調製することができる。
【0048】
これらの医薬組成物(医薬製剤)の調製に利用される担体としては、製剤の投与形態に応じて通常使用される賦形剤、希釈剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、崩壊抑制剤、吸収促進剤、滑沢剤、溶解補助剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤などが例示できる。また添加剤としては、製剤の投与形態に応じて通常使用される安定化剤、保存剤、緩衝剤、等張化剤、キレート剤、pH調整剤、界面活性剤、着色剤、香料、風味剤、甘味剤などが例示できる。
【0049】
上記医薬組成物中に含有されるべき有効成分の量およびその投与量は、特に限定されず、所望の治療効果、投与法、治療期間、患者の年齢、性別その他の条件などに応じて広範囲より適宜選択される。投与量は、投与経路によっても異なるが、通常、1回投与あたりの有効成分の量に換算して、10pg〜1000mg/kg体重の範囲で投与することができる。
【0050】
IV.破骨細胞分化形成の抑制方法
本発明の破骨細胞の分化形成抑制方法は、単球由来のマクロファージ様細胞を材料とする初代破骨細胞分化誘導系あるいはマクロファージ様細胞の株化細胞におけるセリン代謝系酵素SPTの活性を阻害することによって実施することができる。
【0051】
ここで「単球由来のマクロファージ様細胞」としては、破骨細胞へと分化し得る、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物を含む脊椎動物の単球由来のマクロファージ様細胞であればよく、特に限定されない。具体的には、例えば、株化細胞ではRAW264、RAW264.7、RAW247 (Meiyanto E et al., Biochem Biophys Res Commun., 282, p278-p283 (2001))などを挙げることができる。また生体に由来する「単球由来のマクロファージ様細胞」としては、骨髄細胞、脾臓細胞、またはコラーゲン関節炎や変形性関節炎等の破骨細胞形成過多が起きている炎症部位に由来する細胞等を挙げることができる。
【0052】
本発明の破骨細胞分化抑制剤が対象とする「破骨細胞」としては、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物を含む脊椎動物の破骨細胞であれば特に限定されず、前記の「単球由来のマクロファージ様細胞」から分化形成される破骨細胞を挙げることができる。破骨細胞は、骨の表面に密着し、活性化に伴い酸や種々のプロテアーゼ等を分泌することにより骨吸収能を示す。
【0053】
本発明でいう破骨細胞への「分化形成」とは、細胞が形態的に破骨細胞の性質を示すように分化形成されること、または、その形態学的な変化を経て活性化され骨吸収作用を示すように分化形成されることを含む概念である。
【0054】
なお、本発明で「抑制」とは、「単球由来のマクロファージ様細胞」が「破骨細胞」に分化形成することを100%抑制(阻止)する場合と、100%阻止しなくても「単球由来のマクロファージ様細胞」が本来有する破骨細胞への分化形成能を低減させる場合の両方を含む。破骨細胞への分化は、破骨細胞の特徴である多核細胞の形成を観察することにより測定することができる。破骨細胞への分化形成を測定する方法としては、破骨細胞のマーカーである酒石酸耐性酸ホスファターゼ(TRAP)染色法を用いることができるが、これに限定されない。
【0055】
本発明の破骨細胞の分化形成抑制方法には、in vitroにおける破骨細胞の分化形成抑制方法、およびin vivoにおける破骨細胞の分化形成抑制方法の両方が含まれる。後者の場合、骨代謝異常またはその前状態にある被験者(但し、後述するようにヒトは除かれる)について、破骨細胞の分化形成を抑制して、骨代謝異常疾患の発生またはその進展を予防するか、骨代謝異常疾患を改善若しくは治療する方法としても有効に使用することができる。なお、被験者としては、ヒト以外の哺乳動物を含む脊椎動物を挙げることができる。かかる哺乳動物としては、具体的にマウス、ニワトリ、ラット、ハムスター、モルモット、イヌ、サル、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタなどを制限なく例示することができる。
【実施例】
【0056】
以下、本発明をより詳細に示すために実験例を示す。
実験例1 破骨細胞分化におけるL-セリンの機能とその阻害
マウスの初代骨髄細胞およびマウス単球/マクロファージ由来の細胞株であるRAW264細胞を用いて、破骨細胞分化におけるL-セリンの機能を確認するとともに、その機能阻害について検討した。
【0057】
(1)実験材料の調製
(1-1)培地の調製
a) 通常培地
マウスの初代骨髄細胞には下記組成からなるα-MEM (Wako)を、またRAW264細胞の培養には下記組成からなるEagle’s mediumをそれぞれ使用した。いずれもCO2濃度5%、37℃の条件で培養した。
【0058】
(a-1) α-MEM(Wako):非働化済み10%ウシ胎児血清(Thermo)、ペニシリン(明治製菓、50 U/ ml)・ストレプトマイシン(明治製菓、50mg/ ml)×100希釈、ファンギゾン(500μg/ml) ×500希釈、3%M-CSF-CM(透析後、濾過滅菌処理したもの)。
【0059】
(a-2) Eagle’s medium(日水製薬):10%ウシ胎児血清(Thermo)、NEAA(GIBCO-BRL)×100希釈、グルタミン(200mM,SIGMA)×100希釈、7.5%NaHCO3×40希釈。
【0060】
b) セリン・フリー培地
(b-1) セリン・グリシンフリーE-MEM培地
4.7gのEagle’s MEM(ニッスイ) を500mlの培地用蒸留水に溶かし、120℃、15分間、高圧蒸気滅菌した。高圧蒸気滅菌後、室温まで冷却した培地に、5mlのL-グルタミン(200mM SIGMA)、12.5ml 7.5% NaHCO3溶液、50mlの透析血清を添加し、必要量を分注し、セリンおよびグリシン を含まない非必須アミノ酸NEAA(アラニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン酸、プロリン)を×100希釈で加え、これをセリン・グリシンフリーE-MEM培地 (セリン・フリーE-MEM)とした。また、セリン・フリーE-MEM に、0.1M L-セリン、0.1M L-グリシンを×1000希釈で加えたものをセリン(+)E-MEMとした。
【0061】
(b-2) セリン・グリシンフリーα-MEM
MEM(GIBCO)500mlに500mg/ml Lipoic Acid 2μl 、100μM Sodium Pyruvate 5ml 、10 mg/ml L-Ascorbic Acid 2.5ml、0.2mg/ml Biotin 250μl、1g/l D-Ca Pantothenate 500μl、1.4 mg/ml Vitamine B12 500μl 、nucleotide 2 ml 、セリンおよびグリシン を含まない非必須アミノ酸NEAA(アラニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン酸、プロリン)5ml 、透析血清50mlを加えたものをセリン・グリシンフリーα-MEMとした。また、セリン・グリシンフリーα-MEMに、0.1M L-セリン、0.1M L-グリシンを×1000希釈で加えたものをセリン(+)α-MEMとした。また使用直前に、透析後濾過滅菌したM-CSF-CMを必要量添加した。
【0062】
なお、上記において透析血清は下記の方法で調製したものを使用した。
<透析血清>
透析は50mlの血清に対して5Lの0.15MNaCl溶液を用いて行った。血清を56℃、30分間の非動化を行った。透析チューブを用いて、低温室にて透析を行った。透析開始3時間ごとに二回透析バッファーを交換し、三回目は一晩透析を行い、透析血清を回収した。回収した透析血清は0.8μm 、0.2μmの順にフィルターで濾過滅菌を行い、-30℃で保存した。
【0063】
(1-2) 可溶性GST-RANKLの調製
RANKLのC末端側244アミノ酸をpGEX-2TKに挿入して可溶性RANKLの発現ベクター(pGEX-2TK-RANKL)を調製した。このpGEX-2TK-RANKLを大腸菌JM109へ導入して、組換えタンパク質(可溶性GST-RANKL)を発現させた。培養、集菌後、-80℃で保存した。超音波処理による破砕後、予めNETN Bufferで平衡化したGlutathione SepharoseTM 4B (50% slurry)(Amersham Biosciences AB)を1ml加えて4℃で一晩反応させた。ビーズを洗った後、ビーズ1mlあたり1.6mlのGlutathione-NaCl Buffer (100mM Tris pH=8.0, 120mM NaCl, 20mMglutathione [Nacalai tesque]) を加えて4℃で2時間反応させ、タンパク質を溶出し、さらに、0.2μmのフィルターで濾過滅菌を行った。最後に、破骨細胞分化誘導に対するLPSの影響を極力除くために、大腸菌由来の内毒素を除くカラム Detoxi-GelTMEndotoxin Removing Gel(PIERCE)に通した。斯くして調製した組み換えタンパク質(可溶性GST-RANKL)は、等量のGlycerol(Wako), 0.1%BSAを添加し、適量を分注して、使用するまで、−30℃で保存した。
【0064】
(1-3) M-CSF conditioned medium (M-CSF-CM) の調製
M-CSF発現NIH3T3細胞を20枚の100mmディッシュ (CORNING) に播種し、D-MEM (1%P.S., 10%FCS) で100%コンフルエントになるまで培養した。PBSで細胞を2回洗い、ディッシュ1枚あたりα-MEM 10mlに交換して、5日間培養した。培養後、培養液を回収して0.2μm (CORNING)のフィルターで濾過滅菌して、適量を分注して−30℃で保存した。以下、このNIH3T3細胞の培養上清のM-CSF(M-CSF-CM)を、初代骨髄細胞からの破骨細胞分化誘導に用いた。
【0065】
(1-4) マウス初代骨髄細胞の調製
マウスの大腿骨および脛骨から26Gニードルを用いて骨髄液を回収した。α-MEMに懸濁し、セルストレイナー(BD Falcon)を通した骨髄液を遠心し(1,500rpm、3分間)、沈殿画分を回収した。その後、溶血バッファー(0.16M NH4Cl:0.17M Tris-HCl(pH=7.65)=9:1)をマウス1匹あたり1ml加えて軽くピペッティングして、室温で2分間静置し、溶血処理を行った。次いで、下層に非働化済みのFCSを1ml加えた後、遠心(1,500rpm、3分間)し得られた沈殿画分をα-MEM 10mlに懸濁、遠心(1,500rpm、3分間)後、沈殿画分を回収した。最後に、1% M-CSF-CMを含むα-MEMに懸濁して、マウス1匹あたり100mmディッシュ2枚に播種した。翌日、上清の浮遊系骨髄細胞のみを回収し、遠心(1,500rpm、3分間)して得られた細胞画分を3%M-CSF-CMを含むα-MEMに懸濁して、マウス1匹あたり100mmディシュ2枚に播種した。コンフルエントになるまで培養(約3日間)した後、破骨細胞分化誘導の実験に用いた。
【0066】
(2)実験
(2-1)初代骨髄細胞の破骨細胞分化誘導
L-セリン(0.1mM)の存在下(+)若しくは非存在下(−)、またはL-セリン(0.1mM)とともに水溶性のL-セリンアナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、H-Ser(tBu)-OMe・HCl(Merck KGaA社))(以下、便宜上「#290」ともいう)(0.1mM、1mM、3mM)の存在下で、マウスの初代骨髄細胞を培養して、破骨細胞の分化誘導状態を、下記に説明するTRAP染色法により確認した。なお、培養は、セリン・グリシンフリーα-MEM培地を用いて、下記の方法に従って行った。
【0067】
<培養方法>
マウス骨髄細胞を細胞密度が4×104cells/mlになるようにプレートに播種し、CO2濃度5%、37℃の条件で24時間培養する。その後、可溶性GST-RANKL 500 ng /mlを含んだ培地と交換し、同様の条件で培養する。培地交換72時間後、再度調製した可溶性GST-RANKLを含んだ培地と交換し、24時間培養する。
【0068】
<TRAP染色法>
TRAP(酒石酸耐性酸ホスファターゼ)は破骨細胞のマーカーとして用いられる酵素であり、酒石酸耐性酸ホスファターゼ活性を有する破骨細胞は赤紫色に染まる。
【0069】
まずサクションで破骨細胞が形成したプレートの培地を取り除き、PBSで2回洗浄しメタノールを静かに加え、細胞を固定する。10分間静置後メタノールを除いてプレートを乾燥させた後、0.025 Mの酒石酸 (0.1 Mの酢酸を含む)(pH 5.2)とN,N-dimethyl folm amid (DMF)で溶解した12.5 mg /mlのNaphtol AB-BI phosphateを24:1の割合で混合した溶液に、FAST GARNET GBC (SIGMA)を適量加え、TRAP染色液とする。細胞固定したプレートにこのTRAP染色液を加え、37℃で10分静置させる。その後TRAP染色液を取り除き水洗しいて、染色の程度を観察する。
【0070】
(2-2)RAW264細胞の破骨細胞分化誘導
上記(2-1)と同様に、L-セリン(0.1mM)の存在下(+)若しくは非存在下(−)、またはL-セリン(0.1mM)とともに水溶性のL-セリンアナログであるO-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩(#290)(0.1mM、1mM、3mM)の存在下で、RAW264細胞を培養して、破骨細胞の分化誘導状態を、TRAP染色法により確認した。なお、培養は、セリン・グリシンフリーE-MEM培地を用いて、下記の方法に従って行った。
【0071】
<培養方法>
RAW264細胞を細胞密度5×104 cells /mlで播種し、CO2濃度5%、37℃の条件で24時間培養する。その後、可溶性GST-RANKL 500ng/mlを含んだ培地と交換し、同様の条件で培養する。培地交換72時間後、再度調製した可溶性GST-RANKLを含んだ培地と交換し、24時間培養する。
【0072】
(2-3)L-セリンおよびセリンアナログ#290の細胞毒性(MTTアッセイ)
L-セリン(0.1mM)の存在下(+)若しくは非存在下(−)、または水溶性のL-セリンアナログであるO-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩(#290)(0.1mM、1mM、3mM)の存在下で、マウスの初代骨髄細胞またはRAW264細胞を培養して、上記セリンおよびセリンアナログの細胞毒性を調べた。
【0073】
具体的には、まず96穴プレート中の各培養液(L-Ser(-)、L-Ser(0.1mM)、#290(0.1mM)、#290(1mM)、#290(3mM)含有)に、RAW264細胞は5×104cells /ml、マウスの初代骨髄細胞は4×104cells/mlの密度で播種した。3日間培養後に、WST-8アッセイキット(タカラバイオ製)を用いて生存検定を行った。反応液を各ウエルあたり10μlずつ添加して、5% CO2、37℃の条件で1〜4時間反応させた。ブランクとして、細胞を含まない培養液のみのウエルにも反応液を入れて同様に反応させた。反応後、マイクロタイタープレートリーダーを用いて吸光度(OD450nm)を測定した。全てのサンプルの吸光度からブランクの吸光度を引いて、値を算出した。
【0074】
(3)結果
上記(2-1)初代骨髄細胞の破骨細胞分化誘導実験によって得られたTRAP染色の結果を図1に、(2-2)RAW264細胞の破骨細胞分化誘導実験によって得られたTRAP染色の結果を図2に示す。これらの図に示すように、初代骨髄細胞およびRAW264細胞とも、L-セリンの存在により破骨細胞分化が誘導されることから、破骨細胞の分化にはL-セリンが必須であることがわかる。一方、1mM L-セリンを含む各分化誘導培地に#290を0.1mM〜3mMの割合で添加すると、初代骨髄細胞およびRAW264細胞のいずれも、破骨細胞の分化が抑制された。図3に、TRAP染色で染色された破骨細胞の数(cells/mm2)と、L-セリン(0.1mM)と共に添加した#290の濃度(0mM、0.1 mM、0.3 mM、1 mMおよび3mM)との関係を示す。この結果から、#290は、L-セリンによる破骨細胞分化(破骨細胞形成)を濃度依存的に抑制することが判明した。
【0075】
また、図4に、MTTアッセイに従って、RAW264細胞を用いてL-セリンおよびセリンアナログ#290の細胞毒性を評価した結果を示す。この図からわかるように、L-セリンおよびL-セリンアナログ#290によって細胞の生存および増殖は影響を受けない。また、初代骨髄細胞についても同様にL-セリンおよびセリンアナログ#290によって細胞の生存および増殖は影響を受けなかった。この結果から、セリンアナログ#290に細胞毒性はないことが判明した。
【0076】
実験例2 セリンアナログ#290の作用機序の解明(その1)
図5に破骨細胞分化誘導のシグナル系の概略図を示す。
【0077】
破骨前駆細胞が分化を開始し成熟破骨細胞が形成される過程では、支持細胞から分泌されるタンパク質RANKL(Receptor Activator of NF-κB ligand)が破骨前駆細胞に発現する受容体RANKを介して細胞内で特定のシグナル経路を活性化することが必須である。そのシグナル経路に位置する分子として、ERK1/2およびp38と命名された分子が知られている。またこれらの分子が活性化されることにより、その下流に位置するc-Fos、ひいては最下流に位置するNFAT2の発現の誘導、活性化が引き起こされるとされている(Teitelbaum SL (2007) Osteoclasts: what do they do and how do they do it? Am J Pathol 170:427-435.)。
【0078】
ここでは、L-セリンおよびL-セリンアナログ#290が、上記破骨細胞分化誘導のシグナル系(RANKL/RANKシグナル系)に及ぼす影響を検討した。
【0079】
(1)実験材料の調製
(1-1) 細胞抽出液の調製
RAW264細胞を培養した後、培地を除去し、培養細胞を氷冷したPBSで2回洗浄し、RIPA緩衝液 (10mM Tris-HCl, 1%NP40, 0.1%デオキシコール酸, 0.1%SDS, 0.15M NaCl, 1mM EDTA)に0.5m MPMSF, 20mM NaF, 2mM NaVO4, 100 KIU/μl Aprotininを加えたLysis 緩衝液を用いて、スクレイパーで細胞を掻き取り、氷上で30分静置する。その後、遠心分離 (15,000 rpm、4 ℃、10 min)して回収した上清をエッペンドルフチューブに移し、これを細胞抽出液とする。
【0080】
調製した細胞抽出液のタンパク質濃度は、BCA (Bicinchoninic acid) Protein Assay法によって測定する。
【0081】
(1-2) SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)
(i)試薬
アクリルアミド溶液(30%Acrylamide[Wako],0.8%Bis N,N,-Methylene-bis-acrylamide[Bio-Rad])
4×Tris-Cl/SDS pH=6.8(0.5M Tris-HCl,0.4%SDS)
4×Tris-Cl/SDS pH=8.8(1.5M Tris-HCl,0.4%SDS)
20%APS(Ammonium Peroxodisulfate)[nakalai tesque]
TEMED(N,N,N,N,-Tetramethylethylendiamine)[nakalai tesque]
6×Sample Buffer(7ml 4×Tris-Cl/SDS, pH=6.8, 3ml glycerol, 1g SDS, 0.93g DTT, 1.2mg bromophenolblue/10ml H2O)
SDS-PAGE Buffer(3.02g Tris, 14.4g Glycine[Wako], 1g SDS in 1L H2O)
(ii)アクリルアミドゲル濃度: 7.5−12.5%。
【0082】
(1-3) Western ブロッティングに用いる抗体と使用濃度
(i)一次抗体:
Anti-mouse β-actin Antibody (SIGMA) 1/5000希釈
Anti-mouse NFAT2 Antibody (Santa Cruz Biotechnology,7A6clone) 1/500希釈
Anti-rabbit c-Fos Antibody (Santa Cruz Biotechnology) 1/500希釈
Anti-rabbit RANK Antibody (Santa Cruz Biotechnology, H-300) 1/200希釈
Anti-goat RANK Antibody (Santa Cruz Biotechnology, M-20) 1/500 希釈
Anti-rabbit TRAF6 Antibody (Santa Cruz Biotechnology, H-274) 1/500希釈
Anti-rabbit hosphor-ERK1/2 Antibody (Santa Cruz Biotechnology) 1/1000希釈
Anti-rabbit ERK1/2 Antibody (Santa Cruz Biotechnology) 1/1000希釈
Anti-rabbit hosphor-p38 Antibody (Cell Signaling) 1/1000希釈
Anti-rabbit p-38 Antibody (Cell Signaling) 1/1000希釈
Anti-rabbit IκB Antibody (Santa Cruz Biotechnology) 1/1000希釈
Anti-mouse FLAG Antibody (SIGMA, M2) 1/1000希釈。
【0083】
(ii)二次抗体:
Anti-mouse HRP (Amersham biosciences) 1/5000希釈
Anti-rabbit HRP (Amersham biosciences) 1/5000希釈
Anti-goat HRP 1/5000希釈
Protein A-HRP 1/5000 希釈。
【0084】
(2)実験
(2-1)L-セリンおよびセリンアナログのRANKL/RANKシグナル系への影響(図6)
L-セリンおよびL-セリンアナログ#290のRANKL/RANKシグナル系に対する影響を、RANK、MAPKs(p38、リン酸化p38、ERK1/2、リン酸化ERK1/2)、c-Fos、およびNFAT2の発現/活性化に対する影響から評価した。
【0085】
具体的には、実験例1(2-2)の方法に従って、L-セリン(0.1mM)の存在下(+)若しくは非存在下(−)、またはL-セリン(0.1mM)とともに水溶性のL-セリンアナログ#290(3.0mM)の存在下で、RAW264細胞を培養した。なお、培養は、セリン・グリシンフリーE-MEM培地を用いて行った。培養後、上記(1-1)の方法により培養抽出液を調製した。
【0086】
なお、#290の添加実験においては、L-セリンと#290を加えた条件で5時間培養後、RANKLを加え、一定時間培養後の細胞抽出液を用いた。RANKLの発現に関しては5時間、MAPKs(p38、リン酸化p38、ERK1/2、リン酸化ERK1/2)ならびにc-FosおよびNFAT2の発現に関しては、図6のそれぞれの欄に標記された時間(minまたはhour)毎に細胞抽出液を調製した。
【0087】
得られた培養抽出液を、上記条件のSDS-PAGEに供し、常法に従って分離を行った。分離後、ウェット式ブロッティングにより、PVDF膜に転写させた。転写後、PVDF膜をTBSに0.1% Tween20を含む溶液(以下「TBS-T」という)で5 分間洗浄し、5% BSA/TBS-Tで1時間ブロッキングした。次に、5% BSA/TBS-Tで希釈した各一次抗体を2時間以上反応させた。反応後、PVDF膜をTBS-Tで2回洗浄し、TBS-Tで5 、15 、5 分間それぞれ洗浄後、5% Skim Milk/TBS-Tで希釈した二次抗体を45分間反応させた。反応後 PVDF膜をTBS-Tで2回洗浄し、TBS-Tで5 、15 、5 分間それぞれ洗浄した後、ECL (Amersham Bioscience)又はECL Plus (Amersham Bioscience)でタンパク質の検出を行った。
【0088】
(2-2)セリン代謝系阻害剤のRANKL/RANKシグナル系への影響(図7)
セリン代謝系阻害剤として知られているFB1(Merrill Jr AH et al. (1993) “Fumonisin B1 inhibits sphingosine (sphinganine) N-acyltransferase and de novo sphingolipids biosynthesis in cultured neurons in situ” J Biol Chem 268:27299-27306)およびミリオシン(Myriocin)(Miyake Y et al. (1995)“Serine palmitoyltransferase is the primary target of a shingosinelike immunosuppressant, ISP-1/myriocin” Biochem Biophys Res Commun 211:396-403)について、上記セリンおよびL-セリンアナログ#290と同様にして、RANKL/RANKシグナル系への影響を調べた。
【0089】
FB1およびミリオシンの効果を検証するためには、血清に含まれることが予想されるセラミドやスフィンゴ脂質などのセリン代謝産物を除去するために前もって透析処理した血清を用いる必要がある。そこで、透析血清を用い、図7に記載するFB1(50μM)または/およびミリオシン(1μM)の有無の条件下で、RAW264細胞の分化誘導を行った。RANKL刺激後24時間経過した細胞から抽出液を調製し、RANKの発現を調べるためには、まず抗RANK抗体で免疫沈降を行い、次いで沈降物に関して、同じ抗体でWestern blotを行った(図7左欄)。一方、c-FosおよびNFAT2に関しては、上記抽出液を用いて直接Western blotを行った(図7右欄)。
【0090】
(3)結果
上記(2-1)L-セリンおよび#290によるRANKL/RANKシグナル系への影響(RANK、MAPKs(p38、リン酸化p38、ERK1/2、リン酸化ERK1/2)、c-Fos、およびNFAT2の発現/活性化)を調べた結果を図6に、(2-2)セリン代謝系阻害剤によるRANKL/RANKシグナル系への影響(RANK、c-FosおよびNFAT2の発現)を調べた結果を図7に示す。
【0091】
図6から、L-セリンによって誘導されたRANK、c-FosおよびNFAT2の発現が、L-セリンアナログ#290を共存させることでいずれも抑制されることが確認された。このことから、L-セリンアナログ#290は、RANKL/RANKシグナル系を不活性化し、その結果引き起こされるNFAT2発現抑制により、破骨細胞の分化(破骨細胞形成)を抑制することが判明した。また図7の結果から、この現象は、セリン代謝系阻害剤(FB1、ミリオシン)についても同様に認められた。このことから、セリン代謝系と破骨細胞分化(破骨細胞形成)には何らかの関係があると考えられた。
【0092】
実験例3 セリンアナログ#290の作用機序の解明(その2)
実験例2から、セリン代謝系と破骨細胞分化(破骨細胞形成)には何らかの関係があると示唆された。そこで、実験例1で破骨細胞分化(破骨細胞形成)抑制作用を有することが確認されたL-セリンアナログ#290について、セリン代謝系に対する作用を調べた。
【0093】
図8に、セリン代謝系(De novo pathway)の概略図を示す。この代謝系において、L-セリンは、パルミトイル-CoAの存在下で、セリンパルミトイル転移酵素(SPT:Serine palmitoyltransferase)の反応により、3−ケトジヒドロスフィンゴシン(3-ketodihydrosphingosine(KDS)を生成することが知られている。
【0094】
そこで、セリンアナログ#290について、このSPT反応系に対する阻害作用を調べた。
【0095】
(1)実験方法
(1-1)反応系
マウスの肝臓からHanada et al. (“Purification of the serine palmitoyltransferase complex responsible for sphingolipids base synthesis by using affinity peptide chromatography techniques” J Biol Chem 275:8409-8415,2000)の方法に従い、ミクロゾーム画分を調製し、これを50 mM Hepes (pH 7.4), 5 mM EDTA, 5 mM DTTおよび20%(w/v) グリセロールからなる緩衝液に懸濁したものをSPTとして使用した。
【0096】
上記で調製したSPT(ミクロゾーム画分)、L-セリンおよびpalmitoyl-CoAを含む緩衝液(50 mM Hepes-NaOH (pH 7.5)、5 mM EDTA, 5 mM ジティオスレイトール, 50μM ピリドキサールリン酸, 25μM palmitoylCoA, 0.1 mM L-serine)を、37℃で10分間加温して反応させた。このとき、上記L-セリンとして、L-[3H]セリン(50 mCi/mmol: Amersham Pharmacia Biotech, NJ)を用いるか、または上記palmitoyl-CoAとして、[14C] palmitoyl-CoA (Amersham Pharmacia Biotech) を用いて、反応産物である3-ketodihydrosphingosine (KDS) を標識した。反応後、反応液にクロロホルム/メタノール(容量比1/2)を加え、脂質画分を回収した。
【0097】
(1-2)標識KDSの同定および測定
上記で回収した脂質画分をシリカゲル60薄層プレート、展開溶媒としてクロロホルム/メタノール/2Nアンモニア(容量比40/10/1)を用いた薄層クロマトグラフィーにより分離した後、ラジオオートグラフィーにより、KDSの産生を定量した(文献: Williamas RD, Wang E, Merrill AH (1984) Enzymology of long-chain base synthesis by liver: characterization of serine palmitoyltransferase in rat liver microsomes. Arch Biochem Biophys 228:282-291.)。
【0098】
(2)実験
L-セリンの存在下(1mM)若しくは非存在下、L-セリンアナログであるD-セリンの単独存在下(1mM)若しくはL-セリンとの共存下(1mM L-Ser、5mM D-Ser)、L-セリンアナログである#290の単独存在下(1mM)若しくはL-セリンとの共存下(1mM L-Ser、5mM #290)で、[14C] palmitoyl-CoA (Amersham Pharmacia Biotech)を用いて、上記(1-1)に記載するSPT反応を行い、標識KDSを測定した。また対照実験として、SPT(ミクロゾーム画分)を配合しない状態で、L-セリンの存在下(1mM)で同様に反応を行い、標識KDSを測定した。
【0099】
(3)結果
結果を図9に示す。図9の左側は、対照実験、ならびにL-セリンの単独存在下(1mM)若しくは非存在下、D-セリンの単独存在下(1mM)若しくはL-セリンとの共存下(1mM L-Ser、5mM D-Ser)、#290の単独存在下(1mM)若しくはL-セリンとの共存下(1mM L-Ser、5mM #290)でのSPT反応による標識KDSの生成量をラジオオートグラフィーで示したものである。右図は、L-セリンの単独存在下(1mM)でのKDS生成量を100%とした場合の、D-セリンの単独存在下、D-セリンとL-セリンとの共存下、#290の単独存在下、および#290とL-セリンとの共存下におけるKDS生成量の相対量(%)を示した結果を示す。
【0100】
この結果から、L-セリンアナログであるD-セリンと#290はいずれもL-セリンと拮抗的に作用することにより、SPTによるKDSの生成を阻害することが判明した。但し、セリンアナログ#290は、D-セリンよりもマイルドにSPT活性を阻害する作用を有している。
【0101】
実験例2とこの実験例3の結果から、セリン代謝と破骨細胞分化(破骨細胞形成)との間には深い関係があること、具体的には、セリン代謝系(SPT反応系)を阻害することにより、破骨細胞分化(破骨細胞形成)を抑制することができることが判明した。
【0102】
実験例4 マウスを使用した検証
実験例1〜3の結果をもとにして、実際に骨粗鬆症モデル動物(マウス)を用いて、L-セリンアナログ#290の骨密度および破骨細胞数への影響を調べた。
【0103】
(1)毒性検定(半数致死量LD50の決定)
5匹のマウス(C57BL/6JJc1、雌)に、Akhila J et al. (“Acute toxicity studies and determination of median lethal dose” Current Science 93:917-920, 2007)に従って、L-セリンアナログ#290を静脈注射により投与し、半数致死量LD50を求めた。その結果、LD50は2845 mg/kg体重、すなわち128 mMであることが判明した。
【0104】
(2)骨粗鬆症モデルマウス(高骨代謝回転マウス)の作成
基本的にLloyd S.A.J. et al. (“Soluble RANKL induces high bone turnover and decreases bone volume, density, and strength in mice” Calcif Tissue Int 82:361-372, 2008)に従って、骨粗鬆症モデルマウスを作成した。具体的には、7週齢のC57BL/6JJc1 雌マウスに、静注により、各量の可溶型 GST-RANKL(0μg、4μg、20μg、100μg)を24時間毎に3回投与することにより、骨粗鬆症モデルマウスを作成した(n=5)。コントロール実験として、可溶型 GST-RANKLに融合させているGSTを同様に投与して、GSTの影響を調べた。
【0105】
可溶型 GST-RANKLを投与3日後に、マウス頚骨(海綿骨、皮質骨)の骨密度を、pQCT (peripheral Quantitative Computed Tomography)法に従って測定した。具体的には、骨密度は、XCT Research SA+ (Norland Stratec Medizintechnik GmbH製)を用いた骨塩量測定により求めた。結果を図10に示す。縦軸は、1立方センチメーター当たりの骨塩量を示す。
【0106】
図10からわかるように、可溶型 GSST-RANKL の静脈投与により骨代謝回転(骨吸収)が上昇し、その結果、海綿骨密度が減少した骨粗鬆症のモデルマウスが作成できていることを確認した。
【0107】
(3)L-セリンアナログ#290の投与効果の検証
(3-1)野生マウス(C57BL/6JJc1 雌)(n=10)に、L-セリンアナログ#290を1日2回静脈投与した。
【0108】
1回目はGST-RANKL投与(100μg静注)の1時間前に、2回目はその8時間後に投与した。これを3日間続け、最後の投与から1日たった後、マウス頚骨(海綿骨、皮質骨)の骨密度を、pQCT法に従って測定した。比較対照として、GST単独投与(30μg静注)、GST-RANKL単独投与(100μg静注)、および#290単独投与(2×15mM静注)を、3日間続けて行い、最後の投与から1日たった後、同様にしてマウス頚骨(海綿骨、皮質骨)の骨密度を測定した。
【0109】
マウス頚骨(海綿骨)の骨密度を図11(A)に、マウス頚骨(皮質骨)の骨密度を図11(B)に示す。図11(A)からわかるように、L-セリンアナログ#290を投与することにより、可溶型 GST-RANKLによる骨代謝回転(骨吸収)の上昇およびそれによる海綿骨密度の減少が抑制できること、すなわち骨密度の回復が認められた。しかし、図11(B)に示すように、皮質骨の骨密度は、可溶型 GST-RANKLおよびL-セリンアナログ#290のいずれの投与によっても影響されなかった。
【0110】
(3-2)上記マウスにL-セリンアナログ#290(1.5mM、15mM)の投与を3ヶ月間続けた後、マウス頚骨(海綿骨、皮質骨)の骨密度をpQCT法に従って測定した(図12、aおよびb)。また、大腿骨の長さを測定すると共に脚の形態を観察した(図12、cおよびd)。結果を図12に示す。図12から分かるように、#290の投与により、海綿骨の密度が投与量依存的に増加することが確認された。しかし、皮質骨の骨密度、大腿骨の長さ及び形態に特に変化はなく、#290の投与は、海綿骨の骨密度以外には影響を与えないと認められた。
【0111】
(3-3)破骨数の計測
L-セリンアナログ#290(15mM)の投与を1日2回、3ヶ月間続けた後、マウスの頚骨あるいは大腿骨をPLP 固定液 (2% パラホルムアルデヒド、 0.075 M リジン 、0.01 M 過ヨーソ酸ナトリウム)で一晩、4℃で処理した。次いで、EDTA-グリセロール溶液で 2週間(4℃)静置し、脱灰した。その後、常法に従ってパラフィン包埋した後、5μmの厚さの切片を調製、TRAP染色を行うことにより、破骨細胞数を計測した。また、対照試験(control)として、無投与マウスの頚骨あるいは大腿骨についても同様にして破骨細胞数を計測した。
【0112】
結果を図13に示す。この結果から、#290投与したマウスの骨表面の破骨細胞数は顕著に減少していることが確認された。
【0113】
以上の実験例の結果から、D-セリン、L-セリンアナログ#290およびセリン代謝系阻害剤(FB1、Myriocine)など、L-セリン代謝(SPTによるKDS産生)を抑制する物質は、破骨細胞分化(破骨細胞形成)を抑制する作用を有しており、破骨細胞分化亢進によって生じる疾患の治療剤の有効成分として有用であると考えられる。またL-セリン代謝(SPTによるKDS産生)を抑制する作用を指標としたスクリーニングにより、破骨細胞分化抑制剤、具体的には破骨細胞分化亢進によって生じる疾患の治療剤の有効成分を取得することが可能であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】初代骨髄細胞におけるL-セリンの破骨細胞分化作用が、水溶性のL-セリンアナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、#290)によって濃度依存的に抑制されることを示す図である(実験例1)。
【図2】単球由来のマクロファージ様細胞(RAW264細胞)におけるL-セリンの破骨細胞分化作用が、水溶性のL-セリンアナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、#290)によって抑制されることを示す図である(実験例1)。
【図3】RAW264細胞におけるにおけるL-セリンの破骨細胞分化作用が、水溶性のL-セリンアナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、#290)によって濃度依存的に抑制されることを示す図である。
【図4】L-セリンアナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、#290)は、細胞(RAW264細胞)は生存および増殖に影響しないことを示す図である(実験例1)。縦軸は、MTTアッセイ反応液の吸光度(波長450nm)を意味する。
【図5】破骨細胞分化を誘導するRANKL/RANKのシグナル伝達系を示す概略図である。
【図6】L-セリンアナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、#290)が、上記RANKL/RANKのシグナル伝達系を抑制すること、具体的にはRANKの発現、p38の発現、リン酸化p38の発現、ERK1/2の発現、リン酸化ERK1/2の発現、c-Fosの発現、およびNFAT2の発現を抑制することを示す図である(実験例2)。
【図7】セリン代謝系阻害剤(FB1、ミリオシン)が、上記RANKL/RANKのシグナル伝達系を抑制すること、具体的にはRANKの発現、c-Fosの発現、およびNFAT2の発現を抑制することを示す図である(実験例2)。
【図8】セリン代謝系(De novo pathway)の概略図を示す(図8の左上枠)。
【図9】L-セリンの水溶性アナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、#290)およびD-セリンが、いずれもSPT活性(L-セリンとパルミトイルCoAとの縮合を触媒してKDSを産生する)を阻害することを示す図である(実験例3)。左図はSPT反応による標識KDSの生成量をラジオオートグラフィーで示したものであり、右図は、L-セリンの単独存在下(1mM)でのKDS生成量を100%とした場合の、各実験系におけるKDS生成量を相対比(%)で示したものである。
【図10】RANKLを投与して人工的に作成した骨粗鬆症モデルマウスについて、RANKL投与後3日後の頚骨の骨密度を測定した結果を示す。左図は海綿骨の骨密度、右図は皮質骨の骨密度を示す(実験例4)。
【図11】可溶性GST-RANKLの単独投与(RANKL)、L-セリンの水溶性アナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、#290)単独投与(Analog)、およびGST-RANKLと#290の併用投与(R+A)について、マウス頚骨の骨密度を比較した結果を示す。左図は海綿骨の骨密度、右図は皮質骨の骨密度を示す(実験例4)。
【図12】マウスにL-セリンの水溶性アナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、#290)(0mM,1.5mM,15mM)を3か月間投与した場合の、a:海綿骨密度、b:皮質骨密度、c:大腿骨長、及びd:大腿骨の形態を調べた結果を示す(実験例4)。
【図13】L-セリンの水溶性アナログ(O-t-ブチル-L-セリンメチルエステルの塩酸塩、#290)を投与したマウスの骨表面の破骨細胞数を測定した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質の中からセリンパルミトイル転移酵素を阻害する作用を有する物質を選択する工程を有する、破骨細胞分化抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
下記の工程を有する、請求項1に記載する破骨細胞分化抑制剤のスクリーニング方法:
(a) 被験物質およびセリンパルミトイル転移酵素の存在下で、L-セリンとパルミトイルCoAを反応させる工程、
(b) 上記反応により生成したケトジヒドロスフィンゴシンの量を測定し、被験物質を用いず、セリンパルミトイル転移酵素の存在下でL-セリンとパルミトイルCoAを反応させて生成するケトジヒドロスフィンゴシン量(対照ケトジヒドロスフィンゴシン量)と対比する工程、および
(c) 上記ケトジヒドロスフィンゴシン量が対照ケトジヒドロスフィンゴシン量よりも低減した場合の被験物質を、破骨細胞分化形成抑制剤の候補物質として選択する工程。
【請求項3】
骨代謝異常疾患の予防または治療剤の有効成分の探索方法である請求項1または2に記載するスクリーニング方法。
【請求項4】
骨代謝異常疾患が、骨粗鬆症、関節リウマチ、変形関節炎、関節炎、変形性腰椎症、全身性エリテマトーデス、糖尿病における骨減少症、慢性腎不全における骨密度低下、骨髄腫、バーキットリンパ腫、悪性リンパ腫、家族性骨ページェット病、家族性拡張性骨溶解症(familial expansile osteolysis:FEO)、または、歯周疾患である、請求項3に記載するスクリーニング方法。
【請求項5】
セリンパルミトイル転移酵素阻害剤を有効成分とする、破骨細胞分化抑制剤。
【請求項6】
セリンパルミトイル転移酵素阻害剤が、D-セリン、FB1、ミリオシン、O-t-ブチル-L-セリンのエステル、およびこれらの塩からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項5に記載する破骨細胞分化抑制剤。
【請求項7】
請求項5又は6に記載する破骨細胞分化抑制剤を有効成分とする骨代謝異常疾患の予防または治療剤。
【請求項8】
骨代謝異常疾患が、骨粗鬆症、関節リウマチ、変形関節炎、関節炎、変形性腰椎症、全身性エリテマトーデス、糖尿病における骨減少症、慢性腎不全における骨密度低下、骨髄腫、バーキットリンパ腫、悪性リンパ腫、家族性骨ページェット病、家族性拡張性骨溶解症(familial expansile osteolysis:FEO)、または歯周疾患である、請求項7に記載する骨代謝異常疾患の予防または治療剤。
【請求項9】
単球/マクロファージ系の増結細胞又は骨髄由来の初期細胞におけるセリンパルミトイル転移酵素の作用を阻害することを特徴とする、破骨細胞の分化抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2010−124755(P2010−124755A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−302850(P2008−302850)
【出願日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】